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シューベルト 「4つの即興曲」 (第1曲ハ短調) 作品90

2016 AUG 1 22:22:23 pm by 東 賢太郎

人と同様に音楽も必要なときに寄り添ってくれるものがあります。大事にすべきものです。いまになってシューベルトはそういうことになってきています。

彼の音楽は癒すわけでも鼓舞したり陽気にしてくれるわけでもありませんが、心の奥底にあるかなわぬ憧れや、おののき、傷心のようなものを人肌でつつんでくれるような思いがします。

なかなか気づきにくいものなのかこちらの心に隙間がなかったのか、今まではむしろ鬱陶(うっとう)しいと思っており、彼のソナタのような音楽にそうたびたびひたってみようということはありませんでした。

シューベルトは歌の人です。歌といってもオペラと歌曲のちがいがあって、モーツァルトが大劇場で天下に向けて天才を発揮する人なら、彼はずっとプライベートでインティメートなもの、四畳半の片隅で悶々とラブレターを書いているようなところで才能が現れる人です。

以前に、音楽の夢枕のことを書いたのですが、スイスにいたころの朝です、目が覚めると彼の交響曲のメヌエットが頭の中で何度もくりかえし鳴っていて、そのときはその曲が何かは知っておらず、どこかで聞いたか覚えもなく、これは何だと驚いたことがあります。

それは、2番の稿で紹介したH・シュタインの全集を買ってきて、その時に人生で初めて耳にした第1番だったと後でわかりました。聴いたという記憶すらないのに無意識のうちに深層心理にこっそり忍び込んでいて、寝ている間にむくむくとたち現れてくるというのはどこかおそろしい。彼の書くメロディーには執拗にまとわりつく何かがあるようです。

もうひとつそういう曲、耳にまとわりついて離れない曲があって、作品90の1番がそうです。この曲のこの部分、4小節目から、これはなんだろう?4つの即興曲は二つありますが、どちらも1827年、つまりシューベルトが亡くなる前の年に書かれています。哀調をふくんだメロディーがハ短調から変イ長調、変ハ長調を移ろう中で不意にやってくる天国の花園のような・・・。

(譜例1)

schubert4

この演奏の3分49秒からですね。

低音だけが動くff の激しい部分では「運命動機」が打ち鳴らされます(5分50秒から)。この部分の最後でバスがc・d・e♭・e・g♭・g・a♭・a・b♭と半音ずつ上がっていく場面はモーツァルトの最も恐ろしい音楽、短調のピアノ協奏曲やドン・ジョバンニを思わせます。

(譜例2)

schubert5運命動機を作る3連符はほぼ全曲にわたって執拗に伴奏として底流を流れています。それと単純な冒頭のメロディーだけで淡々と進みますが、それがくずれて右手に2連符が現れ、心の動揺、いやいやのような左右のずれが生じるのが譜例1なのです。

それが出るのはここだけです。

これがウィーンに住んだショパンに至ってOp69ー1の変イ長調のワルツのようなロマンティックな精神の作品に進化していったのではないでしょうか。前奏曲におけるベートーベン悲愴第2楽章の影響につき書きましたが、ショパンはバッハ、モーツァルトをはじめ古典を研究しています。どれも変イ長調です。

シューベルトはショパンより13歳年上で、我々が知るロマン派の精神はなかったでしょう。譜例1をテンポを落として「ロマンティックに」弾くのは本流ではないのです、たぶん。

しかし僕は自分では、どうしてもそうしてしまう。誘惑に勝てません。さきほどもここを夢中に弾いていて、あまりに異様に美しく、不覚ながら涙が出てくる。こういう音楽はあぶないのです。

シューベルトはこの楽想を2度出しますが、そちらへ行くことはなく、3連符の運命動機の世界に回帰していきます。譜例2の右手にあえて3連符の「3」を書き込んだことでわかります。

 

ショパン 14のワルツ集

クラシック徒然草-悲愴ソナタとショパン-

 

 

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