サイヒロコさんとのご縁
2026 AUG 26 8:08:53 am by 東 賢太郎
先日、東京タワーの会合にて環境アーティストのサイヒロコさんを紹介されました。サイというペンネームの由来はScience、Art、Imaginationという自身のアートの3本柱の頭文字SAIだそうです。僕は美術は門外漢ですから、ご経歴を伺い、国連やらEUやら大変なものなんだろうと想像はしましたが理解が及びません。印象的だったのは二十歳ぐらいで志を立てて単身パリを訪れたいきさつです。入国ビザが不備でオルリー空港で足止めをくってしまい、何時間も別室で待たされます。これは仕方ありません。しかしそこでへこたれることなく「私は悪い人間ではありません、アーティストです。フランスのアートを見たいと願ってやって来たのです」と懸命にアピールを続けたところ、とうとう入国審査長がお出ましになって、「わかりました。私もあなたのような方にこそフランスのアートを見ていただきたい。さあどうぞお通りください。存分にご覧になっていってください」と入国書類に署名してくれたそうです。
「いや、すばらしい。ブザンソン・コンクールにスクーターで乗りこんだ若き日の小澤征爾さんみたいです」と申し上げ、こうもつけ加えました。「僕も12年ぐらいヨーロッパにいましたけど、イギリスやドイツの空港では考えられないことです」。当然です。入国要件を満たしてない者を通すという法律違反を役人の彼は犯したわけです。部下に敵がいて密告でもされれば即刻クビでしょう。でもそれが起きない。そうなんです。フランスはアートを国の看板として大事にする。法律にはできないが国是みたいなものであって、末端の人や移民は知りませんが、市民階級である国民は誇りを持って共有している感じが会話の端々でいたします。彼らは母国語に対しても同様で、公言こそしませんが、英語は方言でドイツ語は馬の言葉だとのたまわった人すらいましたから、方言しか話せない僕も田舎者扱いされていたのです。1977年にポンピドゥ大統領が国家の威信をかけて首都パリの4区というど真ん中に創設した「ポンピドゥ・センター」は文化のプライドが国威でもある良い例です。
総工費は今の3000億円ぐらいで、年間訪問者300万人以上。立派に国の看板の役割を務めています(現在改装中)。音楽部門はあのピエール・ブーレーズが創設し所長を務めたIRCAM(フランス国立音響音楽研究所)と聞けば、クラシックに詳しい方は気合の入り具合と水準の高さをリアルにご体感いただけるでしょう。文化庁の予算は財務省に削りに削られ、都響は都政に不要と言い出す下賤な都知事が現れる我が国において、複合型アートCOMPLEXの建造に3000億円予算をつけると政治家が主張すれば真っ先に落選でしょう。かようなまでにアートに対して貧困な発想の国で生まれ育っている我々が、サイヒロコさんに与えられたフランス国家の敬意と恩賞にシンパシーを覚えるのは難しいかもしれませんが、このままでは日本が世界の一等国と誇るのは難しいでしょう。
余談になりますが、そうであるからこそ皇室の存在は絶対かつ不可侵の日本固有の本源的価値であり、王室を自ら廃絶し変革を選択したフランスを批判する者はいませんし、自ら伝統を選択しているわが国を他国にどうこう言われる筋合いもありません。どちらが正しいかという設問は存在せず、我々は2000年前からこうしており2000年後もこうしているだろうで5秒で終わりです。この盤石の主張に竿をさせる者は地球上どこにもおりません。つまり皇位継承問題への対応策は原理原則を変えないことに尽きます。なぜ男系男子なのかはなぜイタリア半島にカトリック教会の最高指導者がいるのかと同様2000年前からそうだというだけで論点にすらになりません。これで日本国、日本人の尊厳とプライドと国威は永遠に守れます。日本国籍を持ちながらそれこそが困るのだという人たちが必死に抵抗していますが、皇室はそんな方々のためにあるのではなく、日本人であるなら皇室こそ大切にしていただかなくてはなりません。防衛力の問題は本件とは別ですが、皇室の位置づけが変わり国民が日本人であることに尊厳、プライド、国威の感情を抱けなくなることは防衛装備品の拡充では補えぬ国力の甚大な棄損となります。日本が軍国主義化していると騒ぐ輩もおりますが、戦争のリスクはそうなったときに高まるのであって、言ってることが本末転倒です。
あの日帰宅して、彼女の作品がフランスで驚くほどの評価を受けてきた証拠、すなわち仏芸術院賞(アカデミー・デ・ボザール賞)、国際文化芸術賞などの受賞、および、ご自身もフランス科学芸術創造協会代表、EU文化交流センター議長等に就任されている事実を知りました。もちろん人の実力、真の評価というのは肩書だけでは判断がつきません。コネやカネで買える場合もあるからです。だからこそ、「誰が書面でほめているか」は信頼できるのです。なぜなら認めた方も自分の信用をかけている。ほめるに足らぬ人を公にほめてしまえば自分の信用も公になくなるからです。初入国のエピソードの後、彼女がアーティストとしてどのレベルまで階段を登られたかは、そのポンピドゥ・センター創設者ブレーズ・ゴチエ氏のこの言葉が雄弁に語っています。
この推薦文は強力です。氏は彼女が将来にわたって発揮する能力が社会を変革するだろうと予知している。しかし、それだけです。歴史に5人しかいない1人とはゴチエ氏の社会的地位からすれば勇気ある発言ですが、氏は「人」ではなく「力」を見ており、サイヒロコさんのその点におけるマグニチュードを評価しているのであり、国籍や性別や宗教などの属性、知名度や実績がいかなるものかは一顧だにしておりません。これを見て僕は、何と清々しく正々堂々とした人だろうと感じるのです。世界中を歩いてたくさんの優れた人とお会いしてきましたが、真のインテリとはこういうものです。そして、非常に重要なことは、これだけの人物がそこまで評価しているサイヒロコとは何者だろうとなる。これこそがこの推薦文のパワーの核心なのです。
残念なことに日本でこのような人物はあまり見かけません。 99%の人は、名前きいたことあるか?地元の評判は?学歴は?先生は?交友関係は?受賞歴は?代表作は?役職は?なんてことを丹念に調べあげ、人品骨柄まで調査することを、そのアーティストの作品を虚心坦懐に鑑賞することより10倍も優先し、熟慮に熟慮を重ねた結果として満を持して「推薦します」なんてやる。そしてそのアーティストの作品を好きですか嫌いですかのアンケートを取ると 50%以上の人が「わからない」と回答する。これがおおむね日本のアート界の悲しい姿でしょう。そこに「彼女は歴史上5人しかいない天才のひとりだ」なんて評論家が現れるとにわかに怪しいぞという空気になって、そのステートメントが真実か虚偽か検証しようなどという真っ当な精神も雲散霧消し、安全策として誰も見向きもしなくなる。仮に日本でアートを国策にしようとでも思えばこの風土は甚大な障害なのですが、 50%以上いるであろうアートのわからない人にとってはスーパーの野菜の値引きの方が大事なのです。国民経済の不調が続きそれが仕方ないのであれば、わかる50%の人に対し正しい情報とまっとうな評論を提供するのは日本が文化国家として成熟していく前提条件でしょう。
サイヒロコさんの主要作品はこちらで見ることができます。
http://サイヒロコ 国連環境アーティスト 経歴・作品集
ここにひとつ貼ってみます。
後日談があり、「作品をお見せするので横浜においでください」と連絡をいただき、ビジネスパートナーのN氏と連れだってこの週末に行ってきました。みなとみらいのランドマーク・タワーに描かれている2フロアにまたがる壁画は市民にはおなじみで、彼女の代表作のひとつです。
作品はかように日本人離れしたスケールである。制作にかかると「どこからか音楽が聞こえてきて、500メートルの巨大な壁画も歌いながら3日で完成します」とのこと、この人は発想も創造も実行力も、日本人を根底から変える大きなパワーに恵まれています。実物を見ないとわからないものでしょうが、その作品は規格外のサイズであって絵画というよりアーティスティックな常設の構造物と呼ぶべきものでしょう。
例えばこの作品は国連ユネスコ本部50周年記念作品で、永久保存となった全長なんと500mのメッセージアートです。こんな壮大な作品を作った日本人はまずいないだろうし、そもそも作ろうと思うこと自体が日本人のちまちました思考のフレームワークをぶち壊しています。社会を変革する力を持つとはそういうことです。大志を抱くべき多くの日本の若者たちに、彼女のアートをぜひライブで体感していただきたいものです。
僕は入国ビザも持たずにやってきた彼女の出現は、パリにとって第2のストラヴィスキーだったのではないかと想像しています。ポンピドゥ・センターは構成する数々のビルディング自体がアート作品になっており、まさに彼女同様に、建造物がアーティスティックな常設の構造物と呼ぶべき存在であります。完成当初は「醜悪」と酷評されたが次第にそれが個性として定着して行った姿は、音楽なら、20世紀初頭に突如として出現したストラヴィンスキーの「春の祭典」の初演がシャンゼリゼ劇場でブーイングの大嵐を引き起こしたが、今は学生オケでも達者に演奏できるほどポップ化しているのと似ているではないですか。
ちなみにポンピドゥ・センターのすぐ横に「イゴール・ストラヴィンスキー広場(Place Igor-Stravinsky)」があります。中央にストラヴィンスキー噴水があり、その地下にIRCAMがあるという構造になっている。
この背景には、
ストラヴィンスキー=20世紀音楽の革新者
ポンピドゥ・センター=20世紀芸術の革新拠点
という思想的な対応関係が指摘されており、前述のようにピエール・ブーレーズがIRCAM創立者で初代所長(退任後は名誉総裁)であり、1969年にCBSに録音したクリーブランド管弦楽団との「春の祭典」は、こと音楽に限らず、僕の思考体系全体に甚大な影響を刻印したわけです。これぞまさに、「社会と深く結びついてこれを変革する力を持ったものでなければアーティストとは呼ばない」というゴチエ氏の言葉の正統性が僕の中で証明されたと強く感じるのです。
週末に横浜での待ち合わせ場所となった馬車道の BankPark YOKOHAMAは圧巻でした。来年3月から9月にグリーン・エキスポ(横浜花博2027)が開催されますが、この歴史的建造物は主要プラットフォームのひとつとなりサイヒロコさんがアートディレクターとしてオリジナル作品を制作されるそうです。オーナーともお会いでき、エキスポに関する横浜の思い入れなど興味深い話を聞かせていただきました。BankParkはもともと渋沢栄一がつくった国立第一銀行横浜支店であり、内部は今はカフェになっていますが天井は吹き抜けでとても高く、どんなアート空間が展開されるのか楽しみでしかありません。奥の方に目をやると、頂いたパンフレットで見覚えのある巨大な絵画が壁にかかっています。
春の祭典のイメージが浮かんできます。そしてこれはポンピドゥ・センターと関係ある作品です。どこか繋がる。横浜は先祖の地縁が深い場所であり、オーナーさんは「今日は呼ばれましたね」と静かに微笑まれました。
Categories:______ストラヴィンスキー, 絵画, 若者に教えたいこと










