Sonar Members Club No.1

カテゴリー: ______ブラームス

チェコ・フィルハーモニー演奏会を聴く

2017 OCT 4 11:11:08 am by 東 賢太郎

指揮:ぺトル・アルトリヒテル
チェロ:ジャン=ギアン・ケラス
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

ドヴォルザーク:序曲『謝肉祭』 op.92, B169
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 op.104, B191
ブラームス:交響曲第4番 op.98

秋の夜にぴったりのコンサートだった。サントリーホールにて。チェコ・フィルはほぼ同じプログラムを同じメンバーで9月20日にプラハの音楽祭で演奏したばかりで、5月に逝去した常任のイルジー・ビエロフラーヴェク追悼演奏会でもあった。ビエロフラーヴェクは素晴らしい指揮者で、お国物も良かったが現代オケでモーツァルトを振ったら第一人者だったと思う。

その後を継いだぺトル・アルトリヒテルはフランクフルトで94年4月にプラハ響でドヴォルザークの交響曲第7番をやって、これにいたく感動した記憶がある。同年12月に同じアルテ・オーパーでゲルト・アルブレヒトがチェコ・フィルとやった同8番が期待外れだったのと好対照だった。故アルブレヒトは読響でも多く聴いて好きな指揮者だったがこのドイツ人シェフは常任になったチェコ・フィルと折り合いが悪かったと聞く。

その割にこのオケはブラームスを得意としていて、4番だけでも最近のところでマカル、小林研一郎があるが、ペドロッティ、ラインスドルフ、フィッシャー・ディースカウなんても持っている。この日も老舗の味というか、何も足さず何も引かずの熟成感あるブラームスとなった。金管など決して機能的なオケではない。ソロのジャン=ギアン・ケラスがジュリアード音楽院で仕込んだ水も漏らさぬユニバーサルな技術を持つのに対し、このオケはそういうものとは違う、米国流とは相いれない「非常にうまいローカル・オケ」であり、分厚い弦が主体で金管、ティンパニは控えめの東欧のオルガン型ピラミッド音構造が残る。

娘が「こんなに女の人がいないの初めて」というほど今だに男オケだ。女性はハープとホルンとヴァイオリンに3,4人、舞台の右半分はゼロだった。「いや、昔はみんなこうだったんだよ」といいつつ、80年代のロンドンで変わってきたのを思い出す。そういえば我が国も「ウーマンリブ」なんて言葉がはやっていたっけ(もはや死語だ)。特に室内オケに進出が目立ち始め、黒ずくめの男性に青のドレスがきわだって最初は違和感があったものだ(今日のチェコ・フィルはヴァイオリンの女性も黒でズボン姿だったからずいぶん保守的なんだろう)。

人生酸いも甘いも知り尽くした風の白髪のオジサンがたがうんうんといちいち納得し、音を大事に慈しみながらコントラバスを奏でている姿は眺めるだけでも心が洗われる。「ブラームスの4番ってそういうものなんだ、大人の音楽だね」とは言ったものの、娘は赤ん坊からこれを毎日のように聴いて育ってる。こっちは「鑑賞」でスタートだが、彼女らはカレーでも食べるぐらい普通なのだ。でもクラシックは味を覚えたら何度食べたって飽きないカレーと一緒だ、一生の楽しみになってくれただろう。

ブログにしたがドヴォルザークのチェロ協奏曲はシンセサイザーで弾いて第1楽章をMIDI録音した。第1楽章の名旋律のホルンのソロや各所で泣かせるチェロの歌。弾いていて涙が止まらず、カラオケ状態にして何度も何度もくり返し家中に響き渡っていたのだから子供たちはみんなこれも耳タコだ。これまた今更ながらなんていい曲なんだろう。これを聴いてブラームスはチェロ協奏曲が書けなくなり、第3楽章のコンマスとの掛け合いをヒントにしたのだろうかドッペルを書くことになる。改めてそれに納得だ。

ちょうど今日、仕事が天王山にさしかかって伸るか反るかの経営判断をすることになるだろう。とてもコンサートのモードになかったが、ケラスの絶妙の美音に心を鷲づかみされてしまい、第1楽章の真ん中あたりで完全にとろけてしまった。軽い弓のppがこんなに大きく柔らかく心地よく聞こえたのはロンドンで聴いたロストロポーヴィチ以来といって過言でない。技巧はこうやって音楽に奉仕する。かつて耳にしたドヴォコン最高の演奏だった。アルトリヒテルの伴奏はというと「お国物」といえば月並みだがこれはチェコ語でやらないとだめなのかと、ドナルド・トランプではないがケチなグローバリズムなどくそくらえと思わされてしまうキマり方だ。玉三郎の阿古屋だ。あれこれ御託を並べるのも無粋。

ドヴォルザークは不思議で、モーツァルトやブラームスとまったく違うやり方で心に侵入してくる。頭を経由せずハートを直撃してめろめろにしてしまうのだ。ちょっと毛色こそ異なるが、民謡や演歌がすっとはいってくる感じだ。我々日本人がチェコとエスニックなつながりがあるとは思えないし、五音音階の作用だけとも言い切れまい。何ごとも「クラシック」と呼ばれるようになるのはそういう不思議なものを秘めているということだろうか。

 

(ご参考に)

ケラスがビエロフラーヴェクとやったドヴォルザーク

ビエロフラーヴェクのモーツァルトはこういうものだった

モーツァルト 交響曲第38番ニ長調 「プラハ」K.504

ひと昔前の名演はこちら。

クラシック徒然草《シェイナのドヴォルザーク5番》

なぜゴルフクラブは女人禁制だったか?

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ブラームス交響曲第3番の聴き比べ(2)

2017 SEP 20 1:01:04 am by 東 賢太郎

ウィルヘルム・フルトヴェングラー / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1949年12月18日、ベルリン、ティタニアパラストにおけるEMIのライヴ録音。モットーのもっさりして音程の甘い入りから集中力がない。テンポは変幻自在やり放題でオケが懸命に棒について行っているのがわかる。展開部終結のホルン以下は最徐行となり再現部終盤で加速しまくりアンサンブルは乱れる。これをファンは変幻自在の妙と前向きに評価するのだろうが1番で見事に活きたその手は3番では構造的にワークしない。第2楽章の木管の音程、これは信者であるか骨董品収集家でもないと耐えられないだろう。終楽章最初の異様なテンポの遅さからアレグロでスコアにないティンパニを付加して大爆発、申し訳ないがチープだ。おそらく彼の気質から腕を振るう盛り上げ処がスコアにないと思ったのだろう。(総合点:1)。

 

ウィルヘルム・フルトヴェングラー / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

上記盤の後、1954年(死の年)の4月27日に同じ場所で録音。演奏は同工異曲で両端楽章をものものしく劇的にやりたい。彼流儀のブラームスのコンセプトは1番、4番でプラスに、2,3番でマイナスに出ている。彼はシューマンのラインを賢明にも振っていない。3番もやめておくべきだったがきっと魂に響く物がスコアにあって、必然的にそこのデフォルメになってしまうからこうなる。EMI盤より慎重であり音程はまし。第3楽章の歌はフレージングの細やかな呼吸と強弱が見事で、さすが女にもてた男である。終楽章で醜怪なティンパニの付加をやめたのは誠に賢明だがテンポの変化はいまだ勝手であり、再現部の前稿楽譜6の裏のホルンが鳴っていないなどとても評価できない。そもそもグランドデザインは何ら変わっていない。(総合点:1.5)。

 

レナード・バーンスタイン / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

彼の教養は図抜けており20世紀の専業指揮者で作曲がまともにできたのはマーラー、ブーレーズと三人だけだ。演奏がテクニックだけでよいはずがない。第1主題伴奏のシンコペーションをビデオでの「解説通り」鳴らしているように彼の特徴は微視的な観察によるミクロの積み上げて耳は完全に作曲家だ。第1楽章はテンポ観に賛同できない(遅すぎ)が第2楽章はVPOの木管の第3楽章は弦の勝利、最高に美しい。終楽章はいい、終章への持っていき方が納得だ。短い交響曲であり4楽章個々の長さもバランスしている3番の造形は全体の構造と作曲の背景を俯瞰していないとうまくいかない。3番は教養と愛を問う。(総合点:4.5)

 

エヴゲ二・ムラヴィンスキー / レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

重戦車の走り出したような第1主題だがはミクロの造形に目が行っていることはヴァイオリンにスタッカートが入ることでわかる。終始辛口で硬派であり中間楽章も甘ったるさとは無縁、第3楽章のロシア丸出しのホルンソロは異質だがLPOの技術の高さはわかる。終楽章の出のテンポはこれだ。ff の爆発は僕の許容の限界に達するがそこに殊更の力点を置くわけでなくダイナミクスの脈動の範囲と我慢できないことはない。録音はffがやや混濁気味。総じて解釈は理性的でコンセプトとしてバランスがいい。(総合点:3)

 

アルトゥーロ・トスカニーニ  /  NBC交響楽団

1952年11月4日、 カーネギーホール録音で音はあまりよくない。第1主題を小節ごとに区切って個々のバスを強調する!ここの和声の意匠の真相を見抜いていない者にスコアにないその解釈は出ないだろう。後続のパッセージでふっと力を抜いてフェイントをかけ脱力していく準備を周到にしながらテンポを落として第2主題に至る間合いは見事。そこの割り切れない和声の混沌とした心情はまさにこれだ。展開部への移行でほんの気づかない程度の減速、理想的な管弦のバランス、再現部の第2主題の出現前の第1ヴァイオリンの歌の絶妙な切なさ。この第1楽章はベストのひとつ、こうべを垂れる。第2楽章のチェロの涙を浮かべた心の綾、第3楽章のヴィオラ、ホルン!カンタービレ、歌、歌、歌。ここにボエームを振っているトスカニーニがまざまざと重なってくる。彼は中間2楽章にそういうものを見たわけで、ここは男が人生でどんなロマンスを経験してきたが如実に出てしまうのだ。そういう引力のある音楽でありそれに重点を置きたくなる指揮者はいくらもいるが、ほとんどは両端楽章がそれに引きずられて崩れていき、こっちは何を聞いたのかわからなくなってしまう。トスカニーニはそんなことはまったく無縁で、4つの楽章がきりりと隈取りされ全曲の調和が珠玉のように保たれている。終楽章は金管がうるさく第2主題のチェロがやや薄いなどNBCと思われぬ瑕疵があってレベルが落ちるが、これだけ「わかってる」指揮者と時を共にするのに何の支障があろう。指揮が感じていないのにオケが馬なりに勝手にやりましたということはあり得ない至芸の連続であって、トスカニーニの読譜力が超人的であった何よりの証左だ。それがわかるプレーヤーの集団だったから専制君主制が成り立ち、NBCは全米トップのオーケストラに君臨したのだ。(総合点:4.5)

 

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ブラームス交響曲第3番の聴き比べ(1)

2017 SEP 17 15:15:01 pm by 東 賢太郎

第2番と同じことを3番で。お断りすると僕にとってLP、CDの演奏は前稿に詳細に述べた「自分がスコアから読んだ3番」という偶像をレファレンスとした比較であって、それ以上でも以下でもないのも2番と同じだ。皆様のご愛好する盤で意見が異なるなら、それは偶像を共有していないということになる。次回に書くが、1番で激賞したフルトヴェングラー盤への評価など同じ人間の文章かと思う方もおられようが、フルトヴェングラーも僕も大真面目にやっている同じ人である。違うのは1番と3番という音楽がもっているものの方なのだ。

 

エール・モントゥー / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

モントゥーが最も敬愛した作曲はブラームスで死の床でドイツ・レクイエムのスコアを胸に抱えていたそうだ。これを聴くと彼が正規録音を2番しか残さなかったのは痛恨の損失と思う。第1楽章は理想的なテンポで感情の起伏も彫りが深い。第2,3楽章はやや速めだが後者の情緒纏綿たるロマンの綾は感動的だ。終楽章は弱音で出だしのテンポを抑えるが主部のまさにこれ。要所のティンパニのffが決まっている。ACOも良く鳴っており3番を熟知した棒は真打ちの名に値する。コーダも粘らない、これでこそスコアが生きる。感服。本質をぎゅっとつかむ解釈は彼のダフニスとクロエの読みに通じるものがある。(総合点 : 4.5)

 

ミヒャエル・ギーレン / 南西ドイツ放送交響楽団

93年5月にフランクフルトで聴いたこのコンビの3番は忘れえぬ至福の時でブラームスをドイツでドイツのオケで聴くのは感涙ものだった。インテンポで無表情のようだがオケの音程が良好で和声の透明感、アンサンブルの精度が素晴らしい(対位法処理!)。第3楽章の弦は実演で美しかったがCDでも良い。管楽器が時に強奏される硬派の両端楽章が筋肉質の中間楽章のロマンを包むアプローチは適正に思う。アルテ・オーパーで名演に拍手が鳴りやまず第3楽章をくり返したのが印象に残っている(総合点 : 4)

 

オットー・クレンペラー / フィルハーモニア管弦楽団

冒頭、誠に構えの大きい第1主題は雄大なライン川を彷彿させ第2主題は繊細な悲しみを湛える。クレンペラーの音楽歴はフランクフルトと縁が深く、僕が住んだケーニヒシュタインのサナトリウムで療養していたこともある。1924ー27年にヴィースバーデン歌劇場の音楽総監督を務めたが、あの地で3年居住してシューマンのラインとの近親性に感じるものがあったのではないかと思ってしまう名演である。第2楽章の暗い側面にも光が当たり解釈に底知れぬ深みを感じる。木管の音程が見事なのは彼のオペラでの歌手のそれと通じる。第3楽章は弦主体ではなく木管、ホルンが明滅するグレーがかったロマンが好ましい。終楽章は立派極まる。オケの彫が深く巨魁な建造物の如き威容を見せるが随所の醍醐味は万全に押さえているという名人の至芸。最も好きな演奏のひとつ。(総合点 :5)

 

オットー・クレンペラー / フィラデルフィア管弦楽団(1962年10月27日ライブ)

こちらはPHOとのアカデミー・オブ・ミュージックでのライブ。残響が少なくマイクがオンで各セクションの合奏がステレオで良く聞こえるが恐ろしくうまい。オーマンディー時代のPHOの高性能ぶりが味わえる。クレンペラーの指揮は5年前録音の上記正規盤のコンセプトと同一だが、その解釈がいかに緻密で微細なフレージングの呼吸まで整えた結果か奥義が伺えて興味深い。彼の解釈はライブだろうが他流試合だろうが揺るぎない(少なくとも3番においては)ことが証明されている。僕はこれを愛好している。(総合点 :4.5)

 

クルト・ザンデルリンク / ドレスデン・シュターツカペレ

東ドイツ人による3番である。第1楽章は遅い。ラインとの近親性とはかけ離れた読みだ。このテンポでは第2主題の仄かなロマンも対比として引き立たず平板になってしまう。第2楽章の木管は美しいが暗さに欠ける。第3楽章のしっとりした弦の味わいはさすがDSKであるが木管の歌が律儀だが四角四面だ。美しいが情念や彫の深さがない。終楽章はティンパニがまるで弱い。総じて、録音のせいとは言い切れずどうしてこういうスコアの読みになるのだろうという疑問に終始だ。ザンデルリンクとは3番ではまったく意見が合わないということでどうしようもない。(総合点 :1)

 

ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

冒頭の2和音からずっとレガートだ。これは違う。第2主題の p のもひたすら耽美的方向に向かう。R・シュトラウス演奏なら完璧だが彼は3番にアルプス交響曲ほどのものしか読み取っていないということだ。まったく同じ路線でやったシューマン3番がひどいものであるのと軌を一にする。見事に弾かれた美麗な演奏だが何の滋味も醍醐味も感じない。こういうのを英語でbimbo(美人だが頭が空っぽの女)という。第3楽章は独立してムード音楽集には使う価値はあるだろう。僕はBPOというオケにずっとこのイメージがあって半ば馬鹿にしていたが94年のカルロス・クライバーで変わった。(総合点 :1)

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ブラームス 交響曲第3番ヘ長調 作品90

2017 SEP 15 22:22:18 pm by 東 賢太郎

ブラームスの3番は僕にとって特別の曲だ。そしてブラームスにとっても、第1、2番とはやや異なる動機をもって書かれた、内面を包み隠すのが常の彼にしてはそれを最も吐露した交響曲だった。1883年5月7日に50歳となった彼はその5月からヴィースバーデンに滞在して3番を書いた。10月2日にウィーンに帰って11月に2台のピアノ版による試演会で初演しているから、完成に至ったのは9月のちょうど今頃のことではないだろうか。初秋に聴くのにまことにふさわしい音楽だ。

我が家はフランクフルトで素晴らしい3年間を過ごしたが、車で40分ほどのライン川沿いの温泉保養地ヴィースバーデンを家族と頻繁に訪れたことはライン交響曲の稿に書いた。家を借りたケーニッヒシュタインはそのラインラント地方に近く、今でもその近郊に生を受けた3つの名曲、シューマンのライン、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、そしてブラームスの3番を聴くとあの頃にタイムスリップするのを感じる。

ブラームス

ヴィースバーデンのクアパークを歩くといつもブラームスのような年格好の髭の初老の男性を無意識に探していた。ブレスラウ大学から名誉博士号を授与された彼の称号はドクトルだったが、博士がこれほど似つかわしい風貌の作曲家もいないかもしれない(左・写真)。ヴァイオリンソナタ3曲、弦楽四重奏曲を20曲以上を発表せず焼き捨てた完全主義者の楽譜は相応の目線をもって読まねばならないといつも思うが、とりわけ3番は演奏時間で約30分とブラームスの交響曲では際立って短く、各楽章の演奏時間が他の交響曲より均等で、しかもどれもが静かに消え入るように終わる唯一の曲である。他の3曲とは明確に構造も聴後感も異なる。スコアを解析するにロマンと造形美の調和が主題と和声のぎりぎりの彫琢をもってしか達成されようのないレベルで凝縮しているのを見るのであって、交響曲に限らずブラームスの作品で同等の例を探すのは困難である。和声法、対位法など作曲の「決まり」の視点からその仔細を明らかにすることは興味深く僕が音楽学者を志す気にでもなれば論文テーマに好適だが、その類の試みは所詮テクニカルなものだ。天才の功績をルールで辿ってどこがどう秀でているかを公認のベンチマークを使って論じるのは凡才の仕事であり、その仕事から次の天才の作品が出ることはまずなく、天才は学校で習ったり他人の論文など読まなくとも名作を生み出すから天才なのだ。僕は自分の脳みそだけをベンチマークにしたいとすべての技芸は独学した人間だからそのポリシーを変えることはない。3番の譜面を見て驚くのは個々の部分ではなくその総体の緻密と威容であり、一言で括ればアインシュタインやモーツァルトには感じる「ブラームス博士の脳にある人類最高度の知性」としか申し上げようがない。

当ブログ読者のご関心ではないだろうからそのご説明は避け、本稿では3番をご存知の方ならどなたもわかるテーマをとりあげたい。それはシューマンの交響曲第3番(通称・ライン)との関係である。

「さよならモーツァルト君」で似たテーマを書いたが、5月7日に演奏会場でピアノでお聞かせした2つの部分が「引用」だったのだとご納得頂けたかは甚だ心もとない。ハイドンは作曲家の良識とプライドから相応にジュピターを編曲しており、音型や和声連結の相似を一度で気づくのはやや難しい。しかし本稿のその部分は、耳を澄ませてきけばどなたも明確に分かるものだ。

以下、混同を避けるため、ブラームスの3番を “3番” 、シューマンの3番を “ライン” と書くことにする。楽譜を並べるブログはスマートではないが、本稿は他に説明の手段がなく、ご容赦いただきたい。

僕は3番がラインから引用した主題で始まるのをずっと不思議に思っていた。その引用箇所は楽譜1の第3~6小節のチェロ(第449小節)、次いでヴィオラ(第551小節)によるト長調のドーソーミーレドーで、コーダに向かう直前に音楽が静まって厳粛な雰囲気になる印象的なページでのことだ。

楽譜1(シューマン交響曲第3番第1楽章)

それが3番第1楽章の冒頭でこうなる(楽譜2)。第1主題となる3小節目からのヴァイオリンによるpassionatoの旋律がここから来ていると僕は主張したい。レナード・バーンスタインがそれに気づいていたことを先日にyoutubeのビデオで知って心強かった。ただ彼がピアノでアナロジーを示唆しているのは3番のpの再現部直前の部分(全曲を締めくくる終楽章コーダの静寂な風景は楽譜1そのものだが)であり、僕の主張は冒頭の f で雄渾に奏される第1主題である点で異なる(楽譜2)。

楽譜2(ブラームス交響曲第3番 第1楽章冒頭)

ラインのドーソーミーレドーの音価(44314)は提示部の最後に「同曲冒頭の喜びに満ちた第1主題のリズムの裸形(スケルトン)」として弦の全奏で現れる(楽譜3)。これはラヴェルのボレロの小太鼓のように楽章を通して鳴っている「リズムの通奏低音」であり、楽章を通して底流で脈動している筋骨隆々たるもの、大河の水を押し流して滔々と流れゆくライン川の生命力がこの世に形を与えられた音霊のようなものだ。

楽譜3(シューマン交響曲第3番第1楽章)

つまりバーンスタインの弾いているドーソーミーレドーはライン第1楽章第1主題の「影絵」であって、すなわち、ブラームス3番とシューマン3番は第1楽章第1主題を共有しているのである。もちろん98番の交響曲でハイドンがそうしたように、緻密に周到に音を並べてそれを歴史に残そうと試みるコンポジション(作曲)を業とする最高の知性があからさまな引用などするはずはない(注)のであって、知性は知性に伝わればよしとする範囲内でそれは引用として歴史に残る。これは非常に意味深長なことだ。

(注)明白な引用とは例えばショスタコーヴィチの交響曲第15番にあるロッシーニやワーグナーやハイドンだ。これらが何を意味するかは諸説あるが、引用元は露骨に明白であり、誰もにわからせることに目的があるとしか解釈はできない。バルトークの管弦楽のための協奏曲の第4楽章はバルトークの子息が証言している通りショスタコーヴィチの第7交響曲への皮肉で、むしろ聴衆に積極的にわからせたい意図がある。ハイドンの98番や本稿曲目はそれらとは区別されねばならないだろう。

 

20歳のブラームスはシューマンに「新しい道」なる論文で輝かしい将来のある若き天才と絶賛されて終生深く感謝した。その論文執筆の半年後にシューマンはライン川に投身自殺を図り、エンデニヒの精神病院で生涯を終える。そしてそれからちょうど30年の月日が経ち、50歳を迎えたブラームスは1883年の夏をヴィースバーデンのガイスベルガー通り19番地、デヴィッツ氏夫人宅で過ごして3番を書いたのである。バーンスタインがビデオで語っているが、「ブラームスは30年後にラインを引用」し、なぜなら「ブラームスには二面性があり」「その一方はブルジョアの立派な市民としての顔ではないもの」であり、それは「シューマンのクララへの恋の錯乱と死」が忘れられない「シューマンの霊が憑りついている顔」であった。バーンスタインのこの洞察には敬意を表するしかない。

ラインはシューマンがデュッセルドルフに着任した1850年12月に約1か月で書かれた。半年後に精神病院に入る人間にして常識では測り知れないことであり、シューマンの作曲への霊感は我々が気安く天才と呼ぶ尋常なものではなかった。ツヴィッカウに生まれライプツィッヒ、ドレスデンとザクセン州で人生を送った19世紀人にとってラインラント地方はいわば異国だったことはドイツに住まれた人なら今でも実感できるだろうが、後に政治の悲劇とはいえ東独、西独に分断されてしまうことからもそれはどなたも伺えよう。東京で生まれ育った僕が大阪に赴任して、ただ観光に行ったのでなく就業した、そういう些細な経験だけでもそのことのインパクトの大きさは推察できる。

それがシューマンの精神の深くに共鳴してラインとチェロ協奏曲を一気呵成に書かせてくれたことは人類にとって福音であった。ラインは、20歳のブラームスがヨアヒムの紹介状を携えてデュッセルドルフのシューマン家を訪れたわずか2年前に初演されたが、師と仰ぐ大家の「最新の大作」であったのはベートーベンにとってのモーツァルトのピアノ協奏曲第25番と同じであった。北ドイツ生まれのブラームスは風光明媚な避暑地で夏に集中して作曲する習慣の人だったが、選んだ地はオーストリア、イタリア、スイスドイツ語圏であり、ラインラント地方を選んだのはこの1883年の一度だけである。それがヴィースバーデンに住まいがあった若いアルト歌手ヘルミーネ・シュピースによる部分が幾分かあったとしても、ブラームスの胸中に去来していたものはそれだけではなかったろう。

もうひとつ指摘したい。楽譜2の最初の2小節、2つの和音による印象的なモットーは冒頭2小節のファーラ♭-ファ の短3度上昇音型にF-Fdim7-Fの和音が付加され、主題ではないが全曲を貫いて陰に日向に鳴り響き(第3,4小節ではバスにすぐ現れる)、そして終楽章のコーダで再現して全曲が緊密な音型と和声のリンクで構築されていたことを知らせて聴き手に深い充足感を与える重要な素材だ。それは第2交響曲で冒頭のレード#ーレが負っている役割に似るがこれは線の素材であり、ファーラ♭-ファは音型であると同時に和声素材でもあるため同等に語るのは誤りである。線素材のモットーが和声素材になるのが2番から3番への進化であり、さらに4番の終楽章のバッハのコラールという線、和声の両側面を拡張した素材の使用によって技法の集大成を迎えるのである。

この2和音はシューベルト弦楽五重奏曲ハ長調の冒頭から来たのではないだろうか(楽譜4、第1~4小節)。2和音の音程関係はまったく同一であり、ラ♮ーラ♭(ブラームス)及びミ♮ーミ♭(シューベルト)という和声学でいう「対斜」という極めて異例の和声配列を含む点で共通である特徴は看過できないが、それにもかかわらず引用として指摘した文献は見たことがない。第3交響曲を書く前年に弦楽五重奏曲第1番ヘ長調作品88が書かれており、ブラームスがこれに触発されたか少なくとも研究したことは想像されるし否定することはむしろ困難と思われる。

楽譜4(シューベルト弦楽五重奏曲第1楽章冒頭)

D.956が書かれたのはシューベルトが梅毒に冒されわずか31歳で死ぬ2か月前だ。そしてシューマンも第三期梅毒にあり死因は進行性麻痺だったとするエンデニヒ療養所のリヒャルツ博士のカルテが1994年に公開されている。シューマンの死を呼んだ当時は原因不明である病魔にブラームスが医学的にはともかく疑念程度であれ思い至らなかったとは考え難く、仮にだが彼がクララと関係を持ったとすればより切実な関心事であったはずだ。彼が誰とも結婚に踏み切らなかったことと関係はないだろうか。

モットーにおいて線素材が和声素材にもなったことを2番からの進化と書いたが、その言葉に違和感のある方もおられよう。新たなデザインへの素材としてもよい。2番に隠すものはなかったが3番にはあった。第1主題が伴う和声がへ長調のままだったとご想像頂きたい。何倍の数の学者がラインの引用だと主張していただろうか。そうならなかったのは楽譜2の4小節目で和声がへ短調に急転するからだ。それを支えて異常事態と気づかせないのはバスが直前に聴いたファ、ラ♭だからに他ならない。モットーは和声素材である必要があったのである。さらにそれが次の小節で遠い変ニ長調に飛ぶことで多くの人の聴覚は幻惑されてしまう。目的はより確実に遂げられ知る人だけへのメッセージに留め置きたいラインの隠喩はブラームスの計略どおりにほぼ秘匿されたと思う。

ヘルミーネ・シュピースに恋をしたことは第2、3楽章にそのロマンティックな投影を感じさせるが、それをもって3番の本質を語ることはできない。クララの娘にまで恋したブラームスにとってそれは実現できないクララとの結婚によって生じる認知的不協和の解消だった可能性を僕は見る。ヘルミーネはクララの陰で次第にアンビバレントな存在となり、彼はシーボルトの従兄弟の娘らにしたように結婚できない理由を自分で作り、結局は自分を悲しませ、追い込んでいく不幸を背負った男だった。

ヘルミーネをポートレートとして縫いこんだ第2,3楽章の調性はハ長調、ハ短調であり「中間の2楽章が共に属調で推移するなど、これ以前の古典ーロマン派のレパートリーには見られない」(「ブラームス 4つの交響曲」ウォルター・フリッシュ著)。これは「特別な高みにある2楽章である」が「最後はトニックであるヘ長調の第4楽章での二項対立に飲み込まれて解決を迎える運命にある」ことをブラームスは調性設計という建築なら設計図面にあたる作業の骨格部分において密かに示す。それが外殻を形成している第1,4楽章のパッション、メランコリー、宿命との争い、怒りのドラマと二項対立になっている。

3番が二項対立の交響曲であるのはバーンスタインの指摘するようにブラームス自身が二面性のある人物だったからだ。前述の第1楽章モットーのラ♮ーラ♭の対斜の対立、性格でいえば外殻(1,4)と内殻(2,3)の、そしてその各々の調性が(F、Fm)、(C、Cm)の長調、短調の対立である。それに加えて僕はシューベルト的な性格とシューマン的な性格の対立があり、両者は外殻において死、内殻において愛を纏っていると感じる。前者の例として第4楽章の楽譜5の「格言を垂れているような旋律」(ウォルター・フリッシュ)は誰かの葬儀のようで、和声は浮遊して特定の調に解決しない。

楽譜5

第2主題を経て第75小節からのGからCmへの和声の移行は誠に凄い(楽譜6)。4小節目で遠隔の変ロ短調に進んで緊張の頂点にバスのg-cを最後の審判のように苛烈に打つティンパニはこの曲の演奏のひとつの極点を成す。弦楽六重奏曲第1番の青春に束の間の回帰を見せた第3楽章への運命の鉄槌のようだ。

楽譜6

二項対立は終楽章コーダに至って解け、平和と安寧が光彩を放つヴァイオリンのトレモロに乗って天から降りてくる。そこで鳴るコードこそ、冒頭のモットーなのだ。卑近なことだが、子供時分にジェットコースターに乗って散々に怖い思いをした挙句、ステーションに戻ってきて徐行運転になった時のほっとした気分を思い出す。この深々した安堵感はウィーンでもベルリンでもなく、ヴィースバーデンに帰り着いた気分がふさわしいように思う。

 

(本稿に引用したバースタインのビデオ)

PS 楽譜1 について

ヴィオラ(第551小節)によるドーソーミーレドーの後、ppとなってト長調の根音(ソ)の五度下のドがバスにひっそりと加わるところは田園交響曲の終楽章の冒頭(ホルンが導く部分、ハ長調にファが加わる神々しい響き)そっくりである。「平和と安寧が光彩を放つヴァイオリンのトレモロに乗って天から降りてくる」3番は、その部分から楽譜1を連想できる人にとってはだが、シューマンのラインで最後の幕が降り始め、舞台の向こう側にベートーベンの書いた最も神秘的な情景を「蜃気楼のように遠望させて」終焉を迎えるのだ。あらゆる音楽のエンディングで最も独創的であり、音楽を知る者ほどさらに深い感動と充足を与えられるという驚くべき事例だ。先行する3楽章をすべて弱音で終わらせたのはこの準備のためであったかと思慮させる。人類最高度のブラームスの知性と書いたもののひとつである。僕がクラシック音楽を好む理由はこういうものにふれられる希少な場であることに尽きる。

 

クラシック徒然草―クレンペラーのブラームス3番―

嬉野温泉スパイ事件の謎

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

カルロス・クライバー/ベルリン・フィルのブラームス4番

2017 APR 2 1:01:57 am by 東 賢太郎

レコード芸術誌の「巨匠たちのラスト・レコーディング」という企画によると、僕が聴いた演奏会のライブ録音が人生ラストだったという大指揮者が二人いました。オイゲン・ヨッフム(ブルックナー5番)とジャン・フルネ(ブラームス2番)です。

ほかにも最後のマーラー(ショルティ、5番)や最後のブラームス(カラヤン、1番)なども指揮姿とともに鮮烈に記憶にあって、「巨匠の時代」があったとするならばそれは僕らの世代の眼前で静かに黄昏を迎えていったのかもしれないという感慨を新たにいたしました。

幸いなことにその4つの演奏会はすべて正規の商業録音が残っています。音がいいだけに会場の空気まで生々しく蘇ってきます。もうひとつ、カルロス・クライバー(1930-2004)の、最後ではないがたった2回しか人生で振らなかったベルリンPOとは最後だった演奏会(ブラームス4番)があって、これについてはすでにブログに書きました。

カルロス・クライバー指揮ベルリンフィルの思い出

クライバーは日本通で和食も好きで、お忍びでよく来日していたと某社で彼を担当していた人に聞きました。ベルリンの演奏会は正規盤がなく米国製の海賊盤が残っていますが彼はこれを秋葉原で買って愛聴していたそうです。それをyoutubeにアップしましたのでどうぞお聴きください。

これをいま聴きますと不思議な気持ちで、モノラルであるせいもあるのでしょうか、レコードを擦り切れるほど聴いたフルトヴェングラーやトスカニーニも実演はあんな感じだったのだろうかと逆体験の空想に浸ることになります。

好きなオーケストラ、好きな曲だけ振って、好きなようにスケジュールを組んで貴族のように生きた男。前述のかたに彼の出自もお聞きしましたが、もうこういう人は二度と出てこないだろうと思います。

それは現在の我々がクラシック音楽と思って聴いている音楽が最後に生まれたのが20世紀前半のことであって、その作曲現場の空気を知っていた世代の演奏家が世を去っていったことで終焉を迎えたものだからです。

個人的に、第2次ベル・エポックとでも名づけたい良き時代であり、そういえばこんなに長く70年も大きな戦争がなかったのも良きことでした。ご本家ベル・エポックは第1次大戦で終焉しましたが、今度はその禍なきことを祈ります。

 

クラシック徒然草―フルトヴェングラーのブラームス4番―

 

カラヤン最後のブラームス1番を聴く

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

アラウ/セガルのブラームス・ピアノ協奏曲第2番

2017 MAR 11 23:23:37 pm by 東 賢太郎

40年も前、大学時代に下宿でカセットテープに何気なく録音したものがまだ残っている。それをADコンバーターでディスク化してyoutubeにアップすれば世界中のファンと共有できる。

ネット時代に生まれ育った世代には当たり前のことでしょうが、法律の勉強の合間に毎晩聴いて、傍らで飲み食いしていた22才の生活感までリアルによみがえる録音が「そこ」に移住したというのはそれだけでも不思議な気分です。

アルバート・アインシュタインは「過去、現在、未来の区別は、どんなに言い張っても、単なる幻想である」と言っています。そうか、となると40年前の過去なんて実は俺の夢か幻想だったんじゃないか?


 

そこにこういうものが、まるでタイムカプセルにあったみたいに、戸棚の奥から埃にまみれてぽろっと出てくる。

 

 

 

僕は22才の僕と並んでいっしょにこれを聴いて、ふたりとも同じように感動する。そして22才は明日もやるぞと元気になり、それを見た62才のほうは、ああこれは幻想じゃなかったんだとほっとするのです。

アインシュタインはこうも言っています。「野望やただの義務感からは本当に価値のあるものは生まれません。それは、人や対象となるものへの愛と献身から芽生えます」。

愛と献身!ひとつだけ確実にわかったのは、22才から持っていたそれを僕は今も変わらず持っているということです。この素晴らしい協奏曲への無限の愛を。

そして、それが同じぐらいあることを感じさせるアラウとセガルのこの見事な演奏!40年の闇に眠らせなくてよかった。

(こちらへどうぞ)

ブラームス ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 作品83

 

 
Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

テンシュテットのブラームス交響曲第4番

2017 MAR 11 1:01:11 am by 東 賢太郎

youtubeにアカウントを作りました。

まず第一回として、クラウス・テンシュテットが正規録音を残していないブラームスの4番からいきましょう。フィラデルフィア時代に当地のFMを録音したカセットで、放送自体の音質がこういうものでしたし音はあまりよろしくありませんが、貴重な音源と思いますのでファンの皆様と共有できれば幸いです。

最近LPとともにカセットというフォーマットも見直されていると聞きました。デジタルというのは単なる信号だから消えたらおしまいでありCDなどのディスクはモノとしての保存性に問題があります。34年前のカセットですが意外に録ったままの音が残ってるなという印象です。

これはこのブログに書いた演奏です。

僕が聴いた名演奏家たち(クラウス・テンシュテット)

「この本番は聴けず地元FMがステレオ放送してくれたのでそれをカセットに録音したが」と書いてありますが僕が聴いたのはリハーサルで、このビデオの録音はその本番でした。アカデミー・オブ・ミュージックできくフィラデルフィア管弦楽団はこういう音がしていたのです。

いま聴いてもたっぷりしたテンポで悠揚迫らざる大人の演奏でした。この人は巷で言われる爆演型の指揮者などではありません。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

N響/下野竜也 の名演

2017 JAN 29 9:09:08 am by 東 賢太郎

指揮:下野竜也
ヴァイオリン:クリストフ・バラーティ

マルティヌー/リディツェへの追悼(1943)
フサ/プラハ1968年のための音楽(管弦楽版╱1969)
ブラームス/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77

前半は二つとも初めての曲でした。第1曲のマルティヌーは「1942年にナチ親衛隊によって住民が虐殺され、強制収容所に連行され、村ごと焼き払われて地図上から姿を消してしまったリディツェという村のための追悼曲」で「プラハ北西15キロほどのこの村は、ナチの親衛隊長で、ユダヤ人絶滅作戦を策定したラインハルト・ハイドリヒをチェコ空軍有志が暗殺した事件で、暗殺部隊をかくまったことへの報復として抹殺された」(プログラムより)。

こんな壮絶なことが行われたのかと絶句。我が国はこのナチと同盟を結んだとはいえ、杉原 千畝、樋口 季一郎のようにユダヤ人を救済した人物までいました。日本軍に近隣国で戦時を超えた行為があった可能性は完全に否定はできないですが、日本民族の底辺にある倫理観、生死観からいかなる民族であれ絶滅作戦のごときおぞましき狂気まで共有したはずはなく、同列に論じられるのもかなわないと再認識であります。

悲痛に半音引き裂かれるような和声で開始し、重さと暗さが支配。それが深い祈りの和声と交差して天に昇華していくさまは心の奥底まで響きました。ぜひこれを聴いてみてください。

第2曲は1968年、プラハの春のソ連軍による弾圧でワルシャワ条約機構軍の戦車が街を蹂躙した事件に対する作曲家フサの怒りの表現でしょう。金管、打楽器、鐘など凄まじい音圧で迫り圧巻の音楽でありました。

下野竜也を絶賛したい。これだけ意味深いプログラムで打ちのめしてくれる指揮者がいま何人いるでしょうか。不断の好奇心をもって勉強を重ねないとこれだけの活動はできません、N響(コンマス伊藤亮太郎)もそれを受け止めましたね。つまらない外人呼んでくるなら下野を何度でも聴きたい、それほど気迫のこもった高い精度とボルテージの演奏でした。

後半はクリストフ・バラーティ の独奏でブラームス。この曲は僕にとって大事な音楽のひとつです。バラ―ティの感想は難しい。まず音の木質の豊潤な美しさはトップクラスと思います。1703年のストラディ「レディ・ハームズワース」で、僕が聴いたうちではアナスタシア・チェボタリョーワがメンデルスゾーンを弾いた絶品の中音域に唯一匹敵するもの。アンコールのバッハ(無伴奏のパルティータ3番  ガヴォットとロンド)はいつまでも聴いていたいレベルでした。しかしリザベーションがあります。

それを説明するにはテニス。昨日見ていた全豪オープンの準決勝、ナダル対ディミトロフ戦でナダルが接戦を制しましたがディミトロフは本当に惜しかった、最終セットのバックハンドの精度が低かったゆえ何本か落としたレシーブのリターン、あれさえ決まっていればフェデラー戦もいけたんじゃないか。それですね、バラーティに言いたいのは。彼の場合、音程です。

ほんのちょっとした、それも決めの音じゃないからいいじゃないかという声もあるでしょうが、僕は精度を書いて無頓着に感じてしまう。惜しい。それだけの素材だから求めたくなるのですが・・・。第2楽章アダージョは非常に良かったですね。遅い部分は文句なしで体質に合ってます。名器の美点が引き出されて、楽器もこういう相性の良い奏者にめぐりあえば幸福な音を出します。

第1楽章のコーダ、夢の中を天に登るようなppですね、最高の聞かせどころですからね、あそこは欲を言えば下野にもうすこし粘ってソロを引っ張って歌わせてほしかった。彼は性格がいいんでしょうか合わせてしまってバラーティもあんまり自己主張をしないタイプのようで残念ながらあっさりいってしまった。まあ良しとしましょう。

最高のコンサートでした。

 
Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

フルトヴェングラーの至芸の解明(その2)

2017 JAN 23 13:13:51 pm by 東 賢太郎

furt

フルトヴェングラーの指揮は「即興重視で厳格な練習はせず棒も不明瞭」というイメージが固定化しているように思われます。毎回ノリが違っていて、いざやるまでわからないぞ、でも燃えた時は凄いぞというニュアンスですね。理知的な人間を嫌う日本では彼のスタイルはトスカニーニの機械的に対し人間的とされ、人間味=義理・人情という思考回路で浪花節的な人気さえ得ている印象がありました。ドイツ人は日本人に似ている、一緒に戦った同胞と思ってくれているという、事実とかけ離れた片想いにどこか通じたものを感じます。

前回書いた箇所のテンポや音量の一糸乱れぬ劇的変化がその場の「人間的な」思い付きや即興でできるはずはないのであって、彼は周到な計画と練習であれをやっています。もしそこに即興的な要素があったとすると、それは弾いている楽員やひょっとして彼自身もがそれを即興と感じながら演奏しているというパラドキシカルな現象が起きていたかもしれないということにすぎません。

彼はわざと棒を不明瞭に振ってアインザッツがきれいに揃わないようにしたそうです。おそらく奏者も聴衆も「即興を聴いている」と思いこませるためです。彼が日本人の大好きな「理知的でないおおらかな人」だからそうしたのではなく、非常に理知的な人であってベルリン・フィルという一流オケはそう振らないと縦線が揃ってしまい即興風にならないという計算からです。

そうやって今日は練習にはなかった「何か凄いこと」が起きているという緊張感がオーケストラに走ります。それが聴衆に音だけでないオーラとなって伝わります。客席にいた多くの音楽家、カラス、アシュケナージ、カラヤン、バレンボイムらが称賛したように、今度はそれを受け取った聴衆の期待がオーラとなって舞台にフィードバックされる。それが混然とあいなってあの尋常でない興奮を生んだのではないでしょうか。

目の前で創造行為が行われている「一期一会」に人が酔い、会場に満ちた空気は色が変わる。チェリビダッケが自身の演奏の録音を拒んだのは会場にいないとシェアできない空気の存在が音楽の音楽たる必須の要素と考えたからですが、それは彼の弁によれば崇拝したフルトヴェングラーの演奏会にそれを感じ取っていたからです。つまりそこにはそれが「在った」のでしょう。

ストラヴィンスキーとフルトヴェングラー

ストラヴィンスキーとフルトヴェングラー

 

フルトヴェングラーは作曲家であるため「音楽」を記号に封じ込めきれないことを悟っており、スコアという記号から作曲家の「スピリット」を読み取る姿勢が徹底していました。それは厳格な練習によるメカニックなアンサンブルで得られるものではなく、創造行為への参加によって現れる「演奏家と聴衆の醸し出すオーラ」が生むもの、チェリビダッケ曰く「超越的でメタフィジック(形而上的)なもの」という哲学であって、彼はそれを醸し出す類いまれな精神と技術を持った職人であったというのが僕のイメージです。

 

フルトヴェングラーのブラームス交響曲第1番の「痺れる箇所」の2つ目ですが、第4楽章の比較的後ろの方、第2主題が再現する直前の部分にございます。

その個所にいたる数小節(273小節から)を、よく聞こえる第1ヴァイオリンの譜面で示します。e-d#-e はこの楽章冒頭に提示した音型で ♪♪♪♩ の運命動機とリズム細胞を共有しており、この部分で暗示的に執拗に繰り返して興奮を高め、第2交響曲の冒頭主題にもなっていくのです。運命だよという暗示をこめながら。下のビデオの42分10秒からです。

bra1 1

音楽は苦しみの色を見せながらもぐんぐん興奮の度合いを高め、ff(marcato、音をはっきり弾け)に至ってついにアルペンホルン主題が顔を出し、「頭欠けリズム(8分休符で強拍をずらす)」で息も絶え絶えの様相になる。そしてとうとう N の ff で音楽は減七和音の苦味ある絶頂に至り、アルペンホルン主題を絶叫するのです。この楽章の、いや全交響曲の感情のピークはここにあると言って過言でないでしょう。

アルペンホルン主題はクララの誕生日祝いに書いた旋律である、千回もキスを送りますと書き添えて。なんと意味深長なのだろう。僕はこのヴァイオリンの譜面を眺めているだけでブラームスの気持が何となく心に浮かんでしまう、彼はクララと叫んでいるのです。

brah

ff で叫んだわずか2小節後に p にまで一気に音量が落とされる。これも異様である。ああ、ここはブラームスのトリスタン前奏曲なんだな、ここに至るまでの興奮の道のりはそういうことだったんだなと大人の理解をしてます。もちろん真偽はわからないし、ブラームスという用意周到な人がそんな風に見透かされるへまを犯すとも思えない。しかしフルトヴェングラーの演奏はそういう風に聞こえてしまうのです。

上掲スコアがヴァイオリン譜に続きます。

ここでどの指揮者もテンポも落とします。しかしフルトヴェングラーの落とし方は尋常でなく、アルペンホルン主題(クララ主題)をやさしい憧憬をこめて慈しむように歌いながら、もういちど mf を経て f に感情が高まります。心臓の高鳴りのようなティンパニの律動を伴いながら・・・。

そのドミナント(g)を p でたたいていたティンパニがトニック(c)を f でたたく印象的な瞬間は、シューマンの3番の第1楽章展開部でやはりティンパニが p のドミナント(b♭)からトニック(e♭)を f で打つ、まさに天才の筆による陶酔的な場面(271小節、第1主題がロ長調で回帰する前)とそっくりです。ここに夫のシューマンが顔を出している。しかし音楽はまた静まっていき301小節の第2主題の直前で完全に停止してしまう。

フルトヴェングラーの至芸はこの部分なのです。

シューマンであるティンパニをくっきり大きめに叩き、それが弱まると音楽は後期ロマン派の森の中をどんどん遅く、小さくなって、愛への希求を訴えつつ身も溶けるような深淵に到達します。やさしく愛を語りながら体は弛緩して完全停止してしまう。もうエロティックとしか表現できません。フルトヴェングラーはそう解釈したわけです。何度聴いても僕はここでノックアウトを食らいます。

このアルペンホルン主題は楽章の構造からすれば序奏に現れただけの、正規の家族である第1、第2主題からすれば「他人様」の存在なのです。他人である人妻への誕生日祝いに書いた旋律である。それが再現部になって第1、第2主題の間に衝撃的な登場をし、有無を言わさぬ存在を示して全曲のピークを形成する。

変でしょう?

僕のように理屈好きの人間に、死んだ後にでも気づいてもらいたかったのだろうか、やはり理屈っぽかったブラームスはそう語りかけている気がします。いやいや、でもソナタじゃないんだよ、キミ、それは考えすぎだよという迷彩もほどこしながら。

第4楽章になぜ展開部がないのか僕は長年わからなかったのですが、ははあ、そういうことですかね、ドクトル・ブラームス、さすがですねなんて思ってもいるのです。21年かけて書いた初の交響曲。緻密に構想して43才にしてとうとう発表したブラームスですが、彼の伝記からもそんな隠喩が秘められていて不思議ではないと考えています。

このアルペンホルン主題による痺れるドラマ、いかがですか?フルトヴェングラーの解釈がそうだったかどうかは知りませんが、他の誰の演奏もこうは聞こえず彼のだけが僕を打ちのめす音楽となっているのは、ブラームスの意図を、真相を、ぐさりと突いて共鳴しているからではないかと感じるのです。

62243上掲のビデオは前回と同じく僕が最も評価するBPOとの52年盤(右)ですが、ほかのオーケストラ(VPO、NDRSO)との録音もコンセプトはまったく同じです。フルトヴェングラーの至芸は即興の結果ではないのです。ただNDRSO盤は「愛の完全停止」がほんの少し短いなど他流試合だからかどこか煮え切らない観があります。こういうことは即興というよりライブの面白さでしょう。

 

クラシック徒然草―フルトヴェングラーのブラームス4番―

シューベルト交響曲第8番ロ短調D.759「未完成」

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

 

クラシック徒然草《フルトヴェングラーと数学美》

2017 JAN 20 22:22:02 pm by 東 賢太郎

シューマンの3番聴き比べをお読みの方は僕がいかにテンポにうるさいかお分かり(というか辟易?)でしょう。しかし仕方ないのです。世の音楽評論はそれに触れるのが稀ですが僕にはそれは文系的感想文であってグルメ日記と変わらない。音楽には計量的な要素が多くそれを明示しないと同じ好き嫌いでも根拠が不明です。

指揮者のすべき最大の仕事はテンポ(timing)設定だと僕は思います。たぶんほとんどのプロの指揮者にも同意していただけると思う。テンポの変わる音楽は基本的にクラシックだけで、指揮者がいるのもクラシックだけだという事実にそれは現れています。

アレグロ、ラルゴのように楽曲全体の基本となるテンポは指定されていても、それ以外に細かくは楽譜に書いてありません。楽曲を構成する複数の主題、経過句、変奏さらにそれらを構成するひと塊りの音符群(フレーズ)にもテンポという可変的要素はあって、さらにそこからピッチを除いたものをリズム細胞と呼べば、それにもあります。

有名な例ではウィンナワルツの1・2・3というリズム細胞で1が短い。3つが等価でも青きドナウは演奏できますがそれらしくならないわけです。記譜するなら1:2:3の数値比を示せばいいがシュトラウスはそれをしていません。そういうものが総じて伝統であって、同じことは世界の古典芸能、雅楽にも歌舞伎にもあるでしょう。

主題や曲想に合わせて場面場面の速度をどうとるか、緩急の継ぎ目において時々刻々の速度の変化率をどうとるかで演奏の印象は千差万別となります。フルトヴェングラーはその達人でした。ブラームスの交響曲第1番には彼しかできない痺れるような、多くの指揮者がそれをまねているが一向に様にならない至芸と僕が思う部分が2箇所あります。

今日はそのひとつ目をお話しします。

第1楽章展開部の最後のところ、293小節で一旦音楽は静まり返り、ppのコントラファゴットの低い呻吟のようなf#・g・a♭からだんだんクレッシェンドが始まりますがスコアにはちゃんとpoco a poco cresc.とありますからこれはブラームスの指定です。それが頂点に達するのが下のスコアの K(321小節)です。

bra1

フルトヴェングラーの演奏を僕のイメージで書くと、まずコントラファゴットに向けてテンポも音量もだんだん減衰してきて、呻吟のppのところで世界は冷え込んで奈落の底で時が止まります。そこから今度はテンポも音量も徐々に上がって音楽が延々と加熱していき、トランペットの運命動機  ♪♪♪♩  が鉄槌のごとく鳴り響き、ついに K の直前で音楽は灼熱のピークに達して一瞬のタメをつくりつつ Kに至って一気にすべてのエネルギーを放出する大爆発を起こします。するとぐぐっとテンポの腰が落ち、弦のユニゾンの音色が吹きすさぶ突風のように驚くべき急変を見せ(!)、ティンパニの ♪♪♪♩  が地獄に落ちるかのような恐ろしい審判を聴く者に告げるのです。実に凄い。

以上のことが下降、ボトム、上昇という美しいV字のループ状の曲線を描いて展開するさまは一個の芸術品をみるようで、音量を形(shape)と感じたバランスかと思われますが、実は音量に伴って速度も同じ方向に変化しているのです(それはスコアにない)。Kに至る上昇過程で、音量および速度をY軸に、時間をX軸にとってグラフ化するとxで微分した速度、音量の値は常に合致しているのではないかと感じており、計測してみたい衝動に駆られます。彼にそういう意識があるとは思いませんし天性の直感なのだと思いますが、フルトヴェングラーの演奏にはいくつかこうした神懸ったものがあって、その裏には何らかの数学的な美が隠れている気がしてなりません。

お聴きください(コントラファゴットが8分45秒です)。

9分48秒から再現部ですが、その直前の「ティンパニ ff 強打」が鳥肌のたつ激烈さで、こんな凄まじい音がする演奏は彼の他に聴いたことがない。

これは伏線があって、フルトヴェングラーは3小節前の第1ヴァイオリンの c、c#、d にスコアにはないトランペットを重ねて f で吹かせているのです。この部分、展開部前の8小節はブラームスがスコア改定後に挿入したもので、オリジナルのままの主題再現で物足りず Bm、Dm、Fm、G7 を入れて第1主題回帰へのエネルギーを和声の進行推力で増幅しようというものでしょう。

それに加え、ブラームスはその個所で低弦にそこまでの1拍3つの音価を2つにしてリズムに「つんのめり効果」まで作って ff で弾かせている。つんのめりの姿勢が g⇒c のティンパニ ff 強打の強烈なドミナント回帰の勢いで持ち直して、その反動の加勢も得てどかんと第1主題にエネルギーをぶつけようというものです。

トランペット追加、ティンパニ ff 強打(スコアは f)ともスコアにはないのですがあたかもブラームスが書いたかのように自然である。上述のように分析すれば、彼自身がスコアに追加までして補強したかった方向にベクトルが合致しているのだから当然でしょう。フルトヴェングラーのデフォルメは「ワタシを見て!」ではない理にかなったものがあり、その場合は余人の及ばぬ名演奏を成し遂げていると思います。

彼の1番は優れた有名なものが2つあって①52年2月10日(BPO)と②51年10月27日(NDRSO)です(どちらもライブ)。②の美も認めつつ、僕はここに挙げた①を選びます。例えば再現した第1主題は②では挿入した8小節のままの速度で進みますが①では少し戸惑ってから速くなります。その速度が僕は好適と思うからですが、この辺はもう好き好きの領域です。

もう一つの至芸は第4楽章にありますが、次回に述べます。

 

フルトヴェングラーの至芸の解明(その2)

 

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

 

 

▲TOPへ戻る

厳選動画のご紹介

SMCはこれからの人達を応援します。
様々な才能を動画にアップするNEXTYLEと提携して紹介しています。

木ノ内輝
松上一平
福井利佐