ハイドン交響曲第100番ト長調(さよならモーツァルト君・その2)
2021 FEB 2 0:00:22 am by 東 賢太郎
(1)モーツァルトからの引用か?
僕にとって『ハイドンとモーツァルトの関係』の研究はライフワークであります。ご両人の主だった作品を頭にインプットしないとできませんから道半ばなのですが、年齢的にデリートもされてゆくことを考慮すると、不完全でも仮説は公表すべきという結論に達しました。今回は前回書いた、
とハイドン作品との関係です。ではさっそく本題に入りましょう。
K.600の第2曲のトリオはこうです。
そして第3曲の第2トリオはこうです。
譜面だと分かりにくいので音で聴きましょう。上がこのビデオの2分45秒、下が5分11秒です。(ビデオ1)
どうでしょう。これ、クラシック好きなら「そっくりさん」を思い出すのではないでしょうか?そう、これですね。(ビデオ2)
交響曲第100番「軍隊」の第3楽章 Menuettoの冒頭です。3拍子で弱起から始まるタラララ・タンタンが似ているわけですが、それだけではありません。
まず、何でもないメヌエットに見えるこの楽章にいかにハイドンが卓越した匠の技を駆使しているかご説明します。3部形式A-B-A(Bがトリオ)ですが、Aがまたa-b-a’、Bがb-b’と複合3部形式(入れ子構造)です。繰り返しがあるため、
aba’ba’|bbb’b’|aba’
と演奏します。
前稿で「K.600では第2曲(ヘ長調)の主部後半でやはり主音 f の長三度下の c# が非常に印象的なバスとして初めて出てきます」と書きましたが、100番Mov3主部の主題も、冒頭(aの部分)でコードがG→Dへ進むとバスが半音上がって d# になる(第7、15小節)。これは主音 g の長三度下で、K.600とまったく同じことが行われているのです。
凄いなあと思うのは、a’ではd#に上がらずdのままなんですね(第48小節)。つまり、aのふしはdのままだとまさに何でもないドイツ舞曲なんですが、d#になってにわかに様相が変わる。おやっ、なんか起こりそうだぞとなるのです。この “おやっ” がK.600に3回も出てくる。素人の僕でさえ気がつくんですからハイドンが聴き逃すはずないのです。
bがただの中間部と思ったら大間違いです。むしろaをソナタの提示部とした展開部で、目がくらくらするほどの作曲技法の粋が凝らされた箇所です。四分音符3つの新しい素材、冒頭のタラララ、結尾のタタタタタタという3つの短い素材が組み合わされ、精巧なパズルのように組み変わっていく様は万華鏡を覗いたようであり、最後に、聴き手は拍子もわからなくなります。あまりに技のレベルが高いのでスコアごと挙げさせていただきます(ビデオ2の0分43秒からです)。
Vcのよく響くA線とVn,Vaで同じ音型を拮抗させ、3拍子→2拍子のへミオラを形成して聴き手のリズム感を幻惑します。カルテットではありでしょうが、管が重なるので聴こえにくいVcをオクターブ下のCb+高いFgで補強します。対位法と楽器法をリンクしたこの部分を実演で聴くたびに凄いと感嘆します。この手法はベートーベン、ブラームスに継承されますが、ここの技の決まり方は金メダル級と思います。
このすぐあと、僕の耳にズキっとくる部分があります。ピアノ譜になりますがここです(ビデオ2の0分52秒から)。
この翳りを帯びた半音階和声進行、モーツァルトの戴冠式ミサのクレド、PC24番にもあり、ジュピター第3楽章のob、fgの下降ラインにつく玄妙な和声をも想起させます。非常にモーツァルト的でハイドン的ではなく、プロとしてこれを書くのには勇気が要ったのではないでしょうか。いわば形態模写ですから。
そしてこの部分の後半のオーケストラスコアはこうなっています。
タラララがタララ・タララの3連符になってゆっくり降りてきます。ドミナント(d)に落ち着きますがまだ熱が残っていてバスが2度タラララの断末魔の脈動を見せてこと切れます。ご覧のとおり、効果を高めるためチェロをc線の最低音粋に下げコントラバスとユニゾンにします。ハイドンの欲している音がよくわかります。ここで場面は暗い闇となり、やおら光が差し込んでa’が始まります。この感じはオラトリオ「天地創造」の劇的な “Licht” の部分を思い出し、フリーメーソン的です。これもモーツァルトに通じるものがあります(ハイドンも会員)。
たかが5分の第3楽章にこれだけのものが詰まっています。僕の愛読書、「管弦楽法(ORCHESTRATION)」(ウォルター・ピストン著)の教材にハイドンの引用は2例のみです。多いのはR・シュトラウス、ドビッシー、ラヴェル、ストラヴィンスキー、マーラーで、彼らはピストン教授の教科書だった人たちということでしょう。しかしオーケストラを意のままに鳴らす技法でハイドンはすでに頂点に達していると思うし、それを後世が独立した学科のごとき概念で「管弦楽法」と呼び始め、近代音楽においてそういう技法も聞きどころであるという新たな通念で作曲が為されるようになったわけです。しかし我々がそれを知ったからといって、ハイドンの魅力や技法の価値が微塵も下がるわけではありません。
作曲家でない僕にとっては楽譜という記号から作曲家の意図を読み解く”文法” のひとつにすぎませんが、ハイドンのスコアは意図にきわめて合理的で無駄がなく、数字でいえば「素数」のもう割れないという感じに近い。だから、リバース・エンジニアリングで彼の頭脳にほぼ正確にたどり着くことができると僕は直観しています。『ハイドンとモーツァルトの関係』は、長く生きたハイドン側から探索することになるので、ハイドンのスコアにそういう特性を見出さなければ「さよならモーツァルト君」は与太話にすぎず、その手のものに僕が情熱を傾けることはありません。もちろん、前提には、ハイドンさんの物凄い頭の良さへの敬意があるのですが。
(2)ダビデ像のジレンマ
第3楽章の次は、僕の知る限り、考えうるひとつの「完璧なソナタ楽章」で、古典派の簡素さと規律の範囲でダビデ像に匹敵する美しさを見る第1楽章について述べてみます。言葉にするのは難しいですが、ハイドンには誰にもない天才的な「音色感覚」と「プロポーション感覚」のようなものがあって、前者の一例が上述の第3楽章の “Licht” なのですが、第1楽章主部の冒頭にもぱっと明るい光がさして金色に変わるところがあります。
ロンドン交響曲は95番以外すべて序奏がありますが、100番では転調を重ねて暗いトンネルに入り込みます。それを抜けると予期せぬフルートとオーボエ2本の合奏がこう始まります。
あるのは楽器音ではなく、あたかも天界から降り注ぐ金銀の光線のようで、聴く者は一気に未知の世界に引き込まれます。この高音のフルートは軍楽隊パレードで鼓笛隊が吹くピッコロを想起させます。「見事なオーケストレーション」と評しても空しいだけですし、ハイドンをそう誉めた人は聞いたことがありません。しかし、これはベルリオーズ、R・コルサコフにも勝る独創、プロの技で、音大でFl,Obの音域や奏法を習って、さあ書いてごらんといって書けるものでもないでしょう。これもオラトリオ「天地創造」の “Licht” の部分を思い出す一例で、ハイドンはそれを意図し、完璧に合理的で無駄はゼロな3重奏でそれを書いた。プロでなければ上の楽譜を見て音響も音色も想像できないし、結果として出てくるスタッカート、トリルのもたらす楽興は信じ難いほど素晴らしい。前言に矛盾しますがこれを「見事なオーケストレーション」とせずして何と評するのでしょう?
「プロポーション感覚」というと、わかりやすい例は八頭身美人です。でもなぜ七、九でなく八なのか?知ってる人は誰もいません。ソナタ形式というプロポーションも、聞く誰もが「美しい」と感じたから後世の作曲家も追随したのです。ミケランジェロがこの像で成し遂げたのと同じことです。どうして美しいかは細部までスペックを定規で計れば解る。しかしその「数値の羅列」のどこに美が宿るのかはいくら数字を眺めても解らないです。つまり美の実体は計測できず、従って、「式」にならないのでコンピューターでも解析できません。ルールが式で書ける将棋やチェスとは違いジレンマがある。例えば「AIがいずれハイドンの曲を作る」という主張には賛同できません。「いや、ハイドンの作曲法にはルールがあるからスパコンならできる」と思われる方には次の事実をお示ししましょう。
百歩譲ってハイドンの作曲法にルールがあったとしても、AIには無理と思うのです。なぜなら「1と自分でしか割れない整数」という数学的ルールがある「素数」に「最大のものがあるか?」「あるならその数は?」という問題をまだコンピューターは解けていません。2018年12月の時点で確認された最大の素数は ”2の82,589,933乗 − 1” で、インターネットを介した分散コンピューティングによって最大の素数を探すプロジェクト「GIMPS」があり、発見者には3000米ドルの懸賞金が出ますが、そこまでやってもまだ解けていない。OK、ではいつの日か、解けて見つかったとしましょう。しかしその素数は、現時点の最大素数が十進法表示で 24,862,048 桁あって400字詰め原稿用紙に書き起こすと5万8000枚になるので、それ以上になります。その「数字」を眺めて「美」を感じる人は稀でしょう。そこには「ダビデ像のジレンマ」が立ちはだかるからです。
ソナタ形式にはルールがありますが、それを守るところに美の根源を追求したのがハイドンです。ルールそのものに、彼だけが発見できた「均整」なるジレンマを超えた解答がある。それが八頭身の「八」ですね。八なる数字に我々の理解が及ぶ意味は見つからないけれど、上述のFl、Obのオーケストレーション同様に「書いてごらんといって書けるものでもない」。僕が書ける言葉は、『彼には天才的な「音色感覚」と「プロポーション感覚」のようなものがあった』ということだけです。一方、後世では主題を3つにしたり提示部を展開させたりとルールを破り、ごてごての管弦楽法の装飾と巨大轟音で聴かせる作曲家が出ました。落語や歌舞伎の「古典」と「新作」にもある問いですが、ダビデの均整のスペックをいじってデブやノッポのダビデも愛でましょうという運動に僕は参画する趣味はありません。
ミケランジェロやハイドンが “感知” したスペックは「誰か」が宇宙の組成に書き込んだもので、人間もそれに従って造られているので、見聞きすればドイツ語で言うStimmt(鍵穴にキーが合ってカチッと音がした気持ち良い状態)となり、その感情を「美」(Schönheit)と呼ぶことにしたのです。僕にはそうとしか説明できない。その「誰か」を神と呼ぶかextraterrestrial life(地球外生命体)と呼ぶか、いずれにせよ、そのようなもの(being)であり、アルベルト・アインシュタインも量子力学が突きつけたジレンマに対して「神はサイコロを振らない」と述懐して亡くなりました。僕はキリスト教徒ではありませんが、何度も書いておりますが後者の信奉者であり、スパコンも人間の創造物である以上extraterrestrialの創造物に属する「ダビデ像のジレンマ」は解けません。ハイドン100番の第1楽章は、バルトークが神かextraterrestrialの創造物である黄金分割に美の根源を求めた方法論から学究的、数学的に検証する価値があるかもしれないと考えます。
その第1楽章をコリン・デービス指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏でお聴きください。
(3)なぜ軍隊交響曲は書かれたか
話題を歴史に変えましょう。ハイドンが「軍隊」という名で呼ばれることになる交響曲をなぜ書いたかです。後期ロンドン交響曲の第1作である99番変ホ長調は1793年の第2回渡英の前にウィーンまたはアイゼンシュタットで書かれています。フランス革命政府が対オーストラリア開戦に踏み切り「フランス革命戦争」が開始された翌年で、当初は優勢だったオーストリア・プロイセン・ドイツ諸侯の軍の形勢はナポレオン軍の侵攻によって劣勢に傾きつつありました。そして革命の火元であるパリでは1月に国王ルイ16世が、そして10月に王妃マリー=アントワネットがコンコルド広場で処刑されます。全欧を震撼させたその1793年に作曲していたのが第99番と第100番でした。
訪英第1期で大成功し期待が高まるロンドンへ乗り込むには何を持っていくか、ハイドンはもちろん周到に考えたでしょう。前回までの路線の曲と、時の時事ネタである戦争を象徴した曲をというのは名案でした。1794年2,3月にハノーヴァー・スクエアで各々を初演し、再登場の挨拶がわりにしたのです。殊に100番の方はハイドンの誕生日であり重みがあったでしょう。彼は神聖ローマ帝国が消滅する3年後の1809年まで生きますが、ナポレオン軍の侵攻でウィーンが陥落する日にも弦楽四重奏曲第77番ハ長調「皇帝」の第2楽章(ドイツ国歌)をピアノで弾き続けて国民に訴えかけていたといわれます。エステルハージ家に長く仕えたオーストリア愛国者であり、体制反逆派であるモーツァルト、ナポレオンに取り入ろうとさえ企てたベートーベンとは真逆の人だったのです。
ハイドンはオスマン・トルコ軍楽隊である「メヘテル」風の楽器(トライアングル、シンバル、バスドラム、ドラムロール)を第2楽章に使います。その響きはこんなものだった。
余談ですがその昔のTVドラマ「阿修羅のごとく」がこれをテーマ曲に使ってましたね。ドラムの粗野で強烈なリズムとシンプルなメロディーは癖になり、だんだん快感になるから不思議です。オーケストラ付きでコンサート風になるとこうなります。ダッタン人の踊りや春の祭典の快感と共通したものがある。
ハイドンがこれを実際に聞いたかどうかはともかく、ウィーンを包囲したハプスブルグの危機は1529年、1683年と二度ありましたが、18世紀末にはその記憶は我が国でいうなら元寇のようなもので、最も直近の墺土戦争(1787-91)もオーストラリアが辛勝しています。だからモーツァルト、ベートーベンがトルコ行進曲、Vn協奏曲5番、第九にそれを使用する頃にはエキゾティシズム喚起が目的だったかもしれません。ただ、ハイドンのロンドン再訪時の欧州大陸の情勢は前回に帰国した1792年とは様変わりの戦時であり、トルコとは関係ありませんがその軍楽をもってフランス革命戦争を象徴することは容易でした。イギリス聴衆が待ち望むエンターテインメントの意味もあったでしょうが、彼らはもちろん凄惨なニュースは知っており、軍楽の部分に大きく反応したという初演時の新聞記事が残っています。
この楽章は1786年作曲の「2つのリラのための協奏曲ト長調」Hob. VIIh-3そのもの(5分47秒から)に軍楽部を付加したものです。これが原曲です。
なんとも意味深ですが、この楽章の題は戦争とは最もかけ離れた「ロマンス」なのです。主部は実に優美でシンプルなメロディーですが何と素晴らしいバス・ラインがついているか!ぜひチェロパートを一緒に歌ってみてください。これに軍楽隊がついてくる。最後のトランペットの前に、すでにですよ。上掲のトルコ軍楽隊の行進の重々しく威圧的なビデオとシンクロさせて聴いてください。笑うしかないでしょう?ハイドン一流の最高のパロディではないですか。
プレストの終楽章は喜遊のムードにあふれ翳りは一切なく、コーダはトルコ楽器を従えて凱旋するように勇壮に終わりますが、それだけにふと短調になってモーツァルト「魔笛」の第2幕で二人の武士が歌う「苦難もてこの道をたどり来るもの」の入りの所が流れる瞬間がとても印象的です。しかしそれもしばしのことですぐ曲調は陽性に転じます。太平洋戦争での大本営発表とまでは申しませんが、この楽章に戦争の悲壮感はありません。オーストリアを鼓舞し、勝利を確信するようです。
(4)コンセプトごとモーツァルトの引用
さて、モーツァルトの引用があるとした第3楽章です。類似点は98番・ジュピターが和声進行だったのに対し主題の音型、リズムです。前者が他人の空似である確率は非常に低いと断言できますが、こちらはそこまでは言えません。弱起でタラララと入る3拍子の曲はあり得るからです。ただ、訪英第1期(1791-1792)と第2期 (1794–1795)の間にウィーンにいたハイドンは盟友モーツァルトの最後の年、自分が不在中だった1791年作曲の楽譜をくまなく観たはずです。そこに 1791年1月29日作曲のK.600 が入っていなかったとは考え難い。98番で論じたようにモーツァルトをロンドンに連れて行かなかった贖罪の意識があるとすれば、畏敬の念をこめて自作に取り込んでダイイング・メッセージとして後世に気持ちを知らしめたいと思って不思議でないと思うのです。
ハイドンにトルコ軍楽を明示的に使った曲はなく、100番は異例です。彼が常駐したエステルハージ公の領地は西部ハンガリーですからオスマン帝国の脅威と隣り合わせで被害もあり、エキゾティシズムでは済まない心理があったのではないでしょうか。かたやザルツブルグ、ウィーンのモーツァルトにとってそれは「トルコ風(アッラ・トゥルカ)」にすぎず、『ピアノソナタ イ長調 K.331』の第3楽章(「トルコ行進曲」)にはずばりそう表記され、『後宮からの誘拐』(1782)は丸ごとトルコ風オペラです。太守の宮殿の番人オスミンのアリア「おれは勝ち誇った気分だぞ」は、恐怖どころかこんなにコミカルになってしまうのです。
「トルコっぽさ」をギャグネタにして笑いまでとってしまう。真面目なハイドンには逆立ちしても真似できない境地ですが、後世にはきっと「これぞモーツァルト!」になるはずだ。そこで彼には異例の「トルコ風(アッラ・トゥルカ)」の持ち込みをして丸ごとトルコ軍楽風交響曲を書いてしまおう。折からの「フランス革命戦争」で聴衆はざわつくだろう。居眠りしてる連中をびっくりさせる効果もあろう。そして、ロンドンの聴衆は気がつかないかもしれないが、後世は100番は丸ごとモーツァルトの形態模写だと気づくだろう。それで彼も浮かばれるだろう。
そう考えることで、なぜハイドンが第1楽章を「軍楽隊パレードで鼓笛隊が吹くピッコロ」でスタートさせ、終楽章のコーダを「トルコ軍の楽器を従えて凱旋する」ように閉じたかがわかります。そして第3楽章には「6つのドイツ舞曲」が聞こえるのです。祖国ドイツの戦勝を祈念するハイドンの祈りの象徴でもあったと思います。
お薦めの演奏ですが、前回に書きました
オイゲン・ヨッフム / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
モーゲンス・ウェルディケ / ウィーン国立劇場管弦楽団
に加えておきます。
コリン・デービス / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
第1,3楽章をすでにお聴きいただきました。僕はロンドンセットをCDで買いましたが、一部LPを持っていて断然そっちが良いのです。長年探してオランダからLP全曲セットをネットで買いました。演奏は「何も足さず何も引かず」です。こういうハイドンをコンセルトヘボウの特等席の音で聴ける。何の不足がありましょう。ヨーロッパにはわかる人だけわかる特級品があります。ぜひ多くの方にじっくりと味わっていただきたいと願います。100番でいうならMov1コーダ、Vnが音階をジェット・コースターよろしく3度跳ねあがって着地した直後のティンパニの梃でも動かぬ泰然自若のリズムに唸るしかありません。ああ苦労して買ってよかった。もうこれだけでアルバムのクオリティが計り知れるというもの。大人の演奏です。
フランス・ブリュッヘン / 18世紀オーケストラ
2007年に東京で新日フィルとモーツァルト39番を楽しませてくれた故ブリュッヘンのハイドン。当初は彼のベートーベン、モーツァルトのCDを大事に思っていたのですが、どういうわけかだんだんピッチの低さが気になりだして敬遠してました。今回改めて軍隊を聴き、慣れるよりない、もったいないと思い至ったのです。彼の良さは表現意欲ですね。とても強い。音楽演奏には根源的なものです。僕も100番を愛するので本稿が長文になる、同じことです。ピリオド楽器ですがハイドンの前衛的な所を無用に掘り返さず、トルコ軍のシンバルは派手に鳴らし、僕の書いた仮説の趣旨をよく示してくれると思います。
ヘスス・ロペス=コボス / ローザンヌ室内管弦楽団
スペインの指揮者コボスは95年にフランクフルトのアルテ・オーパーで、シンシナティ交響楽団を振ったエロイカが記憶に焼きついています。棒の底でなく上がった所で音が出る指揮法でしたがこのビデオでもそう見え(ハンス・スワロフスキーの弟子)、そのせいなのかエッジが明確でクリアな音造りは一言でいうなら清潔な音です。味気ないわけではなくピッチが良く和音も透明。ラテン的ものを感じ、音楽の造形が立体的。こういう音をオーケストラから引き出すのはとても難しいのではないでしょうか。これらすべてが僕の好みなので彼の指揮ならいつでも聴きたいと願ってましたが3年前に他界されました。この100番もそうですね、オケがいま一つうまくリアライズできていませんが彼のコンセプトは素晴らしく、悔やむしかありません。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
モーツァルト「6つのドイツ舞曲」K.600
2021 JAN 30 21:21:20 pm by 東 賢太郎
昨夜はヘッドホンでダフニスとクロエを聴いて寝ました。どっぷり仕事モードで来ていて音楽に集中するのは久しぶりです、ひょっとして今年初めてかな。youtubeでエサ・ペッカ・サラステがケルンWDR交響楽団を振ったライブを見つけ、第2組曲と思ったら全曲で全部付き合うことになったのです。
今朝、目覚めると、音楽が頭の中でくっきりと鳴っています。ダフニスではない。あれ、これなんだっけ?
しばし、じっと耳を澄まします。でも名前が出てこない、でも、たぶんモーツァルトだ・・・。
トリオの所まで何度かリプレイして、やっとわかりました。たぶん。youtubeで “それ” を探します。K.600、K.600、え~と・・・・。
プレイ。まちがいない、これだ。この1曲目、しずしず、そろりそろりと半音階で宙に舞ってゆく、なにやら実体のない不思議なメロディーがそれでした。
こういうことは、そうはないのですがたまにある。それで驚いて、5年半前にこのブログを書いたのです。
しかし、今回はちがう。ダフニスのどこにも、このメロディーに似たものは出てきません。あの長いフルートのソロかなあ、半音階だらけだしとも思うのですがちょっと飛躍がある。
結果として、今回の犯人捜しはギブアップでした。
K.600は「6つのドイツ舞曲」です。ドイツ舞曲とは何かというと、宮廷舞踏会で2人1組で踊る3拍子の舞曲のことです。1814~15年のウィーン会議がなかなか決着せず「会議は踊る(Der Kongreß tanzt)されど進まず」とフランスの代表タレーランが皮肉を込めて語った言葉はどなたも世界史で習いますね。ナポレオン戦争後の領土ぶんどり会議でなぜ踊ってばかりいたのか理解できていなかったのですが。
ヨーロッパに住んでわかりました。tanzen(踊る)というのは実に大事なんです(ゲルマン語のそれが訛って英語のdance、つまりダンスになる)。フンパーディンクのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」で留守番の二人が ”Tanzen! Tanzen!” と喜々として踊りだしますが、この場面、曲想がにわかに活気づいて頭に焼きついてます。グリム童話が描く農民や木こりの子供たちもダンスは日常の娯楽だったということですね。もちろん現代だって、場違いの僕ですらミュンヘンのオクトーバー・フェストでしこたま飲んで民族衣装のお姉さんたちや見ず知らずのドイツ人酔客とワイワイ騒いで踊ったりはぜんぜん日常の風景です。そして、こういう庶民の娯楽は貴族だってやりたいわけで、宮廷ではそれがどんどん洗練されて作法が確立し、楽曲ができ楽隊が伴奏する舞踏会(Ball)になるのです。
グルックが亡くなって後任の宮廷作曲家になったモーツァルトはその「楽曲」を作らされます。天才にダンス音楽なんて!とモーツァルティアンは怒りをこめて語りますが、彼は踊り好きだったしグルックより安いとはいえ宮廷作曲家は名誉はあるし、しかもそこそこ高給でした。彼が住んだ贅沢なフィガロハウスの家賃が年450グルデンですよ、ちょいちょいと書いて年俸800グルデンもくれるんだから僕ならうれしいですね。彼なら1日で書ける、そのひとつがK.600なのです。さあて、そういう仕事をモーツァルト君はどう仕上げたのかな?どれどれ?僕はいつも彼の書いた音符を音楽家や学者様とは違う目で見ているのです。邪道?でも彼は発注がないと書かないプロ・ミュージシャンですよ。金銭感覚はカネにマニアックに厳しかった父親譲りでバリバリに鋭いことは手紙で明白なのです。この目線だと、発注なしのハイドン・セットと三大交響曲は即座に「異質」だとピンとくるのです。
高校時代にわからなかったウィーン会議に戻ります。この会議はフランス革命とナポレオンが滅茶苦茶にした中世以来の欧州ガバナンス秩序を元に戻そうぜという、いわば王政復古会議だったことを忘れてはなりません。シェーンブルン宮殿で日夜くりひろげられた舞踏会は王政の象徴だったのです。本当に決着がつかなかったのはもちろんですが、そこでじたばたしない。貴族の余裕と風格を見せよう。そこには勝手にぶんどりあいした会議結果を民衆に理解させ、もう革命をさせないぞというメッテルニヒの渾身の策謀があったと思います。ラインラントの貴族で代々外交官の家に生まれたプレイボーイです。手練れの策士ならではの手腕でしたが「ナポレオンが島を出てきたぞ」の知らせで一同びびりまくって、そのムードはあえなく吹っ飛びます。やっぱり貴族制の落日を垣間見せてしまう。そして1848年に、そのウィーン体制は崩壊するのです。
モーツァルト君がお仕事で書いた楽曲はウィーンのホーフブルク王宮内にあるレドゥーテンザールで流れました。これがその1812年の風景です。
K.600、K.602、K.605を合わせて「12のドイツ舞曲」としてアルタリア社から出版もされたので人気もあったのでしょう。モーツァルト君は受注があればプロの職人として顧客ニーズ次第でどうにでも、まるで仕立て屋が客の体にぴったりの服を作るみたいにTPOにあわせて書けたのです。「カナリア」「ライエル弾き」「そりすべり」なんてニックネーム付きもあって、これらがレントラーやワルツになってヨハン・シュトラウスが出てくるわけです。そしてさらに後世にアメリカのヨハン・シュトラウスであるルロイ・アンダーソンが「そりすべり」を書くわけですね。
踊り手は貴族です。ウィーンに出たて、26才のベートーベンも「6つのドイツ舞曲」を書いていますが、彼もモーツァルトも貴族社会におもねって人気を得ようと思えば避けて通れないジャンルでした。しかしモーツァルト君、いい加減な仕事はできない性分です。しかも、つい1月ほど前に天国的な神品、弦楽五重奏曲 第5番ニ長調 K.593を書いています。だからではないでしょうか、第1曲はこんな風に半音だらけになってしまう(K.593の終楽章ロンド参照)。これぞ、今朝、僕の頭にしつこく鳴ったメロディーだったのです。
たった8小節に g# 以外の12音がぜんぶ出てくる、こんなシェーンベルクみたいなメロディーを書いてしまうのです(ト短調交響曲K.550参照)。モーツァルトの曲は難しくてわからんと敬遠気味だったミーハーの貴族たちにはあんまりなメロディーですがそんなことは意に介さないのです。ちなみに、g# は主音 c の長三度下で、この三度関係は後にベートーベンが偏愛します。欠落したg#は第2トリオのバスに初めて出てきますが、K.600では第2曲(ヘ長調)の主部後半でやはり主音 f の長三度下の c# が非常に印象的なバスとして初めて出てきますし、第3曲でも主部後半に f# が初めて出ます。曲想にインパクトを与えたい場面で、調は違うが主音から同じ周波数比の意外性ある音を初登場させる。モーツァルト君は意識下に調性の均衡感覚があったのだなあと感じ入ります。
このK.600の第2曲、トリオで僕はある発見をしています。まあ、第2の「さよならモーツァルト君」かと。これは次回にします。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
プロコフィエフ「ロメオとジュリエット」作品64
2021 JAN 17 21:21:19 pm by 東 賢太郎
アメリカ大統領選のごたごたはついに人間の持つ畜生にも悖る残忍さ、おぞましさまでもをえぐり出してしまったようです。誰もが知る元大統領や権力者たち、富豪、ハリウッド・スターらが、エプスタインなる狂人の所有したカリブ海に浮かぶ小島へプライベートジェットで飛び、行なったとされる悪魔の所業が真実なら、その忌まわしさはどう文字を書き連ねても形容できるものではありません。
その報道で思い出したのが1980年のアメリカ映画「カリギュラ」です。まだ海外に出る前でショックは大きく、強烈なエログロと狂気に圧倒され吐き気を催しました。「西洋人は上品面してるが仮面を剥げば鬼畜」が第一印象。でも三国志の中国人や織田信長の残虐さも劣らないではないかと思い至り、民族に関わらず、人間は富と権力を握るとそうなるのでなく誰しもその種を持っていると考えるようになりました。のちに5か国でビジネスを取り仕切ることになりますが、カネをやり取りする仕事には目には見えない獣性の闘いのようなものがつきものです。本作がどんなスパイ映画よりリアリズムという側面で人間を活写したという理解は邪魔になるものではなかったように思います。
だた、ひとつだけ困ったことがあったのです。
この音楽、僕にとってしばしの間「カリギュラのテーマ」になってしまい、のちにローマのフォロ・ロマーノでカエサルの神殿の前に立ったとき、いきなり頭の中で誰かがスイッチを入れたようにこれが鳴り出して自分で驚くという体験をします。それ以来、レコードやコンサートで聴くたびにローマを思い出し、その数奇体験が蘇り、また行きたくなり、憑かれたように3回も行ってしまうことになります。
フォロ・ロマーノはいろんな音が聞こえる特別な場所です。現実でなく、頭の中にです。進軍ラッパ、群衆の雄たけび、断末魔の悲鳴、演説、葬送、祈り、そして凱旋門のファンファーレ。血なまぐさく、血の騒ぐ音です。それらは自分の奥深くに潜む秘密のものに共鳴して己の一端を垣間見せます。カリギュラの曽祖父アウグストゥスの別荘から見おろしたこの景色が、なぜだか、強烈に骨の髄から好きで、結局こういう視界の所を東京で探しまくって暮らす羽目になりました。
これに惹かれる自分は、こうでない場所には興味もなく、少なくとも住む気にはならず、きっとそれには何か理由があると思うのです。忍者漫画の殺し合いに熱中して育ち、野球は打者との決闘だけが楽しく、職業はディールに明け暮れてもう40年になります。それと無縁でないのでしょうか。選んでそうなったのでなく、血が騒いで導かれたということかもしれません。
「中国で犬を連れて散歩すると『おいしそうですね』と誉めてくれる。四つ足を見るとまず食べられるかなと考えるんだよ」と話す北京大学に留学した先輩に驚きましたが、東京にこんなにカラスや鳩がいるのは「きっと不味いからだ」と結論する自分もいたのです。英国ではBBCのアニマル・プラネットが好きでした。獲物を横取りし子供を殺すハイエナを雄ライオンが捕らえて嚙み殺すと、バットを持てばライオンに助太刀できると思う自分もおりました。
セルゲイ・プロコフィエフが「ロメオとジュリエット」のバレエに着想したその音楽はところどころロマン派の残照の仮面を被っており、1935-36年という作曲年代からすればこの人が前衛の道に入りきれなかったことを後半の交響曲と同じく開示しているように思います。しかし、その仮面の裏にはおぞましき獣性が潜んでおり、仮面の表情にも暗部が滲み出て能楽の面が死を暗示するかのような二面性を帯びている、そこに僕は強く引きつけられます。こういう背筋の凍るような音楽を書くことにおいてプロコフィエフほど長けた人はおりません。
シェークスピアの戯曲「ロメオとジュリエット」はベルリオーズ、グノー、チャイコフスキー、ディーリアスらの作品からフランコ・ゼフィレッリの映画まで数多の芸術家を魅了しており、文学的な評価は他に譲りますがインスピレーションに富む題材であることは否定できません。ロマンスに悲劇の暗示を盛り込む手法はチャイコフスキー作品(1869-70)に萌芽が見られ、レナード・バーンスタインも本作に着想したミュージカル「ウェストサイド・ストーリー」(1957)でライトモティーフを駆使してコラージュ風にそれを達成しています。
一方でプロコフィエフはロマン派風に見える仮面に死相を暗示してバレエ全編に闇の影を投影します。誤解を恐れず書けば「ホラー的」なのです。その恐ろしさは独特で、安物のホラーが恐怖を与えるユニークな媒体を作ろうと腐心するのに対し、彼は陳腐な媒体(例・古典交響曲のガヴォット)がお門違いな所に置かれ、どこにいて何をしていたか錯乱する「認識の裁断」を恐怖に仕立てます。聴くものは瞬時には解せず暫くして鳥肌が立ち、映画なら「猿の惑星」や「シックス・センス」のラストシーンを想起させます。ロマン派風楽想が思わぬ音階、奇怪なリズム、和声で転々とし、構造に革命はないが劇場的であるという意味で21世紀になってもなお現代的です。
多くの方はカリギュラに使われた音楽を、作曲者が1937年に編んだ第2組曲(Op. 64ter)の第1曲「モンターギュー家とキャピュレット家」として知っておられましょうが、原作のバレエでは違います。まず組曲版冒頭は原曲では第1幕第7曲「大公の宣言」(The Prince Gives His Order)であり、下のロシア語版スコアではThe Duke’s Commandとなっています。僕も第2組曲から入りましたが、他の何よりこの17小節が強烈なインパクトとなって今もそのまま残っています。バレエ版で中世的なガヴォットや優美なバルコニー・シーンがこの後に出てくる「お門違い」ぶりを体験していただければ言っていることがお分かりいただけると思います。
ホルンのF,E,Dにトロンボーン+チューバのCが加わったクラスターがクレッシェンドし、Cis,Disを除く忌まわしい10音クラスターの爆発となり、それが消えるや影だった弦5部のロ短調の清澄な和声がpppでひっそりと残ります。これが「認識の裁断」で、爆発のおぞましい残像だけが人魂の様に宙を浮遊します。類似して聞こえる春の祭典に複調はあっても意外にクラスターはなく、これはプロコフィエフ的発想の和声です。
音でお聴きください。
この後に、プロコフィエフは皆さまがテレビCMなどでおなじみの第1幕第13曲「騎士たちの踊り」の中間部を少々削って接続し、第2組曲第1曲「モンターギュー家とキャピュレット家」としたのです。こちらはピアノ譜でいいでしょう。
マニアックな事ですが、これを繋げて違和感がないのは秘密があります。ご覧のとおり旋律がEm、Bmで続きますが「大公の宣言」の10音クラスターはEm+Bmのポリトーナル(複調)にC、F、Gisを各々短2度で衝突させたもので、つまり既にホ短調、ロ短調を含んでいたのです。まるで高精度半導体の集積回路を紐解くようで、プロコフィエフがそう意図したどうかはともかく良いものはよくできていると思います。
この曲、シンプルで無性格な分散和音の旋律(右手)をドスの効いたチューバの最低音域の「単三度悪辣パワー」(参照:春の祭典の生贄の踊りのティンパニ)全開のバス(左手)が突き上げ、複雑な音も不協和音もないのに両者のミスマッチが際立っているために一度聴けば忘れない狂気が生まれているのです。これをカリギュラに使ったセンスは抜群でまぎれもなく悪党の音楽に聴こえるのですが、バレエではこういう場面でロメオもジュリエットも舞うのです。
ではいよいよ第2組曲の「モンターギュー家とキャピュレット家」です。組曲としておすすめしたいのはリッカルド・ムーティ/ フィラデルフィア管弦楽団のEMI盤で第1組曲も入っています。1981年2月録音で、その翌年から2年間僕は定期会員としてこのコンビを聴きました。この演奏は当時の彼らのベストフォームを記録した録音として、レスピーギの三部作と並び1,2を争うものと断言できます。
カリギュラがした放縦は過去ですし、現代であっても芸術に狂気は許されましょう。しかし、無尽蔵のカネと権力にあかせて現実に何でもできると考える連中は人間の形をした悪魔です。全員ひっとらえてグァンタナモ米軍基地収容所にぶちこんで頂きたいと存じます。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
僕の愛聴盤(3)オーマンディーのシベリウス2番
2021 JAN 2 2:02:30 am by 東 賢太郎
皆様、あけましておめでとうございます。
まだ初詣も行ってませんが明日は少し余裕ができます。お正月も変わりましたね、店も開いてるし、子供のころ元旦は時間的にも空間的にも日常と遮断されたエアポケットのように感じていましたが、もはや単なる1月の1日かもしれませんね。
シベリウスの2番を久々に大音量で聴きました。きのうupしたセゲルスタム/デンマーク放送響盤は大河の如き悠然たる演奏ですが、今日は年の初めということで、原点に返って、高3の時に買って曲を覚えたオーマンディ/フィラデルフィア管(CBS盤)です。
僕の高校時代に出ていた「栄光のフィラデルフィア・サウンド」シリーズのLP1500円で廉価版(1000円)と定価盤(2000円)の中間で、おカネがなかったので何枚も買いました。当時の装置では録音がけばけばしく感じましたが、どれもスタンダードの演奏で2番もこれで覚えてよかったと思います。のちにドイツ勤務時代にフランクフルトのVirgin recordでCDバージョンを買いました。94,5年です。
これはオーストリア・プレスで音がいい。いまの装置で鳴らした音は肉厚で素晴らしく、完全に引き込まれてしまいました。歌うだけではだんだん抑えられなくなり、アップライト・ピアノで合奏に参加。このオケはほぼ440ヘルツでぴったり合うのです。刑事コロンボのテーマのお終いが同じ音列で第1楽章にあることを発見、そうか、マンシーニもこれを弾いてたか。しかしフィラデルフィア管弦楽団と協演とはなんという贅沢だろう!最後の和音が消えしばし動けず、あまりの感動に涙がぼろぼろ出て家族を驚かせました。
今年はシベリウスとブルックナーでこれをやろう。
それにしても、1月6日にワシントンで何がおこるのか?トランプ大統領は休暇を急遽切り上げてDCに戻りました。憲法遵守で大人しく振舞ってきたが、フリンが日本の米軍基地に来ている噂もある。ウクライナの国会議員が裏金をマネロンしてバイデンの口座に振り込んだ証拠をあげました。バイデンは反ロシア派ずぶずぶで、潰してウクライナを併合したいプーチンとディールした可能性がある。息子はハニトラで恥ずかしい写真をネットでばらまかれてる。バイデンは即死ですね。フランクフルトで軍に拘束されたCIA長官ハスペルは司法取引で吐いたようなので証拠は上がってる。戒厳令を出すなら狙いはオバマでしょう。暴動の恐れありです。そこまでするのか、南シナ海で中国とドンパチの方に行くのか?そうなれば日本の一部政治家とマスコミはひとたまりもないだろう。訳アリでこれをぜんぜん報道できない本邦メディアは王手飛車取りでもう死んでますね。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
2020年を追想し、総括するクラシック音楽はこれだ
2020 DEC 31 19:19:51 pm by 東 賢太郎
今年は大晦日の午後9時半から海外とビデオ会議です。まだ仕事してます。元旦もします。ブログはしばらく書けません。
そんな中ですが、歴史的な大異変に見舞われた2020年を追想し、総括するクラシック音楽は何だろうかと考えました。
ゴーンの漫画みたいな逃亡に始まり、コロナが世界を揺さぶり尽くして多くの人命が奪われた年でした。五輪も政権も吹っ飛び、米国ではそれに乗じて大統領選で壮大なイカサマが決行されました。
音楽は何もないように春を待ち望み、喜びを歌います。そして第2、第3楽章で行方なくさまよいます。悲しみの沈静の中で失われた魂に黙とうし、不安げにあてもない暗闇を疾走もします。こんな運命が待ちかまえていたのか・・・。そしていよいよ終楽章に至るのです。まるで希望の灯を見たかのように高らかに昂揚していきますが、ちがうのです、それはフェイクの国の悪魔のファンファーレなのです。世界のマスコミがつるんでたれ流したウソ、イカサマ、隠蔽、陰の恫喝。なんと壮麗で豊饒な未来なんでしょう!でもウソなんです。音楽は悲しみの淵に落ちます。
コーダの大団円に進みます。絶望と悲しみが晴れます。真相はぜんぶ明らかになります。白日の下にさらされ、悪党どもに天誅が下り、正義の国に金色の後光がさしこみます。最後の3分です。
シベリウスの交響曲第2番。
みなさん、今年も有難うございました。良い年をお迎えください。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
クラシック徒然草《ベートーベン生誕250年記念演奏会》
2020 DEC 27 19:19:51 pm by 東 賢太郎
作曲家の「生誕(没後)**年」と聞くと、レコード会社のキャンペーンで、チョコレート会社のバレンタイン・デーみたいなもんだろうと反応してしまいます。職業病ですね、必ず裏に「カネ」のにおいを嗅いでしまう。「歴史はカネで見るとわかる」と言う人がいますが、我々証券マンは歴史どころか日々そう考えており、話はすべて「ポジショントーク」に変換して聴くのです。だからその集大成の歴史がそうなのは必然です。
嫌な考え方と思う人がおられるでしょうが、そういう人の比率が非常(異常)に高いのが日本であって、日本人らしさの重要な定義の一つと言っても過言でありません。いいことなので変わって欲しくはないですが、世界はそうでないという「自己の相対化」は必要でしょう。日本を一歩でも出れば「人間は損得で動かない」と仮定することは童話の世界においてすら困難であり、ベンサムの功利主義もすべての近代経済学理論も成り立たなくなるのです。
だから「モーツァルト没後200年」(1991年)も冷ややかに見ており、書物が増えたのでたくさん読みましたがチョコレート買ったり映画見たりはしませんでした。ところが世の中は盛り上がったのです。あれが今は昔。今年のベートーベン生誕250年は、さすがにこの疫病には誰も勝てないことを楽聖が証明するという残念な形になってしまいました。西部ドイツ放送のこの番組は、ドイツ人が誇りをこめて彼の誕生年を祝いたいというものでしょう。
感想ですが、まず、この演奏会はもともと第九の予定だったことで、ドイツでは第九が演奏できないんだなあということです。それからヴァイオリニストのダニエル・ホープは司会もうまくドイツ語もききやすい、多才な人だなあということ。そして、何よりバレンボイムですね、彼はフィラデルフィアにやってきてリストのソナタを弾きましたが、衝撃的な名演でいまでもはっきり覚えてます。当時41才、今年は78才。オペラ指揮者としても東京、ミラノでのトリスタン、ドン・ジョバンニ、ベルリンでニュルンベルグ名歌手、ワルキューレなど、シカゴ響とのコンサートを何度か聴きました。
彼のレコードで最初にいいと思ったのはここにご紹介した21才の時のものです(ベートーベン ピアノ協奏曲第3番ハ短調作品37)。それが今年演奏された。彼にとっても思い入れある曲なのでしょう。指回りは多少翳りがありますが、タッチは意味深いですね(特に和音の奏し方)。思えば僕が聞き始めのころ彼と小澤とメータは駆け出しのお兄ちゃんだったのです。フルトヴェングラーに師事したといっても、朝比奈隆も会ったらしいしそんなものだろうと思ってました。
彼は5番を師匠みたいにやらないし、ピアノは常時300曲のレパートリーがあるし、まったく違う道を歩んでドイツ音楽の巨匠になりました。ユダヤ人としてマーラーよりブルックナーに熱心という所も自分を持ってる。その印象は37年まえに堅固な建築の如きリストに聴いたあのイメージと微塵も相異がなく、敬意を覚えます。今や残った数少ない巨匠であり、お元気でいつまでもご活躍いただきたいと願うのみです。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
今年の演奏会ベスト1
2020 DEC 24 0:00:38 am by 東 賢太郎
1位 読響定期・グバイドゥーリナ:ペスト流行時の酒宴
恒例のベスト5ですが、すみません、なにせ今年はコンサートというとこれしか聴いてませんからベスト1。それにしても、1月15日にこの曲を選んだのは指揮者の下野竜也氏に神のお告げでも下ったのでしょうか。コロナ流行時の酒宴は自粛になろうとはこの時点では誰も知りませんでしたね。
コンサートばかりではありません、CDはここ数年買ってなくてCD屋にすら行ってません。コロナのせいばかりでもないです。あんなにワクワクして毎週買いこんでたのが何だったんだろうと考えてしまいます。僕はクラシック界においては相当な大手顧客でしたから今後が真面目に心配です。
クラシックは難しくて、百年二百年まえのもんだって意識がどうしてもついてきます。僕の世代の聞き始めのころはフルトヴェングラーやバックハウスって亡くなったばかりのお爺ちゃんがベートーベンの語り部みたいに扱われていて、カラヤンは青二才だったわけです。
いってみれば、古老の講談師が忠臣蔵や四谷怪談を語って伝承するみたいな世界で、ぽっと出の若いお兄ちゃんが「時は元禄・・」なんてやったところで古手の聴衆からしたら「てやんでえ」みたいなところがある。若かったころはうるさいジジイと思ってましたが、いつのまにか自分が言われるトシなのです。
つまり若い指揮者が「春の祭典」やってくれても、こっちは50年前からきけるのは全部きいてるんで「兄ちゃん、えらい元気いいなあ」って見てる自分に気づくわけです。困ったもんですがどうしようもない。「エロイカ」「ブラームス4番」ぐらいになると「おとといおいで」なんです、ほとんど。
この境地、もう鑑賞ではなくて曲に「はいっちまってる」のです。すると指揮者もヒトだから気が合うあわないが出てきて、僕は合わない方が圧倒的に多いのです。それが古老だとひょっとして俺が間違ってるかと謙虚にもなりますが、もうほとんど亡くなってしまいましたね。年下だと往々にして一刀両断になってしまう。クラシック音楽の宿命と思います。
むかしレコ芸で大木正興さんや高崎保男さんの批評を読んで、そんな印象を懐いてました。僕の思い込みもあるかもしれませんが、若手に厳しかった。切り捨てだった指揮者たちはやがて大家になり、現在は多くがあの世に行ってしまいました。でも、いまは先生方の気持ちもわかる気がする。
つまり、何百年たっても、常に一定数のこういうジジイと若手演奏家が対峙する。そこでバチバチと火花が散ってアウフヘーベンして、演奏が進化するのです。そうじゃなければ古典芸能は博物館行きです。そうならないこと祈るし、よし、そのために徹底的にうるさいジジイでいてやろうと思うのです。
とはいえ百回に1度ぐらいは、耳タコの曲で革命児の解釈に「そうくるか」となって、スコア見てみると「なるほど」なんてのがある。これはライブに多いのです。熱い評を書いたファビオ・ルイージの「巨人」、トゥガン・ソヒエフの「プロコフィエフ交響曲第5番」なんかがそうだったのですね。
それに出会うのが演奏会の醍醐味ですが、百回に1度ということは99度の無駄があるということなんで、だんだん時間が無くなってくると辛いなとなってきます。冒険しなくなってくるのです。音楽に関心が薄くなるのではなく、残り時間の配分をどうしようかという問題ですね。
僕は骨の髄まで「プレーヤー志向」なんです。死ぬまで選手でグラウンドに立っていたい。では自分が何のプレーヤーかというと、もちろん証券業なんです。それ以外はすべて、その他大勢、観衆、聴衆でしかない。外野席で他人のプレー観てああだこうだなんてつまらない余生は送りたくありません。
今年は3月からリモートワークでしたが、全然変わりなく仕事して、逆にリモートでしかできない会社まで作りました。12月に入って俄かに忙しくなってきて、案件はひとつ終わりましたが、ひょんなことからでっかい新規の芽が3つ4つも出てきて寝る間もなくワクワクしてます。逝くならこのままコロリがいい。
もう欲しい物もなく功名心もプライドもなし。仙人と違うのはワクワクして生きたいことぐらいです。もちろんクラシックには求め続けます。でも興奮より安寧ですね。慰めでなく精神のふるさとでおふくろの味にホッとするみたいな、そういうものを与えてくれるのもやっぱりクラシックなんです。
ブルックナーがいいですね、どっぷり浸っているだけで。すると、どうしてもクナッパーツブッシュに行っちゃいます。ロンドン盤のVPOとの5番、僕はあれで入りましたからね、めちゃくちゃなカットがあったりしますが初めてレコードをかけて、一発で気に入ってそれ以来の付き合いです。
いま鳴らしているのは4番です。ベルリンpoを振った1944年9月8日の放送用録音です。これって、あのノルマンディー上陸作戦の3か月後、ヒットラーが自殺してドイツが降伏する半年前なんですよ。スイスに近いバーデンバーデンとはいえ、すぐそこで戦争をやって血の海、死体の山になっているさなかに音楽なんて日本では死刑ものです。いま疫病の流行時で音楽は止まってしまいましたが、ドイツでは戦争でも止まらなかったという生々しい記録です。
彼の4番は1955年のウィーンフィル盤が音も良く一般的にはお薦めということになっていますが、あんまり熱量はありません。音は良くないレーヴェによる初版ですが、フルトヴェングラー(逮捕命令が出ていた)在任中のベルリンpoとのこれはテンションが高く、かたや第2楽章は天国的です。第3楽章のトランペットはじめ管楽器のタンギングの見事なこと!陰影の深さ、緩急、膨らみが自由自在で、国家瓦解の危機で鳴るブルックナーはこうなるのかという代物です。なんという安寧、僕の精神のふるさと、クナッパーツブッシュは神と思います。平和ボケ国の若いお兄ちゃんにはやっぱりあり得ませんのです、この世界は。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
コロナの邪悪を追い払うヴァイオリン!
2020 DEC 8 16:16:10 pm by 東 賢太郎
廣津留すみれさんから久ぶりにご連絡をいただきました。今年の1月にソナーに来られたのが初めてで、3月末のリサイタルに行く予定でしたがコロナで中止になりました。
アメリカに帰れないので日本でご活躍であり、フジテレビの「セブンルール」でお母さまとの密着番組が放送されるそうです。2週もので、今夜(12月8日)23時~と来週15日の23時~だそうです。大分の公立高校からハーバードに入った秘密が明かされるのでしょうか、楽しみです。
このビデオも送ってくれました。
このところ憂さ晴らしに大編成の曲ばかり聴いてましたが、これは衝撃です。ヴァイオリン・ソロってこんなに美しかったのか!!
何度も聴いた曲ですが、こんな心にしみたことはありません。 コロナの邪悪がす~っと消えていくようです。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
ルロイ・アンダーソン「トランペット吹きの休日」(2)
2020 DEC 7 18:18:19 pm by 東 賢太郎
彼はクリスマスソングの作曲家じゃあないですが、どういうわけかこの時期になると世間にお目見えです。アンダーソン・フリークなもんでどれも好きですが、今年のもやもやを吹っ飛ばそうとなるとやっぱりこれですね。
これをどこでいつ聴いたか?覚えてないですが、やっぱりCMだったような。クルマだったかなあ?あまりのカッコよさに一発でノックアウトでした。と同時に、中学まで住んでた家の空気まで思い出して感涙物の曲なのです。
では、前回にあげてないものを聴いてみましょう。youtubeにゴマンとありますが、良いのをみつくろいました。
まずは作曲者の指揮。脱兎のごとく飛び出すこのテンポ!最高ですね。これが正調中の正調であります。
そのDNAをひくアーサー・フィードラー指揮ボストン・ポップスです。ボストン交響楽団が主に夏にタングルウッドでポップスをやる時の名前ですが、アンダーソンはこっちに書いたのでこれが正調といえましょう。彼とボストン・ポップスの関係は、ヨハン・シュトラウスとウィーン・フィルにあたります。
そのボストン響のトランペット・セクションのリモート演奏です。こんな名門オケでも今年はこうなんですね。しかしうまい。
3人の音質とタンギングが揃うと快感です。スタッカート気味ですが実にうまい。ウエルナー・ミラー・オーケストラです。
これもほぼ同格ですね。カリフォルニア空軍バンドです。軍楽隊の定番で手慣れてます。リズムのつかみの良さはこれがトップです。
しかし我が軍も決して負けていない。派手さはないが盤石の安定感で実に頼もしいものです。自衛隊は目下コロナの看護師派遣でも頑張っていただいています。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。
オッフェンバック「地獄のギャロップ」(フレンチカンカン)
2020 DEC 1 1:01:36 am by 東 賢太郎
熱海まで気晴らしに行って網代から南の方の青々とした海をぼーっと眺めていたら、ふと昭和の昔の、
「イトウに行くならハトヤ、電話は4126(よいふろ)」
のCMソングを思い出した。まあ関東の方しかご存じないだろうが当時の子供は誰でも知っていた。そうすると不思議なもんで、もうひとつ浮かんできた。
「カステラ一番 電話は二番 三時のおやつは文明堂」
すると、歌じゃないけど
「ナボナはお菓子のホームラン王です」
で一本足打法の王選手がくっきりと出てくるし、
「長生きしたけりゃちょっとおいで ちょちょんのぱ ちょちょんのぱ」
は船橋ヘルスセンターだ。そんなのがあったんだ。
この中でクラシック音楽がひとつある。これだ。一般に「フレンチ・カンカン」と呼ばれる。can canがなんのことかは調べたがよくわからない。
当時僕は7才。もちろんカステラ屋の歌だと思ってたが、のちにこういうもんだと知ることになる。
これはパリのキャバレー「リド」である。トップレスのお姉さんが出てくるが浅草のストリップではない、女性と観ながら食事する大人のショーだ。画家ロートレックが通ったムーラン・ルージュも悪くないが、僕は舞台が派手めなリド派でパリへ行くと寄るのを習慣としている。ただし料理はどうということはない。
この曲はフランスの作曲家ジャック・オッフェンバック(1819 – 1880)が作曲したオペレッタ「地獄のオルフェ」(1858年)の中で演奏される「地獄のギャロップ」である。サン=サーンスは『動物の謝肉祭』で動きがのろい「亀」に逆説的に本作のパロディを用いているが、元をただせば「地獄のオルフェ」のほうもグルックの「オルフェオとエウリディーチェ」のパロディだから手が込んでいる。
クラシック音楽の内で1,2を争う有名なメロディーであり知らない人はあまりいないと思うが、”文明堂世代” を除くとどこで知ったか大概の人は知らないという恐るべき曲だ。無意識に刷り込まれてしまうステルス戦闘機のごとしである。オッフェンバックはユダヤ系のドイツ人で、本名はヤーコプ・レヴィ・エーベルストだ。そういえばフランクフルトに住んでいたころマイン川の反対側にオッフェンバッハ・アム・マイン(Offenbach am Main)という街があった(バックは英語読み)。何でかなあぐらいは思っていたが、そこが彼の出身地で芸名の由来とはつゆ知らずだった(というより、彼にはその程度の関心しかなかった)。
ちなみにパリでロッシーニと共にグランド・オペラの先駆者となったマイヤベーアもユダヤ系ドイツ人だが、18~19世紀前半のパリはロンドンと並んで外国人音楽家の格好の出稼ぎの地であり、グルックもロッシーニもそうだったし、だからあのモーツァルトも母と一緒にやってきて就職活動をしたのだ。ロンドンもそうだが、ルイ16世がユダヤ人に完全な市民権を与えたためユダヤ系音楽家にとって活躍し易い環境が整っていたことも大きい。米国の科学やロケットや核技術は処刑せずに連れてきたナチのユダヤ系科学者の由来だし、国家、都市の繁栄においては優秀な血を入れることがいかに有効かよくわかる。僕は歴史上の日本国の最大の失敗の一つは、満州国に亡命ユダヤ人の入植を認めなかったことだと考えている。
オッフェンバックはパリに出て劇場を買い「シャンゼリゼのモーツァルト」といわれる評判をとった。勝負師でありやり手のビジネスマンでもあったと思われる興味深い人物だ。「地獄のオルフェ」はブッフェ=パリジャン劇場で1858年10月20日に初演され、翌年6月まで連続228回公演を記録した大ヒットとなり、大赤字だった経営を潤した。その劇場はオペラ座から南東に約200メートルほどのモンシニー通りに今もひっそりとある。これがそれだ。カンカンはここで産声を上げた。
写真のつきあたりのイタリア座(サル・ヴァンタドール)は今は銀行になっていて華やぎの面影もないが、現在のオペラ座(ガルニエ宮)ができるまではパリのオペラ座といえばここで、ヴェルディの椿姫など15の主要作品のパリ初演が行われた。1700席の優雅な劇場で、特権階級が通い貴族の社交サロン的な役割も果たしここのボックス席を購入することが上流客のステイタスとなっていた。
10年前にここへ行ったとき、しばし往時を偲んでたたずんだ。そして思ったことがある。イタリア座の壮麗なファサード(正面)は写真の向こう側で、見えているのは背面だ。こっち側に来たのは中流階級以下の客だ。そこにオッフェンバックの劇場が、まるで尻を向けられ後塵を拝するようにちんまりとある。自信満々の彼はオペラを書きたかったが劇場や出版物の検閲を担当していたフランス内務省の劇場経営規則にひっかかり公演規模からオペレッタ(オペラ・ブッファ)という大衆バージョンしか書けず、それならそれだ、この野郎いまに見てろと爪を研いでいたはずだと強く共感したのだ。まったく非科学的なことだが、「僕は何かが起きた土地」の霊気のようなものに当たってしまうことがある。というのは、そのパリ旅行は、このブログの「運命のとき」(必然は偶然の顔をしてやってくる)にロンドンから気晴らしに立ち寄ったもので、スローン氏への入魂のプレゼンを終えたほやほやの3日後だった。まだどうなるものともわからぬ不安の中で気が立っており、それでもその恐怖を跳ねのけるため「いまに見てろ」と痛烈に思っていたわけだが、写真の場所で何かを強く感じ、そのあたりを長いことひとりでうろつき、写っているホテルに「泊まってみたい」と日記に書いている。
「地獄のオルフェ」はオッフェンバックが満を持して殴り込みをかけ、上流社会の論壇を大炎上させたという意味でモーツァルトのフィガロの結婚に匹敵する価値ある一作である。斯界の大御所グルックの看板作品の筋書きをひねり、アリアまでもじって笑いを取ったわけだが、その笑いそのものが風刺として政治に向けられたものであり、上流社会は貶められたと非難をし、「オルフェ論争」と後世に残るほどの騒動となってパリ中にセンセーションを巻き起こした。その意味が、写真の景色を30分ほど立ちすくんで眺めていて痛いほどよくわかった。いずれ僕は再びこの地に行ってみることになるだろう。そのホテルに泊まってブッフェ=パリジャン劇場でオペレッタを観るのだ。
”文明堂” のカンカンに話を戻そう。これを管弦楽曲としてやる場合は「序曲」ということになる。原曲に序曲もなければ、あのカンカンの形の曲はオペレッタの原曲にはない。なぜならウィーン初演のためにカール・ビンダーが本作から聞きどころを編んだもので、むしろビンダーの作品と考えた方が良い。父が買ってくれたボストンポップスのLPレコードにそれが「天国と地獄」序曲のタイトルで入っていて、最後のカンカンに至って「あっ、カステラ一番だ」と楽しんだが、すぐ飽きてばからしい音楽と思い始める。ガキにこの作品のオトナの事情など分かるはずもなく、それ以来オッフェンバックは三流の作曲家になった。
そうではなかった。「地獄のオルフェ」は彼が敬愛し、やはりパリに定住して人気者になったロッシーニに並ぶ底抜けに楽しい作品だ。浮気している妻がヘビにかまれて死んでラッキーと喜ぶ夫、倦怠期の夫婦の話だ。それを神々の天界にもって行って「オルフェオとエウリディーチェ」の夫婦愛物語にひっかけて思いっきり笑い飛ばしてしまう。僕はこれをドリフターズがコントにして、志村けんが夫を由紀さおりが妻をいかりや長介がジュピターをやったら面白いだろうなーと思う。ぴったりだと思う。日本全国爆笑もんだろう。そういう話なのだ。
カンカンはオリュンポスに退屈した神々が「活気にあふれた地獄」へ行けるとジュピターを讃えて馬鹿騒ぎする、その乱痴気の馬鹿馬鹿しさ加減を(これは国会に飽き飽きした政治家どもをおちょくっているわけだ)あえてにぎにぎしく破廉恥に描いた場面なのである。その意図と出来栄えに喝采だ。譜面づらでなく、オッフェンバックの知性と技を見なくてはならないわけで、こういうものを大指揮者の皆様がどう解釈しているかは大層興味を引く。
まずフランス語圏のエルネスト・アンセルメだ。以下どれも7分ちょっとあたりからカンカンになる。
うーん、遅い。真面目だ。数学者のアンセルメ様にはむいてないのだろう。
ルネ・レイボヴィッツだ。歌入りであり彼はオペレッタも振っていると思われる。
特にどうもないが、ブッファのがやがや感は好ましい。しかし、思うのだ。彼はピエール・ブーレーズの師匠で、彼の春の祭典は各所のコンセプトがブーレーズCBS盤に酷似している。ブーレーズがカンカンを振る気を起こさなくて本当に良かったと思う。
ドイツの巨匠ルドルフ・ケンぺだ。なんとウィーン・フィル。
だんだん速くなる。さすが、シンフォニックだ。でもオペレッタじゃ使えねえな。
ご本家フランスのジャン・マルティノン。オケはロンドンフィル。
良いテンポだ。最後のアッチェレランドで興奮を煽るが、終始お品が良い。乱痴気にはできないお方だ。
あの天下を睥睨する大御所のヘルベルト・フォン・カラヤン様がどう扱うか。フィルハーモニア管だ。
いや参りました。なんというスマートな格好良さだろう!
主部の旋律を吹くトランペットを普通の指揮者は朗々とテヌート気味に響かせ、踊りは盛り上がるが往々にして誠に下品である。ところがカラヤンはそれを短めに、なんと徐々に抑え気味に吹かせて気品すら漂わせるのに成功しているではないか。二度目の「カステラ一番・・」で和声パートの高音部を対旋律にして浮き出させ淡い色香を加えるなど、他の誰も思いもつかぬ達人の技だ。こんなにイケメンで決められると乱痴気などほど遠いが、カラヤンの魔術の前にそんなこと消し飛んでしまった。
彼は後に同曲を再録音する。旧盤の名演奏をもってしてそこまでやるかと思うし、こういうナンバーをベルリン・フィルハーモニーにまじめにやらせてしまう人事力も敬服ものだ。7分30秒からお聴ききになれる。
皆さまご感想はいかがだろうか。
悲しいけど誰もが年をとる。それを老成、晩熟などと評することもあるが、カラヤンはむしろ早熟の人だったと思う。旧盤に書いた美点は見事に全部消えている。テンポは遅くなり主部は弦とティンパニの後打ちリズムが大きくなり、音楽を立体的にしようという意図が見えるが流麗なスマートさよりドイツっぽいごつごつ感が加わっている。メロウだった対旋律作戦は放棄されている。あくまで個々人の好みの問題ではあるが、僕は断然、フィルハーモニア盤をとる。
最後にカラヤンもびっくりのを。美女軍団のヴィーナス管弦楽団だ。
僕は読売巨人軍の公式マスコットガール軍団「VENUS(ヴィーナス) 」の大ファンであるが、美女オーケストラなんてものは想像もつかなかった。誰が考えたのか、畏れ多いというか、もの凄い発想力だ、ちょっと負けるかもしれない。日本でも作っていただきたい。
ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。


















