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チャイコフスキー交響曲第6番ロ短調 「悲愴」

2012 OCT 13 11:11:05 am by 東 賢太郎

だいぶ前ですが、英国の自動車関連の調査・プロモーション機関であるRAC Foundationから、自動車の運転に危険な曲リストと安全な曲リストが発表されました。

危険な曲はワーグナーのワルキューレの騎行、安全な曲はビートルズのヒア・カムズ・ザ・サンだそうです。ちょっと「猫に聴かせる音楽」に近い感じもしますが、音楽が人間に何らかの生理的影響を与えるのは確かでしょう。

僕にとって運転中に最も危険な曲はこれ、チャイコフスキーの悲愴交響曲です。この音楽は何度聴いても僕には強烈なインパクトがあり、最後のコーダ(結尾部)が鳴り出すと、もう手も足も出ず、涙があふれて動けなくなります。正面衝突は必至と思われます。

「今度の交響曲にはプログラムはあるが、それは謎であるべきもので、想像する人に任せよう。このプログラムは全く主観的なものだ。私は旅行中に頭の中でこれを作曲しながら幾度となく泣いた。」

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ピョートル・イリイッチ・チャイコフスキー (1840-1893)

 

 

チャイコフスキーはこう謎めいた言葉を残し、この曲の初演を指揮したわずか9日後にぽっくり死んでしましました。だからその死因について憶測が飛び交っているのはモーツァルトのケースと似ています。川の生水を飲んでコレラに意図的になったという説、毒殺説が初めは主流でしたが、わりあい最近になってヒ素服毒による自殺説が発表されました。

彼はサンクトペテルブルグ法律学校(超エリート校)卒の法務省キャリア官僚という秀才ですが、ホモでした。貴族の甥と関係を結んだため、秘密法廷(法律学校同窓生の裁判官、弁護士、法律学者等が列席)なるものが開かれ、そこで学校と彼の名誉を慮ってヒ素服毒による自殺が決定・強要されたという説です。

真相は闇の中です。モーツアルトと違うのは、遺体が消されてしまったわけではない点です。そもそも、なぜ司法解剖しなかったのでしょうか。死因が当時の周囲の人にはわかっていたか、少なくとも不審なものではなかったからでしょう。それなら毒殺など他殺説は消えます。

彼が14歳の時に母親がコレラで亡くなっており、彼自身が川につかって自殺を図った前科がありますからコレラ説かなとも思いますが物証に欠けています。仮にそうであっても、なぜ自殺したのかという謎は残ります。

確実なのは、

「 私は旅行中に頭の中でこれを作曲しながら幾度となく泣いた」

と彼が言っている点です。悲しい、泣きたいという感情は、ふつうなにか具体的な、現実世界の出来事がもたらします。誰かと永遠にお別れするとか、大事な何かがなくなるとか・・・・。その「なくなる何か」がこの曲と不可分に結びついているということです。

彼は名誉もお金もあり、鬱病気味ではありましたが死に至る難病に侵されていたという事実は記録がありません。シューマンの晩年のように精神錯乱状態にあったとか、ベートーベン、スメタナ、エルガーのように聴覚に問題があったという記録もありません。現に、この曲を作曲するほど理性は冴えわたっていました。

まったくの私見、憶測ですが、「何か」は彼の性的嗜好と関係がある気がします。女性と結婚して逃げ出して自殺まで図った人です。関係したと推察されている男性は甥まで入れて多数であり、彼との関係ができた直後にピストル自殺した人までいます。若いころ亡くした最愛の「恋人」がこの世にいないのは信じられないと、晩年になっても書いています。ホモでない僕にはわかりませんが、その世界の人しかわからない何かがあったのかもしれないと考えています。

僕は、

「悲愴交響曲はダイイングメッセージだった」

と考えています。何が原因だったのかは史実を探らないとわかりません。ただ、それが何であれ、我々には楽譜という証拠物件が残されています。

僕はこの曲をシンセサイザーとキーボードで全曲MIDI録音しました。その作業中に、この曲の楽譜には、種々のメロディーを構成する音型が実に巧妙に全楽章に配置されていることに気づきました。あたかも何かの暗示かメッセージのように。第4楽章は、丸ごとそのものがメッセージです。

第4楽章の最後で死の暗示であるドラがなります。すると教会で葬式の暗示であるトロンボーン(チューバ)の4重奏が徐々にテンポをおそくしながら、徐々に音を弱くして響きます。最後はpppppというこの曲で2番目に弱い音まで達します。

一瞬の沈黙の後、コントラバスが心臓の脈動のような音型を鳴らします。ここの速度記号ですが、非常に意味深です。Tempo giusto  とは1分間に四分音符=80で「心拍数」をあらわすとされています。チャイコフスキーはここに Andante giusto と書き込み四分音符=76としています。このコントラバスが心臓の音でなくて何でしょうか。

それにのって弱音器つきバイオリンがG線(一番低い音の弦)のハイポジションで世にも悲痛な旋律を歌います。これはG線で弾かないと絶対に出ない音色で、僕には女性の悲嘆に満ちた泣き声に聞こえます。並尋常でない悲しみが一気に全身にまとわりついてくるようで、鳥肌が立ちます。

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これは第2楽章の中間部で5度上に現れた旋律の変形です。

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また、トロンボーンの和音も2+3のリズムで、4分の5拍子だった第2楽章を暗示しています。第2楽章は人生の夢、あこがれを表したものと思われ、人生の最期に至って、それが脳裏に走馬灯のように回想されるのです。

だんだんと楽器が減っていき、泣き声の旋律はチェロに移ります。それも止み、チェロが2回、息を吸って大きなため息をつきます。心拍はだんだん弱くなり、最期はコントラバスのピッチカートが5回そーっと鳴って心臓が止まり、曲を閉じます。ご臨終です。

hisoucoda

映画のようです。人間の死にざまをこんなにリアルに活写した音楽はありません。最後まで短調のまま。そして聴き手はそこからは無音という深い闇に包まれるのです。

どうしてこんなものを書いたのでしょう?

交響曲というものは、仮に短調で始まっても最後は長調でハッピーエンドとなるのが通例です。最後は盛り上がってジャンと終る。短調のまま終わるメンデルスゾーンのイタリア(4番)だってリズムは飛び跳ねて熱狂していますし、静かにおだやかに終わるベートーベンの田園(6番)やブラームスの3番だって短調ではありません。マーラーは悲愴交響曲を指揮者として何度か演奏しています。やはり消えるように終わる彼の第9交響曲のエンディングは悲愴の影響で書かれたと思います。

ジャンと終らない交響曲といえば、ハイドンに告別というニックネームの交響曲(第45番)があります。オケの楽員がひとりずつ立ち去って減っていき、最後は2人だけ。これは早く家に帰りたい楽員の気持ちをハイドンが代弁して王様にわかってもらおうと暗示したもので、王様はそのメッセージをちゃんと理解しました。

チャイコフスキーがスコアの最後の3ページに込めた聴衆へのメッセージは、「来たるべき自分の死」であったと思います。そして、死んだあとにはこれをレクイエムにしてくれという遺言だったと思います。

ちなみに悲愴の第1楽章はコントラバスのミとシ(空虚5度)でうつろに開始します。序奏は深い闇の中から始まるのです。低音のミのほうが半音ずつ下がっていきます。第4楽章コーダと同じです。ファゴットのうめくような旋律が弱拍で息を吸い強拍で吐くパターンも同じ。sf(スフォルツァンド)の大きなため息もちゃんと2回出てきます。悲愴を何回も聴くとこの序奏が臨終シーンのフラッシュバックになります。なんという巧妙な造りでしょうか。

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この第1楽章に、すでに第2,3,4楽章の素材となる断片が萌芽のように各所に見つけられます。途中まで、たとえば第3楽章まで書いてから「何か」が起きて、尋常でない第4楽章をレクイエムとして付け足したのではないことがわかります。まさに第4楽章が付け足しであったベートーベンの第9交響曲では、それを隠ぺいするために前楽章までのテーマの引用と否定というわざとらしい(涙ぐましい)努力があり、かえってそれで真相がばれていますが、悲愴では逆に、171小節と最も短い第4楽章のためにそこまでの道のりがあったことがわかります。全曲があらかじめ入念に、理性的に、緻密にプログラムされたもので、チャイコフスキーの頭脳が冴えわたっている様には驚嘆するばかりです。

第1楽章でファゴットにppppppという異常な弱音を低音部で要求しています。ファゴット奏者にはイジメに等しいそうです。「こりゃ無理だ」と断念してバスクラリネットで代用する指揮者がほとんどです。

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ストラビンスキーの春の祭典の冒頭ハ音のようにある特別な音色効果を狙ったものかどうかはわかりません。前に吹いていたクラリネットにpppをつけたので、だんだん弱くなって必然的にp6つになってしまったようにも見えますが、それなら長めのデクレッシェンド記号を書いておけば済んだのではないでしょうか。

また、第4楽章冒頭の旋律は1音づつを第1,2バイオリンに交互に振り分けて弾かせています。これもとても異常です。

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当時は第1、第2バイオリンが左右に分かれた両翼配置でした。だからこの旋律は1音づつ右左右左・・・と聞こえました。そういうステレオ効果を狙った可能性は否定できませんが音楽的に本質的なこととは思えず、むしろ絶対にレガートに弾かせたくないという断固とした意思を示すためだと思います。

以上の2つの例は異常なオーケストレーションとして昔から有名な個所です。彼は管弦楽法を熟知した大家です。その彼がなぜそんな妙な指示をしたかです。自分が指揮するならオケにそう命令してやらせればいいことです。「もっと小さく!」とか「もっと音を切れ!」とか。これはどんなアバウトな性格の指揮者やファゴット奏者でも無視できないように、がんじがらめに縛りつけたとしか思えません。

別な例ですが、マーラーはトランペット奏者を楽章の途中で舞台裏に回らせるときに「ただし足音を立てるな」と楽譜に書いて奏者から「バカにするな、そんなこと当たり前だろう」と不興を買っています。部下をとことん信用しない上司だったのです。しかし、わかっていても、後世に世界で一人ぐらいデリカシーのないトランペット吹きがいて、どたどたと靴音をさせて楽章を台無しにされてはかなわない。その可能性を封じておきたい。完全主義者なのです。

チャイコフスキーの他の楽譜で彼がそこまで指揮者不信だった形跡はありません。ということはこれは何を意味するか?彼は「もうこの作品を自分が指揮することはない」「楽譜に語らせるしかない」と知っていたのではないでしょうか。病気でもないのに。だから、他人に間違った解釈をされ、辞世の大作が意図と違う形で後世に残ることを確実に回避するために、異常な指示を書き込まざるをえなかったのではないでしょうか。僕はそう考えています。

 

セルジュ・チェリビダッケ /  ミラノ・イタリア放送交響楽団 (22nd Jan 1960 ライブ)

Celibidache僕は悲愴の最高の名演にこれを推挙する。チェリビダッケの鬼才を示す録音としてこれ以上のものもない。これほどのオーケストラの技術的限界とマーチ主題の減速のある演奏を僕が許容することは99.99%ないが、それを相殺して余りある決定的な指揮の意志力と楽曲解釈の凄味は音楽鑑賞をする僕の根源的な領域に触れる問答無用のチョイスだ。一音符たりとも無為に鳴ることを許容しない、真実の指揮とはかくなるものだ。眼光紙背に徹すスコアの読みはMPO盤より鋭く、放送局のオケでさらに直截に音化され、第1楽章展開部では激した叫び声が上がる。リハーサルで目撃した驚異の専制からしか生まれえぬ音楽が聴こえる。運命の鼓動をきざむ終楽章コーダに衝撃を受けない人があろうか。これぞレクイエムとしての悲愴であり、ここを冒頭序奏部、第2楽章中間部と見えない糸で結んだチャイコフスキーの人生交響曲の設計意図が解明される。チェリビダッケ恐るべしだ。

 

これが当初書いた2種(原文のまま)。

エヴゲニ・ムラヴィンスキー /  レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団   (ドイツ・グラモフォン、ウイーン録音)

泣く子も黙る天下の名盤です。必ずしも楽譜にこだわってない主観的な演奏ですが、カラヤン盤はけなしても、これをけなした人を見たことがありません。そんな勇気はおそらく誰にもありません。これを耳に刻み込むことで、ほかの名演奏と比較するベンチマークとされることはリーゾナブルであります。

 

 

セルジュ・チェリビダッケ/ ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

テンポが常軌を逸しています。だからファーストチョイスにはおすすめできません。ムラヴィンスキー盤を聴かれてから比較してください。しかし強烈なインパクトです。チャイコフスキーは優雅で甘美などというイメージは粉々に砕け散るでしょう。第4楽章コーダに楽譜にはないティンパニを加え、ここが(ティンパニが入っている)第2楽章中間部のリフレーンだという主張をしています。僕には葬送にきこえます。

 

さらに追加していきましょう(2016年1月11日~)

 

イーゴリ・マルケヴィッチ /  ロンドン交響楽団

41C6WNM1BJL暗い思索の沼にひきこまれる冒頭から只者でない気配が支配。第2主題は細心の計算と彫琢で合意した弦5部の息をひそめたフレージングでムラヴィンスキーと双璧。上記の2枚同様、指揮者の圧倒的なオーラと支配力のもとでないとこういう音はしない。第2楽章中間部は弦主体で音色に変化なく繰り返しもせず、チェリビダッケに劣る。第3楽章、付点音符のはね方が沈着な歩みに秘めたエネルギーを示唆するが特に何もなく終わる。終楽章もドラ(あまり品がない)までは特筆することはなく筋肉質のタッチで進む。そしてコーダ。ここで冒頭の暗い思索の沼が再び現れ、死の淵に立つ。

 

ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

8047種類あるカラヤンの悲愴、僕はこの曲を64年盤で覚えたが第3楽章にシンバルの意味不明の改変があり初心者にお勧めしない。世評高い84年盤はVPOを手なずけきれない感じが残り代償として作りすぎに陥ったように思う。1971年のEMI盤は第1楽章第2主題、第2楽章のポルタメントが象徴する角の取れた流線型のアプローチが良くも悪くも明確(僕はいやらしいと思うが)。後者中間部のテンポ減速、ティンパニなど重要箇所の処理がおおむねagreeableで、第1楽章展開部はアンサンブルが乱れるほどぐいぐい推進力にまかせて押す。手兵BPOを意のままに動員してやりたい放題やったこれの価値は高い。ここまで飛ばすかというほど快速の第3楽章は、そういう曲なのか?などと考える間を与えぬ高性能オケ演奏の快感放射になぎ倒される。そんなことは悲愴交響曲にはなしなのである、常識では。そして、そこまで暴れても71年盤が意味を持つのは終楽章が素晴らしいからだ。ここまでああだこうだと書いた俗事が終結に至って一点に凝結して浄化され、それもオケの名技も実はこのコーダのためにあったのだという全面的な納得が体を包む。僕はここの意味をこれで知った。人生ってきっとこうじゃないかと。SACD(写真)を買ってみたがこれでその感動が特に増幅するわけでもない。CD、LPで充分と思う。

 

ヴラディミール・ゴルシュマン /  ウィーン国立歌劇場管弦楽団

601ゴルシュマン(1893-1972)はパリ生まれでアメリカに帰化したユダヤ系の指揮者である。この録音はヴァンガードなる米系資本レーベルのためのウィーン・フィルを名のることもある母集団のメンバーによるオケによると思われる。録音年は50年代末らしく、カラヤン旧盤、マルティノン盤の直後か。アンサンブルは洗練されず第1楽章の最後のティンパニの音程など不備がある。指揮者の声が聞こえるほど気合いが入っているわりに明晰なアプローチでべたべたしない。注目は第2楽章中間部のティンパニの扱いと、終楽章のコーダ(チェリビダッケの項参照)。鋭いリーディングと思う。後者をこんな遅いテンポで綿々とやった例はフリッチャイもそうだがあまりない。ダイイング・メッセージと強く意識させる解釈で異色である。

 

カルロス・パイタ /  ナショナル・フィルハーモニー管弦楽団 

61W8W8kiVzL__SS280_PJStripe-Robin-JP,TopLeft,0,0パイタ(1932-2015)が昨年12月19日に亡くなったのは知らなかった。アルゼンチン生まれでブエノスアイレスのテアトロ・コロンでフルトヴェングラーを聴いてめざめ、指揮はロジンスキーに弟子入りした。曲の大局のつかみ方に才を感じる。ワーグナーのリング抜粋など名演だ。この悲愴も山あり谷ありの曲想をライブのごとく面白く聴かせる力は凡俗の指揮者ではない。Lodiaという消滅したレーベルでしか存在が見えず僕も一芸指揮者と思っていたが評価されるべきだろう。amazon、i-tunesで右のジャケットのものが買える。ご一聴をお薦めしたい。

 

フェレンツ・フリッチャイ /  ベルリン放送交響楽団

61dkLpHXJmLフリッチャイ(1914~1963)は白血病の闘病生活から復帰して59年にこれを録音した。大変に主情的な演奏で基調は全曲にわたってスローテンポだが、第1楽章第2主題の前でトランペットが入ってからの加速が唐突だったり気になる。彼の死という文脈もあってか非常に人気の高い録音だが、発売許可しなかった彼の芸術家魂のほうが理解できる気がする。第3楽章2度目のマーチ主題の意味不明の減速はフルトヴェングラーもやっているが聴くに堪えず、スコアに指示がないものでおよそあり得ない。この演奏の唯一の価値は終楽章にあるだろう。コーダ、G線のヴァイオリンが幽界の音を奏でるのは秀逸。翌年のライブ録音(バイエルン放送SO)のここは遅すぎ、これがぎりぎりの悲しみの音楽であろう。

 

ベルナルト・ハイティンク /  アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

UCCD-2174_hEg_extralarge5番、ブラームス2番に書いたことがほぼ当てはまる。アンサンブルの良さ、フレージングの高潔な趣味の良さは出色であり、この楽譜がどうしてこうなるのという疑念が皆無なほど深いリスペクトを持ってスコアを音化している。マーチの減速のような身勝手はなく、お涙頂戴のためなら何をしても良しのような姿勢は微塵もない。本稿記載のようにチャイコフスキーは遺書としてmeticulousに指示を書きこんでいるのであり、ハイティンクのアプローチが正道と思う。

 

セミョン・ビシュコフ / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

zaP2_G2770644Wビシュコフはフランクフルトでパリ管とラフマニノフをやったが失念して聴きのがし地団太を踏んだ記憶がある。何を振っても面白い人で、深い呼吸のフレージングが特色。この悲愴も、冒頭の深い静寂からたちのぼる緊張が一流の予感をただよわせる。アレグロは明瞭なリズムが楽器をかけめぐり、第2主題への緩急も実に自然。第3楽章の主題を吹く2本のクラリネットの8分音符の音価を短めにとらせるなど34歳の若手にしてやりたいことをやっており、アンサンブルはやや粗い部分もあるが、名門オケを引き回しているという意味ではケルテス、シャイーのウィーンフィル録音の痛快さに通じる。87年、まだ駆け出しの頃ACOでPhilipsへのメジャーデビューの録音と思われるが実に初々しく僕は好きだ。

それにしても、なにを今さらだが、終楽章のコーダはなんという凄まじい音楽なのだろう。昨日はエロイカの第2楽章の「あの部分」を書いたが、あれもそうなのだが、こういうものはもう楽器の音というものを遥かに超えていて、血しぶきを上げて五臓六腑をえぐりだすほど心の深奥に響き渡る音魂(おとだま)のようなものだ。並みいる天才の中でもモーツァルト、ベートーベンと、ほんの限られた人しかそういうものは書いていないのであって、チャイコフスキーがここに名を連ねてくるのは意外に受け取られる方も多いだろうがこの曲がそういう音を奏でることはまぎれもない。悲愴交響曲は人類史最高峰の音楽と言ってはばかることはない(ビシュコフ稿、3月9日)。

 

パウル・ファン・ケンペン / アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団

800a3195-5581-4228-a1c9-2b500353beff個人的ノスタルジーになるが悲愴は僕が初めて熱中した交響曲であり、耳に甘酸っぱい。ティーンエイジャーの熱病みたいなものでもあったと思う。高校2年の17才。まずカラヤンのLPを買い(3月)、3年生になってムラヴィンスキー(7月)、そしてこのケンペン(8月)と立て続けに3枚買ってむさぼるように聴いた。

7、8月の盛夏、それは僕の人生では野球を意味した。今日たまたま七分咲きの桜の間をぬって四谷からニュー・オータニへ向けてぶらぶら歩いた。右側の眼下、真田堀に上智大学の野球場がある。当時、九段高校硬式野球部の監督さんは上智の方だったものだからそこでよく練習があった。16才、2年生の大会直前、たぶん7月初めだ。

僕は練習試合で右ひじに異常をきたしていた。投球はできず、一塁コーチャーズボックスのあたりでひとりバットを振っていたら、「おい東、やめとけ、打つのはいい。お前が投げれんのが一番痛いんだ」と遠くで先輩がどなった。それが、あそこだ。しばしぼうっとして柵にもたれ、大学生の練習を眺めていた。しばらくしてヒジが治ったら、こんどは秋に肩をこわした。そして翌年にはとうとう野球を断念する。

17才、その翌年の盛夏。校庭に響く球音に平静でいられなかった。飯より好きで毎日熱中していたものを、身体の故障で突然に、永遠に、失う。スポーツ多しといっても野球の投手をやった人特有の修羅場と思う。この「ロス」の衝撃は失恋なんか比べ物にもならない。心にぽっかりほら穴が開いたようなもので、プライドはずたずたになり、学校に行く意味もわからなくなった(勉強する場という頭は?なかった)。

その7、8月に買った悲愴交響曲は、野球へのお別れ、レクイエムになっていたかもしれない。一緒に泣いてもらったわけではない。なぜなら僕が熱中したのは第4楽章ではなく、第3楽章だったから。この行進曲がくれるエネルギーは快かった。のちにもっと強力なものを僕はベートーベンの交響曲にもらうことになるが、この熱気と推進力が、やがて僕を勉強しようという決意に振り向けてくれた。

それがカラヤン盤であり、ムラヴィンスキー盤であったが、前者はシンバルが妙なところで鳴らされていることを知って疎遠になっていく。そこで耳に入ったのがこのケンペン盤だ。買ったのは千円で安かったからというのも情けないが。いま、本当に久しぶり、まさに何十年ぶりに聴きかえして、このレコードの演奏のニュアンスに至るまで自分の体の一部となっているのに驚いた。同窓会で旧友と話す心もちがする。

なにせホルンの微妙なミスまで記憶しているのだからベンチャーズのレコード並みだ。オケはまぎれもない、ACOだ。あのホールの音がする。こうやって刷りこまれて、自分の音楽趣味が営々と積み上げられていったのか・・・。指揮はなんとも骨太、武骨で、泣けるドラマを演じようなどさらさらない。高校の漢文の先生の音読みたいに、洗練とは遠く、ドイツのチャイコフスキー演奏の系譜で、低音を土台にまじめに誠実に語る。

しかし、だからこそ、終楽章のコーダが凄いのだ。これは知らなかった、いや、聞き知ってはいたのだろうが、その後の人生で上記の数々の録音を知り感動した心の、その海の底にはこのケンペンがあったんだとびっくりした。心臓の脈動がきこえるではないか。これは第2楽章の中間部のロ短調(ケンペンはぐっとテンポを落とす)のリフレーンだという解釈であり(なんという順当な)、弔いのようなティンパニがトントンと鳴る。

それを底流にした終楽章コーダだ。これはティンパニだろうか?なんとチェリビダッケより前これがあったのか!そしてこのテンポである、これぞ圧倒的に素晴らしい。ここに至る3つの楽章の訥々とした道のりがあって、だからこそどんなドラマよりここが悲しいのだが、それは絶対にこのテンポでなくてはならない!この悲しさ、凌駕する演奏を僕は他に見つけることはできない。

17才の僕にそれを聴き分けるのは出来ない相談だった。それが44年たった今はわかる。ケンペン(1893-1955)がこれを録音したのは58才のことだ。書いたチャイコフスキーは53才だった。悲愴交響曲は遺書だったのだよ、そういうケンペンのメッセージにきこえる。これはあらためて書くが、大変な演奏だ。これから何度も、じっくりと時間をかけて聴くことになるだろう。

 

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