紀尾井町旧オフィス雑感
2018 JUN 16 2:02:49 am by 東 賢太郎
先週、某銀行の頭取が弊社ソナー・アドバイザーズ(株)をご訪問された。ノーベル賞学者のご縁がどんどん広がっている。2010年10月、起業のキの字もわからずスタートし、ひとりで便所掃除しながら倒産の影におびえていた日々。ほんの昨日のことに思えるが、今はあたかもそんなことはなかったかのように軽々と毎日が過ぎていく。
人生、必死にやった物事は幾つかあるが、この8年の海図のない航海は日々他人には見せたくない恐怖の連続であって、真綿で首を締めるようなべったりと鈍重な不安の中でもがいた辛さは過去のどれとも比較にならない。叔父はシベリア抑留経験者だったが、大変だったよとだけで多くを語らなかった。ひょっとしてそんなものだったのかもしれないと思ったりもする。
この旧オフィスを構えた時はうれしさよりも、舟を漕ぎだしてしまった、法外なことをおっぱじめてしまったという焦燥感ばかりだった。言い出しっぺだから周囲に見せられない。自信ある風を装う。日々そうして突っ張って背伸びして、それでいて何も起きないのである。資金はどんどん減る。増えるのは恐怖心ばかりだった。
ひとつだけ有難かったのは、苦しくても逃げない性格に産んでもらっていたことだ。だから耐えたという感じがない。とにかくしぶとく、狙った場所から退散せずに居続けた。そうするとやがて運が向こうからやってくるのである。僕はいつでもそうだったから今度もそうさと根拠もなく無謀に信じこむことができた。
若者に声を大にして言いたい。逃げたらだめだ。そういう人は何をやっても苦しいと逃げる。2度逃げたら3度目は苦も無く逃げる。苦しみのない人生なんてどこにもないのだから、まったく自明の理として、結局はそういう人は運もとり逃がすのである。
ここまで生きてきて、人の実力の差なんて微小なものだとつくづく思う。学識や学歴というのは、人生のパスポートではあってもソリューションではない。東大を出たら良い人生が歩めるなんてことはまったくない。それで安直に得られた幸せなどとるにも足らない。効いたのは「愚直に逃げなかったこと」だ。その気なら誰にもできる事なのである。
この事務所にぎっしり詰まった苦楽は決して卒業写真のようなノスタルジーの形をとって蘇えるわけではない、どこまでもあの「べったりと鈍重な不安」なのであって、新オフィスに移って過去のものになったわけでもぜんぜんない。今後ソナーがどんな会社になろうと、このブログに原点を示す気持ちで書いて居る。
紀尾井町WITHビルの玄関前にあったソナーのロゴだ。散々ああだこうだ絵を描いてこういうことになった。この社名は由来があるが、とにかく皆さんが自然に口にしていただけるようになった、何て有難いことだろう。
このビルの前にそびえるホテル・ ルポール麹町の地下にPIAZZAという食事処があってそこのサービスランチ(写真)の話を最後に記す。ハンバーグ、エビフライ、ナポリタン、サラダが一皿に盛り付けられ、ライス、スープがついてくるわけだが、まあ一見どうということのない洋定食である。
ところがこれがあなどれない。ハンバーグとフライは必ず作りたての熱さが保たれており美味だ、何度頼んでも見分けがつかないほど同じサイズと味であり、カップで供される玉葱コンソメスープがぬるかったことは一度もない。味だけではない、盛り付けにスキがなく、全品を30センチほどの皿に盛るにはこの分量しかないだろうというぎりぎりの凝集感すら感じてしまう。
支配人は正装で給仕もきちっとしており、オーダーストップの2時前に一人で飛び込んでも客にストレスを与えぬマナーと配慮で席に案内され、整然とことは運ぶ。ナポリタンが乗ってくるところがにくいが昔は高級品であったエビフライが2本というのがまたいい。タルタルソースが適量盛られていながら、よければどうぞとウスターソースの瓶が添えられているのも実に洒落ている。エビは衣負けした小ぶりではなく、まやかしのふにゃふにゃでもなく歯ごたえもしっかりしている。「2本」の魅力は我々の世代でないと通じないのかもしれないが。
一度お試しいただくしかないが、一言でいうなら、洋食文化にそそがれた我が国のものづくり精神の粋すら感じる一流ホテルなみの味とサービスが830円。値段まで昭和のままなのである。これを週に一度は食べていたわけで、もちろんホテル・ニューオータニから歩いてもすぐなのだから先日にぶらっと行ってみたが、やっぱりもう心持ちが違う。もはや終わったことで戻れないものはあるのだ。エビフライをほおばりながら、さて午後はあの難攻不落な案件をどう攻略しようかなと考える。そんな記憶がリアルに蘇えるが、これはもう完璧なノスタルジーに風化しているのがどこか寂しくもある。
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