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ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(8)

2015 APR 14 3:03:58 am by 東 賢太郎

ブラームス2番の聴き比べ、これで8稿目になります。

今回は趣向を変えましょう。ブラームスの2番について述べるのにこのレコードについてふれなければ自分史という観点で背任になってしまう、そのぐらい僕に決定的な影響を与えたのがこのベルナルド・ハイティンク /  アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団のLPでした。haitink

大学に入った年75年にこれが新譜で出たさいに音楽評論家の大木正興さんが激賞したのがこれとチャイコフスキー5番だったのをよく覚えています。当時僕はレコード芸術誌の大木さんの文章を熟読していて、ドイツ的なるもの、本質的、精神的(形而上)なるものへの肯定とショーマンシップ、表層的、商業的なるものへの蔑視という価値観に深く共鳴していました。

どうしてこのレコードに興味を持ったかといいますと、単に大木さんが誉めたからではありません。それまで大木さんはハイティンクをぼろかすに貶(けな)していた急先鋒だったからなのです。その君子豹変ぶりが意外で、一体どうしたんだという興味から聴いてみようとなり、これとチャイコフスキー5番をすぐ買いました。

果たして、スピーカーから流れ出た音楽はそんな経緯はどうあれ僕の耳に問答無用で心地よく、それまで聴いていたワルター/コロンビアSOよりも良く、これこそが俺の好みなんだと確信しました。そうしてハイティンクを聴きこんだ結果、僕にとってブラームスの2番とはまぎれもなくこれとなったのです。

これがそうして刷り込まれた演奏だということは、それから40年の歳月を経てもう自分の中で自覚できなくなっています。しかし、今回のきき比べをするうちに「終楽章コーダのアッチェレランド」の問題がどうしてもひっかかってきます。僕はどうもそこでの加速が蛇蝎のように嫌いなのです。それがこのハイティンク盤と深くかかわっていることは後述しましょう。

スコアにaccelerandoと書いてないという原典主義的な理由ではなく、とにかく蛇蝎より蜘蛛より嫌いである、これはもう生理的なものです。困ったことにこれが曲全体のフィナーレなものですから、これをやられてしまうといくらそこまでいいぞと思っていても感動が台無しになるのです。9回裏ツーアウトから逆転サヨナラホームランを食らうようなものですね。

今回書いてきたものでそれがいかに多いかお分かりいただけますでしょうか。だから僕は2番のコンサートは敬遠しています。サヨナラ負けの可能性多いですし指揮者に先に「かけます?」なんてきけませんしね。アバドとアルブレヒトだけでした、良かったの。

それがコーダのどこのことか?加速できる可能性のある個所は4つあります。第1ヴァイオリンのパートで見てみましょう。

まずここです・・・①(pからsfまで)

bra2 4

次にここです・・・②(cresc .からffの前まで)

bra2 5

ここでトロンボーンの下降が入ります。そして次にここ・・・③

bra2 2

ちなみにこれが最後に来るトランペットのパートです・・・④

bra2 3

①のフレーズは4-5小節の3つの二分音符でテンポにブレーキがかかることがほとんどです。だから6小節目のpの「入り」は遅く、そして最後の最後である④はほとんどの場合、①の入りよりは速いのです。

ということは①②③④のどれかで加速しなくてはなりません

まず①です。4-5小節の3つの二分音符にアクセント記号(> )がついていて各音を重く強い音で弾く指示なのでテンポを落して行われるのは自然です。最後のsfに向けて今度は増音(クレッシェンド)していく過程で漸強、漸弱(< >)の呼吸を3回はさんで興奮が高まり、それはVnの音高がオクターヴ高くなる最後の4小節で最高潮に達します。

この過程で落としたテンポを速くしていく、これは弦を重く弾く奏法の物理的原則によって速度が落ちたものを①の1-3小節までの速いテンポに復元する行為であって、ここにaccelerando(アッチェレランド)と書いてなくても加速が行われることは、二分音符に rallentando (徐々に遅く)と書いてないのに遅くなったことの裏返しです。

ちなみにハイティンクは二分音符でやや多めに減速していますから、インテンポ派の指揮者のなかでは①の加速も必然として多めで、それは最後の4小節で来ます。しかしそれが最高潮に達する音楽の摂理とあいまって外面的には感じられずに興奮を高める効果を上げているのが見事です。

そして問題の②です。ここで加速するとなるとそれはテンポの回復ではなく本当のアッチェレランドであり、スコアにそう書いてないことは意味を持つと思います。それに対して、cresc.とあるので①と同じだから音量増加イコール速度増加でいいだろうということか、ここで加速する人がいます。

マックス・フィードラーもフリッツ・ブッシュもハイティンクと同じ①のみ(やや振幅は小さい)であり、②の加速は僕は間違った解釈であると思っています。ベーム、トスカニーニ、ショルティ、ヴァント、アバド、ミュンシュ、ケルテスも①のみです。ムーティも①のみで、スカラ座Oとのビデオを見ると②で弦が興奮して走らないように手で制止してます。見識ですね。

クナッパーツブッシュ(ドレスデン・シュターツカペレ盤)は楽章冒頭から4つ振りで遅く異例ですが、①を準備するトゥッティ部分で加速するというのがまた異例で、他の演奏の記憶からここから終結に向けてさらに速くなる予測がよぎりますが、そうならない。その加速は①の二分音符での減速で完全に打ち消され、そこの停止感が強調されるのです。そして最後の4小節への音高上昇の興奮とともにほんの少しの加速をしますが、最後のa音に伴うsuspended 4th→A7をカデンツとしてまた減速。そしてトランペットを強奏して②の最初の4小節のフォルテの意味を際立たせ、②のクレッシェンドで微小な加速がありますがほぼ無しに等しく、つまり堂々たるインテンポでティンパニを強打して終わります。実に深い読みであり、ブラームスの直伝の解釈をうかがわせる可能性のある演奏として注目します。

一方、フルトヴェングラーは二分音符の減速がほとんどなくスタート地点のpから速い上に、まず①で加速、そして②でさらに加速、③まで二分休符で前のめって④になだれこむという3段ロケット方式で、とうてい僕には耐えられませんしブラームスも認容しなかったろうと信じます。

バーンスタインは奇妙で旧盤(NYPO)もVPO盤も①は最後に減速!し、②で加速しますが僅少でそのままゴールインします。これをVPOにさせられるのは彼ぐらいでしょう。ケンペは①がなくて②だけであり、これは全く賛同できません。③だけというのはクレンペラーです。①④もほんの少しありますが②でやってないのは見識です。

珍しい派としては④というのがあって朝比奈/大フィルは①がなく②でやって③がなくさらに④の前でやる。ミュンシュは①-③はなく④だけという希少派です。べイヌムが①と④であり、先輩の影響かオケの伝統かハイティンクもほんの微妙ですが④でかけています。

ティーレマンは①だけですが一気に超快速に持っていってしまうので②③④がいらないという作戦です。①は二分音符前のテンポに回復するのが音楽の摂理であり人工的というしかありません。カルロス・クライバーは①+②派ですが減速が少なかった分だけ加速も少なく済んでます。ワルター/NYPO、ムラヴィンスキー東京ライブは明確に①+②です。後者はオケがとても下手で高いカネを払った人が気の毒です。

カラヤン/BPOは減速が少なく、そのぶん①②の加速もほとんどないインテンポ派であり、堂々たる王者の風格といえましょう。カラヤンを表面的と評する人が多かったですが、そういう人がだいたい信奉するフルトヴェングラーの方がよほど表面的と思います。カラヤンをさらに遅くしたのがチェリビダッケです(スコアどおり減速なし)。それで終わりまで持っていくのは凄味すらあります。

以上まとめますと、このシリーズで僕が終楽章のコーダにいちゃもんをつけているのは②の加速だということです。なぜなら②の背景ではオーボエ、クラリネット、トロンボーン、チューバによる素晴らしい劇的な和声のドラマが展開しているのです。それなのに加速で興奮をあおってその効果を減殺するなどもってのほか。ここのインテンポはマストです。

書いている時にその判断基準はなかったのですが、「①のみ派」のベーム、トスカニーニ、ショルティ、ヴァント、アバド、ミュンシュ、ケルテスに概ね好意的なことを記しているのはいま思うとその大減点がないからと思われます(こういうことは自分でもあとから分析してわかるというものです)。

そして、冒頭に戻りますが、その趣味ができたのはハイティンク盤を聴きこんだからです。それにより曲だけでなくコンセルトヘボウというオケとホールの音響の魅力まで覚えたので、僕のクラシック音楽のテーストに甚大な影響があったはずです。こういうことも自分ではわからない。あとになってこうやって検証して、傍証を得て、初めて推察ができるという性質のものです。

だから初心者の方に申し上げたいのは、もし真剣にクラシックと一生つき合っていこうという志をお立てならば「最初に曲を覚える演奏は大事だよ」ということです。それが無意識のうちに「おふくろの味」になってしまうからです。僕はこのハイティンクの2番でブラームス入門、コンセルトヘボウ入門を果たしましたが、演奏のクオリティの高さ、品格、音質、どれをとっても今もってまぎれもなくベストの選択でした。それは大木正興さんというその道をきわめた達人がおられ、何も考えずに彼に従った、まあ僕にしては例外的に素直だったこと、それが人生でラッキーだったと思います。

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僕のブラームス入門に追い打ちをかけて決定的な影響があったのはフルトヴェングラー指揮の交響曲第1番だったのですが、その神と仰いだ指揮者が2番ではご覧のとおりぼろかすに書くしかないというのも不思議なところです。しかし大木さんのような専門家でも、ハイティンクの評価は180度変わりました。自分の耳に正直であるという虚飾のない姿勢は立派ですし、音楽鑑賞に限らず万事そうあるべきと勉強になったものです。ちなみに1,3,4番では僕はハイティンク盤をここまで信奉しているわけではありません。

ハイティンクの2番を今聴くとシューマンの3番の稿に書いたことがそのまま当てはまります。彼はこの後に別なオケ(BSO、LSO)でも同曲を録音しましたが、ブラームスに最もふさわしいPhilips録音があの名ホールでACOの真髄をとらえたこれ以上にいいとはどうしても思えず未だに浮気する気も起きません。僕にはこれとカイルベルト盤とが双璧であります。(総合点 : 5+)

 

ちなみに、ライブのエアチェックなので本文ではご紹介しませんでしたが以上書いたことをほぼ完ぺきに満たすアポロ的均整をもったマックス・ルドルフ指揮ナショナル交響楽団の演奏をご紹介します。この演奏は僕がウォートンスクールに留学中にフィラデルフィアのWFLNで放送されたもので、そこでしか聴けなかった超レアものです。ルドルフは4番は商業録音がありますが2番はありません。このライブのオンエアは1984年ですが演奏がこの年だった保証はありません。当時なけなしの金で買った安物のカセットで録音したもので音は良くないし、30年も倉庫で眠っていたテープなので固有の音揺れがありますが、僕にとっては値千金で隅々まで記憶している思い出深い演奏です(ちなみにMov4コーダにフルートの残念なミスがあります)。

 

P.S.

「バーンスタインの①の終結での減速」について

僕の推測ですが、最後の二分音符(a)についているA7sus4というコードに対する反応なのではないかと考えています。Ddurのドミナントのsuspended 4th→A7というカデンツと彼は解釈しているのではないかということです。だからここは減速したわけではなく、和声構造からくる帰結としての「終結」なのかなと(追記:後に分かったが、上記のとおり、これはブラームス直伝のクナッパーツブッシュに前例があります)。

たしかにそう見るとブラームスがここにフルート、オーボエ、第4ホルン、ヴィオラでd→ cisを書きこんだのは、そこでsfで鳴っているaの音価のなかでドミナントへの解決を強調し、次のトニックへのD→Tのカデンツの安定感、回帰感を際立たせるためと見ることも可能なように思います。ここに加速してつっこんでくるとaの音価が短くてそれは得られにくいと僕も思います。

このことはバーンスタインと話してみたかったですね。彼はエモーショナルな感性が勝った音楽家のように思われていますし、実際に話してみてそういう側面が見えたのは事実ですが、僕は彼の指揮を聴くといつも作曲家としての目線と理性のほうを強く感じます。

この部分はその一例で、感性による思いつきでそうしているのではなく、ロジカルにスコアを読んでるなと感じます。そしてブラームスのような微細に緻密に細部にこだわる人が意味なくサスペンディッドのコードを書きこんだはずはないとも感じるのです。

ちなみにトスカニーニは①を多少の加速をしながらa音に突入しますが、4拍目のトランペットのa音をタメを作って強く長めに吹かせることで「疑似終結感」を出すという高等技術でブラームスの書いたサスペンディッド・コードへの義理を果たしています。なんとなく罪悪感があったんでしょうか(笑)とても面白い。

そこで終結感を出すと②の加速でそれを取り戻したくなるでしょう。②の加速はそういう誘惑に負けた人の妥協策にきこえる場合もあります。しかし、トスカニーニはそれを全くしませんしバーンスタインもほんのわずかです。

それは上述のように大事な転調の場面で(だからコーダで鳴り続けのD、Tをたたくティンパニがここだけは沈黙する)テンポ変化という非常に劇薬的効果のある余計なことを同時にしたくないという、いちいち言わなくても了解される演奏家の良心みたいなものではないでしょうか。こういう人たちはプロ中のプロだなと思います。

(つづきはこちらへ)

ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(9)

ブラームス博士は語る(交響曲第2番終楽章のテンポ)

 

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