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シベリウス 「カレリア」組曲 作品11

2015 JUN 11 2:02:43 am by 東 賢太郎

食通というわけではないですが、行った国や地方の郷土料理、田舎料理、酒を味わうのが大好きです。げて物でも何でも、土地の人がすすめるなら食べてみます。食は水と土と気候につうじていて、そこから人も文化も肌でわかるという気がするのです。

クラシック音楽も、食と同じほどに土地のものという性格があります。フランスはフランスの、チェコはチェコの味がしますんで。

たとえば、ワインひとつとっても、ダフニスを聴きながらコルトン・シャルルマーニュにロックフォール、イベールの寄港地を聴きながらきゅっと冷えたあんまり高価でないドライなシシリーの白にオリーヴ、シューマンのライン交響曲でクロスター・エバーバッハのトロッケン・アウスレーゼに酸味の効いたザウワークラウト、ハーリ・ヤーノシュにはトカイ・エッセンシアとフォアグラかな。考えただけで最高ですね。

ただロシアやフィンランドなど行ったことのない国は食も知りませんし、ロシアは渋谷のロゴスキーでピロシキやボルシチを食べてムソルグスキーを連想してみたりしたものの、やっぱりその地に立って空気をすってみてなんぼというものがありますね。だから、半端でないシベリウス好きの僕ではありますが、フィンランド料理は食べたことがないし、まだまだ彼の音楽はよくわかってないんだろうとコンプレックスをいだいて久しいのです。

シベリウスをはじめて知ったのはご多分にもれずフィンランディア、交響曲第2番あたりだったでしょう。それ以外は何をきいても全然いいと思わず、疎遠な時期が長かったのです。幸いだったのはロンドンに6年いて、あの白夜の裏側みたいに暗くて長くて陰鬱な冬を味わったことです。それがフィンランドに似ていることはないのでしょうが、あれで何となくシベリウスがいいなと感じるようになってきた。そんなものです。

ただ、それにいつごろ出会ったか覚えてませんが、「カレリア組曲」作品11というものがあります。そういうじわっとした体感からくるなじみ方とは別なルートで、この曲だけは初めて聴いた瞬間からいきなり好きであり、シベリウスが気になる存在になるきっかけとなっていました。非常にわかりやすい曲であり、どんな初心者でもすぐ覚えられるメロディーばかりです。

これを知ったのは当時フィンランドの若手指揮者だったオッコ・カムが1975年10月に録音したヘルシンキ放送交響楽団を振った演奏です。オッコ・カム。名前がエキゾチックじゃないですか。オケも本場ご当地もの。これぞ地ビールと郷土料理の味でなくてなんでしょう。

しかもこの演奏、問答無用に大変にすばらしく、今でも僕は聴くと夢中になります。このカレリア組曲以外はきく気にならず、あまりにインパクトが強くて自分でシンセサイザーで同曲を全部演奏してMIDI録音までしてしまいました。曲を問わずそこまでさせられた演奏というのはあんまり浮かびません。お聴きください。

第1曲「間奏曲」は鬱蒼とした森のようなホルンが響く序奏から主部に移りますがそこのティンパニの軽やかなリズム!弦のきざみ!なんて心がはずむんだろう。第2曲「バラード」のほの暗い歌。音楽が消え行って弦楽合奏が聖歌風になる場面、いいですね。どこか宗教的な沈静感が支配しながらも深々とロマンティックです。それが第3曲「行進曲風に」へ場面転換した瞬間、ぱっとあたりが明るくなって光がさす。これをきいてうきうきした気分にならない人がいるでしょうか。

べつにオーケストラが特にうまいわけではありません。でもすべてのパートが雄弁に何かを語りかけてくる。それも土地の言葉で!たとえば第3曲のヴァイオリン・パートと裏の木管が何度弾いてもこういうわくわくした感じにならないんです。ニュアンスの問題なんですが、これはやってみないとわかりません。気にいらず何十回も録音しなおしました。浮き出してくる生命力に満ちたチェロの対旋律なんかもそうです。

苦労しましたがなつかしい思い出であり、いい経験にもなりました。指揮者やオケのかたは大変なんだということがわかりましたし、僕はスコアをピアノ譜みたいに思って観ていたのですが、とんでもない間違いなことを知りました。ピアノ譜だってただ弾けばいいというものではないわけですが、弦のはまた表情の出しかたが別物です。

この演奏、あの譜面からこういう弾き方を引き出したというのは才能というしかありません。指揮者は同じ譜面からそういうものを読み取れるかどうかで大差がつくのですが、この演奏の場合、指示されたというよりもオケの老練の奏者たちが28才の指揮者の輝きにあてられて若やいだものが出てしまった、そんな感じすらします。

好き勝手な主観と思われそうですので、僕がそう思う根拠をお見せしましょう。

オッコ・カムは後年、ヘルシンキ・フィルハーモニーとカレリア組曲を再録音しています。これがその第3曲ですが、聴き比べてください(旧盤は11分21秒から)。

同じ指揮者と思えないほど「普通の」演奏になってます。全然面白くもなんともない。この時、オッコ・カム氏は41才になってます。オケは変わっていますがむしろヘルシンキ・フィルの方が格上ですから、カムがフレージングの考えを変えたか、若さのオーラが無くなったか、どっちかです。僕は両方あるかなと思ってます。考えを変えたというより「感じなくなっちゃった」。だからオケが反応しない。若いからできることって、あるんですね。

結局、こういうことをやりながら僕はシベリウスに深くはまっていったのです。今は交響曲では3、4、6、7番が心の中で旬をむかえています。ヴァイオリン協奏曲がいかに好きかは別稿で詳しく書きました。

4988005898661それでもこのオッコ・カムのカレリア組曲の旧盤は大好きなんです。他の指揮者のもありますが、どれもいらない。これだけで。タワーレコードでこれを含む3枚組が出ていて、新しいカッティングということで問答無用で買いました。音はすこし透明感が増していて嬉しいですね。ちなみにベルリン・フィルの2番も入っていてなつかしい。彼がこれを録音したのは1969年にカラヤン指揮者コンクールで優勝した翌1970年で、なんとまだ23才!颯爽としながらもロマンティックで、アンサンブルは雑な部分もありますがベルリン・フィルが充分やる気になっていてすごいことです。

 

( 追記)

ちなみに、28才の旧盤のほうですが、ドイッチェ・グラモフォン(DG)です。カムは交響曲の1-3番を振ってますが、4-7番は大御所カラヤンが振っている。つまりDGはカラヤンによる全集を目論んだが、カラヤンが1-3番とカレリア組曲を引き受けなかったのではないでしょうか(想像ですが)。だとすると、カラヤンのお目の高さは相当なものです。オジサンが振ってもだめな曲は若者に回したのかもしれないからです。それが正解であることは、まかされたカム自身が後に証明することになりました。

 

 

 

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Categories:______シベリウス, クラシック音楽, 食べ物

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