ブラームス交響曲第2番の聴き比べ(15)
2026 AUG 31 7:07:31 am by 東 賢太郎
アダム・フィッシャー / デンマーク室内管弦楽団
たまたまyoutubeで見つけたこのコンビのモーツァルト39番が面白かった。全部がオーセンティック楽器でもなさそうで、何の根拠があるのか知らないがテンポもダイナミックスもやりたい放題だ。モーツァルトの一部の曲はそれを許し、39番はその1つと思っているので楽しめたのだが、Mov4の最後のフレーズでほんの少し速くなるのは意味不明だった。こういうことをやるのは気質の合わない指揮者かなと不安になる。検索してみると同じコンビでブラームスがあるので2番を聴いてみたが、これも室内管弦楽団サイズのオケと思われる。古楽器ブームの頃続々とそういう妙なのが出てきたが、それでブラームスをやって何の意味があるのだろう?Mov2に薫る後期ロマン派のしびれる芳香は皆無。弦が痩せているのは致命的でMov1、Mov4の第2主題などグラマラスな美女がまるで栄養失調だ。アレグロは速めできびきび進むのは結構だが、そうでなくていけない主張というより、そうでないと音楽が持たないのだろう。そこに乾いたティンパニが打ち込まれ所々であまり聞きなれぬ一抹の面白みはあるのだが、そんなものをブラームスが望んでいたとは到底思えない。Mov4コーダはインテンポで行くかと思いきや、最後の最後だけアップテンポで絶句した。この人は39番と同じ趣味があるのだ。全くもってわけがわからない。これを客席で聞いたら僕はブーを飛ばして席を立つ。そういうリスクがあるから2番のライブは二度と聴かない。
小澤征爾 / サイトウ・キネン・オーケストラ
これぞ日本の誇りである。アメリカにいたころだから1983、4年になるが、小澤さんは手兵ボストン響とブラームスのシンフォニーをよくやっていた。FM放送をカセット録音もしたが、正直のところどれも今ひとつであり、ブラームスは難しい、やはり彼のおはこはフランス物なのかなと思っていたものだ。そこからこの2009年の斎藤記念の熟成した演奏まで道のりは長かった。Mov1のコーダの弦の静謐な高揚など胸が熱くなる。これぞ恋にシャイだったブラームスだ。Mov2のFlから第2主題にさりげなく移り、薄味ではあるが絶妙な強弱で聴く者の心を揺さぶり、ドイツ系指揮者によくあるくどさを感じない。お茶漬けだと言う人もいたがこの楽章はこれがブラームスにふさわしいと僕は思う。Mov3は幾分速めでさらにそれを感じるがAllegrettoだからそれでよい。Mov4のテンポはまさにこれという盤石のもの。出だしから快速で軽くて元気の良い演奏が散見されるが、小澤は遅めで腰が重く、第1主題に至っても無用の品を作らず音楽に訥々と語らせ、徐々に音楽が暖まるのをじっと待つのである。再現部前までこんなに沈静してエネルギーを溜めた演奏はそうない。主題の繰り返しは単なる反復でなく音楽の底から加熱しつつあって、いよいよコーダに至りトランペット信号の部分からぐんぐん追い立てる。何度も書くが、この感動的なプロセスの中では全く無用であり、スコアに書いてもいないテンポの加速という軽薄な演技など存在しないのである。申し訳ないが前者とは役者が違うとしか書きようがない。
カルロス・クライバー/ ウィーン・フィルハーモニー
この人はブラームスに向いた指揮者だった。記号論理的に主題が変転進化していくベートーベンよりも、同じ硬派の作曲技法を指向しながらもその隙間に心の襞、エモーションがひっそりと忍び込むブラームスは、殊にこの2番は、まさしく彼しか表現できない音楽になっている。Mov1コーダ前のホルンソロを導くエロティックな手の動き、こんなことをする指揮者がどこに存在しただろうか。映像がこんなに見ごたえある指揮者も珍しい。自身が音楽の権化になりきって、時にダンスにすら見えるすべての所作、感情のこもった思わせ気な目線、魔法のような微笑みまで、あらゆるシグナルが奏者の心の奥まで届いている。各人がそのオーラを感じ、皆がそうだろうと感じるものだから伝播してゆき、クライバーの意図するがままにアンサンブルがフレージングが抑揚がまとまってしまう。すると団員個々からもオーラが出て、それがおのずと同期して燃え上がり、一期一会の劇的な演奏になってしまう。うまく言葉にならないが、そういう感じである。暗譜で振る指揮者は少ないが、スコアをめくりながらビートを刻む指揮者とは遺伝子から種族が異なるのである。知る人ぞ知る出自も彼の魔力には影響があったのかもしれないが(カラヤンはそれをやっかんでいた節がある)、やはり彼が発しているオーラ、電磁波のようなものだと思う。指揮者に限らずそういう人はいる。曲全体がひとつの有機体としてあっという間に流れ、ブラ2を聴いたというより、我々も彼のオーラにあたった稀有の体験だったという気分が残る。ちなみに、Mov4コーダはとても練習したと見える。それだけに弦合奏の切り上げがズレてはっとする。ちなみに加速はトランペット信号までにほんの少々を済ませ、以後はない。音楽の熱で微小にかかりそうになるのをむしろ抑えこむエネルギーが最後の爆発になる。
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