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野村克也さんに感謝

2020 FEB 11 16:16:07 pm by 東 賢太郎

野村克也さんのプレー姿は実はあまり記憶にない。20も年上であり、当時は巨人戦しか放送がなかったからだろう、テレビの白黒録画のホームランシーンしか浮かんでこない。プロ野球史上初の捕手による三冠王でデータ野球の開祖でもあるから知将の印象があるが、現役時代は捕手として三味線(打席に入った打者にごちゃごちゃ話しかけて混乱させること)が有名であった。

ヤクルトの監督時代にオリックスとの日本シリーズで「首位打者のイチローを押さえることがカギだ。徹底マークして内角を攻める」と事前にマスコミで放言して意識させ、内角はボールばかり投げて外角勝負を仕掛け、2割ぐらいしか打たせずに勝った。それも「壮大な三味線」だったわけである。データ野球といってもチマチマした小技などでなく、武田信玄の啄木鳥戦法のごとき大技ができる大物監督であられた。

探すと野村さんの本は家に2冊あった。激務の中の乱読だったのでいつ読んだか覚えがなく、出版年を見てみると「負けに不思議の負けなし」は1987年だからロンドン時代、「野村の眼」(弱者の戦い)は2008年でみずほ時代だったらしい。

日本プロ野球で通算本塁打数歴代2位、通算安打数歴代2位、通算打点数歴代2位、通算打席数1位の人がテスト生で南海に入団したブルペン捕手だったのも信じられないが、しかも1年で解雇通知を受けた。そこで球団マネージャーに言い放った言葉が「もしクビなら帰りに南海電鉄に飛び込みます」だ。もちろんはったりとはいえ、そんな言葉はそうそう吐けるものではない。母子家庭でなんとか病身の母を助けたい、絶対金持ちになってやるとプロ野球に飛び込み、「野球への凄まじい執念を今日まで持ち続けたという自負」を「私が唯一誇れるもの」と書かれている。命を懸ける(懸命)とはこういうことだろう。

僕も長年懸命にビジネスマンをしてきた自負はあるし、何度かここぞという大勝負の場面はあった。たとえばロンドン時代にお客さんに「間違ったら首をやる」(I will eat my hat if I am wrong.)と何度か体を張った緊迫の場面があった。今流なら「わたし失敗しないので」であるが、英語では「だめなら帽子食います」というのだ。それが見事に失敗し、ついにお客さんに How many hats do you have? (君、帽子いくつあるの?)と失笑を買ってしまった。野村さんの身体を張ったプロフェッショナリズムに比べたらこんな懸命は甘ちゃんなものだが、英国のプロ相手に株を売る商売は日々がそれなりに勝負の場ではあって、野村さんの箴言がビシビシと体感できる6年を送れたのは有難かった。

だからだろう、いま2冊の目次を見返してみて驚いた。「エースと4番の条件は」「不真面目な優等生が大成する」「指揮官とは説得業である」「一流が一流を育てる」「天才は妥協しない」「主力に休日はない」「人の良さはプロではくせもの」「大投手の条件は打者を見下ろして投げること」「鈍感人間は最悪」「滅多に褒めない人に褒められたら嬉しい」など、何のことはない俺のポリシーだと職場で偉そうに言明していたのと同じ趣旨のことが書いてあるではないか。日々の業務の中で自然に血肉になってしまったようで、いま見返すと何やら師匠の言葉という感じがする。

引退後に住友金属で講演して1時間の予定が半分で終わってしまい冷や汗をかいたくだりがある。評論家の草柳大蔵氏に「君の経営の話なんか誰が聞きたい?なんで野球の話をしないんだ」と諭されて目がさめたそうだ。僕には野村さんの野球の話が即、人間学、心理学、経営学の話にきこえる。たいした実戦経験もない人の吹けば飛ぶような教訓話としてではなく、ドラッカーの経営学の本よりも身にこたえる。僕の野球歴は力不足と失敗のオンパレードだが、肌で感じることのできる道の頂点の方の言葉はどんな天才や偉人の言葉より重い。

「野村の眼」の最後にこうある。

自己コントロールとは、欲から入っていかに欲から離れるかにある。沈まないとジャンプできない―それが謙虚さであり、素直さである。それがなければ進歩がない。「感謝」というのは、人間形成の基本中の基本である。これが無形の力―すなわち考える力、感じる力、備える力に発展していく基である。傲慢な人間には、現状維持も伸び率もない。ただ下降線を辿っていくのみである。そしてどん底に落ちきって、気付くのである。人間の悲しい性である。

いま、僕はやっとこの言葉が理解できる年になっているようだ。

お会いしたことのない方が亡くなってこんなに涙したことはない。若い頃ぜんぜんぱっとしない人間だった僕にとって2冊のご著書は羅針盤であり、テスト生からあそこまで昇られた野村さんの言葉にそれほど頼っていたことにいま初めて気がついた。苦しい時に勇気づけていただき、心よりの感謝の気持ちしかございません。

天国で奥様とご一緒に、どうぞ安らかにお休みください。

 

雲ひとつない快晴の日

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