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僕は大阪人である

2012 OCT 10 14:14:32 pm by 東 賢太郎

ノーベル賞の山中先生、iPS細胞の命名由来が「iPodみたいに世界に広がってほしい」というコメントに感心しました。このマーケティング感覚! ラグビーやジャマなかと呼ばれた話もおもしろいですが、それを何のてらいもなくお話になる先生の人柄がすばらしい。先生は関西のかただなあと思います。

僕は生まれも育ちも東京ですが、社会人の第一歩は大阪です。それまで新幹線で通過したことはあっても、そこで降りようという気がおきたことは一度もありません。大阪のかたには申しわけないのですが当時の僕には、おそろしい、ガラが悪い、阪神ファンのヤジ、映画のヤクザ抗争みたいな刷り込みしかなかったのです。

野村證券に入社して、何の因果かその大阪梅田支店に配属になってしまいました。豊中の社員寮に入ったときの戦々恐々とした気持ちは今でも覚えています。さて阪急宝塚線に乗って初出勤の朝のことです。電車のドアのガラスにふと目をやると、なんと 「指づめにご注意」 とでっかいステッカーが貼ってあるではないですか。そうか、やっぱりそういうところなんだ。大変な所に来てしまった。完全にそう信じこんだ僕はその晩の歓迎会でさっそく女子社員たちの酒の肴になったのでした。

たぬきうどん!というとキツネが出てくる。汁がうすい。アイスコーヒー!というと 「レーコでっか?」 と言われる。冷やし中華!は 「レーメンでっか?」 と言われる。何が違うんだ? エスカレーターで左に立ち止ると突き飛ばされる。・・・・だからさあ、とか言うと 「ええかっこしい」 と言われる。串カツ屋のおばはんには東京モンと見るや 「にいちゃん、二度づけ禁止やで」 と先制攻撃をかまされる。なんじゃここは日本か!という日々。これがあったからこそ、僕はアメリカへ行って一度もカルチャーショックというものを味わったことのない人間に成長できたのです。

結局2年半の滞在でしたが、大阪は僕に鮮烈な印象を刻み、人生のイロハをたたきこみ、素晴らしい人たちとの劇的な出会いを与えてくれました。仕事での成功体験も、全部大阪でできたものが基盤になりました。これがなければその後の僕はありません。社会人としての東賢太郎は100%「大阪人」「関西人」であると胸を張って言うことができます。

山中先生のインタビューには、何ともいえない、やわらかいけどタフネスを裏に秘めた、関西人のエッセンスみたいなものを感じます。これはそのままグローバルに通用します。僕自身、ささやかながらそれで16年間海外の第一線で戦ってこられました。かたや、東京人は 「ええかっこしい」 が権威主義というものになっていないでしょうか。御用商人と堺商人のちがいみたいなものがないでしょうか。

京都大学のノーベル賞の数はどうもそれと無縁でないような気がするんだけどさあ・・・・

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