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フランクフルト空港の謎

2012 OCT 10 17:17:11 pm by 東 賢太郎

フランクフルト空港のパスポートコントロールでのことです。

何だったか聞かれてそれに英語で答えると 「あんたここで働いてるんでしょ?何でドイツ語で答えないのよ?」 と、ガラス越しにきつーいドイツ語が飛んできました。なるほどパスポートの労働ビザでわかるのか。ガラスの向こうを思わず見た僕は、年の頃は、非常にわかりにくいが、とにかく声色を聞く限りにおいては、女性と判断していいのだろう、というとりあえずの結論に達しました。

ドイツ語ができないと入国させないという法律は絶対にない。まずそう考えました。しかし僕は野村ドイツGmbhという、80人の社員を抱える、現地では銀行の社長でした。このポストに就くにはドイツ連邦銀行監督局において30分間のドイツ語の口頭諮問をパスしないといけません(当時は)。そんな所で改めて不合格になるはずないのに、試験官にさんざんいじめられた苦い記憶がふと頭をよぎって、ドイツ語で 「僕はあまりうまくないんだ。正確に答えないとダメなんでしょ?」 と返事しました。そうすると 「ウソつかないでよ、しゃべってるじゃないの!」 と吉田沙保里選手なみの上げ足技で攻め込んできます。その後のやりとりでウソではないということが十分に立証はされましたが、こういう方とはあまりかかわりたくないと思いました。

バイオリニストの堀米ゆず子さんとヤンケさんは、かかわらざるを得なくなったのですからお気の毒でした。しかし、ドイツという国は何事につけ四角四面の形式主義、書類審査万能主義であり、官吏は欧州の人としては職務遂行に熱心ではあるが、上司に言われたこと以外は絶対にやらない最右翼の国だということを忘れてはいけません。ソブリン危機なんだから徴税官吏に檄が飛んでいるぐらい推察しろとまで芸術家に言う気はありませんが、一応の世間一般常識はあったほうが余分な弁護士料はセーブできたでしょう。

皆さんが不幸にしてこういうことになってしまったら、何語をしゃべるおつもりにせよ、「前回までは大丈夫だったのになんで今回だけダメなのよ?」 などと言い返しては絶対にいけません。常習犯として逮捕されるか罰金が重くなるだけです。「音楽家にとって楽器は体の一部なんです」 などと涙目で訴えても効果は期待できません。へたすると体中のレントゲン証明写真を撮られて偽証罪に問われて無用に被曝しかねません。ともあれ、すぐに弁護士を呼ぶことです。

堀米さんのブログを読むと、バッハの3連符にとても心をくだいておられる、日本的な細やかな感性を持ったすぐれた音楽家です。ヤンケさんはドイツ人、しかも、ドイツの宝、世界最古を誇る名門オーケストラであるドレスデン・シュターツカペレのコンサート・ミストレスという 「やんごとなき」 お方です。もしN響のコンサートマスターのバイオリンを成田の税関が差し押さえて1億円払えと言ったらどうでしょう。すわ!暴力団の新手のみかじめ料かと警官隊が出動してしまいかねません。

ところがドイツではそいう次元のことが立て続けに2度も起こるばかりか、政府が楽器返還を認めると、それを不服として税関吏が財務大臣を告発までしてしまうのです。国庫を豊かにしようとこんな大手柄をあげたのに、ということなのでしょうか。それとも、彼らが財務大臣を上司と思っていないのか、民間企業の労使関係に相当するのか。とにかく異国情緒に満ち満ちた事件であり、かようなことは日本の役所では飛鳥時代以来一度として起きていないだろうということは木簡を発掘調査するまでもなく明白と思われます。

ご年配の日本人には、ドイツは元同盟国だ、むこうも同胞意識がある、日本人と似ている、と思っている方が多いようです。大きな勘違いです。今度はイタリア抜きでやろうぜと言われたなんていう話までおお真面目に流布しています。どこかであった話なのかもしれませんが、今やオクートーバーフェストでビールを10リットルぐらい飲んだ隣の席のオヤジぐらいです。そんなこと言うのは。税関吏の行動を一般化してはいけませんが、ドイツに住んだことのある方でそういう話をまだ信じている方はかなり少数派と思います。

僕が敬愛するヨハン・セバスチャン・バッハも実はバイオリン差し押さえ派だったり、あのパスポートのおばはんとビール飲んでヤーヤー言って気が合ったりする人物だったりしたらがっかりですが、そういう国民でないとああいう音楽は書けないかなあという気もします。フーガというものは日本人的発想から最も遠い形式論的な作曲技法でしょう。平均律クラヴィール(現代ピアノのご先祖です)というものが発明されると、初めて作曲が可能になった24個の調性で、とても弾きにくいのにわざわざ24にこだわって曲を書いてみようなんて、とても形式主義ですね。やっぱり差し押さえ派かあ。

Categories:______世相に思う, 世の中の謎シリーズ, 徒然に, 若者に教えたいこと

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