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もはや喜劇のエンディングでしかない

2025 OCT 31 22:22:28 pm by 東 賢太郎

高市総理の対外デビューは誰がどう見ても大成功だろう。日本の国益を保持する。これが総理大臣の責務である。その目的を達成すれば満点。やり方は人間だから千差万別。女性だからどうのとか、はしゃぎすぎとか、まったくもってどうでもいい。そんなこと言うんならお前がトランプ相手にやってみろよ。いや私はいち国民だから、だろ。その国民が70%も彼女を支持してるんだよ。

「私の批判者たちは、たとえ私がテムズ川の上を歩いて渡ったとしても、それは泳げないからだと言うでしょう」(第71代英国首相マーガレット・サッチャー)

サッチャーが最高の頭脳と胆力の持主だったことはこの一言をもって証明されている。今日の日本を言い当てているからではない。人間という滑稽な存在の摂理を一般法則として導いて見せた科学者、哲学者の能力をここでうかがわせているからである。

高市早苗は就任していきなり川を歩いて見せた。それにWOW!と驚き、嫉妬し、自分の地位がやばいと焦る奴らが出てくるよ。男だろうと女だろうとそんなこと関係なくね、どうやって足を引っ張ってやろうかと浅知恵を練ってるだけの連中は必ず言うから見ててごらん。

「高市は泳げないんだ!」

ほらね(笑)。言った瞬間にこいつは馬鹿だとトラップを張った箴言だ。

まあ他人の揚げ足取りで飯を食ってる人種もいるし人間さまざまで結構だが、能力ない奴を祭りあげて同じぐらい能のないことを誇示してた連中を含めもはや喜劇のエンディングでしかない。サッチャー時代はなかったSNSがそのザマをサーバーに永久保存しちゃうから末代の恥になるのは気の毒ですらあるが、末代に至っても恥と思わない堅牢なDNAの人種だろうから問題ないのだろう。いずれにせよ僕にはどうでもいい30%の話であり、それが長らく日本を支配してたフラストは半端なかった。喜劇の次は早いとこ解散かまして大ドタバタ劇を観てみたい。

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ゴッドファーザーの世界で輪を広げる方法

2025 OCT 31 1:01:47 am by 東 賢太郎

おとといのアポは30分待っても音沙汰ないので帰ろうと思った。ところが僕が時間を間違えていたらしく、寸前で事なきを得た。S氏は会計士で事業コンサル業を営んでおられる。初対面だが話は盛り上がり、新規事業を語りビデオを見せ、気がついたら2時間半たっていた。僕がどういう人間かぐらいは伝わったろう。

すると、今日早くもメールが来て某ホテルが関心あるのでサンプル品を三台貸せという。これは驚いた。きのうすぐに動いたのだ。でなければ相手が相手だ、こんなリアクションは考え難い。僕も即刻動き、メーカーからOKを取った。この即刻×即刻のテンポ感は全盛期のノムラに匹敵する。これで失敗した記憶はあまりない。S氏は脈がある。

今日は別な訪問者があった。これまた初対面だが非常にエキサイティングな経営者とお見受けした。紹介者である後輩をさして、僕はこいつともう長いんです息子みたいなもんです、かれこれ20年ぐらいですがね、続いてるのはスナイパーだからです。やってこいって言えば地球の裏側まで行ってでもやってきます。だから何があっても僕は守ります。彼の案件は信用します、と言った。

それが済んで席に戻ると米国からスマホにボイスメッセージが入っていた。10/2に6時間のディベートをした友人Hだ。10/8にディズニー関係のディールでLAとオンライン会議をしたのは奴の関連だ。これはこれで素晴らしいが、俺はキャッシュフロービジネスも欲しい、米国で何かないかと話していたのだ。米国の仲間に伝えたぜ。お前は大事な日本人だから入れようと口説いたぞという。奴のパートナーはみな大富豪。僕は例外第一号。大事なのは資産より信用だ。

米国は上記のふたりと関係ない。でも俺が認めてる子分だと言えばHは間違いなく信用する。ゴッドファーザーの世界で輪はこうやって広がる。僕はコッポラの、あの映画のファンだ。それで2018年にこれを書いた。

「ゴッドファーザーの血」を読んで

そういやあこの時、マリオ・ルチアーノ氏は、数日前に麻生太郎総理が来たと言ってた。黒塗りの車を横づけにして突然ね、びっくりしたよって。なんでも、本を読んで面白かったんで顔を見たかったらしく、お前が二人目だと言われた。

マフィアはファミリーであり、血縁に関わらずファミリーだ。中国もまったく同じと神山先生は言う。日本は任侠であり派閥だろう。僕はbossyな人間じゃない。その手の無能な輩は大いに馬鹿にしてる。そう見えるなら海外の社長を3つもやらされてそうなっちまった被害者だ。ただleaderならできる。向いてる。知略を尽くして勝てば全員がハッピーになる、そういう仕事だ。

こうやって毎週何人も未知の人が来る。何の先入観も無くお会いしているがそのこと自体がとても面白い。日々、楽しい。我こそはと思う方はどうぞニューオータニまでいらしてください。ご縁ができるかどうかは時の運だけど、何度も書いている通り人生は当たって砕けろ。思い立ったが吉日。チャレンジしなければチャンスというものはなかなかやって来ません。

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成功する奴はやると決めたらすぐやる

2025 OCT 28 1:01:24 am by 東 賢太郎

久しぶりに後輩から会いたいと連絡があった。2時間くれというのでニューオータニのガーデンラウンジで話を聞いた。すると、ふたりの別々な知人に会ってくれというわけである。いいよとなって、こう言った。俺も話がある、他人の会社の株を買うんじゃなくて、俺がやる話だ。

時計を見ると2時間になっていた。なにやら話っぷりに迫力があったらしい。東さん、まえ会った時と全然違います、どうしてそんなに元気なんですか?おんなじことを米国のHにも言われた。元気なんかねーよもう70だからさ、でも、これってめちゃくちゃ面白いと思わないか?思います、詳しく聞きたいです。

詳しく話した。3時間になっていた。

いいだろ?これ金儲けじゃないんだ、地球を救い人類を救う。物理・化学だ、神様の作った原理だ、心が洗われないか?面白いものは魅力あるだろ?そういうものを見ると元気になるんだよ。

参画が決まった。僕は、こういう若者が無性に好きだ。お前は金儲けは上手いけどな、それだけじゃ人間は下賤になっちゃう。ちょっとは芸術を嗜め。はい、いまジャズきいてますがクラシック覚えたいです。本気か?本気です。わかった、じゃあ50曲ぐらい教えるからひたすらそれ聞いて全部覚えろ。クラシックは暗記科目だからな、基本英文700選みたいなもんよ。気がついたら一生の財産ができてる。そっから先は自分の趣味で勝手に増えるから心配ない。仕事なんかより大事になって退屈という言葉は辞書から消えちゃうよ。

彼はやると決めたらすぐやる。慎重に検討しますなんてうじうじ考えて結局やらない人間が満を持しても何もいいことはない。失敗してもいい、何も考えなくていいから思い立ったらすぐにやってしまいなさい、そっから意外な活路が開けたりするから。10代、20代、30代、40代、それぞれにその年代でなくてはできないことがあるんだよ、だから実はそれは人生の切実な問題なんだ。期を逃して次の代になっちまったらもう手遅れだからね。70代でなくてはできないこと?そんなもんあるわけねえだろ。

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自力で登りつめた高市総理は時代が求める人

2025 OCT 26 11:11:25 am by 東 賢太郎

「ピッチャーってマウンドに立つとどういう感じなんですか?」。税理士会で上から何番目かのテニスプレーヤーで、東京都の区の中学生チャンピオンに勝利した彼はアスリートでもある。かれこれ付き合って12年。ソウルで転換社債の引受け条件交渉に同席してもらったこともあるし国内外でゴルフもやってお互い知ってる。たった一言の回答に驚きはなかったろう。

女子プロと毎週ラリーして教わってつかんだという。野球ならキャッチボールだ。僕は3球キャッチボールすれば上手、下手がわかる。下手の上級者は100%ない。ビジネスの巧拙も10秒だ。経験から得た勘だ。さっき日ハムの新庄監督がお遊びのノリで素人にセンター守備を教えてるyoutubeを見た。目から鱗だ。習ってれば外野でいけたなあというレベル。勉強も同じだ。その道のこういう人に習えばどこでも合格できる。

これからはじめる案件がある。彼が共同経営を持ち込んで来た。誰でもよかったんだろうがそこは勘が働いたんだろう。俺より上はいないと僕は思ってる。でも人間だから伴走者が欲しいときがある。別種目の人じゃだめだ。彼は伴走実績がある。すると僕は復活する。だからこの事業は成功する。何の保証もないがどれだけ失敗しても一晩寝ればまたそう思う、これがマウンドの上で培ってきた変わらない性格だ。万事自信ある方が勝率が高いことだけは確かだ。

こう言ってる。俺はお金に興味ない。だって全然浪費家じゃない。でも、野村證券入っちゃった、激烈な競争でこうなったんだろうね。やめてからね、元社長になんでお前やめたんだってめちゃくちゃ怒られたのよ、お前は100%野村の人間だぞって。でもアガスティアの葉っぱには、あなたは無償で他人にものを与える人ですって書いてある。真逆だよね。そうだろうなって気がしたよ、だって、人を喜ばすの好きだからね家族だって猫までね。

色弱でなかったら天文学者か医者、それも臨床じゃなくて研究者になってたはず。神様の作ったものしか興味ない。税金、会計、法律、政治は人の作ったもの。全然興味なし。法学部もMBAも金融も興味なし。だから好きな道で自力で頂点をきわめた点で、大谷翔平とおんなじで、高市総理は理想だ。バイク乗り回してヘビメタのヤンキーだったんでしょ、それで現役で早慶神戸大学ってめちゃくちゃ地頭いいよ。政策を完全マスターして法律作れて文章は句読点までこだわってスピーチもぜんぶ自分で書く。そりゃくだらないジジイの飲み会なんて行かんわな。見ててわかるよ間違いなく左脳が強い。国会にそんなの何人いる?だから周囲が馬鹿に見えて仕方ないはずだ、気をつけるのそこだね、権力あるからね。それでストライクゾーンで遊び球なしの直球勝負でいい。誰も打てません。

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高市早苗さん ザラストロになってくれ!

2025 OCT 22 22:22:04 pm by 東 賢太郎

魔笛!27歳の僕を夢中にさせ、クラシックの世界に引きずりこんだオペラ。これを35歳の死の直前に超高速で書き上げたモーツァルト!この人そのものが壮大なワンダーランドである。その謎を解き明かそうと何度ウィーンの街を歩きまわったことだろう?秘密は魔笛の中にある。一緒に全曲を歌おう。モーツァルトに同期する。そこには人間と宇宙との完璧な合一という神秘がある。

音楽は僕にとって全人格的な存在である。モーツァルトというワンダーランドでおきること。それは生きていてそう何度も触れる機会のない超常現象だ。一切の思考を停止して身をゆだね、地球の重力をも振り切って、自分が宇宙の一部であるという「無」の境地になるとわかる。そして俗界に帰還すると、目はなぜか涙でいっぱいなのである。魔笛にドラマとしての悲劇性はない。勧善懲悪ものに見えるが、我々の心を熱くしてくれるのは底流に溢れかえっている人間愛なのだ。仏陀もキリストも宇宙は愛に満ちているという。涙はそこから来ている。

リッカルド・ムーティとスカラ座の演奏。こんな素敵な魔笛が手近に聞ける。余生をミラノで送ってもいいなとさえ思う。

ビデオの「2:41:10(2時間41分10秒)から終幕まで」を高市新総理誕生への祝意としたい。この個所を字幕とともにじっくりご鑑賞いただきたい。我が国に僥倖がやってくることをモーツァルトが予見していたかのようではないか。成り行きはこうだ。

夜陰に乗じて「シーシー、静かに静かに」と夜の女王を筆頭とする三人の侍女、モノスタトスの悪玉軍団が忍び足でお出ましだ。女王は別れた夫であるザラストロの軍団に締め出され、いざ復讐せんと神殿を襲撃に来たのだ。

ムーア人のモノスタトスは白い肌のパミーナを2度も犯そうとしたが失敗してる。それを知る女王は「あんた、襲撃に成功したら娘をあげるよ」と噓で釣っているが、彼女はタミーノ王子も「救出したら娘は永遠にあなたのものよ」と二股かけてそそのかしている大嘘つきの悪女なのだ。それでも長い物に巻かれる一同は「偉大なる夜の女王様~」と口をそろえて歌う。

夜の女王

思い起こしてほしい、2022年の7月を。そこで我々は夜の女王の支配下に入った。天空は特殊な電磁波によるアイアンドームですっぽり覆われ、外界の真実から遮断された。空に浮かぶ太陽も月も星もぜんぶ作り物に思えた。腐ったオールドメディアが見せるもの、聞かせるもの、すべてが女王軍団の垂れ流す嘘だ。真実が暴かれると「それ陰謀論だ」と新たな嘘がばらまかれた。民から税を搾り取り、外国に貢いでキックバックをもらう「おぬしもワルよのう」汚職が跋扈したが、いよいよその支配に終焉の時がやってきたようだ。

 

雷、滝のような恐ろしい音が響いてくる。そして強烈な天の鉄槌が下る。

あれ~~~「我らの力は打ち砕かれた」「永遠の夜に突き落とされる」・・・・

 

女王軍団は蹴散らされる

太陽の輝きが夜の闇を払う。正義を背負うザラストロ様の登場だ!

ザラストロ

偽善者の悪の力を滅ぼす。入門を許された者たち、万歳。あなた方は夜を通り抜けた。強さが勝利を収め、美と叡智が永遠に讃えられる。

魔笛はこうして幕を閉じる。

18世紀のオペラだ。ムーア人は肌の色で堂々と差別されている。女は嘘をつく、男をたぶらかす、信用してはいけないとアンチのオンパレードだ。台本家のシカネーダーもモーツァルトも聴き手も当時の民衆も、誰もそれをおかしいと思ってなかった。つまり、夜の女王に正義があり、ザラストロをやっつけて大団円という筋書きはなかったのだ。

しかし、このオペラが書かれる11年前にある女性が世を去っていることを忘れてはならない。オーストリア女大公マリア・テレジアだ。モーツァルトは自分を乞食扱いして職をくれなかったこの女帝を呪った。階級社会で屈辱を味わい、貴族に尻を蹴られて追いだされた彼はドン・ジョバンニというプレイボーイ貴族を地獄へ引きずり落とす。その場面を描写するショッキングな音楽に、貴族この野郎の怨念が木霊する。

21世紀の東のさい果ての国で女性が王になった。天国のモーツァルトはマリア・テレジアを思い出すのだろうか?いや、銀のスプーンをくわえた生まれでない高市早苗を彼は応援するに違いない。人智を超越するひどさだった前任、前々任総理の醜怪な残像現象で、高市氏は何をしても評価されるだろう。しかしそんなものにかまけてはいけない。一気にやることをやり、総選挙をかまして単独安定多数になること。これで政権は10年もつづき、あなたは日本を救うだろう。「英国に必要なのは鉄の女よ」(What Britain needs is an iron lady)。自ら言ってのけたサッチャーは11年半やった。「私の批判者たちは、たとえ私がテムズ川の上を歩いて渡ったとしても、それは泳げないからだと言うでしょう」。このスピリットだ。日本人は望んでいる。国のため国民のため、正しいことを情け容赦なくやることを。楽しみでしかない。それであなたはザラストロになります。

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東さんはきっと宇宙人なんで大丈夫

2025 OCT 21 1:01:53 am by 東 賢太郎

これまで我が社の海外ビジネス実績は米国、英国、香港、韓国、ミクロネシア連邦であったが、新たにインド、中東、アフリカの可能性が出てきた。先週、あることで紹介されたインドの財閥R氏とバーで飲んで、たまたまアガスティアの葉っぱは俺もやったぞと大いに盛り上がり、スマホのビデオ通話でインドの友達まで仲良くなった。こんなんでつながりができる、何でもやってみるもんだ。アフリカは先日にセネガルのM氏が来た。日本語ぺらぺらで、なんでそんなにうまいのと聞くと30年いて奥さん日本人。TVにも出てる。ドクターXで、そういやアフリカのなんたら共和国の話があったっけ。楽しい奴だ。日本大好きというから、俺、行ったことないけどライオン好きなんだ、行きたいねと言った。

アガスティアはというと、それのトップが日本人のH氏である。南インドの寺院で多くの僧侶の頂点に就任予定の40才である。4年後に出家してインドに行き、一生を捧げる。離婚してというのは妻帯不可だから。彼とは少し前に銀座で食事してる。動機を尋ねると、葉っぱを開いたらそう書いてあったんで(笑)だった。当地は問答無用で異国人の彼を迎え入れ、来印するとSPが警護につき、モディ首相に祝福された場面がyoutubeに出てる。インドも行ったことがないからどういう原理で動いてる国かまったくもってわけがわからない。R氏がいう。東サン、すぐインド来てください、フライトだけ買って、あといらないです。う~ん、ありがたいけどおれ飛行機嫌いなんだよなあ・・・。

地球は我々の常識では動いてないようだ。セラピストのYさんに施術中にミトコンドリア・イヴの話をした。地球上の全女性の先祖が只一人のアフリカの女性なんだ。それが聖書のイヴ。女性しか辿れないミトコンドリアのDNAつながりで証明されてる。じゃあイヴのお母さんは誰?ってことになるよね、変でしょ?だって只一人だからね、ダーウィンの言うようにそこらじゅうで猿が進化したんじゃないってことだ。ということはね、地球外生命体、要は宇宙人がやってきて類人猿のメスに遺伝子操作したんです。そうしたらYさん驚いて、驚くべき話になった。私の女友達、宇宙人にさらわれてUFOに乗せられたんです、今日電話しときます・・・。

Yさん自身も、若いころ自分の部屋に宇宙人が来たことがあるという。夢でしょというと絶対違うという。音楽の仕事でひどく落ち込んでた夜、マンションの窓から強い風がビューっと吹き込んできて、私の存在を信じなさいと日本語が聞こえたんです。それが止むとベッドの下に横浜みなとみらいのインターコンチみたいな市松模様の図形が書いてあったという。もうひとつ、野外のコンサート会場で準備してると、空にたくさんのUFOが乱れ飛んで騒ぎになり、しばらくしてぱっと消えるとお客さんが拍手喝采したんです。だからそこにいた3,40人がみんな見た、間違いないんです。

なんと、そういうの読んだことあったけど本人に会うの初めてだよ。感動するね。そういやあ僕のお袋も霊感強くてね、たくさんお化け見てるんだ、でも僕はないよ何度か危険な目にあったけど不思議とセーフ、なんか守られてた感じはするけどね。サンフランシスコ郊外の野っぱらで夜ひとり、でっかい野犬の群れに囲まれ、こんなところで終わりかと観念したらサーっと犬どもが散っていったあれを思い出してた。いえ、東さんはきっと宇宙人なんで大丈夫ですよ(笑)。面白すぎる。帰宅して妻にそれを話すと、あっさりと私もそう思うわよだった。

小学校の時、突然地下に部屋を作りたくなって友達の家の庭を二人でスコップでせっせと堀った。何だったのアレ?不明だ。アガスティアに、大自然の中でユートピアを作って人に与えるとあった。アレはその準備だったのか?そういえばいま凝ってることがある。地球の7割は水、人間の7割も水だ。水こそ命の源だが沸点が異常に高く、個体になると質量が下がるのも異常。妙な物質で地球も人もできてる、これ偶然か?水分子を極小に分解すると活性水素が出る。活性酸素と反応すると水(H2O)になって人体の酸化を防ぐ。これができる装置のメーカーと販売会社と3社間合意書にサインしたばかりだ。ウエルネスのゲームチェンジャーになるかもしれない。これ、インドで売れないか?アガスティアの延長でその話が出てきたのだ。

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日本の誇り大谷翔平 リーグ優勝決定シリーズMVP

2025 OCT 18 15:15:10 pm by 東 賢太郎

いや度肝を抜かれた。投げては先発で6回2安打10奪三振の零封。打っては3ホーマー。メジャー史にもないあまりの出来事。ドジャースベンチも、スタジアムも、いや全米が驚愕で口をあんぐりとし、我にかえって熱狂と興奮で沸きかえった。

2発目、カットが内に曲がってるあれを右中間に場外。う~む、イメージわかん。3発目、マウンドには身長2メートルの絶対的クローザー・メギルが親の仇の如く立ちはだかる。この野郎ねじ伏せてやると投げ込んだ渾身の160Km。こんなの日本人で打てる奴いねえよって剛球だ。うわ!左中間中段だ。パワー対パワーの圧勝。日本人が屈強のアメリカ人をこんなに粉微塵にしたってのは、黒船の来航にさかのぼっても史上初だよ。昨今も恥ずかしい総理や大臣がホワイトハウスでコケにされて帰ってくる、ああいう屈辱のシーンばかり見せつけられてストレスが限界に達している日本国民にとって、もう快哉以外の何物でもない!

投げては160Km連発で6回2安打零封10奪三振って、それだけで投手として万人に称えられる大戦果である。7回ヒットで替えられて面白くなかったはずだが、その裏にあの3発目が出るってメンタル。う~む、この男、けた外れだ。第2戦で3安打1失点でなんと完投した山本由伸。故障者リストと思ったら大復活してクローザーに起用された佐々木朗希。どうだ、日本野球のレベルを見たか!ドジャースは日本人サマサマだ!オーナーも喜んでるが、この勝利はなにより日本の誇りである。ワールドシリーズもこの勢いで撃破してくれ!

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阪神がぶっちぎり優勝したシンプルな理由

2025 OCT 17 9:09:29 am by 東 賢太郎

きのう、最後のほうだけ阪神とDeNAの試合を見た。8回裏の佐藤輝の同点タイムリー、伊勢はいいピッチャーだがちょっとおかしかったね、なんであんなの投げたんか高めにぬけたスライダーみたいなのをひっぱたいて一二塁間をぬく。まあ大根切りってやつだが腕ずくでマン振りで強引にもっていった。いやこいつ凄い。スイング速い。

そして阪神は9回のマウンドに石井大智を送る。同点にされて浮足立った敵の戦意をそぐねえ、藤川監督いい所で出すね、なにせいまセリーグで最高のストレートを投げる男だ、林は当てるのやっとでサードゴロ。これ見てる次打者はビビる。その渡会君、インローの凄まじいストレートに動けず三振。坂本誠志郎のフレーミングですねとマエケンが解説。いいキャッチャーだ坂本。そして延長10回の及川。うわすげえ、こいつこんなに速かったかというストレートで桑原三振、神里三邪飛、筒香三振。前に飛ばない。完膚なきまでに敵を叩き潰しておいてその裏、DeNAは佐々木がマウンドに。彼には大変申し訳ないが投球練習見てあっこりゃもう駄目だと確信。球威ない。中野が巧打でレフト前にあわせ、そして3番 森下翔太。初球。へなちょこのおいしそうなカーブみたいのを一閃。左翼にサヨナラホームランをたたきこんだ。

失投をごっつぁんで仕留める動物的瞬発力はもう肉食獣である。この男と佐藤輝は危険極まりない。近本、中野と選球眼も打力も足もある嫌らしい1、2番にその二人が続くとくれば先発投手はいやだよ。1~3番でどっと疲れちまって4番に40本もホームラン打たれる、こんなチームと誰もやりたくない。打者はマン振り、ピッチャーは速い。これ強いチームの証し。外人なしで13ゲーム差とぶっちぎりのリーグ優勝。外人しか怖くないカープは実質最下位。ドラフトと育成でこんなに差がつくもんかね?

カープは何の趣味か知らんが小兵か草食獣好みだからね、投手優位の昨今は非力じゃ押し込まれて当て逃げ打法で内野フライばかりだ。しかも軸も軸、キャッチャーがいない、盗塁阻止1割の坂倉はもう論外。そんなんで勝つわけねえだろ、しかも草食だから負けがこむと目線がたれてベンチに勝ちそうなムードがない。暗い。家族野球なんて弱っちんだよそんなの、ヤクルト村上なんて見てみろよ、野次られた阪神ベンチにサードからつかつか寄ってガンたれる奴だよ、こんなのがマン振りしたらバッテリーは怖い。そういう奴とれよ、なにやってんだよカープのスカウト、今年は鈴木誠也みたいなデカくてケンカ強そうなのとってくれ。

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女性指揮者の時代(ゾーイ・ゼニオディ)

2025 OCT 16 0:00:28 am by 東 賢太郎

大好きなシューマンの交響曲第3番「ライン」。僕はレコード、CD、カセットテープを56種類所有し、自分の手で全曲シンセ演奏・MIDI録音している同曲の揺るぎなきマニアであります。youtubeにあるのもくまなく聴いていますが、何度きいてもいいなあと幸福感に満たされてるのがこの演奏なんです。

指揮は Zoe Zeniodi(ゾーイ・ゼニオディ)というギリシャ人女性、演奏はマイアミ大学フロスト音楽学校のアマオケです。どちらも名前も聞いたことがありません。ドイツともラインとも何のゆかりもない所でこういう核心を突いた演奏が生まれる。音楽は面白いもんですね。日本で日本人がこれをやったって何の不思議もない。そのうえ、その昔、オケは女人禁制で、僕がロンドンにいたあたりまで楽員にさえ稀でしたね。チェコ・フィルだったかな、舞台は黒ずくめでドレスはハープしかいませんでしたよ。それがいまや指揮台ですからね、俺も年をとったなと感無量であります。

このビデオ見ると、何がいいって、まず指揮姿が美しいじゃないですか。ミューズも女神ですが、この人の流麗な動きは音楽そのものです。見とれます。ラインが好きなんだなあと、大切な楽節でのちょっとした笑顔に愛情がビンビン伝わってきます。細かい指示はなく大河の流れを振っている。その動きと表情のとおりにまぎれもないシューマンの音楽が紡ぎ出されてる。こりゃオケだってどんどんその気になって、終わってみると自分たちが奏でた素晴らしい音楽で全員が幸せになってます。それが聴衆を幸せにしないはずがありません。いい指揮ってこういうもんだと思います。

といってその「好き」の向かう先も大事なんです。水墨画みたいにスコアの版の選択も含め余計な虚飾も贅肉もまったくなし。シューマンのスコアの美を固く信じ、毅然としたもんです。しかもそれが清々しいばかりだ。灘の生一本、純米吟醸。ピュアでストレート。かたやそこらじゅうで蔓延してる、大衆に受けんかな売らんかなみたいなテンポも趣味も悪いくだらない下劣な演出。人工甘味料と防腐剤入りの安っぽいスイーツ。吐き気がします。こういうのは指揮者の氏素性であり人間性というものであって、男も女も人種もなく、それがある人はあるし、ない人が形だけまねたってサマにならず退屈なだけです。音楽はそれをさらけ出しちまう鏡でもあるんです。ゼニオディの趣味、共感しかありません。ホルンが音を外したり弦が乱れたりするけどそんなのはご愛嬌、ベルリン・フィルがカラヤンの棒で整然と完璧にやってますが、だからなんだってもんで蒸留水みたいで滓がない。軍隊の行進みたいな完全主義でラインをやっても意味ない、実につまんないですね、むしろ不純物があるぐらいでいいんです。この曲、いわゆるドイツの巨匠フルトヴェングラー、ベーム、ケンペらは録音がありません。誰でも手が出せるものではない特別な曲であり、彼らの芸は及ばないという自身の見識と思います。

「詩人の恋」。言葉がありません。音楽の魂にふれてます。シューマンもこう弾いたろうかと思うほど。深く深く感動いたしました。

2千人のホールでブラボーの絶叫が乱れ飛ぶ、あんなのとは別世界の、インティメートで音楽の最高の喜びを知る人だけのものです。職業ピアニストじゃない、本物のピアノ。最大180席のアテネ音楽院の「アリス・ガルフリス」コンサートホール、こういうものが毎日聴けるならしばらくいてもいいな。

アメリカの作曲家、故トーマス・スリーパーが指揮の師で、その作品を擁護しているようです。芭蕉の句の静寂と凝集。ゼニオディ、大変な才能です。

読者はご存じの通り僕はグローバリストが世界に押し付けてるジェンダー論の支持者ではまったくありません。でもこと音楽に関してはLGBT全部OK、大賛成です。女性の職業ピアニストというと、1805年生まれのファニー・メンデルスゾーンの時代はまだ難しく、1819年生まれのクララ・シューマンの時代あたりから、もしかして、当時リストぐらいしか満足に弾けなかったハンマークラヴィール・ソナタを弾いた彼女の出現が幕開けとなって、現代人は当然のようにいたもんだと思ってます。とんでもない。20世紀まで声楽にカストラートがいたように宗教的理由からもガラスの天井は厳然とあって、特に集団の支配者、いわば司祭である指揮のポストは保守的聴衆もオケ団員も女性を認めなかったんですね。

それは大いなる間違いです。時流だからではありません。音を出さずフィジカルなハンディ皆無である指揮にこそ、才能ある女性が進出して人類のために悪かろうはずがないからです。最近は読響定期で出会うことが増えており、その都度新しい才能に喝采しております。男はどうしようもなく退屈な人がままありますが、女性は見事にハズレがありません。天井を破るのは半端なことではなく、それだけの覚悟を持った人たちだからでしょうか。これからは指揮も女性の時代になりそうな予感がひしひしとしています。

 

ご参考

シューマン交響曲第3番の聴き比べ(1)

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ブラームス 「ドイツ・レクイエム」作品45 (その5)

2025 OCT 12 16:16:03 pm by 東 賢太郎

目下、仕事の合間をぬいながらドイツ・レクイエム全曲ピアノで弾いてみようという無謀なプロジェクトを決行中だ。遅々としてやっと第3楽章まで来た。これと第6楽章にはフーガという難所がある。それにビビっては音楽の全貌が見えない。山は見上げるな登ってみよ、これは何事においても我がテーゼだ。登って作曲家を知る。ビジネスの成功には人を見る目を要するが、同じことだ。天才という後世がかぶせた仮面では姿は見えない。

今回はその第3楽章である。作曲は1866年の2~4月にバーデン=バーデンに近いカールスルーエでフーガまで、5月に演奏旅行のさなかにフーガを完成させている。前年2月に母が亡くなり、夏はバーデン=バーデン、秋からドイツ、スイスへ演奏旅行に出てチューリヒで医学者ビルロートと知り合ったわけだが、1866年夏にフルンテルンで第5楽章を書く直前に第3楽章を仕上げたことになる。

本稿では第3楽章のある音型につき仮説を述べたい。ハイドンの交響曲第98番でもそうだったが、作曲家は創造の秘密を明かすことはない。知的財産権の保護として音楽著作権の概念ができたのは1886年のベルヌ条約以降だが、ブラームスはシューマンの主題の引用で訴訟されるリスクは考えなかったろう。つまり盗作ではない引用は平安貴族の本歌取りに類し、原作者の利益を棄損するものではない。ただオリジナリティを競う音楽創造において自らそれを棄損する引用の価値はゼロだ。したがって、もしそれがあるなら、引用者には何かの事情があると考えるべきだというのが僕のスタンスである。

27才のドヴォルザーク

アントニン・ドヴォルザークの父親の生家は肉屋と宿屋を営んでいた。父は村で評判のツィターの名手で、後にズロニツェで飲食店を始めたが、生計が苦しく、アントニンは小学校を中退させられ肉屋の修業に出された。厳しい出自である。それに甘んじなかったのは彼の意志で、それを後世は才能と呼ぶ。1874年、ウィーンに出てきてオーストリア政府の国家奨学金に応募した33歳のスラブ人を、ウイーン楽友協会の音楽監督で審査員だったブラームスは楽界に紹介し激賞する。「彼はオペラ、交響曲、室内楽に器楽曲、あらゆる音楽を書いていて疑いもなく才能ある人物である」と貧しい彼を出版社ジムロックに紹介もした。ロベルト・シューマンが突然に家に現れた彼にしたように。人は出自の影響を抜けられない。アントニンのそれはブラームス自身の父親、階級、惨めなハンブルグ時代にダブルフォーカスしたろう。30代半ばでワーグナー派であったアントニンも反応する。絶対音楽への傾斜を見せ、交響曲第6番にヨハネスの2番の、第7番に3番の影が見えるという宗派替えは作曲家のドクトリン変換という重大事である(3番の初演にもアテンド)。そのことが民族、宗教の厚い障壁を越え、両人が根源的共感に至ったことと切り離して考えられないことは、ヨハネスと芸術観を共有する中産階級出身のクララ・シューマン、ヨーゼフ・ヨアヒムが、ヨハネスの激賞にさっぱり反応しなかったことに見て取れる。

もうひとつ注目すべきは、両人の共通の関心事、鉄道である。好んでそれで旅したブラームスの交響曲第2番終楽章はその心象風景とも語られ、かたやドヴォルザークはマニアのレベルにあり、下宿は列車の音が聞こえる所に探し、暇さえあれば駅に行き、機関車の型番、スペック、時刻はおろか駅員、運転士の名前まで記録し、線路の継ぎ目を渡るがたんがたんのリズムの変調で列車の故障を見ぬいた。女性にそういう人がいないわけではなかろうが、男性に圧倒的に多い、いわば理系的関心領域である。Oゲージの鉄道模型に耽溺して育ち小田急線の台車の種類を全記憶している僕自身まさにそれであり同慶の至りの感を禁じ得ない。両人はさぞ話がはずんだろう。アントニンはシューマン夫妻の長女マリーと同い年だ。彼が支援したくなった気持ちはよくわかる。

ブラームスとドヴォルザークは一般に作曲家としては別種とイメージされる。ブラームスが「彼の屑籠から交響曲が書ける」と羨んだからだ。しかし彼は「美しい旋律が良い交響曲を生むわけではないがね」を言ってない。マルクスゼンに習い、バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーベンの楽譜を独学した主題労作、変奏の技術に旋律素材のクレジットの余地は僅少である。それに習うドヴォルザークは49歳の大作レクイエムをバッハのロ短調ミサ第3曲の冒頭のF – Ges – Eの半音階的音列を素材として書いた。美しい旋律だけの人ではない。作曲する(compose)とはcom(一緒に)+pose(置く)だ。つまり、おもちゃの兵隊や鉄道模型をあれこれ並べて気に入る軍隊やジオラマを作る作業を「音」でやるという意味で音の建築に近く、対位法、和声法は構造建築工学に相当する理系的学習だ。ブラームスが「作品を寝かせ、それが1つの完成した芸術作品として仕上がるまで、音符の多過ぎ少な過ぎがなくなり、改善できる小節がなくなるまで何度も書き直す。それが美しくもあるかどうかは全く別の事だが、それは完璧であるに違いない」と述べたのはそういうことだ。

ブラームスになくドヴォルザークにはあった重い経験がひとつある。子供を持ったこと、そして失ったことだ。長女、次女、長男を亡くした精神世界はそれを直接の動機とするスターバト・マーテルのみならず、レクイエムにも深々と投影されている。儀式典礼用ではなくプライベートな動機に発している点においてドイツ・レクイエムに重なる。ドヴォルザークがこの作品をどう見たかはわからない。ヤナーチェクに語ったとされる「ブラームスは神を信じない」という言葉が真実なら敬虔なカソリックの彼には異質なものだったかもしれないが、自分と同年代で作曲された大作を看過したとは思えない。

第3楽章を弾いていてひっかかる部分があった。これだ。

どうしても、これにしか聴こえない。

耳でもそう思っていたが楽譜でみると音価までぴったり同じである。言うまでもなくチェロ協奏曲の主題だ。ドヴォルザークはこれをナイアガラ瀑布にて着想したという。職業上、世間にはそう言ったのだ。なぜなら米国で書いた作品は出版前にブラームスに送られ、彼が校訂しており、「チェロでこんな協奏曲が書けるなら自分も書いたのに」と唸らせた。つまり、これを見たことは確実だ。むしろブラームスに見せる前提で、原曲で「mein Leben」(わが命)と歌うこの主題(第7楽章にも現れる)を無言のメッセージにしたというのが僕の仮説である。

ヨゼファ(左)とアンナ

この協奏曲は望郷の歌だ。そして彼はかつて愛した女性(ヨセフィーナ・カウニッツ伯爵夫人)が重病との知らせをニューヨークで聞いていた。すべてを覚悟した彼は冒頭主題をドイツ・レクイエムに借り、第2楽章では彼女の好きだった主題(歌曲Lass’ mich allein)を歌い、そして、彼女の訃報をきくと、第3楽章に長いコーダを追悼としてつけ加えた。彼の妻アンナはヨセフィーナの妹だが、どれだけ姉を愛し、どれだけ幸福な時間を共に過ごしたかが涙をたたえて吐露されるのである。音楽は止まりそうになり、そして、何よりの証拠に、チェロのモノローグが “問題の主題” を静かに回想する。それは作曲時点からいずれ来る別れの日へ向けた、残された者への慰撫のレクイエムだったのだ。この協奏曲の主題が先住民インディアンや南部の黒人霊歌から採られたという米国の愛国者による愛すべき説を作曲家は否定している。ナイアガラ瀑布、あんなものはプラハにはない。故郷でもらっていた25倍もの瀑布並みの給料をくれた彼等への精一杯のリップサービスだったのだろう。

余談だが、ブラームスは「mein Leben」主題を愛してやまなかった別な主題から取ったのではないかと想像している。どなたもご存じのこれだ。

一度きくと頭にリフレーンする、クラシック音楽で最高のヴィオラ名旋律のひとつだ。彼はドヴォルザークの屑籠をひっくり返す必要はなかった。

第3楽章は、楽譜を見ながら音を聴いていただいたほうがいいと思う。サヴァリッシュ / ウィーン響、バリトン・ソロはフランツ・クラスだ。お示しした箇所は1分40秒である。その後も、フーガまで「mein Leben」主題が合唱に、オケ伴奏に再三現れることをご確認いただきたい(3分38秒でTimを伴って爆発)。

ドイツ・レクイエムの初演は3回行われた。1回目は1867年12月1日にウィーンで最初の3つの楽章だけ、2回目は1868年4月10日にブレーメンでブラームス自身の指揮で第5楽章を除く6楽章、3回目が1869年2月18日にカール・ライネッケ指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団による7曲全曲である。

1回目の指揮者はシューベルト「未完成」および、ワーグナー「ニュルンベルグのマイスタージンガー」のウィーン初演を指揮したウィーン楽友協会合唱団の創始者ヨハン・ヘルベック(1831-1877)である。このビデオの合唱団であるWiener Singvereinがそれであり、ハンブルグ・フィル指揮者ポストの落選事件で翌1863年にブラームスが指揮者に就任したのがそれである。

1回目の初演は失敗だった。第3楽章でティンパニ奏者が楽譜の指示を読み間違え、フーガの持続二音(ペダル・ポイント)を強打して演奏を壊してしまい、聴衆は罵声を浴びせ、ブラームスの支持者ハンスリックまでもが「ペダル・ポイントはトンネルを通る列車の轟音のようだ」と皮肉なコメントをした(反対派の陰謀説もある)。

ピアノソロ+ティンパニという興味深いバージョンのビデオがある。バーデン・ヴュルテンベルク州立青少年合唱団は15歳から25歳の70人ほどが州内の学校合唱団、青少年合唱団、大学合唱団から集まり、ウィットサン休暇と秋の休暇中にそれぞれ1週間集まる。バーデン・ヴュルテンベルクの州都シュトゥットガルトはベンツ、ポルシェの本社があり、この曲ゆかりのバーデン=バーデン、カールスルーエもある。さすがご当地のアマチュア合唱団。立派な演奏である。

余談ながら、これで聴く限り終結部でティンパニが強打するが合唱がマスキングされることはない。初演の失敗はオーケストラの崩壊だったのではないか。とすると団員に予想外だったことになり、ティンパニストを巻き込んだワーグナー派の陰謀説もまんざらでもないと思ってしまう。

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