ルロイ・アンダーソン 「そりすべり」 (Sleigh Ride)(その3)
2015 DEC 8 0:00:59 am by 東 賢太郎
シベリウスのようなシリアスな曲をききながら僕がルロイ・アンダーソンを愛好するのはどうしてかというと、どっちも和声が抜群に面白いからです。和声フェチとして、シリアスかライトミュージックかは二の次。美人に国籍なし、です。
シベリウスの和声というとあまり語られていませんが、とても興味深い。彼の楽器はヴァイオリンですが交響曲のような構造のロジックを問う音楽ではやはりピアノで思考したのかなと思います。調性が自由なように聞こえるのはドイツ音楽の視点から予定調和的でない事件が数々おきるからですが、それが元のあるべき調に帰還する- ロジックがあるとはそういうことだ- その手続きは見事に計画されています。そのプロセスに僕はピアノ的なものを見ます。
一方のルロイ・アンダーソンはというと、これはまったくもってピアノ的であって、それ以外の楽器を逆さにしても「そりすべり」の転調なんかは出てこないでしょう。ビートルズが奇矯なコード進行を見つけたといっても、それはAとかB♭といった「コード」という名のもとに色彩のくっきりした三和音という原色に固まった和音の連結が風変りだということであって、中華料理のフルコースにフランス料理の一皿が供されてあれっと思ったという風情のものである。
ところが「そりすべり」の変ロ長調(B♭)が咄嗟にホ短調(Em7)に色が変わってしまうあの増4度のマジカルな転調は、B♭の主旋律の伴奏の最初の和音がb♭-aの長7度を含むという輪郭の「ぼかし」が下敷きにあって、しかも最初の2小節だけで2度のぶつかりが5つもあるのであって、原色に混じりの入った、ギターじゃ弾けない「固まってない和音」が前座にあるから奇矯に聞こえないという裏ワザでなりたっています。
しかも楽器法もうまくて、B♭にはスレイベル(鈴のシャンシャンシャン)が入っていてEm7で突然ウッドブロック(馬のパッカパッカ)が闖入し、耳をとらえてしまいます。調がぶっ飛んだ意外感がもっと意外な音で中和されます。Em7はD(ニ長調)の前座だったことがわかると今度はDm7に変化し、それがC(ハ長調)になったと思いきや、それをB♭へ回帰させるために曲頭の前奏がE♭(変ホ長調)を背景に現れる、ここのぶっ飛びも段差がありますが、今度はグロッケンシュピールが可愛らしく闖入して、またまた転調の意外感を消してしまう。しかもEm7のところから裏に入っていたチェロの魅惑的な対旋律がずっと並行してきて意外感なくE♭へいざなってくれる。う~ん、すごい、プロの技です。
この転調、ウルトラC級でドイツ音楽にもフランス音楽にも現れないレア物であり、この曲を「歌もの」にアレンジするとホ短調部分(歌詞でいうとGiddy-yap giddy-yap のところ)がどうしても浮いてしまいます。唐突すぎてポップスとしてサマにならないのです。だからみなここだけ子供の声にしたり、その段差を正当化すべく苦労してます。このアレンジはばっさり切り捨ててしまっています。この女性の太めの声であの転調はズッコケになるとアレンジャーが諦めたのでしょう、主部を半音ずつ上げていくという単調を避ける変化球で逃げています。これはこれで味はありますし、ひとつの解決策ですね。
どうしてそうかというと、声で歌うと伴奏和音の7度のぼかしが聞こえにくいのです。だからギター風に「固まった和音」でB♭からEm7にドスンと落っこちて、階段でころんで尻餅をついたようになってしまう。一方、伴奏が良くきこえるピアノやオーケストラだと「ぼかしの7度、2度」が作用して「にごり」を作って原色イメージが和らぎ、ソフトランディングができる。要はB♭のコードが明瞭でなく、中華料理が中華中華してないのでフレンチの一皿が闖入して驚きはしても、それなりにしっくりきてしまうという風情なのです。しかし、そうはいっても奇矯な転調だから強いインパクトを残すのであって、永遠のヒット曲になっている隠し味という所でしょう。
ピアノで弾いてみるとルロイ・アンダーソンの和声はこうしたマジックに満ちていることを発見しますが、こういう「当たり前に固まった和音」に「にごり」を入れて輪郭をぼかすようなことはギターの6弦で、しかも短2度のような近接音を出しにくい構造の楽器では困難です。ピアノのキーボードの利点をフル活用した作曲であり、ドビッシーが開拓した音の調合法の末裔でしょう。ちなみにアンダーソンの先祖はスェーデン人ですが、グリーグやシベリウスら北欧の人の非ドイツ的な和声感覚に僕は魅かれるものがあります。
ニューヨークの楽譜屋で見つけたこの楽譜は宝ものです。アンダーソン代表作25曲のピアノソロ譜です。Almost completeというのがぜんぜんそうじゃなくって、いい加減なおおらかさがアメリカらしいが、たしかにこの25でいいかというぐらい有名曲は入ってます。「そりすべり」はチェロの美しい対旋律がなかったり2手の限界はあるのですが、弾いていると無上に楽しい。ほんとうにいい曲だなあと感服するばかりであります。
「そりすべり」はいろんなアレンジが百花繚乱です。気に入ったものをいくつか。
アメイジング・グレイスを歌ったニュージーランドのヘイリー・ウェステンラの歌です。伴奏のギターの和音は手抜きですが、ピッチの合った器楽的な声で転調をうまくこなしているレアなケースです。ポップス的にあまり面白くはないが絶対音感がある彼女の転調の先読みは知性を感じます。好感度大。
カーペンターズ版です。70年代のアメリカの匂いがぷんぷんしますね。カレンの歌は群を抜いてうまい。どう転調してもぴたっとキーが合ってしまう。単に表面ずらでなく、ミとシの具合まで完璧に瞬時にアジャストしてます。この凄い音感とピッチ、どこにボールが来てもミートできるイチローみたいな天性の動物的感性を思わせます。
次、カメロン・カーペンターのオルガン。このひとりオーケストラ、驚異です。
ギターです。いいテンポですね、この人、音楽レベル高いです。
前回のTake 6のアレンジ。これもすばらしい!アカペラも含めて歌バージョンで増4度のホ短調への転調を音楽的にうまくのりきっているのはヘイリー・ウェステンラとカレン・カーペンターと彼らだけでした。この6人の和声感覚は世界最高レベルの洗練をみせています。
最後にアメリカ海兵隊バンド (The President’s Own United States Marine Chamber Orchestra)。うまい!やっぱりこれだ。ウィーン・フォルクス・オーパーのヨハン・シュトラウスです、参りました。
(こちらもどうぞ)
ルロイ・アンダーソン 「そりすべり」 (Sleigh Ride)
ルロイ・アンダーソン「そりすべり」 (Sleigh Ride)(その2)
クラシック徒然草-僕は和声フェチである-
2015 DEC 7 2:02:58 am by 東 賢太郎
僕が最初に覚えた西洋音楽はアンタッチャブルのテーマでした( アンタッチャブルのテーマ(1959)The Untouchables Theme 1959)。この妖しい和音に完璧にはまってしまい、各声部までしっかり歌え、もしこの頃にピアノをやってたら妖しい曲専門の作曲家にでもなってたかもしれません。
だから近現代のシェーンベルグやクセナキスなんかも全然平気であり、覚えられるし歌えるしモーツァルトのように楽しめます。逆に苦手なのは和声的に何の事件も起きない、コンビニに並んでる115円ぐらいのカップ麺みたいにどれもこれもおんなじような音楽で、学生時代、インフルエンザみたいに大流行だったフォークなど大嫌いでした。
フォークというのはCとGとFと、たまにAmとDmぐらいはあって、ときにEmやセブンスなんか出るとおっやるねなんて感じで、あまりのあほらしさにこちとら気絶しそうであり、キャンプファイヤーなんかで当然でしょ風に長髪のギターの兄ちゃんと僕の大嫌いなタイプのヴォーカルの女が出てきてあれが始まる。法事の念仏の方がよほど面白い。
普段我々が耳にするほとんどの和声変化の「原典」はクラシックにあります。それが微分積分とするとフォークは足し算引き算というところです。だいたいギターは定型化した指の形で最大6音しか出ないので10音(以上)出せてポリフォニーが弾けるピアノから見ればウクレレと大差ない。複雑な音楽は無理です。
しかし和声が面白い音楽にジャンルの壁などありません。ここが楽しいところ。ビートルズやユーミンやカーペンターズは面白いし歌謡曲にもいいのがあるし、クラシックにも退屈なのがたくさんあります。「和声フェチ」の僕としては面白いかどうかだけが大事でして、芸術的とか高尚とかいうわけのわからない基準などくそくらえです。
あえていうならhigh qualityでしょうか。ゴッホと三文画家を並べたら、子供でもわかってしまう差があります。それは言葉にならなくても厳然としてこの世に存在するのであって、神様は不公平だしかわいそうだけどどうしようもない。ビートルズやユーミンやカーペンターズの和声はクオリティが高いのであって、だから誰もまねできていないのです。
Take6 という米国の黒人6人のグループが有名なクリスマスキャロル(Hark The Herald Angels Sing)を歌っています。これが凄い。これを譜面に書きとれといわれても難しいですね。
こっちはビング・クロスビーのスタンダード(I’ll Be Home For Christmas)。この精緻で複雑な和声、脳天を直撃です。
この人たち、ジュリアードやカーチスを出てるわけではないようです。ジャズやゴスペルに感じるのですが、黒人の感性はまったくもって独特であって、白人の西洋式の(すなわちクラシック音楽仕込みの)教育とはかけ離れた所で、圧倒的にhigh qualityの音楽を生んでいます。ラヴェルやミヨーが影響を受けたのは伊達でなく、ゴッホが葛飾北斎に影響を受けたのと同じでしょう。北斎の浮世絵に僕は圧倒的なhigh qualityを感じますが、それと同質なものが黒人音楽にはあるということでしょう。
クラシックの有名曲はもう全部きいていそうなので、来年は黒人音楽を聴いてみたいですね。きっと面白い和声があるだろう。和声は化学です。未知の化学式を持った物質があるかもしれないし、未知の価値がある合金ができるかもしれない。それを探すために音楽を聴いてきたのかもしれない、アンタッチャブルのオルガンのオジサンもそう思ってるかもしれないなと今なんとなく思いました。
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シベリウス 「アンダンテ・フェスティーヴォ」とフリーメイソン
2015 DEC 6 2:02:23 am by 東 賢太郎
この作品番号のない小曲をご存知の方は多いでしょう。シベリウス・プログラムのアンコールピースとしてフィンランディアと共に定番のひとつですね。
1922年に自宅近郊の製材所(Säynätsalo sawmills)の25周年記念祝賀会のために祝祭カンタータを委嘱されましたがシベリウスは Andante festivo という数ページの弦楽四重奏を書きました。この時まだ56才の彼はその後35年も生きるのですが、以前から書いてきた交響曲第6,7番を完成し、タピオラを書いたほかは抑うつ状態とアルコール依存で作曲ができなくなったのです。
まずはその弦楽四重奏版です。
この曲の素材はポヒョラの娘、第3交響曲を書いていたころ構想していたオラトリオ(Marjatta)に由来するという説もあり、1929年に姪の結婚式で2つの弦楽四重奏団の合同で演奏されており、そこで編曲された可能性も指摘されています。30年ごろから彼は重要な作品を作っていませんが、ラジオで自作の演奏を熱心に聴いていました。しかし当時のスピーカーの音の限界を察しており、ラジオ用には異なる作曲法が必要と考えていたようです。
そこにニューヨーク万博(1939年4月開幕)のための祝賀作品の委嘱が来ました。それは世界にラジオで放送されるため、彼はAndante festivo をラジオ用に異なる作曲法で編曲しました。それが現在広く流布している弦楽オーケストラにティンパニを付加したバージョンなのです。最後だけ使われるティンパニに、当時の乏しい音しか出なかった「ラジオ用」という意図が感じられるように思います。これがその版です。
どなたも容易に気づかれることと思いますがこのト長調の冒頭の旋律はドヴォルザークの新世界第4楽章そのものです(長調にしたもの)。
第2主題にはどこか郷愁を感じる長7度の和声(g-f#)が響きます(赤枠部分)。和声はレ・ファ#・ラ(ドミナント)に移行しますがバスはg(ソ)のまま(オスティナート)であるためです。
これは第2交響曲の冒頭、T-SD-Dと移行するDの部分の和声(A)とオスティナートバス(d)が衝突しておこる赤枠内のチェロパートのd-c#と同じものです。この長7度がどれほど自然の息吹と陰影を与えているかお分かりでしょうか。
第7交響曲終楽章の最後の感動的な和音はやはりドミナント(G)の和音にトニックのバス(c)が侵入してこの長7度を形成し、最後の最後に至ってソプラノ(h)がおごそかに半音上がってハ長調で曲を閉じます。シベリウスの作曲の奥義であり、Andante festivo が我々の心をゆさぶるにはわけがあるようです。
ただ、このスコアで僕が最も重要と思う部分はここです。2つ上の楽譜の青枠部分です。
これがモーツァルト「魔笛」の第2幕の僧侶たちの合唱「おお、イシスとオシリスの神よ」のコーダに出てくる特徴的な和声連結であることは魔笛を記憶されている方ならお気づきではないでしょうか。魔笛がフリーメイソンと関係があることは証明はできませんが可能性は高いと思われます。そしてシベリウスは確実にフリーメイソンであったのです。しかも入会日がわかっていて1922年8月18日、そして Andante festivo となった曲を注文されたのは同年のクリスマス前なのです。
しかもそれは25周年記念祝賀会のための「祝祭カンタータ」だった。モーツァルトが自作の作品目録に記した最後の作品がフリーメーソンのためのカンタータ「我らの喜びを高らかに告げよ」 (K.623)だったのにご注目ください。発注主のサイナトゥサロ製材所(Säynätsalo sawmills)がメイソンだったのではないかと想像したくなってしまいます。JS29という作品番号なしの作品に「The American Miller’s Song」(紛失)というのがあるのですが、ドヴォルザーク新世界を引用したのも気になります。
メイソンのメッセージが刻印された曲をニューヨーク万博に送ったとしたらシベリウスの意図は何だったのか?一篇のミステリーのようになってきました。この万博開催中の1939年9月1日にドイツがポーランドに侵攻、英仏がドイツに宣戦布告して第2次世界大戦が始まっているのもきな臭い。73才のシベリウス(写真)は39年のニューイヤーズ・イヴにこの曲を自ら指揮(フィンランド放送交響楽団)、1月1日に世界に向けてラジオ放送されました。それがこれであり、これはシベリウスが残した唯一の録音でもあります。
テンポはかなり遅めです。びっくりしたのはスコアによれば14小節目からクレッシェンドして f となり meno で弱くなると22小節目でもう一度 f になるのですが、シベリウスはこの2度目のフォルテを完全に無視してピアノのまま入っています。
ティンパニのトレモロに乗ってサブドミナントの光明をたたえたアーメン終止で終わるこの曲のもたらしてくれる安息感は忘れがたいのですが、僕には魔笛やアヴェ・ヴェルム・コルプスがかぶさって聞こえてくるのです。フリーメイソンが出てくるといかがわしく思われる方もおられるでしょうから書いておきますが、シベリウスの書いた117曲の作品の最後から5番目である作品113は「フリーメイソンのための典礼音楽 」です。
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ヴァンスカ・読響のシベリウス5-7番を聴く
2015 DEC 5 0:00:52 am by 東 賢太郎
シベリウス生誕150年だった今年のご利益でしょう、札響・尾高、ラハティ響・カム、そして今日の読響・ヴァンスカと「交響曲第5,6,7番」というプログラムを3度聴けました。リントゥ指揮でも5,6,7を聴いてますから各曲を1年で4回、特にあまり舞台にかからない6番を4回聴けたのは幸運でした。もうこういうことは人生二度と望めないでしょう。
ヴァンスカの指揮は雄渾でメリハリがはっきりと付きます。ロマン的な表現の対極といえましょう。5番はピアノとフォルテの振幅が大きく、第1楽章のファゴット・ソロの部分のppからコーダへ向けてのオーケストラのパースペクティブの拡散は見事。彼は音の霧を作るより精緻に音符を刻んでスコアに語らせるタイプでしょう。低音の響かないサントリーホールのせいかコントラバスだけ指揮したりする場面もあり、木管の大事な旋律が金管に埋もれて聞こえなかったり、バランスにはやや問題があった。しかし5番を構造的にどう解釈するかという点においては第1楽章の終結へのアッチェレランドが過度でないこと、終楽章の終結へ向けてはたっぷりした遅めのテンポをとり安易な興奮をかきたてないのが好感を覚えました。
6番の開始は音量をことさら抑えずあっさりと入ります。こういうところがロマン的でない。この曲は主題の論理的な発展、展開というよりエピソードごとのエモーション(感情)の動きを辿るところにエッセンスがありますが、ヴァンスカのいわば楽譜追求再現型のザッハリヒな表現は的を得ていたと思います。終楽章は激情ともいえる強い表現で、失った人の追想がしめやかさでなく激しい感情の吐露で語られます。いままで聴いたことのない表現であり、今日の白眉でありました。
7番は6番のような表現があまり適さない。幻想曲の趣のある曲ですが、あまり理性が勝つと感動が削がれます。トロンボーンソロに至る和声、クレッシェンドはワーグナーを踏襲する観がありますが、ヴァンスカの音作りの感触はリングにおけるブーレーズのやり方を連想しました。それはそれで説得力あるものなのですが、僕の趣味としては先日のオッコ・カムとラハティ響の方が好みであります。
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はやぶさ2号ミステリー再び
2015 DEC 3 21:21:23 pm by 東 賢太郎
忘れもしない去年のきょう12月3日、僕は屋久島にいました。そして偶然に目撃してしまったのがはやぶさ2号の打ち上げでした。
そうか、きのう2日は千年杉とご対面だった。それにひきかえ今年は余裕のないこと。仕事に追いまくられて頭がふらつくほどです。
でも企業経営者としては有難いことで、今年は事業はつきまくっていて大きく前進しました。屋久島でいろいろ不思議な思いをしたのがこの予兆だったかもしれません。ノイにそっくりな猫が出てきたり、イスラエル人の女性にユダヤの幸運のペンダントをもらったり、鹿児島空港で信じられないほど大きな虹を見たり。そして買ってきた千年杉の衝立は玄関にあって、毎日さわってから出社してます。絶大なご利益です。
はやぶさ2号はこんな写真を送って来たそうです。月と地球です。意外に月が近い。
地球の画像で右がオーストリア、左の雲の部分がユーラシア大陸だから日本列島は中央やや左上です。2015年11月26日12時46分(日本時間)撮影ですから僕は大手町のみずほ銀行にいましたね、皆さんはどちらですか?
しかし、この宇宙スケールの巨人の眼で見てみると僕らなんて団子に生えたカビの胞子かゴルフボールにくっついたバイ菌みたいなもんです。人間は知性や科学があると思ってるが巨人界では あっそう てなもんかもしれませんね。逆にバイ菌に生まれてきたら、それはそれで意外に人生大変なのかもしれない。
太陽を1周して戻ってきたはやぶさ2号は今日12月3日、スイングバイのため地球に3100キロまで近づきます。地球と火星の間で太陽を回る小惑星リュウグウに向かう軌道へかじを切るためで、速度も秒速30.3キロが31.9キロにアップするそうです。
そして、これがちょうど1年前の出来事です。
打ち上げが観られたのも、珍しく快晴だったのもラッキーでしたが、もっと気になるのはネコです。あれはいったい何だったんだろう??
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事業への戒めについて
2015 DEC 2 23:23:26 pm by 東 賢太郎
いま同時にやらなくてはいけない仕事を手帳に書き出したら7つもありました。ゼロから生む仕事は静止摩擦力があって動かすまで重たいのですが、いざ動き出してしまうと想定外のモーメントがあって逆に振り回されることがあります。いま、まさにそれで、一点集中型の僕としてはあまり得意でない状況です。
当社の日本株運用アドバイス実績は年初来+21.8%で、日経平均(+14.2%)を3年連続で大きく上回りそうです。プロには分かっていただけますが、これは簡単なことではありません。加えてファイナンスへのアドバイス業務などもあり業績はおかげさまで堅調です。これら本業が良ければ充分であり、力が分散してはまずいので、いくつかは剪定(せんてい)しないといけないという結論に達しました。
事業ですからもちろん利益はあげねばなりませんが今の僕には社の存続が先決です。儲ける道具としての会社ではなく社会的に存在意義のある存在にしなくては存続はできません。それには我々にしかできないことを徹底的に磨くしか道はありません。だから得意でないことに広がるのは自ら戒めないといけないのです。
せっかくのチャンスであり摘むのはもったいない芽もあるのですが、そしてそれを誰かにやってもらうという選択肢もあるのですが、結局取り仕切ることになれば力の分散は同じことです。自分の手で、ハンズオンで、腑に落ちるまで理解してやらないと事業というのは失敗する。直感的にそう信じるので、愚直にそれに従おう。そういうことです。
(追記、3月22日)
本稿を書いて3か月と20日、たくさんのことがあり、そこそこのチャンスが来て、そしてそれも含めて多くを捨てました。
過去と未来とは実は無いもので、我々には今しかありません。明日何がおきるか、生きているかさえ誰も知らないのに悩んだり考えたりするのは無駄です。まして過去はもう動かすことはできません。だから、実は捨ててもそんなに実害はなく、僕は生来、終わったことへの執着はきわめて希薄な部類の人間です。たとえばSMCに書いたブログはその過去の写しにすぎません。
ブログで今も大勢の方に読んでいただいているのは音楽の記事です。60年の人生の写しはほぼ終了ですが、音楽の写しをコンプリートさせる必要が仮にあるとするなら、まだ未達の部分があります。それは機械的に行うなら所有している1万枚のソフトにつき感想文を書けば自動的に100%終りますが、それは99%無理です。だから妥協が必要ですが、いつか方法を考えて、近づけてはみたいものです。
僕は自分が「プレーヤーとして何かを世に生むこと」をライフワークにすると決めています。成功するかどうかは不問として。他人の業績をなぞったり評価することは娯楽の類と思われ、それが不得手な僕がしても社会的に意義があると思いません。そして、僕がプレーヤーをできるのは今の仕事においてのみです。そして、61才にもなってそれができることを神に感謝するのみです。
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クラシック徒然草-舞台のヤバい!は面白い?-(追記あり)
2015 DEC 2 1:01:29 am by 東 賢太郎
僕は人様にご披露する芸などなにもありませんが、証券マンというのは売るものが目に見えないので言葉だけで食ってる人種ですから落語家に近いかもしれません。特にスピーチでひな壇に登ったりするとそういう気がします。
立場上、「ようなもの」まで入れるとスピーチは数えきれないほどやりました。起債調印式、仲人、現法社長あいさつ、大学講義、クリスマスパーティ、部店長会議、転勤、就任、退任、日本人学校運動会、ゴルフコンペから他愛ないテーブルスピーチなどなど。
僕は原稿を読まない主義です。あると棒読みになりそうで怖い。だから100人集めて1時間しゃべった時もなし。英語でもなし。時計を見ながら30分なら30分でぴったり終ります。原稿の事前丸暗記でもなくて全編アドリブで、たくさんやって体で覚えた相場カン?です。
一度冷や汗をかいたことがあります。関西の某大学で90分講義をしたときのこと、「証券市場論」をやっていて「ところで・・・」と雑談で脱線しました。毎度のことで、ちょっと笑わせて目を覚まさせた程度の頃合いで本論に戻るのですが、この時は戻ろうとしたら「脱線箇所」がどこだったか忘れてしまったのです。
なんとか切り抜けたものの、頭が真っ白で動転。べつに二日酔いでも予習不足でもなく、この経験をしてからですね、暗譜で弾くコンサートのソリストやオペラ歌手を尊敬するようになったのは。楽譜を覚えたことをではありません、誰にでも起こり得る「ヤバい、忘れちゃった!」の恐怖にうち勝って日々生きておられることをです。
誰にでも起こる?例えば、ストラヴィンスキーは自作のピアノ協奏曲の第2楽章の出だしを忘れてしまい指揮者が歌ってみせて思い出した。自分の曲をですよ。岩城宏之の著書によると彼はピクチャーメモリーがあったらしく現代曲でも暗譜でしたが、頭の中の譜めくりが1ページ飛んで春の祭典を振り違えて止まってしまったそうです。記憶力の良し悪しだけというわけでもないようですね。
そんな人たちの次元ではないのですが、やっぱり何百人の前に立つといくら慣れても緊張はします。あがるのはいけません。あがり症だったシベリウスはウィーン・フィルのヴァイオリン入団試験に落ちてます。僕の場合、原稿ではなく見ているのは時計であって、しゃべりながら先を考えてます。あと5分か、ではあれをしゃべろう、なんて。そういう人間は予習しすぎがよくないかなと思いつき、やめてみたらうまくいくようになりました。
コンサートで目撃した「ヤバい!」はいろいろあります。ピアニストのアルフレート・ブレンデルが展覧会の絵である部分が終わらずくりかえしたり、リストの第2協奏曲で腕を振り上げたらメガネがひっかかって客席まで飛んでしまい(彼のレンズは厚そうだから)はらはらしたこと(ちゃんと弾ききった)。ロンドンでラフマニノフ第2協奏曲の第2楽章冒頭部でクラリネットのソロが1小節早く入ってしまい指揮者グローヴズが身を挺して乗り切ったこと。
マゼールの第九(ロンドン)第2楽章でティンパニソロの1拍たたき違いでオケ凍る、同じくマゼール(バイエルン放送響)でティンパニのバチがヴァイオリンの端まで飛ぶ、モスクワ放送SOの春の祭典(香港)でティンパニが「ああ勘違い」の強烈な一撃を思いっきりぶちかましてオケは粉みじんに空中分解という身も凍る事件もありました。
フランクフルト歌劇場(マイスタージンガー)では上演中に巨大なセットがメリメリと音を発して倒れかけ、歌手より多い裏方が舞台に総出演。なんとかもとに押し戻すと演奏そっちのけで喝采。ベルリン国立歌劇場(同曲)では某有名歌手が歌詞を忘れしどろもどろの口パクになって(彼はこれでも有名だったらしい)、ややだるかった演奏に一興を添えました。
忘れちゃったでもヤバい!でもないのですが最高傑作は、どこだったかな(たしかダルムシュタット)で、トスカがえらい太めだなと思ってたら、皆さんそうだったんですね、クライマックスの自殺シーンで飛び込んだ瞬間ドスンと轟音?がとどろいて満場がこらえきれず失笑。悲劇が一転して喜劇になりましたが、まあ彼女の身を挺した熱演にカーテンコールはあったかいもんでした。
面白いけどやってるほうは必死ですよね。失礼しました。
(追記)
何といっても抜群に面白いのはこのビデオでしょう。マゼールの春の祭典の稿に書きましたがURLが違っていたのでここに再録します。
「前回、ティンパニのミスの話を書いた。しかしあんなものは可愛いものであり、春の祭典の演奏がどれほど難しいかということまでを教えてくれる映像がある。ズビン・メータ指揮ローマ放送交響楽団の69年のライブである。これだけいい加減な春の祭典というのも希少である。笑ってはいけない。前半だけでも、トランペットが一音符遅れて入りちゃんと吹ききる、フルートが一小節ずれてちゃんと吹ききる、クラのトリルが抜ける、ティンパニが間違ってドカン、オーボエが一小節早い・・・少なくとも5か所の尋常でない「事故」がある。後半もペットが落っこち、ティンパニはズレまくる。圧巻はコーダに入る所でティンパニが一小節飛ばして入り、気がついて立て直したつもりがひきつづき間違った音をバンバン叩き続けるためついにアンサンブルが崩壊。止まりかけの緊急事態となるがホルンと木管が何とかつないでティンパニは落ちたまま終わる。歌劇場ではミスに情け容赦のないローマの聴衆がブーのひとつもなく大喝采、スタンディング・オベーション。なんとも微笑ましい。」
驚くべきことにローマの聴衆でこの事件に気づいた人は会場にひとりもいないようだ。そして、この演奏会があった同じ1969年に、あの歴史的なブーレーズ/クリーブランドO.の春の祭典が録音されるのです。メータには大変申しわけないが同じ指揮者と称しても別種の人間としか思えないが事故をよく収集して終わらせたという評価はできるかもしれません。いずれにせよこのVTRは何かのジョークでなければ彼の名誉のために消された方がよろしいでしょう。
ご縁、ご恩に報いたいというモチベーションは強い
2015 NOV 30 22:22:39 pm by 東 賢太郎
30年来お世話になっているSさん(としておきます)ご令息の結婚披露宴が帝国ホテル孔雀の間でありました。日経新聞の「首相官邸」欄に載っていたので隠すことでもないのですが、高円宮妃殿下、女王殿下、安倍首相、森元首相、菅官房長官・・・と公家、政財界約500名がご列席で、畏れ多くも末席をけがさせていただきましたがこれだけの式典は未経験です。
新郎新婦関係者ではないのでご友人という資格はなく、肩書が必要であるゆえに我がソナー・アドバイザーズ株式会社は国を代表する綺羅星のごとき大企業に名を並べていただくことに相成りました。格別なご配慮には頭が下がるばかりでございます。式典も安倍首相スピーチは英国宰相チャーチルの自伝を引いて含蓄がありましたし、森元首相、御手洗経団連会長、柳井ファーストリテイリング社長も若者たちの門出にさすがのものでした。それをいただいた新郎は父親譲りの大物ですが、きっと勤務先の野村證券でロケットスタートになるでしょう。
Sさんと3年の時をご一緒していなければこういうこともなく今の自分もありませんから、当方から大事なご縁であったことは言うまでもありません。しかし、世界基準での大経営者への道を歩まれること確実のSさんが、こうして30年前のささやかなご縁を忘れずにいて下さる重みはそれとはるかに次元が違います。微力ではありますが、それにお応えすることをモチベーションにしたいと心から思いました。どんなものよりも、このような動機は多大のパワーを秘めていると愚考する次第です。
オッコ・カム指揮ラハティ響のシベリウス5-7番を聴く
2015 NOV 30 2:02:08 am by 東 賢太郎
シベリウスの交響曲という7つの高峰を順番に全部、それも4日間で一気に聴くというのはワーグナーのリング体験に匹敵します。今回の生誕150年、本家本元のラハティ交響楽団と名匠カムによるそれは一生ものの音楽体験であり、日本にいながらよそ行きの手抜きがない渾身の演奏に接することができたのは夢のような幸運でありました。
ベトナム出張まえからくすぶっていた風邪がこじれ体調は音楽鑑賞できるぎりぎりの線でありました。昨日は帝国ホテルで安倍首相来賓の某家結婚式に出席しましたが2次会は失礼せざるを得ず、今日も咳き込むようなら断念するつもりでした。幸いなんとかなりそうで、周囲の方にご迷惑をかけないよう装備して初台まででかけました。
まず5番です。ライブですから金管の音程など些細な傷はありますが、この拙文に述べた効果をじわりとかみしめた演奏でした(シベリウス 交響曲第5番 変ホ長調 作品82)。4番の病苦を脱したシベリウスの回帰の喜びはまだ留保があって、それは緩徐楽章の主音の増4度上のトライトーンの不安な響きが象徴します。彼は16羽の鶴が舞って天空に消えるのを見て神に感謝し、この交響曲の終楽章の主題を書きますが、そうした素材のもたらす生への光明と明るさに焦点を当てるのかより内在的な効果に基点を置くかは指揮者の主張です。
カムは後者を強く感じさせ、第1楽章で虚ろなファゴットの部分からコーダへ向けて一直線に音楽は微光を発しつつ熱をおびます。おそらくこの音楽を作曲者と同じ血脈(vein)で理解しないとできないものであり、傷に不満を唱える僕の理性を体が知覚するその熱が圧倒してしまいます。こういう音楽体験を後から文字に書き残すのは難しいことであるのは記憶は頭で考えて再生し言語に変換するからです。聴き終って全身が覚えた感動はもっと原初的なものであって、稚拙なヴォキャブラリーで恐縮ですがサウナ効果とか記しようのない肉体的性質のものです。
6番はこのラハティ響を振ったヴァンスカ盤の直截的な解釈が素晴らしくオケの性能、表現力は証明済です。カムの演奏はさらにおおらかでヒューマンな感情をもりこんだものでした。冒頭の第2ヴァイオリンからヴィオラがからみチェロが加わって悲しい和音が響く。ここに記しましたが、この悲しみという感情の素材は別な音型ながら同じ弦の合奏で交響曲の最後に円環形に回帰するのです。「文字にするそばから陽の光を浴びてどんどん消え去ってしまう悲しみという雪の結晶」です( シベリウス 交響曲第6番ニ短調作品104)。曲尾の虚無感はマーラーの9番に通じるかもしれないという発見を与えてくれる熟達の解釈でした。
7番は今回シリーズ最高の感動的な名演であり、これを聴くことができたことを僕は今年の僥倖の一つとします。ところが残念だったのは、よりによってあの至高のトロンボーンにいたるクレッシェンドで、なんとしたことかあめ玉のチャラチャラが始まってしまい前列の心ある方が咄嗟に後ろを向いて注意された。オケの音が大きくなれば構わないだろうというのはまさしく大迷惑の誤解であり、本当に勘弁してほしい。ホール、主催者はアナウンスするなりチラシを挿むなり、おかしな話ではあるが事前に厳しくウォーニングをすべきでしょう。
この音楽はあらゆる交響曲の中でも、ベートーベンを加えても、人間の精神の営みとして最高度の充足感を与えてくれるものであり、これを書くに至ったシベリウスの心と頭脳のなかで何が起きていたのかは我ら凡人にはかり知れません。この超俗の、しかし我々凡俗の心の奥底まで深く共鳴する奇跡的な音楽!カムとラハティ響の造り出した純度の高い有機的な凝縮された音楽は見事としか書きようもなく一生の思い出となりました。
同じ5-7番のプログラムを組んだ尾高さんもアンダンテ・フェスティーヴォをアンコールにしましたが、シベリウスが自演の録音を残している愛奏曲で7番のあとにそぐわしいと思います。「ある情景のための音楽」も良し。フィンランディアはファンサービスでした。こんな平明な音楽を書いてた人が7番を書くまでの軌跡。そこに4番が在ったわけです。その4番と7番がずっしりと心に残る3日間でした。
シベリウスを愛する聴衆の方々の鳴りやまぬカーテンコールにカムがひとり呼び戻され、いったん楽屋に去った団員を全員舞台に集合させる場面もありました。フィンランドの演奏家の皆様のシベリウスへの真摯な献身には感動しました。心からの敬意と感謝の念に堪えません。
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ゴルフへの情熱について(ハノイにて)
2015 NOV 28 23:23:22 pm by 東 賢太郎
ゴルフは予定になくて、何の用意もしていきませんでしたが、ベトナムでもののはずみでやるぞ!ということになってしまいました。先発組が我々第2陣の着く前にやっていて豪雨で途中で断念。僕は香港で2年半毎週末やりながら中断はあっても一度も雨天中止なしという晴れ男で、今回も見事に3日間だけハノイは晴れました。
は空港から途中に位置するハイクラスのコースでおすすめです。芝もグリーンも日本の名門コースに遜色ありません。しかし、ハノイは漢字で「河内」と書くだけあって川、池、水郷、湿地だらけの土地ですからここもウォーターハザードが無数にあり、曲げだすとボールが足りないかも(まあワンペナだからOBよりましという前向き思考がいいですね)。
月曜の午前中は開けないそうですが特別だったようで貸切状態でした。用意がないのでもちろん貸クラブ、貸靴ですが、ゴルフというのはやる気次第でなんとかできてしまうのです。僕は去年の始めに五十肩をやって以来この遊びは足を洗っていて、というのは昔の自分といえども負けるのは嫌であり、べスグロは43才だったから60のジジイがかなうはずもなくて、要はプライドを維持するにはやらないのが一番なのです。
まずは飛距離のなさ、方向性のあまりのひどさに、ああ早く終わりたいとなる。この日も1番のパー4でいきなり曲げて8をたたきました。しかし、やるうちにひとりにひとり付いてくれている若くてかわいいキャディーさんが一生懸命してくれて申しわけない。なにせ距離計測用レーザーまで持っていて、「ピンまで29ヤードです」なんていちいち教えてくれるのです。寄せですよ、29ですよ、そんなの普通は測らない。
半端な数字を言われるとかえって体のセンサーが働きだしてうまく寄ったりします。それでだんだんスイッチが入って3連続パー。やっとゴルフらしくなってきたところで18ホールお終い。昔ならここでよしもう1ラウンド!だったんですがその体力、情熱はなく、マッサージに行って満足。なるほどこれからは宗旨替えしてこれを目ざせばいいか・・・。
30,40代はなぜあんなにのめりこんでゴルフやってたんだろう?たぶん好敵手に負けたからです。人一倍負けず嫌いだから。でもそれがなくなってしまった。今では信じられないグロス75を出して達成感ができてしまったし、回数も半端じゃなくて一生分は優にやってしまった感じがあるのです。今回も終わってみればあのやる気のなさは何だったんだというほど楽しんだのですが、少々の刺激じゃあ反応しなくなったのも事実です。ゴルフだけの話ではないですが・・・。
今は仕事が大きな山場で忙しいなんてもんじゃなく、一切それ以外には気がいかない状態。何をやっても上の空だから仕方ないです。ドライバーを振っても五十肩のダメージは意外になかったので、また遊び心が復活すれば情熱が戻るかもしれないという手ごたえを感じました。ひっぱってきてくれた仲間に感謝です。
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