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カテゴリー: ソナーの仕事について

「バカの壁」の壁

2018 JUL 16 17:17:33 pm by 東 賢太郎

だいぶ前に「バカの壁」という養老孟司さんの本が評判になって、その題が流行語大賞か何かになった。そういえばあのあたりから「バカ」か「東大」をタイトルにつけた本が頻出し始めたように思うが、昨今大流行の「ネコ」本のはしりみたいなものだったのだろう。

人には無意識に考えるのをやめている境界線があって、会話してもそこで思考停止してしまう、それがバカの壁だという趣旨だった。「人は脳が受け入れることしか理解できない」というくだりで「当たり前だろ」と思ってしまい集中力が切れたが、「そうだろ?だからお前はバカなんだ」と諭されている気分になった。

それを言われるならごもっともで、僕などバカの壁の四面楚歌状態、大バカ者の標本である。興味のないことは考えないどころか、知ろうとも思わないからだ。反対に、自分の関心事がうまく伝わらない相手にはこっちの壁のせいで理解が及ばないので、そういう「合わない人」と話すと完全にすれちがってお互いに不幸な5分が終る。

しかしそれがいけないかというと、そうも思わない。養老さんの言う通り「人は脳が受け入れることしか理解できない」のであって、脳は可変的なのかもしれないが「宇宙の果ては137億光年先です」ときいても学者以外の人は「でっ?」と思考停止するだけだろう。すると世界人口70億人のほとんどをバカと呼ぶことになるが、呼ぶ方がバカだよねという話にもなる。医学部(理Ⅲ)の養老さんをバカ呼ばわりする蛮勇を僕は持ち合わせないが、あの本は医学書ではなく人生訓のようなもので、そうであるならば壁を撤回する労力と時間があったらそういう人とは付き合わない方が効率的ではないだろうか?

しかしあの本は大衆に読まれた。中味なんか理解しなくても題名に使い道があったのだ。議論の場で相手をいじめるキーワードとして「これぞバカの壁ですね」とやると、そこに居る者が全員バカである限りにおいては、東大の解剖学者のお墨付きを得てトドメを刺せるからだ(先に言った方が勝ちだというあまりにおバカな戦いであるが)。そういうものが流行語大賞になるのである。ちなみに何年か前にピケティというフランスの左系の学者をそれに仕立てようという稚拙な試みがあって、こっちはブログで思い切りバカにしたがアッという間に消えてしまった。ネコ本だったのだ。

東大生が優秀という思い込みも「壁」であって、試験で点を取るための諸々以外に全員が優秀という事柄は現役東大生もおそらく思い浮かばないだろう。読んでいる東大生諸君に告げるが、そこを卒業しただけで人生の勝ち組になれる保証はない。「東大生が選んだすごい本」の1位というので何かと思ったら漱石の「こころ」だ。どこの大学生が選んでもおかしくないし、もし10位だったら漱石の価値が下がるんだろうか?昔よく聞いた「全米で大ヒット」と同類のセールストークであり、そんなものはなかったし、おおむね言ってる人が米国人でも米国に住んだことがあるわけでもないのである。

仕事上いろんな人とお付き合いしているが、「バカの壁」だらけの脳の持ち主である僕が着想した仕事の構想というものは東大卒みたいなタイプには分かりにくいらしいことは前々から気がついていることだ。ちょっとややこしく表現すれば僕は常に帰納法的であり、彼らは常に演繹法的なのだ。ビジネスはデータが出そろって確信が得られてから始めても遅いから、その確信はほぼ確実に裏目に出て失敗する。帰納法だって失敗はするが、こっちは成功することもあって、そのリスクを補完するために資本というものがあるのだ。何かを創造して会社を前進させるのに僕は常に内側の壁に直面している。

誰もチャンスの本質とリスク・リターンを分かってくれないとなると構想を自作自演する羽目になるが、それには健康な体と精神と強い心のエネルギーがいる。まあ要するに、とても疲れるのだ。困ったことに僕は実務家にはあまり向いておらず、実行部隊としての有能なプラクティショナー(practitioner)がどうしても必要である。今回は年齢的に最後のトライアルであり、失敗はしたくない。だからプラクティショナーをいつも探しているが、それで有能な人に僕の構想が腑に落ちるかどうかという点が最大の関門なのだ。

最近、デジタル脳一点張りでない人のほうが適役かもしれず、となると東大にはあまりいない女性の方がいいかもしれないと思うようになった。今までは女性というと回路以前にケミストリー(chemistory、相性)の問題があって、そういう物事について僕と合う女性となるととってもナローパス(narrow path)であって、話して楽しいと思った記憶もほぼないのだからかなり革命的なことだ。この仕事は男、というバカの壁を突破したのかもしれない。

 

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紀尾井町旧オフィス雑感

2018 JUN 16 2:02:49 am by 東 賢太郎

先週、某銀行の頭取が弊社ソナー・アドバイザーズ(株)をご訪問された。ノーベル賞学者のご縁がどんどん広がっている。2010年10月、起業のキの字もわからずスタートし、ひとりで便所掃除しながら倒産の影におびえていた日々。ほんの昨日のことに思えるが、今はあたかもそんなことはなかったかのように軽々と毎日が過ぎていく。

人生、必死にやった物事は幾つかあるが、この8年の海図のない航海は日々他人には見せたくない恐怖の連続であって、真綿で首を締めるようなべったりと鈍重な不安の中でもがいた辛さは過去のどれとも比較にならない。叔父はシベリア抑留経験者だったが、大変だったよとだけで多くを語らなかった。ひょっとしてそんなものだったのかもしれないと思ったりもする。

この旧オフィスを構えた時はうれしさよりも、舟を漕ぎだしてしまった、法外なことをおっぱじめてしまったという焦燥感ばかりだった。言い出しっぺだから周囲に見せられない。自信ある風を装う。日々そうして突っ張って背伸びして、それでいて何も起きないのである。資金はどんどん減る。増えるのは恐怖心ばかりだった。

ひとつだけ有難かったのは、苦しくても逃げない性格に産んでもらっていたことだ。だから耐えたという感じがない。とにかくしぶとく、狙った場所から退散せずに居続けた。そうするとやがて運が向こうからやってくるのである。僕はいつでもそうだったから今度もそうさと根拠もなく無謀に信じこむことができた。


若者に声を大にして言いたい。逃げたらだめだ。そういう人は何をやっても苦しいと逃げる。2度逃げたら3度目は苦も無く逃げる。苦しみのない人生なんてどこにもないのだから、まったく自明の理として、結局はそういう人は運もとり逃がすのである。

 

ここまで生きてきて、人の実力の差なんて微小なものだとつくづく思う。学識や学歴というのは、人生のパスポートではあってもソリューションではない。東大を出たら良い人生が歩めるなんてことはまったくない。それで安直に得られた幸せなどとるにも足らない。効いたのは「愚直に逃げなかったこと」だ。その気なら誰にもできる事なのである。

この事務所にぎっしり詰まった苦楽は決して卒業写真のようなノスタルジーの形をとって蘇えるわけではない、どこまでもあの「べったりと鈍重な不安」なのであって、新オフィスに移って過去のものになったわけでもぜんぜんない。今後ソナーがどんな会社になろうと、このブログに原点を示す気持ちで書いて居る。

 

 

紀尾井町WITHビルの玄関前にあったソナーのロゴだ。散々ああだこうだ絵を描いてこういうことになった。この社名は由来があるが、とにかく皆さんが自然に口にしていただけるようになった、何て有難いことだろう。

 

このビルの前にそびえるホテル・ ルポール麹町の地下にPIAZZAという食事処があってそこのサービスランチ(写真)の話を最後に記す。ハンバーグ、エビフライ、ナポリタン、サラダが一皿に盛り付けられ、ライス、スープがついてくるわけだが、まあ一見どうということのない洋定食である。

ところがこれがあなどれない。ハンバーグとフライは必ず作りたての熱さが保たれており美味だ、何度頼んでも見分けがつかないほど同じサイズと味であり、カップで供される玉葱コンソメスープがぬるかったことは一度もない。味だけではない、盛り付けにスキがなく、全品を30センチほどの皿に盛るにはこの分量しかないだろうというぎりぎりの凝集感すら感じてしまう。

支配人は正装で給仕もきちっとしており、オーダーストップの2時前に一人で飛び込んでも客にストレスを与えぬマナーと配慮で席に案内され、整然とことは運ぶ。ナポリタンが乗ってくるところがにくいが昔は高級品であったエビフライが2本というのがまたいい。タルタルソースが適量盛られていながら、よければどうぞとウスターソースの瓶が添えられているのも実に洒落ている。エビは衣負けした小ぶりではなく、まやかしのふにゃふにゃでもなく歯ごたえもしっかりしている。「2本」の魅力は我々の世代でないと通じないのかもしれないが。

一度お試しいただくしかないが、一言でいうなら、洋食文化にそそがれた我が国のものづくり精神の粋すら感じる一流ホテルなみの味とサービスが830円。値段まで昭和のままなのである。これを週に一度は食べていたわけで、もちろんホテル・ニューオータニから歩いてもすぐなのだから先日にぶらっと行ってみたが、やっぱりもう心持ちが違う。もはや終わったことで戻れないものはあるのだ。エビフライをほおばりながら、さて午後はあの難攻不落な案件をどう攻略しようかなと考える。そんな記憶がリアルに蘇えるが、これはもう完璧なノスタルジーに風化しているのがどこか寂しくもある。

 

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名誉にこだわる人の給料の半分は名誉で払われる

2018 MAY 21 1:01:39 am by 東 賢太郎

経営とはやってみれば誰でもわかるが極めて重たい作業である。企業の存続という究極の目標が何より優先する。そのためには何であれ不要なものは捨てなくてはならないから冷たくも見えようし、あいつは人が変ったと言われることもあるだろう。

僕は一点集中型(ネコ型)なので二股はかけられない。受験では野球が、ゴルフでは主夫業が犠牲になった。今はゴルフが犠牲になり2年近く道具に触っていない。シングルになってやめる人は少ないだろうがキープするには仕事が犠牲になるからそうはいかない、とすると「なんちゃってゴルフ」になるがそれはできない性格なのだから仕方ない。

究極の目標を達成するために絶対必要なのはほかをぜんぶ捨てることである。その正しさは受験、ゴルフで証明したから変える理由はない。しかし経営はその両者のように点数の目標がない。だから何を目指しているのか不明になってぶれるリスクがある。これを日々見定めるのは大変に難しいのだ。収益をあげるのはあたりまえであるが、それだけのための企業は世に必要とされない。

若い会社というものは創業者の人格そのもので、その人の「作品」である。作品はやがて独り歩きするが、そこに至るまで自分がぶれないことが絶対必要なのである。ぶれない最良の方法は何か?自分に忠実にやることだ。日々の判断に追われるとベター(better)の選択肢がたくさん出てきてマスト(must)を忘れる。すると知らず知らずぶれてしまっているということになる。

それを避けるには常に本当の自分に徹することだ。「AかBか、Bが得です」という提案は「両方やらないよ」が正解かもしれない。本当の自分という座標軸を常に見据えて、そこからはずれたことは一見おいしそうでも手を出さないという判断をしていかなくてはならない。なぜなら、本当の自分こそ絶対不動の盤石な基準として信頼でき、それがあるから今があるのが事実だからだ。

だから、本当の自分とは何かを知っていることは大変に重要である。これだって、世につれ人につれで付和雷同に生きていると意外に知らないものだ。

幼稚園で描いた絵を見ると電車しか描いてない。自動車、船、飛行機は興味ないから一枚もない。SLもなく電車だけ。それも下半分、つまり線路、台車、床下の機械類だけ子供らしくなく異常に細かくて、上半分のボディや乗客の顔は幼児なみだ。この三つ子の魂そのままに大人になった。

ほかを犠牲にしてクラシック音楽に集中したことはないが電車の下半分に相当するものを見つけたから自分を投影する鏡にはなる。去年10月23日のブログを読み返すと、幼稚園の絵を再度見た気持ちだ。

ブーレーズ 「主のない槌」(ル・マルトー・サン・メートル)

この自分はどうしたって孤独になる。「主のない槌」をブーレーズはムーラン・ルージュの客のために書いたわけではない。僕はあのナイトクラブが嫌いではないが、あそこの客にブーレーズの曲をお薦めする事はないだろう。これはクローズド・サークルの趣味なのでありそんなニッチが先祖のどの辺から来たものかは知らないが、電車の絵を描いたころから自分の遺伝子にあったものなのだ。

しかし、ありがたいことに孤独が好きだ。群れるのは大嫌いであり、幼い頃から祖父に一匹狼だと言われていたからそれが本当の自分なのだ。音楽と知り合ったおかげで退屈とは縁がなくなった。空白の時間があればベートーベンの交響曲をどれでも頭でリプレイできるから何の心配もない。

五年前のこのブログは共感あるのみ。

ショーペンハウエルの人生論

以下、大哲学者の箴言を少し引用して、今の境地でコメントしたい。

名誉にこだわる人の給料の半分は名誉で払われることになる

なんという名言だろう。僕は「名誉(肩書)はいらないから給料を下さい」と上司に言った(名言は後で知ったのだが)。武士は食わねど高楊枝のわが国でそういう人間は誠に少ないが、いまどき武士でいるとどんないいことが起こるのか教えて欲しい。大前研一氏の著書によると日本人はひとり平均3千5百万円残して死ぬそうだ。ということは日本国は3500兆円も名誉資産がある名誉大国という事になる。それが一般国民の生活でどんな幸せになろうというのか。

人間の二大苦は困窮と退屈であり、内なる宝を持っている人にとって退屈はないから「困窮のない余暇」、孤独こそが幸福である

まさにそのとおりと思う。だから困窮はいけないのであって、給料の半分もさし出して名誉を買う余裕などない。そういう人は「最大の敵である同時代人の嫉妬に妨げられる」ときくとああヘーゲルのことかな、ショーペンハウエルはそういう思いをしたのだなあと思う。しかし名誉と一緒で、人に好かれるのに給料の半分を払ってみても孤独の幸福という見返りはないし、親父の名誉で食っていける時代でもないから子供もお金の遺産を残してくれといいそうだ。

現世的な名誉の効果は擬態的な尊敬にあり、徹頭徹尾、大衆に見せるための喜劇にすぎない

僕はお客様の男芸者になりたいとも思わないが、喜劇役者を目指してみようと考えることもない。ほとんどの男は肩書によって擬態的な尊敬を得ているが、名刺がなくなったとき、それが喜劇であったと気づくのだ。僕もそうだった。

いずれ必ず、嫉妬のない後世の知性によって良いものは良いものと評価される

そう願いたいが、僕の生き方を世間が評価してくれることはないだろう。して欲しいのは、ひとえに子孫だ。僕はブログを書いたことで子孫に何がしかを残したつもりだが、そう思ってくれる人が現れるなら生きた甲斐があるというものだ。

 

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ソナーの移転と採用について

2018 APR 15 2:02:41 am by 東 賢太郎

オフィスの移転は昨年末に決めたが、いよいよ14日(土)にホテル・ニューオータニのガーデンコートに引っ越しを行った。会社の移転作業は初めてだが大仕事に社員が頑張ってくれ、慣れないIT環境のセッティングにはネクサスの3人、SEパートナーのH社長も駆けつけていただき大変頼もしかった、全員に感謝したい。そして来週16日(月)には新しく4名が加わり、ソナーは名実ともに新しいスタートとなる。

創業地の旧オフィスには思いがたくさんあって、卒業できたうれしさもあるが寂しくもある。

新オフィスへの移転

移転と採用に踏み切ったのは、創業から7年たって伊賀の影丸型経営の「本丸増強」が必要となってきたということに尽きる。アウトソース優先で案件ごとに最も必要・有力なワークフォースとパートナーシップを組むのがそれだ(パートナーシップ型アメーバ経営)。業務を固定化・硬直化して変化に対応できないリスクを背負う上に無用な固定費を増やすという二重の愚を回避したいからだ。

「伊賀の影丸」型組織論

本丸は極小がベストだが、いくつかの理由からそこを増強することにした。当ソナー・メンバーズ・クラブ(SMC)の社長を長らく任せてきた西室にソナー経営全般に参画してもらい、また、実務レベルの部門リーダーとして執行役員を設けることにする。次世代のソナー経営者はそのリーダー役を経てもらうことになるだろう。といって影丸経営をやめるわけでは毛頭ない。本丸は極小である。それによってゼロからここまで来たのであり、考え方と経験則は僕の中で確立している。

ソナーが今日あるのはまず株主のおかげである。どこの馬の骨かわからん時期に出資して下さった信用に勝るものはない。報いるのが道理であり人の道だ。社員にはみな幸せになってもらうが、それも同じ理由からだ。信用には信用で返す。影丸経営はそこまでの信用なきところにも一定の関係は保つわけだが、それは代替可能な一介のディールとしてだ。ウチ、ソトでいえば、本丸だけがウチであり、アウトソース不能なものということになる。

ディールとは収益機会であり、そこにあらゆる微細な部分まで(算術的な意味で)経済効率を求めるのは当然である。一方で本丸の目的は収益機会創出の最大化だが、より本質的な意味で、存続である。存続はソナーの信用力の関数であり、それを信用資本主義なる言葉で説明してきた。

ソナー・アドバイザーズの人材募集

収益率の算術と存続のための算術は異なる。両者は大局的にはミクロ、マクロの関係を成すがどちらが優位ということはない。ミクロ(収益率)に合理的に経営資源を結集しておればマクロ(存続)が達成されるという考えは、ミクロ単位での失敗リスクを吸収するある一定の資本というバッファーの蓄積があって可能である。まだそこにない我々が資本を信用で補完するのは当然である。

ということは両者の連立方程式の解を求めることが合理的であり、その帰結が影丸経営ということである。式の係数は日々変化するから解も変わる。それを解き続けることが我々の経営の本質であり、「解なし」の場合はどんなに魅力的に見えてもその行動はおこさない。そこで否定するのはミクロであるというこの一点においてのみマクロが優先する。簡単に書けば、もうかるからといって信用の持続ができないことは一切やらないし、排除するし、ウチには入れないということである。

この数か月種々のことに遭遇したが、それは僕のリスクマネジメント力のストレステストであった。乗り越えたことでお客様の信用はむしろ増した。教訓はソナーの本来の生命線をはずれないこと。自分の考えに合わないことはしない、最悪の場合に自分で完結できないことは最初からやらない、引受けない、である。

 

PS

ネクサスの動画は配信100本を超えてから、このページの下方に3つのサンプルがあるが順調に新しいコンセプトを切り開いている。ネクスター(NEXTAR)という称号とともに撮影、配信させてもらう未来のスターも70人ほどになったが、出演者はこちらの基準で選ばせていただいており、この選別こそがネクサスの目利き力であり、個性だ。こちらから全部が視聴できる。

NEXTYLE

制作、配信は上記の社員3名を中核にソナーと同様に影丸型で進めるが、制作工程は金融と異なり手作りであるからより製造業に近く、ウチ、ソトの関係はソナーより密接だ。アルバイトも戦力であり社員予備軍であり、自分でサイトを観て応募してくるケースも出てきた(東大生もいるときく)。そう遠くない将来、出演者もそうなるだろう。

ソナーはアドバイザーであり特定の顧客の利益に供するという意味ではプライベート(私的)な存在である一方、ネクサスは誰でも有望な若者に接して元気をもらえる番組を配信するパブリック(公的)な存在である。僕のクラシック音楽に関するブログはネクサスのコンセプトの一部であり、やがてそこに包含されるだろうから、金融会社の経営をしながら音楽ブログを書くということは僕の中で私的・公的のバランスがとれていることであり、ビジネスのためにも僕個人の人生観としても極めて重要なことだ。

ビジネスは自分や一部の人だけの金もうけではだめである。それでは存続しない。既述のとおり存続はソナーの重要な経営視点であって、ネクサスは一個のビジネスとして収益化、存続をしなくてはならないが、高次の接点でソナーと表裏一体の発展が可能だ。これは僕が目指すところであり、だれも考えたことのない展開をする。オンリーワンこそ存続へのベストのストラテジーである。

 

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ソナーの秘書について

2018 FEB 9 1:01:14 am by 東 賢太郎

ソナーで求人を出しました。小さな会社にもかかわらずたくさんのご応募を頂戴しており、当社にご関心をもっていただいた応募者の方々には心より感謝申し上げます。業務量の拡大に応じてマネジメントを含めて数名増員しますが、秘書は重要な採用となります。単なる事務職でなく名実ともにセクレタリーと考えており、長く勤めていただきたく思います。

人の脳はメモリーを食っていると重くなるのはパソコンと同じです。それをうまくアンロードしないと次に進めず、業務効率が落ちます。秘書にお願いしたいのは機密事項から庶務的な事務に至るまで、当方が気にかけなくても日々の仕事が回るようにすることです。それを工夫してストレスを軽くしてくださる方が望ましいということになりましょう。

当社は海外を入れて実働5名で回しています。業界を良く知る方ほど信じられないでしょうが、4つの専門家集団にバックアップ機能をアウトソースする信頼関係があるからできます。この経営は意図したものではなく、創業より7年かけて偶発的に生まれてきたものです。所有するより固定費が軽く案件対応へのフレキシビリティが高いことが絶対の利点です。

僕は「のれん」「得意技」は作らない方がいいと考えています。「ツボに来ればホームラン」より「どこに来ても3割」の方が生き残ると思うのです。企業は大きくなると創業者の個性が薄れて現状維持が目的となり、固定費が高いと変化のコストが高くつきます。しかし逡巡すると時代に取り残されて自滅しますから余分な経費がますます業績を圧迫します。経営がそれを収入増で回避しようとすると現場に歪が現れ、不祥事につながったりするのです。

規模の大きさにメリットがなくなると業績が頭打ちになって社内に夢がなくなり士気が落ちます。小さいことの良さは柔軟さだけでなく、常により大きなディールを追って自己実現する夢、わくわく感を少人数で共有できることなのです。だから僕はソナーという「核」は正社員10名前後で抑えたいと思います。常に小さくいたい。この本丸が100名の専門家アウトソーシング部隊を案件の特性に応じて指揮する能力を装備すればいいのです。

4名の社員がプロフェッショナルに効率的に持ち場をこなしてくれていることは間違いありませんが、増員するとどうかわかりません。初めて内部管理機能が必要となるなど、第2の創業期を迎えると思います。もとより核のまた核である僕自身が求心力を失ってはなりませんし案件は次また次とソーシング(発掘)もしなくてはなりません。それに要する精神的エネルギーは甚大であり、ストレスは敵なのです。

ご入社になって、当社が何をしているかすぐに分かる人はこの業界でプレーしたことのある人だけでしょう。だからその必要はありませんし、臆せず一員になっていただいて何が欠けているか感じていただくことです。貢献できることを主体的に創造的に自分で開発していただきたいですし、その自己啓発をどんどんしていただきたい。それが秘書に求めることです。経営と一体の仕事で唯の事務職でないのはご理解いただけるかと存じます。その意気込みのある方は大歓迎です。

 

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ソナー・アドバイザーズの人材募集

2018 JAN 31 23:23:56 pm by 東 賢太郎

理化学研究所の研究者の9割が非正規雇用ときいています。研究プロジェクトごとに政府から予算がつくので終了までの期間付雇用契約なんですね。成果をあげれば次の機会が与えられるという競争原理導入が背景にあるそうで、税金の使い道としては効率的ではあります。

競争が進歩の根源という考えには賛成です。しかし「時限付き」の競争が常に成果をアップさせるかというと疑問ではないでしょうか。発明、発見は「1年以内に頼みます」というものではないでしょう。時限付き競争は、アウトプットの「量」は生み出せるかもしれないが「質」は保証しないのです。

経営はそれに似たところがあります。企業は会計というルールで1年という期限付きの成果によって課税されたり収益力を評価されたりします。しかし、企業経営を7年やってみてどうもそれはおかしいと思いました。アウトプットの「量」が収益に比較的結びつく製造業はともかく、サービス業の収益は「質」が重要であって、期間の成績を時系列に眺めても必ずしも明確にはなりません。

さらに言えば、「予算」「今年の売り上げ目標」もサービス業においてはナンセンスです。サービスというのは人に喜びを与える仕事だからです。お客様の喜びを数値化して考えること自体が物理的に無理であって、できないことを社員に強いても何をやっていいかわからなくなるだけです。何が喜ばれるかは相手によって千差万別、答えはお客様の数だけありますから、まずそれをじっくり考えなさいということが仕事の第一歩です。

サービスというのはモノではないから実は何を売っているのかはよくわかりません。ということは原価計算もできず、利益率も弾けないのです。ではその成果はどう表れるか?とても簡単です。お客様が喜ばれれば我々は「信用」されるのでその信用によって代金を頂くことができる。だから僕は「信用資本主義」という経営に対する考えをもっています。信用は売ることはできません、作るものです。お客様に喜んでいただくことで徐々に積みあがっていくもの、だから「資本」なのです。

いまソナーがやらせていただいている仕事は、僕の知り合いのご紹介やそこから派生した偶然の素晴らしい出会いから出てきたものばかりです。宣伝はまったくしてないし電話をかけまくったわけでもありません。「人脈ですね」とお世辞を頂きますがそうではありません。その証拠にサラリーマン時代のお客様は一人もいませんから、人脈を使ったとはむしろ言えないのです。ではなぜ??よくわかりません。

合理的に説明できませんから「運が良かった」そして「お金はなかったけど信用という資本だけはあった」と思うしかありません。運は偶然だから無視するとして、ではその資本はどうやってできたか?これまたよくわかりませんが、おそらく、僕の「性格」からではないかと思うのです。「ポジティブな世界観」「いまを楽しく」「人を喜ばせたい」。僕には欠点も同じぐらいたくさんありますが、僕の選んだ仕事だけでいえばその性格はたぶん悪くはなく、共鳴される方がお客様になってくださっているのだと思います。

自分の性格は自分ではわかりにくいものですが、まったくそうだと腑に落ちる出来事はあります。たとえば、海外赴任していたころ、小さかった子供たちにそれぞれ日本の月刊誌をとってました。「めばえ」とか「小学1年生」とか「ニュートン」とかです。勉強させようなどという気はさらさらなく、会社から持ち帰って玄関でひとりずつ手渡すと、ものすごく喜ぶからです。手にした顔が光り輝いて、ヨーロッパの家は暗いですからね、フェルメールの絵の少女みたいに見えた。それが見たくて買っていたのです。これは自分の子供だからというばかりではなく、ユニバーサルにあまねく、僕の根っこにある親譲りの性格です。

子供というのは、もってみて初めて分かったのですが、親父を信用してるわけです。経済的にも精神的にも。信用されたら信用で返さなくちゃいけない。これは親子であろうと、どういう人間関係であろうと、人間の生き方の憲法第一条みたいなものです。欧米は契約社会といいますが、契約書というのは相手が嘘つきだったり不誠実だったり気が変わったりすることを前提としているからあるのです。結婚しようというそばから離婚したらこれは俺のものと決める。僕の人間観は決して性善説に立っているわけではないですが、それなら結婚しない方がいいと思います。

まったく同様に、僕はお客様も選ばせていただくべきだと思っています。半信半疑の方に信用をお返しする気になるのは僕には難しいし、そういう関係ではいずれうまく事が運ばなくなってお互いが不幸になり、結局はせっかく蓄積してきた信用の資本まで毀損するのです。だから「商売」に走るのはだめです。「人の喜ぶ顔を見たい」というモチベーションで経営するのが僕には似合っています。自分にあわないこと、できないことをやっても苦痛になるだけで「いまを楽しく」という性格にもあわなくなります。人生ここまでやってきた方法を変える意味はありませんし、今はソナーの信用資本が雪だるま式に大きくなる前夜だと自信を持っております。

これからソナー・アドバイザーズは数名の社員を募集しますが、当初の職種に関わらず、仮にはじめは秘書であっても、できる方なら役員にするかもしれません。「あり得ない」はあり得ない会社です。「お客様に喜ばれて会社の信用の資本を増やしていただく」ことが僕を含めて全員の仕事ですから、持ち場持ち場でそれがどのぐらいできるかということが評価の基準です。実にわかりやすい会社と思います。学歴やキャリアや年齢は問いません。そんなもので信用はされません。問うのは資質だけですから新卒でもOKです。ちゃんと僕が指導して育てます。ソナーに向いているか、ソナーの経営ポリシーに共感されているか、人間としてどういう方か、それだけですね。先日のシリコンバレーのブログの通り、野村やゴールドマンなら20人でやる案件を5,6人でできる会社です。その一員になりたい方にとってはチャンスかもしれません。

といっても具体的にはわかりにくいと思います。そこで、人材会社の方には「まず僕のブログをお読みください、候補の方にはぜひ読んでいただいてください」とお願いしています。「ポジティブな世界観」、「いまを楽しく」、「人を喜ばせたい」というのがどういうことか、経営者の僕がどういう人間で何を考えているか、相性がいいかどうかはそれでよくわかっていただけると考えております。

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今年のソナー・アドバイザーズの事業

2018 JAN 17 2:02:42 am by 東 賢太郎

我々はお客様の利益を守る仕事ですが、口上だけではありません。だからお客様に投資を薦めて自分はリスクを取らないブローカーという商売はいたしません。自分が調査して自信のあるものに自分が投資をし、そこに共同投資してもらうのがフェアだと考えており、投資した上はその会社がさらに成長するよう経営アドヴァイスをすることで投資の成功率を向上をさせます。それは我がことであり、ひいてはお客様のためになる。その活動をまかなうための手数料をいただくのは理に適っていると思っております。

例えば投資した未公開企業に商品が売れるようユーザーや商品を共同開発する企業を紹介する。さらに設備資金調達が必要なら第二次、第三次のファイナンスをアレンジする。その結果としてM&A、IPO(上場)に至れば通常は相応の利益が得られお客様に貢献できますし、そのプロセスで投資企業が成長して売上、雇用が増えるから消費も増える。つまりGDPの成長にも貢献できます。今年は我々を介したそのような投資資金が100億円を超える計画で、ソナー・アドバイザーズはまだ創業7年ではありますが、戦略投資家の企業と資金が必要な未公開企業を繋ぐインベストメント・バンクとして着々と力を蓄えております。

それには高度な技術を持つ人材が必要で今年は増員を図ります。指揮者の僕の業務は変わりませんが、規模が拡大すれば室内楽でなくオーケストラが必要になるのです。指揮者業は38才からもう四半世紀もやってますが、何年やっても終わりのない難しい仕事です。大企業であるお客様のニーズは千差万別で投資して儲ければいいだけという単純なものではなく、戦略投資として事業へのリターンも求められるからです。今年はそれへ傾注する年になりますし、お客様にご満足いただくことが当社の成長のトリガーにもなるという覚悟です。

僕は組織の指揮者として棒を振るのがうまくはないと自己評価しており、例えば一人先走ってしまい楽団がついてこられないという経験をしています。だから僕の欠点を熟知した副指揮者が必要だということはわかっています。また、当社の業務はスコアが複雑なためコンサートマスターに優秀な人が必要です。ヌケの多い指揮者ゆえ流れを円滑にしてミスをなくしストレスをためないための秘書も必要です。楽団には社外パートナーが多く入りますからバンダの取り纏めも必要です。それを一人でこなすほど僕は優秀でないので増員が必要になるのです。すべてはお客様のご満足のためです。

 

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布田天神で御祈祷をうける

2018 JAN 13 15:15:11 pm by 東 賢太郎

きのうは調布の布田天神で御祈祷をうける。以前実家がその裏にあり昔からそうしてきたので、ネクサス(株)はここで年賀のお参りをする。お昼をして社員にお年玉をわたす。香港は旧正月に社員にかたっぱしから恭喜發財(こんへいふぁっちょい)と言って、赤い袋に入れたお年玉をあげる習慣があって、あれはなかなかいいと思った。うれしくない人はいないし、それもお金だけでなく「福」をわたすのだ。

香港で社長になって、まず最初の仕事は風水を良くすることだった。ボスの運はみんなの運である。政治も「まつりごと」だし頭領とは祭祀の長でもあって、薄幸の人じゃあ誰もついてこない。一方で、僕のように人生運だけで来た者は逆にそれを広く分け与えないと罰が当たる。よって恭喜發財は良い事なのだ。

社員に言っているのは、周囲を気にするな、ストレートに言えだ。テレビじゃないんだから。炎上します?そんなのありがたい声援だろ。安倍首相みてごらん。好きと嫌いは裏腹だ、同じだけ出る、いかんのは無関心の素通りだ。早送りのクッキング動画がはやってる。なんでかわかるか?主婦はね、愛してないダンナの飯なんかさっさっとお手軽にして楽したいの。毎日のことだからね、そういう巨大な需要があったということだよ。そういうこと堂々と言っていいよ。

ニュースは天気予報を延々とやる。ネタがないんだね、お茶の間の余興だ。世界にはもっと大事なニュースあるのにね。思わないか?気象予報士かなんか知らんがね、当らんと意味ないだろ。北極の低気圧が張りだしてどうのこうのと、そんなことどうでもいいからあした傘がいるかどうかだけ言えよって。寒い朝になりそうですって冬はそりゃ寒いよ。くだらない井戸端会議、公共の電波でやるな。昨日は傘いりました、ごめんなさいなんてのは一人もいない。可愛げすらない。それなら予報士個人の的中率を出して7割以下はクビとかしたら人気出るね、彼はきょうカド番です、お聞きください!とかね。

茶の間の友もコロコロだ。小池百合子が消えたら日馬富士で、いつの間にか被害者の貴乃花がヒールにすり替わって、そのうちわけわからん変なオバサンが出てきて「ロケットマンはいい人ざます」なんていいだしそうだ。参ったのはパンダだ。熊と何が違うんだ。あれの人間版がレンホーだった。早よ終われと願うが延々とやる。アザラシのタマちゃん、あれがどこ行っちゃったかいま心配してるのいるか?カワイイは瞬間蒸発現象なんだ。カワイクないなんて言う人はヒトじゃありません。「カワイイ!ファシズム」にひるんで何も言えないオジサンはたくさんいるぜ。

うんこドリルはガキが勉強するなら我慢するが、戦場から帰ってさあ食事だの時間帯に便器に顔突っ込んできれいですなんてCM、そのノリで流すなよ。不快極まりない。運動靴が臭くないとか、うるせえなそんなの先に水で洗えよと思ってたら切れ痔だ生理用品だときて最近は腟カンジダまで出てきた。次は何が出てくるのか恐怖ですらある。BSに至っては素人や出がらしの芸人が「私も使ってます」、よく見るとはしっこに小さく「個人の感想です」。堂々とヤラセを流して「合法です」。ああやってだませば勝ちと思ったガキがオレオレ詐欺やるのよ。日本人の品性が腐ってるという問題。だからストレートにネットが言わなくちゃね、テレビは加害者だからね、永遠に言わないね。

そこまで天神様にご祈祷したわけじゃないが、今年もスタッフが頑張ってくれるだろう。

 

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僕はホームランだけ狙いたい

2018 JAN 13 1:01:41 am by 東 賢太郎

ご迷惑だといけないので某先輩と書いておこう。アークヒルズクラブで久々に夕食となった。昨年読響定期でサントリーホールでばったりお会いしたのがきっかけだ。氏はもと上司で、大学学部先輩の上司は人生ひとりしかいないからわかる人はわかってしまうが、とても仕事がうまくいった。僕はネコ型で基本的に放任でないとだめなタイプなので上司との相性はあんまり関係ないが、大変なリスクを負った時期だっただけにどうしてだろうという思いはずっとあった。

当時は激務でそんな話をする間もなかったが、氏は父上が音楽家で3才からピアノを始めコンサートは4つの在京オケの会員で年間130も聴く強者だ、クラシックのご造詣は半端でない。金融は個人的には余り達成感のない性質の仕事で、仕事よりも人生常に音楽が中心にあったという点では見事に共通している。しかし氏が熱愛するマーラーを僕が大嫌いだと言ったところから、あれヘンだぞとなった。僕は私小説も嫌いだし、芸能人や政治家やら誰と誰がくっついたとか浮気したとか、そういうのはからっきし関心なく、それとマーラーは妙に親和性を感じてしまう。

音楽の話をしているうちに、我々は正反対だから良かったんだということがわかった。氏の音楽のパーセプションは「AIに心がない以上良い音楽は書けず、心で書いたものだけが聴き手の心に響く」というもの。僕は音楽は化学か錬金術に近いと思っていて、「心は化学反応のどこにも存在しないが、化学反応を素材にして思うものを表現したい心の作用であるという意味で心に響く」と思っていて、結論は同じだ。仕事でも予算を達成するという結論は同じだが考え方がちがっていたわけで、それが補完的だったからうまくいったのだろうということになった。

ドイツにシュピーゲル(Der Spiegel)というニュース誌があるが、シュピーゲルは「鏡」の意味である。我が国にも大鏡、吾妻鏡(東鑑)があり世相を映す役割を喩えているが、その夜はマーラーが鏡になってくれたのだから面白い。そして、補完的こそうまくいく秘訣だと確認できたのも良かった。だから氏は当時僕のやることにブレーキを踏みたくなることも多々あったろうと拝察するが、しかしそうせずに全面的に任せてくださった。部下に任すというのは言うは易しだが結果責任は取るということで、器が大きかったということに違いない。

氏は人は理屈でなく好きなら信用するというが、理屈で入る僕と補完的だ。しかし好きな人だけと付き合いたいというのは一緒だ。僕はしゃべった言葉を正確に真摯にキャッチボールできない人は弱い。相手がしゃべってる最中に先が読めて話し出したりして間が悪くなり、そこでごちゃごちゃになるともうやる気が失せてしまう。こっちは精度高くしゃべる傾向があるので、精度高く瞬時に返ってくると良いテンポで高速ラリーになるから心地良い。

部下はそういう人を使う傾向がありできれば30年前の自分が欲しい。しかしそれでも全面的に任すかどうかは自信ない。大事な部分には尋常でなく細かくて用心深いし、しつこい。だから神経が周到に行き届いた仕事をしてもらわないと絶対にOKはしない。僕はそれを徹底してやってここまで来てるから、誰が何といおうとそれを曲げる気は皆無である。だから指示を出すときは他人を信用しない嫌な奴であるマーラーに似た自分を見てしまい、それで嫌いなのかもしれない。

今はオーナーで上司はない。だから補完関係は部下と作るしかない。難しいのは誰がビジネスのドライバー(推力)になるかだ。推力のないベンチャー企業なんて沈没だ。これが僕より強い人はいないから任せても意味ない。しかし推力はストレスと比例するのであって、ストレスが限界になれば推力も頭打ちになる。だからストレスを増やさない環境にするか、別な推力をもった人にターボエンジンになってもらう必要がある。その両方を補強するのが望ましいというのが現状の考えだ。

会社にとって理想なのは僕がいなくても利益は出て、僕はホームランを狙うという推力の在り方だ。僕がこれまでのようにバントや盗塁まで神経を使うのでなく4番として好きに振る。好機とあらば1年ぐらいシリコンバレーに住む。バントはバントの、盗塁は盗塁の上手い人に任す。それがかみ合ってチーム(会社)の得点(利益)が出れば皆に分配する。これがパイを最も大きくする方法で、部下も潤うし、株主配当も増えるのだ。そのためには幹部にはストックオプションを持ってもらうことだ。伊賀の影丸型フォーメーションで自然にそう回転する組織になれば面白い。

先輩のディナーで多くのことを学んだ。

 

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年初から今年は動く

2018 JAN 7 2:02:03 am by 東 賢太郎

1月5日、Sくんと恒例の日枝神社初詣をすませると、うなぎの話がでた。それはいい、食いたいなと、日比谷高校のほうに回ると境内の敷地に「山の茶屋」さんがある。ここは予約がないといけないが、どうですかねと掛けあうとご主人が、では用意するので11時半にという。

うなぎは夏と思っているとそんなことはない。あれは暑い時期に売れ行きが悪いので江戸時代にそういうことにしただけで、夏にうまいサカナなんてない、本当は冬が脂がのってうまいのだ。ここのうなぎはすべてが完璧で比べ様がないが、米の焚き具合から赤だしまで隙がない。お節は何年も大阪からもらってるが、うなぎと鮨は江戸の味に限る。山の茶屋は150年前の建物で部屋も庭も誠によろしく、明治の元勲もこれを食ったろうと思うと正月から気分がいい。

このあたりと紀尾井町は高台である。虎ノ門に至る外堀通りのところは池であり、だから「溜池」と呼ぶ。オフィスを探すとき、不動産屋に見附から溜池あたりどうかといわれたが、悪いがあそこは池だ、俺は高所恐怖症だけども高いところしか住まない、神社や大使館を見てみろみんな高台だろといった。紀尾井町は赤プリが紀伊、上智大が尾張、ニューオータニが井伊だからそう呼ぶが、御三家の二つが井伊より高い。結局、自宅もオフィスもそういう所になった。

この辺は都心のわりに緑が豊かで、元からか植えたのかは知らないが武家屋敷風情が連綿とある。赤プリ旧館横は夏は軽井沢の気分に少しなれるし、ニューオータニのガーデンコートから眺める庭は一幅の絵だ。10年以上も大手町の住人であったが、皇居のあっち側は海で半蔵門の山側の方が高いのであって、靖国神社も英国大使館もちゃんと高い方にあるのだ。見張り番所(見附)であった赤坂から見るとこっちが幕府側で、首相官邸は池の横っちょの肥前鍋島藩邸跡地にある。なぜと思うが、明治の元勲だ薩長土肥だといっても30かそこらの田舎のにいちゃんである。それでいいんだろう。

午後に急に電話が入ってやおら大事な話だ。おい、俺は初詣だけのつもりだ、こちとらやくざな私服だし料亭もいきなり空いてなどおらんぞといったが、なんとかニューオータニの「千羽鶴」さんにて会談は済んだ。年初から今年は動く。

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