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米国放浪記(3)

2014 AUG 28 20:20:06 pm by 東 賢太郎

2つの失敗

ロスを出たのは日記によると午後2時だ。別な現地の方にお会いして話をきき、サングラスやサンダルを買ったりしていた。ラスベガスへ向かう前に寄りたいところがあった。その約250km真東に位置するグランド・キャニオンだ。とするとロスからバーストウ、ニードルス、フラッグスタッフに通ずる40号線(ルート40)ということになる。後で思うと、大きな失敗が2つあった。ロスでモーテル宿泊作戦がつつがなくいっていたため、その日もその延長で考えていたこと。そしてアメリカ地図の縮尺で眺めると、ラスベガスとグランド・キャニオンはすぐ隣に見えたことだ。

この計画が大甘だった。スタンドで笑われてもアメリカの馬鹿でかさをわかっていない。しかも、グランド・キャニオン観光なんて箱根の大涌谷を見るぐらいに考えていた。百聞は一見にしかずを身をもって味わうこととなった。

砂漠にはいる

40号線はアリゾナ州の砂漠を東西に突っ切っている。バーストウをこえてだんだん景色がそれっぽくなってくると、なにかボートで大海に船出してしまったようで不安にもなる。砂漠なんてものは日本で生きていれば一生見ることがない代物だ。鳥取砂丘も行ったことのなかった僕にとって、360度見渡す限りサボテンしかはえてない砂の海は強烈だった。途中で降りてみようとなって外へ出ると猛烈な夏の陽ざしに肌が焦げた。コヨーテやサソリがいると脅されてはいたが、2mもありそうなサボテンに触ってみたかった。 H がそれに隠れた。 I が保安官役で狙撃する。二十歳のいい大学生が西部劇ごっこをやっても様になる風景であった。

ひたすらまっすぐの道だ。アップダウンも信号も交差点もめったにない。まっすぐなハイウエイだからハンドル操作もブレーキを踏むこともほぼ皆無だ。アクセルを同じ角度に保って走り続けるのは運転というより磔(はりつけ)の拷問みたいだ。だからオートクルーズができたんだと腑に落ちた。行けども行けども同じ景色なので走っている感覚がなくなる。最大の敵は眠気だった。だからグレイハウンドバスと競争した。抜くと向こうも突進してくる。彼も眠いのかもしれない。「一度も抜かれず、時速140km」と日記にあるがアメ車で初の遠出なのに今思うとぞっとする。途中で日が暮れた。鮮烈なサンセットだった。見渡す限り何もないオレンジ色に染まった大砂漠のまん中で、それは太陽と地球との荘厳な儀式に見えた。地球にいるのは僕らだけだった。

星を見る

やがて真っ暗になった。また車を止めてちょっと冷んやりし始めた砂の上に横たわって見上げたアリゾナの星空は、いかなる想像をも打ち砕く絶世の美しさだった。その後の人生で見たオーストラリアのポートダグラスの夜空、そしてハワイ島の標高4千mから見た夜空も息をのむ素晴らしさだったが、これにはかなわない。星空はいくらきれいでも彼方にある無縁のものだ。ここでは星たちがたわわに実ったぶどうみたいにぐいぐいと自己主張してきて、手を伸ばすと取れる気がした。流星がいくつも飛び、一点をぼーっと見つめていたら見えるか見えないかのかすかな光点が遠い星の間をゆっくりと動いて消えた。日記にはUFOと書いてある。あれはいったい何だったんだろう?

グランド・キャニオンに驚く

ウイリアムズというグランド・キャニオン(G.C.)の100km南にある小さな町までなんとか行きついてモーテルに泊まるというところまでは、相当に体力の限界ではあったが計画通りだった。着いたのは午前零時だ。ロスからG.C.までは7-800kmは走るだろう。東京から四国へ行くぐらいだから、この一日で岡山あたりまで10時間で走ったことになる。モーテルを見つけて「24ドルを23ドルにねぎる」、と日記にある。それでも元気だ。体当たり英語は少し上達していた。3人とも死んだように眠った。

なんのことはない。せっかく頑張って近くまで来たのに出発したのは午前11時だ。前日の疲れもあったが、箱根のふもと小田原まで来たんだからと甘く見ていたのもある。64号線を真北に進んでいよいよグランド・キャニオンに到達した。そこには僕らが二十年の人生で知っている地球のあらゆるイメージを根底からくつがえす奇観があった。コロラド川を眼下にのぞむ大峡谷。眼下といっても100mやそこらじゃない。真下に直角に1kmだ。ここまでいくと僕の高所恐怖症も正常にはワークせず、大パノラマを前に3人無言で立ち尽くした。絶景という言葉はあまりに無力。「これは火星だ」、言葉使いの天才である H もたしかそんな言葉しか出なかった。

最悪の想定外

64号線を真東に進むとキャメロンという街から89号線を北上する。東西に横たわるG.C.をぐるっと回って北側のノース・リムでモーテルに泊まろうという作戦だ。途中、コロラド川を超える大きな橋がある。マーブル・キャニオンだ。橋を渡りながら凄いものを見た。あの夕日が大峡谷の岩肌をオレンジに照らした荘厳な光景は一生忘れない。かなり標高は上がっている。「おい、雪があるよ」、慎重な I がちょっと不安げな声を出した。「うそだろ、真夏だぜ」、いったん笑ったH もじっと目を凝らしてから「確かにあるな」と言った。日がとっぷりと暮れた。人里離れた道を100kmほど南下すること約2時間、目的地のノース・リムにへとへとになってたどり着いた。その先は大地が裂けたような大峡谷だ。そこで初めて僕らはモーテルというものが存在しない場所があるということを知った。

これには参った。キャメロンからは人気もまばらな田舎道で、ここで道は行き止まりなのだから戻るしか手はない。しかしキャメロンまで街灯もない夜道を4、5時間もかけて戻るぐらいなら徹夜で大阪から東京まで運転しろといわれた方がまだましだった。アメリカの巨大さをこれほど思い知った瞬間はない。決死の野宿が決定した。車の中とはいえ、周りはまばらに根雪が積もっている。最低気温は氷点下だろう。これはまずい、こんなとこで凍死するわけにはいかない。エンジンをかけて寝るのは一酸化炭素中毒が危険だ。トランクからありったけの缶ビールを取出し「ガソリンを入れて寝ろ」となった。

朝5時に寒くて目が覚めた。全員生きていた。

 

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米国放浪記(4)

 

 

 

 

 

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