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クラシック徒然草-トゥガン・ソヒエフの春の祭典-

2014 OCT 20 11:11:05 am by 東 賢太郎

ブログで既報のとおりN響とのプロコフィエフの5番が名演だったトゥガン・ソヒエフは気になっている指揮者である。来年2月に手兵トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団を率いて来日するというのでさっそくチケットを予約した。

一回実演をきいただけではまだ真価は良くはわからない。そういう場合、僕にはレファレンスになる曲がいくつか存在するが、春の祭典はその格好のもの。火の鳥(1919年版)と一緒に入ったCDを購入して聴いてみた。

特に奇をてらったものではない。春のロンドや生贄の踊りのテンポはやや速めに取るなど若々しさがあるがオーソドックスな範囲であり、若さよりは安定感を感じる。実演で見た指揮ぶり、音楽の先を常に読みオケをコントロールする勘の良さと運動神経がここでも感じられる。第1部序奏部の木管アンサンブルの精度と質感はなかなかであり、この部分にキレとみずみずしさがないと聴く気がしぼむが、うまくクリアしている。ただそれ以降は期待があっただけにやや残念である。

71UWJ6pwEuL__SL1500_こういう曲の録音の場合、どこまでが指揮者でどこまでがエンジニア等の趣味なのか不明だが、まずは肝心のティンパニが良く聞こえないのがまったくいただけない。ティンパニとバスドラムの音色の区別、アルト・フルート、バス・トランペット、バスクラリネットのパートと音色への配慮がぜんぜんない。もうそれだけで僕としては大きく減点である。ポリシーの問題に過ぎないが少なくとも結果がそうなっていない以上、ソヒエフという人もそういうことを注視する指揮者ではなさそうだ。火の鳥の方も、王女たちのロンドのオーボエを甘目に吹かせるなど、いただけない。数ある名演に比べるとフィナーレの霊感にも欠けている。

これはエンジニアの問題だが、2階席のやや奥目に座っている感じで音を録っていること自体、この曲のディテールを知的に解析しようとするよりはマスとして快演を演出しようという大衆お子様路線のように思われる。そういう演奏は掃いて捨てるほど存在するのであり、そこで比べるならトゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団というオケは音色美も技術も見劣りする。難しいスコアをスマートに整理整頓して聴かせる能力は高いがなん百回も聴いている人間を納得させ屈服させる域には達しておらず二曲とも100点満点で40点ぐらいの出来というところだろう。ブーレーズのCBS盤とは比べる域にもなく、大人と子供の差だ。

僕としてはブーレーズのCBS盤をレファレンスにするしかないが、こうやって普通の演奏録音をきくたびにその凄さをかみしめるという結果になってしまう。それはブーレーズ自身ですら二度と太刀打ちすることあたわず、もはや演奏そのものが「作品」と化していることにおいてビートルズのSgt.PeppersやAbbey Roadと同質の存在という観がある。演奏というよりひとつの現象だ。ビートルズがそれらをステージで実演できないように、ブーレーズ盤もコンサートホールで再現することはできない。

音を分光器にかけたような驚くべき音彩、整然とうごめくあやしい生命体のようなリズム、知性と狂気が表裏となった儀式が執り行われているあぶない空気、そこではピエール・ブーレーズという天才の発する強烈なオーラが時間を厳格に支配しており、聴く者は金縛りになってすべての微細な音にまで耳を侵食されるしかないのである。

春の祭典がそういう演奏を得たことは我々聴く者にとっては幸運なことだったが他の指揮者にとっては不幸なことだった。だからどれを聴いても分が悪いのは仕方がない。このソヒエフ盤が特に悪いというわけでははない。彼に期待がある分だけ点が辛くなったかもしれず初めて聴く方はこれでも曲の魅力はわかるだろう。

最後に一般論として書いておきたいが、ブーレーズのCBS盤を聴く意味というのはスコアをなぞっただけの演奏というものが音楽的にどれだけ底が浅く稚拙なものかを示してくれることでもある。99%がそういう演奏であるのだから、世の中で春の祭典を知っているという方々もそういう稚拙な像を覚え込んでいるかもしれないということだ。

あのスコアにこれほどの情報量が詰まっていようとはストラヴィンスキーですら知らなかったかもしれない。譜面を読む天才が宝物をたくさん掘り当てていることにびっくりするという経験は面白いものだ。他人のスコアを再現する天才というものが在り得るのだ。ストラヴィンスキーが好きか嫌いかはともかく、演奏というものに関わり、あるいは関心のある方はお聴きになることをお薦めしたい。

 

(こちらへどうぞ)

ソヒエフ指揮トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団をきく

N響 トゥガン・ソヒエフを聴く(1月21日追記あり)

 

 

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Categories:______クラシック徒然草, ______ストラヴィンスキー, クラシック音楽

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