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安心してトシヨリになりたいですか?

2016 APR 10 21:21:50 pm by 東 賢太郎

ソナー・アドバイザーズのHPにこういうブログを書いたのですが、このことは非常に気になっています。

「音楽なんて道楽だ」という人がいますが、それは一理あります。聞いても一銭のゼニにもならないですからね、余裕はないといけない。そして時間をくうからヒマ人でもないといけない。つまりゼニとヒマの両方がいるのです。

それとこのニュースと関係なさそうですが、実は大ありと思われます。

若者59%が車購入意向なし(日本自動車工業会)

というのは、この「若者」(車を保有していない10~20代)、「これから増やしていきたいもの」として最多の答えが「貯蓄」だったからです。ゼニ、ヒマなければ車に乗る気も音楽を聞く気もしないというのはわかります。

希望する就職先、1位は「地方公務員」

これも根っこは同じと思われます。安定志向ここに極まれりです。こういう世の中になってしまいました。

あれは90年代でしたか、100才ごえで人気者となった双子姉妹のきんさん・ぎんさんに「ご趣味は?」とたずねると「貯金」だったそうです。別に悪いことじゃないですが、もともと縮み志向の国民性です。ゼニに不安があれば安定志向、これは仕方ありません。

そういう空気を感じていたのでSMCにこういうブログを書いたのが3年前です。そこで懸念していたことがどんどん現実になっています。

  若者の欲望が日本を救う

そこで我々はこういうことも知らなくてはなりません。

60歳以上の高齢者支出が消費の半分を占めている(内閣府)

これ、年寄りが5割もか!というニュアンスで伝わってますが、日本の個人資産は65歳以上が6割を持っていますから60才以上なら消費も6割以上ないといけないんですね。「5割しか」と読まなくてはいけませんね。

そりゃあ年寄りは欲が減るからゼニ使わないです。これから高齢者の人口比はもっとふえますから国として消費はもっと停滞しますね。そして限られた若者のパイを「ディスカウンター」(値引き競争で利益を狙う業者)が奪い合うので、またデフレになります。こういう背景があるからマイナス金利でも貸し出しが増えないんです。

これを救うのは若者しかありません。ここで提唱したいのは、

ゼニ・ヒマがある年寄りは元気な若者にゼニをあげてしまおう

という仕組みが世の中にあっていいんじゃないかということです。もちろん税金をとって国家が配分するのがその仕組みの一つですが、自分の意思であげたい人にあげるのはいかがでしょうか、ふるさと納税の感覚で。

奨学金というのは日本の場合ほとんどが返済義務付きです。卒業しても思った就職ができず返せなくて結婚もできない人がいる。これじゃあ出世払いじゃなくサラ金です。返さなくていいですよ、そのかわり審査は厳しくしますよというほうがいいですね。

返さなくていいよとストレートにあげてしまうのが寄付、贈与ですが、そこまで他人を信用はできませんね。もらった若者がちゃんと働いて使っているか、管理の難しさのネックがあります。

そういう現実の諸事情を考えると、

若者に会社をつくってもらい、そこに投資してあげる

という手が一番いいのです。会社ならごまかしができにくく外部から管理ができます。それに寄付、贈与したお金は返ってきませんが投資なら若者ががんばって株式上場でもしてくれれば何十倍になって返ってきます。

それには若者の選別、管理、事業支援が大事になりますが、僕はそういう基盤をソナーで作りたいと思っています。

最後に、若者のみなさんは自分に投資してくれる大人が必要です。それには夢がないといけませんし、自分で手をあげてアピールしなくてはいけません。

「ゼニ・ヒマ・若さ」の3拍子は昔から羨望の対象です。だから若者がゼニを持つと嫌われたし、ゼニ・ヒマの象徴である朝寝・朝酒・朝湯好きの小原庄助さんは身上(しんしょう)つぶしてもらわんと困るし、やっとゼニ・ヒマのできた爺さんは回春を図るんです。

秦の始皇帝だって不老不死の薬を必死に探したんです。若さは特権ですよ。それとも、それは捨ててでも安心してトシヨリになりたいですか?

 
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カール・オルフ 世俗カンタータ 「カルミナ・ブラーナ」

2016 APR 9 7:07:11 am by 東 賢太郎

a0057280_1505056カール・オルフ(1895-1982)はミュンヘン生まれのドイツ人作曲家ですが器楽曲はほとんど書いていません。音楽史の系譜でどこにいるのか、未だに僕はよくわかりませんし先人も後継者も不明。「フーガやソナタといった純音楽を書くことは不可能」として劇場音楽に専念した人です。「音楽と動きの教育」の理念を持った人で教育者でした。

子供もできる動き(リズム)と音楽の融合の理念を持っていて、というと確かにフーガやソナタとは遠いですね。シンプルでリズミックで同じ音型のくりかえしが多い曲になります。しかも劇場音楽だから歌がついてくるし、歌詞も小難しいものでなく人間の原初的なもの。頭でなく体で感じる音楽。そこが現代のロックに通じる要素の根っこかもしれません。

僕はドイツに住んでいてドイツ人に囲まれて仕事をして、なんともいえぬ「規律正しさ」を感じました。ドイツのイメージとしてあたりまえのようですが、日本人のように道徳観とか社会常識としてのそれよりも動きや行動様式の規律ですね。もっと人間の性質、本能としてのメカニックな律動があって、たとえば体操選手が体型も性格もちがうけど演技ではみな同じ動きになる、ああいう感じです。

やや危険なことを覚悟で書きますが、政治的意図は皆無なのでご容赦お願いしたい。ナチスが出現しやすい国民性がそこにあったかもしれない。現代のドイツ人はそれを了解し、戦後の困難を乗り越えましたが、その復興プロセスにもその特質は発揮されたわけであり経済的にちゃんと強い国になっている。

オルフの音楽の本質にこのドイツ的なものがあることは大いに感じます。カルミナ・ブラーナの解釈にはその立脚点がオリジナルであることも。しかしそれをわかったのははるか後年であり、大学時代に強烈な洗礼を受けたこの曲は僕にとって格好いいロックであり、ビートルズとクラシックを橋渡しする重要な存在でした。

d36c411a-f568-40ba-a779-3c645fc8f25eなんといっても、この曲はあらゆるクラシック音楽の中でも最も麻薬的なものを含むと断言してしまいたい要素に満ち満ちています。空想する限りの媚薬、向精神薬、抗うつ薬、麻酔薬みたいなものが混然となって、あなたの疲れた頭も体も癒し、場合によってはぐにゃぐにゃにほぐしてくれ、最後はちゃんと元気にしてくれます(右は魔力にハマって買ってしまったショット社のピアノ版スコアです)。

ラテン語、中高ドイツ語の歌詞がついてます。11~13世紀の学生や修道僧が書いた詩歌集で、まじめに考えたら大間違い。若者の怒り、恋愛、酒、セックス、パロディなどてんこもりで、わが国における落首のお下劣版のイメージですね。ローマやポンペイの遺跡の壁画のセックス表現も凄いがこちらも大変にストレートにエッチであり、それが修道院から発見されてしまうところがまさに人間くさい。いつの世も人間は変わらんことを納得させてくれます。

この曲にはカトゥリ・カルミナなる姉妹曲がありますが、そっちにいたってはポルノ小説でもここまでやると発禁だわなという超絶ド迫力であり、皆さまのお上品なクラシック音楽のイメージを粉々に打ち砕いてくれるでしょう。とてもここには書けませんのでご関心ある方はぜひ検索してみて下さい。

この性的なものにあけっぴろげというのもなんともドイツ人で、サウナやバート(公衆浴場)に行くと堂々たる混浴でびっくりします。もちろん素っ裸で若い女性も平然と闊歩。目のやり場どころかこっちがあせる。これはドイツ人だけスケベだというのでなく、立派な文化です。でもこれを目撃するとアングロサクソン人やラテン人とドイツ人が混じり合うなんてありえねえ、ユーロはやっぱり仮想通貨だなと思う僕なりの人間の根源的瞬間でもあるんですね。

ともあれラテン語、中高ドイツ語ですからわけがわかりません。ヤマモレ ビギナリ トトサレオーとかアッター レンコン  スミレーとかきこえて時に日本語回路を刺激することはあるのですが基本的に僕にはどうでもいいことを歌ってるのであって無視。とにかく音楽の鮮烈な素晴らしさだけで1時間があっという間にたつのです。

素晴らしいのが我が小澤征爾さんが若かりし頃(89年)にベルリン・フィルを振った、ベルリン・フィルハーモニー・ホールでのジルヴェスター(大晦日)コンサート。冒頭の誰でも知ってる『おお、運命の女神よ O Fortuna(オー・フォルトゥーナ)』、主部が遅くてがっかりのが多いですがこの速さですね、これしかない。ソプラノのキャスリーン・バトル、まさしく素晴らしい!2曲のソロ、僕が知る限り、最高の歌唱であります!

そしてこの指揮、すごいです。天下のBPOを振り回してる。振らせてもらっただけで満足みたいなのが多い日本人。甲子園に出れただけで幸せですなんて1回戦で負けてくるチームみたいだ。小物ですね。そもそも指揮者で小物なんてのは定義矛盾だと思うのです、悪いけど。

小澤さんはやりたいことやりまくってます。甲子園、出るのは当たり前で初戦から優勝狙ってますね。それがオーラになってオケにびんびん伝わってるからベルリン・フィルが本気モードになってる。今日は気が乗らねえな、日本の金づるのお客さん指揮者におつきあいだ、早く終わって焼肉食おうぜみたいなのとちがいますね。だから出てくる音楽がホンモノだ。

彼がボストン交響楽団の常任指揮者になったのって、日本人がIBMやアップルの社長になったみたいなもんなんです。それだけでもすごいのにそれを29年もやった。オケ団員じゃないんです、マネジメントですからね、天と地ぐらい格が違う。我が国として業界を問わず歴代筆頭格の真の意味でワールドクラスの日本人です。ちょっとバーンスタインにかわいがられたとか、彼はホモですからね、そんな連中とわけが違う。

さてカルミナですが、全部いい曲で困りますが、僕は21番のIn trutina 「天秤棒に心をかけて」(ソプラノ独唱)(上掲ビデオの51分43秒から)が大好きです。体じゅうがとろけますね。22番の子どものオーオーオーもかわいいし木魚みたいにポコポコ鳴る打楽器がくせになります。23番の Dilcissime「とても、いとしいお方(ソプラノ独唱)」のソプラノがこれまたしびれるんです。このバトルの声はエクスタシーみたいなものをくれますね。そしてその次、BLANZIFLOR ET HELENA(白い花とヘレナ )の合唱、これはピアノで弾くのが最高なんです。快感ですね。

youtubeにすごいのがありました。僕がファンである名ソプラノ、故ルチア・ポップの歌うIn trutina です。紅白の小林幸子じゃありません。

まあ、ドイツ人にとってもこういう歌だということですね。ご記憶に焼きついたのでは。

という感じでこれを聴くのは僕にとってロックやポップスと同じ。次々と新しいナンバーが出てくるというのもアビイ・ロードやサージャント・ペッパーズを聴いてるのと何ら変わりません。それも一度ハマルると常習性はずっと高いです、なんせ1時間のヴォリュームありますからね性質悪いですよ、ちょっとやそっとじゃ抜け出せなくなるからご注意を。

 

マイケル・ティルソン・トーマス / クリーブランド管弦楽団

最高に鮮烈、痛烈な快演です。僕はこのLPで曲を覚えたので後から聴いた作曲家お墨付きのヨッフム盤がダサくて笑ってしまった。ドイツ保守本流?カンタータの流儀?文科省推薦と同じぐらいどーでもいいですわ、そんなの。権威主義の評論家のジイさんたちがヨッフムばかりほめるんでアンチテーゼのこれは冷や飯っぽくなりましたが、とんでもないです。この曲のリズムと和声の妖しい魔力をシャープにえぐり出してロックにしてしまったMTトーマスの瑞々しくてしなやかな感性は天才的。これとボストンSO(DG盤)の春の祭典は彼の最高傑作です。ちなみにこれはCDも買ってみましたがどうも録音レベルが低く、音量を上げると音質が落ちるという困ったものでした。もっとまじめに作れといいたい。LPは最高ですがSACDなどまともなフォーマットでの名演の復活をのぞみます。これは大学時代に買ったLPから録音したものです。

 

レオポルド・ストコフスキー / ヒューストン交響楽団

41NE9T06D1L歌が合唱がとても前面に出てサ行の発音が団員個人レベルまでよく聞こえ(!)低音楽器とティンパニはひっこんであんまり聞こえず、高音楽器は高感度で聞こえる、というかなり妙ちくりんな録音バランスにおいて「そそる」ものがあります。Full Dimensional Soundとうたった58年当時のEMI自慢のハイファイ録音方式のご利益でしょうかとにかくいろんな楽器がきこえるんですね。O Fortunaの「na」の短い切り方、軽めで速い感じからしてあっさりしてて、伴奏のピッチカートや高いクラリネットが聴こえるのがいい。胃にもたれないサラサラ系ですね。オーオーオーのポコポコの音は魅力的だなあ。ストコフスキーはカラフルな味つけがうまいんです。名人ですね。歌はうまくはないですがなんとも人間味があって曲に合ってます。この曲に飽きた人のお口直しにおすすめ。

 

クルト・アイヒホルン / ミュンヘン放送管弦楽団

720ドイツに敬意を表しあげておきます。まさにドイツ人らしい。腰の重い管弦楽、走り出すと止まらない重戦車のような質量と頑固さをもったリズム。これを僕は大学時代に下宿でFM放送からカセットに録音し、数えきれないほど聴いた、トーマス盤と並んで心のふるさと的存在であります。ルチア・ポップとヘルマン・プライの起用もあたっており、合唱も含めて歌の音圧がアンサンブルの基盤にあるのは、これがロックでなくカンタータであり、ベートーベンの第九に近いのだということを教わります。名曲は多面的で奥が深いものです。

(こちらへどうぞ)

モーツァルトはポール・マッカートニーである

 

 

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ムソルグスキー 組曲「展覧会の絵」

2016 APR 6 21:21:26 pm by 東 賢太郎

mussorgskyこのピアノ曲集がモデスト・ムソルグスキー(1839-81、右)の親友だった画家ヴィクトル・ハルトマンの遺作展を歩きながら、そこで見た10枚の絵の印象を音楽に仕立てたものであることは有名です。それらの絵を見せるブログはいくらもありますから検索してください。

「珍衝撃映像ナニコレ珍百景」なるバラエティ 番組を見ていたらに「キエフの大門」のクライマックスを何度も聞かされ閉口しました。ムソルグスキーの書いた音楽がいかにミーハー的にもインパクトが強いものであるかということですが、そうやって150年近くも後になっても誰でも覚えられてテレビで流してくれる音楽を書くというのは大変な才能だと思います。

指摘したいのは、この曲がもともとピアノ曲であり、1922年にクーセヴィツキーの依頼を受けたモーリス・ラヴェルのオーケストラ編曲によってパリのオペラ座で初演され一気に有名になったことです。原曲はムソルグスキーの存命中は演奏も出版もされず埋もれたままで、友人だったR・コルサコフ(以下R)が遺稿から発見して作曲家の死後5年たってようやく出版されたという日陰者の運命にあった作品です。

Rがこの出版にあたり原曲の音符をいじっているのが現代の常識では不可思議ですね。僕はこれをジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団のレコードを聴いて気がつきました。彼は原典版のままの音を吹かせていて、聞き覚えていたのと違うものだからびっくりしたわけです。調べてみると事実がわかりました。ラヴェルが管弦楽にしたのはRの編曲譜だった(原典版を探したが入手できなかった)のです。セルはラヴェル版のその部分をオリジナルの音符で弾かせていたということでした。

Rは作曲家の歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」も和声や管弦楽法が未熟としてまるで先生が生徒にするように音符までを大幅にいじっています。この事情はよくわからない。ムソルグスキーは親が富裕ではあったが地主階級であり、海軍士官をめざしたが挫折して地方公務員となり作曲はおおむね独学であった。一方のRは貴族の出で海軍士官学校卒の海軍大尉で日本海海戦の第2巡洋艦隊旗艦ともなった軍艦アルマーズにも乗ったエリートです。

僕が働いたころのスイスでは銀行での出世は軍隊での職位によると聞き驚いたのですが、日露戦争前のロシアでそういうことがあっても不思議でないでしょう。鉱山技師の息子で秀才だったが文官だったチャイコフスキーが西洋かぶれとみなされ、バラキレフのロシア5人組と距離を置いた。我が国サラリーマン界の国際派と純ドメ派みたいで、当時ロシア作曲界の純ドメ派大物であり軍艦で各国を回りワーグナーのリングも聞いたRが「英語もわかる純ドメ」的な位置で存在感があったように思えます。

Rの管弦楽が華麗であることは認めますがそれは価値観の問題で、より最大公約数的に体系化されていた和声法や対位法の明らかな「間違い」(既存のルールからの逸脱)とは違うでしょう。それだってドビッシーが根底からルール違反のオンパレードの曲を書いて、根底から崩してしまいました。それを知った時代の聴衆である我々はムソルグスキーのルール違反が「おかしい」とは聞こえないし、趣味に過ぎないカラリング(オーケストレーション)はましてそうであると思うのです。

興味深いことに、管弦楽法の大家であるRはこれをオーケストレーションはしなかった(弟子がしてそれに関与はしたとされてますが)。どうせならそこまでしてくれれば面白かったと思いますが、その役目はフランス人のラヴェルに行ってこの曲は壮麗な大伽藍と化したのです。

多くの人がそうだと思いますが、僕もこの曲をまずラヴェルのオーケストラ版で知りました。それが高1あたりで買ったCBSのオーマンディー盤のLPレコードで、この演奏はRが一部を自己流に直したピアノ譜からラヴェルの感性で映し出した壮麗無比な絵画を、フィラデルフィア管弦楽団という当代一の華麗な音響と技術を誇ったオーケストラの絵の具でさらに鮮烈に描き出したものでした。

このレコードの価値は以下のことで些かも減ずるものでありませんが、3つのバイアスがかかった産物であったものだったのです。それは、

①Rの趣味による音符の改竄

②ラヴェルの音の趣味による管弦楽法

③オーマンディーの音の趣味による音化

です。これらを除去しないと、ムソルグスキーの書いた音符の原像は見えてこないということです。いまの僕にとってはそっちのほうがずっと重い。初めてピアノの原曲を聴いた時、僕の知っていた展覧会の絵は「整形美人」だったことに気づいたのです。しかも3回も整形手術をした!

 

この美人に魅せられてしまった高校生は、まずはお決まりの「キエフの大門」に感動し、「鶏の足の上に建つ小屋(バーバ・ヤーガ)」の不気味なイメージを空想してハマりました。整形が悪いわけではない、なぜならその妖しい魅力のおかげで僕はクラシックの深い森に迷い込んでいったからです。

森の入り口で誘っていたこの曲は音も普通でなく、不気味な和声、足が引っ掛かる変拍子など当時の僕にとって「普通でない音」と「異様にカラフルな音彩」にあふれ、バーバ・ヤーガはやはり普通でなく聞こえていたストラヴィンスキーの「火の鳥」の「カッチェイの踊り」などにエコーして聞こえていました。これがそのオーマンディー盤です。

展覧会の絵の原曲は1874年の作品です。その年にはワーグナーが「神々のたそがれ」を書いてリングを完成し、チャイコフスキーはピアノ協奏曲第1番を書き、ヨハン・シュトラウスは「こうもり」を初演し、ヴェルディはレクイエムを書きました。ブラームスの第1交響曲も白鳥の湖もカルメンもまだ書かれていなかったのです。

それらの曲調を思い浮かべるに、ムソルグスキーが「オペラ作曲中の気晴らしに絵画のような作品集を書いた」と称した展覧会の絵の和声や変拍子の1874年時点での斬新さは、1913年のパリでひと騒動ひき起こした春の祭典のそれに匹敵するか、オリジナリティーという意味を加味するならひょっとして上回るかもしれないと思っています。

一方でモーリス・ラヴェルは展覧会の絵の編曲後はヴァイオリン・ソナタ、ボレロ、二つのピアノ協奏曲ぐらいしか主要作を書いていません。つまり最後期の熟達の技法を投入したということでどこから眺めても美麗であり、その価値を否定するものではありませんが、これはあくまでラヴェル的な、ラヴェルの作品だという印象も強いのです。

例えば冒頭の華々しいトランペットです。曲想に楽器の特性があまりに合致しており、あたかもムソルグスキーだってこう書いたろうと思わせる自然さです。しかし、これは作曲者がプロムナードと呼び、絵の印象ではなく、絵から絵に歩を進める気分を描いた曲想です。友人の死に落胆し、追悼しようと遺作展の会場に足をふみ入れる男の心がこんなに晴れやかなものだっただろうかといつも思うのです。

これは指揮者レオポルド・ストコフスキー編曲版ですが、出だしを聴き比べてください。

私見ではこれのほうが作曲家の心情には近いように思えます。以降のプロムナードの弦のトレモロの精妙な使い方もそう。しかしながら、これを聴いていると同じストコフスキーのJ.Sバッハ編曲が浮かんできて、あれを聴いていると確かに面白いのですがディズニー的でもあり、聞いてるそばからバッハの原曲に戻りたくなる。そうやって、だんだんに、「他人の編曲でデビューし、それで世に記憶された曲が他にあるだろうか」という疑問が頭をもたげてくるのです。

編曲はラヴェル、ストコフスキーに限りません。ゴルチャコフ版もライブで聴いたし、ピアノ協奏曲版があり、他の楽器ではギター版、チェロ、トロンボーン、アコーディオンはおろかロック版、ジャズ版まである。まさに百花繚乱です。ホルスト「惑星」のジュピター、アランフェス協奏曲、パッパルベルのカノンなどポップス化した曲はありますがこれだけ丸ごと「いじられた」クラシックはありません。

さらに、何とも訳の分からないことに、「ピアノ版」まであるのです。これがそれ、ホロヴィッツ版です。

非常におかしいのは、原曲がピアノなのに管弦楽版が先に有名になって、それのまた編曲であるかのようにこれが存在するわけです。香港に駐在した時だからもう17,8年前のことですが、路地裏で「日式老麺」なるものを発見しました。何かと思うとラーメン風のものに見慣れぬ物体が乗っていて、よく見るとそれはウナギである。地元ではそれを日式(日本食)と信じこんで食されていたわけです。中国の老麺が日本でラーメンになり、ふるさとに戻ったら似て非なる物に化けていた。ホロヴィッツ版ですね。

展覧会の絵は不幸なことにもともと他人の上書きで世に出たのだから、原曲にこだわることはないだろうという、クラシック音楽にはあり得ないほど原曲楽譜無視があたりまえという先入観ができた異例の曲なのです。それではムソルグスキーがかわいそうだ。春の祭典を上回る独創性はオリジナルのピアノ版でなくてはわかりません。それが本稿執筆の動機です。

ということで、この曲はまず原典に近いピアノ版でお聴きいただきたいと思います。

 

エヴゲニ・キーシン(pf)

280オーソドックスではないリズム、フレージングがあって、その由来は不明ですが説得力はあり、トータルにはきわめて満足感の高い名演です。鮮明な切れ味のタッチ、神秘感のあるピアニシモなどを駆使して絵画的なイメージ喚起力に富み、オーケストラにひけをとらない色彩を感じます。アレグロ部分に高度な技術を感じますが、そういう些末な事がアピールの主体でなく、彼の読み取った全曲の構図が細部までを形成する観があるのが非常に印象に残りました。

 

エリザベート・レオンスカヤ(pf)

41tNj-CleZL誇張や改変がなく、オーソドックスな解釈で原曲の良さをストレートに表現した姿勢が好ましい。この人、クルト・マズアとのブラームスのP協2番が立派なもので女流の限界を感じさせませんが、リヒテルに比べればやや非力と思う所もある。しかし男が剛腕で行ってしまう所をスタッカートで弾いたり(バーバ・ヤガー)工夫もあり、「キエフの大門」も無用に壮大をよそわず、良いピアノ曲を聴いたという感動を残してくれるのがかえって個性になっております。

 

マリア・ユディーナ(pf)

2700000152195こちらは個性の塊。「こびと」のフレージングはきわめてユニークで、「テュイルリーの庭 」も他に類のない解釈。「ビドロ(牛車)」、「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」の遅いテンポは一体なんだ?というレベルのもの。「リモージュの市場」の噛んで含めるようなタッチも面白い。「バーバ・ヤーガ」はグリッサンドまで駆使。「キエフの大門」は低音でルバートしてパウゼに至って絶句しますが強弱の対比あり表現主義的部分ありで引きずり回されることうけあい。これを許容するところこそ、春の祭典に比肩する要素であります。すべてが見事に普通でないのですが、ここまで自信をこめてされるとこういうものかと思ってしまう。嫌でないのはテクニックのひけらかしでないからです。聞き慣れた人に一聴の価値あり。ショスタコのソナタ2番がこれまた名演です。

 

ユージン・オーマンディ / フィラデルフィア管弦楽団

7e4c8eac-2aca-422c-a29d-2fadaaf28740上掲のLPです。オケ版は僕にとってこれ抜きには語れません。冒頭トランペットから「うまい!」と、食い物系バラエティ番組のお笑い芸人風に叫びそうだ。高校時代、あまりにくりかえし聴いたもので楽器の微妙な一言一句の綾までが耳にこびりついていて、いま聴きかえしながら50年ぶりに帰った田舎のあぜ道の匂いってこんなものかなと想像にひたる次第です。オーマンディーは僕のおふくろの味だったんだと眼からうろこです。楽屋で何か忘れたが愚妻の手を握って片言の日本語で話しかけ、上品な奥様に「あんたのしゃべれる日本語、それだけよね」といじられていたお茶目なオーマンディーさん。お世話になりました。

 

アルトゥーロ・トスカニーニ / NBC交響楽団  (1953年)

61DTGCN9S4Lオケ版で強烈なのはこれ。モノラルだからダイナミックレンジは広くないですがビドロ(牛車)のpからffへの爆発はすさまじく、音量ではなく質量感でそれを感じさせるのは原音の風圧でしょうか凄いことです。「鶏の足の上に建つ小屋」の打楽器と重低音アタックのパンチ力は恐れをいだくほど。強弱のインパクトはメリハリを超えてどぎついと感じる人もありましょうが、ラヴェル版はこのぐらい乾いたラテン感覚でやったほうが映えるでしょう。

 

ユージン・グーセンス/ ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

516qLVGV8iL穏健な表現ながらラヴェル版のつぼをおさえた音楽的な演奏。並録のシェラザードも誉めましたが、葦笛のような質感のオーボエがチャーミングで木管群の鳴らし方がセンスにあふれ(卵の殻をつけた雛の踊り)、音程がきまっており、今これをコンサートホールで聴いても文句は出ないでしょう。トランペットが上手くない(サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ)など微細な欠点がありますがとんがったところを作って勝負する昨今の風潮に照らせば正攻法で潔い。録音は古い割に楽器の遠近感まであるステレオで僕は最近のデジタルより好きです。

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

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ドビッシー 前奏曲集第1巻 (Préludes Livre 1 )

2016 APR 3 14:14:26 pm by 東 賢太郎

今度投資する事業の下見でソウルに出かけました。200の大学のアート系学部の優秀作品展示会に出かけましたが、そこの音楽部門の部屋に入ると壁に大きく文字があって、案内してくれたW君が笑いながら

「あれは ”音楽は唯一の合法的な麻薬である” という意味です」

と教えてくれました。うまいことを言うと唸ったもので、そして、「そうね、それなら僕にはドビッシーしかないけどね」と、口では言わなかったがそうも思ったのです。

ドビッシーの音楽は誰のとも似ず、和声に強く反応する性質の僕には秘密の効能があるのであって、僕は僕なりの色と温度を、曲によっては香りまでをはっきり感じます。それら五感を(ひょっとして6thセンスまで動員して)聴いている自分の脳を自分で意識する唯一の作曲家です。それがいかに特別のことか、うまく言葉になりませんが、イメージ喚起力と言ってしまうと、イメージ(image)はあくまで既知のもので、既視感をベースにしたものだからちがうのです。

彼は「イマージュ」(仏、Images)なる音楽を書いていて日本語で「映像」と訳されていますがこれは大変にミスリーディングで、子供のころこの題名を僕は「風景や人物の映像的な描写であって、それを鮮明でなく印象派風に輪郭の曖昧(あいまい)にしたものなのだろう」と解釈してました。ピンボケ画像やポルノの曇りガラスじゃあるまいし。全然ちがうのですね。Imagesは「心象」です、そう訳したほうがずっと良い。既知でも未知でも、心に喚起される何ものか、です。だから前奏曲集でもドビッシーは各曲のタイトルを譜面の終わりに付記しているだけです。僕は未知の空間、月面に立った心象みたいなものを浮かべて聴いてますが、それでもドビッシーは否定しなかったろうと信じてます。

そもそも印象派=曖昧ということ自体が誤解であり、そうきこえる曲もあるがそうでなくてはならないことはまったくありません。さらにいえば、音楽において日本語の曖昧という言葉自体が曖昧であります。だから僕が「そうきこえる曲」とした、例えば「牧神の午後」のような曲ですが、それは日本語の「曖昧」に近い心象を意図的に、極めて明晰な知性と技術でもって聴く者の心に発生させるべく設計した、ちっとも曖昧でない産物なのであって、霞の彼方に朧に浮かぶ風景を愛でる日本人が好む美感の産物ではありません。これはモネの絵にも当てはまることです。

そしてメシアン、ブーレーズまで行くと調性はなくなります。それでも「キリストの昇天」(L’Ascension )や「プリ・スロン・プリ」(Pli selon pli)などに僕は明確な色と温度を感じるのですが、それは彼らもドビッシーと同じく明晰な知性と感性でもって心象を聴き手の中に産み出すべくあらゆる技法を探究した結果ということです。そこに、僕という聴き手に限りかもしれませんが、色と温度が出てきてしまうことに、僕は彼ら二人が明確な証拠をもってドビッシーの末裔であるということを発見するのです。

以下、あくまで一人の聴き手の心象ということにすぎませんが、僕が本稿で何を主張したいかをお示しするために、それを日本語に描写してみます。

第1曲「デルフィの舞姫」(Danseuses de Delphesは紫色で春の気候です。それが第11小節で不意に冷たい風と共に銀色に変わります。第2曲「ヴェール(帆)」(Voiles)は黄緑で肌寒く、沈丁花の香りがあります。そしてだんだん黄色が増していきます。第3曲「野を渡る風」(Le vent dans la plaine)、これは白っぽい。第4曲「夕べの大気に漂う音と香り」(Les sons et les parfums tournent dans l’air du soir)は薄赤くてややひんやりした気候です。

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第5曲「アナカプリの丘」( Les collines d’Anacapriはこう始まりますが、これは心象が強く、オレンジ色で、乾いた暖かい空気に桃の花がほのかに香ってきます。

お釈迦様の蓮の花の風景かもしれない。こういう東洋的な痺れるような幻想をもたらすというと僕は他にオリヴィエ・メシアンの音楽しか知りません( メシアン トゥーランガリラ交響曲)。そして曲の最後の高音のファソラソファはまっ黄色に見えます。

これは旋法や和声の織りなす効果なのでしょうが、しばらく曲が進むとそういう原理を分析したい気持ちがどこかで麻痺して(たぶん左脳が止まって)、浮遊をはじめます。絵画のような景色としてアナカプリの丘が見えてくるわけでもなく、感じるのはただ色と香りと温度が醸し出す茫洋とした「雰囲気」だけです。

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第6曲「雪の上の足跡 (Des pas sur la neige)は寒い無風の灰色の世界です。香りは皆無。雪というよりもひとり月面に立ったらこんなかなという重力の希薄感です。第4小節の終わりのDmまで、音が3つ重なるのに何調かわからない。やっとGに安定したと思いきや右手が9度のa、次がFに増4度のh・・・と、いわば調子はずれのメロディーを乗せていって、もう降参です。和声音楽のように見せておいてそうでもなく、譜面だって僕でも初見でなんとかなる程度なのにじっと見ていると頭の中が訳がわからなくなって船酔いみたになる。まさに麻薬的音楽であり、希薄な和声感を最後の一音で覆す衝撃のDmは魂に響いて精神が凍りつきます。

第8曲「亜麻色の髪の乙女 」(La fille aux cheveux de lin第10曲「沈める寺」( La cathédrale engloutie)は明確かつ平明な和声音楽であって、僕は色も香りも温度も重力も感じません。この2曲で曲集が有名なっているとしたら妙なことです。第7曲「西風の見たもの(Ce qu’a vu le vent d’ouest)がいかに驚異的な音楽かは別稿にしました( ドビッシー 西風の見たもの)。これと「ヴェール」は本曲集の白眉でしょう。

第9曲「とだえたセレナード」( La sérénade interrompue)は「ペトルーシュカ」「春の祭典」へのDNAを感じる曲で、色は黒っぽい。後者のピアノ譜と書法の類似があります。ストラヴィンスキーが三大バレエを書いた時に上演予定のパリの楽壇を意識しなかったとは思えず、そこで大家であったドビッシーの直近の完成作品はこの曲集でした。その引力圏にあったことは想像され、雪の上の足跡」の和声は「火の鳥」に遺伝しているように思います。また第11曲「パックの踊り」(La danse de Puck)は金色で、自作の交響詩「海」の書法を引き継いだ驚くべき作品です。第12曲「ミンストレル」(Minstrels)は炎のような赤で暑い。

以上、主観に終始しましたが、ドビッシーの鑑賞はそれしか表現の術がありません。

名曲ゆえ名演はたくさんあります。最も好きなユーリ・エゴロフ盤は ドビッシー 西風の見たものをご覧ください。

 

アナトリー・ヴェデルニコフ(pf)

31C7M6T70QLロシアの伝説的ピアニスト(1920-93)の89年の録音(音良し)。やや暖色で深みのあるタッチで光と影の陰影まで見事に描いた最高級の名演。「沈める寺」の最初の和音ひとつとっても何とよいバランスで出ることか(そして地響きするような低音の威力!)。ミンストレルのタッチなど最高度の技術なき人から聴くことはまずないという質のもので、彼のドビッシー「12の練習曲」のレコードはあのリヒテルが愛聴していたそうです。ぜひお聴き下さい。

ディノ・チアーニ(pf)

zb2118078デリカシーの極み。コルトーの弟子で32才で交通事故のため夭折したチアーニ(1941-74)の最高の名演。デルフィの舞姫をこんなに詩的に奏でた人はいないでしょう。亜麻色の乙女の気品たるやふるいつきたくなる魅力があり、両曲ともこういうテンポ、流儀で弾くとお子様向けの砂糖菓子になりがちですが、なぜかそうならないのが品格というもの。持って生まれたものは争えないということです。西風の見たものの研ぎ澄まされた切り込みなど、全てにおいて超ド級のレベルを保ち、彼が生きていたらポリーニは危なかったと言われたらしいですがそれはポリーニに失礼でしょう。違う人たちであって、ただ、人気が食われたという意味ならそうかもしれません。

アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(pf)

81oVpH4IzsL__SL1500_1985年にミケランジェリ(1920-95) の実演をロンドン(バービカン)で聴いて、それも前の方で彼を背中から見る位置で、まさに夢のような時間を過ごしました(前の席にブレンデルがいた)。魔術師の錬金術でも観る雰囲気で、ドビッシー前奏曲第2巻はご馳走でした。ここでもそれは全開で、ヴェール(帆)は黄泉の国の蓮の池で見たことのない鳥が舞いアナカプリの丘の音彩(右手のタッチのパレット)の豊富さは驚異的で、僕はこれはヘッドホンで楽しみます。沈める寺の聖歌のように交唱するeとd#の短2度の余韻!その「うなり」の回数まで計算され尽くしているかと思われるほどの凄みで、au Mouvtの左手の低音域の弱音(pppp!)などピアノでこんな音が出るのかという領域です。最高の知性、感性による最高のコントロール。ホンモノの音楽はそのどれが欠けてもできないという厳然たる事実を世につきつけた録音でありました。ロンドンでも僕はピアノの横に立って、弦を覗きこみながら聴きたい願望にかられたのを覚えてます。

サンソン・フランソワ(pf)

012イマージュの喚起力の潤沢な演奏というとこれになりそうです。「ヴェール」は実は書法が緻密ですが、それがそう聞こえずに詩になってしまう。こういうところがフランソワの魔力なのです。夕べの大気に漂う音と香りの出だしのルバートは妖気をはらみ、アナカプリの丘の楽譜部分は神話を思わせ香気に満ちています。Retenuの部分、和音がBからAになる、ここの麻薬的効果は凄いものですが、フランソワのここの表情こそ天国の花園でしょう。雪の上の足跡を印象派風(間違った意味での)に弾いた灰色の世界も魅力的で、西風の見たものは幻想交響曲みたいに妖怪を思わせます。録音はあまりよくありませんが最も色と温度を感じる一枚です。

アルド・チッコリーニ(pf)

414Y2BASJEL1991年の録音。チッコリーニは東京で一度だけ聴きました。ファッツィオーリの音が煌めきました。ドイツ、スイス時代にこのドビッシーは車に常備していて、毎日のように聴いた時期がある、僕にとって家具のようなものでした。西風の見たものが凄いです。彼のタッチはエラールを弾くようなフランス風の軽いものでなく、低音は重いのです。和音を崩す傾向があって、自由な解釈ですが恣意的という印象がなく、一家言ある演奏です。

 

 

スタニイ・デーヴィッド・ラスリー(pf)

71jLMpJiRmL._SL1080_このCDの売りは楽器がドビッシー時代のエラール(1874年製)なこと。ベートーベンがワルトシュタイン、熱情を書いたのもエラールです。音は減衰がやや速く、音色はくすんでいます。速いパッセージは少しぽこぽこした感触で、それはそれで古雅なイメージがあって魅力があり、高音は充分な煌めきがあります。リストが好んで弾いたピアノで僕はパリでリストに縁が深いエラール本社(跡)も訪問しました。ラスリーの演奏は特にどうと言う特徴はありませんがエラールの美音を味わえるものです。

(こちらへどうぞ)

ドビッシー 西風の見たもの

 

 

 

 

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ソナー・アドバイザーズ株式会社 ホームページのご案内

2016 APR 1 0:00:52 am by 東 賢太郎

みなさま、お元気ですか。

3か月ほどご無沙汰しておりますが、このたび僕の本業であるソナー・アドバイザーズ株式会社 (以下、S・Aとします)のホームページ(HP)を公開いたしました。よろしければこちらからお入りください。

sonaradvisers.co.jp

ブログ

 

これから、このHPに仕事関係のブログを書きます。国際経済、政治、金融、証券、投資などS・Aの業務にかかわることをお伝えし、S・Aのサービスにご関心のある方との交流の接点といたします。

かたやソナー・メンバーズ・クラブ(SMC)は中立公平な大人のクラブであり、ビジネスの場ではありませんので、あえて僕の立場を分けさせていただきます。ご面倒をおかけいたしますが、ご理解のほどよろしくお願い申し上げます。

SMCについてですが、こちらのブログの「追記」に書きましたとおり考えております。

ブログ再開はいつというお声を頂戴し、この3か月も日々たくさんのご訪問を頂戴しています。このことの重みは充分に理解いたしました。

また、先日のことですが、僕が愛情をそそいでいるクラシック音楽のタイトルを数えると228曲あることがわかりました。これらについてはなにか書きたいという想いは変わらず、仕事の状況次第で頻度はかなり減りますが少しずつSMCに残していこうと思います。気長におつき合いいただければ幸いです。

今後ともSMCおよびそのメンバーをよろしくお願い申し上げます。

 

(追記)

HPの「お問い合わせ」が開通いたしました。ソナー・アドバイザーズ株式会社につきご意見、ご要望、ご質問等がございましたらお気軽にご連絡ください。

 

 
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有難うございました、良いお年を(ブログ終了のお知らせ)

2015 DEC 31 13:13:23 pm by 東 賢太郎

ブログの総閲覧数がおかげ様をもちまして42万をこえました。この場を借りて御礼申し上げたく存じます。商売でないので数字に頓着はありませんが毎日4~500お読みいただいている事実は重く受け止めており、本稿を書かせていただくことにしました。

3年のあいだ一生懸命書いてまいりましたが、当初より万葉集にしたい、自分史にしたいという僭越な目標をもっておりました。書き残したいものをサーバーというタイムカプセルに収めておくという作業なので、もとより日々の出来事のようなものを記す意図はありません。

今年の一区切りという所で振り返りますと、自分についてはもうほとんど書いてしまい、これに付け足すほど中身のある人間じゃないだろうという自制の念も生起しておる所です。音楽も楽曲という鏡を通じて好みを明かすという自分史の一環で、すでにバックナンバーでかなり明らかになったのではと思います。

来年は思う所があり、仕事はチャレンジの年と位置付けております。55才で始めて5年かかり、60からのスタートでは無理だった場所に幸いおります。ここでスパートしないと人生意味がなく、 それを体力気力が許す時間は僅少です。

そこで、12月2日にこの重要なブログを書きましたが( 事業への戒めについて)、剪定するもののひとつにブログを書くことも入っております。誠に勝手ではございますが、この年末を区切りと致し、僕のブログは本稿をもって終了とさせていただきたく存じます。

この決断は誰にも相談せず、自分の中だけでいたしましたゆえ、日々一緒に過ごしている家族にとっても驚きだったようです。もとより事業を行うのは孤独なものであり、環境が変われば自分が将来どのような決断をすることになるのかは自分でも不明です。そのようなこととしてご理解賜れれば有難く存じます。

1169本あるバックナンバーはすべて検索可能です。稚拙なものはいずれ推敲してみようかとも考えております。また、もちろん西室配下のSMCに何ら変わりはなく、残すことが目的なのでマネジメントには責任をもってのぞみます。ご不便をおかけいたしますが、なにとぞ引き続き変わらぬご愛顧をお願い申し上げます。

3年間、拙稿をお読みいただきましたこと、誠に有難うございます。深く感謝申し上げます。これからの皆様のご多幸とご健勝を心よりお祈りして、最終回の辞とさせていただきます。

 

 
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今年の演奏会ベスト3(今月のテーマ・振返り)

2015 DEC 30 18:18:25 pm by 東 賢太郎

今年のコンサートベスト3です。

1位 オッコ・カム / フィンランド・ラハティ交響楽団のシベリウス交響曲全曲

2位 カンブルラン / 読響のワーグナー「トリスタンとイゾルデ」全曲

3位 ラザレフ / 日フィルのショスタコーヴィチ交響曲第11番

番外がポーランド国立ワルシャワ室内歌劇場の「魔笛」、ハンヌ・リントゥ / フィンランド放送交響楽団のシベリウス5番、ネヴィル・マリナー / N響のブラームス4番、シャルル・デュトワ / N響のバルトーク「中国の不思議な役人」、下野 竜也 / 読響のアダムズ「ハルモニーレーレ」です。去年はデュトワ / N響のドビッシー「ペレアスとメリザンド」という傑作がありましたが、トータルには今年は豊作でした。

それにしてもハンヌ・リントゥ(1,5,6,7番)、オッコ・カム(1-7番、Vn協)、オスモ・ヴァンスカ(2,5,6,7番)、尾高忠明(5,6,7番)、パーヴォ・ヤルヴィ(Vn協)という名匠たちでシベリウスを聴きまくれたのは有難かった。これだけ短期間にまとめて聴くのは稀有のことです。

このシベリウス体験には屋久島の千年杉を見たあのずっしりした充実感と似たものを感じています。去年の真冬でしたから、タピオラやテンペストや4番などイメージが違和感なく重なります。5時間も死ぬ思いをして登って、とうとう霧のかなたに千年杉が荘厳な姿を見せた感動の瞬間、あれは7番のトロンボーンがぴったりです。今年は行けませんでしたが、その気分になれました。

ショスタコーヴィチ交響曲第11番、殺伐とした銃撃シーンが出てきますが、ビジネスで駆け回っている心象風景はあんなものです。シベリウスの自然に根ざした音楽と対極ですね。僕を戦闘モードにしてくれる最右翼はベートーベンなのですが、ショスタコーヴィチもいい。マーラーの盲目的自己愛は苦手ですが、彼はその影響を受けながらも知的でシニカル。政権への強烈な皮肉と反抗心が僕には推進力を与えてくれます。

ワーグナーの楽劇はとにかく5時間も食うんで僕のような職業の者には向いてません。ドイツにいた2年半は地の利を生かしてどっぷりつかってましたからもういいやという飽食感すらございます。でもこうして一流の演奏に出会うと、やっぱり聞き惚れてしまい、ちゃんとたたきのめされてしまう。困ったもんです。

願わくば今年のシベリウスのように一流の演奏を「まとめ聴き」できる機会が毎年あると嬉しいですが、ではそうして聴きたい作曲家がそんなにいるかと問われるとハタと考えます。誰が好きかを客観的に見るなら、「カテゴリー」にある作曲家別のブログタイトル数をご覧いただけばモーツァルト(65)、ブラームス(54)、ベートーベン(49)に次いでシベリウス(30)となってます。4番目に好きな作曲家のようです。

そして最後に、今年の締め括りとなったチョン・ミュンフン指揮の日韓合同オーケストラによる感動的なベートーベン第9を、演奏の是非とは異なる視点から加えたいと思います。岸田大臣の訪韓直前に行われ多くの政財官関係者が参加したこのイベントが、未来に開けた隣国関係への序曲として開催されたことはご招待いただいた際に感じておりました。子や孫の世代にはどんな展開になるのか予断は許しませんが、僕は良い関係構築に賛成票を投じる者のひとりです。

 

 

 

 

 
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今年の振り返り(プライベート編)

2015 DEC 29 22:22:56 pm by 東 賢太郎

今年のプライベートの3大事件です。

1位 カープファンを辞めた

カープは今やカネも人気もあり、判官贔屓の僕に似合わない球団に変貌した。その上で20余年も優勝しないストレスは過大であり、今年はそのストレスが前代未聞のピークに達して健康の敵であると実感した。よって50余年の恋人に別れを告げる決断に追い込まれた。ドラフトも黒田残留のニュースも何ら関心がおきず、もう「不可逆的」であることを知る。終わってしまった。今年というより、人生の大事件の一つである。

2位 絶食とランニングで体重キロ減る

5日の絶食をしながら10kmのランニングという苦行をこなしたところ、体質が変化したのか体重は73kg台に定着。目標の60kg代は未達も、5月に79kgあったのが検診で瞬間風速71.9kgを計測。単なる数字のことよりも、体を緊縮することは精神の緊縮にもつながる気になったことが新しい。

3位 仕事は大きな浮力を得る

1,2月は何もなし。3月に芽が出るも4月は後退。5月に絶食と先祖の墓参り。6月に急に動意づき、案件が5つもできる。7,8月は揺籃期で9月にさらに動意づく。10月は目が回り、11月に別の重要案件が入る。潰した案件も多いが、それらの存在が元気をくれた。いま振り返ると、お墓参りが分岐点だった。

ということで、還暦になったこの年はメンタルにも健康でも仕事でも大きな節目になったと思います。今年は本厄だったのですが個人的にはここ5年で一番良い年でした。

追記です

4位   歌舞伎を観る

何をいまさらですが、還暦にして初体験にしてこんな大物が残っていたことに感謝します。

5位     安土城に登る

何かをいただいた気がします。

 

(追記)

今になって思えば、カープとのお別れは剪定の一つでした。好きだと観てしまう。気になる。そして無様な負けに怒りがわく。そういう感情の乱れは仕事の邪魔なのです。だからハサミでプチンと切った。そういうことでした。これを促したのは5月に食を断った体験でした。断捨離、剪定、いらんものは捨てる。食べ物、カープ、いちばん大事なものでできたのできっかけにできそうです。人生変わりますよ。

 

(こちらをどうぞ)

カープ親父の会話-赤ヘルじゃなかったころ-

初めて歌舞伎を観る

3日断食にトライ

 
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エロイカこそ僕の宝である

2015 DEC 29 0:00:41 am by 東 賢太郎

今年ほど壮絶に戦って終える年というのも記憶になく、事業としては大勝利だったのだがどういうわけかそんなに喜びや達成感というものもなく、むしろ体も精神もぼろぼろだ。安息が要る。1か月半ぶりに二子玉川まで走ってみたが、途中猫のいる橋あたりで息が切れはじめ、軽いめまいもあり結局普段の倍の2時間を要した。

僕の仕事というのは数字だけで成り立っているといって過言でない。数字はメカニックで無機的なものだ。囲まれていると疲れる。だから正月は心の内から数字を消したい。そういうときこそ、音楽の出番となる。なにか劇的な効能があるというよりじわりと左脳をしずめ、左右をバランスしてくれるから心の漢方薬みたいなものだ。

では、こういうときにすっと心に入る音楽はなんだろう?

これがどういう質問か、クラシックをたくさん知っている方はお分かりと思う。冬には、春には、うれしいとき、かなしいとき、それぞれの心境に寄りそってくれる「マイミュージック」をみな持っているからだ。僕にとっては憂鬱なときにウィンナワルツはうるさいだけだ。第九のバリトンの歌い出し、O Freunde, nicht diese Töne!おお友よ、このような旋律ではない)!なのだ。

ではどんな Töne  がぴたっとくるのか?今回のような心持ちの経験はありそうでないので実は今知ったことなのだが、小包が届いていたオッコ・カム指揮ラハティ響のシベリウス3,4,6、7番とテンペスト、これは琴線に響いた。第九は最後まで nicht diese Töne!  であったことを告白しなくてはならない。演奏のせいではない。曲が響かないのだ。

そうしていまさっき聴いた、買いおいていたワルターのエロイカだ。もう確信に至った。これほど僕に勇気とエネルギーを与えてくれる音楽は他にない。起業のころ、苦しかった時期に第1楽章をピアノで弾いてどれだけチャージしてもらったか!もし意識不明になったら家族はこれを耳元で聞かせてほしい。この曲で生き返らなかったらお陀仏ということだ。

エロイカという曲は何かと因縁を感じる。実演は特に印象に残るものがあって、ドイツにいた94年1月15日のネヴィル・マリナー/ AOSMF、同12月6日のウルフ・シルマー / バンベルグ響、95年2月4日のロペス・コボス/ シンシナティ響、そして96年1月26日スイスでのゲオルグ・ショルティ / チューリヒ・トーンハレ管だ。2月4日生まれの僕としてその周辺で名演に当たるのもなにか因縁を感じる。ちなみにクラウス・テンシュテット/ ロンドンPOで二度も聴いているが印象にない。84年と86年のどっちも9月のことだった。

さっき魂を吸い込まれるように聴き入っていたのがこれだ。

ブルーノ・ワルター / シンフォニー・オブ・ジ・エア

64698892これのLPは音が悪くて長らく地団太をふんでおり、それ故にブログで推薦に入れなかった。このオタケンのCDは渇望を満たす実に素晴らしい復刻だ。これは僕の知るあらゆるソースの中で最高のエロイカの一つである。人間の精神の高貴な作用が音楽という形で刻印された奇跡の記録だ。1957年1月16日にトスカニーニが亡くなり追悼演奏会をワルターが振ったものである(オケは実質NBC響)。コロンビア盤で第1楽章のテンポに異議があると書いたがこれを聴いて考え直す。有無を言わせぬ気迫と重量感でありそれが牽引するルバートが意味深い。ワルターという稀有の名人が咀嚼したベートーベン演奏の叡智が友人であったトスカニーニを見送るために結集したようだ。まったく惜しいことだが第2楽章のCの方のティンパニがどうしたことか半音近く調律が低く聞き苦しいのを除けば、これほど今の僕を揺さぶる演奏はない。このカーネギーホールでの演奏会が57年2月3日というのも奇縁だ。自分は2才とはいえそんなに昔から生きていたのかという感慨でもあるが。

もうひとつ、これも心に響いた。

ゲオルグ・ショルティ / シカゴ交響楽団 (1989年新盤)

zaP2_G2632626W亡くなる前年、96年スイスでのショルティのエロイカはまぎれもなく僕が聴いたベストだった。第2楽章のヘ短調からのクライマックスへの展開はオーケストラ演奏でかつて目撃した最も壮絶なドラマであり、もう人生でああいうものを経験することは多分ないだろう。あれを思い出すにはこれを聴くしかない。ショルティの決然としたリズムは曖昧さが皆無でまるでパルテノン神殿の円柱みたいに整然と強固な調和を生み、シカゴの弦はトーンハレ管に増して厚み、音圧、キレ、すべてが凄い。そして管のクラリティ、音程、タンギングは音楽の至福であり、第3楽章のフルート、オーボエ、ホルンなどもはや神技の域にある。その技量と合奏力は、例えば第5交響曲の終楽章でほかのオケには演奏不能だろうと思わせる快速テンポに具現する。そんなことを競ってどうするんだという気がしないでもなく全集としてどうかというのは別の議論となるが、だからといって下手なオケの方がいいのだというわけはどこにもない。指揮者がそれをどう使うかということが問題なのであって、ベートーベンの音楽は、第九の歌の見事なピッチの扱いを見てもショルティの目指す大理石のように確固としたものが音楽の本質にストレートに資すると思う。少なくとも(ピアノ)スコアを自分の手指で音にしようと悪戦苦闘した者としてこの解釈と演奏は満点答案のようなものであり、このエロイカにケチをつける自信など僕には到底ない。第1楽章コーダのトランペットの扱いなどショルティは無用、恣意的な付加を回避しておりその姿勢は全曲一貫している。テンポもフレージングもダイナミズムも「歌舞く」ことは一切なく、だから無個性だ力づくだ無能だと切り捨てる聴き手もいるが、ベートーベンのスコアに何を求めているのかという差異だ。

 

(追記、3月17日)読響定期、サントリーホール

今日の読響のエロイカはだめでした。そもそもあれだけホルンがとちると聞く気が失せますわ。トリオの和音もだめ。何百回も聞いてる上になんでこれ聴くのって。ハーリ・ヤーノシュの金管セクションもぜんぜんだめ。申しわけないがプロなんだから問答無用。終わるのを待ってすぐ出ました。

 

カール・シューリヒト / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 (64年10月8日ライブ)

494

20世紀前半型の遅いエロイカのうち僕がワルターとともに敬愛する特別の演奏。遅い?それは木管の対旋律を浮き出させて歌わせ、ホルンの和音を轟かせ、重いトゥッティでffのくさびを打ち込むためだ。ティンパニのリズムひとつが見事に意味深い。それらが最高度に音楽に奉仕しているのだからたまらない。展開部からコーダへのメリハリとコクは最高。第2楽章の木管のチャーミングな歌、うねるような弦。合奏はすべてが聞きとれ彫りが深く最後は止まりそうな歩みになる。スケルツォは木管をスタッカートにするなどシューリヒトの語法は一筋縄でなく、それにこたえるBPOの上手さも効いている。終楽章は特に素晴らしい。この弦楽器の強いボウイングによる「発音の良さ」をお聴きいただきたい。コーダのヴァイオリンは不意にスタッカートになる。全曲にわたって録音ではわかりにくいが、指揮者の意志の力とオーケストラのカロリーのある音圧を感じる。フルトヴェングラーでは指揮の個性が勝った気がしてならずそのバランスが僕は好きでないが、この演奏は両者のエロイカ演奏のエッセンス、常識が緊密に均衡してぎっしり詰まっている。こういうのは若いおにいちゃんが一朝一夕でできるものではない、老舗の逸品、一期一会の大名演と思う。

 

断食が変えたモチベーション

 

モーツァルト ピアノ協奏曲第22番変ホ長調 k.482

 

 

(参考)

ベートーベン交響曲第3番の名演

クラシック徒然草-ベートーベン交響曲第3番への一考察-

クラシック徒然草-ベートーベンと男性ホルモン-

 

 

 

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第九交響曲- like(好き)とlove(愛してる)

2015 DEC 27 17:17:48 pm by 東 賢太郎

きのうチョン・ミュンフンが言っていたのだが、like(好き)とlove(愛してる)は違う。一目で好きになることはできても、愛するようになるには時間をかけてよく相手を知らなくてはならない。東京フィルハーモニーもソウル・フィルハーモニーも、自分はそうしてどちらも等しく愛するようになったのだと。そして、そうして、自分も両オーケストラの楽員も、その音楽を知れば知るほど全員がみなベートーベンを深く愛しているのだと。

1989年11月9日にベルリンの壁が崩れて「新しいドイツ」ができた。いま自分史を振り返ると、フランクフルトに赴任したのはそれから2年かそこらのことだった。ヨーロッパ史に残る激動の時に歴史の証人の端くれになったような気がしないでもない。企業の合併程度の話ではない。同じ民族とはいえ法律も思想も国家の屋台骨そのものを異にして長年を経てしまった東西ドイツという別の国がひとつになった。ドイツには殺伐とした緊張と不安と、その裏腹の期待に満ちた特別な時間が流れていたように思う。

それを待っていたかのように、1989年12月25日に東ベルリン シャウシュピールハウスでユダヤ系米国人のレナード・バーンスタインが東西ドイツ、アメリカ、イギリス、フランス、ソ連の6ヶ国からなる混成オーケストラを臨時編成してベートーベンの第九を演奏した。終楽章は、本来の「Freude(歓喜)」を、「Freiheit(自由)」に変更して歌われた。後述するが、その変更はオーセンティックな背景がある。第九は作曲家がそう意図したかどうかはともかく、そういう場にふさわしい祝典的な色彩をもった音楽である。演奏する者も聞く者も一つにする特別の力があるように思う。

きのう日韓合同オーケストラの見事な第九を聴きながら、ふと、ここに中国と北朝鮮のオーケストラや歌手も加えてしまったらどうなるんだろうと考えていた。モランボン楽団はともかく第九を演奏できる水準の楽人たちは、ベートーベンをよく知り、愛することができる人たちだろう。そこには曲の「特別な力」が作用でき、舞台でひとつの強いオーラとなり、聴く者を包み込むことができるのではないか。

音楽に政治が関与することを好ましいとは思わないが、音楽が政治のシンボルとして機能することはあり得るのだ。イスラエルは長年ワーグナー演奏を許さなかった。2001年7月にユダヤ人のダニエル・バレンボイムがエルサレムでベルリン国立管弦楽団を指揮してワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の一部を初めて演奏したが、大きな物議をかもした。

10年の歳月が過ぎた2011年7月26日、バイロイト音楽祭にイスラエル室内管弦楽団が招かれ「ジークフリート牧歌」を演奏した。国内ではホロコーストを生き延びた人たちから怒りの声が上がったし与党議員から楽団への予算支出差し止め要求も出た。しかし2001年時点で自国の楽団が敵地の祝典で敵性音楽を奏でるなどということは夢想だにされなかったであろう。時は日々確実に流れていることを我々他国人はシンボルによって知るのだ。

といって音楽によって日、中、韓、北朝鮮が一つになれるなどと青くさいことを思っているわけではない。バーンスタインの試みで6つの国が一つになったわけでもない。ただ、音楽がアジテーションや国威発揚の道具ではなく、その本源的な価値である「特別な力」の作用で、それを感じ取ることができる多くの人たちを一つにすることはできると信じる。それが国家が道を誤ることに対する歯止めになれればいいのではないか。

ベートーベンが第九交響曲においてあの有名なメロディーをつける欲求を抑えられなかったシラーの詩の当初の題は「自由に寄す」だった。官憲の弾圧を避けて「歓喜に寄す」となったが、底流にあるのは人間解放であり、快楽大好きのエピキュリアンの「よろこびのうた」ではない。星の彼方にいる父(神)のもとでは平等(兄弟)だと歌っているのであって、人類愛といわれるのは新興宗教のお題目ではなく支配の抑圧からの解放というコンテクストでの意味である。

僕がベートーベンはせっかく思いついた「あの有名なメロディー」で、しかも一旦は合唱と全管弦楽でそれを高らかに感動的に歌い上げておきながら、それで曲を終えなかったのはなぜだろうと思ったのは、チョン・ミュンフンがアンコールで第4楽章コーダのprestossimoをくり返したからだ。そこには歓喜、快楽、勝利、英雄という「歓喜に寄す」の部分にあった単語はもう出てこない。合唱は、

創造主(の存在)を感じるか? 世界よ。
星空の彼方に求めよ!

星々の彼方に彼の御方(神)がおられるはずだ

とラストメッセージを投げかけ、全曲の幕を閉じるのである。

僕はこれがシラーの詩を借りたベートーベンのメッセージだろうと思う。そしてそれに心からの理解と共感を覚えるし、そのためにキリスト教徒である必要は感じない。アインシュタインが「神はサイコロを振らない」と述べたのと同じコンテクストでの神の存在を信じているからだ。そのもとで全人類は相互にloveを持つべきだし、そのためには指揮者の言うように「時間をかけてよく相手を知らなくてはならない」のだ。

(参考)

ベートーベン交響曲第9番に寄せて

ベートーベン交響曲第9番の名演

 
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