「カープ女子」はどこへ消えたのか?
2026 JUL 12 12:12:33 pm by 東 賢太郎
【一軍】
広島 1-10 中日
広島 1-8 中日
【二軍】
広島 1-12 ソフトバンク
広島 1-12 ソフトバンク
直近2試合の結果だ。20連敗ぐらいしてるチームかと見まごうほどの腰の入った負けっぷり。なぜか二軍まで同じ日に仲良く2試合連続のボロ負けである。
一軍は前のカード(ヤクルト)の勝敗は〇〇✕であり、〇〇は「サヨナラの2連勝」である。このところスタンドはガラガラだったのだが1戦目でサヨナラ2ランの4番坂倉がインタビューを「満員にしてください!!」と叫んで締めくくり、なるほど明日からはきっとそうなるだろうと思ったものだ。
ところが翌日もガラガラだった。地元ファンの目はそう甘くない。しかし、この2試合目も選手は奮起した。モンタナが押出しの四球を選んでサヨナラ勝ちだ。ヤクルト星投手は泣いていた。そして迎えた第3戦、観客は少し増えた感じである。
ところがここでヤクルトの外人投手3人に継投ノーノーを食らってしまう。
負けたのはいい。腑に落ちないのは、「昨日まであんなに元気だったのにね」という事故のお悔やみのような複雑な感情なのだ。そして、その感情が選手にもシェアされてたかの如く、続くカードで最下位の中日にブルドーザーのように押しつぶされてしまったのが上掲の2試合なのだ。するとさらに不可解なことに、兄貴が名古屋でボコボコにされると弟まで同じ日に広島でソフトバンクに粉砕されているではないか。いったい何が起きたのだろう?
ちょっと私見を入れよう。ノーノーはきつい。ボクシングでゴングから5秒でKO負けしたみたいな、相撲で立ち会って2秒で電車道で吹っ飛ばされたみたいな、屈辱でしかない圧倒的な負け、全人格的にすべてを否定されたような仕打ちだ。やった方はその逆だ。僕は1安打をしたことがあるが、マージャンで言うなら今までヘボだったのが役満あがって上級者になった気がした。やられた方はその逆なのだ。彼らはプロだ。それで飯を食ってる。そのショックで無残な連敗になってしまったのだろうか。
さらに細かく見るならば、ノーノー食らった翌日のバンテリン初日で先発森下ってのは微妙と思ってた。 3年前に名古屋で初回に5連続ヒットを打たれて負けた不甲斐ない姿を新井は覚えてないのかな。エースが投げて1番から5番までヒットなんて人生初だ。森下は名古屋は嫌いに違いない。大瀬良がいない中、森下を立てての10失点は精神的被害が甚大だ。そしてその大瀬良までもが同じ日に二軍戦で4回8失点、これまた信じがたいほど酷い。ソフトバンクが強いんだという意見もあるかもしれない。しかし2日目は秋広に1回と9回に2度満塁ホームランを打たれるという珍事に等しい屈辱を味わってるのである。もうこんなのプロと認めがたい。日々何を練習してるんだ?二軍監督・コーチは何をしてるんだ?お前ら野球選手以前に男として恥ずかしくねえのか、もういい加減にせえだ。
カープの一軍はここ3試合で2点しか取れていない。当然と言えば当然だ、先発メンバーを見れば、坂倉と小園以外は二軍みたいなものである。名原が出てきて多少元気が出たが、それを除けば元々その程度の打線なのである。百戦錬磨の涌井にすれば赤子の手をひねるようなものだったろう。
外野にも飛ばない打線がホームランなど出るはずがない。原因は簡単だ。小兵を好んで採ってる。岡本、村上、佐藤輝、牧、清宮、浅村、柳田、山川みたいなガタイのいいのを採らない。年俸が高いからだ。例外だった2017年の丸、鈴木誠也、バティスタのクリーンアップは3人ともOPS1の超ド迫力で、東京ドームで原監督が青ざめるほどのホームラン攻勢で巨人を粉砕したあの試合は一生忘れない。もしあの打線が今あったなら、僕は休日返上でマツダスタジアムまで足を運ぶだろう。つまり、そういう補強をすればスタンドがガラガラになどなるはずがないのだ。
小兵でかき回して少ない得点を守り勝つ。昭和の広島カープだ。判官びいきの僕はそこが好きでファンになった。しかし昨今の「投高打低」現象は一時の現象ではない。最近の子は大きい。大柄な投手たちが筋トレでマッチョになり、高校生でも150キロを超えるのがザラになった。昨日のゲームであんまり知られてない阪神の育成ドラフト出身の工藤があっさり163キロを記録した。少々コントロールが甘くてもそこまで出れば打たれない。今年の交流戦でそうしたパワーピッチャーがそろうパリーグがセを圧倒して証明したことだが、デカくて筋肉モリモリの奴が160キロで打者をねじ伏せにかかり、ボディービルダーみたいなマッチョマンがその球を180キロのスイングでバックスクリーンに叩き込むなんてスポーツに野球は進化しつつある。大谷だって顔はやさしげだが裸になればマッチョマンだ。投手の球が速くなれば打者のスウィングだって速くなり、観客はスーパーマンとスパイダーマンの戦いみたいなスリルを期待して球場に足を運ぶだろう。これは自然なことだ。 2000年前のローマでコロッセウムの観衆は剣を持った屈強の奴隷が猛獣と戦うのをワクワクして観ていたし、スペインの闘牛場ではいまもそれが行われている。来年からセリーグも指名打者制になり、日本でもその傾向に拍車がかかっていくであろう。それが良い悪いではない。ここでの論点は観客動員数だ。サッカー、バスケ、テニス、ラグビーなど他のスポーツに比して現状の野球人気がこのままである保証はないことを念頭に、ショービジネスとしてのエンタメ性の変化には敏感であるべきだということだ。
従来よりカープは交流戦を不得意としており今年も10位に終わった。パリーグの投手の速くて強い球を遠くに打ち返すにはカープ打線は火力が足りず、 5000ccの大型車が居並ぶレースに軽自動車が入ったみたいなものだった。それでも勝てばいいではないか、「小よく大を制す」だし日本の美学であるという声もあろう。しかし世の中は動いている。小が大を制しきれない時代になった。アメリカに逆らえばあっさりと元首を殺され、NATOとて潰されかねない。アンソロピックのミトスを野放しにすれば世界の銀行口座はハッキングし放題だ。大を大でも制せない時代だ。そこに勝率ゼロである「小よく大を制す」を掲げてコストをセーブするモデルは国家戦略として根本的に無意味となる。野党の皆さん、国民が日々の生活に苦しんでいる時に国防予算増額なんてなどと言ってる場合ではない。ミサイルが飛んでくればあなた達も死ぬのだ。そういう空気に連れてスポーツにファンが求めるものも変わっていくと僕は確信している。スポーツを戦争のシミュレーションとして始めたのが五輪だ。そんな時代ではないが、ボクシングのリング上で殴ってけがをさせても傷害罪にはならないしパンチがもろに入って死んでも殺人罪にはならないだろう。競技であってその故意がないからだが、行為は同じでも故意があって国家が罰しなければ戦争になる。そうした戦争と接点がある力と力の戦いで「小」が何しても勝てない時代になり、毎日そうしたニュースを眺めていれば無意識に人間の思考回路も変わっていく。やがて日本においても勝てない戦略など支持する者はいないリアリズムの時代がくるだろう。昭和の美学で野球をやり今もそれを愛する僕が望むことではないが、いずれ金を払う側に昭和生まれはいなくなる以上それで飯は食えないし生きてもいけない。だから興業主である球団もそれについて行かなければあっという間に倒産するリスクがある。こうしたマクロ的な視座がこの球団にはないから現状に至っているのであって、経営陣に変わる様子がない以上今後も気づかないだろう。よって、本稿の最後に論じるような危機に陥る可能性はある。経営者の心配をする気は毛頭ないが、いち野球ファンとしては困るのである。
広島カープの問題は新井監督の采配ばかりにあるのではない。ピッチャーが少々打たれようが後半戦でひっくり返して2016~18年の3連覇を支えた丸、鈴木誠也、バティスタの長打力はオールドファンの山本浩二、衣笠、ホプキンス、シェーンへのノスタルジーをかき立てた。それを知らぬ若い女性ファンも2014年に田中広輔が入団してタナキクマルが揃った年から増え始め、「カープ女子」という言葉が流行を始めた。ついに優勝した2016年、鈴木誠也とバディスタの出現で攻撃の破壊力がMAXとなるとカープの観客動員数は2018年に223万人と最大になり、 2019年の丸の巨人移籍とバティスタのドーピング疑惑で破壊力が減衰すると観客動員数もピークアウトした。スタンドを真っ赤に染めた「カープ女子」の増減とカープの興亡はシンクロして象徴的ではあるが、 経営は数字であって男も女もない。球団の収入の根幹である観客動員数は「攻撃の破壊力」を指数化して回帰分析をすれば有意に高いRスクエアが得られるはずである。したがって、数学の示す所はクリアだ。ガタイのいいスラッガーを採らないという戦略は誤りなのである。
知らない方もおられるかもしれないと思い「カープ女子」の写真を探したのだがない。あるにはあるのだが、この語は僕にとってsheep、 fish、deerと同様に単複同形名詞と理解される。「five sheeps」といわないように「fiveカープ女子s」ともいわない集合的な概念である。したがって、誰かひとり、あるいは数名の女子が目立っている写真はそれに該当しない。ところが探してもそれしか見当たらないのである。仕方なく下の写真が候補になったが、今度は男性が入ってしまっている。さてどっちがマシだろうという究極の消去法的判断に至り、熟慮の末これに落ち着いた。ご覧のように、市民球場で酔っ払って汚いヤジを飛ばしてたオジサンたちとはサマ変わりの様相で、「女子」と銘打つだけあって女性客の猛烈なエネルギーが先導するムーヴメントであった。昭和のオジサンは刺身のつまなのだ。
ちなみにグッズの売上の方も繁盛していたようだ(観客動員数の関数である)。女性ファンたちはそれを身にまとうことでカープ女子の一員となり、人数が増えるにつれて社会現象となり、グッズはその一員のトークンとなるのだ。選手と一体感を持てる、集団に属していると安心する、どこか誇らしい、誰かに見て欲しい、ああ、あの強いカープね、あんたも元気はつらつでいいね、なんて隣のおばちゃんに声かけて欲しい。これは10年後の今だったら「推し活」的な側面も指摘されていただろう。ねえねえユニフォーム着てタナキクマル、セーヤを推してるワタシって素敵じゃない?かように野球のことはなにも知らないがファッションやエンタメには興味ある女性たちを中心に、広島ローカルであった波がナショナルブランドにまでなった歴史的事件だったのだ。 64年前の東京で、クラスで仲間はずれにされながらすでにそれを誇らしいと思っていた僕は何という先見性のある子どもだったのだろう。しかしこのたびの波の中で僕はそれを声高に誇れなかったのだ。男だから。共産党さん、立憲民主党さん、それっておかしくないか、差別なんじゃないの?そうか、でも「LGBT理解増進法」ができたっけね、岸田さんと稲田朋美さんのご尽力で人格的尊厳が守られる。素晴らしいことだ。ヒゲオヤジが女風呂に入っていけると同様、僕もカープ女子をブログで堂々と名乗ればよかったのだ。
しかし実はそれを横目で見ながらロッテファンのほうがすごいぞと思っていた事実がある。こっちは女子などと料簡の狭いことは言わない。18連敗しても止むことがない野球が好きな人たちだ。カープは立ったり座ったりだがロッテはジャンプだ、必要とされるエネルギーは10倍もあろうか。スタンドを揺るがすオーケストラみたいにシンクロされたすさまじい迫力はマリンスタジアムに行かれてみれば度肝を抜かれると思う。
でも神宮球場の熱量だって半端じゃなかった。10点以上取って大勝した試合で、ホームランが出るたびにスーツ姿の僕も立ち上がって後ろのお姉さんに背中をバンバン叩かれるという熱狂の渦の中にあった。思えばカープ戦は楽勝で当日券が買えたものだ。仕事が早く終わるとぷらっと3塁側の33列目に座ったが、 2016年ぐらいから嵐のライブより入手困難となった。それはこんな具合だ。スタンドの強烈な圧で敵軍は畏縮し、カープのホームゲームでの勝率は圧倒的だった。
このスタンドが昔の川崎球場みたいにスカスカになったのだから選手はやりきれないだろう。それどころかオーナーの怒りの顔が浮かんできて、来年は俺もそろそろ戦力外かと、ただでさえ打てない選手がさらに萎縮してパコーンと力のない内野フライを打ち上げ、右打者は何回やっても懲りる事なく外角のスライダーを追っかけてくるくると空振り三振し、左打者は振り遅れることを前提にレフトに向けてチョコンと走り打ちで当て逃げする。そんな非力な男たちと同じユニフォームを身にまとって、女性たちが誇らしいと思うだろうか?
女性の大群は跡形もなく去っていった。残るのは寒々しく荒涼とした裸のスタンドである。敵軍は安心して元気になり、昔と比べてしまう選手はマツダのホームゲームなのに劣勢の空気をまとう。ああたぶん今日もうちの打線は打たないな、3点取られたら負けだな。始まる前から肩に力の入った先発投手は先取点を取られる。すると打線は打たねばと焦ってリキむ。そしてますます敵の投手の術中にはまって赤子の手をひねるようにタイミングを狂わされ力ない内野フライを打ち上げる。毎日これ。すべてが悪循環。当地のファンのみならず、そんなつまらない試合に誰が金を払うのか。年俸が高いから岡本、村上、佐藤輝、牧、清宮、浅村、柳田、山川みたいなガタイのいいのを採らない。だから4番がいない。元凶はここにある。坂倉はいい打者だが打球が上がらない。良いコーチがいればホームラン30本は軽いだろうが16本が最高だ。カープにいる4人の打撃コーチの生涯本塁打数は4人足してたったの82本だ。ここにいても坂倉の進化は無い。
その坂倉がいよいよ危機の中心人物になる。今年中に床田、森下、島内、坂倉が国内FA権を取得するからだ。この4人が出て行ったら外人と菊池、小園、秋山を除けばつい最近まで二軍にいた人と新人ばかりになる。ということは、ソフトバンクの二軍と2試合やって2試合とも12対1で負けるレベルのチームに成り下がる可能性があるのだ。ツケが回ってきたのである。そもそも素人であるオーナーが口を出すなど論外だ。その証拠に、同じことをやってる楽天イーグルスもおかしくなって、12球団ドベで交流戦を終えている。逆に何年か前に交流戦を優勝で終えた今江監督をあっさり1年でクビにしている。訳がわからない現場は士気が下がるのである。それでも口は出したい。そこで楽天はヤクルトにいた石井をGMにしている。ジェネラル・マネージャーとは何やらもっともらしいが、要するにオーナーの言葉を選手言葉に翻訳する役目、いわば江戸幕府の「側用人」である。カープの場合、ここでも経費節減の思想は貫徹され側用人はベンチに置かれている。それが新井監督だ。GMか監督か、オーナーにとってそんなのはどっちでもいいのである。しかし石井と新井は決定的に違う。石井はダメなら監督の首をすげ替えればいい。新井は自分のを差し出すしかない。
オーナーにとって最も、というより唯一大事なのは客の入りだ。経営者だから当たり前だ。つまり新井がいくら負けようと客さえ入ればいいのである(中日ドラゴンズがそれ)。ということは、川崎球場化しつつある現状は死刑宣告が近づいているということになる。しかし、ここが非常に重要だが、12球団で唯一大企業の後ろ盾のない「ファミリー経営」であるカープのオーナーには固有の弱みがある。経営の切り札といえる「監督手形」の価値が低減することだ。将来の監督ポストという手形を切って有力な選手の年俸高騰を抑止し、FA流出を食い止めて球団に留め置くビジネスモデルの根幹だからである。去年新井をクビにすれば手形の値打ちが下がると踏んだのだろう、延命させた。首がつながった新井がシーズン終了のあいさつで、「来年以降もこの苦しみは続いていくと思います」と、ファンにとっては耳を疑うが、正直者の新井には赤裸々の事実である痛ましい言葉を吐いてしまい、球場内は騒然となって怒号が飛んだ。こんなことが阪神タイガースのシーズン終了挨拶で起きたらケガ人が出て警官隊が出動していたに違いない。そしていま、心優しい広島カープファンたちは「この苦しみ」が想像を上まわる根深いものであり、「続いていく」のは来年以降どころの騒ぎではないだろうと半ば絶望していると思われる。だからスタンドは坂倉が呼びかけてもガラガラなのだ。これを選手のせいにするのは酷だ。金をかけてチームをパワーアップさせるのは球団だ。コーチングして鍛え上げるのも球団だ。 新井がひとりで護摩行と家族野球で頑張っても仕方ない。力のない選手はそれでも残る。稼げる選手はそんなチームの監督手形などいらない。だから、予定調和的にカープは力のない選手ばかりの集団になっていく。ファンはそれを悟っていた。だからすでに数年前から「カープ女子」は絶滅種になっていたわけだが、これからの危惧は球団がそうならないかということだ。
Categories:______広島カープ










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東 賢太郎
7/16/2026 | 6:37 AM Permalink
「岡本、村上、佐藤輝、牧、清宮、浅村、柳田、山川みたいなガタイのいいのを採らない」をモットーとするカープに、追い打ちとなるニュースが飛び込んだ。
佐々木麟太郎、マーリンズ入り決断! ソフトバンク1位指名も
ガタイのいい子は大学からアメリカへ行ってメジャーに就職する。ますます値段が上がる。競争に参入できるのは金満のIT企業がオーナーのチームと巨人ぐらいだろう。まったくの圏外であるカープはますます置いて行かれる。
東 賢太郎
7/31/2026 | 10:46 PM Permalink
本稿をアップしたのは「7月12日」です。そうしたら、
1、翌日13日に、フラッシュにゾンビ売人とカープ選手の写真が出て驚いた。
そして
2、昨日30日に矢野、前川の家宅捜索の記事が出たさらに驚いた。
どうなってるんだこれは。家宅捜索は裁判所が令状を出さないとできず、その発行は「被疑事件の存在と必要性」が要件だからね、裁判所がそれを認めたってことです。ということは広島県警は何かをすでに押さえてると考えるのが合理的だろう。
そんなこととはつゆ知らず、僕がブチ切れて怒りを込めて本稿を書くことになった「一軍、二軍の歴史的ボロ負け」はその予兆だったのか??