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カテゴリー: ______クラシック以外

クラシック徒然草-作曲家が曲をどう思いつくか-

2015 DEC 15 11:11:40 am by 東 賢太郎

轟音を立てて流れ落ちるナイアガラの滝を前に、5分間も立ち尽くしたドヴォルザークは、何かに憑かれたように、

「神よ、これはロ短調交響曲になるでしょう」

と叫んだ。その35年後に同じ景色を見たモーリス・ラヴェルは、

「なんて荘厳な変ロ長調だろう!」

と言った。

 

作曲家が曲をどう思いつくかは謎だ。

何が謎か?

①頭の中で「楽音」が鳴ることが必要である。ドレミファ・・・で。そうでないと楽譜に書きようがない。つまり作曲家は書くべきものを頭で正確に聴いていると思われる。

②次に、頭に入ってないものが鳴ることはないということだ。クラシックをきいたことがない人がモーツァルトのような旋律やチャイコフスキーのような和声を思いつく確率は、猫がピアノの鍵盤を歩いたらショパンの曲に聞こえましたという確率と変わらないだろう。

③次に、頭に入っている他人の曲がそのまま出てきたら、それは自分の曲でないということだ。

つまり、頭の中で、他人の曲が、まだ世の中にないものに変換されて鳴り、それを楽譜に書きとる。それができる人だけが「作曲家」と定義されるわけだ。

謎はその「変換」のプロセスにある。それがどういう化学変化なのか?どうして「魔笛」になり、「くるみ割り人形」になったのか?それはアインシュタインがどうして一般相対性理論を考えついたかと変わりない人間の脳の謎である。

興味深い実例がある。

ジャズピアニストのエロール・ガーナー(1921-77)はニューヨークからシカゴへ飛行中にある魅力的なメロディーを思いついた。突然に「変換」がおこったのだ。しかし彼は楽譜の読み書きができず、機内で曲を記録できなかったため曲を反芻し続け、ホテルのピアノで弾きテープレコーダーで録音した(wikipediaより要約)。

この曲がスタンダードナンバーになっている名曲「ミスティ」(Misty)となったわけだが、降ってきた音楽はミスト(霧)というよりも雪の結晶のようにまたたく間に消えていく運命なのかもしれない。だからベートーベンはいつも音楽帳をもってそれを記録していたのだろう。

これがガーナー自身が弾いたミスティである。とても楽譜が書けないとは思えないが。

このメロディ、2小節目でもう転調してしまう。題名、歌詞は後づけなので純粋に音だけを思いついた。彼が「魅力的」と思ったのはこの転調かもしれない。これはCmaj7, Gm9, Fm9という予想外のプログレッションでb♭-a、a♭-gの長7度の飛躍をする。

このメロディーのツボが書きとれなかったのだろうか?でも書けなくても降ってきた。そして彼の心の耳は正確に、音程を和声を、聴いていた。書きとることより聴けることが第一ということだ。

聴けることが大事なら、まず他人のものを聴くしかない。ガーナーは子供のころジャズやクラシックのレコードを聴きまくったそうだ。しかし、そうして耳年増になれば誰にも「降ってくる」のだろうか?

その聴音力についてガーナーは超人的で、エミール・ギレリスのコンサートへ行って聴いた曲(何かは不明)を「耳コピ」したらしい。モーツァルトのそれが超人的だったのはいくつかの楽譜と証言で事実とされている。

語学のマスターが速く何か国語も話せる人がいるが、それも基本は耳コピ能力だろう。ということは音楽の聴音力と関連があるかもしれない。ちなみにルロイ・アンダーソンは9か国語を理解したらしい。

外国語を咀嚼した頭脳が教科書の例文ではなく、自分のオリジナルなセンテンスを導き出せるように、モーツァルトの音楽の語彙、文法に習熟した頭脳がその言語で新しい文章を思いつくというのは十分可能と思われる。

つまり、作曲というのは、英語を母国語としない者が、夢の中で寝言で「何かあらぬこと」を口走り、それがちゃんとした語彙と文法と発音のクイーンズ・イングリッシュになっていた、という体の物であろう。

そういうことが英語を覚醒時に母国語のように駆使できない者におきることはまったくもって想像できないわけで、このことは音楽においては楽器を自在に弾きまくれることに相当する。ガーナーの事例はまさにそれを示していると思われる。

つまり、佐村河内のようにピアノも弾けない者にベートーベンのような語彙、文法の曲が降ってくることは物理的にあり得ないわけで、あの事件は彼の耳が聞こえるかどうかなどはどうでもよく、ピアノが弾けない時点で嘘だとわかった話をその物理がわからない者たちが大山鳴動したという騒動だったのである。

ミスティは名曲と思う。歌で一番好きなのはこのエラ・フィッツジェラルド。彼女の音感はすばらしい。

最後にヘンリー・マンシーニ。このオーケストレーションは彼のもの。ホルンが吹く対旋律が「らしい」。

 

(こちらもどうぞ)

ヘンリー・マンシーニ 「刑事コロンボのテーマ」

 

 

 

 

 

 

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バート・バカラック「雨にぬれても」の魔力 

2015 NOV 12 0:00:01 am by 東 賢太郎

これをきくと中学時代の面々の顔が浮かんでくるのなぜだろう?一気にあの頃に心がワープしてくらくらめまいがする。なにか甘酸っぱいような、ほろ苦いような・・・。

これは「明日に向って撃て!」の挿入歌ですが映画は見てません。wikiには「ビルボード誌では、1970年1月3日に週間ランキング第1位を獲得した。4週1位を獲得し、同誌年間ランキングでは第4位となった。」とあるから深夜放送で毎日のように流れたのは70年の初頭という所でしょうか。

ということは一橋中学も卒業間近です。仲間だった悪ガキ連中とお別れだぜ・・・、気になっている女の子がいたが高校でもかけらもなにもなく終わってしまったっけ。マメでなく追っかけることもなく、ぜんぜんモテませんでしたね。

バート・バカラックの名はこの曲で焼きつきました。歌手のB・J・トーマスは本命にふられてピンチヒッターだったらしく、しかも喉が痛くてドクターストップだった。5回目のテイクでやっとOKが出たのがこれだそうです。たしかに風邪声ですね。

Raindrops are falling on my head
And just like the guy whose feet
Are too big for his bed
Nothing seems to fit
Those raindrops
Are falling on my head
They keep falling.

So I just did me some
Talking to the sun
And I said I didn’t like the way
He got things done
Sleeping on the job
Those raindrops
Are falling on my head
They keep fallin’

But there’s one thing I know
The blues they send to meet me
Won’t defeat me, it won’t be long
Till happiness
Steps up to greet me

Raindrops keep falling on my head
But that doesn’t mean my eyes
Will soon be turning red
Crying’s not for me ‘cause,
I’m never gonna stop the rain
By complaining,
Because I’m free
Nothing’s worrying me

いい詩ですねえ、今の俺みたいかなんて気もする。青字の「bed」と「fit」は普通の歌ではありえない短7度(f→e)のジャンプでトーマスが苦労してますが、そのポップないい加減さが何ともいい味だしてます。Because I’m free Nothing’s worrying me・・・。だって俺は自由さ、なんにも気にしねえぜ・・・。

自由、自由、無限の時間と自由のあったあのころ・・・、この歌も僕を強烈にアメリカに誘(いざな)ってくれました。

バカラックは同じユダヤ系でフランス6人組のダリウス・ミヨーに師事したことになってます。私見(自伝を読んだ印象)ではどこまでミヨーが真面目に弟子と見たかはあやしい感じもしますがいいじゃないですか、一般にはミヨーより有名になったんだし。和声やリズムの自由な感覚は誰にも似てない、オンリーワンの魔力です。

こっちは別テイクでしょう、風邪もなおって余裕も出てる感じです。たしかあの深夜放送はこっちでしたね。

(こちらへどうぞ)

ダリウス・ミヨー 「男とその欲望」(L’homme et son désir)作品48

 

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カーペンターズ「オンリー・イエスタデイ」の和声

2015 NOV 9 23:23:56 pm by 東 賢太郎

大学のころよくきいたポップスがカーペンターズで、大きなインパクトがありました。まずアメリカへの憧れをかきたてたこと、そして男がピアノを弾くのもカッコいいなと思ったことです。

日経に記事があって、男が楽器をやる動機はだいたい女にもてたいからだとありましたが、僕の場合はギターもピアノもチェロも邪心はなく純粋にやりたかっただけです。当時はピアノが弾けたわけではなく、ロンドンに行ってからだから27才ぐらいで始めました。

音感はギターでつきました。メインの楽器はギターだったのです。でも和音が単純なのしか弾けませんからどうしても耳を満足させるにはピアノが必要になりました。カーペンターズはギターじゃダメなんです。

リチャード・カーペンターはかなりピアノがうまく、曲の和声的ボキャブラリーは実にクラシカルでピアノ的であります。僕の趣味ですがポップスはリズムや速度に変化がなく何か和声的に「事件」が起きてほしい。ビートルズはそれが豊富です。そしてカーペンターズにもそれが有るのです。

「オンリー・イエスタデイ」は変ホ長調(E♭)ではじまりますが、突然に変ニ長調に転調(Baby, baby, feels like baby)。これは大事件ですね。それがB♭7sus4を経て見事にE♭に戻ります。Tomorrow maybe even brighter than todayの下線部、リチャードのハモリ(ドードレードレ~~ド)のレ~~と2拍伸ばすところ、Cmのgとバス(a♭)が長7度でぶつかりつつレ(d)とも増4度の不協和でぶつかって!CmからCに解決するセンスなど凄い!めちゃくちゃカッコいい。これはクラシックの対位法を彼が良く知っているということでしょう。

ということで大いに気に入ってしまい、よくピアノで弾いていたのを子供たちが聴いてやっぱりこれが好きになったかもしれません。耳コピで簡単に弾けたのはバスが覚えやすいからで、そこに乗る和声はクラシック法則にかなっていて実に心地よい推移ですね。だからこそ上記「和声的事件」の想定外の衝撃が大きいのです。

 

 
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クラシック徒然草-津軽海峡冬景色の秘密-

2015 NOV 5 1:01:48 am by 東 賢太郎

石川さゆりさんのファンではありますが、天城越えも名曲ではありますが、それはそれとして、津軽海峡冬景色という曲にはどうにも僕を惹きつけるものがあります。それは何なんだろう?

やっとわかりました。やっぱりあああ、あ~~~なんですね。

たぶんあああは地声、あ~~~は裏声でしょう。この段差。すごく男心をくすぐるのです。音名で言えばミファミ、ド~~~です。ミからドへの6度のジャンプ。しかも声の色まで変わる。ここにこの曲の勝負どころ、頂点があると思うのです。

この6度ジャンプ。どっかできいたことがあるぞ。え~~と・・・

ありました。これです。

tristan

おわかりでしょうか?ワーグナーのトリスタンとイゾルデの冒頭です。ラファ~~ミはチェロが弾きますがラファは6度ジャンプです。この音程、ちょっと悲痛な感じがするのは僕だけでしょうか。チェロのラは解放弦でファでクレッシェンドして緊張感ある音に色が変わります。ppで聴こえるか聴こえないかでそっと入って、音程と音色で聴衆の耳をそばだたせる。非常に印象的な幕開けです。

この6度跳躍って、すごいインパクトがあって耳に残るというか、こびりつくのです。きのうショスタコーヴィチの15番を聴いたと書きましたが、あの第4楽章にワーグナーの引用が出てきて、ジークフリートの葬送行進曲のあとですが、まさにこのトリスタンの最初の4音が鳴ります。どきっとします。

津軽海峡が三木たかしさんの作曲なのはまったく知りませんでしたが、彼は「つぐない」の作曲家でもあったのでびっくりです。

クラシック徒然草-テレサ・テン「つぐない」はブラームス交響曲4番である-

クラシック徒然草-「つぐない」はモーツァルトでもあった-

津軽海峡のフシはこれまた似たものがクラシックにあります。

tugaru

シューベルトの「白鳥の歌」からの4曲目二短調「セレナーデ」です。たいていの人が知っている音楽の授業でおなじみのメロディーでしょう。

楽譜はチェロ用にト短調になってるので津軽海峡と同じイ短調で書きますと、出だしの「上野発の夜行列車」ミミミミファミララララシラが「秘めやかに( 闇をぬう) 」ミファミラ~ミ、「静けさは~果てもなし」ミファミド~~ミに「あああ、あ~~」のミファミド~~と全く同じ音素材とリズムで6度跳躍が現れます。

もうひとつ、和声です。

「わ~たし~も~ひとり~~、れんらく~せんにのり~」 にはDm6、Am、F、B7、E7susu4、E7というコードがついてますが、バスがfからhに増4度上がって「せんに」のB7、これはドッペル・ドミナントといいます。ドミナントのドミナントです。

実に劇的、激情的でロマンティックな効果がありますが、これの元祖はベートーベンだと思っています。上記ブログに書いたモーツァルトの20番のカデンツァがそう。そして、あまり指摘されませんがエロイカにも出てきます。

eroica1

第2楽章の冒頭、5小節目のf#です。この音符、なくてもいいんです。というより、凡庸な人は入れないでしょう、バスのgと長7度の不協和音になるんで。実際の音は鳴りませんが、ベートーベンの耳にはD7のドッペルドミナントが聞こえていたわけで、そのソプラノだけをひっそりと鳴らした。凡夫と天才の差はこういうところにあります。

「つぐない」もそうですが三木さんの和声はこういう隠し味に満ちていて、何度聴いても飽きないのだと思います。クラシックがクラシックたるゆえんをおさえている。津軽海峡冬景色をピアノで弾くのは快感です、なんたってよくできたクラシックですから。

 

 
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石川さゆり 津軽海峡冬景色(今月のテーマ・英国)

2015 OCT 31 23:23:50 pm by 東 賢太郎

なぜこれが「英国」なのかというと、ノムラ・ロンドン勤務の頃にさかのぼりますが、株式営業課の大先輩Aさんのオハコでありまして、カラオケでだんだん「お前らも全員でやるぞ~!」となってきて、酔っぱらい十何人が振付けいりで熱唱して夜中におひらきというパターンが定着したなんてことがあったからです。

さらに、それが当時ロンドン社長であられたT副社長のお目に留まることとなり、鶴の一声でロンドン社歌にまで昇格してしまったという大変な曲なのです。

先輩の振り付けは、このビデオがもっと派手になったものでございました。デビューの年の石川さゆりさん、昭和52年(1977年)、19才でしょうか。

素晴らしい曲です。「ゆき~のなか~」がB7(ドッペル・ドミナント)という効果的な和音になるうえ、「の」がd#でなくdの不協和音で長調に短調がぶつかるなんてビートルズですね(サージェント・ペパーズ)。

こちらがオリジナルのレコードのようです。安いですね、600円です。同年1月1日発売。エンディングはフェードアウト。

このTVテイクは何年のものでしょうか。エンディングがちがいます。

僕はこのテイクを最高傑作に認定させていただきます。「さ~よなら、あなた」の情感はオリジナルより円熟味がまし、「あああ、あ~~」の「あ~~」(c)と「津軽海峡」の「い」(最高音d)が裏声になりますが、前者のヴィヴラートの奥深い色香!後者の絶妙のピッチ!もう名人芸と絶賛するしかございません。他の歌手さんのビデオもありますが、これをコピーできている人は皆無です。裏声にしないせいでしょうか、イ短調を半音下げている人もいます。

プロ中のプロであるのは、3回出る「ふ~ゆげ~しき~」の「し」(g#)を、1回目は高めにとって終止感をあえて希薄にし、3回目はしっかりg#にとってドミナントをだして、これでおしまいという盤石の終結感で曲を閉じることですね。ヴァイオリンやチェロの大家がかくし味でやることを自然にやっている。ピッチが良いからできるのであって、天才的な歌であり素人がカラオケでまねできる域には到底ございません。

石川さゆりさんの声質は極上の弦楽器、ピッチに対する感性の良さはユリア・フィッシャー並み。世界中のどこへ出しても一流。この歌は日本リートの名曲であり、海外でも広く聴いていただきたいと思います。

 
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癒しの声、アニタ・ベーカー

2015 OCT 31 0:00:20 am by 東 賢太郎

ペットロスというのがありますが、これからしばらく野球ロスの日々となります。感情移入して観てると疲れるし贔屓が負けるとストレスにもなるんですが、取りあげられてしまうと今度は虚無感におそわれます。

そうしたら、昔よく接待に使ってた赤坂のクラブから「閉店のごあいさつ」なんてのが来てたりして、さらにロス感がつのります。どうもこの季節は苦手です。

毎年この空白は音楽が埋めてくれるのですが、今週は仕事の心労もあってどうもクラシックは重たい。こういうときはだいたいスコッチで酔っぱらって歌を聴きます。きまって女性シンガーですね。男の声というのはどうも和まないのです。

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ところが酒棚にスコッチがない。うまくいかんもんです。そうしたら奥の方からどこで買ったんだか紅星二鍋頭酒なる中国の安酒が出てきて、56度ある白酒(パイチュウ)ですね、香港時代によく飲んだんでこれを一杯やったらぐっときました。こりゃあ疲れが飛びますわ。

こういうときの女性シンガーといって、僕はどちらかというと黒人の低めのアルトが好みで、今日はこれがしっくりです。なんでコーリャンの酒とアニタ・ベーカーなんだ?さっぱりわけがわかりませんが、もう完全に酔ってますんで・・・。

 

(こちらへどうぞ)

ドリーブ 歌劇 「ラクメ(Lakme)」

 

 

 

 

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歌舞伎とオペラ

2015 SEP 28 12:12:41 pm by 東 賢太郎

歌舞伎とオペラ。このところ偶然たてつづけに観ることになりましたが、違和感がないのが意外です。

僕の場合、オペラというものはあくまでクラシック音楽の延長でレコード屋に行くと同じ売り場にオペラもあるなと、そんな入り方ですからまず耳だけで聴くもの、音楽ありきの存在だったんですね。劇という側面からオペラに関心を持ったことはありません。

そもそも、その劇や芝居はからっきし圏外でした。無縁だったかというとそうでもなく、成城学園初等科では「劇」や「舞踊」という時間がありました。担任の先生が脚本家で、お嬢さんが同じクラスだった芥川也寸志さんが音楽を書いてくださったり、黒沢明さんのお嬢さんや三船敏郎さんのご子息もおられたりで、学校劇は観たり創作したりが空気みたいにある環境だったし思えば舞台も出ました。

ところが「音楽」の時間といっしょで、大嫌いだったんです。女のやるものと思いこんでたんですね、じゃあどうして女のやるものがいけないのかというとそこがよくわからないのですが、母が大好きでしたが親父は下に見ていたのでしょう。昭和30年代というとまだ終戦から10年ちょっとの世の中で敗戦国の男には複雑なものがあったと思います。

ところがその親父も洋モノの音楽は好きでレコードがたくさんあり、どうもそれだけじゃないですね。世の東西ということよりも、歌ったり踊ったりは芸事であって男の立身出世に関係ないというのがあった。だから勉強していれば機嫌が良かったし、野球をやるのは(それだって立派な洋モノなんですが)軍隊の教練ぐらいに思ってたでしょうが、音楽など遊興であって聞くだけのもの、音大に入りたいなんていえば大反対だったでしょう。

そうこうして音楽については呪縛の氷がだんだん解凍されて、特にベンチャーズが音楽は男がやるもんだというところをビシッと見せてくれて、持って産まれたテーストに正直に従ってここまで生きてきました。しかし劇、舞踊のほうは女の芸事という厚い氷に閉ざされたままだったのです。

こういう男がクラシック好きになると、劇、舞踊でもあるオペラというのは色モノなんです。特に三国同盟を真っ先に脱落したイタリアを親父は完全に「蔑視」していて僕もイタ公と呼んでたし、さらにまずいことに痴情にかまけた色恋沙汰ストーリーが多くて色モノ性が倍加され、イタリアオペラは僕の頭の中で最下等のどうでもいいものでした。

モーツァルト、ワーグナーもややそちらよりに見ていたしベートーベンがたった1つとはいえオペラを書いたというのは堕落に感じていたし、書かなかったブラームス、ブルックナーはさすがだ、偉いなと思ってました。イタリアものについてはラ・ボエームがなかったら今でもそうだったでしょう。

こういう男が歌舞伎を観るというのはだから定義矛盾である。女の芸事を男がやる、音楽もないというだけでもうオペラ未満であり、接する気もしないものでした。

その気が変わったのは、早野さん阿曾さんに呼んでもらってご出演の劇を観て面白かったこと、そして京都宮川町でまさに女の芸事の粋を観て世界観がコペルニクス的に逆転したからです。持って産まれたテーストに正直に従うべきものが、ここにもあった。そういうものをこのトシになって見つけられたのは僥倖であり感謝するしかありません。

オペラと歌舞伎は対比してみたいものがいろいろありそうで楽しみです。僕のオペラのレパートリーは偏りがあるし歌舞伎はまだゼロですが、共通するのは劇ということでいままでとは別な角度からオペラを見る楽しみもありそうです。特に世界であれだけ人気のあるヴェルディですが、音楽として興味がないのはわかったことですが劇という魅力はまったく見落としていたかもしれず、もういちど努力してみようかなという気になりつつあります。

(こちらへどうぞ)

宵越しの金をもたねぇのが江戸っ子ってもんで、、、

 

 

 

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京都の南座で中村獅童・尾上松也を観る(改訂済)

2015 SEP 19 3:03:33 am by 東 賢太郎

kabuki2minamiza_201509fflいま京都南座で新作歌舞伎「あらしのよるに」を観てきました。思ったよりずっと楽しかった。

中村獅童、尾上松也、中村梅枝、中村萬太郎。

童話が歌舞伎になってしまう。圧倒されました。終演後にしげ森さんのおかげで楽屋に入れていただきました。獅童さん、松也さん、梅枝さん、熱演でお疲れのところでしたがお会いして話せて勉強になりました。

歌舞伎は決して古いもんじゃない、今を生きているものと思います。「あらしのよるに」もいずれ古典になっていくのでしょう。

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初めて歌舞伎を観る

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テイラー・スウィフトを聴く

2015 JUL 28 1:01:43 am by 東 賢太郎

いま一番きをつけているのが、頭をやわらかくしておくことです。体は断食にはじまって10kmも走れるようになって若返ったようにも思いますが、頭の方はむずかしい。

そこで暇をみてはこういうものを聴いています。

テイラー・スウィフトは2010年のグラミー賞で4冠を達成、最新アルバム『1989』が、過去11年間に全米で最も速く500万枚のセールスを達成したアルバムになるなど、いま世界で最も売れてる米国のシンガーソングライター、カントリー歌手であります。

と、知ったようなことを書きますが、実は仕事関係者からついこのまえ教えてもらっただけですが・・・。

なんといってもこのyoutubeのアクセス数が2億7千万!25才で年収が82百万ドル(=約100億円)となると、サッカーのクリスティアーノ・ロナウド(30)の79百万ドルをしのぎ、同世代の英雄であるヤンキースの田中将大(26)の23百万ドルの3.5倍、テニスの錦織圭(25)の19.5百万ドルの4.2倍です。

娘と同じぐらいのトシですが、資本主義社会の一員としてこの数字にはひれ伏すしかございません。

彼女を聴く(というか勉強するですね)のは、株式市場に居る者は世の中で一番売れているものに接してないとだめというタテマエが少し、彼女が猫柄のシャツを着るほど猫好きというのがかなり、しかし一番おおきいのは彼女が来日したとき会える4人しかいない日本人のひとりと仕事するからなのです。

これは彼らとグローバルブランドを作ろうぜという法外な野望があって、彼はアップルやユニバーサルに認められ作曲も歌手のマネジメントもやってグラミー賞もとっている世界人。34で若い。僕はそんな世界はかけらもわからんがカネ勘定ぐらいはできそうということでお誘いいただいたものです。光栄なことです。

しかしマドンナもレディガガも今や世界を席巻するのは女性という趨勢ですね。すべてが僕にとって新しい。これで頭の方も少しは若返るかな。

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歌謡曲の耳コピ

2015 MAR 31 2:02:05 am by 東 賢太郎

1987年、例のブラックマンデーは大変でした。当時ロンドン勤務だったのですが株の暴落で毎日夜中まで会社に残って端末をたたき、夜中にお客さんまでそれを見に我々のオフィスに現れました。そのころ夢中になっていたのがブラームスで、いまも聴くとあの緊迫した空気を思い出します。

それだけだと聴くのが辛くなったでしょうが、幸いなことにそんなさなかに長女が生まれました。初めての子でありお産に立ち会ったこともあり、これは仕事の憂さなど吹き飛ばす大事件でありました。だからブラームスというと断然そっちの方の思い出になってくれ、今も幸せな気分に満たしてくれるのです。

とにかくそれから毎日のようにブラームスを家でかけてましたから彼女は自然に覚えてしまい、やっぱりそれからよく聴いていたベートーベン、バッハも好きになったようです。僕も赤子のころ親父が耳元でかけていたSPレコードでこうなりましたが。

昨日はTVで昭和歌謡曲特集を見ていたらいろいろ懐かしく、ワインで酔っぱらってピアノで片っ端から弾いて、長女とネコを呼んで「津軽海峡冬景色」と「つぐない」と「ブラームスの4番」、ね、おんなじでしょと納得してもらう。ブラームス好きだから、実は似ているそっちもいいと思うんですね。指揮者の朝比奈隆氏がブラームスはセンチメンタルで多情多感で大衆小説、メロドラマ的な要素があると語っていますがまったく同感です。

ピアノは彼女にとうていかないませんが、こういう耳コピはまだ親父の方が一日の長があるんです。知っている曲だったらまず楽譜なしでOKが何才までもつか、できなくなったらボケたっていうことです。娘に会社を追い出される親父もいるんで威厳は示しておかねばなりませんが、つぐないも教えちゃったしだんだん負けるでしょうか。

しかし昭和にはいい曲がたくさんありましたね。ピンキーはまだいい声だったし精霊流しだっていい日旅立ちだって、ああやってあらためて聴くといい。最近のは飛んだり跳ねたりで忙しくて音楽はいまひとつかもしれませんね。

 

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