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ウォルトン 「チェロ協奏曲」(1957)

2021 SEP 30 11:11:06 am by 東 賢太郎

はっきり覚えている。「これ買っていいかな?」ときいた。CDをふくめ1万枚以上のコレクションのうちで、妻の許可を求めた唯一のレコードだ。幸いOKが出たのは新しい職場で必死に戦っているお駄賃の意味があったのだろうか、同時にモーツァルトのソプラノ・コンサートアリア全集も買わせてもらった。時はロンドン着任直後の1984~85年、場所は初めて行ったコヴェント・ガーデン歌劇場のレコードショップである。残念ながらオペラを聴いたわけではない。留学を終えても当初は一番下っ端でそんな高いチケットを買う余裕はなく、レコードがせいぜいだがそれも思い切ってというぐらい貧乏だった。この日は恐らくそれから至近距離のソーホーにあるチェン・チェン・ク(よく行った中華料理屋)あたりでエコノミーな夕食を済ませたと思われる。

チェリストのヨーヨーマは、どこだったか古澤巌とブラームスのドッペルを都響でやって親しみがあり、当時売出し中だった彼の演奏で愛好していたエルガーのコンチェルトを聴いてみたくなったのだ。デュプレ盤はやや音が古い。新しい録音を買ったばかりのタンノイのスピーカーで鳴らしたいという誘惑に負けたのもあった。とにかく家の棚にあるLP、CDのほとんどは、こうやって買った場面のストーリーを覚えているから中古屋に売るなんて僕にはできないのだ。

Sir William Walton(1902 – 1983)

ヨーヨーマのエルガーも悪くないが、感心したのはウォルトンのチェロ協奏曲だ。同曲はカセットで持っていたが、ちゃんと聴いたのはこのLPだ。ウォルトンは弦楽器のための協奏曲としてはすでにヴィオラ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲を作曲していたがこれは最後の作品だ。1956年の完成で、もう僕が生まれているからクラシック音楽としては新しい部類だ。チェロ協奏曲というフォーマットの曲は数多あるが演奏頻度が高いのはハイドン、シューマン、ドヴォルザーク、ラロ、サンサーンス、ショスタコーヴィチあたりで、モーツァルトやドイツ三大Bというメインストリームが書いていないのでヴァイオリンに比べてやや影が薄いのは否定できないだろう。

ところが英国となるとエルガー、デリアス、ブリス、スタンフォード、サリヴァン、ブリテン、ブリッジ、バックス、モーラン、ロイド、アーノルド、シンプソンとやけに豊穣である。シンフォニストがあまりおらず、ソナタ形式の作品に強みがあるわけでないのにこの現象は目を引く。英国人の感性に低音域のこの楽器が合ったのかもしれないが、独仏伊露のカバレッジの穴で英国の作曲家が存在感を出せるマーケティング的事情もあったかもしれないと思っている。各々それなりに面白い作品だがエルガーが英国製であることを問わずドヴォルザークに匹敵する傑作であることは誰も否定しないだろう。では英国作品の次点を挙げるとなると、僕はウォルトンに白羽の矢を立てることになる。

ウォルトンはヴァイオリン協奏曲をハイフェッツに献呈しており、ヴィオラ協奏曲の献呈は別人だが初演の独奏は作曲家パウル・ヒンデミットがしている。チェロ協奏曲を委嘱し献呈されたのは名チェリストのピアティゴルスキーだ。彼は当時として破格の3000ドルのコミッションを払ったから重鎮で売れっ子作曲家だったことがわかるが、ウォルトンは「私はプロの作曲家だから頼まれれば誰にどんな曲でも書く、だがもし米ドルで支払ってくれたらずっといい作品に仕上がるけどね」と語っている(wikipediaより)。サーの称号を戴く貴族にしてこのユーモアだ、英国のジェントルマンは懐が深い。

初演はピアティゴルスキーの独奏で1957年1月25日にシャルル・ミュンシュの指揮BSOでボストン・シンフォニーホールで行われ、英国初演も同年2月13日にマルコム・サージェント指揮BBC SOでロイヤル・フェスティバルホールで行っている。このビデオはその日または直後の録画と思われる。

あれこれ理屈はいらない、まず虚心坦懐に音に耳を傾けていただきたい。これがコヴェントガーデンで買ったLPからの転写だ。

この曲を作曲したころ、功成り名をあげたウォルトンは悠々自適の幸せな生活だった。というのも、かようなストーリーがあるからだ。

ウォルトンのイスキア島の家からの眺め

46才の頃、22才年上だった妻に先立たれ憔悴したウォルトンは出版社の気遣いで気晴らしの会合に出席するためアルゼンチンのブエノスアイレスに出向く。そこで知り合った24才年下の女性を見初めて再婚し、イタリアのナポリ湾の西部に浮かぶイスキア島で半年を過ごす。そして、ついには54才でロンドンの家を売り払って妻とその島に永住してしまうのである。そこで書いた作品は多くないがそのひとつがチェロ協奏曲だったのは幸福なことだ。チェレスタ、ヴィブラフォーン、シロフォン、ハープの醸し出す神秘的なサウンドは非常に魅力的だが初演を聴いた評論家には時代遅れと評されもした。しかしそれから65年たった今、当時の耳に古く聴こえたかどうかなど何の関係もない、良い曲がどうかだけが問題でありこれは後世にそのひとつとして伝わるクオリティの作品である。

サー・ウイリアム・ウォルトンは1983年にイスキア島に妻レディ・スザンナ・ウォルトンが造った著名なガーデンで亡くなり島に埋葬されたが、英国はその功績を讃えウエストミンスター寺院にエルガー、ヴォーンウィリアムズ、ブリテンと共に記念碑を設けている。享年80才だった。個人的には、イスキア島のような場所を見つけられたのがとてもうらやましい。

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Categories:______ウォルトン, ______バックス

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