これをききました。
2016年4月14日(木) 19:00 サントリーホール
指揮=下野 竜也
テノール=ロビン・トリッチュラー
合唱=二期会合唱団
(合唱指揮=冨平 恭平)
池辺晋一郎:多年生のプレリュード
ベートーヴェン:交響曲第2番 ニ長調 作品36
フィンジ:霊魂不滅の啓示 作品29
2016 MAY 1 1:01:59 am by 東 賢太郎
26日から30日までプレゼンがたてこんで休む間がなく、寝不足でもありストレスもあり頭がナッツ状態でした。
ところで土曜日に、KW氏を拙宅にお呼びして打ち合わせした折、少し音楽でも聞きましょうとなって本当に久しぶりに地下でCDをかけたのですが、彼が好きというカーペンターズのSACDの美音が心にしみてしまいました。彼はこういう音は初めてだったようで、僕のほうはあまりに久しぶりであって、ふたりして感動したわけです。
ところが、仕事に気がとられていたのかそこで入れたオーディオの電源を、そのまま落とし忘れてしまいました。まる一日たって、さっき地下室へ下りてそれに気がつきました。せっかくだし、なにか音に変化があるか聴いてみたいと思い立ちましたが、困ったことに今日はさらに疲労困憊していて、こういう時は音楽さえのどを通らなくなります。CD棚を端から端まで眺めましたが何一つ食欲がおきません。
ふと、床に積んであった未聴のディスクの山が目に入りました。その一番上がこれだったのです。酷いもんでもう1、2年は買ったまま封も切らずに放置していたと思われます。昔、オーディオを教えてくれた友人にハイエンドは電源を切るなと教わっていたこともあり、また、ホヴランドのストラトゥスは「切らないのが望ましいが電気代を気にする人もいるので仕方なく入力スイッチを2段階にした」という製作者のコメントを読んだ記憶もあったから、それなら録音の良いSACDでオーケストラを聴いてみようという気になりました。特に意味もなくこのPentatoneレーベルのメンデルスゾーン4番(C・デイヴィス/ボストンSO)を鳴らしてみたのです。
これが衝撃でした。まったりしたアナログ的な弦、鮮明に音楽的に鳴る管、締まってブーミーにならない見事な低音、質感のあるティンパニ、すべてのパッセージが生き生きと脈動し、楽器の定位ははっきり感じられるではないですか!原盤は76年録音ですからフィリップスのアナログ全盛期で、ボストン・シンフォニーホールの最上の席に座っているかのようで、かつてこのシステムからこういう音はしなかった。
まったく何気なくかけたのですが、こういう音の前では疲れなど跡形もなく吹っ飛びます。演奏も大変良ろしいのです。偶然から宝物のディスクが見つかり幸運でした。ほぼ居眠りしていた脳ミソが一気に覚醒し、日付は変わりましたが本稿を書く気力がみなぎったのです。
良い音、良い音楽はクスリです。
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2016 APR 27 22:22:01 pm by 東 賢太郎
パパゲーノが主役なら表のわき役とでもいう存在がモノスタトスです。
夜の女王からザラストロに寝返るのがタミーノ、寝返ったようで靡(なび)かず中立なのがパパゲーノ、ザラストロから女王に唯一寝返るのがモノスタトスであって、アリアは二つしかないがなかなか強いインパクトのある役です。
ムーア人という設定だからイスラム教徒で色は黒い。オテロのタイトルロールもそうですが、前回書いたように魔笛には後宮からの誘拐という伏線があるのであって、オスミンに原型があると考えてよいのではないでしょうか。僕はモノスタトスにパパゲーノと同じほどの人間味を見てしまい、主人のザラストロから77発のむち打ち刑を食らったあげくに寝返った先の女王と一緒に滅ぼされてしまう哀れな運命には同情さえしてしまうのです。
肌の色が黒いというだけで、身も心も無く、血も通っていないというのか?醜いので恋をあきらめ、女なしに暮さねばならないのか?
といい、眠っているパミーナに「白いってきれいだなあ!この娘にキスしてやれ」と劣情をたぎらせる。このアリア「誰でも恋の喜びを知っている」はピッコロが旋律を吹くなどトルコ音楽の風情があり、「音楽が遠くから聞こえてくるように静かに演奏され歌われる必要がある」とト書きに指示があります。そりゃそうだ、獲物をねらう猫みたいにそ~と近寄って、パミーナが起きてしまったらこまる。この歌は狼藉をはたらこうとするモノスタトスの内面で鳴っている音であって、音量だけでその息をひそめた感じが聴衆にわかる。それがアレグロである。彼の心臓の鼓動が伝わってくる。こういう風に音楽が書けるからモーツァルトのオペラは200年も聴衆のハートをつかんでいるのです。
この短いアリアには驚嘆してやまない和音が一つあります。ピアノ譜の青色部分です。
ハ長調の急速平明なクープレ、話すように軽い声で歌う、その流れの中にそっと置かれたEm!!モーツァルトは何度も何度も各所で僕をノックアウトしているが、これはその最たるもの、瞬間に通り過ぎてしまうのでお気づきになりにくいかもしれませんが、この曲の色合いをさっと変え、どきっとさせ、モノスタトスの人物像まで変えてしまう最も高貴で繊細なやさしさに満ち満ちたもののひとつです。
醜いので恋をあきらめ、女なしに暮さねばならないのか?
モノスタトスの悲しさがこの和音ひとつに滲み出ている。粗暴で野獣のような男でないぞという、パパゲーノを見つめる彼の人間賛歌の目がモノスタトスにも注がれているのです。
これは偽終止というやつで、ハ長調CだとドミナントGからトニックのCに戻らずAm等にいく。これは「アマデウスの連体止め」と僕が勝手に名付けているモーツァルト必殺の得意技で、みなさん国語で習われた和歌や俳句の連体止め、あの効果によく似ているのです。これは別に彼の発明ではないですが、彼はAm(6の和音)に行くのがお好みで、作品の随所に出てきます。
下のK.581だと青色部分でバスがc#に行けばトニック(A)なのにf#に上がってF#mの和音になってます。のちに繰り返しの場面ではAになるので、このF#mという6の和音は明らかに代用で偽終止、これぞ連体止めです。
(例) クラリネット五重奏曲イ長調 K.581 第1楽章冒頭
ところがモノスタトスのアリアはDsus4、Dと来てG(ト長調)に収まると思わせつつ(偽転調だ!)、なんとそこに6の和音であるEmの偽終止を置くという驚くべきダブルの騙しで完全に僕の脳髄を狂わせる。もう凄すぎて語る言葉もなし。魔笛という言葉を聞いて僕にまずひらめくのがこのEmであって、今回、少し気が変わってブログを書いて、とくに、どうしても書かなくてはいけない魔笛にしようと思い立ったのは、このEmのことを残しておかなくてはと思ったからなのです。僕がモーツァルトの信者であるのはこういうことです。細部に宿る神の証し!細部が証明しているのです。なぜといって、こんなメガトン級の威力で耳を直撃する音を書いた人はいない。少なくとも僕にとってはです。
200年近くにわたって、モーツァルトを天才と呼び、賛美する人が世界中にいました。今もきっとたくさんおられます。ケッヘル何番のあそこがいい、ここが天上の調べだという類の書物も手当たり次第に読みました。どれを読んでもピンと来ないのは、僕にはたぶんそういうレセプターがないのであって、それは色覚とおんなじように人それぞれの受容器が脳についていて、僕のはこういう部分に反応してしまうということだと思います。このEmに感動している人はいまだかつて見たことないという一抹の寂しさはございますが、唯一救いに思っているのはそういう人がかつて一人だけは確実に存在した、すなわち、それがこのEmを数多ある音の中から選び取ったモーツァルトだったということです。
このアリアが布石になったかどうか、あんまり興味がないので知りませんが、ロッシーニのセヴィリアの理髪師にフィガロのこういうアリアがあるのですね。
モノスタトスに似てる気がするが、和声的に何の事件も起きないお気楽さ・・・まあ、これがフツーの天才の音楽です。
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2016 APR 26 0:00:09 am by 東 賢太郎
前回、パパゲーノのことを書きました。モーツァルトが彼にどれだけ愛情をそそいだか。魔笛の主人公はパパゲーノだといってもいいと思います。なんたってモーツァルトが自分自身の姿をそこに重ねているからです。
モーツァルトは父の強硬な反対をうけてコンスタンツェとなかなか結婚できなかった。父は手紙でこう諭しました。
愛する息子よ、やめときなさい、おまえの評判にかかわるぞ、私だって何を言われるかわからない、おまえはその女の計略にひっかかってだまされてるんだ、その女の母親はとんでもないワルで有名だぞ、おまえは目先のことにすぐ熱くなる性格なんだ、それを自覚しなさい、その女の家に下宿するなんてとんでもない、すぐにそこを出なさい
父の厳命で仕方なく下宿を出たモーツァルトが引っ越したのは、そこから歩いて3分もかからないアパートでした。こういう経緯があっても彼は父にないしょでコンスタンツェと逢引きをつづけ、ついに無断でシュテファン寺院で結婚式をあげてしまう。それは禁断の苦しみの末にやって来た人生最高の喜びの瞬間だったろう。
魔笛を考えるに重要なのが「後宮からの誘拐」というジングシュピール(ドイツ語歌劇)です。トルコの後宮(ハーレム)に囚われている女性を婚約者が救いだす話です。その女性の役名がコンスタンツェだった。これは偶然かもしれませんが、モーツァルトが母の囚われの身に見えていた本物のコンスタンツェを意識しなかったことはないでしょう。彼はこの曲を結婚式(1782年8月4日)直前の7月16日に初演したのです。ヨゼフ2世ご臨席のもとで。8年後にやってくる逆境に比べなんと順風満帆だったことだろう。思い出のこの曲が、そこで書くことになる魔笛の作曲に無縁でなかったと考えるには意味があります。
「女性の救出劇」というコンセプトといえば、魔笛の第1幕はまさにそれです。後宮ではザラストロのかわりに太守セリムという王がいます。コンスタンツェに愛情を寄せているのですが決して暴力的にコンスタンツェを我が物にしようとはしない、ある意味でありえないほど非現実的な王様で、逃走に失敗してつかまった二人を成敗するどころか帰国まで許すのです。粗暴で好色なトルコ人という当時のウィーン市民の常識とかけはなれた人物として、いわば偶像化されている(歌はまったく歌わない)。
それは「啓蒙君主のアイコン」としての偶像でしょう。マリア・テレジアが亡くなって、息子のヨゼフ2世(左)という正に啓蒙主義的な思想の皇帝が現れた、そればかりか、彼はイタリア物一辺倒だったオペラにドイツ語歌劇という新風を国策として吹き込んだのです。絵にかいたような啓蒙君主の登場です。ウィーンでサラリーマンをやめフリーランスとなったモーツァルトにとって救いの神のようなトップであり、人生初めてつかんだ出世のチャンスで全身全霊のおべっかをもりこんだ作品が「後宮」だったとも考えられます。
ところが、ヨゼフ2世は90年2月に逝去します。ダ・ポンテとの「フィガロ・コンビ」で書いた「コシ・ファン・トゥッテ」初演の1か月後のことです。後任のレオポルト2世(左、右がヨゼフ2世)は兄の啓蒙思想の反動政治を行いますが、注目すべきはダ・ポンテを国外追放したことです。僕はこれまで何度も「フィガロ事件」がモーツァルトの人生に落とした暗い影を書いてきましたが、このコンビはいわばレノン・マッカートニーであって、もし片方が英国王室を侮辱したか何かで国外追放されたりしたら相棒もどんな境遇になったか、想像に難くないでしょう。
90年10月にフランクフルトで行われたレオポルト2世の戴冠式でピアノ協奏曲(第19番と26番)を演奏したり涙ぐましいおべっかと就職活動を駆使したが成果はありませんでした。時はおりしもフランス革命戦争前夜だったことを忘れてはなりません。前年89年にバスティーユ襲撃があり妹のマリー・アントワネットは逃亡の計画を兄に伝えていました。彼女が後ろ手に縛られ肥料運搬車で市中を引き回された末にギロチンで首をはねられたのはその3年後のことです。
フランスの同盟国オーストリアのアンシャン・レジーム側にとって、このような日増しに緊迫、不穏の度を加える空気の中で即位したレオポルト2世がフィガロを書いた危険分子を国外に追放したのは当然であり、残った片割れの楽師の就職活動など目もくれるはずがなかった、いやむしろどうやって潰そうか思案中であってもおかしくなかった。出来なかったのは彼がまだ人気、知名度があったからでしょう。海外に就職はできない。モーツァルトが最後の年1791年にやおらエキサイトして名曲を連発したのはその危機感と無縁でなく、人気こそが彼の命綱だったからでしょう。
革命においてフランス国民議会は「人権宣言」を発表し新憲法を作りましたが、それを採択した400名の議員の内300名以上はフリーメーソンだったことは特筆してもし切れることではありません。モーツァルトはパリに知人がおりフランス革命の動向をよく知っており、自分を袋小路の鼠のように追い込んでいる神聖ローマ帝国アンシャン・レジームの倒壊を密かに願ったとしても不思議ではなく、フリーメーソンを暗示するオペラを大衆に浸透させてヒットさせてしまいたいと考えたのではないか。
このことは彼と同じぐらい反アンシャン・レジームの啓蒙派ながら、まだ旧体制に依存して食っていかねばならなかったベートーベンがフランス革命の寵児ナポレオンの出現に熱狂し、期待を込め、あの巨大にして斬新なエロイカ交響曲を書いてしまった、その衝動とエネルギーの巨大さの実例を見ればさほど見当違いな空想とも言い切れないように思うのです。フィガロより、ドン・ジョバンニより、コシ・ファン・トゥッテより、明らかに支離滅裂な台本にそのどれよりも偉大な音楽を書いたモーツァルト。その台本への共感こそが実はエネルギーの源泉であったと解釈する方が腑に落ちると思います。
魔笛がそういうオペラだったとするならフリーメーソン内部で使う典礼音楽を書くのとは意味が違い、大衆扇動、プロパガンダです。フランスの三色旗につながる自由・平等・博愛の思想を巧妙にポピュリズムにまぶして拡散させようと考えたのではないか。しかしその行為はフィガロに続く第2の「自爆テロ」になりかねない、まことに危険なリスクを内包していることをモーツァルトが知らなかったとは思えません。しかし、袋小路の鼠に残された選択肢は限られていた。だから彼はその真意をオブラートに包もうと考えたはずです。
タミーノは原作では日本の狩りの装束で現れ、夜の女王は天空から登場し、ザラストロはゾロアスター教の始祖名であり、彼が崇めるオシリス-イシス神は古代エジプトの神です。当時誰も日本など知っていたはずもないので遠い異国であればなんでもよかった。古代エジプトが舞台だから登場人物はキリスト教徒ではない。この設定が回教世界(トルコ)の舞台設定である「後宮からの誘拐」と同じです。異教徒世界の寓話だよという偽装なのです。
トルコとは戦争はしたが相手がへばった。それ以来トルコへの憎悪は薄れてコーヒー、行進曲など好ましい異国情緒の対象となり、世論を喚起・説得する手段として「トルコでは・・・」という手が流行したそうです。太守セリムを偶像化し、しかし我が国もそれに匹敵する名君(ヨゼフ2世)を持ったではないかというオペラを書くことがなぜ皇帝への「おべっか」になったか、その意味はそれなのです。魔笛がそのレトリックを使って「古代エジプトでは・・・」と訴えたかったもの、それがメーソンを暗示する啓蒙思想だったと考えます。
ルイ16世とレオポルド2世はモーツァルトには重なって見えており、夜の女王のモデルがマリア・テレジアであったかもしれない。とても危険ですが、その願望を覆い隠すベールとして同じドイツ語オペラで大ヒットした旧作「後宮からの誘拐」の「女性救出ドラマ」というフレームワークはいかにも自然で、大衆に分かりやすいものでした。シカネーダーが書き始めたそれをモーツァルトが乗っ取って、メーソンの最高位で事務総長のイグナーツ・フォン・ボルンらがメーソン教義と儀式の核心部分を構成した。それが第2幕の変転の真相なのではないでしょうか。
変転が聴衆の確信に変わるシーンがこれです。ザラストロの登場です。ライオンまで出てきてしまうとああこの人が王様なんだと。夜の女王のハイFに対抗する低音のfが聞こえます。
ボルンがモデルと比定されるザラストロのアリアはメーソン色が強いと感じます。
モーツァルトのフリーメーソン活動が「秘匿されるべき何ものか」を包含していたことは、妻のコンスタンツェと彼女の第2の夫ニッセンによって、そのほとんどの資料や手紙の文面が廃棄、削除されてしまっていることが証明しています。真相を政府に知られることを恐れたのです。夫の死後、コンスタンツェが政府から年金をもらうのに都合が悪かったとされていますが、それだけでなかった可能性は否定できません。
第2幕の大詰めにきてタミーノとパミーナ(メーソンの入信者)は表舞台から消え、自殺アリアからパパパ・・・まで、まったく非メーソン的であるパパゲーノが大変な存在感を持って舞台を独占する。これは第1幕の牧歌的世界と対を成して外郭を形成し、メーソン儀式をアンコとした入れ子構造でメーソンオペラの実体を隠ぺいするためではないでしょうか。筋書きがわけがわからないという我々の幻惑はひょっとして意図、計算された結果も知れません。
第1幕の冒頭で大蛇をやっつけたとウソをついて自慢するパパゲーノはこのオペラで終始一貫して舞台におり、入信儀式の試練の場にも立ち会って、 終始一貫してまぬけで人間くさく、火と水のシーンでいなくなったと思ったら自殺シーンですべて独占する。彼はメーソン臭さの中和剤であり、ほのぼの笑いを取る八つぁん熊さんであり、メーソンの殺気に光る刃を隠してしまう巧妙に配され、効果を計算され尽くした道化なのです。しかしその設計図の中で、モーツァルトの愛情がふんだんに盛り込まれた文字通りの主役になっている。オペラが終わるとハッピーにしてくれたのはパパゲーノだという印象になり、実はメーソンの教義が頭にこっそり刷りこまれたことは気づかないのです。
魔笛にフリーメーソンの影響があると主張する人はたくさんいますが、そんな程度ではない、これがモーツァルトを含むウィーンのメーソン幹部による革命陽動オペラなのだというのが僕の見方です。
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2016 APR 24 3:03:36 am by 東 賢太郎
魔笛の筋書きというのはそのまま「ドラえもん」になりそうです。タミーノ王子と鳥撃ちのパパゲーノが王女パミーナを救出しようとザラストロの神殿に侵入しようとする。そこでドラえもんがポケットから「これ持ってってね」と王子に魔法の笛、パパゲーノに魔法の鈴を出してくれるのです。
ザラストロの手下のモノスタトスの一味に囲まれて危機一髪の事態となったパパゲーノ。さっそく鈴を取り出して鳴らします、するとあら不思議、悪党どもは酔っ払いみたいになって踊りだしてしまいます。
いや~ドラえもんがいてよかったなあ、鈴が無かったら危なかったよ・・・。この鈴は彼女のいないパパゲーノに可愛いフィアンセのパパゲーナを呼び出してもくれたりする。タミーノの方だって笛を吹いて火と水の試練をくぐりぬけてむずかしい入信の試験に合格し、助け出すはずのパミーナとカップルとなってしまうのです。
要は、このドラえもんの笛と鈴は影の主役であり、だからこのオペラの題名もちゃんと「魔笛」となっているでしょう?ところが、おかしなことがあるのです。パミーナ救出に行ったはずの二人は敵方ザラストロに懐柔されてしまい、ついにドラえもんは成敗されて、あれ~と地獄に落ちてしまうのです。
このドラえもんが「夜の女王」であります。笛と鈴は彼女がくれたわけです。
魔笛はわけのわからない筋書きで、ザラストロと夜の女王はどっちが善玉か悪玉かわかりません。第2幕でザラストロが善玉だった風に描かれ、万人がそう信じているが本当にそうだろうか?
タミーノは悪人ザラストロに洗脳されて入信してしまいパミーナと結婚を許されるが、そこで夜の女王が現れてドカンと一発逆転・・・やっぱり女王様の笛と鈴は正義の味方だったんだ、よかったねなんて筋書もありだったように思うのです。
優等生のタミーノ君が試験に合格してバンザイとなる。聴衆はそこまで延々と「しゃべるな」「飲むな」「女に騙されるな」と堅苦しいタミーノの受験勉強につきあわされたわけで、それなら合格の胴上げでスカッとして「よかったね」で終わりですよね、ふつう。
ところが、そこに劣等生で放校処分のパパゲーノ君が現れます。そして「彼女がいないよ、さびしいよ!」と自殺まで試みると、女王の鈴の魔法でかわいいパパゲーナちゃんが現れ、なんのことない「たくさん子供を作ろうね」(パパパ・・・)なんて歌で大いにもりあがっちゃう。
おいおい、あの受験勉強はなんだったんだよ?
まあ、そうなるわけです。だからそこに夜の女王が出てきて「そうよ、楽しい家庭こそ人の道なの。あんたたちも帰っておいで」ってタミーノと娘を呼んでおいて、「この浮気者!滅んでおしまい!」なんて叫んでサリーちゃんの魔法の杖みたいなのでピカっとやると悪党ザラストロの神殿がドドーンとなくなっちゃう。
そこで一度音楽は静まっていよいよ大団円です。夜の女王、タミーノ、パミーナ、パパゲーノ、パパゲーナが舞台中央に寄ってきて魔法の笛と鈴を高くかかげて勝利を宣言し、「愛こそ人を救う」の 感動的な五重唱と合唱で幕を閉じる。これでしょう、これが筋のとおった魔笛じゃないでしょうか。
このオペラの台本作家シカネーダー(右)はそうするつもりで第1幕を書きだしたが、競争相手の劇場が似た筋の作品を先にやったので第2幕から方向転換したという説が昔からあります。ジャック・シャイエは否定してますが僕はそのつぎはぎ説に賛成です。オペラといってもイタリア歌劇でなくドイツ語上演の芝居小屋劇です。台本も作曲も急ごしらえで、客にうけてナンボのものだった。後世の学者があれこれ難しい理由を考えてますが、要は単純に何でもアリだったと思うのです。
シカネーダーの日和見な営業戦略にモーツァルトがつきあった理由はいくつか考えられて、
①フィガロの失敗でなくした自分の居場所を作るためにドイツ語オペラの人気を確立したかった。「賢者の石、または魔法の島」というオペラに合作者で入ったが、なんとしても一人で全部書いて歌劇場での名声を復活したかった。
②フィガロを書いてしまった権力への反骨心は消えず、それをフリーメーソンに託す気持ちが強くあった。だからフリーメーソンオペラを書きたかった。第2幕変更はその目的にはむしろ有難かったし、シカネーダーも劣等生ながらメーソンであり、交換条件でそういう合意になった。6月時点でまだ第2幕の始め(「女の奸計から身を守れ」)を書いていたことから方向転換は5月ごろとすると初演(9月)まで4か月の時間があった。
ではないでしょうか?
つまり、筋は変になるのですがむしろモーツァルトにはOKであって、第2幕の始めにそこまでのお気楽な喜劇とはそぐわしくないレチタティーヴォによる弁者の説教が長々と入る。ここは聴き初めのころ僕にとってこのオペラの唯一退屈な部分だったのです。ここです。
ところがモーツァルトは1791年10月8日の妻への手紙で、「この厳粛な場面の台本のセリフを全く理解してない」と劇場で隣で聴いていた友人(ロイトゲープ)を罵倒し、「パパゲーノめ、と言って僕は席を立ったが、あの馬鹿はその意味も理解しなかっただろう」と書いています。アリアとか管弦楽法とか、音楽についてじゃないのです、台本、セリフですよ。つまり、ここはモーツァルトにとって、怒るほど大事な部分だったのです。
ここがどうして長いか?①「木に竹を接ぐ」接点部分だからストーリー転換を正当化するだけ頑強でないといけなかった②モーツァルトが大事と考えるフリーメーソンのメッセージが聴衆にプロパガンダとして刷りこまれるべきだ③だから言葉にこだわりがあった(ひょっとして彼自身が書いた)、僕は彼の性格がなんとなく似ていて感じるのですが、そういう強調したいところは異常に細かい、言葉は一言一句吟味していて誰でもわかるようにくどい、だからそれをわからないのは馬鹿だという反応になったと確信するのです。
パパゲーノは彼の潜在意識の中で馬鹿の代名詞だったこともその手紙からわかります。左が初演のときのその姿で、これを舞台で演じたのはシカネーダー本人でした。彼は上の階級に昇格できない不真面目なメイソンでした。メイソンで短期間に飛び級出世して、父親やハイドンまでひきこみ、典礼のためのテーマソングの作曲までまかされていたエリートのモーツァルトからすると同期入社のダメなやつという感じだったでしょう。だからオペラの中では、優等生タミーノのわきで泣き叫ぶ姿にその投影があったのではないでしょうか。ところが、モーツァルトが野人パパゲーノを愛すべき人物と思っていたことがオペラの最後になってわかるのです。自殺シーンのアリア。そして童子が救い、鈴を鳴らしてパパゲーナが現れる。そしてパパパ・・・。不意にばったり顔を合わせてびっくりというのは第1幕でパパゲーノとモノスタトスがありました。しかしパパパにいたるこの部分にモーツァルトがつけた音楽は奇跡のような人類の至宝であって、彼自身こういう音楽は他に書いてないと思われます。
落語には愛すべき熊さん八つぁんがでてきますがパパゲーノはあれと似てます。メーソンを持ち上げたモーツァルトですが、それはフランスみたいな革命が起きて貴族階級の倒壊がおき、実力社会になって欲しい願望を託したと僕は考えてます。しかし彼は方便としてメーソンの階級は欲したかもしれないが、その世界の住人ではなかったしなる気もなかった。貴族は客であったが友人はシカネーダーやロイトゲープのような腕一本で世を渡るやくざっぽい連中だった。やっぱりメーソンじゃねえさ、俺もおまえらが好きだよと、タミーノとパミーナの上流階級のハッピーエンドを吹き飛ばすパパパ・・・。まるでハードロック並みの威力あるぶちかましです。ここにいたってモーツァルトの階級社会への反骨は他力本願から自力救済になる。
これも計画したのではなく、自殺アリアを書いてパパゲーナ、パパゲーナと歌っているうちにだんだんパパゲーノに自己投影がはじまってどんどん音楽に天才のエキスが注ぎ込まれてしまったのではないか。そしてパパゲーノの調であるト長調がいざ死ぬぞの場面でト短調になる。そこで不意に彼の首つりを止める童子のコーラスが入る。ここで涙腺がゆるまずにすむことはほとんど困難です。そしてG⇒Cの「サブドミナント希望コード」、そしてG、Em、C、D7の「アマデウス・コード」がこれでもかと鳴らされ、「パパゲーノよ、生きろ!」と鼓舞する。そしてとうとうカノジョ、パパゲーナが出現するに至る、これはもう階級なんか関係のない人間賛歌であって、冒頭動画のモノスタトスといっしょに踊りだしてもいいなという気持ちになってしまう。たぶんどんな気むずかしい人でも。これが音楽の魔法でなくてなんだろう?
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2016 APR 23 14:14:12 pm by 東 賢太郎
新会社の立ち上げで心身ともにoccupiedです。こういう時に「お忙しいでしょう」と声をかけられてもピンときません。僕はいま体があいていても頭が100%占拠されている状態であって、忙しいというのは頭はあいているが体が占拠されていることです。プロ野球の選手にお忙しそうですねとは誰も言わないということです。
僕は「お忙しい」と言われてしまうような仕事はしないし、誘われて行けない時「いまちょっと忙しくて」なんてことは言わない。大変だなんて思わないし疲れるということもないのです。例えばブログも仕事頭の余勢でこぼれ出るようなもんで何のオシゴトでもなくて、読んでいただいてもそうでなくても良くて、たんなるアウトプットが好きなクリエーターに近い性格なのだと思います。
ある人にそういったら手を見せてとなりました。手相かと思ったらそうじゃなくて、「ああ小さいですね、やっぱり、そうですね~、オトコ性格ですよ、おもいっきり」という診断が即座に下されたのです。
ごらんのとおりで、人差し指より薬指が長いのがオトコ脳だそうです。どっちかというとむしろ人差し指が短いんじゃないかと思うんですが、この中指との差が幸いしたことがあって、野球で昔はドロップと呼んだタテに曲がり落ちるやつですね、あれに都合がよろしかったです。まあそれはどうでもいいのですが、この比率は胎内で男性ホルモンを多めに浴びたからだそうで、「だからアウトプットが多いのはご性格ですよ」という結論をいただいたわけです。
ただ、いわれたオトコ性格は当たってないのもあって、僕は支配欲はなくて小心で慎重であり、細やかではないが細かいとこは細かいのです。リスクテーカーでスリルが大好きということはなく、飛行機やクルマには無関心です。
これはイギリスの心理学者の説らしく、それでもホントかどうか知りませんが、テストステロンを多めに浴びることと指の長さの相関性ぐらいは証明されてるんでしょう。面白いのは男脳の方が起業に向いていて、ロンドンの債権トレーダーの成績の統計では稼ぎも良かったそうで、とすると僕は自分に合った人生を送ってきたのかなあとちょっと安心はします。しかしその分、女性的細やかさは欠けるそうで(まったくそうだ)、「事業は女性的な方と組んだ方がいいですよ。男性でもそういう人はいますから。」というご指導でした。はい、そうしましょう。
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2016 APR 18 23:23:09 pm by 東 賢太郎
この作品をいちブログにするのは日本書紀や三国志をいちページに書く愚挙で、思ったこともない。ところがきのう、あることからその気になった。
4作をまとめて約15時間かかる人類最長の曲の一つだ。これを4晩かけて踏破するわけだが、聞くというよりやるという感じだ。クラシック好きにとって四国八十八ヶ所巡礼みたいなものだろう。まだ1度しかできていないがそれが94年7月、ヘッセン州立ヴィースバーデン歌劇場(右がそのフォイヤー)でオレグ・カエタニ指揮だった。これは「体験experience」だ、英国でそうのたまう人がいてガガーリンの地球は青かったみたいに響いた。悔しいが演奏日が週末だけというセッティングはなく職業柄むりだ。そうしたら92年にドイツ勤務になった。つくづくこれは僕の人生にとって天の恵みだった。
ドイツを去る時、もうしばらくはできないな、隠居したらまたやろうと誓った。それがまだ二度目の機会すらない。CDじゃだめなのだ、これは舞台の空気まで含めた一大ページェントであって、三人の乙女といっしょにラインの川底に潜らないと始まらない。あの時の4つのプログラム(左)、まだ手に質感が残っていてなんともうらめしい。神々のたそがれ、あの最後の和音が消えた時のどっしりと重たい感動というのはやはり4日の聴体験による。そう思ってあきらめ、家ではもっぱらダイジェストCDでサワリだけつまみ食いする習慣になった。これがまたおいしいが満腹に至らない。かえって欲求不満で体に悪いんじゃないかと思いだす始末だった。
きのうTVで児玉 宏指揮大阪交響楽団をきいて驚いた。それが冒頭の「あること」だ。4作を80分にまとめて交響詩のようにしてしまう。そういう試みは珍しくないが、児玉版はかつて聴いたなかでまぎれもなく最高、神々の最後で4日がんばったヴィースバーデンのあの日を思いだしたなんてことはかつてない。この編曲は脈絡に添っていてストーリーを追えるし選んだ箇所のセンスもいい。歌はないが管弦楽だけで原曲なみの満腹感をいただくというのは想像もしなかった。
オケも非常に真摯に音を紡ぎだしており、こんな感動的な演奏はそうそう聴けるもんじゃない。児玉氏はこれが大阪交響楽団最後の定期だったそうで惜しい。本物の音楽家だ。ミュンヘンにお住まいだそうでこれからどうされるのか、このリングを録音して残してほしいものだ、時間のない僕にはかけがえないイコンとなるのに。
こちらもどうぞ:
読者でリングにおなじみでない方もおられると思われます。「ラインの黄金」、「ワルキューレ」、「ジークフリート」、「神々のたそがれ」の楽劇4つ、計15時間をじっとがまんできる方以外は順番に聴くのはおすすめいたしません。さりとてワーグナー芸術の最高峰ですからクラシック通としては素通りすることもできません。
誰でも簡単にできるアンチョコ・マスター法をお教えします。ダイジェスト版(オイシイところを抜粋したセレクションCD)を何度も聴いて、覚えてしまうことです。歌はあってもなくても良し。「名所」は決まっていて、実にわかりやすく覚えやすいのです。そしてそれらは動機となって全曲の各所に出てきますから、実演を聞いてもなんとか4-5時間もちます。
ワーグナーは余程のワグネリアンでない限り8割は退屈な部分で、それでも2割があまりに魅力あるのできいてしまう。そう割り切っておられればいい。2割で3時間ですね、つまりその半分ぐらいがいろんな選曲法で(上掲の児玉宏版みたいに)ダイジェストになってCD1枚に入っているというわけですから、その3時間分を記憶してしまえばほぼマスターしたも同然なのです。それが聴くたびに5割、8割になっていきますから。
僕がまず2割を覚えるのに使ったCDをご紹介しましょう。
ジョージ・セル / クリーヴランド管弦楽団
最もスタンダードな選曲であり、これを知らなきゃ話にならんというのが全部はいってます。オケは最高にうまく録音も明快。ということで「教科書」には最適であります。ジョージ・セルに楽劇の全曲正規録音がないのは彼が米国亡命したユダヤ系であるのと無縁でないと想像しますが惜しいことです(「魔の炎の音楽」など歌が恋しくなります)。セルが冷たいと思われる方は「ジークフリートのラインの旅」をお聴きになれば印象は変わるのでは。このストレートな音楽性は彼の方法論であって決してドライではなく、ブーレーズに比べればその背景に19世紀的な感性を豊かに感じます。
ズビン・メータ / ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団
セル盤とほぼ同じ選曲であり、「魔の炎の音楽」のバリトンが入っています。メータは音楽をわかりやすく聴かせるのがうまい人で、セルの筋肉質とはちがいますがもってまわったところがなくオーケストラを魅力たっぷりに鳴らしてくれます。ワーグナーを聞いたという満足感が高いのです。全部が名曲なのですが、ここはこうやってほしいよねという最大公約数的なものをちゃんと抑えているという意味で、これも教科書に好適です。セルと聞き比べると曲のイメージがより鮮明に焼きつくでしょう。
ダニエル・バレンボイム / バイロイト祝祭管弦楽団・合唱団
91年のバイロイト音楽祭からの2枚組の抜粋で、ここに至っていよいよリングの全貌に近づくのですが、「教科書」で学ばれたみなさんはもう怖いものはありません。アンチョコ・マスター法の威力を実感していただけるはずです。これが3時間分と思われればいいのであって、これは管弦楽版でない「生リング」のダイジェスト版ですからオペラハウスへ行かれればこれを耳にするのです。ちょっと抜粋に無理はあるが妥協案としてはほぼ満足。バレンボイムは当代としては随一のワーグナー指揮者であり、僕は彼のトリスタンは感動して東京とミラノ・スカラ座で2度聴きました。これを覚えてしまえばリング征服は目前。がんばってください!
どなたも聞き覚えがあるでしょう(ワルキューレの騎行)
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2016 APR 17 4:04:27 am by 東 賢太郎
モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」の第3楽章「ハレルヤ」をご記憶でしょうか?
この冒頭部分の音はこうなってます。
青色部分(バス)、これをご自分で歌ってよく覚えておいてください。ハ長調に読むとド・ラ・ファ・ソ・ド(コードでC/Am/F/G/C)です。これはモーツァルトのシグナチャー・コード進行(僕の造語ですが「アマデウス・コード」と呼びましょう)であって、生涯にわたって使い続けたお気に入りなのです(「ハレルヤ」は17才の作品です)。覚えておけば彼の曲あちこちで、例えばリンツ交響曲で、ピアノ協奏曲第25番で、あっ、ここにもと発見があるでしょう。そうか、コ・シ・ファン・トゥ~~ッテ!これ、そのものですねって。モーツァルト鑑賞がますます楽しくなるでしょう?
さて、魔笛です。第1幕、第2幕、素晴らしいふたつのフィナーレの合唱をお聴きください。まず第1幕。
ハ長調で、絵にかいたようなド・ラ・ファ・ソ・ドが出てきたのお分かりですか(22秒からです)?
第2幕は主調の変ホ長調で、最後の最後に堂々と2回鳴り響きオペラを閉じるのです。
お分かりですね、2分21秒からです。17才の作品と同じコード進行が最晩年まで一本の芯として通っていたのです。ついでながらこれら両方とも曲尾のリズムはジュピター交響曲のおしまいと一緒じゃないですか。
(注1)「アマデウス・コード」を律儀に使っているのはベートーベンで、第3ピアノ協奏曲の終楽章コーダは魔笛よろしくこれを3回もくり返しています。第4交響曲の終楽章提示部にも3回くり返しがあります。そして、ハイドンは以前書いたように交響曲第98番第2楽章冒頭の英国国歌の引用のバスにわざわざアマデウス・コードをつけている!何と意味深長なことでしょう。
(注2)モーツァルトのオペラはすべからく合唱で終わりますが、そこにアマデウス・コードが現れるのはドン・ジョヴァンニ(2回)、非常に印象的なのは「地獄落ちの場面」で化け物(彫像)の用事を「Parla, parla, ascoltando ti sto.(話せ、聞いてやろうじゃないか)」と一瞬だけ寛容をしめすセリフについている。モーツァルトの深層心理においてどういう気分のコードかを暗示する例です。「後宮」は序曲にでてきます。「羊飼いの王様」(k.208)のフィナーレ、劇的セレナータ 「シピオーネの夢」 (K.126)のフィナーレにも出てきます。
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2016 APR 16 21:21:46 pm by 東 賢太郎
「もう7時15分前だから、急がなくては。馬車は7時に出るのだ。・・・ここにこうしていないで、お前と一緒にバーデンに居るのだったら、何を投げだしたって構わないくらいだ。きょう、まったくの退屈しのぎにオペラのアリアを一つ作った。」(ウィーン、1791年6月11日)
モーツァルトが急いでコンスタンツェへの手紙に書いたこの「アリア」は、魔笛の第2幕の二人の僧のデュエット(第11曲「女の奸計に気をつけよ」、Bewahret euch vor Weibertücken)であると考えるには十分理由がある(「魔笛-秘教オペラ-」ジャック・シャイエ著、白水社)。
これを、男ならわかる衝動で4時半に目覚めたと思われるモーツァルトは早朝の退屈まぎれに書いたのである。たった1分で終わってしまうこれは、しかし、僕が最も聞き耳を立てるアリアの一つであり、魔笛の稿をこれで始めることにしようという気になった。
ピアノスコアにするとこれだけのことである。

(女の奸計には気をつけろ・それが友愛の最初の責務である・多くの賢い男が女に欺かれ・迷い思いがけぬことになった・ついには見捨てられ・誠意は嘲笑を持って報いられ・身もだえすることになろう・死と絶望がその運命だ)
魔笛を語るにこのハ長調の平明な曲からどうこう言う人はまずいない。これに興奮している僕はおかしいのかなと思っていたら上掲書を読んで安心した。パリ生まれの作曲家でブーランジェの弟子のジャック・シャイエ(1910-99)はVergebens~(楽譜の第16,17小節のフォルテのところ)のホ長調に触れ、「感動的な転調」と書いている。まったく同感だ。
魔笛は秘教オペラかもしれないが、僕にとってはそういう考えても解明できないことよりも自分の耳と頭で理解できること、つまりこういう音、音楽の造りのほうがよほど面白い。シャイエは1885年に書かれた「和声学」教科書のこの種の「偽りの転調」への説明を引用し、「この種の現象に無知な古典的解釈では、ここに長三度への乱暴で規則を無視した転調を見るだろう」(同書より)としている。
この音楽が書かれてから94年も後世の学者が理解できず「無知で古典的」といわれてしまう革命的な転調を「退屈しのぎに」書いていた男、モーツァルト。200年にわたって世界のわけのわかってない多くの人たちが天才だといってきたから彼は天才なのではない。こうやってこつこつと微細だが本質的な事実(ファクト)を積み上げていって、その厖大な山を遠めに眺めてその巨大さに恐れおののいて、やっぱり天才だと感服するという感じの人である。そして魔笛というオペラはその山そのものだ。
「魔笛」を知らずに死ぬなら、それは人生の損失というものだろう。
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2016 APR 14 23:23:30 pm by 東 賢太郎
これをききました。
指揮=下野 竜也
テノール=ロビン・トリッチュラー
合唱=二期会合唱団
(合唱指揮=冨平 恭平)
池辺晋一郎:多年生のプレリュード
ベートーヴェン:交響曲第2番 ニ長調 作品36
フィンジ:霊魂不滅の啓示 作品29
どっと疲れていて集中せず、内容については特にありません。池辺さんの曲はインパクトがある面白いものでオケも気合が入ってました。ベートーベン2番はいいですね、なんどきいてもいい。第1楽章コーダのあそこ、バスがdからきっちり半音ずつ13個あがっていって(!)上声に短2度(f#とg)がフォルティッシモでぶつかる、エロイカより前にこんな前衛的な音を書いていたなんて!!聴覚のストレスを克服した勝利宣言に聞こえます。その不幸があったから彼は強くなり、歴史に名を残したんですね。
フィンジは初めて聴く曲でしたが人生のたそがれです。この年になるとジーンとくる音楽でしょうか。心があったまりました。この曲、こうでもなければ一生聞かなかったかもしてません、ありがたいことで、ソリスト、オケのみなさんの好演にも感謝です。
下野さんは首席客演指揮者としての定期はこれが最後だったようですが一言。ソリスト、楽員をたて、ひとり指揮台で受けることはなし。喝采は楽譜を指さして受けてました。謙虚な方です。作品への敬意がいつも感じられ僕はとても共感いたします。今まで何度かききましたがはずれがない印象で今日も全部が良かった。広島でのご活躍を祈ります。
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2016 APR 13 22:22:58 pm by 東 賢太郎
サムライは日本にしかいないことになっているが、そんなことはない。
野村香港に赴任して、偶然にその男と出会った。1998年のことだった。大柄なスコットランド系のオーストラリアンで、英国にもスコットランドにもわりあい冷淡な男だった。年は7つ上だ。地元の新聞の記者をしていて株に興味を持ち、香港にやってきた。そしてクロスビーという証券会社を作って大きくして売った。次いでクレディ・リヨネというアジア株など全く門外漢のフランスの銀行の役員会に乗り込んで大立ち回りして香港に証券子会社を作らせ、それの社長になった。それが僕の赴任した当時、アジア株式業界で最も幅を利かせていたCLSAという会社だ。
50歳を目前に彼はCLSAをリタイアしていて、保有株はゴールドコーストでゴルフ場まである広大な牧場に化けていた。サラブレッド50頭のブリーダーになりホンコン・ジョッキークラブ(香港競馬会)で走らせる余生の計画だったのだ。やがてその夢はかなったのだが、しかしその時は邪魔が現れた。あなたの「3回目」のアジア株業務の立ち上げに一緒にたちあわせてくれ、馬なんか60になってもできるだろうと僕が口説いたからだ。何度会ってもけんもほろろに断られたが、10回目ぐらいに会ったときだ、「お前のホビーはなんだ」ときかれた。間髪入れず「ゴルフだ、ハンディは10ぐらいだ」と答えた。当時10なんてない、大ボラだ。でもあそこで日本人らしく律儀に23ですなんて答えたら終わっている雰囲気だった。でっかい手の男だったが、それで初めて、ぎゅっとくる握手がかえってきた。
香港証券界の伝説的大物だ。言い値を覚悟してたら、言ってきた条件(給料)はえっというほど少なかった。カネはもうある、でもお前はおもしろい奴だ、信用するよと。そうして、目をじっと見て、This is absolutely my last job.といった。そこから始まったいろんな顛末は限りがないが、内部事情を書くことは控えたい。いわば本邦企業のグローバルチャレンジ物語の縮図であり、小説より奇なりの展開があり、日本企業としてはそういうことに手練れのノムラでもそうだったということであり、うまくいかなかったのは万事を併せのむべき司令長官としての僕の器量不足、実力不足に尽きる。
本当に男らしい男だった。あとにも先にもいない。絶対に逃げない。ゴールを決めたらテコでも動かない。いいわけしない。陰口をたたかない。ルールは守る。これはだめだと言うと、お前の言うのはルールにないからルール違反はお前だと柔らかくたしなめる。アジア株を世界に売る仕組みをゼロから作る経験を当時彼以上に持っていた人間は地球上に誰もいない。そういう行動は強いプライドとリーダーシップの裏返しだった。業界新参者の日本企業のリクルートに応じてくれる者は限られる。来ても大枚をふっかけられる。レベルは雑多だったが、彼がいたから採れた者が多くいた。
当時の僕は負けないぐらいプライドの高い日本軍の司令官だった。彼の率いる50人の英米軍は計ってそれをぶち壊しにきた。クリスマス・パーティーだ。僕が舞台にでる余興があるよと聞いていてジョークのきいたスピーチぐらいすればいいだろうとなめていたら、直前にオカマをカミングアウトしている奴が「女装しろ」ときた。我ながらおぞましい化粧までされ、目をつぶってろというのでそうしていると爆笑と口笛の渦だ。オカマがキスしようとしていてのけぞった。そして親玉同士がぼてぼての相撲取りの着ぐるみで本当にすもうをとらされ大喝采のおひらきとなった。
ゴルフは彼は凄くうまかった。格好良くはないがシュアなスコアメーキングができたのだ。だいたい彼の牙城である香港ゴルフクラブ(ファンリン)で奥さんも入ったりしてなごやかだった。最初はなめられていたが、香港地下鉄公団主催の80人ぐらいの金融機関コンペで僕が82ぐらいで個人優勝したら認めてくれた。彼の元同僚とつるんでブリティッシュルールで僕をへこましにきたが、賭けに大勝ちしてさらに認められた。転勤辞令が出ると、葉巻をくわえゴルフクラブと野球のバットをもった似顔絵をプレゼントしてくれた。その送別会は「ロスの大手投資家の会長が急に来た、すぐ同席されたし」という緊急メッセージを装って僕をだまし、サプライズで喜ばせてくれた。
あれに成功した夢をいまでも見ることがある。凄いことになっていて、世界のノムラなんてもんじゃない、世界の証券界の帝王だ。そのチャンスはあの時だけはひょっとして本当にあったかもしれず、もし会社が僕より有能な人をあそこで起用していたらと今でも悔しく思う。会社にもそうだが、それが本当にlast jobになった彼にはことばもでない。馬なんか60才でやれよとそそのかした僕は後悔することになった。彼は還暦の4年前に亡くなってしまったからだ。
早すぎる訃報は神田の寿司屋の2階で、苦労を共にした後輩の口からきいた。絶句してぼろぼろ泣いた。ジム・ウォーカー、あんな男気のあるいい男、いやサムライに会うことはもうないかもしれない。彼は僕に勝ち方と負け方と、オトナの男の責任とはなにかとを教えてくれた。信用に応えられなかった僕は負け犬になった。僕が60になっても馬みたいなもんに走らないで株をやりたい、やっていたいのは、それにまだ応えていないからだ。
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