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月別: 2014年4月

プロ野球 チーム別年俸ランキングに思う

2014 APR 29 11:11:32 am by 東 賢太郎

流行の最先端を見習って「コピペ」をしてみました(残念ながら改ざんはありません)。出典元は「Baseball-Money. net」です。

プロ野球 チーム別年俸ランキング

順位 チーム名 2014年 総年俸
1 巨人 45億7465万円
2 ソフトバンク 38億3680万円
3 阪神 32億1450万円
4 楽天 27億1320万円
5 中日 26億7530万円
6 ロッテ 24億9840万円
7 オリックス 24億9285万円
8 日本ハム 24億1155万円
9 ヤクルト 23億1975万円
10 西武 22億6310万円
11 横浜 21億2490万円
12 広島 20億8585万円

 オリックス(24億9285万円)+広島(20億8585万円)=巨人(45億7465万円)がほぼ成立し、オリックスと広島はどちらも現在1位です。

1位+1位=3位

世の中には不思議な方程式があるものです。

この3連戦の先発投手年棒(青が勝ち試合、赤が負け試合)

広島  篠田(1500万円)九里(1200万円)前田(2億8000万円)=3億700万円 巨人  杉内(5億円)大竹(1億円)内海(4億円)=10億円

以下、ポジション別で「巨人選手÷広島選手」を見てみましょう。

捕手       阿部(6億)÷石原(1億)=6倍                                   一塁手  ロペス(1億7000万円)÷ エルドレッド(5100万円)=3.3倍           二塁手  片岡(9500万円)÷菊池(3900万円)=2.4倍                   三塁手  村田(3億円)÷堂林(2000万円)=15倍                      遊撃手  坂本(1億8000万円)÷梵(1億円)=1.8倍                     左翼手  アンダーソン(6000万円)÷ロサリオ(1000万円)=6倍             中堅手  橋本(1400万円)÷丸(5100万円)=0.3倍                    右翼手  長野(1億8000万円)÷廣瀬(6000万円)=3倍

橋本だけが下ですが、センターに人材がいないのは巨人の弱みということでもあります。野手全員で巨人÷広島=15億9900万円÷4億3100万円=3.7倍です。前田以外が先発投手の日は9人足しても阿部一人より安いですね。広島の投手は自分の30倍も給料をもらっている投手と投げ合って、敵軍の4分の1の給料の打線に援護射撃をしてもらい、自軍の4倍もらっている打線を押さえないと勝てないということです。篠田が杉内に投げ勝った1勝というのはそれほど重いものなのです。

ところが上には上があって、7年で160億円のヤンキース田中は広島の全員分より高いのです。メジャー歴代3位の奪三振ショーに湧くヤンキースファンと、快進撃に酔いしれるカープファンと、どっちが快感や価値を感じているかといえば甲乙つけがたいでしょう。しかしどっちのファンが球団にお金を払っているかというとこの差になる。入場券やグッズやTV放映権の売上げでいえば田中ひとり>広島全員、ということです。本当にそうかどうかはともかく、そうだということで球団経営が成り立っているのは事実です。

これは野球というスポーツそのものの経済的価値が日米で違うということなので仕方ありません。そんなに違うの?日本だって人気はあるでしょ、と思われるかもしれません。たしかにそうですが、そういうことは「数字」を見ないで議論しても意味がない、真相は分からないのです。例えばです。シカゴからウィスコンシンまで1時間弱のフライトに乗った時のこと、地上に見える野球場があまりに多いので、高所恐怖症をおして夢中で数を数えてしまったことがあります。このフライトは半分ぐらいが湖の上だから地上だけなら実質30分のフライトです。いくつあったと思いますか?110個です!野球場が。

この数は山本五十六がエンパイアステートビルを見て、こんな国と戦争しちゃいかんと思ったのに充分匹敵するでしょう。こんな国と野球をしちゃあいかんというレベルなのです。アメリカの人口が2倍としても、飛行機に30分乗って野球場が55個見える場所を日本国で探すのはまず不可能です。これはもう文化の問題であって、土地の広さだけでは説明がつきません。ベースボールフィールドはテニスコート並みに土と芝と整地が必要で維持費がかかるのであって、男の子はほぼ全員が夢中になってまず野球をやるという文化がなければそんな数が維持されているはずもないと思われます。

そんな国へ行って最多安打を打ったり最多奪三振やノーヒットノーランをやってしまう男たちがカープ全員分の給料でも当たり前、まったくもって当たり前だなと僕は思います。アメリカという国中、お金を払ってでもそういう奴を一目見てやろうじゃないかという屈強で腕自慢の元野球少年だらけなのです。そして、メジャーへ行きたいと思う選手の気持ちだってよく分かります。イチローやダルビッシュぐらいの図抜けた子は日本の鐘や太鼓の村祭りみたいな球場のヒーローにはてんで飽きたらず、もし俺がアメリカに生まれていれば100倍女の子にもてて100倍稼げたのにと思うのは男の子としてあまりに自然な事だと思うからです。

だから来年ほぼ確実に前田健太はメジャーを目指しますが、ファンとしては痛いですが元野球少年としては大賛成。それでこそ日本男児です。そのトレードマネーでカープはまたいい補強をすればいい。それがうまくいって巨人を倒せるようになったのが今季であり、日本野球はメジャーのファーム化していると批判されますが、巨人、阪神のファームとまでいわれたカープが勝っている。スポーツですから勝てば官軍。これぞ弁慶と牛若丸であり、めざしの土光さんじゃないがその質実剛健なひたむきさは日本人、日本経済に元気を与えるのではないでしょうか。

 

道元先生の「鬼谷子の帝王学」を読んで

2014 APR 28 13:13:26 pm by 東 賢太郎

このところ、探していた要件にぴったりの新しい人を紹介されたり、しばらく滞っていた仕事が急に動いたり、新しい役職をいただいたり、古い知り合いとお会いできたりして、啓蟄などとっくに過ぎているのに冬眠から何かが目覚めるような春のうごめきを感じます。これから本厄に入るのになぁと思っていたら先日、やはり55年2月生まれの某経営者に「韓国では数えなので我々はもう本厄は過ぎてるよ」と言われました。なるほどそれは去年だったわけか、じゃあそういうことにしとこうかと自力でどうにもできないことは悩まない主義なので忘れることに。

ただ星のめぐり合わせということは一概に看過できないものも感じていて、幼稚園のお絵かきでは金色のクレヨンだけ減り、風水のラッキーカラーはゴールド(金)で、ゴルフでは本間の金色ヘッドのウッド3本で荒稼ぎして仲間からそのクラブは見たくないと白い目で見られ、ソナーとは図らずもヒンディー語でゴールドの意味でした。そして今、そのゴールドに関わる仕事をいただいて日々作戦を練っている。麻雀でピンズばかりツモったりとかございますが、単なるこじつけと言えばそうかもしれませんがそうとばかり思えないほど僕にはこういうことがよく起こるのです。

だから「そういう星の元に・・・」という考え方はある程度信じていて、両親も自分もポルックス星ということは確率が12分の1の3乗だから1728人に1人しかいない人間なのだと思っています。良いところばかりではなく悪い所も煮詰まって出るのだからダメな部分も群を抜いて悪いのだと諦めもつきます。「星の元」が運命を支配するなら人種、国籍、性別、宗教はもちろん血のつながりよりもそっちの方が本質ということでもあり、その人がどういう人かという根っこの部分の個性は教育や徳育や指導ではもう直しようがないということにもなります。これは元々の僕の考え方に近いのですが、だからそれを本質とまで考えるか否かは非常に重いことです。

**は死ななきゃ治らないなどといいますが、それも人の根っこは変えられないという意味に取れますし、そうであるならば人と人との相性というものは、もし合わなければどっちかが死なないと合わせようがないということでしょう。たしかに、そういうことは何度も思い当たります。いや、経験的には合う方が珍しいのです。男と女もそうです。だから、合う人は貴重であり、大事にしないといけない。そういうことを色々と考えていたところで拝読した道元先生のご投稿「鬼谷子の帝王学」は理解しやすく、何かの指針になると感じました。特に、施しを受ける人と領袖という人間の区分けは、万世一系の統治者を置かず血縁のない者が天子になって統治する中国らしい思想と思います。

僕自身は施しができるならしたいと願望する側の人間ではありますが、それは単なる希望、性格から出たワガママであって、領袖であるには力不足であることは自分でよく知っております。そもそもリーダーやエリートでありたいと思ったこともありません。先日もSMCは東さんが頂点で、とある方がいいかけたので、とんでもない、それは全く違うし最初から僕が望んだところでもないと申し上げたところです。なぜなら自分がそういうことができる性格ではないからです。学生時代も生徒会長のようなものになりたいと思ったことは一瞬たりともなく、どうもそういうものには僕は適任ではないのです。

新しい物事や知らない人にはまず疑うこと、つまりネガティブ目なところから入ってしまうのも性格なので仕方なく、自分の理性が納得するまで何も信用しません。だから学校の授業も腹からは納得せず、家で自分で問題を解いて初めて納得するというパターンでした。こういう理解、納得というものは一度できてしまえば強度が高くてそうそう崩れないのは利点ですが、相手の人からすれば信用されていないというのは不快でしょうし、上司としては包容力に欠けると見られているだろうといつも感じていました。

会社人としては人事発令で長と名のつくポストを幾つもやりましたが、監督より選手でいたいのが本音でした。それが仕方がなく監督という役を演じる役者になってしまって、それなりに演じてしまうと、またそういう人事発令になってしまう。それはもう負の連鎖です。一兵卒というといい過ぎですが、まあ軍曹ぐらい、あのコンバットのサンダースの役ぐらいがちょうどいいですね。なぜなら射撃も作戦も普通よりうまい、敵兵に負けない、これには自信があるし、反対にそういう現場感覚を失って、大本営の将校執務室で作らされた自分の作戦には自信が持てないからです。

現場を知らない人間が作った作戦など、これは歴史的にもだいたいが失敗なのです。野球なら親会社のサラリーマンでしかない球団社長がベンチで監督ができるでしょうか?ナポレオンは自分が現場を知る軍人でした。日本でいえば義経がサンダースですね、現場感覚にあふれた戦さの天才です。彼は僕の理想のリーダーです。かたや、明智光秀は本能寺の軍略は頭で練った奇策が大成功でしたがその後が全然ダメ。彼はやっぱりエリートの将校ですね。太平洋戦争の大本営参謀クラスは頭だけのエリートのオンパレードです。

作戦失敗して兵が死んでも失敗を認めない、自分の名誉だけは守りたい。そういう人は軍のランクは上位でも人間のランクは下の下であり、そういうものには死んでもなりたくありません。軍曹は自分の作戦が失敗すれば兵とともに死ぬ位置なのです。階級などどうでもいい僕にとって、確実に失敗する軍の将校よりも、たぶん成功する軍曹の方がいいというのは合理的でもあると思っています。そういう性格に生んでもらった親に感謝です。

 

エルドレッド、劇的サヨナラスリーランで広島強し!

2014 APR 27 20:20:56 pm by 東 賢太郎

前田と内海の息づまる投手戦でした。内海のストレートはスピードは138km程度ですが球がすごく「行って」ましたし、何よりコントロールが抜群で文句なし。菊池が空振り三振するのだからよほど速かったのでしょう。スピードガンじゃないんです。右打者のインハイは全く打てませんでした。アウトローのシュート気味のツーシームも良かった。敵ながらあっぱれ、ナイスピッチング!!

前田は内海より危ない球がありましたがここぞというところではミスがなく、150km出たストレート、スライダー、カーブ、チェンジアップ、スプリット、ツーシーム全部がコントロール抜群でした。4番アンダーソン攻めは完璧でしたし巨人の打者を下に見て投げられる数人しかいない投手ですね。バックも好守備でしたがチェンジになって前田とのハイタッチを見るとやはり彼中心の一体感があり、それが躍進の秘密でしょう。

それにしても菊池の守備は凄い。今日も2回あった。

2011年ドラフト後の記事

広島2位・菊池内野手(中京学院大)全然、予想していなかった。うれしいのひと言。守備と肩の強さには自信がある。派手さはなくても、堅実なプレーができる選手になりたい。

彼を採ったスカウトは2階級特進ものです。

そして0-0のまま迎えた延長11回、大竹の人的補償で巨人から来た一岡のピッチングです!!試合は初めて見ましたが評判通りの素晴らしい球威。去年の巨人では山口、マシソン、西村の3本柱が鉄壁のため彼は2軍暮らしで、そのため不要とされてプロテクト漏れしたと思われます。ところが今年は3本柱がぐらつき本来なら一岡に出番が来たところが敵方にいる。皮肉にもその一岡が見事に3人で断ち切った11回の裏、この引き抜きが巨人にダブルパンチになったことを裏付けるがごとくその山口が菊池、丸にヒットを打たれ、そしてエルドレッドの3ランで劇的サヨナラ!!となりました。ここまでじらされただけに、あわや場外の最高に痛快な一発、稀に見る好ゲームでした。

去年までボール球の三振が多かったエルドレッドと堂林のタマの見切りが良くなっているのにも驚きました。カープはほんとうに強いです。

 

プロコフィエフ 交響曲第3番ハ短調 作品44

2014 APR 27 12:12:29 pm by 東 賢太郎

プロコフィエフのシンフォニーで1,5番でなくこれが好きという方はいらっしゃるだろうか?もしそうなら音楽的嗜好が近く、すぐお友達になれるだろう。僕は3番が大好きであり大学時代にアバド盤の第4楽章をカセットに入れて本郷の下宿で毎日聴いていたのが懐かしいが、斉藤さんが来られた時お聞かせしたかどうかは記憶にない。

この曲は元々交響曲ではなくオペラ「炎の天使」として作曲されたが、全曲の初演見通しが立たないためその素材を使って交響曲にしたという変わり種であり、実は本来はこの名曲である「炎の天使」の方を聞いていただきたいのだ。

http://youtu.be/_lHsNmU92eY

http://youtu.be/vqmD2cveJJE

プロコフィエフという人はセレナーデを交響曲にしてしまった(第35番)モーツァルトに似て何でも作れる職人中の職人だったが、そういう出自はともかくこの第3番は傑作であり、僕は彼の全作品中ベスト3に入れる。これのスコアは「春の祭典」に匹敵する面白さで、暇ができたらシンセでMIDI録音したい魅惑とワクワク感に満ちている。例えばこの第3楽章だ。13パートで分奏する弦がハーモニクスのグリッサンドでヒューヒュー不気味な音を立てて疾走する様は「火の鳥」、「惑星」(水星)、「弦チェレ」、リズムは「春の祭典」を、最後は「惑星」(火星)を想起させるが、そのどれよりもマジカルで創意に満ちている。ちなみにライバルだったストラヴィンスキーがこの曲は誉めた。

プロコ3番

 

 

 

 

 

 

 

第1楽章の終わりの数ページ、第2楽章の中間部、そうして第3楽章の中間部のこのページから!何という不思議な和音に導かれた氷のように冷たい世界だろう。それがシベリウスのように人間離れしたものではなく、湖に現れた妖女の誘いのように感じる。3の2プロコ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名曲ゆえ名演がいくつかある。僕はアバド/ ロンドン交響楽団で覚えたが第1楽章のどっしりしたテンポは好きだが妖しさにやや不足するのでファースト・チョイスにはおすすめできない。しかしアバドが振ったプロコが1番と3番というのは彼の趣味が伺えとても共感を覚える。

 

ジャン・マルティノン / フランス国立放送管弦楽団

CDX-5054最高に素晴らしい名盤である。このオケはムラがあるがマルティノンが振るとこんなに良いピッチと音色で鳴る。録音は適度な潤いがありフランスの管と曲のマッチングが良く、複雑なスコアが明快に解きほぐされる。価値がよくわかっていないレコード会社がこういう名盤をどんどん安物コンテンツの仲間入りさせて廉価盤に落としてくれる。実に馬鹿な話だが消費者としては有難い。マルティノンは全曲揃えてよい。

 

ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー / モスクワ放送交響楽団

この指揮者の読譜力、解析力とオケへのその伝達力はプロとしても群を抜いている。読響を振った火の鳥、春の祭典でそれを確信した。こちらで全曲お聴きいただきたい。http://youtu.be/MlvStcZvqrs                                                                                              第3楽章のオケのうまさは鳥肌物だが第4楽章は弦がやや粗い。韓国のイエダンというレーベル(YCC-0044)から1961年1月6日録音で同じ指揮者がソヴィエト国立SOを振ったライブが出ており、そっちの方がさらに凄い圧倒的名演である。それをYoutubeにアップロードしたのでどうぞ。

 

キリル・コンドラシン / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

プロコunnamedコンドラシン最晩年のACOライブ録音で、僕はロンドン滞在中に、たしか85,6年にHMVで買って以来ずっと大事にして愛聴しているLPである。5.99ポンドだった。CDはショスタコ9番と組んで出たが音はLPの方が格段に良い。これは廃盤のようでこれまた業者の見る目のなさを嘆くしかない。演奏の素晴らしさは言葉がなく、当曲の真の愛好家は探し出して所有するべきである。

 

ヴァレリー・ゲルギエフ / ロンドン交響楽団

540曲をつかみきった名演。この指揮者は音楽を大づかみにとらえメリハリをつけて表現するタイプであり、それがツボにはまった時は実にいい演奏になる。2003年に東京で聴いたベルリオーズのレクイエムは退屈だったが、95年にチューリヒで聴いたキロフ管弦楽団との「火の鳥」がそうで感銘を受けた。この全集はロンドンSOの重心の低い音を使ってライブのような活力のある音楽となっており、3番は非常に素晴らしい。

 

ネーメ・ヤルヴィ指揮N響のプロコフィエフ6番を聴く

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ワガママであることの功罪

2014 APR 26 15:15:20 pm by 東 賢太郎

先日、畏友の写真家齋藤清貴氏の弟子、中條未来(ちゅうじょう みく)さんの個展に行って、気に入った一枚を買わせてもらいました。一見なにげないバルセロナ市街の光景なのですが、そこにはヨーロッパの雑踏の空気とざわめきが在ってとてもいいのですね。あえて白黒というセンスがまた気に入って、音が聞こえてくるように感じたのです。

僕が撮るといえばスマホ写真がせいぜいですが、ここだと思ってシャッターを押して出来が良かったことは一度もありません。けっこうたくさん撮っていて、それも自分がいいと思って撮っているんだからそれはないだろうと思うのですが、プロの写真を見てしまうとダメです。3日もたつとどうしてこんなつまらないものを撮ったのかと不思議に思い、 1か月もたつと情けないことに被写体がなんだったか忘れていたりもします。写真は正直者で、シロウトの自己流がそのまま出てしまうのでしょう。自分のワガママがいかに世間では通用しないかを映す鏡のように見えてきました。

こういう経験をすると、ひょっとして、ここだと思ってしゃべったり書いたりしていることもそんなものじゃないかという気持ちになってきます。3日たつとどうしてあんなことをと思い、1か月もたつと・・・ということかもしれません。仕事上の発言に衝動的ということはあり得ませんが、私生活ではわかりませんし、こうして公開してブログを書くようになって、書いたものは写真のように残りますからだんだん不安になってきます。最初の方のブログはそれが全然なく、今読んであまりのワガママぶりにこれはひどい消したいというのがいくつかありますが、それも今となっては我が歴史の一コマであり残しております。

幸か不幸かあるいは人がいいのか、僕は嫌いな人というのが思い当たりません。仕事で対立してこの野郎となったのは何度もありますがそれはその人の言ったことやとった行動が嫌いなのであって、その原因は良く考えると当方にあったりするので、その人物まで嫌いというのはまずありません。罪?を憎んで人を憎まずを地でいっています。ただ言葉が下手で直球のみなので相手を傷つけていることがたぶん多く、それを言っちゃあ終しまいよというのを何度も言っています。かなり後でそういう人にバッタリ会って、こっちはそれを忘れていて、というのはそれがなければ君はいい奴なんだけどなあということで投げた一球だけのビーンボールなんでよりが戻ったということも多々あります。

だから基本的に去る者追わず来る者拒まずで生きてきています。それでも一応一線で生き残っているのは、妙な話ですがずいぶんとワガママをしてきたからで、自分の争えない性格上結果的にそれが成果を出す鍵でした。ワガママであるというのは僕が仕事上も含めておつき合いしたことのある方、特に女性ほぼ全員に言われたことでありますが、言い訳になりますが同じワガママでも僕はあまり利己的ではなく基本的に利他的なのです。利己的な人は権力欲や独占欲が強く権利意識が強いと思われますが、僕はそのどれも関心がありません。会社時代にいやいや権力をたくさん持たされたからもうたくさんです。とにかく人に笑顔になってもらうことや助けたりものを教えたりが好きであり、そうありたい願望からワガママになっているのは誠に勝手ながら事実です。利他は自分が満足した状態にあって、なにより自分が強くないとできないのです。

ネコ型の人間ですから他人から支配されるのが最も嫌いなのはいつか書きました。だからサラリーマンはのっけから無理であり、自分を支配できる人間は自分だけなので自分のルールで結果を出すのが唯一の成功パターンです。悪戯(いたずら)も野球も受験も証券業もささやかながらそれで結果を出して来ました。ただあまりにささやかなので満足していない自分がいて、その自分がそうでないものを求めてやまないので起業しています。だからこれからそれをやるつもりです。自分の実像はブログでもう世に晒していますし、それをお読みいただきワガママも飲んでいただいての挑戦ということになると、これは僕には逃げ道がなく沽券に関わる問題なので失敗は自分が許しません。去っていない人たちはひょっとすると僕より賢くて、そういう人には気がつかずに支配される運命にあるのかもしれませんが。

 

 

広島vsヤクルト(神宮)観戦記(菊池のタッチアップに驚く)

2014 APR 25 0:00:02 am by 東 賢太郎

大瀬良だったのでどうしても見ないわけにいかず行きました。9対2でしたがこんなに強いカープを見たのは何十年振りかです。初回、2ベースの山田がバント、セカンドゴロであっさり1点入れられましたが、先発ショートだった新人田中がプロ入り初のスリーランですぐ逆転。これはライトポールを巻いたのでビデオ判定でしたが、スタンドにはまあファウルでもいいかという余裕の雰囲気すらありました。そんなことはこの球場で初めてですね。田中はキャッチング、スローイングともとてもいいし左打ちだし堂林と梵は危ないかもしれない。東出と栗原はもう苦しいだろう。

カープの強さは菊池に見ました。まず意表をついた絶妙のセーフティーバントで出塁。これだけでも二重丸です。ところが丸のサードへのファウルフライがベース横のネットぎりぎりに飛ぶと、三塁手川端が何とか捕ったのですが、菊池の予想外のタッチアップに完全に投げ遅れて2塁ぎりぎりセーフ。このタッチアップ、サードのフェンスからセカンドベースは至近距離であり、野球がよくわかってないTVも新聞もぜんぜん報道してませんがこのプレーはプロ中のプロ。実に凄い。ボーンヘッドだった川端も驚いたが我々も驚きました。よくぞこんな素晴らしい選手を取ってくれました!このダメージは大きく、このあと走者ををためて代打小窪がスリーランでこの回4点です。この流れ。カープ躍進の原動力は間違いなくこの菊池です。

さて肝心の新人大瀬良ですが最速は149kmでしたが寒かったせいもあってか球はあまり行ってませんでした。バレンティンを空振り三振に仕留めたストレートだけは良かったですが、これと同じぐらい力を入れた山田の4打席目のストレートはセンター前にはじかれました。総じてコントロールも今一つでありスローカーブもほとんどワンバウンドで効果なしでした。畠山(4の3)と山田(4の4)を除いてヤクルトは振れておらず救われた感じです。8回で2点は結果オーライでしたが巨人戦なら4、5点コースで、本人もたぶんそんな感触でしょう。

ヤクルトの先発古野は悪くなかったと思います。僕の位置(三塁側ベンチ上33列目)からだと変化がわかりませんが、スライダー(たぶん)はキレていて空振りが多かった。これでも今のカープ打線には崩されてしまいました。小川も骨折で今期は投手の手駒不足が痛々しいばかりです。リリーフに出た久古など以前は嫌な投手でしたが今日は125kmしか出てませんでした。どうしたんだろう。これも驚きの畠山の盗塁もありましたがスタンドも一塁側は半分も埋まらず、満員で真っ赤だった3塁側とは好対照。3連敗でスタンド前を歩いて引き上げるヤクルト選手も元気がなくどこか気の毒でした。こういう時に宮本がいないというのは大きいかもしれません。

カープは貯金10に両リーグ1番乗りだそうです。キラが心配ですが、それが無事ならこのままひょっとすると優勝してしまうかもしれないという強さでした。次の巨人戦が見ものです。マエケンはともかく九里も行くんでしょうか。彼が勝ってしまったら大変なことです。マエケンは試合前のノックでノッカー横の捕球係で元気に参加して雰囲気を盛り上げてました。こういうのも普通あり得ないですね。彼の存在がチームの軸になってます。「鯉のぼり」は昔から恒例ですが、去年のマー君と一緒でマエケンは来年はたぶんもういないのだから、楽天みたいに優勝しておかないと。

今日の感動の再会

2014 APR 23 22:22:18 pm by 東 賢太郎

今日は僕が大学時代(4年の本郷の時)に半年ほどお付き合いさせていただいた斉藤さんがわざわざ弊社まで来てくださいました。ほんとうにありがとう。36年ぶりなのでわからないかと思いましたが、お顔を見て一気にタイムスリップしました。

斉藤さんとはアテネ・フランセという語学学校で一緒で、当時は英語はそんなに誰もがやる時代でなかったと思いますがお互いに関心があって通っていました。僕は小澤征爾さんにお会いしたエピソードの時のバッファローの語学留学のために行ったと思います。たしかそこのクラスでグループ学習か何かでお話ししたのが最初だったと記憶しています。

なぜ話が合ったかというと彼もクラシック音楽が大好きで、駿河台の「バンビ」や本郷の「うさぎ」で夜遅くまで音楽談義をしていたのです。下宿に泊まっていかれたこともありましたっけ。今日うかがったところによると僕は「春の祭典」の話ばかりしていたそうです。僕が就職してお会いできなくなりましたが、彼が大阪に来て83年に僕がいた豊中の寮まで訪ねてきてくださったそうです。そうしたら寮のおばちゃんに「アメリカに行った」と言われたそうです。

36年は長い時の流れかもしれませんが、お会いすれば瞬時のことだと思いました。僕のことはSMCのブログでたまたま知っていただいたそうです。始めて良かったです。

 

 

私見 次世代の勝ち組産業

2014 APR 23 16:16:28 pm by 東 賢太郎

アガサ・クリスティが「考古学者の夫を持つといいことがあります。齢をとるほど奥さんを大事にしてくれますから」といったとか。

クラシックを考古学者ばかりが聞いているわけではありませんが、録音が古い昔の演奏だから価値がなくなるわけではないというのは一緒です。古いというのは作曲家の時代に近いということですからオーセンティック(authentic)である、つまり由緒正しいという付加価値がある気がするからです。もちろんそれは気だけかもしれず、ベートーベン本人の録音があるわけではないのですから186年前に死んだ彼の曲を80年前に演奏したのがauthenticかどうかは甚だ疑問があります。それでも彼のソナタを二十歳のピアニストが弾いたものよりバックハウスが残したモノーラル録音の方が由緒あるように聞こえてしまうというのは古典芸能であるクラシック音楽好きの性(さが)ではないでしょうか。

最近はyoutubeで昔の大指揮者やソリストの演奏がただで聴けます。著作権切れという法律的な事情で実は一番価値がありそうなものが無料で提供されるというのはおかしな世界です。それを享受する側には朗報なのですが、そういう名人たちのまったく同じ録音を何万円も出して買っていた僕らの世代からすると、どうも世の中の価値観の方が変になっているぞという気がします。クラシック音楽に限らずあらゆる古典というもの、能・狂言、歌舞伎、論語、万葉集、シェークスピアなどを味わうことは「温故知新」というプロセスそのものなのだと思います。だから論語はおろか温故知新の意味が分からない人が増えてそういう現象が起きていると解していいのかもしれません。

ところがその僕も最近はi-tuneで電子的に音源を購入することが増えました。CDという物体を買わずに済ますのはどこか物足りないのですが、いいこともあります。収納スペースが不要ということです。僕のように7千枚もCDがあると収納庫も半端ではありません。それがパソコン1台で足りるというのは、そういうものだと覚悟さえしてしまえば楽な時代といえるかもしれません。断捨離という言葉があるそうですが、「温故」をほどほどにして「知新」に徹してしまえば自分の生活のバランスシートががらりと変わるということを意味しているのかもしれません。

明治時代にそういうことがありました。徳川時代の否定です。それはちょんまげを切ることから廃仏毀釈にまで至りました。そのように、その時代や分野において当然のことと考え られていた認識や思想、社会全体の価値観などが大きく変化することをパラダイムシフトといいますが、僕の温故知新への考え方の変化は何か目に見えないパラダイムシフトが引き起こしているのではないか、最近そういう思いが強くなっています。それはおそらくインターネットの普及が社会にもたらした変化のうちでも、海洋深層水のように最も「根っこ」の部分で静かに起きているものあり、したがって最も根強い変化ではないかと感じます。

たとえばSMCを一日に1万7千人もの人が読む時が到来するなど、開始した1年半前には想像どころかSF的空想すらしていませんでした。インターネットのレバレッジ効果に驚くと同時に、その手ごたえは自分の感覚の最も根っこの部分にじわりと残って考え方の変換を迫るほどのパンチ力があったように思います。いま僕の頭には「アセットを持たない時代」というテーマが強く浮かんできています。これはビジネスにも投資にも重要なパラダイムシフトを要求するテーマであります。CD7千枚を捨てろということですから。どういうことか簡略にご説明しましょう。

産業革命以来の人類に生活革命をもたらす技術や製品が枯渇したいま、巨大な生産力を持つことの優位性は減少しています。価値観は多様化して均一の商品を大量消費する消費者も減っています。ということは資本の大きさが利潤を保証する時代ではないということです。資本を積んでバランスシートを大きくすれば良いという勝利の方程式がくずれ、かえって資本コスト、在庫リスクがかさんで損をする可能性すら出てきました。ある意味で最大の資本家でもある政府セクターが大赤字の時代なのです。資本家が損をするかもしれない世界で資本家と労働者という対立概念から派生した経済学を語ってもあまり将来の予見性は期待できないと思われます。

産業革命の波動の中で生まれた体制は、新技術、新製品がなければ利潤が得られずアンシャンレジームとなって必ず崩壊します。資本主義がなくなるわけではありませんが、変質します。それは新興国の台頭とインターネットの普及が旧体制のアービトレージを引き起こすという形で進行し、その最大の被害者は最大の受益者であった米国になります。だからいま米国は新興国いじめに走り前者の芽を摘もうとしています。しかし後者を止められる者は米国自身を含めもはや世界のどこにも存在しません。新興SNSのアクセス数が数年で大手新聞の発行部数を抜いてしまい、大統領選を左右するような現象が近未来的に起きることでしょう。

新しい資本主義の「資本」は金銭だけではなくなります。それは「信用」でつながった個人の鎖(チェーン)になります。これを信用連鎖と呼びましょう。いまフェースブックが ”おぼろげに” 作っているものがそれです。なぜおぼろげか?お金をやり取りしあうほどの信用ではないからです。お金が移動しないレベルの信用は精神的価値ではあっても、経済学的に捕捉できる価値ではありません。信用連鎖がそのレベルまでアップグレードすると初めて経済的価値を伴った資本主義の変質がおこります。

例えばオンライン・ショッピングは皆がショップを信用してこそ大規模に成り立ちます。アマゾンは信用連鎖のハブという価値をインターネット上に創造して、対面でない方法でお金を移動させ、その対価として利益を得ているのです。なぜハブに価値があるか?個々の業者の信用(a)、業者の数(b)、アマゾンの信用(c)としてa×b<cだからです。このc-(a×b)こそ信用連鎖のハブの価値であり、当初は商品展示場としての便利さや価格競争力がその源泉と思われていましたが現在では決済の安全が価値の大半を占めていると思われます。ということはインターネット決済の方法、個人の信用確認の方法がさらに進化すればいずれa×b=cに近づくことが予想され、アマゾンや楽天の利益は消滅します。

かように、ネット時代の勝ち組企業と信じられているものでもインターネットという原理の強大な浸食力に一時的に乗っかっているだけであり、原理の導く最終到達点に位置しなければ過渡期的業態として消える可能性があるということを指摘しておきたいと思います。いかなる国家権力も規制ができないインターネットは、海の波が静かに岩に穴を穿つように、原理的、不可逆的に確実に到達点に達するでしょう。この到達点がいつどこにどう存在するのか?それは波の強さと岩の性質が決めることで誰もわかりません。しかしこれは科学に似た真理探究であり、観察力と頭脳の勝負であり、僕は非常に関心を持って見ています。

1.過去の評判、歴史、しがらみとは関係なく「質の高いもの」が「数」を得る

2.資本ではなくインターネットのレバレッジが勝敗を決する

3.旧体制の最も非効率なところでそれが起こる

この3つを満たすところでまったく新しいインターネットビジネスが出現し、その成功者はアセットも社員もあまり持たずに、車や飛行機の発明に匹敵する次世代パラダイムのディファクト・スタンダードを創るだろうというのが現在における僕の所見です。その有力候補はすでに出現し世間をにぎわしているので、皆さんも新聞、TV等で名前は知っています。何だと思いますか?それについては近々に書きます。

 

おすすめの経済書4冊

2014 APR 22 23:23:12 pm by 東 賢太郎

先週より経済書をまとめ読みしています。いくつか面白いものがありました。

1.経済は「競争」では繁栄しない (ポール・J・ザック著、ダイヤモンド社)

人類を繁栄に導くのは競争ではなく相互の「信頼」であるという主張です。同じことですが僕はある経営者のかたから「信用資本主義」という言葉を教わり深く共感していたのでこの本が目に留まりました。その会社の社員のかたが書いたレポートにたまたま「これからやろうとしているのはオキシトシンを分泌させること」とあったのですが、この本はその脳内物質が人間関係や社会にどういうプラス効果があるかを述べています。著者は経済学者ですが人間を動かす生化学的分析からのアプローチはなかなか説得力があり、日本文化に親和性のある説なので参考にできそうです。

2.スターバックスのライバルはリッツ・カールトンである。(角川書店)

岩田松雄氏(元スタバ・ジャパンCEO)と高野登氏(元リッツ・カールトン日本支社長)の対談の書です。サービスはいずれロボットにかわられる、ホスピタリティはマニュアル化できない、感性の筋トレ、「感動が生まれる接客」をする、悪いお客より社員が大事など新鮮でした。リッツは社員に2000ドルまで自分の判断で使える権限を与えていて、これを使って飛行機でお客様の忘れ物を届けた「空飛ぶドアボーイ」がいたそうです。これは感動を生みますね。スタバにはサービスマニュアルはなく「Just Say YES」という基本姿勢しかないそうです。僕の「ダメな人5か条」にある「いきなりNOを言う」の裏返し。得心いたしました。面白い本です。1~2時間で読めます。

3.アメリカの大変化を知らない日本人(日高義樹著、PHP)

安倍首相が今回の春季例大祭期間に靖国神社は参拝しないというニュースを見て、ああアメリカは失望ではなく本気で怒ったんだなと思いました。アメリカと中国の通貨財政同盟が成立したという本書の主張はあり得るでしょう。SWIFTを使って中国高官の賄賂や不正所得の情報を調査したアメリカが脅しをかけてドル-人民元のペッグを合意し、中国の持続的ドル資産買付によるドル防衛協力の見返りにアメリカは人民元の国際化を進める。事実ならそれを前提とした円-ドル、金価格などのシナリオを再考する必要があります。

4.国家の興亡 ‐人口から読み解く(スーザン・ヨシハラ他著、ビジネス社)

カソリック系家族と人権機関上級副社長、米海軍大学校戦略担当准教授、CIAや国防省の中国専門家など米国シンクタンク、軍部系の複数の著者リストが目を引きました。世界の人口動態データ分析から2020年の米欧中印露と日本での少子高齢化が世界のパワーバランスに何をもたらすのかを論じた書です。軍部の見解として日本の不可避的人口減少により自衛隊員確保すら困難になると予測しており、日米安保条約はいずれオーバーコミットメントになるとしています。これを読むと上記3.のシナリオも不可避的と思われてなりません。我々もいよいよ真剣に自分で資産防衛を考える時代になるでしょう。

カラヤン最後のブラームス1番を聴く

2014 APR 22 13:13:53 pm by 東 賢太郎

1988年の10月6日、愛車ボルボでテムズ川の真ん中あたりにかかるウォータールー・ブリッジをいつも通りに渡る。ヴィヴィアン・リー、ロバート・テイラー主演の名画「哀愁」の舞台となったあの橋だ。橋げたの少し先を右折してパーキングに車を駐めると、辺りはもう真っ暗である。湿気を含んだ空気はもう冷んやりしている。ロンドンの冬は早くて長いのだ。

ロイヤル・フェスティバル・ホールの1階ロビーは夕刻8時の開演を待つ人の熱気と煙草のにおいでむんむんしていました。まだ1時間半もある。妻とK夫妻で地下のビュッフェの軽食をとることになりました。いつもの3ポンドぐらいのパスタ、ハンバーガーは、これが毎度毎度おそろしくまずいのですが、空腹だと音楽に入れないから仕方ない。30分も並びサーブを待たされ、あわてて食事をかきこんでコーヒーは熱くて飲めないので残し、息せきこんでホールへの階段を駆け上がる。「開演は1時間遅れます」のアナウンスでずっこけたのはそのあたりでした。カラヤンと団員は到着したが、別送していた楽器がパリでストライキにあって着いていない?そこから情報の進展はなく、延々と待たされるうちに疑心暗鬼になってきて、まさかキャンセルはないよねと真顔で心配するほど周囲はざわざわし始めました。

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大拍手に迎えられてオケが正装で入場し開演はアナウンス通り9時でした。しーんと静まり返った緊張のなか、腰を少し曲げてゆっくりゆっくりと帝王カラヤンが登場。拍手は最高潮になります。彼も疲れているだろうに大丈夫だろうか、心配の方が先にたってしまうほどカラヤンは老い、そして僕らは待ちくたびれていたのです。

しかし指揮台に立って堂々と喝采に答礼する姿はそれは杞憂だということを物語っていました。最初のシェーンベルグ「浄夜」。僕らの席は1階正面やや向かって右手で、コントラバスが正面にずらっと並んでいます。その音たるや楽器が普通より大きんじゃないかと錯覚するほどごうごうと強くて太く、その低音ががっちり支える弦楽器群のピラミッド状の音響たるや、もうロンドンのオケとも日本のオケとも別個の存在とでもいうべきものでした。

この日のプログラム

休憩をはさんでいよいよメインのブラームス交響曲第1番です。リハーサルなしだったせいか、出だしの強烈なティンパニの2発目が棒より一瞬速すぎて心臓が凍りましたがすぐ修正。しかし、これだけ気合いの入った怒涛の出だしというのも記憶になく、ハ音の重低音が物凄い音圧で腹に響きます。カルロス・クライバーのブラームスでもそう感じましたが、本気になったベルリン・フィルの音はとにかく音波の振幅がとてつもなく大きいのが特徴です。

ブラームス1番は僕の音楽人生にとって特別に重い意味のある曲ですが、カラヤンが指揮した生涯最後の1番がこれということになったという意味でも格別の思い出を残してくれることになりました。カラヤンの指揮姿は老人のものではなく、一切の振り違いや危なげすらもなく、翌年7月16日の彼の訃報をきいても実感がわかなかったほどです。

この日のブラームスはごつごつせず流麗に音楽の内包する摂理にのって流れる、磨き抜かれた美音とffの強烈な威力で形どられた生々流転のドラマでした。彼の音楽は日本では形だけの空虚な美のように評価されていましたが決してそうではなく重い実質を伴った音楽です。同じオケを振った先輩フルトヴェングラーの1番とは似ず、しかし先輩はカラヤンを強く嫉妬したのはその実質を生む実力を音楽家の嗅覚で見抜いたからと思います。

どこがどうということはなく、一流の演奏だけが持つ輝きとオーラを放って見事に全体の均整がとれた1番だったのです。ウィーン・フィルを振ってDeccaに録音した1番とコンセプトが違うということがなく、指揮台の彼は最後まで老いるということが許されなかった、ヘルベルト・フォン・カラヤンでなくてはいけなかったのだと思います。老成、大家然を拒むところに彼の芸術は存立していました。だから1番こそが彼にふさわしいものだったし、それがロンドンでの最後の姿を飾ったのは天の配剤だったのでしょう。鳴りやまないブラヴォーと拍手にはお疲れさまという気持ちがこもっていた気がします。

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この演奏がCDになって出ましたが、まさかと思ってジャケットを見てみると、やはりそのまさかが起きていました。このジャケット写真をよーくご覧ください。カラヤンの左手の高さ、彼の背中側後方の客席に日本人風の女性が映っています。左がK夫人、右が家内、そしてその右が僕であります。記念写真まで残ってしまいました。BBCに深謝です。

 

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(6)

 

 

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