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カテゴリー: ______わが球歴

あなた変な人ですね

2018 FEB 10 1:01:06 am by 東 賢太郎

クラシック音楽ファンが働く業界ランキングは知らないが、証券業は最下位に近い方であることは間違いないだろう。企業オーケストラはメーカーに多いが商社にもあり、金融だと銀行にもある。しかし証券会社のはきいたことがない。僕のいた会社を思い浮かべても、100年たって富士山が噴火して消えていようと人工知能の総理大臣が誕生していようと、あそこに交響楽団が設立されているとだけは思えない。楽器演奏はおろか、本格的にクラシック好きという証券マンに出会った経験もない。40年近く業界にいるのだから恐るべきことだ。

忙しくて無理というのもあるだろうが、もともと静かに交響曲を聴いたり幼少から楽器を習って学生オケに入ったりという家庭環境の人は証券界のような粗暴な世界には縁遠いのだ。日本だけかと思ったが、米国でもモルガン・スタンレーやゴールドマン・サックスにオーケストラがあるとは聞かないから国際的にそうかもしれない。たしかに、世界の証券マンを見わたしても、バックオフィスはともかくフロント部門には強欲、野獣系が多く、高学歴ではあってもインテリヤクザの観がある。

お前もそうだといわれそうだがそうではない。もともとピアノを弾いたり交響曲をじっと聴いたり系の人間であって、ただ尋常でなく株が好きだ。これは星が好きなのと同系統の趣味で、お買い得の株を探すのが飯より好きである(だからソナー探知機の社名にした)。そこにお金が落ちているのにどうして拾わないんですか?あなた変な人ですねと他人を説得することに情熱が入ってしまう。別にそんなことが生き甲斐でも得意技でもないが、本能、本性なのだからそれで飯が食えるんなら楽でいいというのが僕のようなクラシック好きが証券界に棲息している唯一の理由だ。

一方、証券界に野球好きは多い。きのうは弁護士先生がやはりそうとわかり、都大会ベスト8で京華に負けましてなどときくと神々しく見えてくる。こっちはたいした戦績もないが、わかってくれるかなと話すとわかってくれる。これはキャッチボールしてちゃんと胸元にバシッと速球が返ってくるあの清冽な折り目正しさを伴った感触であって、こう書いてもわかる人しか全然わからないだろうが、わからない人や女子供に話しても「でも負けたんでしょ」で終わるあの馬鹿らしい淋しさの対極なのだ。無理に「へ~すごいですね」と確実に何もわかってないのに言われるとすきま風は倍加するのであって、先生との会話はまさしく一服の清涼剤であった。

硬式野球経験者でクラシック好きとなるとどうかというとやっぱり珍種であることは確実と思われる。野球好きからもクラシック好きからも証券インテリヤクザからも、いったん仲間かなと期待されるだけにそれがかえってあだとなり、えっそんなのも好きなの?あなた変な人ですねと引かれてしまうのだ。だから友達はそのどれでもない人しかいないと言って過言でない。彼らは元から別世界の人としてつきあってくれるし、こちらも無用にそのとんがった所を見せずに平穏につきあえるからだ。

要は「3種混合」であって自分でもそのどれがホンモノかよくわからないというコンプレックスな人間ということになる。既製品の鋳型にはまりようがないから日本で生きにくかったのはそれもあるかもしれない。あえて、どの同種と話すと楽しいかというと、それはもう圧倒的に野球ということがこのところの一連の経験で自覚した。僕は音楽家でも証券マンでもなく、野球人間オズマだったのだ。しかし、ないものねだりだが、色覚さえ普通なら絶対に宇宙物理をしたかった。

ディールの追い込みで3連休など存在しないが、気持ち的には小休止してマサチューセッツ工科大学物理学教授、マックス・テグマーク氏の著書「数学的な宇宙」(究極の実在の姿を求めて)にとりかかることにした。氏は51歳と若いが数学的宇宙仮説の提唱者として知られ、200以上の論文・著作を持ち、その内の、9つは500回以上引用されている傑物である。宇宙のことは誰もわからない。物理学といって哲学に思えるものもある。であれば、おそらく人間の知るワールドで万物の説明言語として最も解明力のあると思われる数学に頼ってみるのが筋じゃないかと素人なりに思うのだ。

中村先生の紫色LEDとレーザーをわかるのに高校の物理の教科書を読んでいるレベルだ、この本が平明に書かれているとはいえわかるとは思えないが、本能的に引きつけられるものがあるから仕方ない。毎日こういうことをする人生も楽しかったろうと思うし、こうして空の彼方を考えているとヘンツェの交響曲が聞こえてきて、やがて星の彼方に父はいるというシラーの詩から第九交響曲が聞こえてきたりする。そうして音楽愛好家の自分がたちあらわれてきて、ますます人間とは何かがわからなくなるのだ。

 

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野球ロスという憂鬱

2017 NOV 5 17:17:21 pm by 東 賢太郎

2012年というとSMCが始まった年だ。その年の9月にブログというものを初めて書き、11月4日に投稿したのがこれだった。

アメリカには季節は2つしかない

いまの気持ちそのものだ。毎年ここで精神がダウンしてきたんだと思うと、もう風物詩とでも考えるしかない。正月、桜、梅雨、花火大会、秋晴れ、台風のようなもので、「野球なし」は俳句の季語になるばかりかこの世の終わりに近い気もする。

僕は基本的に退屈を知らないが、ここ数日は確実に退屈するだろう。他のものがなくなるわけではないが、野球の喪失感を埋めるものは無い。つまり、日々の楽しみというならば飲・食・聴・読・書などいくつかあるが、これがおきるかどうかで判断するならば、僕の人生に最も大事なのは野球であるということになる。

ソフトバンクの松坂がとうとう戦力外通告となりコーチ契約のオファーをけって退団するそうだ。「もう一度マウンドに立ちたい」ときくと、とてもシンプルに、腹の底からわかる気がする。まだいけるぞ、やれやれと。僕ごときが松坂におこがましいが、野球少年だったのはいっしょ。そうじゃなきゃ、それがわかんなきゃ、あんなことやってないし。

ときどき夢に出てきてきてはっと目が覚めるのは、マウンドの投球プレートに白球がぽんとある景色だ。それが僕のマウンドの一番の記憶ということなんだろう。高校生は最後のアウトをとった球を、そうして置いてベンチにひきあげる。礼儀みたいなもんだ。だから、守りにつく側の投手がマウンドに登ってご対面するのはきまってその景色なのだ。

上の写真はちょっとちがう。こういうことはあり得ない。実際はスパイクが掘った穴ぼこが荒々しく野蛮にぽっかりあいていて、そこに球がはまっているのである。こんなに土がきれいな状態は初回だけだが、初回に置いてあることはない。ネットで探したがそういう写真は無かった。写真家の美のイメージと、そこで闘争している者の残す生々しい痕跡は似て非なるものだ。

梶井 基次郎の代表作「檸檬(れもん)」にこういうくだりがある。

「えたいの知れない不吉な塊」が「私」の心を始終圧えつけていた。それは肺尖カタルや神経衰弱や借金のせいばかりではなく、いけないのはその不吉な塊だと「私」は考える。好きな音楽や詩にも癒されず、よく通っていた文具書店の丸善も、借金取りに追われる「私」には重苦しい場所に変化していた。友人の下宿を転々とする焦燥の日々のある朝、「私」は京都の街から街、裏通りを当てもなくさまよい歩いた。

そこで、前から気に入っていた寺町通の果物屋でレモンを一つ買って、ひととき幸福な気分になった「私」はこういうことをする。

久しぶりに丸善に立ち寄ってみた。しかし憂鬱がまた立ちこめて来て、画本の棚から本を出すのにも力が要った。次から次へと画集を見ても憂鬱な気持は晴れず、積み上げた画集をぼんやり眺めた。「私」はレモンを思い出し、そこに置いてみた。「私」にまた先ほどの軽やかな昂奮が戻ってきた。

そしてこう書くのだ。

見わたすと、そのレモンイエローはガチャガチャした本の色の階調をひっそりと紡錘形の中へ吸収してしまい、カーンと冴えかえっていた

カーンと冴えかえっていた。穴ぼこの白いボールがまさにそうだった。夢に出るのは炎天下の7回ぐらいか。打たせたくない、がんばるぞ、でもしんどい、ものすごく暑い、もう握力がない、球はすこし泥でよごれてるぞ、汗ですべらないかな、ロージンバッグだ・・・。

しかし憂鬱がまた立ちこめて来て、画本の棚から本を出すのにも力が要った。次から次へと画集を見ても憂鬱な気持は晴れず、積み上げた画集をぼんやり眺めた。

いまはそんなものだ。

 

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(PS)

現在、東のブログがトップページからは開かない状態になっております。SEさんが調べたところ「wordpressのアクセスカウンタープラグイン”Count per Day”が原因で、東さんのサイトはアクセス数が非常に多いため、高性能な分たくさんの情報を内側にストックしてしまい、それが限界を超えたという形です」との連絡がありました。修復すべく作業をお願いしております。

 

オレンジバット悲話

2017 SEP 12 0:00:26 am by 東 賢太郎

野球のU-18で、話題の清宮は高校111号を放ったが広陵の中村が打てなかった。これが木製バットに慣れてないせいだという記事があって、本当にそうかどうかはともかくさもありなんという気はした。

僕らの代か次あたりまで高校生もバットは木製だった。木のバットの快心の打球音はカシーンだが芯じゃない打球音はそれ以外のすべてだから外野手はでかいかどうか音で瞬時にわかる。しかし金属バットである甲子園大会の打球音はどれもこれもクィーンで、あれじゃあ音で初動を判断できないと思う。なお、軟式というのはゴムまりであって打感も音もぜんぜん別物だ、あれは別なスポーツだと思った方がいい。

大学に入って閑になり野球の虫が騒ぎだして、同期が監督だったものだからご厚意に甘えて九段高校硬式野球部の夏連に参加させてもらったことがある。フリーバッティングの順番が来て、人生初めて手にしたのが金属バットだった。

金属バット

打ったら感触がぜんぜん違う。芯を食った感じが鈍いが、外しても手が痺れない。テニスでいえば「デカラケ」の感じというのが近い。芯でなくても反発力があって、芯付近なら非力な僕でも軽く振り抜いてレフトを超える。なんだこれは?という感じであった。木製で芯を外すと悲惨だ。飛ばないし手が痺れて、気温が低い時は感覚がなくなるほど痛かったりする。しかもすぐ折れる。バットは高価なのだ。内角を攻めてバットをへし折るのは投手の快感だが、金属は折れるどころか詰まっても内野を越されるなと感じた。投手はたまったもんじゃない。甲子園大会でホームランが多いのも、振り回して当たれば飛ぶバットと筋トレの相乗効果だろう。でも木製は芯に当たるかどうかだ、それじゃあ通用しないと思う。

木製バット(アオダモ、硬式用)

高校時代、僕はずっと6番で打撃は好きだった。バットは木目が詰まって真っ直ぐなのを厳選して大事に使ったが、あるときOBのYさんが部に差し入れてくれたオレンジ色のバットがぴったりで快打を連発したものだからいつしかそれは僕専用になった。毎日手塩にかけて大事に磨き、乾燥に心がけ、折らないよう打席では一球ごとに入念にマークの位置を確認した。バットコントロールは我ながら非常に良くて、バントではずされてバットを投げて当てたこともある。だから打ち損じてバットを折ったのはたぶん1,2回ほどであり、このバットを生涯の伴侶としようとまで誓っていたのである。

練習試合の聖学院戦で相手の快速球左腕におさえこまれ3安打完封負けしたが、僕はセンターのフェンスまで三塁打を放った。ナイン推定の飛距離100mで両翼ならホームランだから人生一番の当たりだった。しかしなぜか、お前のあれはまぐれだ、Y先輩のバットが凄いんだということになってナインはそっちを称賛し「オレンジバット」と命名までしたものだ。確かに、あれはスイングのパワーでなく、トスバッティングの感じで当てたら高めのストレートが凄く速かったので遠くへ飛んだのだった。ホームランもそういうのがあるんだろう。ついでだが、こうやって芯を食うと手は何も感じない。「感触はいかがでしたか?」と知らないアナウンサーは聞くが、感触が残れば残るほど悪い当たりであって、その最悪が痺れなのだ。

とにかくその後も僕はよくタイムリーを打ったので、神であるオレンジバットを折ったらいかんという部内の空気になってきて誰も使わなかったが、練習の日にフリーバッティングでT先輩が「俺にも打たせろ」とそれを持って打席に入った。嫌な予感がしてわざと軽く投げたが、打ち気にはやったT先輩が思い切り振ると手には見事にグリップだけが残っていた。オレンジバットの最期である。動転してたんだろう、なぜか「すいません」と謝ってしまい「いいよ俺が悪いんだ」と気まずい会話があったが良くないのはこっちだった。以来、僕の打撃は絶不調に陥った。

思えば木のバットは工芸品というか、一本一本個性がある。形は規格でそろえられても、材質も重量も同じものはない。特に木目が大事で、反発がいいかどうか、折れやすいかどうかはそれで判断した。打席ではマークを正確に自分の体に向ける。そうしないと折れるのである。打撃というのは芯に正確に当てることだ。芯を食うかどうかで天国と地獄だから振り回すよりピンポイントでたたくスイングを僕はした。金属は少々アバウトでも当たれば飛ぶデカラケ、デカヘッドのドライバーだからスイングも振り回すだけでアバウトになるんじゃないか。

そういえば金属バットはどれもおんなじ規格工業品で味がない。僕は大事な試合前にバットを抱いて寝たが、金属だったらどうかなと思う。これはLPレコードとコンパクトディスクの関係に似ているかもしれない。レコードは同じものは二つとない。名演の美品は中古で何万円もの価値が出る。CDは何十万と同じものがあって、少々傷があっても問題なく鳴ってしまう味気ない物体である。鳴ることの有難味より味気なさの方が勝って、なんとなく僕など大事に手入れして保存しようという気が失せてしまう。

オレンジバットは僕にとって神品だった。プロ選手はだいたいそういうぴったりくる自分モデルを持っているようだ。カープの安部もそうときくが、去年からC28と刻印された新井モデルにしたらしい。二人はタイプは違うが、バットの好みは感覚的なものだ。昨年259打数73安打、打率・282の数字を残した安部だが、たくさん用意した新井モデルのバットはシーズンが終わるときには1本しか残ってなかったそうだ。戦友、散るだ。この感覚がどうにもいとおしい。

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この時代に間に合ってよかった

2017 AUG 23 1:01:21 am by 東 賢太郎

なんでも積極的にやってみるもんだと思ったのがyoutubeへのクラシック動画アップロードです。きっかけはブログに貼った動画が頻繁に消え、他人のを拝借するとそうなるなら自分で作ろうと思ったことです。5か月前にテンシュテットのブラームス4番をアップしたのがスタートで、気がついたら動画数56、チャンネル登録者79人・視聴回数14,780回になってました。ほとんど欧米人のようでイタリアのピアニストの方もおられ感慨深いものがあります。

動画を貼るような芸はなく音のみで、しかも独断と偏見でいいと思ったものだけであり言葉を交わすわけでもない、それでもサブスクライブしてくださるのはテーストが合うからでしょう。趣味が広いですねとよくいわれますが、実はニッチで狭いです。音楽に限らずそうです。この狭さを分かってくださる79人なのかなと想像しますし、音楽には人種も国籍も宗教も言語もなくて、わかる人同志は自然に集まるものなのかなと思いました。

ネットに発信する人の99%は「いいね」を求めています。だからどんな人にも受け入れられようと、実物よりいい人になって、あえてテーストは出さない傾向があると思います。数字が増えるのを見て誰かとつながっている充実感を求める人やバナー広告料が欲しい人はそれでいいと思いますが、僕は趣味を共有してくれる人にお会いしてみたいのです。

この時代に間に合って生まれてよかったと思います。いまの日本、これだけ物質的に豊かなのに老若男女問わず「人生孤独だ」「寂しい」と感じる人が増えているという統計があるそうですが、youtubeで発信をしてみたらそんなことはないとわかります。人の個性は誰のものであれ地球人口70億分の1のニッチでしかありません。しかしネットはそれでも気の合う誰かを無料で見つけてくれます。

ちなみに僕は長年、写真の仁丹ガムのおまけ、12球団メダルを探してます。小学校時代に集めてましたが12球団そろいませんでした。全部あればぜひ欲しいですが、右のように部分しか出ないしすぐ売れてしまいます。世の中、こういうニッチなことに懸命になってる人がいて、競争相手ではありますが友達になれそうな気もします。

 

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

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野球人類学《キャッチャー》

2017 AUG 19 22:22:13 pm by 東 賢太郎

野球人間オズマなものだからそれ以外のスポーツは基本的に見ない。僕は選手の動きを自分の五感で感じたいタイプで、体育程度でまともにやったことないスポーツはそれが無理だから見てもつまらないのだ。

ゴルフはシングルだったこともあるが野球打ちを改良したインチキで、グリーン上で麻雀をしてただけ。野球選手だった余興でできただけだ。女子プロと回って飛距離さえ別物と知って、男子プロとは同じスポーツをしているという感覚がふっとんでしまった。

前回に30年前のゴメンの話を書いたが、見ているほうには大したこともないことが当人には一生の記憶、場合には心の傷にもなってしまうのはどんなスポーツでもあるだろう。高校生活というとほぼ野球しか覚えてない僕にとって、甘酸っぱい思い出など皆無であって「苦味」ばっかりみたいに感じる。

当時の我々は東京都3、4回戦ボーイで相手を選んでやる練習試合も5分5分ぐらいだ。負けが多い。ホームラン、サヨナラ打を打たれた球はコースも覚えてるし夢に出る。首にぶつけてしまって騒ぎになった死球は指先にひやっとする感覚が残ってる。

さて、捕手だ。投手は山の上で試合時間のほとんどを彼のサインとミットを凝視して過ごす。200回近く彼の返球を受けるが、そこに無言の「ナイスピッチ」や「このボケ!」がこもってる。例えば練習で200球投げて、最後の10球は連続ストライクでないと10球やり直しになる。サインを出してだ。これができなくて辛かった。終了のOK出すのは捕手であり、女房というより主人であった。

投手が試合を握るというが、投手を気持ちよく乗せるのも流れやムードを作るのも捕手だ。だからいい捕手がいると打席で磁力を感じて嫌だった。しかもその捕手に打たれるとチームを乗せてしまってだいたい負けたと思う。きのう巨人の宇佐美という2年目の左打ちの捕手がサヨナラホームランを打ったのを見た。嫌だなあ、なんか育つと阿部2世になりそうだ、雰囲気も弾道も。セリーグでは捕手ではないが阪神の大山と2人、要注意マークである。

捕手は重労働でそんなに打たなくてもいい。ところが今日の甲子園、広陵の捕手、中村くんには驚いた。4-4の9回に聖光学院の背番号1番が投じたウエストボール、できれば振って三振してくれという速球をレフトスタンドに突き刺した。渾身の高めストレート、あれを打たれると投手は身も心も打ち砕かれてしまう。彼は既に直後から顔に出ていた。6-4で負けると泣き崩れて監督に支えられて引き上げた。男は人前で泣いちゃいかんが、これは完璧に許される。

中村は肩もコントロールも抜群で、バントを拾ってゲッツーにした二塁送球は記憶に残る。投手でも行けるだろうが広陵は先輩の巨人・小林誠司が入部は投手だったが広島・野村祐輔にゆずって捕手になってる。広陵というと広島は古くは投手の佐伯、野手で金本、現役で捕手の白濱、投手で中田、野手で上本、土生がいる。中村はドラ1は間違いない。取れたらいいなあ。

 

野球人類学

 

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グラウンドで出る「男の器量」

2017 AUG 17 12:12:04 pm by 東 賢太郎

ネットに「カープ福井、インスタで炎上」とあって何かと思ったら、福井投手が巨人戦のきわどい判定に不満を示すような写真をインスタグラムに投稿して「女々しい」などと批判されたらしい。

久々の先発で満を持して臨んだその試合、4回までは素晴らしい投球だったが、たしか坂本へのナイスボールを「ボール」と判定されて次に打たれた。そこから一気に崩れだして大量失点してしまったのがよほど悔しかったのだろう。

でも勝負はキレた方が負けだ。僕は人に言う権利はない、「歯を見せるな」と先輩に厳命されたのはすぐ顔に出るからだ。30年ぶりの高校の同窓会で二塁手だったOくんに「東、あの時悪かったな」といきなり謝られたのがそれだった。

あの時といっても大昔だ。1年の秋季大会、背番号1で初の公式戦マウンド。ショートゴロで楽勝ゲッツーのトスを彼がぽろっとやって、その時僕ががっくりきてなんだよという顔をしたらしい。らしいというのは、覚えてないのだ。

相手は甲子園クラスの強豪校(国学院久我山)で、たしか3、4回まで0-0だったが結局打たれて9-0で負けた。あのエラーでと思っていたからOくん、30年も気になって「ゴメン」だったんだろう。

キレて打たれた僕の方が圧倒的に悪いじゃないか。しかもそこまで怒っておいて完全忘却してるとはなさけない。申しわけない。審判に怒った福井も反省だがチームメートにそうした僕は重罪だ。

そういえばきのうの広島・阪神で久々に先発した藤波がおかしかった。ええっ?というほど。春夏連覇で高校生は誰も打てなかったあれほどの投手がどうしちゃったんだろう。投球動作に入ってタマを落っことすし、右打者に2回も顔面に向けてデッドボールだ。イップスでもなったか?ハートは大丈夫か?心配だ。

2回の表。手元が定まらない藤波は143kmの直球を投手の大瀬良の左肩にぶつけてしまう。あやうく顔面の球だった。倒れこんだ大瀬良。投手に当てちゃいけないのは不文律である。両軍、スタンド、異様な雰囲気になり、乱闘の緊張が走った。ところが大瀬良は起きあがるとすぐに藤波に笑顔を見せた。呆然とする若い捕手・梅野まで大丈夫だよとねぎらって一塁へ行った。

2か月半も二軍調整だった期待の藤波を「選手生命をかけて投げろ」と送り出した金本監督は、5回の途中で彼を降ろした。被安打7、与四死球7だが失点はまだ3で、しかも次打者は9番大瀬良。あと1死でひと区切りの5回完投だ。それなのに、8番石原に顔のあたりの抜け球で四球を出した、その瞬間に見限った。「ああしてくれた大瀬良に当てたらいかん」の男の心遣いを感じた。

たかが野球というなかれ、人間の生き様はこういう真剣勝負の中で浮きぼりになる。福井は女々しいと言われてほしくないし、藤波はあそこで替えられた生涯の屈辱をばねに復活してほしい。そして、大瀬良、金本を「立派な男だ」と思ったその僕はというと、問答無用で、二人ほど器量のある男ではないということになるのだ。中学から一緒に戦ってきたOくんの美技で助けられたことが何度あったか。グラウンドとはそういう所だ。

 

「オズマ」に戻った九段高校同窓会

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広島カープにマジック33が点灯

2017 AUG 9 1:01:44 am by 東 賢太郎

早いものです。もう出てしまいました。マジックナンバーそのものはいいです、単にカープの勢いの象徴ですから。負けないですね、それが勝負強いということでしょうね。2年前まで勝負弱さの見本みたいだったチームがどうしてこんなことになるのか、謎です。僕の想像できる域を超えてる。ハーバード・ビジネススクールの教材にしたらどうかとまじめに思います。

思えば2年前の黒田、マエケン、新井を擁しての弱さも想像を絶するもので、あそこで落っこちた謎の要因が今年はプラスのベクトルに転じて倍返ししたということかもしれません。いずれにせよ、どっちも謎であります。

強打線といいますが今日の中日戦、先発の22才、鈴木翔太に7回1死までノーヒット・ノーランでした。今年はキャンプ中継をこまめに見てこの聖隷クリストファー高の鈴木は嫌だなと思ってた一人で危なかった。1点取ったはよかったがゲームは1-1で延長になって結局引き分けでした。でも結果はいいのです。

凄いと思ったのは8回の中崎から1イニングずつ投げた今村、中田、一岡、ジャクソンで5回を1安打完封9奪三振だったことです。延長に入っての3人は2,2,3三振(9アウト中7個が三振)、この3人のストレートは強烈だった。これで中日は負けてないのに「フォール負け」した感じになったでしょう。

猛暑で打高投低が定番の時期です。それも大島のような絶対三振取れなさそうな打者から2つ、こういうのを目撃してしまうともうどうしようもないとプロでも相手はビビるんだろうなあ。それが積もり積もって相手はカープ戦というと心理的に引いてしまいミスするから勝てる、好循環ですね。

夏の甲子園も開幕しました。今年は6,7月と仕事が山場で、暑くなってからここまでやけに長く感じました。例年ここに至ると高校球児の姿に元気をもらって暑気をはらうのですが、もうカープに十分もらってしまってお釣りがきそうであります。

追記

この試合、中日森監督が前日に娘さんを亡くしての指揮とは知りませんでした。同じ62歳。言葉がありません。

 

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ピッチャーは自信過剰か

2016 NOV 16 18:18:54 pm by 東 賢太郎

「ピッチャーというのは概ね自信過剰じゃないと務まらない」

西室オーナーの2016プロ野球 3強チーム影のオーナー鼎談(極秘) でそう発言してしまっているが、僕ごときの球歴でほんとうはそんな偉そうなことが言えたもんじゃないから少しいいわけをする。それは僕は野球の球を放る以外の偏差値は何ひとつ高くない少年であったことだ。

運動神経はないので投手しかやったことがない。おそらく理解されないが、ゴルフの女王だった不動裕理は体育が2だったとどこかできいた。同じ動作を繰り返す投手はゴルフに似ている。だから硬式の投手経験者で僕ほどそれだけという純粋培養もきっと珍しく、ほかに取り柄がないのだから自信を持つならそこしかなくて(現にそうだった)だから過剰なんだというのがいいわけだ。

でも結論をさきにいうと、わけわかんなくなるけど、過剰じゃないんだ。むずかしいが説明してみたい。まず投手は頼るのは自分だけなので自信がないと務まらない部分はたしかにある。なければ18メートル先から打者が思いっきり打ち返してくるマウンドにいるだけで命が危険だしこわい。こわいとストライクが入らない。だから最初のうちは自信が10だとすると12~3ぐらいに突っ張っていくイメージもあった。

しかし、ピッチャーはそういうカラ元気が役に立たないことを打たれるたびに思い知らされ、自分にシビアになる。お山の大将というイメージがあるのは身体能力の高いでかい人が多いからで、むしろ変化球の握りをマニアックに研究するオタク部分もあって(ダルビッシュがそうらしい)、僕は球の伸びオタクだからブルペンで伸びが悪いと試合前から今日はいかんと結果がわかってしまった。結構繊細なのであって、自分は説得できないから自信過剰にはなりようがないんだ。

一応野球少年はみんなピッチャーをやりたい。みなタマが速いがそれは当たり前で球筋というのがある。直球の質だ。野手には投げられないし高目は素人はまずバットに当たらない。それは将棋や囲碁の差みたいなもんで、アメリカ人のチームメートが打撃練習で20球で1球も当たらなかったと言ったのはやってきた野球がそういうレベルならきっと当たらなかったんだろうと思う(覚えてないが)。

あの大会、第1試合で優勝候補に11-2で大勝し、翌週の三菱商事戦は初戦をみた相手にビビり感もあって10-0の5回コールド7奪三振でノーヒットノーランだった。ピッチャーはどっかでこんな感じのやったぜ体験してる。してないと1、2度の大失敗でめげてしまう。めげたらそこが終点だ。あの伊良部いわく、そうやって一寸先が見えない霧の中を山に登って行ってどこかでもう限界だとなる。その地点が高校か大学かプロかメジャーかなんだそうだ、その世界は深遠で実感できないが。

だから自信過剰じゃないと務まらないかというとそうではなくて、基本的には成功体験だけ覚えてるアバウトさと、今日もそうなるさという楽観的なメンタルじゃないと剛球があってもピッチャーは苦しいと思う。どんなに自分を鼓舞しようと自分知ってるからまっさらなマウンドに登るのはいつも怖いし強そうな相手だとケンカと一緒でひるむ。いきなり四球だったり真芯で打たれると今日はダメかなとなってしまう。

米国の初戦、相手は優勝候補とはきいてたがよ~しやったろうじゃねえかと思ってた。ところが試合前のノック見てこりゃ凄いと思ってしまい、これがまずかった。先頭にストレートの四球、2番に初球を左中間二塁打と、5球で1点取られた。そこで「やばい、コロラドから飛行機でやってきて負けたらシャレにならん」と思った。あとは覚えてないが最終回に相手から「意地見せようぜ~」の声がでてやっと勝ったと思った。火事場の馬鹿力だ。普通は過剰な自信や気合ぐらいでそういうことは起きない。

日ハムの増井と吉川はプライドの問題よりもエヴェレスト登山してた人に、わるいな明日からアイガー北壁だみたいなもんだったろう。失敗したら誰が責任とってくれるの?もあったろう。プロのピッチャーは自営業者だからね。監督は人事権がないから店長みたいなものだけど栗山は選手実績ないからかえってコーディネーターに徹することができて日ハムの経営スタイルにうまくハマってる気がする。優秀なマネージャーだね。

西室オーナー、ピッチャーは偉そうなこと言うは人の話は聞かんわでいつも申しわけないが、実は小心ものなんだ。

ピッチャーの謎

 

 

 

剣道範士八段 湯野正憲先生のことば

 

Yahoo、Googleからお入りの皆様

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ガーシュイン 「ラプソディー・イン・ブルー」

2016 NOV 13 1:01:31 am by 東 賢太郎

大統領選はお祭りでもある。僕的にはヒラリーは裏表がありそうで好かない。負けてくれんかなあと思ってた。ウォール街、株式市場の住人なんだから彼女を応援すべきなのだが、僕の嘘つき政治家嫌いには理屈も損得もない。消去法のトランプ応援だったが、狡猾なインテリでも利権だけの職業政治家でもないのはいい。不動産や株のディールに嘘は通用しないし、口だけのインチキ野郎でなさそうなニオイのするところを有権者は見たと思う。

このお祭り、五輪やワールドカップといっしょで4年おきだ。そのたびにアメリカにいたころを思い出し、それが20代のはじめだったことに甘酸っぱい思いをはせる。僕にとって欧州やアジアは後でやって来た外国だ。分別が多少ついて、大人として味わった。米国はちがう。マックがご馳走に思え、ステーキの大きさに驚き、マンハッタンの摩天楼に感動し、英語がなんとかわかるようになり、という子供でおのぼりさんだった自分がまだそこに立っている。

そんな自分が61にもなったいまアメリカをどう思ってるかというと、なかなか一口には言えない。数えきれないほどのすばらしい思い出があってもはや抜き差しならないが、問答無用に好きなところ、ちょっとナメてるところもあるし、嫌うところもおおいにある。アメリカを去ってからの目で見れば複雑だが、しかし、甘酸っぱい思いに駆られてもはや美点凝視していたいと思うようになったのは年のせいだろうか。

思えば昭和30年生まれの僕は、原爆が落とされ東京が焦土となってわずか10年で生まれた子供なのだ。なのにアメリカは好きなんだって?70年たっても日本を恨んでる国があるのに、それって異常なことじゃないか。GHQの洗脳?そうかもしれないが、それだけじゃない何か、人種も何もなくどこの人でも惹きつけてしまう何かがアメリカにあったんじゃないか?そうだ。確かにそうだと僕は思っている。

海外初体験は大学3年のこれだ米国放浪記(1)。単なる観光旅行やホームステイなんかじゃない、脳髄に刻み込まれる強烈な衝撃で人生怖いものなんてなくなってしまった。この洗礼がなかったらひ弱だった僕が証券業界なんかでとても生きてこられなかったろうし男としての自信とハラがアメリカで完成したのは間違いない。人生来し方をふりかえるにつけ、ふる里という感じすらしてしまう。

大学4年で1か月語学留学したバッファロー大学、入社3年目でウォートンスクールの準備として1か月コースに通ったコロラド大学。修士課程の殺人的カリキュラムだったMBAの2年とちがってお気楽なもんで、素晴らしい環境のキャンパスライフは楽しくて夢みたいだった。まだ英語もままならずで周囲のすべてがカルチャーショックの連続であったが、だからこそ幼時の記憶みたいに今もみずみずしく、一番恋い焦がれるアメリカの思い出かもしれない。

ルー・ゲーリックがプレーしたコロンビア大学ベーカーフィールド。3位決定戦で元巨人の人と投げあって4-2で負けたけどOutstanding Player賞をもらったのは人生のすべての経験のうちでダントツ1位の誇りだ。けがで野球を断念したけど、神様が人生最後の9イニングをアメリカで投げさせてくれた。30年ぶりに再会したチームメートが、「練習でお前が投げた20球な、1球もあたらなかったぜ、シット(くそ)!」と笑いながらぎゅっとハグしてきた。アメリカンだ!

ポコノにスキーに行きすがら無人の雪道で脱輪して途方に暮れたときトラクターで牽引してくれたおじさん、家内の緊急手術を6時間かけて成功させカネがないので保険に後づけで入れてくれた大学病院の先生、試験のあとよ~し憂さばらしするぞ~とフラタニティ(学生寮)で大勢で朝まで飲んでちょっと書けないどんちゃん騒ぎをしたクラスメートたち・・・、ほんとうに我々はこのひとたちと戦争なんかしたんだろうか?あの美しいミクロネシアのチューク島を空爆して何千人も日本人を殺したのはこのひとたちなんだろうか?

僕が知っているのはプライドに満ち満ちた強いアメリカだった。我々はエスニック扱いだから不愉快なことも数知れずあったけども、野球なんかで力を見せつければケロッとあっけないほど素直に認めてくれるフェアな国でもあった。やればいくらでもリッチになれて、何にでもなれる気がした。あの無限の沸き立つような高揚感、まだ20代で無限の時間とエネルギーがあった自分。アメリカというのは日本にいたら見なかったかもしれない夢をくれて僕をかきたててくれた恩人ならぬ恩国であり、それそのものがもうノスタルジーになっている。トランプさん、中国に負けるながんばれ。

そんな想いがギュッと詰まって聞こえるのがラプソディー・イン・ブルーでなくて何だろう。高校時代にこのオーマンディ盤をきいてとりこになり、アメリカを夢想し、行ってみたい!!!となってしまった。そうなると僕はもう止まらない、それが「米国放浪記」のあれになる。そしてそれが人生を変える。何の理屈もない、音楽のパワーってなんてすごいんだろう。

こちらはフランス人のカティア&マリエル・ラベックのピアノデュオ。日本ではラベック姉妹と売り出したがピンカラ兄弟みたいで品がない。センスと切れ味が最高で、一発で気に入って買ったLP以来ずっと愛聴している。

これは必聴の自作自演で、2重録音したピアノロール。この曲のピアノソロは手がでっかくて重音の指回りが速くないと苦しい。この録音はガーシュインが名手だったことを示すが、技術が語法を生んで名曲となることがよくわかる。

この音楽に未知への冒険とその先の夢を聴いていたあの頃は遠く過ぎ去って、いまはマンハッタンの煽情的なネオンサインと埃っぽい喧騒と、夜のしじまのけだるい郷愁と慰撫と、初冬の朝の曇り空と冷たく乾いた空気なんかが次々と脈絡もなく脳裏を巡り巡っている。

 
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剣道範士八段 湯野正憲先生のことば

2016 OCT 1 13:13:00 pm by 東 賢太郎

ベイスターズの三浦大輔投手の引退試合。10点取られたが、先発して7回まで投げるなんてきいたことない。日ハムの武田勝投手は一人だったが、去年の山本昌もそうだったしそれが普通だ。お疲れさまでした。

武田が球速125km、三浦も135kmほど。最後はロッテ清田、ヤクルト雄平が「三振」して有終の美だ。このシーンはいつ見ても涙が出てくる。雄平の三振は見事でプロ野球ニュースで讃えられていて、僕はそれで二度泣きした。

ヤクルト選手会長森岡の引退試合。終了後にナインがハグするが、バレンティンが抱き上げて讃えているのを見て「いい奴だなあ」と。自分もリリースなのに男だね。打席では不遜な奴だが、男はこういうところをじっと見ているのである。

プロ野球ニュースでもうひとつ、カミソリシュートの平松さんが「指導者、子供たち、三浦のフォームを覚えておきなさい」と。「長くやるにはこれです」と。

「ねっ、バックスイングで腕が後ろ(背中側)に回ってないでしょ」

なるほどそうだったか。さっきダルビッシュを見たらやっぱりそうだ。6回で12奪三振。9三振以上の試合数43はあの火の玉投手ノーラン・ライアンに1差の2位。信じがたい曲がりのスライダーは、あのスピンをかけるとヒジに来るなとは思うが肩をやらないのはそれだったのか!

レンジャースの2番手はというとあのヤクルトのバーネットだ。メジャーのマウンドだと中継ぎで普通の投手に見えるが7勝もしている。これがまた、セットでグラブをあらかじめ右腰にもっていって右の肩甲骨を「入れて」バックスイングに入る。そうか、するとトップで腕が後ろに回らないのだ!

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高校で僕は硬式野球部のOBや先輩に投球フォームをいじられたことはないが、一度だけ注意されたことがある。当時九段高校には体育教師として剣道範士八 段湯野正憲先生という剣法の大家がおられた(左がご著書)。ある日、いつものように校庭のブルペンで投げていると湯野先生がつかつかと寄ってこられてこう言われた。「僕は野球のことはよくわからないが、キミは左足が着地で開いてる。それでは力が逃げるよ。地面に親指から着くようにしなさい」。これだけだ。

僕は意味するところがよくわからず、やってみたがうまくもいかない。結局教えは忘れてそれっきりになったが、先生と口をきいたことはなかったし突然のことだったのでよく覚えている。

平松さんのことばでこれを急に思い出したのだ。僕はワインドアップでバックで大きく腕を引くフォームで、非力ゆえにたぶんそれで肩を壊した。セットだとテークバックが小さくなり、親指着地にもなった。だったらぜんぶセットで行けばよかったのだ。湯野先生は平松さんと同じことを言われていたとわかった。たいへんに後の祭りだが。

「長くやるにはこれです」

達人はちょっとしたことで、凡人にはわからない、しかし決定的に大事なことを教えてくださる。もっと謙虚になっておけばよかった。子供たちは教えに従ってぜひ三浦投手のフォームをまねして、怪我しないように頑張ってください。

 

(PS)

ついさきほど阪神の福原投手も引退試合でした。143kmなんて後を継いだ安藤より速いじゃないか、どうしてやめちゃうのという見事なストレートで巨人の立岡を浅いレフトフライ。寂しいね。

阪神は若手が伸びそうです。おととしあたりのカープを思わせます。

(PSのPS)

カープ最終戦、広瀬の引退試合。いい角度で入ったと思ったが左飛。倉と広瀬のセレモニーはまた泣かせた。倉の肩は忘れないし石原より打った気がする。ご苦労さん。広瀬は菊池をかわいがったんだね、ライト守備でキャッチボールを買って出て最後もあの泣き方は。男だけが許される涙です。

そして、本当に悲しいが、楽天で引退発表した栗原。ここに彼がいたら、いるべきだと思ったファンがどれだけいたことか。弱かったカープを引っ張った強力な4番打者。いまでも僕のPCの待ち受け画面は神宮の彼の打席だ。栗原がんばれよ!!

 

 

鎮 勝也著「二人のエース」について

 

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