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ひとりがいいんです(お一人様万歳のすすめ)

2026 AUG 24 11:11:48 am by 東 賢太郎

夕暮れまで知らない小道を自転車で探訪するとき。小田急線の車輪を観察するとき。星を見る時。推理小説に浸るとき。レコードを聞くとき。猫と遊ぶ時。ふと気がつくと、僕は圧倒的にひとりだったんです。寂しいと思ったことはない、誰かがいると楽しみは手のひらの雪の結晶のように消えてしまうからです。

授業じゃなくお一人様の独習が好きでした。自分の弱点が如実にわかる。それを知ってから学習した方が効率がいいのです。群れるのは、パーティーも飲み会もカラオケも時間がもったいない。それやって得た意義ある教訓は、付和雷同は人格の喪失、群衆心理は人生を誤つ最大の汚染の2つだけです。

野球はみんなといっしょ?いえいえ、ピッチャーはめちゃくちゃ一人なんです。ピンチに内野がマウンドに集まる。励ましの言葉で球速や制球力がアップするなら練習いらない。打たれていいぞ打ってやるからなという激励は嬉しいが、それに和むと打たれます。というわけで他人の介入でうまくいった記憶ありません。

中学の時、カーブが曲がらないので、勉強机のゴムマットの上でピンポン玉を人差し指で押して回転させる練習を何千回もやりました。投球練習よりお一人様の訓練の方がマニアックに高精度にできるのです。 3種類のスピード、曲がりも3種類の強力な武器が完成し、”頼れるのは自分だけ” が鉄則となりました。

仕事も同様です。そもそも相場は自分で考えるもの。アナリストの意見は聞くが、間違って責任取るのは自分です。ほかの職種だったらそうはいかないので向いた仕事を選んだものです。ところがドイツの社長になると、そうはいかなくなりました。部下を見てあげることが仕事という管理職になっていたのです。

管理、監督は自分でプレイすることに比べたら格段につまらないんです。監督やりたくて野球始める少年なんかいませんからね。ところが仕事の世界では監督だけやりたいって奴がウヨウヨいるんです。プレーヤーとして何にもやったことないのに趣味は人事ですってのが。そう公言した総理大臣もいましたっけね。

そんな石潰しが位の上の方に巣食うようになると業種を問わず会社は腐ります。国も同じです。僕が赴任した3現法は僕がプレイヤーみたいなもんでしたから収益は上がりました。すると人事だけが仕事の奴らが、あいつは会話しない、社長室にこもってる、経営は失格だと様々な悪口を言いふらすのです。

社長が会話なんかできるわけないじゃないですか。役員だって僕が考えていることを理解できるのは数人だけです。そうでないのは首にするかもしれない相手なんです。それで経営失格というなら代わってやるからお前がやれよ。馬鹿で経験もないのがぐちゃぐちゃ言うな。何度机をひっくり返そうと思ったことか。

僕が営業場をうろつくと営業マンはビビって仕事できません。人事屋にそんなことわからんし、営業は教えられないから転勤してもらったほうが本人のためですが本人は飛ばされたと思う。そういう部分に民主主義や弱者救済の思想が入ったら事業会社は終わりですが、現法社長では本社のザコを飛ばす力はないんです。

現法の中だけは経営上の全権を持ちます。赴任すると新しい国だから役員、担当部長のレクチャーをみっちりと受けます。しかし、文化は違えどやること一緒なんでルールだけマスターすればあとはマイウェイでした。何国人だろうが何百人いようが僕を好きだろうが嫌いだろうがどうにでもなります。

今の政治を見ていて、新しい省の大臣になるとこういう感じかなと想像ぐらいはつきます。香港は部下500人でした。返還後で既にチャイナでしたし欧州とは別物の経営風土でした。だからこそやりたいことやるために理解する者は使い、しない者は切る。そうしないと万事うまくいきません。政治もそうでしょう。

僕は本社に50億円予算をもらって香港にCLSAの欧米人チーム50人をぶちこみ、川口の移民問題みたいに騒然となりました。ブーイングなど気にしていたら香港は大赤字のままです。 2年でトントンぐらいまでしか戻りませんでしたが、野村証券は僕がみずほに移籍した後、リーマンを買って全社で同じ事をしたのです。

その大手術は初めて来たアジアで孤立無援のお一人様状態でやりましたから、知らず知らず甚大なストレスになっていたようです。それを知ったのは、ある夜、突然にパニック障害に襲われた時です。初めてのことでショックを受け、飛行機に乗るのが恐ろしくなり、数日後の東京出張は船で行こうと本気で調べました。

日が暮れるといつパニックが出るかびくびくする日々が半年ぐらい。秘書にも言えず医者にも行けず会社では無理して明るく気丈に振る舞い、それがまたストレスを溜めたでしょう。組織再編なんかせず大人しく社長業やってればよかったのにできませんでした。経営に向いてないと悟りましたが後の祭りでした。

思えば香港ではまだ軽症で、部下と酒場に行って夜中まで思いっきり騒げばなんとか時間をやり過ごせたのです。ところが会社を変わってシンガポール出張から帰るとき、機中でさらにひどいのが始まってしまい、 7時間地獄をさまよいました。飛行機が落ちてくれたらと願ったぐらい重症だったのです。

結局、数年前のコロナ入院と歯医者でいちど危なかったのを除くと、神山先生の特効薬「安神」で悪魔はそれっきり押さえ込まれています。もう出てこないことを願うのみです。香港の頃と移籍後にプレッシャーを抱えていた頃がストレスのピークであり、良くも悪くも僕の仕事はランディングに近づいたのです。

どうして最悪期にブレークダウンしなかったかというと、「お一人様万歳」の気質があったからです。 ひとりがいいんです。そのおかげで耐えられました。医者はむしろ原因と見るかもしれませんが、みんなとワイワイが楽しかったら間違いなくこういう人になってませんから、よかったねと納得の今日この頃です。

共和政末期のローマの政治家、弁論家、哲学者であったマルクス=トゥリウス=キケロがいい言葉を残してます。

人と一緒にいる時が、最も孤独な時だ。

 

 

Categories:政治に思うこと, 若者に教えたいこと

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