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カーペンターズ 「青春の輝き」

2026 JUN 13 21:21:55 pm by 東 賢太郎

カーペンターズが魂に刻み込まれているのは、はっきりとしたことではないが、おそらく高校あたりで深夜放送で覚え、大学のころにはそこそこ熱中して聴いていたからだと思われる。昨今は、なんとなく疲れた時に楽譜を引っ張りだして片っ端から弾く。そのたびに唸る、なんていい曲なんだろう・・・

カレンが一番好きだった作品は、米国では地味な曲と評価されヒットチャートの25位あたりにとどまった “I need to be in love” だったと兄のリチャードが語っている。そしてこの僕も、これぞカーペンターズをクラシック音楽の域に押し上げ、歴史に名を刻む大名曲だと確信している。タイトルは「私って恋をしてないとだめね」ぐらいの意味だが、失恋した少女のひとりごとではないのはI’d like to beでないことでわかる。それではじまるビートルズのオクトパス・ガーデン。リンゴ・スターの稚気あふれる歌を思い出せばおのずと知れる。後悔と自嘲で朝4時に目が覚めている。ひとちぼっちで心はふらついてるのに、また次があるわ、だって私は大丈夫だもんと強がる。自分をいったんつきはなして、クールに俯瞰して、未熟でないふりをするのだが、はなはだ危ない。need to beは他律的なのだ。世の中なんてこんなもんよ。それに従うことよね。まるで、あんまり信用してない友達に諭されたようで、ほんとうは深く傷ついていて、迷いながら、自分をはげましながらオトナになっていく気丈さを語ってみせるリリックは、32歳で世を去っていくこの人そのものだったのではないか。

この邦題が「青春の輝き」?なんで?  “I need to be in love” にぴったりくる邦訳がない苦労はわかる。もっと以前に、ベンチャーズの ”Walk, don’t run” が恥ずかしい「急がば回れ」とEP盤のレコードジャケットにバーンと書かれちまった。かっこわるいからウォークドントランでいいじゃねえかって成城学園初等科ではガキどもの失笑を買っていた。そういえばそのむかし、「私馬鹿よね、 おバカさんよね」とはじまる失恋した女の演歌があった。1975年に物心ついていた日本人なら誰もが知るヒット曲、細川たかしの「心のこり」だ。

わたし馬鹿よね
お馬鹿さんよね 
諦めが諦めが
悪いのよ 
一度離れた
心は二度と
戻らないのよ 
元には 
秋風が吹く 
冷たい空に 
鳥が飛び立つように
私も旅に出るわ 
ひとり泣きながら

 

「一度離れた心は二度と戻らないのよ」。やっぱり他律的だ。さもないとおさまりがつかない。そして泣きながら明日の朝早く旅に出るこの女性は、半年もすれば、いや、早い人なら一週間ぐらいで涙が枯れて元気になる気がしてくる。和辻哲郎の「風土」だったか何だったか、違っていたら申し訳ないが、モンスーン気候帯に属する日本は太古の昔から毎年毎年かならず襲って来る台風で決まってひどい目にあってきたが、何日か家にこもって去るまでじっと耐えていれば、大雨、大嵐というものはごみも汚れも不浄もしがらみもきれいさっぱり水に流してくれるという利点がある。その顛末の記憶が遺伝子に刻まれ、日本人の気質を形成してきたという説があった。なるほど、そんな我々の琴線に触れていた「心のこり」は、暗さも陰りもないあっけらかんのメジャーコードで明るく力強い。

そういうものだから演歌は日本人の大切な一大音楽ジャンルとして君臨した、いわば社会的鬱屈感情へのカタルシス促進装置だったといえよう。 昨今あまり流行らなくなったのはなぜだろう。日本人が強くなった?恨み節が不要になった?そうではないだろう。カタルシス促進装置は必要ではあるものの、社会性を喪失し、ばらばらになって、プライベートな存在になったのだ。安泰なもの、寄らば大樹の陰と信じていたものが次々と消え、実はこんなあっけないものだったのかと皆が茫然となり、鬱蒼とした未来への不安が蓄積し、人生の選択も日々の生活も、ついにはどんな家に生まれたかだって誰と恋愛するかだって、みんな自己責任でしょという社会になったのだ。わたし馬鹿よねとカラオケで傷をなめあっても何の救いにもならないというコンセンサスが、コスパ(効率)という氷のように冷たい言葉に象徴され若者を覆っている。

奇遇なことだが、調べてみると「青春の輝き」が世に出たのは「心のこり」のヒットの翌年、1976年のことだった。僕の世代の日本人に熱い支持を得ていたカーペンターズの第4回来日公演がその1976年のことで、下のビデオは大阪でのひと幕だ。当地のエージェントに「これがウケるから暗記して」と仕込まれたのだろう、カレンは「ミナサン、ゴシンパイオカケシマシタガ、ワタシハゲンキデス、オオキニ」と明るく挨拶してドラムを披露している。外人のにわか覚えの日本語としては群を抜いてうまい。概してかようなことに関して男性は女性にかなわないもので、この耳コピ能力が彼女の歌に生きていることは疑いもないだろう。ドレスになると明らかに腕が細い。wikipediaによるとそのころすでに拒食症の兆候が出ていたため体重は41キロしかなく、1975年に予定されていた日本公演が中止となって翌年にずれこんだのであり、もう日本に来ることはなかった。

どちらも恋に破れた女の歌なのだが、「青春の輝き」の女性は狂って不完全な世界で完全を求めるどこまでも晴れない心の翳りから逃避できず、「心のこり」の女性は旅に出ればそんなものはいずれ去るわというふっきりがある。16年外国で暮らしてつくづく思った。日本人は弱くない、実は体は大きい西洋人よりずっと強靭ではないかと。じゃあ今の現実はどうだ?欧米化したということか?そうではない。一神教のあちらは2千年前からそうなのであって、まったくもって根底から違う。この違いは地球人と火星人ぐらいあると書けば信じてもらえるだろうか。need to beには世のおきて以前に神のおきてであるというニュアンスが隠れている。それは台風一過によって都合の良い別世界になったりは絶対にしないし、泣きながら朝早く旅に出たぐらいで解決するはずもないものなのだ。すなわち、「水に流す」「のどもと過ぎれば」のカタルシスは、“I need to be in love” の人たちには訪れないのである。loveが必要だと神が言ってる。だから現実にカレンはそれをいちずに求め、わけのわからんバツイチの実業家と結婚したのではないか。彼女ほどの女性だ、世界中にいくらだっていい男なんかいただろう。日本人は何が悲しくてと思う。僕も思った。そいつはパイプカットを隠していてカレンを激怒させ、挙句の果てに金までせびるとんでもないヒモだったことが知れたが後の祭りだ。1983年2月4日、よりによって僕の誕生日にフィラデルフィアで訃報をきいて、その日は一日悲しかった。

この歌のリリックが幾分なりとも彼女のカタルシスになったのならよかった。そして、兄がつけた空前絶後の音楽とオーケストレーションがあまりに心の襞にそってパーフェクトであったのではなかろうかと書くのが天才である彼への僕の最大の敬意となろう。そのピアノ演奏の能力はクラシックで食うには足りなかったろうが、彼にはその趣味はなく、ダリウス・ミヨーに師事したバート・バカラック同様に根っからの上質なポップス向きのタレントである。だから大いに本格派クラシック好きの耳を楽しませたのであり、僕がまさにその一人であり、大阪公演の客席の反応はロックのそれとはほど遠くまるでクラシックコンサートだ。

そうして生まれた正規録音でのカレンの歌!楽曲の魅力ある完璧な和声ワールドを絶対音感のある者にまで完璧に組成して届けてくれる完璧なピッチ、心にひっそりと染みとおってきて、やがてわしづかみにされてしまう圧倒的な情感、中音域のやさしさと生命感と音楽性にあふれるソリッドな伸び、アルトにして尋常でない誰からも聴いたことのない魔力のある低域の深み、そしてアメリカン・イングリッシュがこんなに美しい言語だったかと再認識まで迫られる際立ったディクション(発音)。どれもが厳格に訓練されたオペラ歌手の歌唱のようではいささかもないが、とはいえ素人だからできたことでもなかろうし、これからもできる人は現れないのではないかとしか言及できない特別な才能であろう。人類史上彼女のみに与えられたギフトであるこれを神品と言わずしてなんだろう。

あんまり細かい詮索は控えたいが、弾きながらくらくらするほど大好きな部分のことだけ書いておこう。写真のF#m, A/B, B7, Bm7のソプラノ声部半音下降(f#, e#, e, d#, d)だ。初回は強調せず二度目はオーボエでくっきり出すところにリチャードの才能を見る。バスをa のままD, A, Gを交差させる調性の設計は目覚ましく、何度弾いても快感の嵐である。シューベルトにもシューマンにもブラームスにもマーラーにもない、もしかしてバーンスタインだけに通じるものがある米国ロマン派とでもいうべき歌曲なのかもしれない。

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