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荒井由美 「14番目の月」

2015 JAN 3 7:07:30 am by 東 賢太郎

この2年、都合がつかなくて大学のクラス会を失礼している。年賀状はめんどうだが、こういうときにいいなと思った。最近どうも駒場が懐かしくてしかたない。たまたま乗った井の頭線をふらっと降りて構内をぶらぶら歩いてみたが、夢みたいに楽しい日々だったことを思い出した。とにかく若かったから。

あの頃よくきいていたポップスが荒井由美だ。一見僕のような体育会硬派には向かない女の子の歌であったが、彼女のメロディーラインとコード進行のすばらしさは天才としかいいようがない。全部きいたわけでないし松任谷になってからのはあまり知らないが、それでもユーミン・ファンであることを僕は何のためらいもなく宣言したい。

41EK979J5DL僕が好きを通りこして神聖視している曲はアルバム「14番目の月」の最初にはいっている「さざ波」である。ハ長調。和声的に特に変わったことは起きないが、なにせこのハ長調というのがドミソシレと7度、9度入りである。いや主部はきれいなドミソは出てこず7と9の濁りを含んだ曖昧なカラーで染まっている。これがサビでCm,Fm,B♭,E♭と清明な三和音になるといっとき晴れた冬空のようになるが、再び7の和音が戻って来てE♭7,A♭maj7,Fm7と空は曇りはじめ、曖昧なD♭maj7から一気に増4度下のGsus4+7に落っこちて原調(Cmaj7+9)に帰ると、元の曖昧模糊の霧の世界に戻る。 

本人のはないのでカバー。

                                        

秋の光にきらめきながら

指のすきまを逃げてくさざなみ

二人で行った演奏会が

始まる前の弦の響きのよう

 

演奏会が始まる前の模糊としたチューニングの弦の響き!そこににポエジーを感じるというのはなかなか男の感性では難しいなと思って聴いていた記憶がある。彼女はまだ鳴っていない音楽を聴いている。それが7と9の和音のぼんやり霧がかかった世界と絶妙にコラボしているように思う。

バックのドラムス(Mike Baird)、ベース( Leland Sklar)も見事であり、クラシックな味を添えるヴァイオリンとコーラスのセンスも非常にいい。しかしなんといってもこのピアノ・パートを書いたのが勝利である。何度きいても飽きることがなく真のクラシックのレベルにある音楽だ。器楽的な歌だが乾いた声が曲想にあっており、この曲はピアノで弾くと最高に楽しい。

もう一つだけ挙げれば5曲目の「中央フリーウエイ」である。「さざ波」もそうだが、こちらも歌詞のポエティックな雰囲気を見事にとらえた曲想になっている。初めて聴いたとき冒頭のコード進行にいきなり驚いた。

中央フリーウェイ~とFmaj7で始まる。この和音がしばらく鳴り7thのわくわく感が提示されるが、すぐにdim(減三和音)が2度も入って不安、どきどき感もまじえたフレーズがCdim,D7,Gm7,C#dim,C7とくるくる変わるコードに乗り、あれよあれよという間にFm7!と同名短調に来てしまう。この和音がまたしばらく鳴るが、早くもふたりは遠い世界に来てしまったねという感じが和音であらわされる!すごい。まさに流星になったみたいだ。

このめまぐるしいコードの変転。夜のしじまの中央高速を走り抜ける車の窓を競馬場がビール工場がどんどん現れ消えていく感じそのものでもある。それをコードプログレッションで描いてしまうというのは実に斬新、天才的だ。バックのオーケストレーションも歌詞のムードを絶妙に醸し出しており一級品の水準である。

一般論になるが、彼女のコードと転調は創意にあふれているが複雑な組成の音はない。メロディーラインは五音音階風だったり日本人の感性にフィットしている。バタ臭さのなさと洋風のオシャレなソフィスティケーション。このミックスはチャイコフスキーの第1ピアノ協奏曲のテーマの秘密だ(同曲ブログ参照)。それが音楽面での彼女の人気の秘密。こういう発想ができる、相当ピアノがうまいんだろうなと思う。

ところで娘が歌を書きたいというのでこのアルバムとハイファイセットのCDを与えた。「耳コピーで全曲ピアノで正確に弾くこと」といって。事を成すにはまず先人に学べだ。彼女らはショパンのバラードぐらいは弾ける。でも自分の曲を書くのに楽譜はない。お父さんは後者の「メモランダム」の和音がコピーできない頼むねといってある。

 

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米国放浪記(2)

 

 

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