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ドヴォルザーク 交響曲第8番ト長調 作品88

2014 JUL 30 15:15:29 pm by 東 賢太郎

ドヴォルザークというと新世界とくるが、僕はこの8番が好きです。それが嵩じて全曲をシンセでMIDI録音しています。ピアノでよく弾いています。あの長いフルート・ソロの部分を弾いていると生きててよかったと思います。音楽というのは何であれ、自分で演奏することで血管に入ります。

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これが幕開き。さあ大シンフォニーが始まるぞで!はなく、ト短調で切々と何かを訴えるようにそっと近寄る。新世界の終楽章のテーマと同じエオリアン・スケールで哀愁が漂います。たった10小節で遠い変二長調まで旅し、音楽はここまで人なつっこい。バスがf#になって主調Gを準備するとやがてトロンボーンとティンパニが荘厳にト長調の到来を告げ、ヴァイオリンが清澄なボヘミアの森の空気のようなトニック和音をppで奏でる。これは何か神性を暗示しますが、現れるのは神ではなく鳥の声!なのです(18小節目)。このさえずりのフルートの旋律がピッコロにバトンタッチします。この管弦楽法の魔法!ヴァイオリン、ヴィオラがそっとささやく和音(22小節目)の優しいこと!いよいよ生きる喜びに満ちあふれた交響曲の幕開けです。

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右が第4楽章の素晴らしい第1主題がチェロで出てくるところのピアノ譜です。心得のある方はぜひこれを弾いてみてください。こんな易しい譜面から「あの」音がする!夢のようではありませんか。

 

ドヴォルザークはこれを1889年に48歳で書きました。ヴィソカという静かな村に家を買って、ボヘミアの自然の息吹の中で一気に作曲したそうです。この頃、彼はあふれるような創作力があり、次々と湧き出てくる楽想を書きとめるのがもどかしいほどだったと言っています。この年の夏、ピアノ四重奏曲変ホ長調作品87を8月に作曲しながら、この交響曲の構想ができつつあったようです。

9月6日に作曲に本格的に着手、13日に第1楽章、16日に第2楽章、17日に第3楽章、そして23日に第4楽章ができています。あのアレグレット・グラツィオーゾの名旋律がある第3楽章がたった1日で出来てしまったというのは凄いを通り越してかえってあっけない。この曲は僕が高校のころ、たしかバルビローリ/ハレ管のLPの銀色と青のタスキに「イギリス」とタイトルが書いてあって不思議に思っていました。新世界がアメリカでこれがイギリスか、なるほどと勝手に納得していました。

真相は違いました。ドヴォルザークが使っていた出版社のジムロックとの間に版権料のひと悶着があったのです。そこで、まだ出版契約期間が残っていたにもかかわらず彼はイギリスのノヴェロ社から出版してしまった。たぶん法律問題にはなったでしょう。しかしそれだけ?おいおい、それで交響曲イギリスはないだろ。みんなそう思ったのでしょう、この名称はほどなく消えました。これを覚えているのはあの青・銀のタスキが気に入ったから。欲しかったが2000円が高くて買えず、手に入れたのは廉価版になってからでした。

ちなみにそのノヴェロ社の創業者、ヴィンセント・ノヴェロはモーツァルトの崇拝者で、姉ナンネルが晩年病の床に就き、生活にも困っていることを知らされ援助のためザルツブルク、ウィーンを夫人と共に訪ねています。コンスタンツェ、息子にも面談し、その内容を日記に綴ったのが「モーツァルト巡礼 : 1829年ノヴェロ夫妻の旅日記」(秀文インターナショナル)です。29年というとベートーベンが死んだ翌年、ベルリオーズが失恋して幻想を書こうという頃。いくら金持ちとはいえ当時イギリスからザルツブルグは大旅行です。まさに巡礼ですね。

8番のライブでは84年に母がアメリカに遊びに来てワシントンDCに行ったおり、JFケネディセンターでビエロフラヴィクがチェコ・フィハーモニーを振った演奏の出だしの弦のとろけるような質感が忘れがたいものです。当時習っていたチェロはこういう音がするものかと思い知りました。この他、スラットキン、ヤンソンス、アルブレヒト、サヴァリッシュ、小林研一郎、グローヴス、バーメルト等を聴きましたが記録を見ると全部無印です。理由は想像がつきます。あのレコードのせいです。

dvo8それは僕が8番の真価を知ったヘルベルト・ブロムシュテット/ ドレスデン国立歌劇場管弦楽団(以下DSK)のLPです。レコ芸で辛口の大木正興氏が激賞していて迷わず買いました。ドイッチェ・シャルプラッテン録音のエテルナ(徳間)盤です。これ1曲で1枚なので両面ともカッティングスペースは3分の2ほどで、つまり内周の3分の1はあいている。ずいぶんぜいたく品を買ったなあという第一印象でした。そしてその音と演奏の素晴らしさ!これ以来8番といえばこれでありDSKといえばやはりこれということになっています。ちなみに大木氏はスイトナーの8番も激賞していたが、こっちは少しも気に入りませんでした。人の好みは色々です。

見事に引きしまった木質のオケの音響。大きな室内楽、有機体が秘蔵の練り薬でひとつになって、気迫と自発性に富んだ抜き差しならぬ緊密なアンサンブルを展開する(こんな感じの表現を大木氏はしていた。まさにそうだ)。それがドレスデン・ルカ教会の空間にあでやかな残響となって広がる。僕はEMI(サヴァリッシュのシューマン等)よりこのエテルナの方がDSKの感じをうまくとらえていると思います。ヴィオラ、チェロのビロードのような柔らかさはチェコ・フィルのライブを思わせ、金管は浮き上がらず、ティンパニはうるさくないが充分の存在感がある。抜群に音楽性の高いフルートは終楽章の難しいソロを見事に吹ききりますが、その前のトゥッティでもマイクが拾っていて良く聴こえます。録音技師たち、何もしてないようでいて各楽器の音をうまく引き出す工夫をしていることがわかります。

こういう録音をオーディオ評論家はほめないでしょう。どこといって特徴がなく、ハイファイ的でもないからです。しかし「音楽」を聴きたい人にはこれが貴重です。HiFiを売り物にするのはそうでもないと存在価値が薄いからでしょう。本当に良いものはワインでも車でも、至極真っ当に良質なものです。そういうものを高級、ハイエンドというわけです。DSKの音がオーケストラの高級品であることは間違いありません。耳を肥やしたい方はDSK、ウィーンPO、アムステルダム・コンセルトへボウの録音だけ1年聴き続けたらいい。ロマネ・コンティとペトリュスとムートンしばりみたいなもの。それだけ耳に焼きつけておけば、知らないものは全部安物と判断すればいいから便利です。別にベルリンPOやシカゴSOが入ってもいいですが、僕の好みとしてはその3つを高級品の最高峰としてお薦めします。

dvo8.1 もうひとつ。本当に耳を肥やしたいならLPをどうしてもお薦めしたいということです。例えばこのブロムシュテット盤、僕は写真の2枚のCDも買っています。もちろん上記LPとまったく同じ音源です。上がドイチェ・シャルプラッテン日本盤、下がベルリン・クラシックス(エテルナ)ドイツ盤。ところが両方ともいただけないのです。上は日本(徳間ジャパン)ですがミキシングし直したと見え不自然なつなぎが興ざめで、

音のヴィヴィッド感も消えdvo8.2ている。下は音のコクと重量感が無くなっておりスピーカーからLPの音楽の躍動感が聞こえてこない。要するに、どっちも全然ダメで、LPを100点とすると30点です。こういう音で聴いたら評価は変わってきてしまうでしょう。しかしこの場合が特別ではありません。オケに関するかぎりCDは音が悪いのです。僕のCDプレーヤーは値段でいえばレコードプレーヤーとカートリッジの5倍はします。それでもLPの方が音が良いのです。

この差は初心者でもaudible(聴き取り可能)です。国内ミキシングしたCDは音の分離が良い反面、弦の高音がキツい場合が多い。それがそれがHiFiイメージなのか、あるいはそういう音が良く聞こえる装置が普及しているからでしょうか。僕はこれが堪えられないので高音低音をバイアンプにしてブルメスターのプリアンプで高音低音を調節しています。しかしCDで高音を抑え気味にしようとすると中音域も死んでしまうケースがあるのです。同じソースでもLPならそれはありません。LPはすべての音域がぎっしり詰まっている。だから高音だけ浮くということがなく、あっても高音を抑えれば中音以下はしっかり鳴るのです。本格的にクラシックを聴こうという方はぜひLPを検討してみてください。ソフトは値段の安い(1枚500円ぐらい)中古で充分です。

8番についてあまり書いてませんが、こんな魅力的な曲でもあり、クラシックファンとしてはマスト・アイテムですからあまり細かいことは気にせずとにかく聴いていただくのみです。ミラン・ホルヴァート/ ORF交響楽団の非常に中欧的なローカル色にあふれたエネルギッシュな演奏をyou tubeからお借りしましょう。指揮者もオケも有名ではありませんが大変な名演であり、通の方もぜひご一聴をお薦めいたします。

(追記、2月11日)

この8番、ブロムシュテットのLPの洗礼が強烈だったせいか、好きなわりにこれだという演奏に出会ってません。おまけにもうひとつの原体験として、上記ワシントンでのチェコ・フィルのとろけるような冒頭部分のヴィオラ、チェロの音が耳に焼きついてしまっていて、どうも、どうしても、どれを聴いてもだめなのです。解釈の方も、自分の手でMIDI録音のために全曲を弾いてますから、やはり無形の換えがたい何かが僕の中にできてしまっています。というわけで、まったく個人的な事情ではありますが、LP、CDを37種類持ってますが定番とされるターリッヒ、アンチェル、カラヤン、ノイマン、セル、ケルテスらが全滅なのは悲しむしかありません。

一聴していいと思ったのは上記ホルヴァートぐらいで、演奏としてなんとか傾聴できるのは以下です。

ラファエル・クーベリック /  ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

zaP2_G2720940W第1楽章は文句なし。この楽章があるから聴く気になります。第2楽章は金管のフォルテがややドイツ風に強くて録音がきつく、ピアニシモはブロムシュテットのデリカシーに欠けます。第3楽章はポルタメントが嫌ですね、どうも趣味に合わない。終楽章は第1楽章より落ちますが、オケは好調でまずまずです。さて問題の音ですが、日本プレスのLP、フランクフルトで買ったドイツ・プレスのCDともいまひとつ未満です。先日中古でドイツ・プレスのLP全集を買いましたが、66年録音の限界なのかこれも期待ほどでなし。難しいものです。

 

 

カレル・アンチェル / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

アンチェルの8番は正規録音がなく、僕は9番を彼のチェコ・フィル盤で覚え感銘を受けていたので探しておりました。1995年に出たこのTAHRAの2枚組は天恵で、1970年に彼がアムステルダムで行った最後の6回の演奏会に8番があったものをリリースしたのです。期待にたがわぬ筋肉質の演奏で、ライブ録音ではありますがコンセルトヘボウのホール感もそこそこ伝わります。

 

ブルーノ・ワルター /  コロンビア交響楽団

MI0003456331第1楽章は最高に見事な解釈。オケも彫の深い演奏で、最善を尽くし老境のワルターの棒に応えています。決して枯れておらず、ティンパニの打ちこみで強い意志を表出するなど重量感ありです。緩徐楽章も詩情がある。ボヘミアの空気を感じられます。第3楽章も僕はヨーロッパの香りをかぎます。ポルタメントは目立たず、歌いすぎず品格を保ち、ねばらないテンポがいい。終楽章が僕としてはやや遅く、フルートの高音が飛び出したり録音のバランスが気になるのが玉に傷ですが、これがワルターのコンセプトなのであり傾聴すべきでしょう。僕のはCDですが再生の仕方次第では音も悪くありません。

(追記、2月14日)

 

クリストフ・フォン・ドホナーニ /  クリーヴランド管弦楽団

41RAD278KFLブロムシュテット盤のコンセプトに比較的近く、ポルタメントと終楽章コーダのテンポ以外は好感をもちました。アレグロの推進力、筋肉質の合奏、緩徐楽想のぬくもり、どれもいいですね。ティンパニを強打する骨格作りも素晴らしい。ドホナーニはベートーベン、シューマン、、ブラームスどれも非常に水準の高い録音を残しています。Deccaの技師が実にヨーロッパ調の品格ある音にしているのも効いていますね。

 

セルの8番論考

ジョージ・セル(1897-1970)。彼の8番は天下の名盤とされいておりこれらに否定的な人はあまりいません。僕自身セルは最も敬意を懐いている指揮者の一人であり、チェロ協奏曲の方は彼の指揮にこれしかないというほど感動してる。どうして8番が嫌いになってしまったのか?これは自分史で重大なことと思いACO盤(フィリップス)、クリーヴランドOの旧盤(CBS)、新盤(EMI)を聴き直してみました。

第1楽章で短調になる部分で両盤ともテンポがガクッと落ちる。これがまずだめ。 再現部は、提示部から遅い新盤はさらに遅すぎ。第2楽章は違和感なしで特に新盤はいいと思うとやはり短調部分は遅すぎ。問題は第3楽章のヴァイオリンのポルタメントで、新盤はやや控えめになってますが旧盤は救いがたいほどぞっとします。

僕は音楽というものを認識する根本的、根源的なところで流れを歌としてではなく和音で追うようにできているらしく、いつもピッチに耳がいっており、それを自ら大いに崩壊させるポルタメントというものはそれがいかに欧州の伝統であろうがなかろうが許し難いのです。これは完全なる趣味の領域だから仕方ありません。

そして第3楽章コーダの速度です、これにびっくりしてしまった。あとで譜面にMolt vivaceとあることを知り、ああブロムシュテットよりセルが正しかったんだと思い直したが後の祭り。最初の擦り込みは恐ろしいのです。終楽章コーダの加速も旧盤はここまでやるとあざとい。そこにこれでもかとぴゃらぴゃら鳴るトランペットがアメリカンな下品さ丸出しで僕の趣味からは程遠いものであります。

ACO盤はモノラルで録音が楽器に近く、せっかくのホール音がいまひとつ生きていません。オケの良さ、セルが弦を締め上げていない感じでポルタメントは軽微。自然なのはプラスですが新盤のピッチの良さはなし。Molt vivaceの唐突感はこれが一番でスラブ舞曲が始まったかというほどです。

セルは古典派で見せた均整感をロマン派ではかなぐり捨てることがあり、この8番はその最たる例ですが、彼のイメージをアメリカのオケに微細に調教しすぎた観があり僕のような聴き手にはそれがうるさくてだめ、録音(特にCBS)が即物的にその表面づらを拾ってしまっていてますます気になるということのようでした。

 

 

 

(こちらへどうぞ)

ドヴォルザーク チェロ協奏曲ロ短調 作品104

クラシック徒然草《シェイナのドヴォルザーク5番》

 

 

 

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