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フィラデルフィア管弦楽団を見て思う

2014 JUN 24 0:00:06 am by 東 賢太郎

フィラデルフィア管弦楽団(PHO)を久しぶりに見た。見たといってもTVだ。昔のCDはよく取り出して聴いているが、楽団を目にするのは本当に久しぶりでずいぶん驚いた。

驚いたのはその音楽にではない、顔ぶれだ。隔世の感どころか、もうこれは僕の聴いていたあのオーケストラとは別物である。とにかく東洋人が多い。TVをつけたらマーラーを途中からやっていて、弦楽セクションが映って初めは海外オケとN響あたりが混成でやっているのかと思った。コンマスは韓国系アメリカ人だそうだ。女性の数も昔と違う。弦楽器はもちろんのこと、金管(ほとんど白人だ)もホルンはともかくチューバまで女性というのは驚いた。このオケは体格の良い男がラッパをばりばり吹くという印象があったからだ。

これはこのオーケストラが2011年に倒産(日本でいう民事再生法適用申請)したことの影響があるのかもしれないし、そしてもうひとつは、オバマが大統領になるような米国社会全体の変化の縮図となっているという側面があるかと考えてしまう。こっちの頭が古いだけかもしれないが僕のいた80年代のフィラデルフィアで東洋人というとまだ根強い人種差別と偏見があって、一般の白人にはチャイナタウンかブルース・リーのカンフー映画のイメージぐらいしか持たれていなかったろう。バーなどでお前はチャイニーズかときかれ、ジャパニーズだ、ウォートンの学生だというと失敬したとビールをおごってくれるみたいなこともあった。

だから、あれ以来そんなには米国に足を踏み入れていない僕にとって、全米メジャー級のPHOにあんなに東洋人がいるということ自体が驚異である。ヤンキースやフィリーズの一軍ベンチ半分がそうなったぐらいのインパクトだ。僕らは東洋人の西欧進出の旧世代だったと思うし、新世代がそこまで社会の上層部を占めるようにまでなったことを誇りに思う。ただ、よく知らないがあのうち日本人はどのぐらいいるのだろう?中韓とくらべて日系人の進出はどうなのか不安もある。小澤征爾さんのボストンSO音楽監督、ベルリンフィルコンマスなどで日本が先行していたが中韓の追い上げが目立つ。従軍慰安婦問題のロビイングで押しまくられてしまうわけだ。今はチャイニーズだというとビールをおごってくれるんじゃないかと心配だ。

ヤニック・ネゼ=セガンは39歳のカナダ人の指揮者だそうだ。ノン・ヨーロピアンのPHO主席就任は史上初めてである。外人(欧州人)コンプレックスがあったという意味でN響みたいなものだった。地元のファンは保守的でイタリア系が多く、アメリカ人のシェフというだけで偏見があったろう。ましてカナダ人のシェフというと、ちょっとイメージがわかない。セガンがものすごく優秀かそれとも聴衆の好みも変わったということが背景と思うが、もっと大きいかもしれないのは、倒産という背に腹が代えがたい危機に直面して演奏のネット配信など脱地元路線に転換したのではないかということだ。ここは労組が強く人件費問題があったが人を入れ替えて大幅コストカットし、PHOというブランドでオンライン世界市場に打って出る戦略に転換したかもしれない。新経営陣によるMBO、潰れた老舗旅館の買収みたいなものだったのだろうか。

マーラーの一部だけなので演奏については良くはわからなかったけれど終楽章のホルンなど当オケと思えない不始末な音もしており、本当に違うオケになってしまっているかもしれない。弦はホールで聴けば良い音だったのだろうか知りたいところだ。演奏は熱演であったと思うが、正直のところあの1番という曲はどこがやっても熱演になる。あのぐらいなら世界にいくらもある一流オケの一つというところでどうということもない。今や学生オケでもマーラー9番や春の祭典を古典のように平然とやってしまう時代だ。プロの一流どころの評価は厳しくならざるを得ない。AAAだったのがAAになっている印象である。

PHOに限らずオーケストラの伝統というのは、楽員は必然として入れ替わるのだから、楽譜や楽器や奏法の伝承ということに尽きるのだろう。ウィーンフィルは当地の音楽院教授と出身者で固めて奏法の伝承をしっかりと図っているが、PHOのコンマスは当地のカーチスでなくジュリアード出身者だそうだ。そういうことになるとこの改革は本当にMBOだったのではないかとにわかに不安になる。香港には「そごう」があるが西武Gはとうの昔に資本を引き揚げていて経営は完全に中国人による。まさかそんなことはないと思うが、いや万一仮にそうであったとしても、オーケストラは出てくる音だけが命だ。それで判断するしかない。それが良ければ文句を言う筋合いはない。

棒の振り方を目で見る限りセガンは特に僕の好きなタイプの指揮者というわけではなさそうなので、僕が昔のよしみというだけの理由でPHOのファンであり続けることは残念ながらないと思う。冷たいようだが、人が変わっても勝てばうれしい広島カープ応援のようにはいかない。出てくる音がすべてだからだ。シェフの影響は大きい。オーマンディはアメリカンの趣味と教養のレベルに合わせて、それもラジオ放送やLP録音の国内マーケティング事情も勘案してああいう音作りをしたが、本質は欧州の音楽的教養にあふれる指揮者だった。

西洋音楽史のなかでは遥かに外様であるアメリカのオケは楽譜を記号として高精度で再現する方向で存在感を作ってきた。PHOは米国で初のベートーベン交響曲全集をCD録音したオケだそうだが、それはその実力からして不当に遅い1988年のことだ。全米の他のメジャーオーケストラにとってはさらに不当なことだが、それはメード・イン・USAのベートーベンはビジネスとしてペイしない(要は、世界で売れない)と資本家が判断したからだ。外様はアジア人も同じだ。PHOで両者が合体するのは21世紀のクラシック演奏の潮流を予言しているかもしれない。

20世紀の欧州の演奏家にとっては未開地の米国がいいお客さんだった。21世紀は中国がお客さんなのかもしれない。ユジャ・ワンやランランという肉体的、精神的パワーで米国人に負けない演奏家も中国から出ている。ドイツグラモフォンがセガンのPHOと長期契約するらしいが、それはチョン・ミュンフンのソウル・フィルハーモニーと同じパターンのように僕には見える。欧州音楽産業はもはや欧米ではなく21世紀のニューリッチであるアジア市場を見ているのだ。その潮流に乗ろうという演奏家が出てこない日本。中途半端に大きい国内市場のパイを食いあって内弁慶で終わるのはケータイもゴルフも一緒だ。

ひとつわかったことは、僕が聴いて育った20世紀の録音は、PHOのものに限らずだが、もうそれそのものがかけがえのない文化遺産になっているということだ。モントゥーやアンセルメが生きていても、ああいう音を出してくれるオケはもうこの世にない。トスカニーニみたいなリハーサルをしようものならパワハラで即刻解任されるだろう。だから、そうしてできた録音はもうリプロデュースのきかない文化財だと思う。お前は保守的だといわれるかもしれないが、彼らが残してくれた音は格段にハイエンドなのだから、どうしようもないことだ。

 

(こちらもどうぞ)

クラシック徒然草-ユージン・オーマンディーの右手-

 

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