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クラシック徒然草-モーツァルトのピアノソナタ K330はオペラである-

2015 OCT 1 12:12:57 pm by 東 賢太郎

モーツァルトのソナタほどピアニストにとって怖いものはないでしょう。本人がそう思うかどうかに関わらず、聴衆はリトマス試験紙を見るようにその人の本質を知ってしまいます。シンプルでごまかしがきかないからです。シューマンやブラームスを聴いていいなと思った人のモーツァルトを耳にしてがっかりということは何度もあります。

じゃあ良いモーツァルトはどういうものか?

一言で表せば、ずっと聞いていたいかどうかでしょうか。凡庸な演奏は1分で飽きてしまいますが、良い物は1時間でも2時間でも楽しくてしかたありません。曲に大仕掛けな装飾を施す余地がないので、着物でいえば生地の質だけの勝負になってしまうのですね。安物の生地に綺麗な紋様をいれたところで無駄です。

では自己主張の余地はないかというと、そうではないのが不思議なところで、主義主張を明確にしている演奏はいくらもあります。僕はこのエリー・ナイ女史のk.330が気に入ってます。

まるでオペラです!右手の饒舌なこと、これはプリマというよりちょっとお転婆でコケティッシュなスーヴレットです。早口で左手(男)に語りかけ、歌い、テンポルバートすると左手がこたえる。舞台が見えてきます。極めてユニーク。テンポの微妙な振幅もダイナミクスの変化も、いわばやりたい放題ですがちっとも嫌味にならずちゃんとモーツァルトになってしまう。名人の至芸なのですが、ひとえにピアノが物凄くうまいからできることであって、最晩年、80才のおばあちゃんになっての録音だから多少指がもつれてますが、「うまい」とはそういうことじゃないんです。彼女が人生で積み上げてきた音楽が透かし彫りのように如実に出てしまう。モーツァルトは怖いのです。

同じk.330をリリー・クラウスで聴いてみましょう。

これもうまい。世評が非常に高い美演であります。エリー・ナイよりはおしとやかでスタンダードな表現ですが、やはりオペラに通じるモーツァルトの遊び心を球を転がすような右手のパッセージがくみとっており、第2楽章の悲しみはこれが一番深いですね。こっちはスーヴレットでなくプリマに聞こえるのが面白い。タッチの使い分けは神品で、ナイはデスピーナひとりがしゃべり続けるのですがクラウスはフィオルディリージもドラベッラも出てくる感じです。

次は内田光子です。

やはりリズムとタッチの美しさが際立っており、感情の起伏までテンポの伸縮と同期して聴き始めると引き込まれてしまいますが、ナイ、クラウスを聴くと右手(ソプラノ声部)がルバートせずあまりに完璧に流れの枠にはまってしまうのでオペラよりオーケストラ的に聞こえます。k.309は音楽自体が遊んでくれるので内田のストイックなアプローチが活きますが、k.330はピアニストが自分の性格でオペラのキャラクターになって遊ばないといけない音楽なんです。

内田はタッチの魔法という技術があるのでそれでも一つの完成された世界を作っていますが、それもない平均的なピアニストが弾くと「ピアノソナタ、モーツァルト風」の一丁あがりとなるのです。k.330を日本で育った日本人が弾くのは大変ですね、譜面をただ弾いても音楽になりません、ではどこまで外していいいか、どう遊べばモーツァルトらしくなるのか?フィガロや後宮やコジなど彼のオペラを自分の血肉になるまで聴くしかないんじゃないでしょうか。ナイにしてもクラウスにしても、ピアノばかり弾いてああなるとは思えないのです。

最後に、香港の天才少女、ティファニー・プーンのk.330です。10才までに数々の受賞歴があり現在はジュリアードで研鑚している期待の星で、今年のショパンコンクールに出ている注目のひとりのようです。

ショパンは聴いてませんが、これ最近の教育の傾向なんでしょうかこのモーツァルトはさっぱりだ。まあ12才の演奏ですから立派なもんなんですが、うまいへたでなく演奏のコンセプトが日本人に近いのです。このままじゃ危なかった。ニューヨークに出ていったのはいいことです。メットでオペラを聴きまくってほしいですね。そしてエリー・ナイやリリー・クラウスをじっくり聴いて。調律もしっかりしないとね、そういうのも気になるかどうかですね、僕の言う音楽の常識とは。素材は良さそうです、飛躍を期待します。

(こちらをどうぞ)

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