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マーラー 交響曲第8番 変ホ長調

2016 MAY 23 2:02:42 am by 東 賢太郎

Gustav Mahler in the foyer of the Vienna State Opera, 1907マーラー嫌いは何度も書いているが、これは生理的に合わないのであって、猫好きに理屈はないのとおなじほど理由は見当たらない。弁解になるがけっして食わず嫌いではなく、代表作品は全部聞いていてスコアも持っており、知りたいと思って勉強もしている。努力の証として、なにより交響曲はぜんぶ記憶している。

マーラーが流行りだしたのは1970年代だ。ステレオのハイファイ録音が活きるコンテンツとしてオペラでは60年代にすでにショルティの指輪のように音で売り物になる録音が現れた。70年代はそれが細部の明晰なクラリティを持った近代もの、フランスもの、後期ロマン派の巨大な管弦楽など、LPの解像力やダイナミックレンジがなくては再現しにくい領域が開拓されたイメージがある。

その時代にクラシック音楽を吸収した僕がマーラーでお世話になったのは、特別な存在だった1番を除外するなら、60年代のバーンスタインの全集(CBS)、ショルティの2番(LSO)、70~72年のショルティの第5,6,7,8番、大地、75年のLP2枚組で優秀録音の最右翼だったメータの2番といったところだ。

しかし安物の装置であったし大音響で鑑賞できる環境でもなく、ダイナミックレンジの恩恵にあずかるわけでもなかった。僕の関心はもっぱらmicroscopic(微視的)な方向へいっていて「復活」のような音楽が大味で堪えられなくなった。ライブを経験しなかったことはマイナスだったかもしれないが、本場の劇場でたくさん聞いたイタリアオペラがだめだったのだからそれが理由ではないだろう。

マーラーの交響曲で例外的によく聞いていたのが8番だ。大学時代に下宿でカセットにエアチェックしたショルティ盤をよくきいていた。アメリカ留学中は小澤/BSOのカセットも買って聴いた。これが大好きな変ホ長調であって、トニックからサブドミナントに向かう希望和音に満ちているのが気に入ったのかもしれない。

しかし、もっと大きいのは、マーラー自身が「大宇宙が響き始める様子を想像してください。それは、もはや人間の声ではなく、運行する惑星であり、太陽です」、「これまでの作品には、いずれも主観的な悲劇を扱ってきたが、この交響曲は、偉大な歓喜と栄光を讃えているものです」と述べているように、マーラーの自画自賛でないのがよかったと思われる。

Mahler_8_Rehearsalニックネームだが千人の交響曲といわれるだけに、これのライブは格別だ。この独特なアトモスフェアだけは録音には入らないので演奏会場に足を運ぶしかない。左の写真は1910年のミュンヘンでの初演の練習風景で、指揮者マーラー以下、出演者1030人であった。本当に千人なのである。

めったにやらないからあったら行くしかない。僕はたぶん3度で94年にドイツでヤノフスキ/ユンゲ・ドイッチェPO、同年に東京でオンドレイ・レナルド/都響、それから2011年12月3日のデュトワ/N響のは素晴らしい演奏会であったので大変懐かしい。アルトのイヴォンヌ・ナエフさんはフランクフルト駐在時代に本当にいろんなオペラでよく聞いた、そういう意味でも感無量の公演だった。

終演後のデュトワと奏者たちの表情はこれが何かスピリチュアルなイヴェントであるかのようで、客席にいた僕も得体のしれない偉大なものにふれたという感じがしたものだ。

コーダで後方からバンダの金管が聞こえたりティンパニが2人で同じ音をたたいたりアーメン終止に大仰なドラが鳴ったりと、何の意味があるんだとCDを聴きながら思っていたことが頭をよぎる。しかしNHKホールでそう思った記憶がない。

マーラーのスコアというのは、シェーンベルクのそれが書いてある通りに聞こえるのと一風違っていて、実演で聴くと初めてなるほどということが多い。シアターピースのような360度の3次元聴感体験でもあり、ホルンが突然立ち上がってあさがおを向けて吹くと目が行って音が増幅して聞こえるような心理効果もある。劇場的、オペラ的といってもいいかもしれない。

そういう要素で語るというのは大いに非ベートーベン的、非ブラームス的なのであって、それは彼らがオペラがあんまりうまくなかったり書かなかったりしたことと平仄が合っているのだが、モーツァルトだったら面白がったかもしれないと思わないでもない。「私には彼(シェーンベルク)の音楽は分からない。しかし彼は若い。おそらく彼が正しいのだろう。私は老いぼれで、彼の音楽についていけないのだろう」と妻に語った彼の臨終の言葉は「モーツァルト…!」だった。

 

ゲオルグ・ショルティ/ シカゴ交響楽団

888これを下宿で夜にしょっちゅう聞いて曲を覚えたせいもあるが、今でもこの演奏のインパクトには脱帽するしかない。このすさまじい声楽陣を凌駕するのはもはや困難ではないだろうかというレベルにある。ショルティのマーラーは96年にチューリヒ・トーンハレで最後の演奏会での10番アダージョを聴いたが、スピリチュアルな領域にある彼岸の音楽だった。この8番は71年、彼のピーク時の代表作の一つだろう。

R・シュトラウス「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」

 

クラシック徒然草 《マーラーと探偵小説》

 

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