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中国はどこへ行くか(1)

2013 DEC 17 23:23:38 pm by 東 賢太郎

香港が中国に返還された歴史的な年である1997年末のこと、僕は野村證券香港現法であるノムラ・インターナショナル(香港)Ltd. の社長を拝命した。就任は12月のちょうど今頃だった。当時42歳。ロンドン、ニューヨークと並ぶ3大拠点であり、初めてのアジアでもあったから少し興奮気味だった。

寒いスイスからの外-外の異動だった。12月なのにほわっと暖かくて独特のにおいがする香港の湿っけた空気。どことなく未知の期待感を運んできて胸が騒いだ。今でも香港へ行ってあのにおいがすると、若気の至りだった42歳の気持ちがよみがえってどうにも血が騒いで止まらなくなる。当時の野村では社員130名のスイスもそこそこだったが、社員が450名もいる巨艦であった香港の重みはずっしりあった。

社員に顔見せのあいさつをしたのはおりしも行われていたクリスマス・パーティーの場である。シャングリラ・ホテルの会場は、ほとんどが香港人である450名の社員とその家族の計1000名ぐらいでたくさんの丸テーブルがびっしりと埋まっていた。スケジュール変更があったので、その日に僕が現れるのは予定外だったはずだ。だから今日はちょっと顔を出すだけで結構ですといわれ、そのつもりで後方のドアから会場へ入った。その瞬間だ。突然、司会者のアナウンスが轟くと全員が一斉に後ろをふりかえり、割れんばかりの大拍手となってしまった。おい、ドッキリカメラかよこれ、話しがぜんぜん違うじゃないの・・・。

ステージにひっぱりあげられる。みんな人事発令で僕の名前だけ知っている。今度のはどんな奴だろう?興味津々の視線が集中し、会場は一転シーンと静まりかえってしまった。まいったなあ、こりゃ何かのテストか陰謀か?即興で適当にジョークを入れてしゃべるのはドイツ、スイスで鍛えられていたが、やっつけのスピーチだしどう切り抜けたかは忘れた。よく見ると目の前にいる皆さんが髪の黒い人ばかりというのでなぜか無性に安心し、嬉しかったのだけ覚えている。

そうして始まった数日後のある日、部屋に香港人の人事担当役員が飛び込んできた。社員から苦情が出ているという。何だ?というとこの部屋の風水ですと答える。これは前任社長のためのものだ、どうして早くあなたのに変えないんだと多くの社員たちから人事部に文句が来ているというのだ。モーマンタイ(無問題)、俺はそんなの気にしないと言うと、とんでもない、あなたの問題じゃなく社員の問題だとくる。トップの風水が悪いと全員が不幸になるのだと食い下がられた。う~ん不思議な国だと思った。

翌日の朝、風水師はアポ通りの時間に現れた。あれこれ長々と質問され、生まれた正確な時刻まで親に電話で聞けという。それが終わると、社長室は全面的、根本的に模様替えしろと一方的に通告され、図面が描かれた。何と僕の座る後ろの壁のその裏側(!)に意味不明の細長い小部屋まで建造されることになった。そして数日後、出社すると驚いた。応接セットやソファや本棚は真赤に染まり、まばゆい金色の装飾が朝日に燦然と輝いていた。色弱でよかったと思った人生数少ない瞬間だ。しかし社員の評判は非常に良かった。

多くの中国人の方とおつきあいし笑い話のつもりでこの話をすると、口をそろえて真顔でそれは当たりまえですよ、長の務めですと言われてしまう。例えば高級マンションの建物のどてっ腹に何室分ものスペースの大きな空間(穴)がぽっかりとあいている。もったいないがそうやって風水を良くしないと部屋が売れないからだという。西洋流不動産投資では常識であるキャップレートという指標では計れない別個の経済学が成立している。これは日本でいう「縁起」の度をはるかに越したものだ。

風水はともかくも、日本の知識人で中国史にいささかの敬意も払わない人は少ないのではないか。敬意はともかく我々にとっての中国語(漢文)が、欧州語におけるラテン語の地位に相当することは否定しがたいだろう。三国志、水滸伝はマンガにまでなっているし杜甫、李白を吟じ論語を紐解きながら現在の中国を嫌うというのは、どうも一貫していないのではという気持ちになる。ちなみに僕個人は、いずれ史跡をめぐってみたいほど三国志好きである。

中国の明、清王朝の財宝のほとんどは、国民党が紫禁城から持ち出して、台北の故宮博物院にある。世界4大博物館のひとつであり、まさに天下の珍宝の宝庫である。丸一日かけたが、その日展示されたものだけでさえとても見切れる量ではなかった。行って実際にご覧になればお分かりいただけると思う。残念ながら、日本と比べてどうこうと言う気すら起きなくなり、そのことでお前は非国民だと批判されても事実の前には甘んじるしかない。

日本の文物で起源が中国と全く無縁なものは、なかなか探す方が困難だろう。西洋だってデルフト焼きもスパゲッティもヴァイオリンも、今の中国と特定できるかどうかはともかく東方起源だ。古代、中世において世界に冠たる先進文明が中国に在ったことは否定し難く、我々はその影響下で独自の島国進化を遂げた超先進国であることをむしろそういう形で誇りに思ってもいい。英国人には、自分たちの歴史はカエサルの上陸を持って始まったと言ったウィンストン・チャーチルのような人もいる。

(続く)

中国はどこへ行くか(2)

 

 

 

 

Categories:政治に思うこと

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