Sonar Members Club No.1

カテゴリー: 若者に教えたいこと

老獪な独裁者は鵺(ぬえ)という妖怪である

2024 DEC 2 14:14:11 pm by 東 賢太郎

天気がいい。久しぶりに見た秋空という気がする。息子と散歩がてらに蕎麦屋で一杯やった。江戸っ子はこれがたまらない。ほろ酔い加減で浄真寺にお参りすると、名物の銀杏がひときわ異彩を放っていた。

この鮮やかな黄色に出会うと学生時代に帰る。夕食にやってきた娘とその話になり、そう本郷は有名だもんねという。いや駒場だよ。あそう、じゃ本郷はとくると銀杏もあったかなぐらいでわからない。成蹊は何だっけときくと楓(かえで)という。かえでか、なるほど、かえでね、で、ところでどんな木だったっけと考えたが空しいもんである。僕は木の区別はほとんどつかない劣等生だ。いつも行く箱根の露天風呂など風流な小山にいろんな木が眺められ、幹にいちいち名前の札がついてる。行くたびに覚えようとするが入るたびに忘れてる。樹木はすべからく「森」か「林」か「木」なのだ。ちなみに成城では6年間「かつら組」だった。桂の木は見たことあるかもしれないが覚えはない。

「10年前のちょうど今日あたり、屋久島で千年杉ってやつを見て感動したけどね、あれとその辺で花粉飛ばしてる杉が同じだってわかる自信はあんまりないな。そう、自慢じゃないが花だって3つか4つだからね知ってるの、興味って大事だね、だって猫の顔は一度見たらぜんぶ識別できるんだから」。

普通はお父さんがそういうのを子供に教えるんだろうが、昔からそんな会話だからまったく役に立ってない。しかしこういうことは教えられる。

分類はすべての学問の母だ

分類は識別しないとできない。識別は興味がないとしない。興味がないと学ばない。学ばないと学問にならない。そこにはこういう関係がある。

分類 ⇐ 識別 ⇐ 興味 ⇒ 学ぶ ⇒ 学問

ど真ん中に鎮座するのは「興味」で、すべてはそこから発している。分類をお仕事でやっても学問には行きつかない(写譜屋は作曲家にはなれない)。分類ができれば入試ぐらいは受かる。でも受験勉強だけでは学問には行きつかない。このことは「学問」を「ビジネス」に置き換えても正しい。

興味ある!おもしろい!

古語だとそれは「をかし」で、枕草子は「をかしの文学」と評される。しかも清少納言はその対象を分類までしている。僕はなぜ自分がそれを好きか不明だったが、自分も興味ある物事にだけ反応し分類癖のある人間だと知って理由が判明した。前稿でプロコ1番にモーツァルトのアマデウス・コードが潜んでいることを発見し、「だから自分はこの曲に得も言えぬ親愛の情を覚えているのだ」と書いた。まったく同じ解明プロセスだ。

さらにおもしろいことがある。

「をかし」の反対語は「すさまじ」「興なし」だが、そこには「をかし」を反転して負の値にしたと同じほどの否定的な感情が入っている。

ところが、英語にはそれを感じない

indifferent

なる興味深い形容詞がある。これを知った時には一抹の感動すら覚えたものだ。というのは、僕における樹木や草花への反応はまさにそれに他ならないからだ。

この言葉を少々解題してみよう。

differentは「~と違う」だ。それに否定の接頭語 in がついて「~と違うことはない」(=同じでないことはない)なる二重否定だ。めんどうくさい語だが背景には文化がある。different の differ は「異なる」という意味の自動詞だ。西洋は子供に「人はみな違う」という教育をする。みな個性や主張や物事への反応においてdifferentであるのが当然であって、それが人間のディファクト、定義のようなものだからそのつもりでお付き合いしなさいという。とすると「個性や主張や反応が他人と同じ」方が少数派ということになってきて、それにいちいち名前を付けて表現したい場面に遭遇する。そこで形容詞が必要となり、それが、

「個性や主張がdifferentでない」= in + different = indifferent

になる。重要なポイントは、その人は少数派であるにもかかわらず「妙な人だ」という否定的なニュアンスがない。なぜなら、その人の存在自体も「人はみな違う」という定義を満たしているからなのである。

(参考)https://ejje.weblio.jp/content/indifferent#goog_rewarded

いっぽう、子供に「みんな仲良く」と教育するのが我が国だ。我々だっておぎゃあと生まれた時はみな個性や主張や反応が different なのだが、いやいや、人前でそれをあんまり出してはだめだよ、嫌われたりいじめられたりするよ、「和を以て貴しとなす」だからね、という色濃い空気の中で育つのである。ディファクトから幼少期にOSの設定変更が入るわけで、いかなる動物もそんなことはないし、人間も知る限り世界にそういう国は日本しかなく、それは外人が見出す「日本人らしさ」の根源だろう。蓋し、これがあるから皇室は武力がなくとも存続してきたし革命も起きなかった。

そのOS変更は日本語という言語に深く刻み込まれていて、それを母国語として話者になった時から我々の精神構造の深奥まで浸透し、それを思考ツールとして生きてゆくのだから自分でそのことに気づくのはどんなに語学力のある人でも困難である。僕は英語を頭の中で日本語変換せずに話せるようになって(外国語ができるというのはこの状態のこと)、発出する自分の英語を振り返って比較してみてようやくわかったことだ。何かで I’m indifferent to it. とぽんと口から出て、その自分は和を以て貴しとなさないかもしれない自分なのだと気がついたという風である。

このことは翻訳が文化に関わることを示す。たとえば Tastes differ. の日本語訳は「趣味は人それぞれ」「十人十色」であるが、「蓼食う虫も好き好き」なら僕は誤訳とする。受験英語なら正解なのだが、これが僕が大事と考える「写譜屋と作曲家の差」であり、入試は作曲家までは求めないということだ。なぜ誤訳かというと、differ は何の色もなくただ淡々と「違う」という意味であり、蓼食うの方は「あいつは変わったやつだ」という否定的な感情が混入するからである。ということは differ をルーツに持つ indifferent にもそれはなく、静的、無機的、中性的で、あえて否定的な感情をこめたい場合は very をつけたりする。

a very indifferent player(とても他人と差別化できてない選手=下手くそ)

がそれだ。poor で済むのにわざわざそんなひねくれた言い草をするのはとてつもない皮肉屋であるが、好例として某指揮者がいる。汽車のポッポーが盛大に聞こえる野外音楽堂で指揮させられてブチ切れ、「ここはお抱えオーケストラを所有する世界で唯一の駅である」の毒舌を吐いたこの男なら使いそうな表現で、僕は嫌いでない。indifferent は英語を使う国民にはディファクトではないが、それゆえその人の個性としてとらえ「変わったやつだ」と切り捨てる空気はなく、very で殊更に強調してみせて初めて否定的な味付けができるのである。

いっぽう、「和を以て貴しとなす」日本では往々にしてこういうアンケート結果が出現する。

41.9%が indifferent (どーでもいい)となると少数派ではない。旗幟鮮明の西洋では「どーでもいい」は少数派だが、旗幟不鮮明を良しと教わる日本では多数派になりえるのだ。

これでは聞く相手を間違ったのではないかとなろう。日本の選挙はまさにそうで、どーでもいい派は投票に行かないから投票率は大半が5割以下だ。ということは日本人は民主主義を行わせるには相手を間違ったということになる。

イエス、ノーをはっきり言う(旗幟鮮明)と嫌われたりいじめられたりするよって、それ独裁国家のすることじゃないの?

でも日本に独裁者はいないよね、民主主義だし・・・

たしかにいない。でも、どーでもいい派は独裁者の目には「羊」なのだ。羊は和を以て貴しとなしてシープドッグ(牧羊犬)に従う習性を子供の頃からたたきこまれている。親がそう教育してくれてるのだから独裁者はごっつぁんである。姿を現さず犬を飼えばいい。犬も楽だ。牧場に置かれた巨大スクリーンに姿を映してもらってワンワン吠えるだけで羊は右に左に意のままに動くからだ。

しかし、昨今、急激に事情は変わりつつある。牧場には羊によって小型スクリーンが設置され大人気になった。すると賢明な羊たちはシープドッグは決して猛犬でもなく、血統書も偽物のその辺の犬にすぎないと見ぬき始めた。巨大スクリーンは壮大なヤラセであって、CGだったり嘘っぱちだったり都合悪いことは隠したりと、羊を騙すカラクリがバレてきたからだ。そこに旗幟鮮明派の若い羊が出現し、多くの羊がそっちの号令に従いだした。

シープドッグが「悪」で若い羊が「善」なのか?

それは羊が決めることだ。なんだ、それならまさに民主主義じゃないか、バンザイ、それはいいことだ!

注意しなくてはいけない。老獪な独裁者は鵺(ぬえ)という妖怪である。もし羊がそう決めるならシープドッグを撃ち殺して若い羊を誘惑するだろう。巨大スクリーンも粉微塵にして羊の小型スクリーンに易々と乗り換えるだけである。民主主義だろうが共産主義だろうが、鵺は羊の生き血さえ吸えればそんなのはどっちでもかまわないさという indifferent な連中なのだ。以上は日本の事として読まれたと思うが、実はアメリカ合衆国もそうなのだということに賢明な読者はお気づきだろう。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

ビジネスにはケミストリーが最重要である

2024 NOV 24 1:01:49 am by 東 賢太郎

先日、あんたとはケミストリー(相性)が合う、俺たちのパートナーになってくれと面と向かっていう米国人実業家が現れた。友人に紹介されたのだが、会ったのはそれが2度目で、始めはなめていたと思われつっけんどんだったが仕事以外の話をするうちに打ち解けた。「たち」の中にトランプの娘もいたりするが僕はそういうことよりまず人間性であり、むこうもそのようであるから是も非もない。くれといわれた履歴書をさっき送ると、上海からThanks my friend.とすぐ返信が来た。

アメリカはそんなもんだ。多民族国家だからどこから来たかよりも合うかどうかで仲間を増やしたい。生きるための手段だからその姿勢が気持ちいいほど前向きであり、仲間になるには旗幟鮮明でなくてはならない。「その程度のことでそう簡単に友達と呼んでしまって、はたしてよいものなのだろうか」なんてどこかの国の総理みたいな調子でクソ真面目な顔でくだらないことをぐちゃぐちゃいう奴はいないし、そんなのは偉くもならない。そのかわり、つきあってみてやっぱり合わないねとなるとあっさりあと腐れなく切りもするわけだ。ドライというなかれ、旗幟鮮明であるとはまさにそういうことなのである。

僕は子供のころから幸か不幸か性格が旗幟鮮明であんまり友達もできず、20代にアメリカの学校で2年もまれてさらに磨きがかかった。合う会社を見つけて入ったつもりだったが様子が変わって旗幟に合わなくなりフリーエージェント的に移籍させていただいた。こういう日本人は少ないから合う人はいないと思っていたが、旗幟に合わないとこんなめんどうくさい長文のブログを読まないだろうから、実はけっこう合う人がいるんじゃないかと数字から思えてきた。ページビューだ。去年の一日2,500から50%増え、毎日3,800人ぐらいが読んでくれている。僕はブログでミーハーにリーチする手段も意欲もなく読者は高学歴の知識人と思われる。約半分を占める40代未満の伸びだから日本人が変わる兆しという気がしないでもない。

それはいい話だが、ひとつみっともない話を書く。きのうドラッグストアで買い物したらレジの若い女性にポイントカードをすすめられた。普通作らないが金額が張ってたのでディスカウントがあるらしい。じゃあ作ろうかとスマホをとり出した。するとAppleのPWをという。あれこれ入れたがどれもだめだ。「おかしいな」「大丈夫です、よろしければリセットしましょうか」というので一度閉じた。「もう一度開いてください」といわれると、動揺してたのだ、今度は毎日使ってるスマホのPWが出てこない。まいった。このどうしようもない馬鹿なおっさんに彼女は嫌な顔一つせずやさしい笑顔で「焦らなくて結構ですよ、ゆっくりやりましょうね」と励ましてくれ、やっとできたのである。ボケ老人で危ないと思ったのだろう、紙切れをくれ「いまのPWふたつ、ここに書いて絶対なくさないように保管してくださいね」ときたものだ。30前後だろう。とても感じのいい子で、外国にこんな店員がいるとは逆立ちしても思えない。日本の財産である。

そう、日本の若者は世界に類のない財産なのだ。しかしこの世代は多くが奨学金で学校を出て30代まで返済に追われ、就職難で結婚資金もないうえに僕らの世代ひとりの年金を二人で支える。生まれてから株が上がるのを見たこともないから投資もできない。こんな日本に誰がしたという大逆風が自民党に吹いたが、それならそれでと質量ともに歴史的ボロボロの石破政権をだましだまし予算成立まで延命して自民党の負の責任をなすりつけ、裏でお仲間の立憲と「大連立」で増税と選択的夫婦別姓を狙っているとしか思えない。そこに実質減税である政策を果敢かつ旗幟鮮明にぶち上げた玉木君の勇気は賞賛に値する。女性にもてるのは当然である。ビジネスマンだから当然だがトランプも強烈に旗幟鮮明で物凄くもてる男だ。ケミストリーが合うと思うよ。賭けてもいいがビジネスのビの字も知らず旗幟が微塵もない石破や岸田は絶対に相手にしない。チャンスはあるぞ。

人の相性についての僕の考え

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

怒りに燃えたトランプの大鉄槌がくだる

2024 NOV 19 11:11:55 am by 東 賢太郎

以下、松田学氏は元大蔵官僚。スマートな人の話は分りやすい。コンパクトに世界のニュースが俯瞰でき、記事の選択はやや右寄りかもしれないが左翼系のあざとい洗脳、バイアスよりずっとまし。テレビ、新聞は公共性、客観性を装おうが「都合悪いことは報じない」というとんでもない洗脳、バイアス機関であることもこれでよくわかる。

米国全メディアはハリス押し大合唱の大外れでアイヤー! その忠実なコピーである日本の全メディアはアイ~ン!バイデンは民主党じゃなく俺と犯罪(ウ)もみ消し裏ディールで辞任なんよ(ハリスなら楽勝だもんな、ラッキー)。トリプル・レッドだからな、やりたい放題やったるぜ、暗殺にきたディープステート消すんでな(馬鹿だねえ まだ言ってるぜ 陰謀論)。米軍のLGBT派は全部クビ、女子スポーツからも男を追放よ(あれー、日本は法律まで作っちゃったんですう)。俺を起訴した特別検察官な、あの野郎は2秒でクビだ、保健福祉省長官はRFケネディ・ジュニアにしたるぜ(よりによってこのワクワク凄すぎ!)。不法移民追い出し丸損3千億ドル、屁のカッパだ。関税60%?100%でもいいぜ台湾やるならな。イーロン君起用はレッドへリングよ(2億ドル支援ありがとな)。経験ない?だからなんだそんなもん、やるのはぜんぶ俺さ、あたりめえだろ裏切らねえかどうかだけじゃあ!(トランプさん日本の総理も指名して下さい)。

以上、小生周囲の業界ウワサ話。真偽の保証?いたしません。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

スーパー買い物から見る夫婦別姓問題

2024 NOV 17 16:16:18 pm by 東 賢太郎

日々の食材の買い物というとすっかり家内におまかせだ。なにせ新婚生活を始めたアメリカではビジネススクールの勉強、その次のイギリスでは仕事、とにかく気絶するほど忙しく、スーパーは行ったことぐらいはあっただろうが記憶がない。ドイツ、スイス、香港もその延長でおなじようなものであり、だからその次にやっと定住した日本だって、まあ一緒に行くのは年に2,3回というところになっている。

給料はというと、親父はぜんぶは渡してなかったとみえて母は足りないとこぼしていたが、僕はそれを見ていたので最初っから家内にぜんぶ渡している。というと良い亭主のようだが特別な事情があった。当時の野村證券は留学は独身者のみであり、僕は外国で一人じゃあ生きていけないから先に結婚させてくださいと人事部長に申し出たら認めていただいた。わがままを言ったのだから生活費が増えるはずはない。日本での手取りは10万円ぐらいで、当時の為替250円だと月の食費は二人で400ドル。激貧生活で栄養失調ぎりぎりだった。卒業してイギリスで仕事に戻って少しは増えたが、僕は家事はいっさいできないからぜんぶおまかせ、全額お渡しでいまに至る。それでもまだ下っ端でかつかつだったが仕事に100%集中させてもらい、おかげでドイツからは少しえらくなって楽になった。

きのう、何か月ぶりかで家内とスーパーに出かけた、というか、ついて行ったというのが正しい。おやつがきれたからだ。そうなると僕は夜型のうえ食い意地が張っていてがっつり夜食をしてしまうから、低カロリーおやつでごまかす必要があるのだ。

日本のスーパーは何度か一人で来た。物を買うときは慎重な性分だから本屋やCD屋で売り場を隅々までチェックして3,4時間迷うなんてザラである。食品ともなれば品質、グレードはもちろんのこと、ナッツやビスケットや昆布はグラム換算の値段を計算するし、オリーブ、チーズ、蜂蜜、甘味類などはホンモノかどうか産地、添加物、色素までもチェックする。そうやって売り場であれこれ手に取って迷っていると、きまって困った事態になるのだ。周囲の人の流れが渋滞し、カートのご婦人方にじろじろ見られる。スーツの男がひとり、しかもカゴもなしだったりして、何なのよこの人、邪魔よねという冷たい空気に包まれるのである。

というわけで、家内について行くに限る。この日は夕食の鍋の具がメインだった。タラがいいと思いこれかなと切り身を渡すと、これよりこっちと瞬時に切り替えられる。値段はそっちのが高いがなぜかは不明だ。そうこうして、僕はヨーグルトを真剣に悩んだりしたのだが、ブルーベリーが入ってるからこっちねと問答無用、全部が即決でカートに積み上がり、ものの30分で一陣の風のごとく買い物は終了した。アイスクリームの氷の手配やらポイントがどうのやら彼女はプロフェッショナルである。そこで「最近物価は高いの」と聞くと知らない。「だって海外でね、子供を3人学校に迎えに行くのよ、買い物はそれまでにさっと済ませなきゃいけないからあるだけでいいの、値段なんか見てられないでしょ」。たしかにドイツやスイスなんか子供は危険だし、日本人に食えるものがあるだけで貴重だったっけ、なるほど、それがそのまま来てるのか。タラは美味であったしお菓子類も不満なしで、迷うのは時間がもったいないのかもしれないと思った。

ことほどさように、主夫というか、domestic(家庭の)回りのことはすべからくだめである。それには根っこがあって、小学校で弁当を食べ終わるのは常にビリ、手先が不器用でボタンをしめたり靴ひもをささっと結ぶなんてのがだめで体育の着替えもいつもビリ。キャンプに行ってもあらゆる仕事に何の役にも立たずはじかれる。中学の書道は最低のDで、万力だか旋盤だかで本棚を造ったりする工作や技術家庭なんて科目はまるっきしお呼びでなく通信簿はいつも2だ。中学まで体もチビでやせっぽちでケンカも弱く、クラスで目立つなんてことはまるでなし、自分は男として劣っているとコンプレックスにとらわれていて、同級生の女子にはそれを知られまいと身構えていた。

長じてもその事態は変わらず、だから女子にこっちから近づこうなんて気はさらさらおきない。できないものはできないのだからそれがバレて赤恥かいて自尊心が傷つくのが嫌だったのだ。ところがだ。そういうダメ男であることは、多少なりとも僕を知った女性にはどう隠しても見ぬかれていることがだんだん明らかになってきたのである。アンタだめねと見る女性もいるがそうでない女性もいる。それどころか欠陥をぜんぶ補ってくれて本棚まで造れてしまう女性もいることがわかり、それが家内なのだが、するとそういう部分は “ヒモ” になって気にする必要もない。積年の劣等感から解放され、得意なことだけに傾注すると僕は意外に強かったというwin-winの分業ができることになった。

日本経済の失われた30年で、特に男性は経済的な事情から結婚が難しくなっていると聞くが、そうでなくても難しかっただろう半端者の目から見ると心が痛む。僕はどうひいき目に見ても優秀な男子だったわけではなくもっと上の人がいくらも周囲にいたが、たまたま生まれた時代が今よりはましで少々の運があったということなのだ。時代ということでいえば、いまの対米従属の政治はいかんという主張を書いているが、僕の時代も従属だったのだからそれだけが30年ロスの原因ではない。アメリカも元気がなくなったからこうなった面も大いにある。だめな国に全面的従属を続けても未来はないだろうと思うのであり、日本はオンリーワンの歴史、知恵、国民性を持った国で、これを成長の源泉とする方法は必ずあり、自尊心を持ちながら経済的に独立独歩の道を歩めて何ら不思議ではないというのが主張なのだ。

そのためには男性も女性も幸福な家庭を築くことがとても大事だ。述べたように僕は一人で何もできないし仕事の能力も大したことはないが、欠陥を妻に補ってもらえたからフルスロットルでアクセルを踏むことができた。要はそうやって1+1が2より大きくなれば家庭の経済はうまくいき、その集合体としての日本経済もたぶんうまくいくのである。家庭と仕事の役割分担で男女逆転があっても何らおかしくなく、高学歴の女性は高学歴の男性と釣りあうなんて前世紀の遺物みたいな発想は捨てた方がいい。前世紀の男は、僕もその一人だが、自分より勉強や仕事ができる女性はあんまり求めなかったのは事実かもしれない。しかし今どきの世の中だ、たまたま男に生まれたけれど女性的な仕事が得意で家庭を支えてくれるやさしい “マスオさん” はいるはずだ。彼は男性社会で競争するより高学歴女性とペアになって本分を発揮できる。女性は後顧の憂いなく思いっきり社会で活躍すればよく、そんな例が増えれば社会の目も変わる。女性活躍社会などとはやして男性社会に無理やり隙間を作ろうという政治努力より男女の結びつきで女性が実力で社会を変える方が自然なのではないか。

僕は学生時代からユーミンの熱烈なファンだが、彼女が結婚して松任谷由実になったことで松任谷氏に羨望をおぼえた。天下の荒井由実様が旧姓でとおせるのに改姓した、いや、させた。すごい男だ、そんなにモテてうらやましいと嫉妬したものだが、あえてそういうことにしたユーミンさんのほうも大したもんだなんて気もしていた。だってそうされてごらんなさい、旦那はプライドにかけて必死に働くしかない。夫婦というのはそうやって1+1が2より大きくなる可能性を秘めたジョイントベンチャーでもあり、どっちの姓が上だ下だ好きだ嫌いだなんてなればみすみすwin-winのシナジーを求める精神を消すようなものなのだ。金融再編で3つも4つも銀行がくっつき、統合された側のメンツで新社名は金魚の糞みたいに奇怪で長く、当の社員さんすら言い間違えたなんてジョークが流行った時代があった。そういう結婚ならば僕は見送る。ウチの3人の子は東を名のって成人したので僕が何かやらかして家名を傷つけたら末代まで響く。普通の日本人ならそう思うはずだ。というより、それが日本人であり、日本社会のモラルの下支えというもので、サッカー場のごみをサポーターが片づけて帰っただの、震災で濁流にのまれそうだったお婆ちゃんを数人の若者が命を賭して救う画像に世界が拍手しただの、そういう我々には何でもないことが「日本的なるもの」を根っこで支えてきたのである。

もう一度書こう。日本はオンリーワンの歴史、知恵、国民性を持ったユニークな国で、ゼロからそれを凌駕しようと思えば、日本が日本たるべく辿った来し方である1500年ぐらいはかかる。だからそう試みるほど気の長い国は絶対に出てこない。いわば秘伝のタレを持った老舗のような存在なのであり、それを上回ろうと狙う連中はなんちゃってコピーをするか、目の上のたんこぶは邪魔だと日本という国柄を潰してしまおうとするだろう。そういう勢力に負けてしまって得をする日本人はいない。そいつらのポチになって一時の利得は得ても、相手は所詮は犬ころと思ってるのだから子孫は捨てられる。だから、絶対に負けてはいけないのである。日本国の、歴史の、文化の、言葉の、考え方の、あらゆる奥ゆかしさユニークさは、持ってない異国人からすれば究極の羨望の的であることは、16年海外から母国を眺めた者として断言できる。いずれすべての異国がそれに気づく時が来る。ということは、明治維新のようにそれを自ら破壊する愚を犯してはいけない。国民が誇りをもってそれを「成長の源泉」とする方法さえ考案すれば無敵なのだから、潰す側につくより無敵側についた方が圧倒的に賢明なのである。その方法が何か、いま僕は知らないが、必ずあると信じる。1500年の先人の遺産があるのだから、どうしてそれができたかを自分で考え、じっくり得心するまで先人に学べばいいのである。それは司馬遼太郎を読んで、日露戦争までの美点凝視で一時のカタルシスの解消を求めることではぜんぜんない。まして、また尊王攘夷で鎖国して外国を追い出しましょうなんてものでもない。むしろ、日本人が最も見たくなく、砂漠のダチョウのように砂に頭を突っ込んで回避していたい80年前の敗戦と国柄の喪失という歴史の負の部分を直視し、徹底的に「失敗から学ぶ」のである。日本人が本気になりさえすれば、我が身がこうして平穏無事に存在していること自体が成功を保証しているようなものだというアドバンテージに誰もが気づくと信じる。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

石破総理と玉木代表に思う

2024 NOV 13 0:00:11 am by 東 賢太郎

居眠りして風邪薬のんでましたとか、ズル休みのガキの言い訳みたいなのが出ちまうこと自体、小物感満載でみっともない。うるさい、俺が目をつぶった時は集中してるってことだ!ぐらいかませばいいのにね。そういうキャラでないしお疲れなのも理解するが、立場が立場なんだから気をつけられた方がいい。どんな組織であれ、世界のどこであれ、人は小物には本気でついていかない。共倒れリスクが高いからね。個人の身体的な限界は言うべきでないが、トランプ、プーチン、習近平、金正恩がそれを見てどう思うかということ。徹夜明けだろうが二日酔いでべろべろだろうがビシっとしている体力も要件だ。また、後輩だからあえて苦言を呈するが玉木氏も肝心なところでドジふんだもんだ。そのこと自体は奥様のご裁定であり是非もないが、これも居眠りと一緒、出ちまうこと自体がみっともない。まあトランプだけは So what? だろうが、将来トランプと対峙する気があるならそんなもんは屁のカッパの strong man ぶりでないと相手にもされんよ(もちろんだが strong womanもありだ)。

企業社会の話だが「承知しました、社に持ち帰って慎重に検討します」って言って半年もかかってやっぱりできませんなんて頭をかくのが伝統的な日本人のイメージだ。すると、その交渉のご当人は社内で strongでないって判定をされてあの人は意味ないからもう会いませんってなる。岸田総理は有無を言わさずLGBTをやらされ、やっちまって、保守に総スカンになって自民党を現状に追い込んだが、あの時点で総理であったのが誰であれ、つまり彼のお立場として逃れようがなかったと拝察する。やった者だけ評価するし、特にやれば1千億円だってくれるし、やらない奴はどんな言い訳しようが You’re fired! が米国人だから彼はその意味において成功し、奥の院を知ってる国会議員たちは与党であれ野党であれ彼を無視できないだろう。ただしここからはトランプ政権の出方次第である。

多数決というのは少数与党の総理より、別に総理でなくてもcasting voteを握ってる方がstrongであるといえないことはない。少なくともそう見せつけることは可能だ。ビジネスは大いにそうだが、実体などどうあれ相手にそう思われればディールは勝てる。そういうセンスがあるかどうか、ある人はあるしない人はないので何とも言えないが、たぶん人生一度あるかないかのチャンス。うまくやるんだね。ちなみに僕は国民民主党に投票してないしサポーターでもないが。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

あれまあ!やっぱりトランプだったのね

2024 NOV 7 3:03:04 am by 東 賢太郎

きのうディナーした米国人が来社したのが午後4時半だった。ちょうどスマホにトランプ当確のニュースが入ったのでどう?ときくと「個人は残念、ビジネスOK」ときた。なるほど、それなら僕は個人もビジネスも、まあOKだ。ウォール街はばりばりの民主党で当社もその仲間ではある。LGBTやら内政干渉には心底怒りを覚えるが、それとビジネスは別物と割り切らなければこの業界ではやっていけない。ちなみに当社のパートナーであるウォール街の某投資銀行CEOはトランプのトランジションチームに入ってるからホワイトハウスに移ることになる。「俺が不在の間に利益は何倍になるんだ」と社内では檄が飛んでるらしい。経済顧問ぐらいのポストだろうから楽しみであり、まあその分だけOKということだ。

というわけでビジネス的にはあんまり興味なかったが、「ハリスが僅差でリード」というニュースをどこかで耳にして、そんなに優秀なのかと公開討論を聞いてみた。悪いがどうひいき目に見てもこの人物においてそんなはずはない。現地にきいてみると「偏向報道の嵐です」が回答だった。しかしそれはアメリカの話だ。投票権のない日本人に日本のメディアはハリス押しのコメンテーターばかり並べて妙ちくりんな理屈をこね、気合を入れて偏向報道してる。誰が得するんだか実に不思議だ。あれまあ!って予想が大外れして赤恥をかくばかりか報道機関としての信用も失墜である。明らかにそう考えてないのだから経営リスクと思ってないのであり、報道にみせかけた新種のエンタメと解釈するしかない。

これで思い出すのはマカオのカジノだ。留学時代やロンドン時代に賭場に出入りしたが、香港ではマカオである。客はほとんど中国人で雰囲気はまるで鉄火場だ。丁半バクチで素人もわかりやすいルーレットが大人気で、テーブルを取り囲む人垣は三重ぐらいになっていたので僕は最後列から人をかき分けてチップを置いていた。やたら赤ばかり出る。次は黒だろう。あれれ、また赤だ。ええい今度は絶対にくるぞ!うわあ、また赤だ。これが6回続いた。64回に1度の珍事である。ざわざわし始め、なにやらそこらじゅうから大声で中国語が飛び交い、あたりは興奮のるつぼと化してきた。もういくらなんでも赤はない。確率はいつでも1/2なんだけど人間は思いこみに弱いのである。かく言う僕も賭けようと試みたが、あちこちから手が伸びてきてはじかれてしまい断念した。黒のベットゾーンに高額のチップがこれでもかと山積みになる。後でもめないようにディーラーはプレーを中断し、スティックで用心深く山をゾーン内に寄せて仕分けした。緊張が走る。いよいよ数字盤が回る。No more bets!  場がシーンと静まりかえる。カラカラと乾いた音を立ててジャンプした球がコロンと収まったのは、赤だった。

アイヤー!

多勢の混声合唱団のように見事にテンポのそろった大音声の絶叫が場内にとどろきわたった。これ、英語で「オーマイガー!」、日本語で「あれまあ!」である。正確に記すと、

アイィィヤァァァァ

であり、アイが四分音符、ヤーが二分音符のフォルティッシモで、速度はアダージョ、最後が嘆息ぎみのディミニュエンドで一抹のもの悲しさが漂ったものだ。なかなか音楽的であったのは皆さんの落胆の気持ちがひとつになっていたからだろうと思われる。このたび、バイデン政権のアイヤーも壮絶なものだったろう。メディアはお通夜みたいに真っ暗だ。それの忠犬ポチだった日本のお歴々はどうするんだろうか。

「トランプだったね、やっぱり」「安倍さんの死を悼んでたよな、やったのはあいつらだって」「現総理はアンチ安倍の急先鋒って伝わってるだろうな」「当然だろ」「なんでも麻生さんとは割とウマが合うらしいよ」「へえなんでかな、そんな刺さる話したのか」「いや、あいつは金のにおいがするって言ったらしい」

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

お会いした3人の楽しみな人

2024 NOV 2 0:00:19 am by 東 賢太郎

仕事がたてこんでドジャースの優勝もDeNAの三連勝も見逃してしまった。野球が終わってしまうこの時期が一年で最も暗いが、ちょうどいいタイミングであたらしい人に次々会えるので心は華やいでいる。実にありがたい。

オーストラリア人の実業家A氏を紹介されて話しこんだ。現在はアメリカ在住の富豪でウエルネス(wellness)事業の専門家だ。ウエルネスとはヘルスケア産業の一部だが、ただ健康なだけでなく「輝くように生き生きとしている状態」をめざす生活態度のことで、米国で様々な分野に影響している。

彼によると世界中の権力者、富豪はみな抗老化物質(アンチエイジング薬)を使用してる。人間、持つ物を持ってしまうと最後は秦の始皇帝のように長寿にこだわる。ハーバード大学医学部のデビッド・シンクレア教授が見つけた抗老化物質NMNが人気でプーチンも習近平も打っており(クリスタルなる最上級品)、その効能はというと台湾の某著名企業オーナーが80才で40人目の子供ができたなんて話が飛び交った。

NMNは若返り薬のふれこみで日本でサプリまで出ている。「俺も3回注射打ったけどね」というと、「もっといいの打て、シンクレア紹介するから一緒にボストンいくか」となりちょっと心が動いたが「俺、閉所恐怖症なんだ。飛行機のりたくない」と断った。こいつは治らない。死ぬわけでもないし人にしゃべっちまうと楽という利点がある。ドジャースのオーナーも友達らしく、来年開幕戦の東京ドームのカブス戦に呼んでくれる。ありがと、飛行機乗らんでいいね。

次は中国系米国人のB氏だ。イリノイ大の電気工学/コンピューターサイエンス卒でハーバードMBA。英・中が母国語で理系・MBAという今どき世界最強の学歴である。事業実績あり。凄い人脈あり。性格良し。ビジネスセンス良し。43歳で体力・知力とも人生の絶頂。まったく文句なく僕がかつて会った中でも最上位の人物。初対面で5分で気に入り、おい一緒に事業やろうぜと持ちかけ瞬時にOKをもらった。切れかけだったバッテリーが強烈にチャージされた。

次は、サイバーセキュリティーのC氏。天才と聞いていたが天才だ。ソナーに来社してくれた人の中で最高の部類。ペンタゴンにハッキング?簡単です、最難関はオフラインの突破ですと何を質問しても異次元の話をわかりやすく語る。攻撃できるから防御ができる。なるほどだ。サイバー攻撃による世界の経済損失は2025年に10.5兆ドルになる。テスラ氏は自分しかわからずビジネスにならなかったが彼はできる。5分で投資を決めた。これがマイスタイルである。

こういうスタートアップ企業の株式はIPO(上場)してないからコネがないと買えない(シリコンバレーもそう)。僕のコネでなく、持ってきてくれたのは40代初めの有能な我が弟子たちで、僕は自分で探しに行ったことは一度もないが集まってくるエコシステムができている。日本のこの分野は実に未開拓だが、ではブルーオーシャンで宝の山かというとそうでもない。米国発の新技術を後進国の日本に持ち込めば誰でも少々は成功する。それをじっくり成長させてメガ企業にするのでなく早めにIPOしてちょこっと金儲けして満足という起業家の寂しい志の問題もある。だからユニコーン(10億ドル企業)が出ない。

お会いした3人のような爆あがりしそうな株を探すのが僕の人生最大のホビーであり、ホビーは遊びだから飽きることがない。上場してないから日経平均が上がろうが下がろうが円ドルが上がろうが下がろうが、そんなものは誤差の範囲で全然どうでもいい。そういう企業の株をもってじっくりメガに育てるアドバイスをすればいいからで日々気楽なものである。いちおうすべての知識・経験を総動員してやっていることになっているが、大事なのはそういうものではなく直感だ。直感、第六感を鍛える方法はある。忘れたがどっかに書いた気がする。

そういえばC氏はビジネスをXYZのカテゴリーに分けてる。「エラリー・クイーンみたいだね」というと通じない。「それの後にドルリー・レーン最後の事件ってのがあってね、4部作なんだよ、藤子不二雄みたいな二人組で一人がワーグナーのファンでね、ニーベルングの指輪をまねたって言われてる。こいつはね、人生一回だけ楽しめる。俺は読んじゃったからダメなんだよ、寂しいね」「知らなかったです読んでみます」ちゃんとメモってる。「あのね、いいんだけど必ずその順番に読みなさいね、そうでないとだめだよ」。30代か、若いっていいなあ。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

この不可思議な総選挙はなんだったのか

2024 OCT 30 0:00:27 am by 東 賢太郎

ひょっとして石丸人気でひらめいたのか、支持率ゼロへのまい進をものともせず張り切るキッシー氏を見限ったのは大使閣下お気に入りの”ボク”に首をすげ替える意図だったと思われる。ボクをstrong manに仕立てるには「新鮮なイケメンによる刷新感」を売りに、ボロが出る前に「即刻の解散総選挙」 で速射砲のごとくたたみかける猫だまし作戦が必須だ。それで大勝させて11月に帰国し、アチラから操るのが閣下のシナリオだった。日本側の視点からすればボクをそそのかして踊らせ、「裏strong man」として影響力を行使しようという長老の策略でもあったわけだが、ボクの口から発せられる構文が軒並みSNSのお笑いネタになる事態は見ぬいてなかった。まずい。閣下の不興を買うイッチー女史の登板を避ける手駒は党内野党のゲル氏しかない。その結果があの驚天動地の国会議員投票だった。まるでバイデン・ジャンプじゃないか・・そうして愛国保守がお通夜のごとく沈黙する一夜がやってきたのである。

ゲル氏の登板が国民的な待望でなかったことは、支持率が早々に28%と末期のキッシー政権と10%しか違わぬ所に落ちたことでわかる。そこでゲル氏は裏金議員の非公認など前言撤回をくり返して批判されたが、緊急登板でもあり理解できぬことはない。自民党総裁選中に訴えていた「衆院解散前の衆参予算委員会開催」は、ボクよりは弁の立つ彼としてはまともな手であった。ところが彼はそれをも撤回し「即刻の解散総選挙」に切り替えた。これは驚いた。ボクの擁立が大前提であった「猫だまし作戦」への回帰であるからだ。

猫はそう簡単には騙されない。氏はイケメンでもなければ新鮮なイメージもなく、刷新感どころかキッシー路線の継承まで言っちまってる。こりゃめちゃくちゃだ。現場は対処の間もない。敵方はここぞとばかり裏金ミサイルの集中砲火を浴びせかける。歴史的大敗を喫するだろうという結末は素人にも予見可能であった。ふたをあければ何らの抵抗もなくあっさりとそうなり、野党が不信任決議案を出して自民内の敵方がそれに賛成するか棄権をすれば退陣か解散の二択しかない事態となった。解散は民意に反するだろうから退陣に追い込まれる。つまり将棋なら詰んでいる。ふつう、選挙のプロがそんな馬鹿なはずはなかろう。

僕は犯人が凶器にマンドリンを使うという不可解な殺人現場を残したエラリー・クイーンの名作「Yの悲劇」を想起し、もしかしてそういう驚愕の裏事情があったのか、はたまたゲル氏とモーリー氏が党内の敵方を一掃する自爆作戦を演じたところ、想定外の爆裂に自分が大出血して死にかかったのだろうかと考えた。理由はともあれ聡明なアチラさんの目からすれば非常におバカであり、政治は結果責任がすべてである。こんな輩がstrongに見えることは完璧に、ない。したがって、この選挙は「忠実なstrong manポスト争い」に野党党首も手を挙げられることを示した革新的なものとなったのである。

つまり、前稿で述べたとおり、自民党なるもの、即ち80年の長きにわたって同党が維持してきたマッカーサーのマンデート独占に裏付けられた甘い汁を吸う特権は溶解し、消滅の一途にあることが確認された。我が国がサンフランシスコ講和条約のくびきを解いて真に自立した国家になる第一歩になるのが我々の子孫にとって望ましいが、それができる政治家が何人いるだろうというミクロの議論に落としこまれていくだろう。裏金議員のみならず世襲のお気楽なファミリービジネス議員も一掃し、「世襲はできるが親の地盤の引継ぎは禁じる」という英国型の選挙システムにまで浄化する契機となるのではないか。

「忠実なstrong man」の日本語訳は「ポチ」であり、wikipediaに載せるなら代表的人物の写真はキッシー総理である。彼はそうなるために邪魔な派閥を破壊し、フラットな総裁独裁体制を築いた。ゲル氏がそれを引き継ぐには、どんなに変節といわれようがキッシーイズムを継ぐしかガバナンス保持の方法がない。さもなくば45日で首になった英国のトラス女史の二の舞だからなりふり構わずそうするだろう。イッチー女史は愛国保守の女神とは思うが国際政治はそう甘くない。腹をくくれるかどうかだ。本当かどうか、アチラから聞いた通りを書くが、トランプはキッシーを完璧に馬鹿にしてるそうだ。するとそれを継承する以外に道のないゲル総理の命運も見える。トランプは愛国保守である。来週はいよいよアチラの選挙だ。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

衆議院選挙を支配する法則について

2024 OCT 24 9:09:27 am by 東 賢太郎

これを書いたのは9月21日、石破総理誕生の11日前である。一言一句、変更していない。

自民党総裁選に思うこと

同稿は「自民党の裏金問題は国民の記憶からは消えない」で始まり、「総理は民意を無視して決まり得るが(筆者注:そうなったといえる)、その場合、やがてある衆院選、参院選で自公は “予定調和的に” 大敗するだろう」と結論した。その通りになっているように見えるのは僕に情報があるからではない。事実の集積からある法則の存在が推定され、「それによる予定調和」に至ったと見ているからである。その法則は同稿に譲るが、今の情勢をみると正しい可能性もある。もしそうなら、自民党執行部はそれがわかっておらず、事態は時々刻々と進行し、そのまま行けば自民党なるものは消滅する。

つい先日、目黒駅からタクシーに乗った。「あれMさんですよ」と運転士が指さした前の車はなるほど元大臣の自民女史の選挙カーだ。「泣き落としじゃ苦しいですよね、裏金やっといて」。仕事のメールを読むのが忙しいのでこういった。「そうなんですか、政治は疎いんで」。でも、それはそのとおりだ。涙で法則は変わらない。会食が終わった。僕らは政治など関係ないのでそんな下世話な話はしない。ところが帰路のタクシーの運転士も選挙の話を始めたから参った。「あんなコロコロ言うことが変わる総理はいませんね」。またしてもメールがたくさん来ていて、揺れると小さい文字が読みにくい。「そうなんですか、政治は疎いんで」「ええ、ひどいもんです。あっさり裏金議員を公認しちゃったでしょ、で、批判されると一部は非公認ですって、わけわかんねえですよ、ふざけてますねこいつら、自民党には二度といれません」。そういえば昨日、非公認議員にも公認料と同額の2千万円が出ていたと仰天のニュースがあった。なんと国民を欺くためのヤラセ非公認だったのか、裏金議員を処分した党が裏金を振り込んでいたのかって、あの運転士さん怒ってるだろうなあ。たしかに、それ原資は税金だからなあ。

政治は疎いんでは事実だ。政局は芸能界裏話に等しく、そんなもので世界は動いてない。政治家は政策で選ぶべきだから、その人物が噓つきだと有権者はどうしようもない。馬鹿はあり得ないが嘘つきは最悪なのだ。つまり、何度も書いたが、たかが学歴ではあろうと、噓つきの前科者は政治家にしてはいけないということこそが最重要ポイントだ。コロコロ変わる石破氏がそれだという運転士氏の主張は、しかし、やや違うのかもしれない。なぜなら彼は背後から操作されており、さもないとその場に居続けられないと悟り、意に添わぬ台本に合わせようと観念した発言がコロコロに見える。そう思わないでもないからだ。どう考えても主義主張が合うはずのない岸田政権を踏襲すると言ったが、そうであるならば背後は使い勝手が史上最高に良い岸田氏をクビにする必要などなかったわけだ。彼の低支持率では国会の支配力なしと判断したのだが、新総理のご祝儀があるはずが大してかわらない。こいつは用なしだと岸田に戻しかねないと恐れた。そこで出た、岸田さんとおんなじです、言いなりになりますからご安心くださいという背後への忠誠宣言と思われ、これだけは翻すのはクビになった時だけだろう。

こう書くと夢も希望もないが、仮に高市総理になっていても同じことである。強引にそれを阻止したのは彼女は(あえてぴったりの英単語で書くが)idiosyncraticに見え、教化するのは面倒くさそうだ(あるいは安倍元総理と同じほど無理だ)と判断されたのだろう。忠誠とは愛国保守を押さえ込んで国会を支配し、都合の良い(従って愛国保守の怒りを買う)法案と予算を可決させることであり、それができる者を米国人はstrong manという。男でも女でも野党でも馬鹿でも構わない。いやむしろ猛烈な馬鹿で簡単に手なずけられ、多数いる同レベルの国民の受けがいい者こそがお手軽でベストである。しかし忠誠であればあるほどやってるうちにお里が知れて愛国保守を敵に回すので、支持率は時とともに確実に落ちていくという法則も存在する。だから総理は使い捨てでオッケーなのである。そこで、やばい、捨てられると思うと権謀術数、奸計、裏切りなど秘術、裏技の限りを尽くしてお眼鏡にかなうための芸や大噓をくりだしたりの泥仕合が行われる。これが政局の渦の目であり、岸田氏は今もそれでだから俺のがましだったでしょとクリンチしている。国民にはそうした悲喜こもごもの寸劇に根強いファンが一定数おり、消費税ゼロで企業に課税しますなどと秦の始皇帝でなくてはできなさそうな政策を大真面目に掲げる者すら万年名脇役として国会に居場所があったりする。背後はそんな連中はどうでもいい。1955年以来主役たるstrong manが輩出されてきた、というより、党首にさえなれば自動的にそれにしてくれるマシーンとしての自民党が大事であり、操作すべき対象であった。べつに自民党である必要はないのだが。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

自民党総裁選に思うこと

2024 SEP 21 11:11:30 am by 東 賢太郎

自民党の裏金問題は国民の記憶からは消えない。メディアからはとうに消えているがネットには残って温度感がキープされ、よって次々に新たな書き込みが誘発されるからだ。これぞ情報新時代における政治現象の記憶保持の例として後の政治学者、社会学者、統計学者の恰好の研究対象になるだろう。こと政治に関する限り「台風一過」、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という日本人の社会学的特性は昭和と共に去ったという結論に行きつくことは必至と思われる。国民は馬鹿だからすぐ忘れるという感覚でやっている政治家はどんな大物であろうとオワコンとして国民の記憶から藻屑のように消し去られ、「そうやって消えた寂しい政治家」のカテゴリーの一員として記憶保持されるだけだろう。

全国津々浦々にある裏金問題の怨嗟の中で米国追従だけに全身全霊で邁進してきた岸田政権において、支持率回復になり得る新たなネット情報を誘発する可能性は極めて微小であり、仮に書きこんでも影響あるほどのPVを獲得する可能性は限りなくゼロに近い。よって、それらを先行指標とする支持率がゼロに収束していくことは、何度も指摘した数学的ともいえる自明の理なのであった。それは情報拡散力や発信ソースの多様化など往々に指摘されるウエッブの特性のみにとどまらず、国民の行動、意思決定に関わる現象、いわば思考回路の形成にまでネットが関与しているゆえの現象だ。回路が変容すれば求める情報、その質と量、そしてそれをインテリジェンスとして引きおこされる個々人の判断や行動も変わることも、これまた止めようのない自明の理だ。それは例えば「国民の6割が1か月に1冊も本を読まない」という情報の受け手側の事情に原因の一端をうかがい知ることができるが、その解釈を間違ってはいけない。6割の国民が文字離れの馬鹿になったのではなく、賢い人もネットでしか読まなくなったのである。

この現象はウエッブという増幅器によって加速度的に進行し、自動車が人力車に戻らなかったのと同じほど逆行、復元の可能性はゼロである。止める方法は日本国民にネットの閲覧を禁止する法律を作るしかない。都知事選においてネット発信で戦った石丸候補の得票数に今更驚いて石丸現象などと騒ぐ既存メディアの運命も、従って “予定調和的に” すでに見えているのである。そうか、それがニュートレンドだ、そうであれば石丸に習って「若返り」だと43才を売りにする自民党幹部の思考レベルも国民はネットを通して完全に見透かして冷笑している。自民党員しか投票はできないからそれでも総理は民意を無視して決まり得るが、その場合、やがてある衆院選、参院選で自公は “予定調和的に” 大敗するだろう。

僕は都知事選で石丸氏に投票したが、それは彼が若いからではない、京都大学でちゃんと勉強していることを演説と討論会の言説で確認できたからだ。それを欠いている人の発信は、最初はテレビだけでも瞬時にネットで配信され、ウエッブで増幅され、様々な第2次配信者による色付けがなされた状態で永遠に残る。次回話題になったとき、全有権者は自由に随時にそれを何千回でも再現でき、既存メディアの得意技である「報道しない」という世論操作はもはやできない。報道しなければそのこと自体を国民は「印象操作だ」と認識し、確実にその政治家の「負の印象」が不可避的に固定化する。やればやるほど学習効果によって強固に固定化する。ウソだった公約は、公約内容は忘れても「嘘をついた」という事実は永遠にクローズアップされる。そのころ、1か月に1冊も本を読まない有権者は7~8割になっており、ネット依存は決定的になっており、オンライン選挙への移行から逃げようがどうしようが、投票行動にそれが影響を及ぼさないはずがないのである。

それはリスクを伴う政治判断をする場合に政治家に不利益とも考えられるが、その時点で是であると国民も考えたならそういう形で記録されるので結果が非と出ても傷にはならない(それこそが民主主義だからだ)。つまり政治家は国会で民意を問うという当然の義務を果たせばよいだけだ。それを無視した岸田政権が党議拘束をかけて強引に押し倒して通したLGBT法案決議の悪評は強固に記憶保持され永遠に許されないが、それは民主国家における自業自得という一例にすぎない。つまりそういう政権は悪評と共に潰される非業の末路を迎える。その事例が増えれば失政のステレオタイプとして国民の脳内に蓄積し、それを喚起するネットの書き込みがあふれて印象を増幅し、それをした政治家は投票されなくなって落選するだろう。未来に誰がどう言おうと俺は構わない、強引に権力を奪おうという政治家には抑止力にならないかもしれないが、どういう人間を当選させるとそうなるのか、これからの国民は中高生あたりから多くの事例をネットで見聞きして学ぶことができ、反復のシミュレーション効果が表れ、やがてそういう兆候のある者を政治家に選ばなくなる。思考回路とはそういうものをいう。

衆議院議員も参議院議員も、すべからく自民党議員は選挙の顔をすげ替えなければ次の当選が危ないと懸念するのは昭和・平成の選挙の残り香である。周囲がそう考えて行動するのだから「美人投票」で生き残るには仕方ないが、恐らく、石丸氏はそう考えないだろうしそういう議員が増えるだろう。表紙が替われば悪書が良書になるなどという場末のマジックショー並みの安いトリックは、候補者の知名度とテレビの露出ぐらいで投票するしかなく青島幸男や横山ノックが知事になった時代の遺跡だ。そういう結果を民意がもたらしたのだから当時の有権者がその程度だったということだが、ネット情報で新しい思考回路をもったこれからの有権者はそうはいかないだろう。デパートの包装紙であれば何を贈っても喜ばれて安心だというのは昭和の話で、デパートの方が消えていく今ではナンセンスなのである。喜ばれるのは中身だ、本当に良いものだけが生き残る。

以上を書きながら思い出したのは、コロナが出てきた2020年の8月に書いたブログ「ジャイアンであるためにジャイアンな政府」だ(注)。ロンドンで生々しく体感し、我が政治観の原点になった「サッチャー政権と英国民の民意の関係」についての論考である。僕は彼女のしたことを支持するし、基本的に小さい政府を良しとするが、それがサッチャリズムという呼称と共にネオコン、新自由主義に姿を変え、こともあろうに社会主義、共産主義に近い思想に摺り寄せられて解釈されたことには大きな違和感を覚える。彼女はエスタブリッシュメントの巣窟である保守党で異例の中流の出である。英国では議員の世襲は親の地盤を継げないなどフェアな制限があるがクラス(階級)にそれはないためにいじめにあった。田舎の雑貨屋の娘はまず階級と闘争する必要があったのである。しかしオックスフォード大学で化学を専攻した彼女の知性と意思は非常に堅牢だった。周囲をメジャーでないユダヤ系の切れ者の登用で固めるという策で切り返し、国柄を変えるほどの大改革を成し遂げた。大政治家でなくて何だろう。戦争を仕掛けた是非はあろうが、あのころ、ロンドンの空気はというとまるで13連敗してプライドがズタズタだった2017年の読売巨人軍みたいなものであり、フォークランドを取り戻したことがどれだけ国民の士気を上げたかわからない。これに勝利してそれまで不人気だった政権支持率は保守層のみならず労働党支持の大衆においても急上昇した。クラス社会、男社会を正面突破した彼女の看板は「女」でなく「鉄」だ。「初の女性総理」が売りなどというくだらないうたい文句は、その空虚な意味のなさにおいて「初の43才」と何の相違があろう。鉄はサッチャーの学識、知性、意思、決断力そして何より愛国心に与えられた称号だと僕は思う。

 

(注)2020 AUG 17に書いた「ジャイアンであるためにジャイアンな政府」は2025 AUG 17に「権力者であるために権力者でいたい政府」に改訂しました。

 

権力者であるために権力者でいたい政府

 

 

 

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

▲TOPへ戻る

厳選動画のご紹介

SMCはこれからの人達を応援します。
様々な才能を動画にアップするNEXTYLEと提携して紹介しています。

ライフLife Documentary_banner
加地卓
金巻芳俊