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履正社高校の敗戦に見た失敗の本質

2026 AUG 16 17:17:45 pm by 東 賢太郎

甲子園の大阪代表というとPL学園時代が長らくあり、廃部になってからは大阪桐蔭一強だった。履正社が出てきたのは2000年代、プロでT-岡田、山田哲人が活躍したぐらいから二強時代になった。特に大阪を応援しているわけではないが、 2年住んだ街だからひとかどの愛着はある。チーム数は多いが甲子園では今ひとつの東京勢にカツを入れる意味でも、強くあってほしいと思っている。

今年は春に大阪桐蔭が全国制覇した。ところが夏の予選で初めて名を聞く大阪立命館に3対2で負け4回戦で消え、時代は変わったもんだとショックを受けた。大阪立命館は5回戦で箕面学園に2対1で負けた。箕面学園は決勝戦で履正社に16対2で負けた。結局は二強の1つが勝って帳尻を合わせたのだった。

豊中に住んだので箕面(みのお)は隣町だ。箕面学園はカープの床田投手の出身校として知っていた。準々決勝で大商大に 3対2、準決勝で東海大阪暁星に 7対6で勝った。 4回戦から準決勝まで4試合を1点差で勝ち抜いてきたこのチームが甲子園に出ると面白いと思ったが履正社の壁は厚かった。なにせ決勝までの7試合中4試合が10得点以上、失点は準決勝まで0か1で、はじめて2点取られたのが決勝の箕面学園だったのだから。

さて甲子園に出てきたその履正社だ。初戦の享栄には 6対2で勝った。 10得点は行かなかったが2点で押えたのは地区予選の延長戦上だ。ところが、今日の三重に5対2であっさり負けた。これもまたひとかどのショックである。序盤に先制され、打線は2点返すのがやっと。第1戦で投げたエースを温存し11番、20番が出てきたが、守備のほつれから制球が甘くなりいきなり5失点してしまったのが敗因だ。

履正社の守備は、本来は、優勝候補として不足ないほど鍛え上げられている。小飛球になったバントを瞬時の判断で捕手がワンバウンドさせてゲッツーなんてのが当たり前のようにでき百戦錬磨感いっぱいだ。ところが初回にエラー、野選が出て三重にかき回され、14人の打者に6安打され1、2回であっという間の5失点だった。僕の感想としては、履正社にエラー以上の失敗があったというよりは、敵の混乱に乗じて一気呵成に攻め込んだ三重高校こそあっぱれであった。

野球の常識と言ってもいいが、投・攻・守で最も読めるもの、日によって良かったり悪かったりしない安定したものは圧倒的に「守」なのだ。だから新チームができるとまず鍛えるのは守備であり、それに穴があれば何をしてもむなしい。したがって「守備が弱くて強いチームはない」は野球の鉄則ということになるのである。だから強豪である履正社の守備にああいう破綻は想定できなかった。

破綻は初見の相手が想像以上に強かったときに起こりえる。今回の原因があるとするとそれぐらいだ。初回、サイレンが鳴り終わる前にセンター前ヒットが出てイケイケだった履正社に点が入らず、その裏にキャッチャーの悪送球、ファーストの野選が出ていきなり3点取られた。予選の最高失点が2点だから未体験のことが起きた。

桑田・清原のPL学園や松坂の横浜でこういう破綻は想像できない。投手力が図抜けていたわけだが、それもバックの守備力あってのことだ。先発した履正社の11番は予選では安定した二番手投手で、15回無失点の好投手であり、それも守備力に支えられていたはずだ。しかし、常にボロ勝ちしてきたから破綻の経験がない。そこで焦って球が浮き、打たれてしまったと見た。 スイスイと人生を勝ち抜いてきた者がドツボにハマると脱出法を知らないから深みに落ち込むことがある。11番はまだ2年だからそうならないことを祈る。

これは野球に限らないことだが、誰でも失敗はする。大事なのは、そこで何が起きようが平静を失わないことだ。履正社はそれができなかった。かつてより書いてきたように、僕は野球も受験もサラリーマン人生も数々の失敗を重ねてきた人間だ。個々の失敗について語ろうものなら、どれひとつであれ、あれは悪夢だ、なければ良かったと吐き捨てるに決まっている。ところが、それだけ重ねると失敗の練習量は半端でないということにも気づくのだ。そうなりたいと願ったわけではないが、もう少々のことではびくともしなくなった自分がここにいる。

練習と書いたが、実は、失敗は練習できない。成功しようと願ってやって成功しないことが失敗だからであり、暴投しようと思ってする暴投は暴投でないから、わざとそう投げて横っ飛び捕球のシミュレーションをすることはできても、予想外にそれが起きてしまったときの心持ちまでは練習できないのである。しかし実際の試合で暴投をなくすことはできない。だから、起きてしまった時に冷静に対処することこそが最善の策であり、「平静を失わないこと」が最善の対処法なのだ。履正社の選手諸君はこの敗戦を、そういうプラス思考で人生の糧にしていただきたいと切に願う。

ではどうしたらそうできるか?頭の中で妄想したり、先人の教えを受けたりハウツー本みたいなもので耳年増になってもだめだ。万人が回復できるうまい方法なんてないので、上手くいった他人の経験が自分にワークする保証もないのである。自分が実際に窮地に陥って、悩み抜いて、誰にも助けてもらえず、眠れぬ夜を過ごし、もがいていたら、別に殺されるわけではないということぐらいは頷(うなず)けるようになってくるだろう。死刑になる恐れのある罪を犯したのでなければ、世の中の大概の事は実はそんなものだ。誰もそんな思いをしたいと思わないが、それに遭遇することを恐れてはいけない。なぜならその経験の1つや2つは子供の麻疹(はしか)と一緒で、あった方が長い人生にとって保険になるかもしれないからだ。そう思う安楽な心持こそが平静への第一歩だ。

これもかつて書いているが、僕は高2で肩を壊して投球不能になり、だましだまし続けるより退部することに決め学業にシフトした。心の底から世をはかなんだが、別に野球ができなくても殺されはしないし実は何も失わないということを後になって学習した。50歳手前にしてサラリーマンとして思うところがあった時、その経験が心によみがえり、そこからほんの数日で、自分の力がより発揮できる会社に移籍する決断に至った。野球を断念するのはそれよりずっと重かった。「仕方ないことをうじうじ考えても何も産まれない」。以来これは僕の鉄則となり、万事において決めたら委細構わず即決する人間になった。

それがいいか悪いかは別だ。失敗だったこともある。でもそれで人生が楽で軽やかになったことだけは間違いない。会社の移籍は失敗した場合を考えはしたが、やらないで後悔するよりやって後悔する方がましだ。どっちであれ別に殺されはしない実感がたくさんの失敗経験によってガッチリと出来ていた。であればやらない手はない。プロとしての勘から成功する自信があった。「やって得」と思えることはやった方が現実に得であることが確率的に多い確信があった。であれば、チャレンジ数を増やせば増やすほど「大数の法則」によってその高めの勝率はより確かに固定されてゆくのである。

サイコロを振って1が出る確率は1/ 6だ。 6回振っておおよそ1回は出る。出ないかもしれないので「おおよそ」だ。それを不確実性という。 60回振ればおおよそ10回出るが「おおよそ」は減る。60億回振れば10億回出るが「おおよそ」はほぼゼロになる。つまり、振れば振るほど1が出ない不確実性は減る。これが「大数の法則」だ(保険会社の本業収益はこれによって出ている)。ということは、プロとしての勘がある人は、それがプラスと確信できるチャンスがあるなら転職は出来る限りやった方が良いということを示している。それに伴うコストを差し引いても得かどうかは判断しなくてはいけないが、常識とかけ離れていることは何の問題もない。数学は常に正しいからだ。

これに従ってより良い人生を生きるために必要なことが2つある。 1つ目は、どんな職業であれプロにならなくてはいけないこと。 2つ目は、実現可能な選択肢をたくさん持つことである。それにはまず大前提として就社でなく就職していることが大事だ。僕は学卒で野村證券という会社に「就社」したが、 10年ほどでプロの証券マンとなることで初めて「就職」資格を得た。この差は決定的に大きい。就社に留まる人は市場で買い手がつかないサラリーマンであり、給料と退職金をもらって社会人終わりである。ところが就職になると買い手がつく。野村でいくらもらっていたかに関係なく市場の値段がつく。これのプロ野球版が「フリーエージェント」である。大谷選手は日本ハムで数億円はもらえたが、市場の評価としてドジャースから1000億円のビッドが入ったわけだ。

僕はみずほ証券の執行役員を最後に市場でビッドが入らなくなったのでソナー・アドバイザーズ株式会社という雇用主を自分で作り、そこに雇われて16年になる。この行為を別のアングルから「起業」と呼ぶ。これをするためには市場で値段のつく人間になっていることが最低条件であることは以上の論旨から自明であろう。僕の市場価格はソナーなど僕の作った会社から頂く金額であることも理解されるだろう。お金で表せないものはあるが、表せる部分は表した方がいい。自分は何のために生まれてきたのか、社会にとって何の役に立っているかなんてことを悩まないですむからだ。

履正社の選手諸君はこの敗戦で、強い組織にいても世の中一寸先は闇であることを身をもって学んだ。優勝してしまっていたら一生わからなかったかもしれない教訓だ。優勝のトロフィーや記念写真やメダルやたくさんの記事やファンの祝辞を頂いても、どうだ俺達は強いだろで終わり、10年も経てば世間はそんなこともあったねで終わりである。勝利は美酒ではあるが、学ぶことは実はあんまりない。負けは失敗であり、失敗はたくさんの教訓を残してくれ、しかも悔しかったので肌身に染みて忘れない。お偉いさんの訓示や、誰かさんの体験談や本をいくら紐解いても、涙を流すほど悔しい思いをした者にはかなわないのである。

Categories:______高校野球, 若者に教えたいこと

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