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ベートーベン交響曲第5番 ハ短調  運命

2012 SEP 16 12:12:23 pm by 東 賢太郎

ダダダダーンです。クラシックについて書くのに、これをはずすわけにはいかないでしょう。運命はこう戸を叩くとベートーベンは語ったといわれていますが、証拠はありません。しかし、クラシックの扉をたたくならどうしても聴いていいただきたい曲です。

この曲はヨーロッパ、アメリカでは「交響曲第5番ハ短調」です。運命とあだ名で呼ぶのは日本だけじゃないでしょうか。レコード会社があだ名なしでは売れないと判断したのか、ドボルザークの8番が「イギリス」と呼ばれた時代もあります。出版されたのがロンドンだったからという意味不明の命名でした。

そういえばLPレコード時代は「運命・未完成」(注)という組み合わせが定番でした。これは単に収録時間がちょうどいいせいで、CD時代になると嘘のように消えました。

(注)このシューベルトのほうはドイツのコンサートでもプログラムにUnvollendeteなんて書いてあることがありますが、何語にせよ作曲家の意思ではないので安っぽい感じがします。

ベートーベンはこの曲で交響曲史上初めてピッコロ(最高音)、コントラファゴット(最低音)、トロンボーン(最強音)を使いオーケストラの音を増強しました。バンドを増やしたのです。アンプでエレキギターの音を増幅するのと同じ発想ですね。それを聴いた当時の聴衆は大変なパンチ力を感じたでしょう。

しかしこの曲は音量のパンチ力だけかと言うと違います。出だしのダダダダーン。運命動機と呼ばれます。この交響曲は全曲がほぼこの運命動機の積み重ねでできていると言って過言ではありません。レゴという玩具がありますね。あれで作ったお城みたいなものです。よく見るとお城は全部同じピースでできている。すごいなあという感じ。

しかもこのピース、実は「ダダダダーン」ではないのです。楽譜を見ると「ンダダダダーン」です。最初にン(休符)があります。何が違うかというと、一回パワーをグッとためてから一気に開放する。このグッというタメが爆発力を増幅するのです。

高校野球の応援団がよく太鼓で「タンタンタンタン、ンダダダダーン」とやってますね。こうすると最後のダーンがどっしりして決然として、いかにも終わったーという感じがします。頭の強拍を抜かす「ン」の効果です。テーブル叩いてやってみてください。わかりますか? これが運命動機なのです。

つまり、①レゴのピースそのものにパワーが封じ込められている②しかもそれだけでお城ができている③しかも音量は増幅されている、という壮大な仕掛けが秘められた恐るべき曲なのです。できた時に革命的でしたが、それ以後こんな曲はついに誰も書けなかったという意味でも革命的です。

ここでは省略しますが、それに加えてこのお城は「ソナタ形式」という堅固な建築様式で建てられています。だから第1楽章はさらに凄味が増しています。ナポレオンだろうが織田信長だろうが陥落不能というスキのなさを感じます。原則として交響曲というものは最初と最後の楽章がソナタ形式なんだということだけ覚えておいてください。

その第1楽章が運命動機だらけなのはわかりやすいと思います。緊張の連続です。では第2楽章。長調で少しホッとしますね。ゆっくりしたテーマ(メロディ)の終わりにひっそりと念を押すようにタ・タ・タ・ターンと入ってきます。第3楽章。短調に戻ります。ひっそりした出だしからいきなり入ってます。次がホルンの強奏。これはわかりやすい。これでもか、ねじ伏せんばかり。ちょっと先生に叱られてる感じがします。

第4楽章に移行するブリッジ(静かなところ)、バックに小さく聴こえますね。ドドドドーン。暗いトンネルをぬけています。ちょっと不安な感じです。ここは全曲を鳥瞰図で見たときに「ン」のタメに相当する大事な部分。タメ→爆発という仕掛けはレゴピースの運命動機ばかりか全曲の建築構成にも埋め込まれているのです。ベートーベン恐るべし!

さて第4楽章。ダンダンダーンダ・ダダダダダーンとハ長調で歓喜の爆発です。ここで初めて、頭が「ン」という休符ではありません。何か今までの憑き物が取れて身が軽くなったような感じです。しかし続くドレミファミファソラソラシドーは頭のタメが復活、しかしそのパワーはここでは空に打ち上げられる高揚感のような原動力になっています。コーダはダダダダーンたたみかけです。苦しい試合だったがとうとう勝ったぞー、勝利の賛歌です。

こうして頭の中で再現するだけでこの曲は興奮させてくれます。いやー、生きててよかったー、といつでも思わせてくれます。これを聴いてもらえればうつ病患者や自殺者が減るんじゃないか、まじめにそう思います。

若い方はこれをハードロックだと思って聴いてください。お上品で生真面目で辛気臭いクラシックだなどと思わずに。それはけっこうベートーベンさんの作曲意図にかなっていると思います。第2、第3楽章はすこし眠いのをガマンして。そうすると天にも昇る気持ちの第4楽章がご褒美でやってきますから。

CDはi-tuneでBeethovenと入れると、Carlos Kleiber & Wiener Philharmoniker(カルロス・クライバー指揮ウイーンフィルハーモニー管弦楽団)というのが出てきます。これを買ってください(これが録音を含めて最高です。しかも750円。ラーメン1杯です。しかも同じく最高級の第7交響曲まで入ってます。のだめで有名になりましたね)。第5がいかにカッコいい曲かわかると思いますよ。

ここで大事なことです・・・・

これを3回ぐらい、だまされたと思って覚えるまで聴いてください。えっ、こんな長い曲を3回? そうです。人類の遺産みたいな曲です。200年もヒットチャートに残っている曲です。絶対に裏切られません。もちろん、一度にではなくていいですよ。週に1回ずつでもOK。電車の中でもOK。でもなんとなく覚えるまでは耳を凝らして執念深く。

クラシックは「わからない」という人が多いです。でもわかる必要など、のっけから全然ありません。ある程度曲を耳で覚えるかどうかだけなのです。ポップスやロックより長いというのが違うだけです。でも長い分だけ喜びも長く持続します。永遠に「懐メロ」なんかになりませんから死ぬまであなたの友になります。

評論家や解説者のようにそれで飯を食っている人は自分の権威づけでしょうか、どうもクラシックを小難しくしてしまいます。こんな高尚で知的なものは一般人にはわからんだろうが・・・という姿勢が見え隠れします。僕のようにベンチャーズと同じノリで聴いている者もいるのです。

3回聴いて覚えた人は・・・・

別な指揮者とオーケストラで聴いてみましょう。i-tuneでタダで第1楽章を聴き比べてください。Beethovenと入れてフルトヴェングラー(Furtwangler)かクレンペラー(Klemperer)と入れましょう。最初のダダダダーンがこんなに違うのかとびっくりすると思いますよ。これがクラシックのぜいたく、醍醐味なんです。ラーメン屋をハシゴして食べ比べするのと全く同じです。

フルトヴェングラーでもよく見るとベルリン・フィルとウイーン・フィルと、違うオーケストラを振っていますね。これまた別人のように違うのです。ここまで進むと、同じラーメン屋で味噌と醤油の食べ比べです。皆さんはもうスキーでいえば中級者コースを滑っています。

あとはレパートリーを広げるだけ。プロセスは同じです。コンサートに知っている曲がかかる確率があがります。出かけて行って実演を聴くのが確実に楽しくなっているはずです。まあうるさい友達でも一応は「クラシック通」と認めてくれるでしょう。

いきなりベートーベンは敷居が高い? 僕は何か新しいジャンルをマスターするときはベストなものからという主義です。これは学問ではありません。ワインのテースティングは安物を何百本ただ飲んでもだめだそうです。いいものから、体系的に、味を言葉で覚えながら記憶するそうです。クラシックはそれによく似ています。

ベートーベンの第5交響曲。これがペトリュスでありロマネ・コンティであることに異論のある人は世界中に誰もいないでしょう。750円ですが。

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ベートーベン交響曲第5番の名演

 

Categories:______ベートーベン, クラシック音楽

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