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ルロイ・アンダーソン 「舞踏会の美女」

2022 DEC 24 11:11:21 am by 東 賢太郎

まあこういう感じかな

今年もあっという間にこの季節になってしまいました。恒例のルロイ・アンダーソン名曲シリーズ、まだまだ良い曲がたくさんあるんです。舞踏会の美女 (Belle of the ball)、タイトルからして蠱惑的!大好きでいつでもききたい曲です。いきなり弦のざわめきに乗ってホルンが高らかに麗人の登場を告げます。天井の高い舞踊会場。眩いばかりに煌めくシャンデリア。香水の匂い。着飾った人々を見おろしながら、大階段をしゃなりしゃなり降りてくる令嬢。目をつぶってきくと風景がありありと浮かんで、いつきいても音楽の力ってすごいなあと思うんですね。ちなみにこのホルンがトランペットじゃだめなんです。王様か王子様(男性)の登場になっちまう。こういう楽器選択の妙をベルリオーズ、リムスキー・コルサコフが管弦楽法(orchestration)として技法化してます。高校時代に関心があって米国の作曲家ウォルター・ピストン著「管弦楽法」を熟読しました。

何の役にも立ちませんでしたが、欧米の金融界で「あんた、そのビジネスをどう組み立てるつもりなの?」を ” How do you like to orchestrate your business? ” なんて言ったりして、このニュアンスがバチっとわかった程度の御利益はありました。別に orchestrate を使わなくてもいいんですが、教養がちらっと見えてカッコ良かったり無言のマウントになったりするんです。まあだいたい教養のない奴がなりすましで使うんですが、そんなことでビジネスの趨勢が決まったりもするんですよ、面白いですね、だってそれ使うこと自体がオーケストレーションなんですからね。

さっそくyoutubeを。

素晴らしい曲です。子供のころ、どこかで耳にしていた気がします。

ところでこの団体、Police Symphony Orchstraって書いてありますがポリス(警察)のオーケストラではないか、アンダーソンの曲は軍楽隊もやってるし。するってえとヴァイオリンのお姉さんも婦警さんか?

婦警さん。そういえば、ここで一気に “あの記憶” が・・・。

その昔、ニューヨークのマンハッタンでのこと。安ホテルの部屋で留守中に金を盗まれました。動揺して駆けこんだ近くの警察署。出てきた婦警さんは彼氏と喧嘩でもしたのか恐ろしく機嫌が悪くつっけんどん。「あん?ドロボウ?そんでケガは?」「ありません、空き巣です」「いくら?」「500ドルです」「あっそ、じゃここに500って書いてサインしてね」(しばし沈黙)「あのう、それで、捜査のほうは?」「あん?」「つまり犯人つかまえるとか」「兄ちゃん、あんた、命あっただけよかったよ」でおわり。

凄い所だ。あまりのあっけなさに心なしか涼やかな気持ちになったもんです。

しかし、このオーケストラの面々、どうも警察官の感じじゃない。おかしいと思って調べたらチェコにHorní Policeという町があって、そこの市民管弦楽団だからPolice交響楽団なのでした。調べると、この町、686人しか住んでない。ひょっとして、シンフォ二ー・オーケストラを持っている世界最小の町(村?)ではないか(まあ近隣の人もいるんだろうが・・・)。ワグナー・チューバはいるわエレキ・ベースはいるわ、本当に音楽を楽しんでる。ミュージカルな人間である僕としてはすぐ仲良くなれそうな皆さんだ。場所を調べたらプラハの北、ドレスデンのすぐ近くでした、なるほど、そうでしたか、さすがです。

チェコというと、ダボス会議で同じテーブルだった故ハヴェル大統領(熱い人だった)が同席していた米国高官(誰だったか忘れたが)に「お前たちが東欧をめちゃくちゃにした」とマジに食ってかかってた印象が強烈で、このチェコ人音楽家たちが米国のアンダーソンを喜々として演奏してるのが妙に思えないでもないのです。でもドヴォルザークはニューヨークで新世界を書いたのだし、それを言いだしたら被爆国の日本人もこれを演奏できなくなります。何国人が作ろうと、名曲は名曲。音楽が国際語というのはこのことですね。奏者の皆さんの楽興は胸に響きます。

舞踏会の美女は1951年、ルロイ・アンダーソンの油の乗りきった中期の作品で、代表作のひとつといっていいでしょう。彼はスウェーデン移民の郵便局員の子で、ボストン近郊で育ちピアノと音楽理論を学びます。ハーバード大学に入り作曲をウォルター・ピストン、ジョージ・エネスクに学び修士号を取得しますが、欧州の9か国語がペラペラという驚異的な語学力も持ち合わせており、1942年に米軍の防諜部隊で翻訳者および通訳としてアイスランドに配属され、終戦の1945年にはペンタゴンのスカンジナビア軍事情報局の責任者として国防総省に再配置されています。つまり、あまり知られてませんが、米国陸軍のインテリジェンス部門のエリートでもあったわけです。

去年書きました「シンコペイテッド・クロック」はペンタゴンのポストにある時に書かれています。それを軍部に許されていたなんて日本軍ではあり得んことですね。そして朝鮮戦争(1950-53)にも補助役として従軍しますが、その最中に書かれたのが舞踏会の美女だったということになります。戦争で殺し合いをしながら、どこからこんな優雅な音楽が出てくるのだろう?どの国のどの時代の誰を調べても、作曲家の頭脳というのは常人には計りしれないものです。

9か国語が頭に入っている彼が、欧州のあらゆるクラシック音楽を記憶していたのは当然のことでしょう。それでいて影響を受けたのはヨハン・シュトラウスなど軽めの音楽だったというのはピンと来ないのですが、少なくともそういう資質がある人だったわけで、学生時代は教会オルガニストからハーバード大学バンドの指揮者でダンスの伴奏までやっていた。それが(特に編曲の管弦楽法のうまさが)ボストン・ポップスの指揮者アーサー・フィードラーの目に留まって世に出て、結果として数々のミリオンセラーを飛ばしたのだからリッチにもなった。本望だったでしょう。ブルックナーとワーグナーもそうですが、彼とフィードラーの出会いも運命的です。人間、人とのご縁がいかに大事かわかります。

ボストン響の夏のエンタメ路線の音楽監督だったフィードラーとしては、軽めのポップスで人気を稼ぐ新曲が欲しかったわけです。レコードも売りたい。アンダーソンはぴったりの金の卵だったのです。これは興行師ザロモンがハイドンにロンドン・セットを書かせ、同じくディアギレフがストラヴィンスキーに3大バレエを書かせたのと同じ流れであり、芸術に資本主義が関与した成功事例といえましょう。アートに金儲けなんて関係ない、不純である。そんなことないでしょという反証ですね。公人はともかく、民間人である音楽家は関係ないです。思いっきり潤ってもらって人類の財産になる作品を残していただきたいですね。

アンダーソンに手本があったかというと、こちらも商業的に大成功したヨハン・シュトラウスの名がよく挙がります。ヒットメーカーとして意識はしたでしょう。当時のニューメディアだった78回転のレコードの片面収録時間に合わせて3分の曲を書いてますから商業的意図があったことは間違いありません。舞踏会の美女についていえば、これはまったくの私見ですが、こういう曲がイメージサンプルになったかなと考えてます。フランスのポップ系作曲家、ワルトトイフェルのスケーターズ・ワルツ (1882)です。

これはこれでいい曲なんです。なんたって、クラシック界の帝王カラヤンが英国の名門、フィルハーモニア管弦楽団で録音してますからね。でも彼がアンダーソンをやるなんてのは想像すらできません。欧州の保守本流にとってヨハン・シュトラウスはど真ん中ですが、敵国アメリカの田舎者のワルツなんてのはお呼びじゃないんです。こういう所、音楽にも政治はどうしても入ってくるんですね。だからこそ僕はアンダーソンを弁護したくなる。音楽の質の高さをです。19世紀のワルツに比べて近代的で知的な点をです。

舞踏会の美女もワルツなんですが、自作自演のテンポは速い。これじゃ踊れませんね。

でも、このテンポでこそ主部でチェロが弾いてる対旋律(和音を面白くしてるアルトのパートですね)が目立つんです。これぞルロイ・アンダーソンというトレードマークみたいな声部で(「そりすべり」にも顕著)、この1小節1音のパートが横の線として聞こえて欲しかったんじゃないかと想像してます。遅いとどうしてもそのラインがもたれるんです。ご覧のように指定は Allegro animatoで1小節 = 88であり、自作自演盤がまさにそれです。

つまりこのワルツはダンスを目的としてない観賞用なんです。いちおうズンチャッチャで三拍子を刻むが、もうそこから和声は2度、長7度を駆使して凝りまくったゴージャスな響きです。基本は旋律に縦の和声がつくだけの古典的な作りですが、そこにチェロの横のラインが対位法っぽく(ぜんぜん単純ですが非和声音を巧みに配合!)絡んで和声に含みや翳りを与える。これがニクい味を出すんです。譜面で右手の親指で弾く付点二分音符がそれですが、2小節ごとスラーがついていてこれをうまくレガートで繋げないとそれっぽくならずけっこう難しいです。この動きをバスが引き取って半音階進行するとチャイコフスキーっぽくなります。その辺を意識してオーケストラを聴いてみてください。

これぞ真打中の真打、アーサー・フィードラー指揮ボストン・ポップスの演奏です。テンポは作曲者と同じ2分36秒。まさに完璧です。

ソナー・メンバーズ・クラブのHPは http://sonarmc.com/wordpress/ をクリックして下さい。

Categories:______ルロイ・アンダーソン

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