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世界のうまいもの(19)「鴻元食坊」のレバニラ炒め

2026 JUL 11 0:00:28 am by 東 賢太郎

レバーという食材が大の苦手でした。あのぐにゃっとした内臓の舌触りと生臭さがたまらずに泣いて嫌がったのですが、それでも食べなさいと母がめげずに何度も出してくる。半ばトラウマになってしまい、これだけは一生食べなくても悔いがないと目をつぶってむりやり水で胃に流し込んだものです。男子厨房に入らずの家で問答無用。出されたものを粛々といただく。母のルールに背向く選択肢はありませんでした。しかし無理もなかったのです。女の子と腕相撲やって負けるぐらいガリガリで虚弱な子だったのですから。

解放されたのは大学3年になって本郷西片に下宿をさせてもらってからです。台所なし。昼は生協か森川町食堂。夜も外食。最高でした。すぐ近くにあった大鵬という超庶民的なカウンターの町中華に通い詰め、ナベ振ってる職人肌のお兄ちゃんと仲良くなります。毎日好きなものを食える!フランス革命が勝ち取った自由というものの価値を知りました。そしてある日、ふと気づいたのです。選んでるつもりが実は同じものばっかり食べてることに。成長期にそのアンバランスがまずいからお袋はああしたのか。そのぐらいの物心はつく年齢でした。そうこうして半年ぐらい経ったでしょうか、今になっても覚えてるあの日が来ます。大事件だったのです。

中華料理といえば香港の 2年半で否応なくどっぷり浸かっており、もはや外国の料理とは思えない体になってます。立場上、仕事ではひと皿何万円なんで品が並びます。高級品は基本的には珍品です。だからといって毎日食べて喜ばしいかというとそういうものでもないわけです。僕は近場の町中華のてんや物であるラーメン、餃子、チャーハンで育ちました。だからB級C級の方が好きなんです。香港でも公務でない時に九龍あたりでカエルから蛇から屋台のC級メシまで何でも食べました。しかしどういうわけか肝心のレバニラは記憶にない。もう食べられるようにはなっていたので忌避したわけではありません。ひょっとしてあれはオリジナルは中国でも日本流の町中華アレンジなのだろうかという疑問は今になっても残っています。

家の近くの大岡山駅前に東京科学大学があります。東工大がこの名前になった時はちょっと気の毒かなという気がしましたが杞憂でした。今の世の中、工業大学ではなく科学大学です。日本を代表するサイエンスの学校ですから。そんなことを考えながら夕刻に一人でぶらぶらして、校門を出入りする学生さんたちを見ていると、だんだん年齢感覚がワープして勉強したいという気持ちに駆られます。ここで宇宙物理なんかやったら楽しいだろうなあ、下宿でもして2、3年どっぷりつかってなんて突拍子もない考えが浮かんで来るのです。このトシで何でと思われましょうが、シリウスやべテルギウスでなにが起きているんだろうという好奇心に10歳も70歳もない。それだけのことです。

勉強はずっと嫌いでしたが、実はそうではなく、興味ないことばかりやってきたというのが真相でした。興味のスイートスポットが何ミクロンぐらい極小の人間がそれ以外のものを専攻しても非常につらいわけです。ど真ん中にある音楽だって関心はエンジニアリング的な和声や対位法に行ってしまい、そこに「特質」がないと退屈な音楽ということになります。ところが極めてまれですが、「それがないのに面白い音楽」というものが存在し、「なぜ面白いのかエンジニアリングできない事実」に夢中にされられてしまうそれはワンダーランドかパラダイス、寝食を忘れちまう。僕にとってモーツァルトがまさにそれであります。学問にもしそれがあるとすれば宇宙物理だったかな・・・わかりにくいかもしれませんがそういう感じであります。

ある日、そんなことをつらつら考えながら大岡山駅から北に向かう商店街を歩いていたら、そうかこの辺にもアレあるかなと探す気になりました。ずっと行ってみるとえらいケバい「鴻元食坊」というのを見つけました。 60席ぐらいの大型店で町中華のイメージとはちょっと違うがまあいいか。

席について迷うことなく頼んだら、片言の日本語で「タッチパネルお願いします」と愛想なし。水もセルフ。最近はコンビニまでレジが無人になってきて、自信ないので有人の店にしか入らない僕として不如意ではありましたが、あれこれやって無事「注文する」にタッチしました。客は学生らしいグループが何組かワイワイやっており、親子連れがひと組、少し後からスーツを着た中年の男性がひとり。夕食時なのにそんなに流行ってるという感じでもありません。奥に目をやると厨房に中国人らしい料理人がふたり鍋を振ってます。日本人の街中華ではないな、こりゃダメかなとぜんぜん期待しませんでした、なにせ香港で食べられなかったという経験がありましたからね。しかも普通の店だと定食で千円はするのにここは880円です。商売柄、何でも数字で判断する癖がついてもいたのです。ところがどっこい、ひと口食べて、これは熱々のうちに全部平らげねばとうならされました。レバーという食材がこんなに旨かったとは。今さらながら母に申し訳なかったと懺悔の気持ちさえ発してきて、こんな料理を作れる人がいるのか、大事にしなきゃいけないと痛感しましたね。

昨今は政府レベルで中国とだんだん距離ができてしまったようです。そこにあれこれ口をはさむ気はありません、政治はあくまで政治であります。一方で、我々庶民には庶民の生活というものがあります。神山先生のような人は別格としても一般の方は住みにくくなってきてるんじゃないか。僕は香港に2年半いて日本人として嫌な思いをしたことは一度もないし、欧米の大衆のほうがよっぽど不愉快なことが多かったという経験があります。ですから愛国者ではありますが一概に外国人は出て行けみたいな運動には反対です。しかもこうして市井で我々の生活に深く溶け込んで貢献してくれてる人たちもたくさんいる。思いおこせばドイツではすでに90年代前半にクルド人移民問題は大きなニュースになっており、それが今の悲惨な事態に至ってます。ひとつボタンを掛け違えると根深い問題になってしまうのです。もともと外国人が多く英語さえ話せば寛容だったあのロンドンだって、生まれた男子の名前で1番多いのがモハメッドになったと、ここまでくると放置した政府に責任転化されるのかもしれません。でも繰り返しますが、あくまで政治は政治なんです。

食べ物の好き嫌いがなくなって僕は健康になりました。体も強くなりました。何が多くても足りなくてもいけません。過ぎたるは及ばざるがごとし。何事もいちばん大事なものはバランスです。

Categories:______世界のうまいもの, 政治に思うこと, 若者に教えたいこと

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