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エラリー・クイーン「Yの悲劇」

2014 JAN 28 19:19:22 pm by 東 賢太郎

クイーンの「オランダ靴の謎」は数学でいえば

「解法の美しさ」・・・①

を味わえる古典として僕はベスト1に挙げたいものです。しかし本格派ミステリーにはもう一方で、

「解答の意外性」・・・②で勝負という流派がありますね。これには大別して

「意外な真犯人」・・・・②-A                                  「意外な動機」・・・・②-B                                 「意外な犯行方法」・・・・②-C

があると思います。TVのサスペンスものはほぼ無理やりAにもっていくだけの勝負で、①のロジック性は話がこみいるので回避されている感じがします。①と②とどっちが大事かと言われれば、僕の趣味からは断然①なのですが。

Aの最高峰はアガサ・クリスティの「アクロイド殺人事件」で、それに匹敵するインパクトがあるのがウィリアム・アイリッシュの「幻の女」でしょう。次点がヴァン・ダインの「グリーン家殺人事件」、やはりクリスティの「オリエント急行殺人事件」でしょうか。いずれも古典的名作ですが、意外性探求のあまり①が弱いので本格派というには当たらないと僕は思います。

その反対に、①に重点があって②はそれほどメインではないという作風の人も現れます。英国人のコリン・デクスターの「キドリントンから消えた娘」は解法のロジックに徹底してこだわったいかにも英国人らしい作品です。犯人の意外性は特に狙っていないので読後も印象が薄く、僕は犯人が誰だったかすっかり忘れてしまっていたので楽しく再読することができたという意味でも非常に異色の名作と言えましょう。

①とAを両立させるのは大変困難であり、その反動でしょうか、探偵が足で歩いて新たな事実を読者と一緒に発見しつつBやCを経てAにたどり着くという流儀がフリーマン・ウィルス・クロフツの「樽」を始祖として生まれ、結果の意外性よりもプロセスのサスペンスに楽しみの重点が移ります。そのほうが捜査過程の現実味が加味されて①のパズル的な無機性が緩和されるという利点があり、やがて社会派という流派ができました。松本清張はその末裔と言っていいでしょう。

①とAを両立させることが比較的うまくできていると感じた作品がウイリアム・L・デアンドリアの「ホッグ連続殺人」であります。クリスティの某著名作品のリ・アレンジではありますが「トリックに対するロジックに忠実」という意味でロジカルであり、そのためにマニアには途中で犯人がわかる。全然違うパターンですがイーデン・フィルポッツの「赤毛のレドメイン家」はトリックではなく「作者が誰を犯人にしたがっているか」という著作動機を感知すると自然と犯人がわかる。①とAの両立はそれほどに困難なので、そういうほつれが出てしまうのだと理解しています。

僕が読んだ限りではありますが、①とAの両立がうまくできている作品はクィーンの「エジプト十字架の謎」であります。しかし上には上があって、①とAの両立どころか、「①とA・B・Cの全部」を同時に達成してしまった奇跡的な作品が一つだけあります。それがエラリー・クイーンの「Yの悲劇」であります。4打数2安打ですら難しいところに4打数4安打!しかも巧みな舞台設定で絶大なサスペンスあり!この作品を中学時代に読んだ時の衝撃は今もって忘れることはできません。本作はなんとなく名作と扱われていて常に人気ランキング上位にくるのですが、理由があるということです。

そんな名品を第2作とするバーナビー・ロス名義の「4部作」。Xの悲劇,Yの悲劇,Zの悲劇と3つ続いて「レーン最後の事件」で強烈などんでん返しを食った時の鮮烈な驚きは最高で、これらは4部作としてこの順番で読まれることが必須です。クラシック音楽に造詣の深かったクィーン(フレデリック・ダネイとマンフレッド・リーの共作)がラインの黄金、ワルキューレ、ジークフリート、神々の黄昏の4つのオペラをまとめて「ニーベルンゲンの指輪」という4部作にしたリヒャルト・ワーグナーを知らなかったはずはなく、僕は2人がミステリーの金字塔を打ち立てようとこれを意識したものと思っています。

 

(補遺、16年1月21日)

最近読んだ中で最高に面白かったのは「その女 アレックス」(ピエール・ルメートル、文春文庫)であります。殺しの描写がかなりどぎついがそれは万事にわたってリアリズムの極致ということであり、場面展開のテンポが素晴らしくよく、一気に読み切りました。殺人の動機がわからないサスペンスの盛り上げが実にうまい。傑作です。

ネタバレにならないことを祈りますが、このプロットで真っ先に思い出したのが「歯と爪」(ビル・S・バリンジャー)ですね。一度読んだが読みかえしてしまいました。昭和30年頃の作品ですがカットバック手法の切れ味が抜群で文体、レトリックの無駄を切り詰めた美は文学としても一級品である。結末は知っていたわけですが、初めてだと意外性充分ですね。「ここでやめたら返金します」という挑戦には負けるしかないでしょう。

 

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ネコと鏡とミステリー

 

 

Categories:______ミステリー, 読書録

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