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スティーヴ・ライヒ 「18人の演奏家のための音楽」

2016 SEP 16 13:13:30 pm by 東 賢太郎

前回のリゲティが宇宙空間をただよう静けさならこちらはどうか。単調なリズムの反復による同一和音の漸強、漸弱と音色によるグラデーション。満ちては引く潮のようであり、生まれ羽ばたく生命の息吹のようである。宇宙的に対して地球的であり、リゲティが横断的ならこちらは垂直的に感じる。これはミニマル・ミュージックと呼ばれ、スティーヴ・ライヒはその作風を代表する米国の作曲家である。

地球的?いや、しかし、これは実はCosmic(宇宙的)でもあるのだ。このリズム・パターンの繰り返しは、高速でぐるぐる回る中性子星が送ってくるX線パルスの描くグラフの規則的な律動を強く想起させる。

話はあらぬ方に行くが、天文マニアである僕がいま最も興奮している星がある。白鳥座の1,480光年先にあるKIC 8462852という恒星がそれだ。ご興味ある方は、米国エール大学の天文学者、タバサ・ボヤジアン博士のわくわくする講義をお聞きいただきたい。

この星の明るさ(明度)は唐突に不規則的に22%も落ちる。何か物体が恒星の前を通過して光を遮っている。その部分の明度グラフは非対称だからその物体は球形ではない。彗星ではない。恒星のエネルギーで熱を持つと出る赤外線放射がない。太陽系外から見ると木星による明度低下ですら1%でしかなく、22%になるには地球の1,000倍の超巨大な物体が横切ることが必要だ。

そんな物体があり得るのだろうか?

この問いにリーゾナブルに答え得る解答は「巨大な人工建造物」だそうだ。地球外生命が作ったダイソン球というストラクチャーが恒星をぐるりと取り囲んでいるのだと博士は推論する。要するに、平たく言えば、そこに高度な文明を有する宇宙人がいなくてはならないということになる。

米国人はこういう話題が好きで、お茶の間向けのワイドショーまでがとりあげていると聞く。4人にひとりが地球が太陽を公転していることを知らない国でもあるが、サイエンスへの素朴かつ素直な好奇心が比較的広くあるように思う。フロンティア精神に起因するのか教育なのかアポロ計画以来の宣伝効果なのか。

一方、これを我が国のバラエティ番組が放映することは想定しがたいが、ことはお茶の間の話しばかりではない。太陽のような恒星のぐるりにエネルギーを取り込む装置をめぐらせ、地球のエネルギー源が枯渇しても宇宙ステーションで生きのびるという科学者のデッサンには底知れないスケールとパワーを感じる。その実例が1480光年先にあるのだとする推理力、構想力はなんと雄大なものだろう。

5か国に住んでみて思ったのは、平均的な日本人の科学への知識と敬意は先進国としては低いことだ。科学者は特別に頭脳明晰な人であり、同時にお相撲さんと同じぐらい一井の人とは別種の人だ。ノーベル賞をとると、彼の研究内容ではなくいかに「普通の人」のところもあるかという関心がもたれる。

報道はお茶の間で「へ~」という声が上がる方向に偏向し、科学に関心を向けるのは視聴率を気にしなくてもいいNHKの教育番組ぐらいのものだ。僕はお茶の間の科学への関心と知識レベルは江戸時代と変わらないと思っている。天に唾するが、僕を含めた大学の文系卒業者も似たものだ。地球の公転はクイズ番組と同じノリで、知らないと恥ずかしい国民の常識として知られている。

その土壌で育った科学者が、タバサ・ボヤジアン博士のようになるのだろうか?能力の問題ではない。良い種も土に左右される。KIC 8462852の不可解な現象に「エキサイティング!」と目を輝かせ、一般人か学生と思われる聴衆、公衆に自らのわくわく、どきどきを訴えかける。ペンシルバニア大学で彼女のような先生たちについて勉強しながら、僕は何度「エキサイティングな国だ」とため息をついたことか。

女性科学者と見るや割烹着を着せ、「リケジョの星」に仕立ててお茶の間の「へ~」にしようなどという恥ずかしい国との差は測りがたいものがある。お茶の間は仕方ないだろう。しかし「2位じゃダメなんですか」がお茶の間受け狙いのバラエティー番組作戦だったことがバレた、そんな政党が政権を取るという日本史上最大の悪夢があった。こういう日本人の民度を下げ国力を削ぐ政治家は僕が長年主張してきていることと真逆の人間であって、日本国のために永遠に許し難い。

ライヒのミニマル・ミュージックは「意図的に単調」であって、こういう音楽を発想する、これもまた科学と同様、「デッサンの底知れないスケールとパワー」を体感するのだ。最初はクラシックを聴くモードで入るが、だんだん集中力が弛緩してぼんやりしてくる。これまたどういうわけか僕は眠気を催すのだ。旋律も和音変化もないものだから中性子星のX線パルスみたいなものだ。KIC 8462852の非対称性がないものだから脳が思考停止してしまうのだろう。

眠るというのは、意識が飛んで精神が宇宙に同化している状態のような気がする。人生最後の睡眠が死というものだ。寝ている間、精神はふるさとである宇宙を彷徨っているが、最後の日だけは地球にある元の体に戻ってこない。音楽という精神作用は、深いところで人の生死、睡眠と関わっていると僕は信じている。そういうスピリチュアルな次元において、表面的には正対しているリゲティもライヒも新しい音楽の地平を開いているのである。

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Categories:______サイエンス, ______ライヒ

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