不顕性感染者ありは非常に重要な情報
2020 JAN 31 23:23:11 pm by 東 賢太郎
濃厚接触者とは何かと思って定義を調べたが医学用語でも法律用語でもなく、とにかく濃厚に(2メートル以内で30分以上会話するなどの)接触をすると危ないという程度の事らしい。では誰と?発症者である。厚労省は、37.5度以上の発熱がある人、または発症した人だけを検疫の検査対象という前提で水際対策をしていると聞く。
ということは、武漢から帰国便で2名の無発症キャリア(不顕性感染者)が見つかってしまった時点で、国境での検疫防御がワークしていなかったことが発覚したわけである。封鎖前の武漢市から脱出した中国人は500万人で脱出先のうち成田は3番目に多い9000人だそうだ。不顕性感染者はその2名の発覚以前に中国人旅行者としてたくさん入国してしまっていた高い可能性がある。実はもう騒いでも遅いのだ。
「誰が飛行機や船に乗っていたか」が事の本質ではないことを政治家の誰が論じたろう。武漢からの日本人帰国者は全員検査するが、「ウィルスが体内に有れば発症している」という前提で中国人入国者は見のがしたかもしれないというのは国家として大問題だ。不顕性感染者からでもおたふく風邪、風疹、インフルエンザはうつるという厳然たる事実があるのだから、DNA解析ができていない新型コロナウイルスがその種に相当しないとなぜ判断したか根拠が全くわからない。
根拠がわからないことは厚労省は認識していたのだろうか。しかし、していたとしても、わからないことを決めるのは首をかけた責任を問われるリスクがある。ちなみに経営においてそれを取れるのは失敗しても失職しない大株主のオーナーしかいないのだ。では国はどうなのか?政治家なのか官僚なのか?本件はそれを国民の前に問うたと思う。”今の日本国に本当に国を思うオーナーはいるのだろうか” という問題提起になったのである。
不顕性感染者が出たらどうするんだということを頭脳明晰な官僚が考えなかったはずはないと思う。しかし官邸は4月の習近平訪日の手前、中国人旅行者の入国禁止はしづらい。この「水際防衛」と「おもてなし」との間の、義務と忖度の、どっち側に落ちても致命傷の極めて狭い稜線を渡りたくない官僚が最もリスクのない前例踏襲という判断をしたとするなら仕方ないように思う。彼らは国のオーナーではないし、失敗して守ってくれる本物のオーナーも、今やこの国にはいないとふんだ証左かもしれない。
僕は日本の看板産業だった電機、半導体が中韓台にぼろ負けし、国の根幹が弱体化した遠因は企業のオーナーシップの欠如だと考えている。大企業、重厚長大企業ほどそれは顕著だ。大株主でないという意味でのサラリーマン社長でも昭和まではオーナー並みの気骨と責任感があったが、平成以降は著しく経営人材が軽量化し、任期中に大過なく最低限の役目をこなしつつ、お金だけは外人並みにもらいたいというマインドになったように思う。その牽引役は剛腕の外人にお願いしておいて、その取り巻きとして権力、カネのガバナンスを奪取しようという企業風土の寵児、それこそがあのカルロス・ゴーンであったのだ。
大株主であるオーナーは会社と同義で一蓮托生の存在だが、社長のポストを勝ち取ったサラリーマンは株主でもなく単なる取締役会という合議体の長に過ぎず、会社は命までかける場所ではないというのが大方の本音ではないだろうか。かような存在を東大教養学部の政治学の講義で佐藤誠三郎先生は「ポストの通過体」と呼んでいた。昭和初期に、天皇陛下の国体における位置づけが論じられ、国家に超然とした絶対の存在ではなく、あくまで国法に依拠した存在とする天皇機関説が出てきたのを思い起こさせる。
日本国のオーナーが誰かはここの論点ではない。誰であれ、合議体の長であれ通過体であれ機関であれ、サラリーマン気分ではオーナーに近い地位が保全され、覇権と気概を持つプーチンや習近平や金正恩とまともに伍すなど到底無理ということが核心だ。米国大統領とてオーナーではなく、軍事力、経済力あっての覇権であり、だからそのベースである知財をめぐって中国を徹底的に叩いているわけである。おもてなしは平時なら大いに結構だが、有事においては中国人入国禁止を決然と実行したフィリピン、北朝鮮の方がオーナーの振る舞いであり、一時は批判されても結局は習近平やトランプも一目置くのではないかと思う。
新型コロナウイルスに不顕性感染者があると知った以上、僕は終息宣言が出るまでは誰とも濃厚接触を避け、手すりつり革は触らず、エレベーターのボタンを押した指までもすぐアルコール消毒し、満員電車には一切乗らないと決めた。
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ウィルスは本当に恐ろしい
2020 JAN 30 0:00:37 am by 東 賢太郎
すでに記事にしたが、成人してから2度、ウィルス性の伝染病にかかった。11年前の水疱瘡と去年のインフルエンザだ。年齢からして死んでもおかしくなかったと今でもぞっとする恐ろしい経験だった。11年前は発症してから電話した病院に「法定伝染病です、来ないでください」と診察すら断られ、昨年は病院で待つあいだ座っていることもできず横臥させてもらっていたが診断は「2日たってますね、もうタミフルも効きません、家で寝て治してください」であった。要するに、発見が遅れると、「自分で頑張ってね」となる。そういわれても咳と38,9度の発熱があり目まいもあってまっすぐに歩くこともままならないのだから怖かった。
今回のコロナウィルス感染者数は英国の学者によると25万人規模が予測され、今日現在すでに中国で約6千人と2003年のサーズを超えている。当時と比較するとピークが4、5月ごろ、収束は8月ごろではないかと報道されている。武漢からの最初の帰国便が羽田に着いたが、僕も海外赴任経験者でありほっとした気持ちがよく分かる。1人8万円取ったらしいが税金で良かったのでは。ただ救助することと防災は違う。600人の検査は精緻にすべきだし、仮に発症者があった場合は手遅れにならないような対応が必要だ(手段があるかないかは知らないが)。サーズでも致命的な拡散は防いだし、僕のように5か国の医療水準を知った者からすれば日本の医療技術は国際的に優秀だ。大丈夫とは思うが、かような危機管理においていつも思うのだが、政府の災害想定がやや常套的ではないだろうか。ウィルスは本当に恐ろしい、ひとたび体内に侵入されてしまうと薬すらなく、いくら優秀な医療でも成すすべのない怪物だ。災害想定値は、そんな馬鹿な!と批判が出るぐらい高めにしておいて、それに添った冷徹な対応を毅然として、結果がハズレでも全く問題ない。なにせ収束が8月とすると、オリンピックとかぶるのだから。
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