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モーツァルト クラリネット協奏曲 イ長調 K.622

2012 SEP 23 2:02:05 am by 東 賢太郎

「お好きな音楽は?」 女性の方は、モーツァルトとお答えなさい。

「そうですか。ではどの曲が?」 ここでうろたえてはいけない。堂々とこう言いなさい。

「そうですね。みんな好きですけどお・・・」 (ここで5秒ほど間をおく。選ぶのに困ってる感じが出る)

「やっぱり私はクラリネットコンチェルトです」 (これは決然と歯切れよく。協奏曲だとちょっと理屈っぽく聞こえるのでコンチェルトとオシャレに言ってください)

これでOK。完璧です。この瞬間、貴女は世界のセレブ男をノックアウトします。確実におっと思わせます。そこから何が展開するかは貴女しだいですが。うーんタダ者ではないな、でもオタク女でもなさそうだ。品格も知性も愛嬌もあるかもしれない。この曲を出せば相手は勝手にそう思ってくれます。水戸黄門の印籠並みのパワーなのです。あ、相手が小物だとだめですよ。ビビってしまいます。この技は大物を捕獲するときだけ出してください。

モーツァルトはバイオリン、ホルン、フルート、オーボエ、ファゴットそしてピアノにも名品のコンチェルトを書いています。でも違うのです。どうしてでしょう。「ピアノ協奏曲20番です」「へー、あっそう。すごいよね、でもちょっと暗いね、あれは」それで終わり。僕は20番の敬虔な信者ではありますものの、違うのです。上記のシチュエーションでは。

クラリネット協奏曲はシャープ3つのイ長調という、彼にしては多くはない調で書かれています。いきなりオケの第1主題で始まります。ここのバイオリンの書法がらしくないので弟子のジュスマイヤー作じゃないか。そう言う学者がいます。1791年、彼の死の年の作曲ですから可能性はあります。モーツアルトの自筆楽譜をいろいろ調べてみると、必ずソプラノとバスだけ先に書いて行って、後から中声部をつけます。総譜にするのは後なのです。

この第1楽章はもともとシュタードラーという友人のクラリネット吹きのためにト長調で書いたものを9-11月に編曲。ほぼ同時に魔笛(オペラ)、皇帝ティトの慈悲(オペラ)、レクイエムも書いていて、死んだのが12月6日です。信じられますか?書いた音符の数は、単に写譜だけしたって超人的です。だから編曲の過程に弟子が入っていても不思議ではない。しかし、これが本人作でないという意見には反対です。こんな音楽を彼以外の誰が書けるでしょうか。

第2楽章。この和声の移ろいはもうロマン派です。あまりにすご過ぎて頭がくらくらします。このメロディー。とろけるクリームみたいにしなやかなクラリネットにぴったりです。ピアノやフルートやバイオリンに置き換えてみてください。全然ダメでしょう?彼は歌手の声に合わせて、服を仕立てるようにアリアを書いてきた。楽器でも同じです。

第3楽章。クラリネットが実にコケティシュです。これが表わしているのは絶対に女性です。僕はそう思う。これは誰なんだろう。モーツァルトをめぐる女性の話は書くときりがありません。本はたくさんあるのでぜひお読みください。面白いですよ。こういう偉業を成し遂げた男でこんなに人間臭いやつは知りません。それが突然ぽっくり死んじゃった。だから暗殺説が出ます。アマデウスという映画にもなった。あれはほとんど事実ではありませんが。

この3つの楽章、ぜんぶ雰囲気というかモードが違います。でも全部クラリネットに似合っていて、全曲聴きとおしてバラバラな感じが微塵もない。草書の一筆書きのように。こういう曲にベートーベンの5番みたいなマイクロスコーピックなアプローチをしても何の意味もありません。とにかく、どこがどうではなく、なぜでもなく、不思議と美しいのです。これはミロのビーナス以来すべての男に謎である、女性というものなんです。僕からすると。

こういう音楽を書いた人はほかにいません。人類に一人も。つまり後継者がいない。え、バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーベンと学校で習ったけど・・・?それ、何の意味もありません。最初の2人は同期だしバッハが先に来ている意味も不明。忘れてください。

ベートーベンはモーツァルトを尊敬していたと思います。少し嫉妬もあったと思う。たぶん。フィデリオというオペラは魔笛を意識しています。ピアノ協奏曲3番は24番の影響です。好きでよく演奏した20番には実にベートーベン的で立派なカデンツァを残しています。しかし彼はモーツァルトになるのは無理でした。コシ・ファン・トゥッテの筋がけがらわしいと思ってしまうような彼は根源的、根本的にモーツァルトとは水と油です。

ベートーベンの先生、先達はハイドンです。ハイドンは地味ですが音楽史的にはモーツァルトよりもずっとDNAを残している。意外でしょう?モーツァルトは、この言葉の最も良いニュアンスで、とても突然変異的な作曲家だったと思います。この協奏曲はそれでもソナタという制服を着ているので彼の変異性が目立ちません。それが全開になるのは魔笛なのです。この恐るべき、愛すべき、神様が人間の体を借りて書いたとしか信じられない音楽についてはいつか書こうと思います。

 

ザビーネ・マイヤー (cl)/ ハンス・フォンク / シュターツカペレ・ドレスデン

81oUf3SZYtL__SL1430_帝王カラヤンが手兵ベルリンフィルに採用しようとしたら楽員全員が反対。名手であり美人でもあったものだから「ザビーネ・マイヤー事件」と騒がれました。何があったかは知りませんが、1982年当時名門オケに女性が入るだけで僕も違和感があったのを覚えてます。まだオーケストラは男社会でした。それがおかしいことはこの録音でわかります。見事なモーツァルト!バックもDSKですから盤石ですね。「このCDが好きですね、ちょっと古いけど・・・」、こう言っておけば女性の皆さん、貴女も盤石ですよ。

 

(こちらへどうぞ)

モーツァルト「ピアノと管楽のための五重奏曲」変ホ長調K.452

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Categories:______モーツァルト, クラシック音楽

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