羽田国際線ターミナルのタクシーの謎
2016 JUN 1 0:00:59 am by 東 賢太郎
よる10時過ぎに羽田に着いてタクシー乗り場へ行くと、50メートルぐらい列ができてます。ところが、よく見ると空車はたくさんいて、そっちの方も長い列ができてます。僕の前もうしろも外人さんで、What’s going on?ときかれたがそういわれてもこっちも何だかわかりません。
荷物が多い人がいるとトランクを開けたりして積むのに時間がかかるんですが、後ろの車はそれを抜いてこっちに回ってくればいいのに来ない。客も奥へ進まない。要は、海外からで疲れてるのに意味もなく待たされるのです。外人さんはかなり文句を言ってました。
やっと乗った車で聞いたところによると、5時間並んだそうです(タクシーの方が!)。しかし僕も20分は並んだよ、なんで?というと「そうなんですよ、お客さん。去年の3月までここにはポーターが3、4人いたのに切っちゃったんです。それでこんなめちゃくちゃなんです。年に2回だけ大臣が視察に来るんですが、そのときは役所から10人ぐらいきてビシッとポーターやるんですよ、毎日やってますみたいに・・・ひどいもんでしょ」。本当にひどいもんだ。
「手前に神奈川だけってポストがあるでしょ、あれ東京のタクの所場に入るのに毎月2万4千円の許可証を空港のセンターに買わされてるんです。1250円の空港使用料取られてる上にですよ。ひどいでしょ。」「なるほど、それでポストが分かれてんのね、東京はずいぶん奥で」「そうなんですよ」「その許可証、年間28万8千円ですよ、それで40台ぐらい常連です。それポーターの給料かと思ってたら、いなくなってもまだとってるんですよ。天下りの給料になってるんでしょうね」、これもひどいもんだ。
めちゃくちゃ疲れてたので腹が立ったが、5時間待った運転手さんが気の毒でそれも忘れました。ちなみに、「後続車が前に回ってこないのは外人は近場のホテルで1000円なんてのがあるんで英語わかんないふりしてパスするのがいるんです。」「う~ん、5時間で1000円じゃねえ・・・」でも前後の外人は怒ってたので、それがあったらかなりまずい。空の玄関でこの「お・も・て・な・し」は笑えない。
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加藤旭くん
2016 MAY 29 13:13:54 pm by 東 賢太郎
前稿を書いているとき、加藤旭くんが亡くなられたことをニュースで知りました。演奏会を聴いて感銘を受けて帰ってきてからまだひと月もたってません。
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マルセル・ティーベルグ(Marcel Tyberg)交響曲第2番
2016 MAY 28 20:20:33 pm by 東 賢太郎
ここに男のレガシーについて書きました。
出世が早いとか遅れたとかどこまで登りつめたとか男の悲喜こもごもがあって、それは半沢直樹ものや古くは白い巨塔などでなまなましく描かれています。もちろん僕も得意ではないながらやってたわけです。
そういうときもありましたと別な世界の人に言ったところで「あっそう」でおわり。他業界だとヒット商品とか橋だとか、あれを作ったのは俺だみたいなのがあってうらやましいが、証券業界は難しい。だからアート系の人はいいなあと思います。成功すれば生きてることがレガシーになります。
広島・長崎とアウシュヴィッツ。やった者も立場も理由もちがうが、罪もない民間人を殺戮し人間の尊厳もレガシーも踏みにじった大罪であることになんの変りもないでしょう。
マルセル・ティーベルグ(Marcel Tyberg、1893-1944)はポーランド系のウィーンの作曲家です。3曲の交響曲、室内楽、宗教曲、ピアノソナタ、歌曲などを残し、シューベルトの未完成交響曲の4楽章完成版もつくりました。彼はナチスに捕らえられてアウシュヴィッツで命を落とした悲劇の作曲家の一人ですが、それによって事跡が最も忘れ去られてしまった一人であり、そして、最もそうなるべきない一人でもあることを僕は知りました。
彼は北イタリアのアバツィアに母と住んでいました。母親はシュナーベルと同門の名ピアニストでした。彼は作曲をしながらピアノ教師などで生計を立て、交響曲第2番は友人であったラファエル・クーベリックがチェコ・フィルと初演するほどでしたが、名声には関心を示さない性格でした。
1943年、ムッソリーニが失脚した年、アパツィアはイタリア社会共和国としてナチス・ドイツの傘下になります。官憲に呼び出された母親は世事には疎かったようで「ユダヤ人は名乗り出よ」という査問にひっかかって「曽祖父がそうだ」と答えてしまうのです。彼女はそれからすぐ亡くなり(これは自然死とされる)、失意のなかで息子は捕らえられアウシュヴィッツに送られます。
カソリックであり16分の1の血であったのですが(別にそういう問題ですらないが)、彼は捕らえられてしまったのです。ナチスのおぞましい執念というしかない。彼は自殺したという噂がたちますがナチス側の記録では収容所にて44年12月31日に亡くなったとされています。幸いなことに、彼は拿捕を予知して全作品の楽譜を友人に託していました。
この友人の息子がのちに米国に渡り、ニューヨーク州バッファローで医師となった。そして近年になって楽譜の蘇演を思い立ち、バッファロー・フィルハーモニーの指揮者ジョアン・ファレッタらがNAXOSレーベルに見事な演奏で曲の真価を再現したものがこれです。
ある日、この交響曲第2番を聴いて僕は唖然としたのです。ぜひ、通してお聴きください。
第1、3楽章はまるでブルックナーであり、アダージョにはマーラーの響きもあって濃厚な弦のテクスチュアと和声は忘れ難い。終楽章の導入部の感動的なこと。どこから見ても立派で上質の音楽ではないですか。あまりに素晴らしく、僕はもうこの交響曲をすっかり覚えてしまいました。これから折にふれ、とりだして聴く曲の一つになるでしょう。
皆さまほとんどがご存じでない作曲家と思いますから、名前をどう読むかは大事です。ネットでは違う表記がされていますが、上記の指揮者ジョアン・ファレッタはこのビデオで「ティーベルク」と発音しています。
それは米語だろうと言われそうでですが、別の資料も「ti:」(ティー)と書いており、彼は米国人の手で同地で蘇ったのだから、僕はそう記します。
絶筆となった交響曲第3番がかなりマーラー寄りの音楽になっているのはどういうわけだろう。これが拿捕される直前の作品です。そのことが耳に焼き付いて離れません。
そのこととは別に、1943年にもなってこういうシンフォニーを書けたというのは如何なることでしょう?言いたいのは調性音楽だということでも後期ロマン派風ということでもありません。このクオリティの交響曲が書けたということです。オリジナリティーがないという指摘は受けるだろうが、では流儀は何でもいいからこれだけの音楽が書けますかといわれてイエスと答えられる作曲家がいま何人いるだろう。
この2曲はブルックナー、マーラーなみに評価されるべき作品であり、やがて広く知られ、今世紀中にはコンサートレパートリーとして定着すると信じます。
ティーベルクが生きていたら?音楽史にもうひとりの偉大なシンフォニストの名が間違いなく刻まれていたでしょう。男のレガシーとは、こういうものですね。
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ネーメ・ヤルヴィ指揮N響のプロコフィエフ6番を聴く
2016 MAY 27 1:01:56 am by 東 賢太郎
シューベルト/交響曲 第7番 ロ短調 D.759「未完成」
プロコフィエフ/交響曲 第6番 変ホ短調 作品111
指揮 : ネーメ・ヤルヴィ(サントリーホール)
ヤルヴィはシベリウス2番以来( ネーメ・ヤルヴィのシベリウス2番を聴く)。そこに書いたことがほぼ当てはまる。息子が主席指揮者を務めるオーケストラに現れる親父の気持ちはどうなんだろうと余計なことを考える。
まったく甘さのないプログラム。甘味料抜きの演奏。この指揮者の譜読みは常にストレートで、造形とリズムが締まった、本質追求型のものである。
未完成のテンポは速めで交響曲のソナタ形式の第1楽章だというスタイル。第2主題のチェロの音量を抑えて緊張感を高めるのはユニークだ。第2楽章も緩徐楽章という風情で、この曲がトルソである印象を残す。現にトルソなんだからそれ以外になんの表現があろうかと思う。あたかもそうではない風に第2楽章を化粧してだらだらやるのはウソの演出である。
こういう未完成で前半を終え15分のインターミッションというのはなかなか良い。気分がぽっかりと未完成であって、後半に充足を求める。そこにプロコフィエフの6番ということだ。5番の初演が1945年1月だが6番はそれ以前から着想され、忌まわしい原爆投下のころ書かれていた音楽だ。
初演者ムラヴィンスキーの超名演があって、あれはものすごい演奏で何人もまず凌駕しがたかろう。どうしても比較になるが、ヤルヴィがスコットランド国立管を振ったCDも持っておりああなるほどそうだったなという音作りであった。彼はムラヴィンスキーの弟子だ。
そのCDは、もう30年も前の話になるが、僕がまだロンドンの時代にグラモフォン誌の大賞をとったので買った思い出の品だ。まさしく本質追求型で求心力が強い、辛口吟醸酒みたいにきりっとした筋肉質の名演。その音が今も少しも変わっていないのを確認し、指揮者の何たるかを知る。振るたびにテンポや表情が違うというのは、確かに面白いが、それは「芸」だ。芸で勝負している人は芸人であり、芸人は死ねば忘れられる。本質というものは永遠に不変である。いつどこでどのオーケストラを振っても同じことをさせることができたから、彼は450もの録音を残すことになったということだ。
彼はオーケストラをたたえ、聴衆に「拍手が少ないね」と耳を澄ますポーズをし、もらった花束は指揮台においてスコアのほうを大事そうにかかえて去っていった。むかし、日本で一緒にコンサートを聴いた英国人のお客さんが「花束は女性に渡すものだけどね」と言った。某指揮者はもらうやすぐにヴァイオリンの女性にあげてしまったこともある。お・も・て・な・しの精神なのか花屋の戦略なのかどうも違和感があって仕方ない、古い人間なのだろうが僕は英国で文化を教わったトラディショナリストだ。まあ男女はともかく、彼は花束を掲げに日本へ来たわけでない、ホンモノの音楽家ということだ。日本の聴衆にもN響にも、本質を教え、残しに来たんだろう。
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猫のふしぎ
2016 MAY 26 0:00:08 am by 東 賢太郎
猫は芸をしないが・・・
お出むかえはする。
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音楽は人生ドラマ
2016 MAY 25 12:12:12 pm by 東 賢太郎
音楽は人生ドラマです。
あのメロディーを聴くとあの頃を思い出すというご経験はどなたもあるでしょう。僕の場合それがクラシック名曲のかずかずになりました。61年も生きてしまうと19才と20才なんてもう遠い昔で区別がつかないのですが、音楽をきくと、ああこれは19才だ、これはハタチだったなとはっきりわかります。まるで樹の年輪です。
人生を豊かに楽しくしてくれた名曲たちに心から感謝しています。そのひとつひとつとの出会いや思い出をつづってみよう、それがささやかな自分史にもなるだろうという気持でブログを書いています。
僕にはそういう曲が228曲、いまのところあるようです。元気で生きていればですが、それだけは書いて残しておこうというのが人生の大事な目標に思えてきました。畏れ多くて書けそうにない曲もあって自信はありませんが。
SMCを始めて3年8か月ほど、おかげさまで僕のそういうブログの総閲覧数が50万を超えました。日々、多くの方々が拙文のバックナンバーまで丹念に検索してくださっており、こちらも感謝の念にたえません。
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読響定期 エマニュエル・パユとカラビッツを聴く
2016 MAY 25 1:01:22 am by 東 賢太郎
指揮=キリル・カラビッツ
フルート=エマニュエル・パユ
プロコフィエフ:交響的絵画「夢」作品6
ハチャトゥリアン:フルート協奏曲
プロコフィエフ:交響曲第5番 変ロ長調 作品100
(サントリーホール)
ウクライナの新鋭指揮者カラビッツは今年40才、ボーンマス響の首席である。父はイワン・カラビッツ(作曲家)。「ショスタコーヴィチの交響曲第11番のおかげで私はオーケストラを愛するようになりました」と述べ「この交響曲こそが私を指揮者にしてくれた」とも言っている。「11,2才のころ第2楽章のフガートの部分を何千回も聴いていた」(しかも僕がイチオシのコンドラシンのLPで)とも。
そういう人がいたのか!とてもうれしい。11番が好きなことでは人後に落ちない僕として非常に興味ある人だ。 ショスタコーヴィチ 交響曲第11番ト短調「1905年」作品103
プロコフィエフを得意としているらしく、作品6は初めて聴いたが面白い。ハチャトゥリアン、これはヴァイオリンとは別な曲だ(オケパートは一緒だが)。パユの技量には圧倒された。音の大きさ、中音の滑らかさ、高音の空気を切り裂く鋭さ、リズム感、キレ、どれをとっても。しかし彼はフルーティストである前に音楽家だ。楽器がそれというだけ。アンコールの武満もよかった。
5番。文句なし。すばらしい。ソヒエフ(N響)もほめたが、あれはバランス型、類まれな運動神経型の好演だった。今日は音楽に奔流のうねりが見え、オケのドライブが見事。プロコフィエフの音楽は重い部分でも「湿度」が上がらずあっさり流れてしまう演奏が多いが、カラビッツのffは起伏があって重量感があり、速い部分は軽くなる。湿度がある。これはできそうでできない、才能だ。ショスタコ11番とCDのプロコフィエフ交響曲全集はぜひ聴きたい。
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マーラー 交響曲第8番 変ホ長調
2016 MAY 23 2:02:42 am by 東 賢太郎
マーラー嫌いは何度も書いているが、これは生理的に合わないのであって、猫好きに理屈はないのとおなじほど理由は見当たらない。弁解になるがけっして食わず嫌いではなく、代表作品は全部聞いていてスコアも持っており、知りたいと思って勉強もしている。努力の証として、なにより交響曲はぜんぶ記憶している。
マーラーが流行りだしたのは1970年代だ。ステレオのハイファイ録音が活きるコンテンツとしてオペラでは60年代にすでにショルティの指輪のように音で売り物になる録音が現れた。70年代はそれが細部の明晰なクラリティを持った近代もの、フランスもの、後期ロマン派の巨大な管弦楽など、LPの解像力やダイナミックレンジがなくては再現しにくい領域が開拓されたイメージがある。
その時代にクラシック音楽を吸収した僕がマーラーでお世話になったのは、特別な存在だった1番を除外するなら、60年代のバーンスタインの全集(CBS)、ショルティの2番(LSO)、70~72年のショルティの第5,6,7,8番、大地、75年のLP2枚組で優秀録音の最右翼だったメータの2番といったところだ。
しかし安物の装置であったし大音響で鑑賞できる環境でもなく、ダイナミックレンジの恩恵にあずかるわけでもなかった。僕の関心はもっぱらmicroscopic(微視的)な方向へいっていて「復活」のような音楽が大味で堪えられなくなった。ライブを経験しなかったことはマイナスだったかもしれないが、本場の劇場でたくさん聞いたイタリアオペラがだめだったのだからそれが理由ではないだろう。
マーラーの交響曲で例外的によく聞いていたのが8番だ。大学時代に下宿でカセットにエアチェックしたショルティ盤をよくきいていた。アメリカ留学中は小澤/BSOのカセットも買って聴いた。これが大好きな変ホ長調であって、トニックからサブドミナントに向かう希望和音に満ちているのが気に入ったのかもしれない。
しかし、もっと大きいのは、マーラー自身が「大宇宙が響き始める様子を想像してください。それは、もはや人間の声ではなく、運行する惑星であり、太陽です」、「これまでの作品には、いずれも主観的な悲劇を扱ってきたが、この交響曲は、偉大な歓喜と栄光を讃えているものです」と述べているように、マーラーの自画自賛でないのがよかったと思われる。
ニックネームだが千人の交響曲といわれるだけに、これのライブは格別だ。この独特なアトモスフェアだけは録音には入らないので演奏会場に足を運ぶしかない。左の写真は1910年のミュンヘンでの初演の練習風景で、指揮者マーラー以下、出演者1030人であった。本当に千人なのである。
めったにやらないからあったら行くしかない。僕はたぶん3度で94年にドイツでヤノフスキ/ユンゲ・ドイッチェPO、同年に東京でオンドレイ・レナルド/都響、それから2011年12月3日のデュトワ/N響のは素晴らしい演奏会であったので大変懐かしい。アルトのイヴォンヌ・ナエフさんはフランクフルト駐在時代に本当にいろんなオペラでよく聞いた、そういう意味でも感無量の公演だった。
終演後のデュトワと奏者たちの表情はこれが何かスピリチュアルなイヴェントであるかのようで、客席にいた僕も得体のしれない偉大なものにふれたという感じがしたものだ。
コーダで後方からバンダの金管が聞こえたりティンパニが2人で同じ音をたたいたりアーメン終止に大仰なドラが鳴ったりと、何の意味があるんだとCDを聴きながら思っていたことが頭をよぎる。しかしNHKホールでそう思った記憶がない。
マーラーのスコアというのは、シェーンベルクのそれが書いてある通りに聞こえるのと一風違っていて、実演で聴くと初めてなるほどということが多い。シアターピースのような360度の3次元聴感体験でもあり、ホルンが突然立ち上がってあさがおを向けて吹くと目が行って音が増幅して聞こえるような心理効果もある。劇場的、オペラ的といってもいいかもしれない。
そういう要素で語るというのは大いに非ベートーベン的、非ブラームス的なのであって、それは彼らがオペラがあんまりうまくなかったり書かなかったりしたことと平仄が合っているのだが、モーツァルトだったら面白がったかもしれないと思わないでもない。「私には彼(シェーンベルク)の音楽は分からない。しかし彼は若い。おそらく彼が正しいのだろう。私は老いぼれで、彼の音楽についていけないのだろう」と妻に語った彼の臨終の言葉は「モーツァルト…!」だった。
ゲオルグ・ショルティ/ シカゴ交響楽団
これを下宿で夜にしょっちゅう聞いて曲を覚えたせいもあるが、今でもこの演奏のインパクトには脱帽するしかない。このすさまじい声楽陣を凌駕するのはもはや困難ではないだろうかというレベルにある。ショルティのマーラーは96年にチューリヒ・トーンハレで最後の演奏会での10番アダージョを聴いたが、スピリチュアルな領域にある彼岸の音楽だった。この8番は71年、彼のピーク時の代表作の一つだろう。
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シェーンベルク 室内交響曲第1番ホ長調 作品9
2016 MAY 22 10:10:26 am by 東 賢太郎
子供のころ、目をつぶってまぶたの上から目の玉を指でぎゅっと押していると赤や青や黄色の点がたくさん立体的に見えてくる、あれが星雲の散らばった宇宙みたいと思っていた。
それが宇宙であるはずはないが、しかし我々の体は宇宙にばらまかれた星の残骸でできているのであって、何かが何十億年の残像として脳内で感知されているのかもしれないと今になっても思ってしまう。
音楽というのは目の玉でなく耳から入る音が作って見せる脳内宇宙だ。いや、ここでは色ではないが、いままで耳に蓄積したいろんな音が今きこえてくる一音一音に共鳴してやっぱり赤や青や黄色の点の立体みたいなイメージの星雲を作る。
初めて聞いた時に、そういう色の点々が散り散りに空間に放たれて、すばらしいバランスでプラネタリウムの天井にはりついて光ってるみたいな感じを抱いた曲がある。シェーンベルクの表題曲だ。
弦5部が全部ソロとした15の楽器のアンサンブルはワーグナーの「ジークフリート牧歌」の編成にイングリッシュホルン、バスクラ、コントラファゴットを加えトランペットを引いたもので、交響曲としては異例だ。きわめて精緻な対位法と斬新な響きに満ちたこの音楽が1906年の作というのは重要だろう。その年にマーラーはまだ交響曲第8番を書いていた。ストラヴィンスキーは25歳でまだ火の鳥も書いておらず、同じころに書いた交響曲第1番変ホ長調は両者の立脚点の違いを如実に示す。まずそれからお聴きいただこう。
なんだこれは、チャイコフスキーかボロディンじゃないか?というものだ。ドビッシーすら聞こえてこない純ロシア人時代がストラヴィンスキーにはあった。
そしてこちらがシェーンベルクの室内交響曲第1番ホ長調だ。
序奏に続くホルンの4度を4つ重ねる印象的な主題で幕を開ける。
これを含む主題群が有機的に展開するさまは、これがドイツの保守本流の系譜にある「交響曲」であることを物語る。マーラーが8番で管弦楽の肥大化という当時の常識だった路線の極点に達したのとは対照的に、彼はデビューにあたってブラームスが選んだ古典の枠組みへの回帰という路線を選んだ。
それが同じ年の出来事というのが象徴的だ。マーラーに至るオーケストラ編成の巨大化の祖であるワーグナーが意図的に小編成で書いたジークフリート牧歌を範とする小編成で、しかも交響曲という枠組みの曲を書き示したところに32才のシェーンベルクのステートメントを見る。
この曲がベートーベンに始まりブラームスで極点に達した主題労作による精緻な対位法の音楽であることも重要だ。それはバッハに起点のあるドイツ音楽の原点であり、ストラヴィンスキーが色濃く和声音楽的であるロシア五人組を祖としたのとは精神的基盤が全く違う。
後世の作曲家にとって、特にドイツとロシアの作曲家にとって、交響曲を書こうとした場合にこの曲が避けがたく視野に入ったことは想像に難くない。オルフは対位法やフーガではもう書けるものはないとした。ショスタコーヴィチは交響曲を書いたが、彼はマーラーの影響を受けつつも、僕はここに第5交響曲の第1楽章に引用されたかもしれないと思っている部分を聴く。
シェーンベルグは後年にこれのフルオーケストラ版を作ったが、原曲の方が圧倒的に良い。これは対位法音楽であって、15の楽器の線が対等に浮き彫りになって初めて赤や青や黄色の点の立体が体感できるからだ。これはまだ調性音楽だが、その「対等」という概念がドデカフォニー(12音技法)を生んでいく。
ピエール・ブーレーズ / ドメーヌ・ミュジカル・アンサンブル
この曲を覚えたのは大学時代に買ったこのLPであることはピエロ・リュネールの稿に書いた。これに色を見ていた。今聴くと線としての各声部が細部の音型まで磨き抜かれ、あまり和声音楽的に処理していないのが面白い。これが初演時に聴衆に衝撃を与え非難の嵐だったことを彷彿とさせる演奏だ。CBS盤(アンサンブル・アンテル・コンタンポラン)は緻密でより前衛的に響く。
ヤッシャ・ホーレンシュタイン/ 南西ドイツ交響楽団
後期ロマン派の延長としてとらえた風情の演奏で、各楽器がうねるように歌い、濃厚な情緒を感じさせる。ブーレーズがそぎ落とした人肌の側面をこれほど盛り込んだ演奏はきかず、そちらとは反対に非常の和声的な音楽に聞こえるから演奏とは面白いものだ。主題を奏する楽器の色彩が原色的で、これは作曲者が楽器編成の配置図までスコアに書いた意図をよく表している。この色彩の天空への拡散を味わうのは楽しい。いま最もよく聞いている演奏はこれだ。
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特異点さがしこそ僕の本質
2016 MAY 19 1:01:20 am by 東 賢太郎
ここ数日ですが、ブログの訪問者数が一日あたり2548人、ページビューが3226なんてことになっています。入場者2~3000人ときくと条件反射で川崎球場のパリーグ戦を思い出すのですが、すいませんわかんないでしょうね。
お読みいただいているネタが音楽であるならクラシックも捨てたもんじゃないと思いますが、せっかくなのに水を差すわけではありませんが、僕はいわゆるクラシックファンとはまったく話が合わないと思います。本当の音楽好きではなく特異点、特異物体、特異人間を探すのが好きなだけだからです。
これは理化学研究所が原子番号113の元素を発見(合成)したりNASAが地球のいとこと呼ぶほどよく似た惑星「ケプラー452b」を発見したりという、そういう世界の関心と情熱に似ているかもしれません。
良い音楽は何でもききますが、聞くそばから頭でピアノ化します。するとポップスという音楽に特異点はまったくなく、だから楽譜まで見て分解したいということは一度もなく、それがあるクラシックになっているだけです(クラシックもない曲がありますが)。
その癖は子供の時から電車の車輪・レールと恒星の観察になり、誰もわからないと思いますが野球もそうであり、そして長じてそれが株になった。株というのは特異点を探すゲームです。途中で人体という年頃があったのですが、色がわかればお医者さんだったかもしれません。
クラシックはそういうもののいちジャンルにすぎず、だから特異点さがしのワンダーランドであってやっていることはふつうの意味の音楽鑑賞ではないように思います。たぶん200曲ぐらいは暗記していてその記憶プール内での特異点の相関がまた特異だったりするとさらにハマります。
こういうのは何の生産性も社会貢献もございません。ただ自分のオタクの本性の開陳として残しときたい。変な奴だと思われて日本社会的には明らかに良くないのでしょうが、僕はモーツァルトの楽譜を見るようにマクロ経済の統計を眺めているのだから仕方ない。それで商売できているしそれで離れていく人に気に入ってもらう必要はぜんぜんないのです。
本音で生きるって、言うのは簡単ですが、そういうことだと思います。私はドケチですとかほら吹きですとかオカマですとか、カミングアウトするといいますか、それは勇気はいりますがそうしないと本当の友達なんかできないし仕事の戦友もできません。本気の人助けもできないと思います。変な奴でもいいと思ってくれる人とは切れないのです。
だから僕にとっては人だって特異点のある人がいい。また、そういう人オンリーでやらないといいビジネスなんかできません。同質な人ばかりだと、公約数で括っていくと誰も残りません。日本は世界の中でそういう組織の掃きだめにみたいになりつつあって、それでも特異点は排除するんだから21世紀はつらいでしょう。
3000人の中からメールをくださったりという方がおられ、全部をひとつひとつありがたく拝見してますが、そういう風に行動を起こされている方々ですから何か通じるものを感じます。
(追記)
「特異点」とは特別な点、他と違った点という意味に書いていますが、数学で関数関係の成り立たなくなる「点」のことです。可微分性のない点です。
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