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クラシック徒然草-半沢直樹とモーツァルト-

2015 MAY 26 1:01:38 am by 東 賢太郎

先日ソウルへ飛ぶ機中で「半沢直樹」を初めて見た。第1話だけだが、食わず嫌いはいけないと思って見始めたら面白くて真剣に見てしまった。組織の論理と個人の幸福。証券会社だっておんなじだ。

もう同期は全員が外に出てしまったし、上司や部下だった人たちもそれぞれの人生を歩んでおられる。皆さん、サラリーマン人生はいろいろあったし、僕もあった。

25年いた会社で経営職(部長)として突然自分から「辞めます」と言ったことは僕の中で重い。日本的には決してほめられることではないし、そういうことは元来自分のするようなことではなく、心に何もなければしなかったと思う。

今でも時々夢を見る。海外のどこかの店に異動辞令が出て赴任する。良いポストだ。それがどこかわからないまま目が覚める。あまりに生々しく現実味があって、ひょっとしてああいう店に本当にいたことがあったんじゃないかと目覚めた刹那は錯覚している。

サラリーマンはそうやって異動、昇格に一喜一憂し命を削っている。嬉しかったのも落胆したのもある。ひとつひとつの辞令を受けた時の気持ちはすべて昨日のことのように覚えている。会社を辞めます、というのはついに辞令を自分で出したということだった。

そうして良かったかどうか、良かったと思いたいがどうだろうか。失ったものも大きいだろうが後の祭りだ。ふとした時に出てくるそんな後悔や傷心を、移籍した会社はおそらくよく理解され、修復し、新人で梅田支店にいた時のような自分に戻してくださった。

いま思っていることだが、あれがなかったら僕は完全にだめになっていただろう。辞めずに残っていてもたぶんそうだった。見栄、プライド、慢心のかたまりだったからだ。しかし新しい会社では、それを粉々にしないと次はなかった。

そこからまた数々の見込み違いと失敗に失敗を重ねて、そのご恩に十分報いることもなく僕は55才でサラリーマンの経歴を断つことになった。宮仕え完全失格である。大学卒業時に親父が言った。賢ちゃんはサラリーマンは向いてないよ。それは正しかった。

辞めてしまったら半沢直樹と違う。レースは負けだから何を書いても負け犬の遠吠えにすぎない。これも数々重ねてきた自分の大失敗のひとつかもしれないとも思うが、しかし精いっぱいの負け惜しみを放つならば、負けてよかったということもある。

後で忸怩たる思いになったとき、人間は無意識に似た境遇の人を探すものだ。偉人である方がいい。自分をより正当化できるからだ。そしてそれはまったくもって容易に見つかった。ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトである。

意に添わぬ命令(いじめ)で縛り付けるザルツブルグ大司教のコロレドとモーツァルトが決裂したのが1781年5月9日だ。コロレドの部下のアルコ伯爵に辞表を叩きつけたのは12日、そしてついに6月8日、尻にアルコの足蹴を食らってモーツァルトはザルツブルグの職を解かれるのである。

こんなに日付がわかっているのは彼が父親に手紙で事件を報告しているからだ。やむにやまれぬ決断だった。しかしまじめにサラリーマン道を歩んできた父にとって、自分の仕える社長に対して息子がした狼藉は許し難い。それを知る息子が冷静を装って書いている文章は、だから身に迫る。なぜなら僕も会社を辞めると親父に報告した時、モーツァルトと同じぐらいの冷静を繕った配慮に腐心したからだ。

そこから死ぬまでの10年半、ウィーンで自由の身となった彼は人類史に輝く大ヒット作を連発する。自由の喜びがそうさせたともいえるが、僕はそれだけでないと直感する。彼がザルツブルグにとどまっていたら?いじめや足蹴がなかったら?歴史にイフはないが、考えてしまう。半沢直樹に出てくる不遇の同僚、権力と運命に愚弄されていく可愛そうな男たちの怒りを感じる。モーツァルト君、会社辞めてよかったね、心の中でいつもつぶやく。

それがモーツァルトの起爆剤となり、最も大きな、そして危険な爆発となったのが「フィガロの結婚」だ。そこを頂点として彼の人気は落ち始め、順風満帆に見えたウィーンでの人生がどんどん翳っていく。なぜ彼が男盛り、働き盛りで急死したのか?11月20日まで指揮ができた35才の男が12月5日未明に絶命した。モーツァルト君、でも会社を辞めなければこんなことにならなかったかもしれないねとも。

彼は天才だが、映画アマデウスが描いたような「天衣無縫」の天才ではない。自分でこう書いている。

「長年にわたって、僕ほど作曲に長い時間と膨大な思考を注いできた人は他には一人もいません。有名な巨匠の作品はすべて念入りに研究しました。作曲家であるということは精力的な思考と何時間にも及ぶ努力を意味するのです。」

いい言葉だ。僕はモーツァルトのこういうプラグマティックなところが好きだ。「天から楽想が舞い降りてくるんです」なんて言いそうなイメージを後世が創作したが大ウソだ。彼はそんな佐村河内みたいなことは言わない。要は「僕が成績がいいのはたくさん勉強したからですよ」と言ったのだ。実にストレートで小気味がいいではないか。

こういうことすべて、モーツァルトのあれこれが何でも好きになってしまった。これは一般のファンが天衣無縫の天才作曲家を神として愛で崇めるのとは一風異なる。僕にとって彼は会社を辞めた宮仕え完全失格のだめ男で、いわば自分と似た者同士なのだ。

同じ欠点がある、こんなに近しく感じる者がほかにあろうか。僕にとって彼が大作曲家であることは二義的な話であって、彼が靴屋だろうが染物屋だろうがよかった。ところがたまたま彼は作曲家だった。そしてその作品ときたら。

誰も信じてくれないだろうが、僕は彼の一部の曲に強い霊感を覚える。聴くという行為より、共振という方が近い。こんなことはほかでは一切ない。2005年12月にウィーンへ一人で行った時は、まさに驚愕の超常体験?をするに至った。もう他人と思えないのだ。

だからだろう、そういう魂の入っていないモーツァルト演奏は僕にとってはオルゴール未満の零点だ。表面だけ整っていて美音で隙なく固めたモーツァルト。dumb blonde(頭の空っぽな金髪美人)にほかならない。これはおいおい演奏を例にとってお示ししていこう。

半沢ストーリーの劣等生。そうかもしれないが、ものすごく愛すべき人間と思う。劣等だから判官びいきの僕に響く。ところが考えれば自分自身もそうなんだ。自愛にもなる。これも劣等性の広島カープもそうじゃないか。

猫も杓子ものモーツァルトや、女子と黒田で全国区のカープなんて好きじゃないかもしれない。自分もそうじゃないし。そうやってモーツァルトを愛し、彼の音楽を楽しんでる人は地球上にあんまりいないだろうなあと思いつつ本稿を閉じる。

 

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「遊びのすすめ」(遊びは戦争のシミュレーション)

 モーツァルト ピアノ協奏曲第25番ハ長調 K.503

 

 

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