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クラシック徒然草-作曲家が曲をどう思いつくか-

2015 DEC 15 11:11:40 am by 東 賢太郎

轟音を立てて流れ落ちるナイアガラの滝を前に、5分間も立ち尽くしたドヴォルザークは、何かに憑かれたように、

「神よ、これはロ短調交響曲になるでしょう」

と叫んだ。その35年後に同じ景色を見たモーリス・ラヴェルは、

「なんて荘厳な変ロ長調だろう!」

と言った。

 

作曲家が曲をどう思いつくかは謎だ。

何が謎か?

①頭の中で「楽音」が鳴ることが必要である。ドレミファ・・・で。そうでないと楽譜に書きようがない。つまり作曲家は書くべきものを頭で正確に聴いていると思われる。

②次に、頭に入ってないものが鳴ることはないということだ。クラシックをきいたことがない人がモーツァルトのような旋律やチャイコフスキーのような和声を思いつく確率は、猫がピアノの鍵盤を歩いたらショパンの曲に聞こえましたという確率と変わらないだろう。

③次に、頭に入っている他人の曲がそのまま出てきたら、それは自分の曲でないということだ。

つまり、頭の中で、他人の曲が、まだ世の中にないものに変換されて鳴り、それを楽譜に書きとる。それができる人だけが「作曲家」と定義されるわけだ。

謎はその「変換」のプロセスにある。それがどういう化学変化なのか?どうして「魔笛」になり、「くるみ割り人形」になったのか?それはアインシュタインがどうして一般相対性理論を考えついたかと変わりない人間の脳の謎である。

興味深い実例がある。

ジャズピアニストのエロール・ガーナー(1921-77)はニューヨークからシカゴへ飛行中にある魅力的なメロディーを思いついた。突然に「変換」がおこったのだ。しかし彼は楽譜の読み書きができず、機内で曲を記録できなかったため曲を反芻し続け、ホテルのピアノで弾きテープレコーダーで録音した(wikipediaより要約)。

この曲がスタンダードナンバーになっている名曲「ミスティ」(Misty)となったわけだが、降ってきた音楽はミスト(霧)というよりも雪の結晶のようにまたたく間に消えていく運命なのかもしれない。だからベートーベンはいつも音楽帳をもってそれを記録していたのだろう。

これがガーナー自身が弾いたミスティである。とても楽譜が書けないとは思えないが。

このメロディ、2小節目でもう転調してしまう。題名、歌詞は後づけなので純粋に音だけを思いついた。彼が「魅力的」と思ったのはこの転調かもしれない。これはCmaj7, Gm9, Fm9という予想外のプログレッションでb♭-a、a♭-gの長7度の飛躍をする。

このメロディーのツボが書きとれなかったのだろうか?でも書けなくても降ってきた。そして彼の心の耳は正確に、音程を和声を、聴いていた。書きとることより聴けることが第一ということだ。

聴けることが大事なら、まず他人のものを聴くしかない。ガーナーは子供のころジャズやクラシックのレコードを聴きまくったそうだ。しかし、そうして耳年増になれば誰にも「降ってくる」のだろうか?

その聴音力についてガーナーは超人的で、エミール・ギレリスのコンサートへ行って聴いた曲(何かは不明)を「耳コピ」したらしい。モーツァルトのそれが超人的だったのはいくつかの楽譜と証言で事実とされている。

語学のマスターが速く何か国語も話せる人がいるが、それも基本は耳コピ能力だろう。ということは音楽の聴音力と関連があるかもしれない。ちなみにルロイ・アンダーソンは9か国語を理解したらしい。

外国語を咀嚼した頭脳が教科書の例文ではなく、自分のオリジナルなセンテンスを導き出せるように、モーツァルトの音楽の語彙、文法に習熟した頭脳がその言語で新しい文章を思いつくというのは十分可能と思われる。

つまり、作曲というのは、英語を母国語としない者が、夢の中で寝言で「何かあらぬこと」を口走り、それがちゃんとした語彙と文法と発音のクイーンズ・イングリッシュになっていた、という体の物であろう。

そういうことが英語を覚醒時に母国語のように駆使できない者におきることはまったくもって想像できないわけで、このことは音楽においては楽器を自在に弾きまくれることに相当する。ガーナーの事例はまさにそれを示していると思われる。

つまり、佐村河内のようにピアノも弾けない者にベートーベンのような語彙、文法の曲が降ってくることは物理的にあり得ないわけで、あの事件は彼の耳が聞こえるかどうかなどはどうでもよく、ピアノが弾けない時点で嘘だとわかった話をその物理がわからない者たちが大山鳴動したという騒動だったのである。

ミスティは名曲と思う。歌で一番好きなのはこのエラ・フィッツジェラルド。彼女の音感はすばらしい。

最後にヘンリー・マンシーニ。このオーケストレーションは彼のもの。ホルンが吹く対旋律が「らしい」。

 

(こちらもどうぞ)

ヘンリー・マンシーニ 「刑事コロンボのテーマ」

 

 

 

 

 

 

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