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カテゴリー: 政治に思うこと

トランプのマル秘ツイッター

2017 NOV 4 2:02:26 am by 東 賢太郎

俺と安倍の似たとこを一つだけ教えよう。株が高けりゃオッケーって所だ。奴はジョークで第2安全保障条約と呼んでる。でもな、日本株なんて米株のデリバティブみたいなもんよ、ヤツは俺の靴でも舐めるしかねえのさ。「はい、トランプさんが頑張ってくだされば万事OKです、はい、イヴァンカ観音菩薩様に5千万ドル奉納させていただきます!」てなもんさ。

あいつらは民度が低い。白人女とパンダを出しておけば「キャー、きれい!」「キャー、カワイイ!」だ。いくらでも操れるんさ。駐日大使のケネディなんてその両方だったよ。英語ならバカが有難がるから何でもいいさ、ファーストドーターとかな、わけわかんこといって煙にまいとけ、いくらでもカネせびれるさ。

そういやあとうとうFRB議長に手駒をおいてやったぜ。おう、ここだけは安倍に習ったんだ、あいつクロダというポチおいてうまくやったぜ。そうさジェローム・パウエルは俺のポチさ、ウォール街の株屋でな、俺はカネもうけしたいんだ、ボルカーやイエレンみたいな小理屈こねるボケどもはくそくらえなんさ。

さあ見てろよ、いよいよ法人税減税だ、核弾頭ミサイルぶっぱなしたるぜ。どうだ20%だ、すごいだろ、安いだろ~?これで世界のカネ吸いあげたるぜ。おう、そうだ、ミサイルっていやあ北の兄ちゃんな、いいか俺はこれから習を脅しに行くんだぜ、俺がお前殴っても手だすなよってな。

痛いのはプーチンだ、脅せねえんだ。奴は選挙のあれでキモイとこ握ってやがるんでね。わかるだろ、兄ちゃん、よく考えろ逃げ道はあるぜ。

 

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サプライズのない選挙

2017 OCT 23 18:18:13 pm by 東 賢太郎

今回の選挙はサプライズなしだ。西室がいうように女の戦さのほうがおもしろかった。

小池は民進を丸飲みすべきだった。どうせ数合わせなのは国民も見抜いてるし原発反対、平和主義的改憲でぎりぎりの結束はできたかもしれない。二度とないチャンスだったのに。時間がなかったと軍師が言いわけしてたが平幕が横綱と四つに組む作戦は元からないだろう。短期決戦はむしろ自民党が焦ったのにオウンゴールだった。主演女優が監督、役者は大根と見えてしまう劇はマーケティングセンスなさすぎ。

「ゲス不倫」「路チュー」のお姉さんがたは特に興味ないが中川昭一氏は思い出してしまう、どうしてあの年で亡くなったんだか、この顛末と結果になるのはさらにお気の毒と思うが。山尾志桜里は言ってることもやってることも賛同できないしそもそもああいう才気ばしった女性は苦手。あんな検事に詰問されたら吐いてしまいそうだ。しぶとい、鉄面皮だ、非常に僅差でこういう勝ち運は政治家には大事だが。

最後に豊田真由子。僕は業界柄ハゲ事件そのものは免疫があってどうとも思ってない(若いころ自分はもっとだったんで)。トラップかなという気もする。ただああいうのは愛情もってないなら絶対するなということ。泥まみれになっての惨敗は不勉強、不見識のみそぎ。しかしドツボから立ち上がろうというあのガッツは買う。親父の地盤でのうのうと家業議員やってるボンクラどもよりずっと上等。捲土重来を期すがいい。

女性も男性も政治家は悲喜こもごも。私見ではリスクリターンがあわない職業の筆頭格。だから職業にしたい人に向いてないし、向いてない人がやるといろいろ歪みが出るから国民にも不利益である。

 

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選挙のプラセボ効果について

2017 OCT 20 22:22:09 pm by 東 賢太郎

まずはお薬の話だ。AとBとCという錠剤があってAは効き目があり、Bの効き目はAの半分で、Cは中味が砂糖で効き目ゼロとする(3種とも副作用はなし)。厚労省はないものとして、A社、B社、C社が効能書をばらまいて宣伝して市場でセリにかけたら値段はどうなるだろう?

1回目のセリでは宣伝の巧拙だけで値が決まるだろうから順位は不明だ。2回目では患者への効き目を見てA>B>Cとなるだろう。3回目では差がさらにわかるのでA>>B>>Cとなろう。

Cの効能書きはウソだからC=0のはずだが、そうならないことがプラセボ効果(偽薬効果)として知られる。Bを半分サイズにして片方はAの成分、もう片方は砂糖にして「1回2錠」を飲ませると、A×1/2+C >Bとなるから価格は

A:B:C = 100:50:0

とはならず、100:70:20ぐらいの感じになるだろう。プラセボ効果とは何かというと「未開地で薬というものを知らない人に病気が治ると信じさせて歯磨きを飲ませたら本当に治った」という話が昔あったが、そういう思い込みだけで薬が効いてしまうとされる効果だ。

クスリの価格の決まり方を選挙の得票数に置き換えれば衆院選の話になる。Aが普通の候補、Bは泡沫候補、Cは非適格候補で、A社、B社、C社がA党、B党、C党である。「薬の効能書がわからなければ信用ある弊社の薬をオマカセでお飲みください」というのが比例代表制だ。

これがビタミン剤の話ならばプラセボ効果でBやCを買っても損だが害はない。しかし降圧剤ならどうか。砂糖で血圧は下がらないからCを売るのは未必の故意による殺人に近いだろう。ビタミン剤や健康食品なら許されるものが医薬品ではそうはいかないのである。

それを防ぐため医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(通称「薬事法」)があるが選挙にはそれに当たるものはない。公職選挙法があるが、日本国籍があって選挙違反しなければほぼOKで「薬効」の審査はかけらもない。日本語さえ読めれば合格の試験のようなものだから有権者の目が問われる。ウソの効能書きで立候補している砂糖玉の「プラセボ候補」は落とさないといけない。

そのために我々が考えなくてはいけないのは

「このクスリ、ほんとに効くの?」

なのだが、それ以前に決定的に重要なことがある。若い有権者はこれを肝に銘じてほしい。それは、

「ところで私は何のクスリを選んでるの?」

である。

「ビタミン剤なのか降圧剤なのか?」

である。

あたりまえだが国政選挙は国を良くしてくれる人を選んでいる。国は没落しても私は良くなりたいという議員は不要なのだ。今の国はリセットして私が好きな国にしましょうよといわれても、あなたの好きな国が私も好きかどうかわからないのに投票しようがない。

国は関係ないでしょ、私の生活が第一だしと思うかもしれないし誰でも生活が大事なのは当然だが、国がだめになって私の生活だけが良くなる確率は宝くじでも当たらない限りゼロに近い。英国グローバル情報誌「MONOCLE(モノクル)」の「世界で最も住みやすい都市ベスト25」(2017年版)で東京が1位に選ばれているが、日本はすでに国際的にいい国、外国人が憧れる一等国なのだ。

ただ問題はある。高度成長期に元気な若者だった日本国もそろそろ熟年メタボの兆しが見えており、著名大企業は兆しだけでなく崩壊しかかってきており、自分の血圧だけでなく近隣の暴れ者のとばっちりだって心配しなくてはいけない。「一強政治はいかがなものか!」は大変結構だし、一強に思い上がって脇甘の事件で世間をさわがせてもらっては困るが、では、

「一強でなくなるとどうして血圧が下がるの?」

「どうして暴れ者がおとなしくなるの?」

と子供電話相談室にきいてみたらいい。なんにもむずかしいことはいらない。物事は本質に添って、子供みたいにシンプルな疑問をもって考えればいいのだ。僕は一強でも三強でも何でも構わないが政権執行能力が論点と思う。そうでないと血圧は下がらないし熟年メタボは治らないからだ。もしその薬が効かないなら?それは困るから、国民が国会、行政を監視して薬を替える制度を作るしかない。

 

若者のための政治用語辞典

 

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日本のかかえる非合理について

2017 OCT 19 0:00:08 am by 東 賢太郎

多くの人が指摘するように日本の「リベラル」という用語はミスリーディングだ。概観すれば欧州では各国の良き伝統を尊重するのが保守だが、市民革命(欧州の保守の否定、自由・平等・博愛)に建国の起点を置いた米国ではむしろそれが元々の保守だ。米国から言葉だけ輸入してリベラルを名乗り、「保守でない=リベラル=左翼+反自民(護憲)」にすり替えるのはおかしい。

希望は自民の対立軸を目論んだと思うが反自民ではなく反安倍であり、「(いわゆる)リベラル」の排除宣言で立ち位置が曖昧になってしまった。そこを突いたリベラルでない=保守というすり替え方程式の逆用によって安倍政権の補完勢力だと批判した共産党が希望の新鮮味を削ぐことに成功したように見える。しかし、その方程式は元から変なのだ。こういうレトリック(横文字がもっともらし見える等)で有権者が騙されると、安倍でない誰の一強になろうと同じことの繰り返しになって日本は停滞するだろう。

SMCは政治信条を述べる場ではない。僕が言いたいのは「真実でないこと、詭弁、まやかし、なりすまし、嘘の主張はやめましょう」である。それは政治に関わらず僕の好き嫌いだ。嘘をつくことの善悪、倫理ではなく、(いわゆる)保守、リベラル(or 単細胞な右・左)のどちらに与するかでもなく、まともな人物にまともな国家運営を委ねないと子孫に禍根を残すと思っている。現状アメリカの属国に等しいがそれが良いわけではなく中国のそれが望ましいわけでもない。しかしサンフランシスコ講和条約、朝鮮戦争休戦協定のまま歴史が止まるわけでもない。

そんな人はいないのが残念な真実であるならそう行動するしかないように立法府と行政府への国民の監視の目を強めることだと思う。それと改憲論は矛盾しない。そんな人はいるけれど多くはないというなら、その人たちだけ残した数まで議員定数をばっさり減らせばいい。「そういうことになってるんで」というのは「なんちゃって保守」であり、小池百合子が都議会でそれをぶっこわしたのはむしろ保守だと思った。これは安倍政権にも自民党にもできないだろう、そこにレゾンデトルを求めるならまともな支持者はいるだろうし希望も持てるだろう。

 

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小池の焦りの馬脚か

2017 OCT 9 17:17:15 pm by 東 賢太郎

前から書いてきたようにモリカケ問題の本質は小池が言う「しがらみ政治」でも「隠ぺい体質」でも「安倍一強政治」でもなんでもない。首相官邸が高級官僚の人事権を握ったことだ。これが幹ならそんなものは葉っぱにすぎないのである。葉っぱなど摘んでも何もリセットなんかしない。

人事権⇒ヒラメ官僚のソンタク大会開始(=出世のルール変更)⇒総理令夫人様とご友人様へのヨイショ合戦+宦官政治(総理は言えないから俺が言う)

こそが決定的な本質であり、行政府の変質なのだ。人事は生殺与奪権だからこのことで官僚を批判はできない。サラリーマン原理として当然の行動である。しかし変質が木っ端役人レベルですんでればよかったが最高ポストの事務次官が反旗を翻したのは官邸には大打撃だった。一般には事務次官がどのぐらい偉いかわからないだろうが知る者は知る。知る者たちの世論への影響は陰ひなたに大きいから「数」でなく「質」で利いてしまったのが政権支持率の暴落だ。本質は国民には分からないから野党は「葉っぱ」の連呼でごまかしてきたのである。

小池が「フェアウェーのど真ん中」などとオジサマ向けの比喩を飛ばしてくすぐる笑顔を見せる。どこかで既視感あるなあ。「知る者たち」の属性を見事に読んでいる、この人、ほんとはただの女優なんじゃないか。究極の狙いはその層の支持で新保守としての「質」を獲得することなのだろう。それさえ取れば初めはともかくいずれ政権担当能力を認められて保守連立で首相になれるという読みだ。これはそれなりに賢い。モリカケを当初あまりネタにしなかったのはカミツキガメやスピッツみたいな顔した、要は「知る者たち」が毛虫のように嫌うこわっぱと一線を画して質の差を見せたかったからと思われ、だから左を踏み絵で「排除」もした。それなのに公示前日にチープな「葉っぱ」を出してきた。焦りの馬脚が出た気がする。失敗じゃないかな。

仮に小池が衆議院に鞍替えして首相になっても、この「変質」した行政府にそのまま乗っかって「小池一強政治」のできあがりになるだけである。当面のところを観察する限りとお断りするが、僕にはそれが狙いなのだろうとしか見えない、やることはそこから考えればいい、だって閣僚も官僚もアタシに人事権があるのよ、みんなヨイショヨイショですり寄ってくるって。ということは彼女を幹として同じ葉っぱが出るだけなのだ。それなら政権交代のリスクだけ残るじゃないか、首相候補どころかロクな大臣候補者すらいないのに。まあおそらく「知る者たち」は一遍にそこまで見ぬいてしまっているだろう。

僕がこのブログを上梓してしばらく晒しておいたのは安倍首相続投にNOを言うためではない。

加計学園問題を注視すべき理由

官僚の忖度とヨイショを見分けろよと、やってることあまりにアホだよと言いたかったからだ。彼は第二次政権では所与の厳しい条件下で80点の結果を出したと評価している。誰でもできたとはまったく思わないし、あのまま民主党だったら日本国はおぞましい姿になっていた。首相が全部をハンズオンでできるはずはないしするべきでもない、正しく意図を忖度できる者に判断と執行を委ねるのはあまりに当然のことで、忖度できない者に頼むなどあり得ないのだ。しかし人事権が強大になればなるほど「おれの生活が第一」を唯一の人生の信条とするヒラメ・サラリーマンたちの盛大なヨイショ大会が始まって、実務執行に必要不可欠なキーマンであるソンタク・スナイパーと唐揚げにでもするしかない無用のヒラメの見分けがつきにくくなるのである。

多忙ゆえ愛する奥方が放し飼いになるのも仕方ない。それほど忙しいのだと同情するし誰にも他人に言えない家庭の事情はあろう。僕は海外赴任者の「日系大企業村」の多様なおつきあいの中で、旦那の役職=自分の地位と大きく勘違いした奥方をたくさん拝見してきたが、狭い村でそういう噂になってしまうと被害者は仕事に励むあまり家にいられなかった旦那でしたという可哀想な結末を迎えるのがほとんどであった。日本にいれば奥方は目立たなかったのだろうが、首相ほどになるとそうはいかないということは銘記したほうがいいということだ。

お友達の学校だろうがどこだろうがキャンディデートがなければ特区法案は通らないし、腑抜けの学校にやらせれば事後に批判されるだろう。文科行政が無意味の鉄板で風穴を開ける必要があったなら周到に「加計さんはたまたま友人だから、より厳しく審査してくれ」と文科省に事前に文書で厳命しておくべきだったのだ。それを受け取って、そう致しましたが合格しましたと忖度があれば何の問題もなかった。まあ今更もう遅いんだろうが。

 

(これを書いたのは9月28日)

世の中で大事なのはEQである

(これが9月30日)

若者のための政治用語辞典

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若者のための政治用語辞典

2017 SEP 30 0:00:40 am by 東 賢太郎

「すのまた城」

豊臣秀吉が一夜にして完成した希望の城。すぐ使われなくなった。

 

「名を捨てて実をとる」

捨てる名がまだあるという印象操作。何も捨てずにウソをつくの意味である

 

「アウフヘーベン」

持参金を差し出して対等合併を偽装するという意味のドイツ語

 

「リベラル派は排除する」

バリバリの保守宣言をされた蓮舫さんいらっしゃいの意味

 

「先に離党していった人の股をくぐる気はまったくない」

後に離党した人の股なら喜んでくぐろうじゃないかという意思表示

 

「総理経験者はだめよ」

私が総理だからですわの意味。都政は投げ出すわの意味でもある。

 

「当選ファーストの党」

「日本野合の会」とも。もう北朝鮮のミサイルに頼れない官邸の攻撃用語。

 

「保守二大政党」

リベラル=反日って国際的に見て変だからやめようね、踏み絵で落ちた人はわかりやすく「大日本反日党」を作ってねという意味。「新党サウスポー」でもいい。先祖返りの「社会党」、はたまた懐かしい「民主党」もありだ。全部おんなじだが。

 

「パンドラの箱」

男ばかりだった世界でパンドラは女性第一号である。神に「開けてはだめ」と持たされた箱をこらえきれずに開けてしまうと、ありとあらゆる厄災が出て世の中が滅茶苦茶になる。希望も入っていたが、結局最後まで箱の底に残って出てこなかった。

 

「シビリアンコントロール」

軍に政治への干渉をさせず政治家(文民)を通して国民が統制する仕組み。文民統治ともいう。「政治が目的であって戦争は手段である」とするクラウゼヴィッツの「戦争論」が原型。「新聞の売り上げ部数が目的であって野球は手段である」などと援用される。ハーバード大学のサミュエル・P・ハンティントン教授は「文民の軍隊への影響力が強すぎると軍隊の専門的な能力を低下させる」と指摘しているがこの指摘は文民がハイヒールを履いて指揮したり、新聞を売るために勝てと試合前に檄を飛ばしたり新聞社の人事異動で野球の監督を任命したりすることで具現化される。前者による軍隊の能力低下は危惧の段階だが、後者はすでに顕著に具現化している。

読売巨人軍のシビリアンコントロール

 

「三都物語」

チャールズ・ディケンズの二都物語は「ロンドンとパリ」だから確かに二都だが東京・名古屋・大阪は一都じゃないか、おかしいだろ?と大阪都構想を画策するスパイ映画(主演男優・松井一郎)。『プリンセス・トヨトミ』に出るわと主演女優の小池百合子が中途でキャンセルし不発に終わる。

 

「実質経済成長率」

名目経済成長率からデフレーターを引いた数字。デフレーターがマイナスだとデフレであり「名目<実質」となる。こうなると物価が下がって賃金も下がり失業も増えるので世界の中央銀行が恐れる。恐れないのは「安倍政権の成長率<民主党政権の成長率」だったというトリックに使えて国民を騙せると思っている旧民主党出身者だけである。

 

「一都物語」

小池百合子が大村秀章を食って三都物語が二都物語になる計画が発覚し、身の危険を察知した大村は逃げる。松井一郎はおれはなんだったんだと怒り、結局『プリンセス・トヨトミ』出演はポーズだった小池百合子だけ残る「一都物語」でしたという大ドンデン返しのミステリー巨編。哀愁のエンディングで小池がつぶやく「そうよ、東京は都だもの」が有名。

 

「モリ・カケ問題」

客の注文がモリそば、カケそばに偏る傾向があると蕎麦屋が危機感をつのらせる問題。62%に達したというデータも出てきた。モリ・カケだけでは儲からないため「天ぷらそばの海老を大きくします」「鍋焼きうどんは正統派メニューだ」など水を向けるが「モリ・カケ隠し」と批判される。

 

「好景気の実感はない」

株高になってアベノミクスに追い風が吹くのを食い止めようという野合の衆の合言葉。野合の衆=烏合の衆とされる。「株高の実感はある」と言っているわけだが好景気と株高の関係は実は誰もわかっていない。「株高⇒追い風⇒安倍が儲かる」=「風が吹けば桶屋が儲かる」=「やばい」が彼らのロジックである。

 

「ピンチはチャンス」

「チャンスはピンチ」ともいう。ピンチをチャンスと言わざるを得ない自分はピンチであるというトートロジー。浮気がばれた女性国会議員の自虐的表現によく使われる。

 

「踏み絵」

お調子者、なりすまし者を選別する効果的なシステム。日和見で主君を裏切る者がこれを用いて同類を集めるために多用される。

 

「リセット」

初めの状態にセットしなおすこと。初期設定化ともいう。初期設定がどうだったかわからない場合はそれをデフォルトとは呼ばずカオスという用語を用いるのが一般的である。「リセットします」は算盤(そろばん)では「ご破算で願いましては」というが、カオスになる場合は破産を伴うリスクもありトップとのツーショット撮影料3万円を徴収するなどの工夫も必要である。

 

 

 

逐次追加します。

 

 

(付録・こちらへどうぞ)

新党「おれの生活が第一」

新党「ねこの生活が第一」

日本の財政事情と若者の未来について

努力は成功の母ではない

 

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金正恩のさらなる高笑い

2017 SEP 13 2:02:28 am by 東 賢太郎

これを書いたのは去る5月22日、母の病室でのことだった。お読みいただくと、そこから情勢が何も変わっていないのに驚かれるだろう。

ソナー・アドバイザーズ株式会社 | 金正恩の高笑いが聞こえる

国連安保理で中露が制裁決議に反対はせず、米国案をやや軽くしたものが通った。これが米国の一手前進だとか最後通牒だとか議論されるが、関係ない。プーチンの言うように彼らは雑草を食ってでも核開発はやめない。いまさらやめる理由がないからだ。

一縷の望みは雑草を食ってるうちに軍部で空腹に耐えられずクーデターが起きることだが、オウンゴールを期待するのもいささかむなしい。思えばオバマの8年は民主党の3年以上に罪深いものだったのだ。リベラル路線で黒人が来て次は女性という見せかけの平等とグローバリズム。それがトランプの登場でひっくりかえった途端に北朝鮮の火薬庫に着火してしまった。

最悪なのは米国がプライドと国益を担保しつつ雑草魂に屈して条件付き対話路線に寄ってしまい、朝鮮半島が北によって統一されることだ。これは日本国民にとって永遠の悪夢である。のんびりモーツァルトなどきけなくなる。対馬から目視できるところに核保有国が出現するリスクをヘッジするには核保有で対抗する以外に手段はない。隣家のおっさんはライフルをぶっ放す癖があるけど本当はいい人なんです、ウチはセコム(注・別名を日米安全保障条約ともいう)入ってるし、銃なんて危険なものはいりませんでは済まなくなるだろう。

フランス人経済学者で欧州復興開発銀行初代総裁でもあったジャック・アタリの「21世紀の歴史」を読みかえした。大統領だったサルゴジが評価した本だ。個人の自由は人類最大限の価値としながら市場民主主義を経て利他愛に基づく超民主主義へという予測は、当時は面白かったが、今やどこの星の話だという感じだ。同書は2008年刊行だが、たった9年で世界は大きく反転してしまったわけだ。

上掲ブログに皮肉ったが、将軍様はかつての日本軍プロパガンダを踏襲しているとさえ思える。ABCD包囲網ができたらやっぱり踏襲するのだろうか?白人の作った国際秩序が地球の正義であるのか?昭和27年の我が国の独立が70年の時を経てどういう着地を迎え得るのか、退路を断たれた選択の時期が近づいてきている。

 

 

(こちらへどうぞ)

西表島(いりおもてじま)紀行

噛まないライオン(米中もし戦わば)

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僕の人生哲学(イギリス経験論)の起源

2017 AUG 5 17:17:37 pm by 東 賢太郎

「リヴァイアサン」を書いたトマス・ホッブズ(1588 -1679)の政治哲学は気に入っており、去年だったかこういうブログを書いた。

いや~、そうはいっても、オカマもいますからね

東大は文Ⅰに入ると駒場の教養学部でまず法学概論という必修科目があって、定年退官する教授が後進に法とは何ぞやを説くことになっている。僕らの先生は国際法の高野雄一(1916 -2004) で、だからだろうか国際法の起源となる自然法の法理のようなものから習った。法学にはさっぱり興味がわかなかったのは僕の罪で先生には申し訳なかったが、読んでみた書物ではホッブズの人間(ミクロ)の悪しき習性を人工的な国家(マクロ)で統御する原子論的、理系的な考え方だけは大いに気に入り、影響を受けることになった。

リヴァイアサンは国家とは何ぞやを論じる。簡単に書けば、人間の自己保存欲は本能と認めよう(自然権)。すると生存に必要な物の奪いあいで喧嘩(暴力、戦争)がおきる。そこでみんなで自然権を我慢して(自然法)、一人に主権を委ねることを契約して国家を作ろうよというものだ。近代国家理論のルーツだ。自然法はオランダ人のグロチウス(1583 -1645)が基礎を作ったがこれは現代の国際法のルーツである。ローマ法に起源のある欧州の法理が神学と政治を断ち切ったのはほぼ江戸時代初期にあたる。

この自然権、国家(社会)契約説、ミクロの人間の平等主義が啓蒙思想の底流を成し、絶対君主制を突き崩してフランス革命、アメリカ独立など市民革命、英国の責任内閣制という政治制度に至るのは言うまでもない。革命というのは市民による権力者の大量虐殺の美名だが、それだけ血を流しても是とされた(消去法的ではあるが)のが近代以降の西洋の政治システムなのである。日本国はそれを採用しているのだから、妙なことがおきたら粛々と血で血を洗った基本原理に立ち帰ってモノを考えればいい。

政治家は我々国民が契約して主権を委ねているだけだ。馬鹿なことをしたら契約を解除する、要は即刻クビにすべきである。その仕組み(法律)と馬鹿かどうかの監視、情報開示機能こそが国民の平和で自由な生活ために必要なのである。日本の政治システム(法制)の最大の問題はそれがないことであるというのが僕の強い主張であり、法律を作る唯一の機関である国会にそれのできる議員をどう送り込むか、つまりそれをやるという人を当選させないとモリカケ事件は繰り返し、国家による隠ぺいや筋違いの国民監視社会化はだれが首相になろうが永遠に避けらないだろう。

1697年(65才)のジョン・ロック

トマス・ホッブズの路線にいたのがフランシス・ベーコン(1561- 1626)とジョン・ロック(1632-1704)だ。ロックのイギリス経験論(人間は生まれたときは白紙である)は僕の人生哲学のルーツといえる。人間は経験してないことはわからない(わかるはずがない)。よって軽々に語ったり判断してはいけないが、それでは社会で生きられないから、経験のない物事に対しては「類推」をするのだ。類推力は科学的思考力で補うのが合理的だが、そうする知力(インテリジェンス)を持てばよい。ロックはそこまで言ってないが、より良く人生を生きたいならばそうすべしがだんだんに僕の独断流となっていった。

だから大学や学部なんかなんでもいい。要諦は何かを本気で深く、徹底的にやるかどうかである。学問であれスポーツであれアートであれ何であれ、人並みでない深さ、例えば地面に100メートルの地下まで「穴」を掘ってみることを想像してみていただきたい。すると、その深さに到達しないと知り得ない温度、気圧、匂い、地層、音響、閉塞感、恐怖感などの未知なる発見があるだろう。あらゆる苦労と創意工夫をしてでも掘るという行為自体にも忍耐力にも替え難い経験があるし、大事を成し遂げた達成感が壮大なことはイメージできるだろう。それは10メートルしか掘ってない人には絶対にわからない。10メートルの穴を10個掘ってもわからない(イギリス経験論)。ジャンルは問わず、そこまで何かをやった人たちだけの特別なセレブ・ソサエティ「100メートル会」があると思ったらいい。学生時代はその会員になることを目指せばいい。

社会に出ると深い穴を掘る日々になる(それを世間は仕事と呼ぶ)。100メートルの経験がある人は、別な場所に穴を掘らされても、つまりその仕事に経験がなくても10メートルの人よりは「類推力」があるから20,30,40メートルではどうか、その先ではこうなるだろうとヨミが働く。だから失敗にも競争にも強いのだ。そこに、事例の個性を削ぎ取って一般化して論考する(そういう頭脳回路を作ってくれる)数学という「類推の最強の武器」があればさらにいい、若い人は徹底的に勉強することをお薦めする。

私事でいえば僕は野球と数学だけは自分の限界を見るまでやった。2つを比べれば野球であり、猛練習を死ぬかと思う寸前までやったのは僕の持って生まれた素材としては100メートル経験だった。その経験による類推によって、今度は証券業で100メートル掘った。そして今は、そこからの類推でアドバイザーをやっている。「仕事と野球と何の関係があるんだ?」という声が10メートル会から聞こえてくるのは自然なことだ。だから「100メートル会」の入会をお薦めするのである。

ちなみに音楽は好きだが経験がない。だから楽譜を読みピアノを下手でも弾いてみることで作曲家、演奏家について類推の小さな手がかりを作ってみる。聴くだけというのはどんなに高尚を気取ろうが印象という感覚的で皮相な理解しか導かないので、それを書物や評論やブログで文字にしたところで料理屋の食べ歩き記程度のものだ。英国人の本格的な音楽評論に比べると、日本のそれは哲学不在のサブカルチャーの域を出ない。

万事そうやって徹底してイギリス経験論的に生きているから、僕の思い込みだけのことかもしれないが、自分の思想はうわべのものではない体に染みついたものだと自信をもって言えることは言える。「それが政治的な大人の意見というものさ」とはロンドン時代に僕に「穴掘り」の話を教えてくれた二回り年上のファンドマネージャー氏の言葉だ。オックスフォード卒。ちなみにベーコンはケンブリッジ、ホッブズとロックはオックスフォードに学んだが、彼によると英国のエリートにその思想は当たり前ということだった。

フランシス・ベーコン

ホッブズはフランシス・ベーコンの助手だったことがある。ベーコンは「知は力なり」の言葉で有名だが、彼がシェークスピアだったというそれなりに有力な説がある。シェークスピア氏は実在したが名前を貸しただけで、真の作者は何らかの理由で名乗れなかったと考える「シェイクスピア別人説」で、ベーコンのほかにクリストファー・マーロー(劇作家)、オックスフォード伯爵が候補とされる。知識人が寄ってたかって血眼に論争しているのは九州か畿内かの邪馬台国論議を思わせるが、こっちは4通りの仮説があるということだ。

このベーコンこそがイギリス経験論の開祖だ。経験論とは演繹法(一般論)の否定である。法則と信じられるものにはウソがあるかもしれない。だから観察と実験で確かめなさい、ひとつでもそうでない例が見つかれば法則なんかじゃない、単なるウソだ、捨てなさいということだ(帰納法)。それで正しかったら、それを法則と見る。それが論拠のある「類推」だ。ところが日本人は演繹に弱い、低学歴の人は世界的に弱いがそれを勘案しても先進国では世界最弱クラスだというのは、長いものに巻かれる社会性に加え、科学的(数学的)思考を重視しない(むしろ積極的に嫌う)国民性によると思う。

「常識」「井の中の蛙(かわず)」「昔からそうだ」「テレビでやってた」「みんな言ってる」「偉い先生の意見だ」でコロッと思考停止に陥る。科学的論拠より偉い先生を信用する(学歴詐称かもしれないのに)。テレビが解説に専門家やエセ科学者を呼んでくるのはそれにつけこもうとする計略だ。だいぶ前のこのブログに僕がイギリス経験論者である証拠がある(NHKスペシャル「STAP細胞不正の深層」の感想)。株の世界に40年いるので僕は人の言うことはまずは全部ウソかもしれないと思っている。帰納法で自分の中で観察と実験によって証明して初めて信じる。嫌な奴だが人生哲学は好かれるために持つのではない。

ベーコンは細密にロジカルで慎重な人で、信じるための観察と実験にだって誤解、先入観、偏見がつきまとうことも否定できないことを指摘した。それを「イドラ(idola)」と呼ぶ。英語だとアイドル(idol)だ。人間の認識の誤謬の元でそれににまどわされると思い込みや偏見ができてしまい、帰納法によっても真理や法則にたどり着くことは難しい。しかしそれを排することができれば科学は自然を支配することができるとしたのである

イドラは4つある。①種族のイドラ(人類一般に共通してある誤り。地平線にある太陽や月は「大きい」など)②洞窟のイドラ(個人の性癖、教育、狭い経験からくる見方の歪み)③市場のイドラ(社会の中で伝聞によりできる偏見、噂)④劇場のイドラ(権威や伝統を無批判に信じることから生じる偏見)である。これらがあれば帰納法もワークしない。詐欺師は全部を計略に使い、つけこむプロだ。政治家とテレビCMは②③④、いや最近の政治家は③(印象操作)か。マスコミは④文春砲は③を有効に使っている。ベーコンの類型化はイドラに騙されないための賢人の知恵だ。自分の判断に①-④が忍び込んでいないか考えるためのレファレンスであり、ちなみにこれがないという自信の持てない人は少なくとも株には手を出さないことをお薦めする。

ウィリアム・シェークスピア

「シェイクスピア別人説」の候補者3人の提唱者による議論(論拠)はwikipediaに詳しくあるのでご興味があれば読まれるといいが、さすがインテリ連中の議論で証拠らしきものもそれぞれあって説得力がある。しかし、確実なことは、そのうち2人、あるいは3人全員が偽物で論拠は大嘘なのだ。どれにイドラがあるか不明ということだから、結局はベーコンのイドラ論も実用性は疑問になってしまう。僕はシェークスピア=ベーコン説に惹かれるが、そうなると「彼ほどの頭脳の持ち主だ、何か暗号を残しているに違いない」と思ってしまう。これと一緒だ(エルガー「エニグマ変奏曲」の謎)。僕も②(洞窟のイドラ)の餌食になっているのかもしれない。

 

(こちらへどうぞ)

なんでもいいから井戸は深く掘れ(僕の教育法・その2)

脳は寝ない

脳内アルゴリズムを盗め

 

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読売巨人軍のシビリアンコントロール

2017 JUL 28 12:12:17 pm by 東 賢太郎

広島カープの独走はけっこうなことだが、巨人が戦犯だという声が高い。優勝経験があり打線は貧弱だが勝ち方は知っている。菅野、マイコラス、田口と盤石な先発3人がいて、抑えもマシソン、カミネロの剛球は昨日のカープすら手も足も出ない。それで対カープ戦績が4勝13敗はないよね、というのは至極ごもっともだ。

高橋由伸の監督力よりフロントの問題だろう。高橋と井端を無理やり引退させる。監督は社長だ、出世は嬉しいはずだ。ここからして上から目線で読売のサラリーマンと思ってる。おそらく、まだ全然枯れてない選手生命に忸怩たるものがあった二人が今いればスタメンだ(笑)。フロントの勘違いド素人ぶりはそれに留まらない。「FA制度を効率的かつ機動的に活用し、他球団のスター選手をなるべく高値で獲得して制度への参入障壁を確立し、球団の繁栄と競争力を盤石にする」というポリシーが巨人軍の輝かしい伝統となりつつあるのである。

ざっと見ても、陽はケガで斜陽に、山口は泥酔暴行、森福は億万ワンポイント・リリーバーに。弱いセカンドにと採った片岡、クルーズはハズレと判断し、ご同類のマギーを二塁に回したら守備ド下手で投手がブチ切れて負ける。ご賞味期限切れ選手の掃き溜め状態であり、二塁で余ったクルーズを在庫整理で楽天に売ったらパリーグ首位チームで即日に試合に出て大活躍だ。この凄まじいほどの人を見る目のなさ。日ハムに出したらレギュラーで10ホーマー打ってしまった太田だけじゃない、もうここまで見事に戦略が逆噴射するとマンガである。

人を見る目がないのは選手だけの話じゃない。聞くところによるとこのチームは試合開始直前にフロントのトップでいわば会社の巨人軍担当大臣である球団社長が選手をロッカー裏に集めて訓示をたれるらしい。それがなんと読売新聞の売上げ部数低迷の話で、君らが弱いのがいかん、いま親会社は危機なんだぞ、頑張ってくれ、らしい。難攻不落である相手エースのフォークボール攻略法を必死に考えていた選手たちは、これに目が点になってのけぞって、13連敗の記録樹立まで負けてしまう。

試合開始直前の選手というのはまさに戦場に赴く兵士であり投手はブルペンで血がたぎり、マウンドにのぼると足が震えたりもする。野手は殺気立っている。そこにわけのわかってない背広のおっさんが革靴のまま寄ってきて・・・。

「シビリアン・コントロール」(文民統制)は読売本社のお好みの方針らしく誠に結構だが、選手は子供の時からグラウンドは神聖だ、出入りする時は一礼しろと厳しく躾けられ、しないと殴られてきた連中である。聖地に土足で侵入してきたら誰であれ殴ったろかとなるのは想像に難くない。

まさか殴れないのでプレーが散漫になる、そして、やる気満々の広島カープにコテンパンに負けてきたのが今年の巨人軍なのである。それで弱いと怒るのは筋違いであって、何もわかってない巨人軍担当大臣を任命した本社の社長の方が大きく「ああ勘違い」なのである。

本社=首相官邸、巨人軍=防衛省と置き換えれば、稲田氏が巨人軍担当大臣であることは言うまでもない。ファッションにご執心で軍艦にハイヒールで現れたりしてはまかりならないのである。巨人がいくら弱くても我々は関係ないが、防衛相ひいては自衛隊の現場(=巨人の選手)が士気をそがれてしまえば国民は生命の危機にさらされることとなる。

安倍首相、ミサイルをぶっ放す敵軍を政権支持率の浮力に利用する作戦はよろしいだろう。「カープを倒せ」作戦だ。しかしである。それならどうしてこの担当大臣なんだ?左翼を黙らせるための女性起用、その理屈としてのシビリアン・コントロールは結構だが、そこを「モリカケと同様のネポティズムだ」(モリ=奥方、カケ=お友達、防衛相=お気に入りの部下)と、一般国民にもわかりやすい図式で批判されてしまう人選はまったく脇が甘いとしか言いようもない。

人事=経営力は常識なのであり、首相のリーダーとしての資質に関わる問題と見られてしまっている。この類の人事を惰性で長年やってきた重厚長大企業が次々と瓦解している。その経営の腐臭を嗅ぎ取っているのは一般国民というよりも「経験、教養、常識のある保守層」であって、まさしく、漢字も読めない首相に愛想をつかして自民党の政権たらいまわしにお灸を据えようと2009年に民主党を大勝させてしまった有権者たちなのである。

稲田氏の問題は国民、常識ある保守のみならず一般国民にこういう風に想像されてしまった。

「カープ戦は激戦だったらしいな、選手にけが人が出たというのは本当か、報告は受けてるのか?」「はい、監督から受けました、でもファンにはなしとウソ言ってますが」。「困ったな、スポーツ新聞が騒いでるぞ、どうするんだ?」「はい、ウソはつき通すしかございません。私はいつでも球団社長を辞任して、いち社員に戻る覚悟でおります」「そうか、いつも苦労をかけるな、まあそうなっても可愛い君だ、後は面倒見るから心配するな」。

 

若者のための政治用語辞典

加計学園問題を注視すべき理由

2017 MAY 26 19:19:51 pm by 東 賢太郎

加計学園問題での文科省と官邸の騒動ですが、前事務次官のかような発言は前代未聞です。かつて官僚主導といわれた時代は政治家が役所の判断を忖度して意思決定したのでこういうことは起きなかったのだと思われ、「官邸主導」という政治力学に移行したことに起因するいち事象と理解しております。

官邸が国策運営の意思決定において前面に出だしたのは小泉内閣からと思われます。安倍内閣が同様に高い支持率を得てその路線にある。このことの是非がまず第一にことの本質ですが、安倍政権が盤石であるのは対立軸の野党が弱すぎる外的要素もあり、国民が全権をもって主導させたい現況にあるかどうかは疑問である。そのきわめて重要な前提をふまえた上で、あえて私見では、それは少なくとも非ではなく、是に近いだろうと考えます。

政治は全員が賛成するわけではない国策を「決める」のが仕事であって、速くて概ね正しい決断をするのであればそれがトップダウンでも合議制でもかまいません。世界情勢が急転している現状で意思決定の速度は必須ですから、三権分立が堅持されている限りにおいてはそれは行政府の組織論に過ぎず、官邸主導(=トップダウン)が一概にいかんという理屈は立たないと考えるからです。

ではトップが意思決定を下せば実行が速いかというと、ことはそう簡単ではなく、形式的に速いというのは危険なだけであるし、反対者は必ずいるし、稟議ではどこかで滞るし、酸いも甘いもかみ分けた中間管理職が「忖度」してくれることは思うに必要条件であります。

つまり国民的に「忖度」はいかんということになってるが、大企業で組織の長をやった人なら誰でもわかると思いますがそれなしにトップダウンなど絵空事なのです。また官僚は国民のために仕事をするのが建前ですが、会社員なら株主と上司どっちが大事ですかという質問と同じであり、人事権を実質掌握する官邸を見るな、赤を青というなといってもサラリーマンですから無理です。

結論を官邸が推した。それこそがトップダウンであり、文科省が忖度して意思決定を迅速にした。何もおかしくない。それを不当な圧力と批判するなら、本稿の冒頭に立ち返って「トップダウンはおかしい」とまず議論すべきなのです。誰もそれをしないのなら上司の普通の命令をパワハラだと騒ぐに等しい。

いずれにせよ、そのようなものは組織論であってそもそも加計学園問題とは関係ありません。また前事務次官が出会い系バーに通ったとか地位にしがみついたとか、それはそれで職務上の適格性の議論はあろうがそれなら官邸は事務次官にしなければよかったわけで、本件とは関係ありません。

すなわち、事の本質は、「なぜ加計学園だったのか」に尽きるのです。それとて安倍首相が加計孝太郎氏のお友達でさえなければ俎上に上がることもなく、本件は何の問題でもなかったでしょう。

国民は官僚を選挙できないし事務次官を選ぶ権限もありません。国会議員に選挙でゆだねてそれを代行してもらうしかないですから、議院内閣制とはいえ官邸主導政治の権力構造は大統領制に接近します。しかも、大統領権限は明文化されているが、議院内閣制の中では接近の度合いがルール化されていない。これが大きな問題なのです。

朴大統領は側近の不法な関与が発覚して失脚したがトランプ大統領は娘婿を側近においています。これはお友達以上に何かあるだろうと外見的には見えるわけですが、不法な「何か」がなければ問題ではないということです。大統領という個人の資質にそこまでは行政を委ねる仕組みであり、弾劾し暴挙は抑止する予防線がある。現実に朴は弾劾罷免され、ニクソンは訴追され辞任しました。

周知の通り日本国憲法に首相弾劾の定めはなく、辞めさせる方法は内閣不信任決議のみであるから、実は三権分立と言っても司法の関与がありません。しかも決議は衆議院本会議で出席過半数によるため与党議席数過半の現状でクビになる可能性は限りなくゼロに近い。つまり安倍政権はトランプ政権より法的には安定しており、やりたい放題に見える米国大統領よりもっとやりたい放題できるということを国民は自覚しておくべきです。

かような一党支配状況においても戦後の日本国が道を大きくは誤らずに来たのは、官僚が実質的に政策関与してきたからだと僕は考えております。政治家がぜんぶ馬鹿だとは言わないが、大臣とて著しく資質に欠ける者もおり選挙はポピュリズムの傾向を増している。それをポピュリズムの火元である国民にわかれというのは無意味だから官僚の資質というものは政治家の暴走への抑止力です。

官僚がぜんぶ賢いとは言わないが、人材プールとしての質の高さはまぎれもなく世界でトップレベルであり、これだけの人材がこぞって役所に入って安月給で徹夜で働いてくれるなど米国では考えられないことです。2014年の内閣人事局設置で官邸が官僚人事を実質的に全面掌握したことがプールの質的低下をもたらすか否かはまだ不明ですが、出世競争のルールが変わったのは明らかであり、志望者の質を左右する種が既に撒かれているのは事実でしょう。

では加計学園に「何か」はあったのか?国民の視点としてこれを国会で追及するのは当然のことである。しかし官邸に首根っこを押さえられた現役官僚は人質に等しい中でどこまで物証があがるかは甚だ疑問だ。そこで法的抑止力はない、マスコミも人質だ、野党は無能力だでは話にならない。この問題は日本国のガバナンスを揺るがしかねない重大事案として注視したいと思います。

 

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