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ラヴェル 弦楽四重奏曲ヘ長調

2014 MAR 27 0:00:08 am by 東 賢太郎

僕が最も好きなカルテットの一つです。1年前に作曲されたドビッシーの同曲がありますが似たものではなく、ラヴェル独特の和声感覚にあふれた傑作です。

弦楽器4丁だけで作り上げる世界はシンプルなだけにごまかしが一切きかず、作曲家の「仕事」の良し悪しが露骨に出てしまうという意味で僕は江戸前鮨の小肌や穴子を連想します。ハイドン、モーツァルト、ベートーベン、シューベルトが古参で複数のいいネタを握ってますがメンデルスゾーン、シューマン、ブラームス、グリーグ、シベリウスになると他の作品を凌駕する味ではなくなります。スメタナ、ボロディン、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、ドビッシー、ヤナーチェク、ベルクあたりが単品でいいのを握りましたがネタ数でいうとショスタコーヴィチとバルトークが古参の後継者でしょう。

180px-M_ravelこれほど大家でも苦労しているジャンルですから名作は中期か晩年の作というケースが多いのですが、ラヴェルはわずか27歳でカルテット史に特筆される名作を残したのですから異例な人です。全曲にわたって次はどう転調するのか予測不能という強烈な個性であり、ロマン主義に源流を発しワーグナーを経由してドビッシーに至った音楽の系譜からは超然とした、まったくラヴェル的な音楽としか表現のすべがありません。

ここでの転調は内声部が半音上がったり下がったりして有機的、連続的に起こるものではなく、小節をまたぐと何の脈絡もなくいきなり景色が変わるという感じのものです。例えば第1楽章の冒頭主題はヘ長調で山を登り、別な斜面を変イ長調で降りてきてト短調で止まる。トンネルを抜けると雪国だった、という感じですね。空気のにおいや光の当たり具合がぱっと変わって、こちらの気分も次々に動きます。これがたまらなく好きなのです。

ラヴェルというと一般に管弦楽法の魔術師でありムソルグスキーの「展覧会の絵」を絢爛たる絵巻に仕立てた手腕の印象が強いと思いますが、墨絵のように単色のカルテットに「ソナチネ」「ダフニス」「マ・メール・ロワ」「優雅で感傷的なワルツ」がこだまするのをきくと、あの色彩感はけっして彼の音楽の本質ではないことがわかります。このカルテットが何より雄弁にそれを物語っています。

ミステリー作家の泡坂 妻夫に 「湖底のまつり」 (角川文庫) という驚くべき作品があります。絢爛たるだまし絵の世界と評される傑作で、僕は日本のミステリーのトップ10に入れたいものです。精巧な作り物に完璧に騙されるのですが、見事にリアルな情景描写は今も色つきで細部まで記憶にあります。でもその「彩色」はだまし絵の小道具なんですね。そのリアル感がだまし絵の効果を倍増するのです。この作品を読んでラヴェルに似てるなあと思わずつぶやきました。

ラヴェルのカルテットがどう解釈されているか。転調が変転する情景と気分を支えているわけですから、4人の奏者たちの和声感覚が非常に大事です。それからメロディーと隠し味のような伴奏音型が並行する場面が多々あって、そこの音の混ぜ具合も重要です。それは弦楽四重奏ラヴェル例えば第1楽章のここです。メロディーとバスに対して第2ヴァイオリンとヴィオラが細かいさざ波のような音で和声感だけでなく絵画でいえば「材質感」のようなものを加えます。これが強すぎても弱すぎても音程があやふやでもだめです。そういう演奏がとても多い。こういうちょっとした部分が生命線になる、ガラス細工のようにデリケートな曲です。

本稿のためにCDを聴きなおしましたが、どうもこれぞと自信を持って推せるものがありません。まずは世評の高い演奏から寸評です。僕はパレナン弦楽四重奏団(EMI)でこれを覚えましたが、フランス風のいい味ですがどうも第1ヴァイオリンの音程が甘いのが気になります。ただ昭和の本邦音楽界では決定盤とされていたわけで一聴の価値はありましょう。

ラサール弦楽四重奏団は少し音程はましですが非常にクールな表情でフランスの情景が浮かんでこない。カペー弦楽四重奏団は歴史的名盤といわれますがポルタメントがうるさく4人の和声も相当にアバウトです。アルバン・ベルク四重奏団は比較的いいですね。練り絹のような音色で音程もしっかりしています。色調が暗くラテン的でないので僕の好みではありませんが演奏は非常にハイレベルです。

ブダペスト弦楽四重奏団。第1ヴァイオリンの音程がひどすぎて5分で耐えられずやめ。特に良くはないがまあ全般にいいでしょうというのが メロス四重奏団です。ヴァイオリンがやや繊細すぎる音ですが内声部の和声感がすぐれており、これは時々取り出して聴いているものの一つです。

イタリア弦楽四重奏団はややエネルギッシュすぎるのが好きでありませんが和声は見事です。この曲の生命線はヴィオラと思っているのでこれはかなりいい線ですね。ボロディン弦楽四重奏団。音楽的です。4人がハモッた音の純正調の和声は見事で上記の譜面のバランスも理想的。アルバン・ベルクと同じくフランスの香りがないのが僕には欠点ですが上質です。バルトーク弦楽四重奏団。うまいです。4人が音楽に「入って」いて微細なニュアンスまで揃っています。ちょっと第2ヴァイオリンのヴィヴラートが、と思いますが総合点は高い。

モディリアーニ弦楽四重奏団、これはけっこういいですね。フランスの団体ですが音はふくよかでニュアンス豊か。音程も良く上記譜面の処理も音楽的です。第4楽章の第1主題のキザミと和声変化への対応もグッド。エポック弦楽四重奏団。まったく知らない団体ですがチェコの団体のようで美しい演奏をしています。上記楽譜の後に来る第2主題、ヴァイオリンとヴイオラのユニゾンですが、ヴィオラがいいですねえ。音程も良くこれは安心して聴ける演奏です。ライプツィッヒ弦楽四重奏団。これも知らない団体。合奏体として和声を造っていて見事。上記譜面もすばらしいニュアンスです(ヴィオラの力です)。これはドイツ風ということでもなく音楽として高水準で好きであります。カルヴェ弦楽四重奏団は1919年にバイオリン奏者ジョゼフ・カルヴェを中心に結成し1930年代、40年代に活躍、1949年に解散しましたがこのラヴェルは絶品。ベストに挙げてもいい素晴らしさです。

最後にファイン・アーツ弦楽四重奏団による第1楽章です。米国はシカゴの近く、ウィスコンシンの団体ですが老舗の一つであり僕は彼らのバルトークを非常に高く評価しています。メンバーはその録音のころとは総入れ替えですが、このyoutubeはヴィオラをよく聴いていただきたい。上記譜面などすばらしい。とにかくヴィオラがうまいとこの曲は生きるのです。第1ヴァイオリンはヴィヴラートが多く甘目に弾き過ぎ、音程もアバウトなのでトータルでは買えませんが。

 

(補遺、2月16日)

ヨープ・セリス /  フレデリック・マインダース(pf)

MI00010514592台ピアノ版である。演奏は充分に楽しめる。カルテットは管弦楽のリダクションの性格があるが、それをさらに4手に落としたものは音楽のスケルトンを知るには格好のものだ。2手では行きすぎであり、ほぼすべての要素が書きとれるからだ。このカルテットの心をゆさぶる光彩と闇。それを生む和声とリズムの秘密がはっきりと聴きとれるさまは興味が尽きない。ピアノの技量としてはさらにデリカシーが欲しい部分もあるが悪くはなく、この曲が好きな方にはお薦めしたい。

 

 

 

 

 

 

 

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