アメリカに勝った国
2013 MAY 27 21:21:35 pm by 東 賢太郎
ベトナムはアメリカと戦争して勝った唯一の国です。
行くたびに不思議なのは、どうしてこんなに大人しくでやさしげな人たちがそんなことができたのかということです。女性はしっかり者でよく働きそうですが、男性はというと、駐車上のバイクを見張るだけの人、デパートのドアの開け閉めだけで一日を送る人もいる。しかしです。そうして働く彼らの表情があまりに自然で板についているので、別に彼らがなまけものというのではなく、こっちの世界観がおかしいのかなと一瞬思ってしまうほどです。これで食えるんだからいいじゃないか、キミはなんでそんなにあくせく働くの、人生もったいなくないの?ドアボーイの笑顔には、そう書いてある感じすらします。
僕の知っているアメリカ軍のイメージは、子供の頃に熱中して見ていた「コンバット」というTV映画のイメージです。同世代の多くの方はこのテーマ曲とナレーションをご記憶ではないでしょうか。
TBSが1962年から水曜日午後8時に放映していたようです。とすると僕は7歳から見ていたわけです。 強烈な刷り込みでした。ヴィック・モロー扮するサンダース軍曹が勇気があって男くさくて人情派で、僕ら男の子の憧れの的でしたね。戦場シーンもドキドキして大好きでした。ただ一つだけ不満があって、サンダースの部隊は下っ端まで名前がわかるのに、とても強い敵方のドイツ兵は将校でもわからない。同じ頃にやはり熱中していた伊賀の影丸は敵方忍者も全員わかるのにこれは不公平だ、片手落ちだと思っていました。
パックス・アメリカーナの米国映画では敵はみんなエイリアンです。無国籍で無個性。いや、そうでなくてはならない。インディアンはインド人でないとわかっても、ずっとインディアンなのです。正義とはなにかとハーバードのサンデルが問いかけようが何しようが、米国人の正義とは米国が強くて正しくて勝つこと。それだけです。ドイツのカール・シュミット伍長が実はめちゃくちゃいい奴で、瀕死の米兵のペンダントを彼の母親に送ってやったなんていう美談は絶対にあってはいけないのです。そうとは知らなかった僕は、ドイツ人というのはみんな仮面のように無表情で人殺ししか頭にない極悪人だと長いこと思いこんでいました。
そうではないと知る年齢になって、その反動でしょう、今度はこのアメリカ人の単細胞さ、強くてでっかいものが好きという能天気を心からバカにするようになっていました。のめりこんだクラシック音楽の世界でも、プロ・ドイツ、中欧の東大美学系大御所である大木正興氏らの影響を強く受け、米国の指揮者やオーケストラは軽薄浮標で奴らのやるベートーベンなど笑止であると長年思い込んでいました。その振れ過ぎた振り子が適度な位置に戻ったのはその米国に留学してからです。あの単純さは、ある意味希少な美徳でもあり、いざシンクロするととてつもない威力を発揮することを知ったのです。
その威力が武力、破壊力によって発揮され我が国は降伏を強いられましたが、シンクロを妨げる巧妙な戦略によって発揮されないままベトナムは米軍撤退という勝利を得ました。自然界では必ずしも「強くてでっかいもの」ばかりが生き残ってきたわけではありません。巨大な恐竜に食われ、その姿に脅えて生きていた哺乳類がいま地球を席巻しています。そう考えていると、ふと、ドアボーイの笑顔がちらつきました。
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