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ラヴェル「水の戯れ(Jeux d’eau)」

2015 OCT 6 9:09:55 am by 東 賢太郎

本稿はこの稿の続編となります。こちらをご覧ください。

クラシック徒然草-リストの「エステ荘の噴水」をどう鑑賞するか-

「エステ荘の噴水」が影響を与えた曲として語られるものはいくつかありますが、これが最も直截的なひとつかもしれません。

ラヴェルはピアノにコンプレックスがあったとされます。14才で難関のパリ高等音楽院ピアノ科に入ったはいいのですが練習嫌いで、母親が練習したら小遣いを与えていたほどです。成績は悪く卒業試験に落第して20才で退学しています。それならこっちでと作曲科に入りますが、作曲家の登竜門である「ローマ大賞」に挑戦するも毎年不合格となります。結局、25才になっても落ちたためとうとう除籍になってしまったのです。ベルリオーズ、ビゼー、ドビッシーがローマ賞を取ったエリートだったのに比べなんとも冴えないスタートでした。

その翌年に書かれたのが「水の戯れ」でした。この天才的な曲が理解されなかったのはサン・サーンスが「不協和音に満ちた作品」と酷評したことに象徴されます。彼は春の祭典の初演で冒頭のファゴットを聴くなり「あれは何という楽器かね?」といって3分で帰ってしまった保守主義の男です。パリ音楽院の教授連はそういう石頭がそろっており、結局ラヴェルは10年も浪人してローマ賞の予選通過すらできなかったことから「ラヴェル事件」として逆に有名になりました。そこまでオレ流を貫きとおしたのはあっぱれであります。

220px-Maurice_Ravel_1925 (1)ラヴェルは母親がスペイン(バスク)系、父はスイス人で純粋なフランス人ではなく、想像ですが事件はいじめの要素もあったかもしれません。身長も西洋人にしてはかなり低く161cmでした。ベートーベンも165cm前後、モーツァルトが150~163cm、ワーグナーが160cm以下(諸説あり)ではあったのですが浮名はたくさん流しました。しかしラヴェルはマザコンが強く女っ気がほとんどなし。ホモ説も根強く、ストラヴィンスキーとできていたという説もある。第1次大戦は戦地へ行く気満々でパイロットに志願したが虚弱であり、任務はトラックの運転だった。

彼の手は固くオクターヴが苦手だったそうで、クープランの墓のトッカータや夜のガスパールのスカルボは弾けなかった。自分で弾けない曲を作ろうというのもラヴェルらしい。他はだめなんだから彼は音楽に専心したわけで、しかしそこでもピアノは落第だった。この楽器に屈折した気持ちがあったのではないでしょうか。だから彼はピアノのチャンピオンであるリストを範として誰の曲よりも難しい曲を作ろうとしました。そういう意識の一環として「エステ荘の噴水」のきらめくような水の飛翔から「水の戯れ」「オンディーヌ」「海原の小舟」などを発想したと思われます。「夜のガスパール」より第1曲オンディーヌをお聴きください。

僕は「エステ荘の噴水」に権力、神性へのリストの感情を聴きとるのですが、しかしラヴェルにはそうした心象や主観の表出は一切なく、ただひたすらリストが水を描写した新しい技法をきわめ尽くし、彼一流の和声にまぶして水が動き飛び散る風景を描ききります。主観はなく抽象、客観に徹しているところが実にラヴェルであります。彼は感情をかくして生きたのかと思うほど音楽に生身の人間を感じさせません。2つのオペラも人間の体温のようなものは希薄であり、ダフニスとクロエはギリシャの壁画の人物のように擬人的です。彼の部屋の調度品はどこか女性趣味であり、服装はダンディではあるがむしろスカーフなどきれいなもの好きだったのではと思わせるイメージがあります。

自分だけのおとぎの国にこもって暮らすひきこもりの少女みたいな感じがある。その音楽は彼にとってきれいなものだけで出来上がっている不可思議な素材感がきわだっていて、特に和声がそうです。「クープランの墓」は比較的透明で平明な和声で書かれていますが、「フォルレーヌ」に散りばめられたそれは甘味と苦みが合わさった、他の作曲家からは一切聞くことのない不思議なテーストがあるのです。僕の印象では同世代の革命家ドビッシーとも似たものではなく、むしろジャズの自由な和声の方に親近性を感じます。

フォルレーヌをルービンシュタインでお聴きください。

そういうラヴェルらしさが初めて世に問われたのが在学中の作品である「水の戯れ(Jeux d’eau)」でした。作曲家の先生であったフォーレに捧げられましたがテーストのまったく違う先生も困ったでしょう。僕はこの曲は見事な和声に耳が行ってしまって、自分で弾けるわけでないのでピアノの書法については鈍感に聴いていましたが元祖のリストと聴き比べてみることでそれがよく理解できました。この曲は噴水を描写したものかどうかはわかりませんが、リストの噴水からインスピレーションを得たということで前回皆さまに考えていただきたいと投げかけた問いをもう一度繰り返します。

プロレタリアートの子が噴水という権力の権化に接してどう思ったか?そこに何を感じ取り、どう音に描こうと思ったか。水しぶきのきらきらした輝きという表面的なものなのか、その裏にある支配、神性という含意なのか?それともまったく別なものなのか?

そうやって両曲を比べることによって、以上書いてきたようなラヴェルという作曲家の個性が「ご自分の耳で」よくわかるようになると思います。アルゲリッチの若いころ(77年)の演奏です。ものすごいうまさです。

(追記、1Feb 2020)

こちらが大変素晴らしい。

 

(こちらへどうぞ)

ラヴェルと玉三郎

 

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Categories:______ラヴェル, クラシック音楽

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