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ラヴェル ピアノ協奏曲ト長調

2013 OCT 6 20:20:21 pm by 東 賢太郎

この協奏曲とつきあってかれこれ40年になる。初めて出会って、ひと目惚れだった。今もって恋愛関係にある。なぜかといって理由はない。自分の内のことだ。わからないことはみんな遺伝子の記憶のせいにしてしまおう。

いきなり鞭(ムチ)がピシッだ。アブナイ。のっけからハイなのに、だんだんジャズのノリになって暴れまわる。ちょっと色気をみせるがすぐに調子はとっぱずれだ。第3楽章などもう野趣あふれてゴジラのテーマなんかに化けてしまう。大変なじゃじゃ馬女である。

第2楽章。だからこれがぐっときてしまうのだ。これがあの彼女か?どうしてこんな・・・。僕にとって、きれいな女性を音にしたらこうなる。

冒頭のピアノのモノローグだ。3拍子に聞こえるが、そして、たしかに3拍子で書いてあるが、譜面はこうだ。ravelPC1

 

 

 

耳が知覚する3拍子はだましで、1・3・5を強拍に弾くとおかしくなる。均等に弾けばバスの1・4でズンチャッチャに聞こえる。ところが右手の3/4の2つ目の4分音符は左の弱拍に当たって全体として拍節感は希薄だ。つまり右手と左手がよそよそしく他人行儀なのだ。しかも、いきなり第2小節で左手のg#に右手がaをぶつけて仲違いまでする。

全くそりの合わないカップルという風情だ。

そのまま二人は歩く。手をつないで。そしてだんだん想いが高まってくる。そうして、いよいよだ。そーっと木管が入ってくる。フルート、オーボエ、クラリネットの順に。

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このページの美しさはこの世のものとも思えず筆舌に尽くしがたい。モノトーンだった世界に打ち震えるフルートが青白い光をぽっと浮かべ、オーボエが最高音域のeで愛を切々と訴え、クラリネットが感極まってd#まで登りつめてそれにこたえる・・・。

イングリッシュホルンのソロで主題が再現しトリルを経て嬰ハ長調(C#)になるところ(練習番号9)、G#mが深い陰りを添えると、一転してf# のバスにAmaj7が乗った素晴らしい和音はギリシャの神殿のようで、パンの神のフルートが高いg#を朗々と響かせる!!あまりの荘厳さに凍りつくしかない。

第3楽章。話題の品が落ちるが、よく知られている「ゴジラのテーマ」というのがある。巨人時代の松井秀喜の登場にも使われていた。

伊福部昭がここから発想したかどうかは知らないが、僕にはどうしてもこれに聞こえる。

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ジャズっぽいイディオムとともにピアノは打楽器的に使われていて、速いファゴットのパッセージなど人を食ったラヴェルが顔を出す。最後の一撃は低音がト長調のバスだからgであるべきだが、ピアノの最低音aを書きこんでいるのがいかにもラヴェルだ。どうせ聴く者にはわかんないんだから音がでっかい方がいいだろうということだ。

ちなみにyoutubeにこんなのがあった(全曲)。学生の演奏会だろうか(違ったら失礼)。

第2楽章がとても良い。loveに満ちている。こう弾きたい。これは大家が弾けばいいという音楽ではない。これが自分の指から紡ぎだされると、恍惚の地にさまようことになる。恋愛から覚めることは永遠にないだろう。

この曲には、もうこれ以外は不要という決定的な録音が存在する。僕はけっこうストライクゾーンは広く、よほどのものでなければNOはない。だからCDはいつも複数をご紹介している。しかし、極めて例外的だが、この演奏ばかりは他を軒並みKOして聴こうという気にもさせてくれない。今後もこれ以上魅力がある録音が出る可能性は限りなくゼロに近いであろう。

サンソン・フランソワ(pf) / アンドレ・クリュイタンス / パリ音楽院管弦楽団

フランソワ(1924-70)はフランスの生んだ天才だった。練習嫌いで酒びたり。アル中とクスリで早死にしてしまった。この録音こそはそんな彼のベストフォームと断言しよう。タッチは七変化だ。ラヴェルが書き込んだ千変万化の表情をこんなに雄弁に描き出せた人はな41DMZ7XMKFL (1)い。例えば、第1楽章の右手の長いトリルを聴いていただきたい。ピアノが泣いている!ギターでなくピアノを泣かせたのはフランソワだけだ。しかしよく聴くと、トリルが一人で泣いているのではない。この部分の左手は併録の「左手のための協奏曲ニ長調」に似た主情的な書法であり、和音をつけるその左手の生み出すテンポ、フレージングの微妙な陰影と情緒が上声部のトリルを歌わせているという、驚くべき高度な演奏がなされているのである。そしてさらに驚くべきことは、指揮者クリュイタンスが個性の強いフランソワのオーラにぴたりと波長を合わせて寄り添っていることだ。ホルンにしては超高音域の弱音のソロを聴いていただきたい。ちょっと触れても壊れてしまう極限のデリカシー。泣きにはこれでなくては。フランスのホルンの極薄の絹を思わせる音色だからこれができる。これも繊細の極致であるハープのハーモニクスが旋律を爪弾く。第2楽章の木管の入り、超高音で金の粉をふりまくフルート、オーボエ、クラリネットの気品と色香はどうだ!鄙びたイングリッシュホルンの旋律には陶然とするばかりで薄明の光がさして我に返る。終楽章のラプソディックな推進力も魅力だ。いくら音楽が熱してもラテン的な透明な感性のままであり、重くなったり粗野になったりしない。ドイツやロシアだとこうはいかないのだ。今やこういう音のするフランスのオーケストラは消滅した。こういう感性のピアニストは均質的なコンクール競争で排除されるだろう。このラヴェルは世界遺産ものの希少品だ。曲への愛も含めて僕の無人島CD候補の有力な1枚である。

 

(補遺、16年1月30日)

ニコール・アンリオ=シュバイツァー(pf) / シャルル・ミュンシュ/ パリ管弦楽団

847はっきりいってピアノはうまくない。両端楽章は危ないパッセージもある。それでも書くのは第2楽章が抜群にいいからだ。テンポは遅いが味が濃く、これだけデリケートにたおやかなニュアンスで弾かれたものは他に知らない。ppに感じきっておりmf、f も控えめで乳白色の霧の中を歩くようだ。オケもピアノ同様に高貴な味わいで、巷のムード音楽のような演奏とは一線を画する。ミュンシュ最晩年の録音だが老境で回顧した恋のようでもある。

 

アブデル・ラーマン・エル=バシャ(pf) / マルク・スーストロ / ロワール・フィルハーモニー管弦楽団

R-2596126-1292334514_jpegフランスのローカル・オーケストラのおいしい味が趣味の良い録音で楽しめるCDで大事にしている。といって技術に難があるわけでなく、立派な演奏だ。ピアニストには常人ばなれした記憶力の持ち主がいて、このレバノン系フランス人のエル=バシャ は協奏曲60曲のレパートリーを持ちショパン全曲を暗譜で弾くらしい。このラヴェル両曲、特に個性はないがまったくもって模範的でハイセンスな演奏といえ、残響の心地良いホールトーンと適度な解像度のある録音が最高。おすすめだ。スペイン旅行で買った思い出のCDだが今はi-tunesにabdel rahman el bacha ravelと入れると1500円で買える。

 

youtubeにあったこれ、ブランカ・ムスリン(1917-75)というクロアチアの女流のピアノ、ウイルヘルム・シュヒター指揮ベルリン交響楽団の演奏。

シュヒターはN響の常任指揮者で厳しい練習で有名だった。このラヴェルは頭がくらくらするぐらい素晴らしい。upされた方に感謝。

 

アレクシス・ワイセンベルク / 小沢征爾 / パリ管弦楽団

なつかしい。浪人中にまずフランソワ盤、そして2枚目にこれを買ったのだった。右のLPがそれで、これも非常に気に入っていた。若かった小澤さんが凄い。才能がほとばしる。ワイセンベルグも一緒に突っ走る。第2楽章、僕が自分で弾くテンポもこれだったんだんなあ・・・刷り込みは恐ろしい、三つ子の魂か。木管はクリュイタンスが上を行くがこれだってそう負けてはいない。僕も若かった。

 

クラシック徒然草-僕が聴いた名演奏家たち-

 

 

ジョン・アイアランド ピアノ協奏曲変ホ長調

エリック・パーキン / ブライデン・トムソン / ロンドンフィルハーモニー管弦楽団

irelandアイアランド(1879-1962)はスコットランド系イギリス人。チャネル諸島が好きでその風景を愛した。フランクフルトにいた頃、僕らはアイルランドにゴルフに行って、時間があったのでキンセイル(Kinsale)という南岸の港町で昼飯を食べた。諸島はそのすぐ南だ。それがアイリッシュ風フレンチとでもいうもので、抜群に美味であった。こういうのは体が覚えている。その経験からだろうか、このピアノコンチェルトにはフランスの、特にラヴェルの風味を感じてしまう。似たフレーズが出るというような具体的な相似はなんらないのだが、どことなく味が共通なのだ。ラヴェル好きの方は聴いてみて損はない。

(こちらへどうぞ)

 ラヴェル 左手のためのピアノ協奏曲ニ長調

 

 

 

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