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ラヴェル 「夜のガスパール」

2014 JUL 9 0:00:28 am by 東 賢太郎

動物はだいたいメスが大きくて強い。蜂に女王はいても王はいません。配偶者を選ぶのはメス。子を産むメスこそが本来の姿で、単に有性生殖が子孫繁栄には有利という理由だけで分化したオスは、カマキリやクモなど交尾のお仕事が済めば今度は養分としてメスに食われてお役立ちもします。それが進化した人間だってきっとそうだろう。男が太陽で女が月?ちがうちがう、その逆だ。自分がそうなものだから、全員そうと思いたいだけですが。

人間界では女性は男を食いはしませんが運命を変えることはままあるようです。ロメオ君は服毒死したし、ドン・ホセ君は殺人犯になったし、ハムレット君は母に人生メチャクチャにされたし、ローレライ嬢の歌は男をたくさんライン川に沈めています。その点、人間に恋をしてしまった水の精オンディーヌはちょっとかわいそうです。イントロダクション|オンディーヌ作品紹介|劇団四季

220px-Maurice_Ravel_1925フランスの詩人ルイ・ベルトランの遺作詩集からの3篇に想を得たモーリス・ラヴェル作曲の「夜のガスパール」はその「オンディーヌ」を第1曲においています。ただしその筋書きから創作した詩は「人間の男に恋をした水の精オンディーヌが、結婚をして湖の王になってくれと愛を告白する。男がそれを断るとオンディーヌはくやしがってしばらく泣くが、やがて大声で笑い、激しい雨の中を消え去る」とあり、音楽はこれを描いています。

第2曲は「絞首台」、鐘の音に交じって聞こえてくるのは、風か、死者のすすり泣きか、頭蓋骨から血のしたたる髪をむしっている黄金虫か(Wikipedia)という不気味さ。第3曲「スカルボ」は本来いたずら好きな小悪魔(妖精)のようですが音楽からの印象は妖気漂う悪霊という感じで、部屋の中を目まぐるしくかけめぐり、あっという間に消えます。

僕は「オンディーヌ」に氷のように冷たい水の精を見ます。月光を映える水面のさざ波、虹をえがいて降りかかる水滴。きらきらと光る細かな音のしぶきはダフニスとクロエの「夜明け」の精妙な音響世界とシンクロナイズしながらだんだん高潮し、頂点へ登りつめる和音連結も、最後にひっそりと現れる単音旋律もダフニスそのもの。冷たい女が情を高めて炎のように熱くなり、最後は嘲笑を浴びせながら冷たい水の中に消えてしまう。スカルボと同じく不意に消えてしまう女の幻影ですが、残る笑いは不気味です。

フランス語のベルトランの詩は読めませんが、まったくのイメージですがスカルボも女性のイメージではないでしょうか。暖炉の中や椅子の影からじっとこっちを見ていて、目を向けると消える。曲想は違いますが「展覧会の絵」の「鶏の足の上に建つ小屋」の面妖奇怪な幻影、「幻想交響曲」の終楽章の悪魔の饗宴を想起させ、クラシック音楽のオカルト3羽ガラスといっていいかもしれません。おどろおどろしい低音に乗って妖気を孕んだ主題が疾風のごとく走り抜ける様はいかにも忌まわしく、この曲はピアノの難曲中の難曲といわれる技巧を要しますが、いくら腕が立ってもその上に注文通りの妖気まで放つ演奏を聴くのは稀なことです。

この2つの幻影に挟まれた「絞首台」はさらに忌まわしい。死んだ犬の目から黄色の・・というI am the walrusの詩を思い出しますが、何かの光景をえがいたというよりも夜陰に刑場にたたずむ心象の描写でしょう。この残忍、無残な場所を覆い隠す不気味な静けさには女性的なものの存在を一切感じません。その黒い死の静謐を両側から包みこんで男の人生を変えようと挑む女の悪霊。僕はこの曲をそういう3楽章のピアノソナタとして聴いています。ラヴェルの音楽で最も好きなもののひとつであり、絶対に弾けないのでシンセサイザーでの挑戦意欲をかきたてられる逸品であります。

 

cover_170x170-75僕の最も敬愛するジャン・ドワイヤン盤は廃盤のようですがJean Doyen ravelで検索して右のマークでi-tuneで入手できます。ラヴェルと親しかったマルグリット・ロン女子の高弟で女史後任のパリ音楽院教授です。鋼のような芯のあるタッチでペダルに逃げた曖昧さの一切ない硬派保守本流のラヴェルを聴かせてくれます。オンディーヌの音の粒、詩情、スカルボのタッチの冴えなど最高に素晴らしく、技術的にはもっとうまい人がいますがそれが音楽の求めるそのものなのだと得心させるような性質のものである所こそオーセンティックである所以でしょう。なよなよしたオシャレ系がラヴェルと思っている人は是非聴いて下さい。

mzi_rnuuftnv_170x170-75ジャック・フェヴリエ盤もラヴェル直伝のゆるぎない表現を感じます。これもi-tuneです。フェブリエは幼時からラヴェルに接しており、左手のピアノ協奏曲(大変難しい)の奏者として作曲者から全幅の信頼を得ていました。固めのタッチはキレと煌めきがありフレージングは明晰。実にフランス的であります。技術的には音の粒立ちと均質な揃い方などドワイヤンのほうが一枚上に思いますが、こちらはラヴェルらしい雰囲気では勝っていると思います。

zc1105850サンソン・フランソワ盤は幸運にも天才肌でアル中でむらっ気のある彼の良い状態の録音となってくれていて名演です。コルトー、ロン、ルフェビュールの弟子という血統の良さ。オンディーヌで頂点を築く部分の味わいは最高でありこういう徐々に熱気が高まる音楽がはまると彼の独壇場です。特にそれが顕著なスカルボでの鬼気迫るライブのようなのりは一期一会のすさまじさで、これを凌ぐ演奏はそうは現れないでしょう。唯一の欠点はEMIの録音でタッチに芯が感じられません。SACDは聞いてませんが少しは改善されたのでしょうか。

フランソワをお聴き下さい。

(追記、16年1月23日)

51GC47VJY3L__SS280オルガ・ルシナ(Olga Rusina)というピアニストを知ったのはyoutubeにあったオンディーヌでした。これがまったくもって素晴らしい。すぐにこのアルバム(右)をi-tunesでダウンロードしたのです。テンポとダイナミクスは動く。それが音楽の摂理に合って、何の無理もなく自然で、なんと滑(すべ)らかなことか!この曲がこんなに音楽的に弾かれるのは稀有で、これによってドビッシーのペレアスの延長にあることを知ったほどであります。シューマン「ウィーンの謝肉祭の道化」(op.26)がまた最高であり、こんな録音が埋もれてしまっては大損失だ。オルガ・ルシナについて知りたかったのですがwikipediaすらなく、HPはロシア語(ポーランド語?)だけでお手上げです。これをダウンロードしたのが12年だったと思うのですが、ところが、さきほどHPを見たら13年に亡くなっているではないですか・・・。55年生まれで僕と同じなのに・・・。

シューマンです。

オルガ・ルシナ、ぜひとも多くの方に聴いていただきたいと願います。こちらもどうぞ。

ショパン バラード1番ト短調作品23

こちらはたまたま見つけたケイト・リューの演奏。彼女は後にショパンコンクールで3位受賞することになるが16歳のこのスカルボは凄い。

 

 

 

 

(こちらへどうぞ)

ラヴェル「水の戯れ(Jeux d’eau)」

 

 

 

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Categories:______ラヴェル, クラシック音楽

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